大原です。
先日、ある鍼灸関連の本を読んでいて、
弁証に関する内容のところで
肝不蔵血」という証名が目に入りました。

・・・肝不蔵血
あまり聞き慣れない証名だと感じつつ、
これはおそらく
「肝は蔵血を主るが、その蔵血の機能が失調したものか」と
軽く読み飛ばそうかと考えたところ、
「いや、これは軽く読み飛ばしてはいけない、
ちゃんと考えなくてはいけないことだ」と
頭の隅の方で違和感を感じました。

何がその違和感を感じさせたのか、
しばらく自問自答していると
その正体のようなものが少しずつ分かってきました。

復習になりますが、肝の主な機能として、
・蔵血
血の貯蔵、すなわち血流量を調節する機能を言いますが、
これ以外に
・疏泄を主る
という機能があり、これによって全身の気機が調節され、
気血が巡らされます。
この疏泄が失調すると気血が巡らず、
気滞、血瘀といった病理産物が生じます。

さて、肝の不蔵血とは
先に述べた「蔵血」作用の失調で、
この言葉からすると
肝に血が貯蔵されないという意味になります。

ここで重要なのが、
肝の疏泄によって
肝血が肝から全身へ巡らされている状態は
健全な状態であり、
肝血を全身へ巡らせる必要がないにも関わらず、
肝に血が蔵されない状態は
病的な状態であるということです。

後者は
血液を貯蔵して血流量を調節するという肝の機能が低下した症候で、
『中医弁証学』では
主症として
「嘔血、咳血、衂血、崩下、目の充血、易怒」
(=口・鼻・子宮からの出血。目の充血。怒りやすい。)がみられるとあります。
またその解説として
「肝の疏泄が過剰となって肝気が上衝し横逆すると、
血が気の勢いにつられることになり、そのため出血が起こる。
肝気犯胃では嘔血がおこり、
肝火犯肺では咳血となる。
また、血が気に随って循経により
上行すると鼻衂がおこる。
夫人では崩下となる。」

とあります。
全体として、出血傾向になるということですね。
「崩下」とはおそらく崩漏のことだと思います。

すなわち、肝の
正常な疏泄か、
過剰な疏泄(=「疏泄太過」といいます)か
の区別が、肝不蔵血を考える上で
重要であるということになると思います。

・・・と、
ここまで何となく納得されると思いますが、
「易怒」とは「肝鬱気滞」の主症でも出てくるのでは?
という疑問が湧きませんでしょうか?

肝鬱気滞」、
これは肝の疏泄が不及である状態をいい、
気機が失調すると述べました。

少しまとめると、
①疏泄が不及→「怒」
②疏泄が太過→「怒」

となり、どちらも「怒」で
これらの文字面だけを考えると
不及?過剰?どっちだろう?となって
非常にややこしく感じませんでしょうか?

さて、「怒」の意味を考えてみますと
「怒」には普通に「怒る」という意味合いだけでなく
「精神抑鬱」「イライラ」という意味もあります。
これらの怒の意味を考えて再度まとめ直すと

①疏泄が不及 → 「精神抑鬱、イライラ」 →「肝欝」
②疏泄が太過 → 「激しい怒り」 →「肝火」・「肝陽」

とるのではないでしょうか?

しかし、さらに「怒」について考えてみますと
「あ、これは肝欝の怒だ」
「あ、今のは肝火の怒りか?」などと
①か②のどちらかであるというような考え方は
不自然な気もします。

実際に人が「怒」であるときというのは
・何かをずっと我慢している(疏泄の不及)
・ちょっとしたことですぐ怒る(太過)
・我慢して我慢してから爆発する(不及→不及→太過)
・怒りながらも我慢している(太過・不及)
など、一言に「怒」といっても色々あります。

すなわち疏泄の異常は、
不及か太過かの二者択一ではなく、
不及と太過の両方が
その割合を変えて
おこっているのではないでしょうか?

①「不及 > 太過」 →「肝欝」
②「不及 < 太過」 →「肝火」・「肝陽」

また、
肝欝を陰、
肝陽を陽とする陰陽論を考えると、
どこがその境界線で、
陰陽の転化が行われる条件は何かといったことも興味深いです。
しかし、虚実の概念においては①②どちらも実であり、
これを陰陽論で考えてしまうのはどうなのか?

考え方として、①②は両方とも
肝気が正しく作用しない場合における概念であり、
肝気の健全な疏泄によるあるべき方向性があるとして、
その方向性が誤ってしまっているものが②で、
方向性を見失っているものが①ということだろうか?

長くなり
最後はメモのようになってしまいましたが、
肝の疏泄の異常とは、
不及であること、太過であること
の2種類があるということを
今回復習しました。

(後半の、疏泄の失調に関する自問自答の内容は
疏泄の失調の軽度なもので、
重い段階になると
出血傾向などもみられるようになると思います。)

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参考文献
『中医弁証学』東洋学術出版社
『東洋医学概論』新版 東洋医学概論

大原

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