【今回の活動について】
四鍼会の活動は流派という形態を取らない
臨床学術研究会です。
(詳しくはこちらへ
これまでは林個人で非公開で活動を続けてきましたが、
今回は、外部の臨床家の有志を集めて、
臨床ベースの症例検討会を行いました。
(一鍼堂の所属鍼灸師とは独立した別組織・別活動です)
今回は共有する活動として記念すべき第1回となります。
リアルなガチンコの臨床を有志間で共有、症例の検討をしたく、
今回は、既存症例は除外として、
一般の方から症例を公募した。
来院から考察、処置まで、
或いは、そこからの経過観察と治療の継続、
そこからのすべての経過を参加者で共有して
一つの症例を深く考察、臨床を共有して実践するプロジェクトとします。


初診(2025年8月17日)

【主訴・症状】
クローン病。
便は1日2行で水様便である。
腹部に常に違和感を自覚する。

【舌】
少し紅舌気味(但し、色あせが存在する)、舌尖紅く、紅点目立つ。

【脈】

【考察】
脾と腎の弱りとそこから生じる病理産物が深いところに
湿熱様の邪が瘀滞することによって、環境的に大腸の虧損が進んでいる。
その伏した邪の熱が少陽に引火して少陽枢機にも不和を起こしている。
また、根本的に度重なる投薬治療によって、
生虚が進んでしまっている。

【処置】
腹部に施鍼。
少陽を動かし、
即座に下焦の邪を和解させながら、同時に脾腎が動くように操作する。
(ここで時間をかけると処置が連続しない)
一定、脈幅が応じたことを確認するが、
少し物足らず、右の手三里に補で瀉でもない和法に近い手技で
邪を動かしながら大腸を建てた。

【メモ】
四診情報により、
この臓腑と邪の関係では、
便の回数は10行以上、水様便から血便になっている状態だと考察しうるが、
生物学的製剤の使用により、
見かけ上の炎症が抑えられているため(但し、そこからますます生虚が進んでいる)
便は2行と抑えられている。
水様便の状態、或いは、便粘液の状態、自覚的な腹部の違和感で治療効果を確認し、
同時にCRPの数値の改善を担保することを狙う。

【参加者】
一鍼堂 林(鍼灸師)ほか臨床鍼灸師3名

《林記載》

 


 



2診目(2025年8月22日)

2診目。
水様便だったが、
ここ二、三日で便に形が出てきた。
(直径3〜4㎝程度の固形便)
食欲も旺盛になり、初診時の44㎏から45〜46㎏に増えたとのこと。
腹部の違和感・腹痛は初診時を10とすると3程度。
便の回数も一日一行となった。

【脈】
脈幅が若干増えている。
(まだやはり細いが)
少し数脈気味なのが気になる。

【腹】
心下の邪の多くが消失。
水分の虚が少し埋まってきた。
右の少腹の深い反応は少しまし。
右京門付近を中心として虚中の実はまだ依然あり。(若干まし)

【処置】
施鍼は前回と同様である。

【課題・メモ】
施鍼内容が、私自身が臨床実践の中で用いてきた方法で、
一般的な穴性学で表現し難い内容であり、
極めて共有しづらいものなので、
教科書的な内容の経穴に翻訳し、再現性を担保する必要があろうと
強く感じている。
また、方剤で翻訳するという手もあるが、
今の所、方剤で表現するとなると、
体表の穴所の反応から判断し、
独活寄生丸+四逆散になろうと、個人的には考えている。
本人も治療をよく受け入れてくれ
心配で仕方なかった母親も安心してくれたのか、
同行することはなくなり、
17歳の患者だけで心配せず来てくれるようになった。

《以上、林記載》


・初診時に、治療前後の体表所見を全員で確認した際にも、確かに良好な変化があった!
かつ初診から数日間で、腹部の自覚症状の緩解、排便状況の改善、さらには食欲+体重の増加が見られることは、現段階では著効としか言いようがない。

・いくつか気になるポイントとしては、
1)初発時期は現在ほど正気の弱りはなかったと推測される(問診からも先天不足はそれほど大きくなかった可能性が高い)。
当時の状態としては、肝と脾の問題が主であったのではないかと思われ(私見です)、
また現在、林先生の述べられている「伏した邪の熱が少陽に引火して少陽枢機にも不和を起こしている」ことの前段階として、肝や心の気滞あるいは気鬱などからの少陽枢機の失調が深い熱を少陽へ誘引した可能性を考える。

現在は正気の弱りが中心なので、脾腎を中心に施術することで大きく改善しているが、一定正気が回復してきたのち、心肝の古い気滞や気鬱(からの鬱熱)のようなものがどのように現れてくるのだろうか?あるいはそのようなものは顕在化しないまま、和解されて治癒するのか?そもそもそのような邪は存在しなかったのか?
ということを勝手に考えています。

2)上記とも少し重なりますが、腹部への施術、ということの中に、安神作用のようなものは含まれているのでしょうか(記載の中には見られませんし、あえて除外しての処置なのでしょうか)?もしそういう作用は意図していない場合でも、効果として影響している可能性はないでしょうか?
教科書的な経穴への翻訳というのが、とても興味深いです。

3)これも上記と似ていますが、腸内に現存する深い邪熱は、治癒過程において、消火されるように消えていくのか?あるいは排泄されるのか?排泄されるとすると、どのようなルートで排泄されるのか?といったところも大変興味深いです。

引き続き、よろしくお願いいたします。
《鍼灸師A記載》


1について、
脾腎だけを動かして、A先生の仰るように
少陽枢機の状態や気滞所見がどう変化するかを
追うことは臨床的にも注目すべき点ですが、
しかしながら、
大腸を建てることと、少陽を調整して気滞を整理する処置を
同時に行ってしまっているので、
独立してそれだけを観察することは難しいです。
が、着目点として掴まえても面白いので、
再度、20日に患者に来てもらって(承諾済みです)
治療現場に立ち会ってもらって反応をすべて共有しますので
その時に反応を確認しながらその点も検証しても構いません。

臓腑の状態を建てながら、同時に少陽枢機を和すことによって
治療がひとつの固まりとして効果を生んでいると考えていますが、
敢えて、少陽を動かさず効果検証するということでも大丈夫です。
問題あればすぐに調整して、
処置としての収まりを考えます。
実際には、そういう収まりや細かい調整を数診重ねてベストの治療法を
構築するのが常です。
やりましょう。
効いているのは良いとして、より効く方法を考察することも
繰り返し何度も行います。

2について、
腹部の施鍼に安神作用を組んだ処置は行っていませんが、
脾腎を建てて下焦の邪を和解させた段階で
前回ご覧頂いたとおり、
心下の痞えが緩みはじめ、患者自身上半身の脱力感を覚えているので、
結果的に、下部が安定することによって、
結ばれた心が解放され結果、安神するという現象が起こっておりますので、
それ以上、心を触ることは野暮かなとも感じています。
また、僕自身は、
心と肝(或いは少陽)を同時にやることはほぼないです。
少陽を和解すべしという選択をしている以上、
そこに安神させる処置をいれることはないのですが、
霊道の反応と心血の落ちも確認して伏線として可能性を残しているので、
そこを使った方がより一段効くということで処置に組み込み
調理してやるということは充分考えられますし、
僕もそのイメージは頭の中にある登場ストーリーのひとつとして
置いてあります。
僕は、その全てを技術的なアプローチでも体表観察で回収しますので、
A先生お得意の精緻な問診で細かく拾っていくことで検証してもらうのも
良いのでは無いかなと思います。
(僕には、それが不得意なので。)

3:その解釈だと去邪の流れで、
今回、私が行ったのは、
臓腑を調整することによって病理産物が生じないように
先手を打つことなので、
その概念は今の段階では必要ないかなと思います。
邪が生まれなければ去邪は必要ないので、
それがまずは一番美しい手だと思っています。

《2025/08/24 林記載》


3診目(2025年8月27日)

望診にて、
臓腑環境が改善したからか、
体躯がしっかりしてきて、適切に脂肪と筋肉をまといはじめてきたように見える。
それだけ、初診時は本来の彼の身体からすると痩せこけていた。
便は1日一行に改善、便に形がしっかりと現れ、前回より太くなってきた。
CRPは3.3→1.9に減少。
但し、これは以前に行った生物学的製剤と鍼灸施療の効果をじっくりと見分ける必要がある。

切脈:数も大分改善するが、弾くような脈感あり、これは今後取っておくべきである。
心下の邪が減り、その代わり夢分流で言うところの脾募の邪が動きながら居座っているので、
継続してこの邪を追い込んでいく。
これは下焦の邪と連動しているので、気を付けるべきである。
切経:地機の深い邪が浮いて来た。
通常、深在の邪が表に浮いてくる場合は、邪の有り様も変化するのだが、
深い位置にあった邪のありようのまま表に浮き、
しかも、その重心が表皮よりも少し浮いた場所(本当に繊細なことで申し訳ないが、珍しい反応である。が、時にある。)にあり、
施術によって浮かされた邪が、まだ深い邪であろうとするベクトルを強く感じるので、
そこには着目するべきだろうと感じている。
但し、施術効果の方がかなり勝っているので、
この邪の表現に負ける気はしないというのが、鍼を穴所に向けたときの感覚である。
処置:前回までは、我流(林の)とも呼べる手技と配穴であり、
他者による再現性に乏しい点が大きな課題であった。
治療効果には問題がないので、
今回は、一般的な穴性に落とし込む(変換する)ことを試みた。
施術穴は、
右京門、右地機、右手三里、右太谿。
この施術後、着目していた弾くような脈感は消失している。
鍼を置く際も、身体によく馴染み、
患者も鍼と経過をよく受け入れているように思える。
ありがたい。
鍼をした際には、下焦を主に整えて少陽を調和しているのだが、
胸部の痞えがよく抜け、上半身の緊張が緩むのを
本人は毎回訴え、なんとも温和な如来のような表情をする。
それだけ、これまで彼の身体が疲弊していたのだと思わせ、
施療後は、下焦がとともに生気がよく建ち、
上下焦が有機的に連続しはじめ、彼の身体を衛るのがよくわかる。
このまま腸壁の炎症が少しずつ修復されることを期待する。
今の所、問題なし。


 

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