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東洋医学・鍼灸医学の研究用ブログです。

欲しかった本入手

  以前から欲しかった意訳黄帝内経太素が安値で売られていたので手に入れる事ができました。   まだ読み始めたところですが自身が内経を読んで疑問に思っていたところがハッキリ書かれていたりして勉強になります。   今回は勉強用のブログとして、書籍から学んだ事を書いていこうと思います。   本一辺倒にならない様に、モードを切り替えながら生活していこうと思います。   まだパラパラ読み始めたところですが、気になった部分の一部を書いていきます。   意訳黄帝内経太素 P131 五臓命分 「志・意と者(は)精・神を御し魂・魄を収め、寒・温を適え喜・怒を和す所以者也。」 P132 「志・意が和す則(と)精・神は専直(すなお)となり魂・魄は散ぜ不、悔・怒も至ら不、五臓が邪気を受けることは不矣(ない)」   ここでは志・意が切り離されていない点も気になる。   現代語訳 黄帝内経霊枢 上巻P161 本神篇 「物を任うゆえんの者これを心と謂う。意の存する所これを意と謂う。意の存する所これを志と謂う。」 全訳 内経講義 P201 「李中梓の注「意がすでに決まり、堅固になったものが志である。」」   記憶などで例えられた場合、意は短期記憶力で志は長期的記憶力と説明されていました。 (意の在する所これを志と謂う。)   医学三蔵弁解 P151 帰脾湯 「人参は心気を補い、遠志は腎中の志気を補います。心腎の二気がよく交通すると、脾気がその昇降の間を保ち、三臓の気が自然と充実してきます。」   帰脾湯は心脾両虚の薬ですが、心神不交も兼ねる。 しかし帰脾湯の物忘れの特徴的な現れ方は「直前の記憶がない」という点。 さっきまで何をしていたのか分からなくなる。(意病) でも、意志は切り離せるものではなく、実際に遠志という生薬で腎気(志気)を心に届ける過程で脾気(意)を巻き込んで治している。 この後のストーリーとして意志が安定して魂・魄なども安定、喜・怒も過剰なものが無くなればいいなと思いました。   参考書籍 意訳黄帝内経太素 第一巻 築地書店 小曽戸丈夫著 現代語訳 黄帝内経霊枢 東洋学術出版社 南京中医薬大学著 全訳 内経講義 たにぐち書店 田久和義隆訳 医学三蔵弁解 たにぐち書店 伴尚志 現代語訳

舞台など

舞台 主役をどこに置くか。 そこが以前からずっと課題として残っている。 受付でもこのシーンはこの人にやってもらった方がいいかな?と考えたりもするが黒子になる意識が薄い。 これはチームで行っている事。 受付時、一緒に働いている方々にやって頂いている事を思い返す。 上手い人達はサラッとして作意がないが、落としたところを助けて頂いている。 そうなる為にまずは太極的に、先の動きも考える。 感じられるところまでいければいいが、まずは考えてみる。 考えた上で考える事が違っていれば考えを捨てる。 自分の場合、内省して答えを出すというより、他からヒントをもらって練度を上げていきたい。 外を見る目を養う為にも意識を変えなきゃいけないな。 やり方は色々試していきます。   舌の考察①     色:淡紅 形:軽く歯痕舌、軽く胖大 その他:斜舌 裏は出すのに苦労している様子も窺える。 正気が無くて出せないというより、緊張して舌を操作出来ていない印象。 口の開け方、舌下静脈は偏る     脾気虚。 口の開け方や斜舌など偏りを感じる。 気の偏りがあるかもしれない。 また、舌下を見せるのに歯が見えるまで出すところに真面目で気逆を起こしやすい要素があると思われる。   舌の考察②     前回よりも舌下静脈付近の細絡が目立つ。 これも瘀血の症候としてみれそうか。 以前として強い歯痕舌が見られ、気虚の程度が強い。   考察③ 暗紅色、裏に熱がこもり、瘀血。 自身の体なので他の情報と一致させられるが、舌先右の赤みは右の上焦の停滞と一致させられるかもしれない。

噯と曖

読み物で、漢字の微妙な使い方の違いに時折立ち止まる事があります。 例えば、『井、滎、兪、經、合』の”滎”が”榮”となっていたり。 「ん?」となってしまう時です。 今回は”噯”と”曖”について 口へん、日へんの微妙な違いなのですが。 噯(あい) 1⃣いき。あたたかい氣。 2⃣おくび。 曖(あい) 1⃣かげる。かげって、ハッキリしない。 2⃣くらい。暗くて見えない。 ↓ 例:曖昧(あいまい)ハッキリしない。紛らわしい。 つまりゲップは ”噯氣(あいき)”であって”曖氣(あいき)”ではないのですが、この漢字の入れ替えが多いように思います。 因みに ”噫気(あいき)”もゲップ。 噫氣(あいき) 1⃣吐き出すいき。呼氣。 2⃣おくび。食べた過ぎた時など、胃にたまったガスの口腔外に出るもの。 噯氣(あいき) 1⃣おくび。吹呿。噫気。 噯の意味より、噫氣よりも噯氣の方が少し温度が高いゲップに感じるのは気のせいでしょうか。 【参考文献】 『大漢和辞典』(株)大修館書店

「肝不蔵血」証とは

大原です。 先日、ある鍼灸関連の本を読んでいて、 弁証に関する内容のところで 「肝不蔵血」という証名が目に入りました。 ・・・肝不蔵血? あまり聞き慣れない証名だと感じつつ、 これはおそらく 「肝は蔵血を主るが、その蔵血の機能が失調したものか」と 軽く読み飛ばそうかと考えたところ、 「いや、これは軽く読み飛ばしてはいけない、 ちゃんと考えなくてはいけないことだ」と 頭の隅の方で違和感を感じました。 何がその違和感を感じさせたのか、 しばらく自問自答していると その正体のようなものが少しずつ分かってきました。 復習になりますが、肝の主な機能として、 ・蔵血 血の貯蔵、すなわち血流量を調節する機能を言いますが、 これ以外に ・疏泄を主る という機能があり、これによって全身の気機が調節され、 気血が巡らされます。 この疏泄が失調すると気血が巡らず、 気滞、血瘀といった病理産物が生じます。 さて、肝の不蔵血とは 先に述べた「蔵血」作用の失調で、 この言葉からすると 肝に血が貯蔵されないという意味になります。 ここで重要なのが、 肝の疏泄によって 肝血が肝から全身へ巡らされている状態は 健全な状態であり、 肝血を全身へ巡らせる必要がないにも関わらず、 肝に血が蔵されない状態は 病的な状態であるということです。 後者は 血液を貯蔵して血流量を調節するという肝の機能が低下した症候で、 『中医弁証学』では 主症として 「嘔血、咳血、衂血、崩下、目の充血、易怒」 (=口・鼻・子宮からの出血。目の充血。怒りやすい。)がみられるとあります。 またその解説として 「肝の疏泄が過剰となって肝気が上衝し横逆すると、 血が気の勢いにつられることになり、そのため出血が起こる。 肝気犯胃では嘔血がおこり、 肝火犯肺では咳血となる。 また、血が気に随って循経により 上行すると鼻衂がおこる。 夫人では崩下となる。」 とあります。 全体として、出血傾向になるということですね。 「崩下」とはおそらく崩漏のことだと思います。 すなわち、肝の 正常な疏泄か、 過剰な疏泄(=「疏泄太過」といいます)か の区別が、肝不蔵血を考える上で 重要であるということになると思います。 ・・・と、 ここまで何となく納得されると思いますが、 「易怒」とは「肝鬱気滞」の主症でも出てくるのでは? という疑問が湧きませんでしょうか? 「肝鬱気滞」、 これは肝の疏泄が不及である状態をいい、 気機が失調すると述べました。 少しまとめると、 ①疏泄が不及→「怒」 ②疏泄が太過→「怒」 となり、どちらも「怒」で これらの文字面だけを考えると 不及?過剰?どっちだろう?となって 非常にややこしく感じませんでしょうか? さて、「怒」の意味を考えてみますと 「怒」には普通に「怒る」という意味合いだけでなく 「精神抑鬱」「イライラ」という意味もあります。 これらの怒の意味を考えて再度まとめ直すと ①疏泄が不及 → 「精神抑鬱、イライラ」 →「肝欝」 ②疏泄が太過 → 「激しい怒り」 →「肝火」・「肝陽」 とるのではないでしょうか? しかし、さらに「怒」について考えてみますと 「あ、これは肝欝の怒だ」 「あ、今のは肝火の怒りか?」などと ①か②のどちらかであるというような考え方は 不自然な気もします。 実際に人が「怒」であるときというのは ・何かをずっと我慢している(疏泄の不及) ・ちょっとしたことですぐ怒る(太過) ・我慢して我慢してから爆発する(不及→不及→太過) ・怒りながらも我慢している(太過・不及) など、一言に「怒」といっても色々あります。 すなわち疏泄の異常は、 不及か太過かの二者択一ではなく、 不及と太過の両方が その割合を変えて おこっているのではないでしょうか? ①「不及 > 太過」 →「肝欝」 ②「不及 < 太過」 →「肝火」・「肝陽」 また、 肝欝を陰、 肝陽を陽とする陰陽論を考えると、 どこがその境界線で、 陰陽の転化が行われる条件は何かといったことも興味深いです。 しかし、虚実の概念においては①②どちらも実であり、 これを陰陽論で考えてしまうのはどうなのか? 考え方として、①②は両方とも 肝気が正しく作用しない場合における概念であり、 肝気の健全な疏泄によるあるべき方向性があるとして、 その方向性が誤ってしまっているものが②で、 方向性を見失っているものが①ということだろうか? 長くなり 最後はメモのようになってしまいましたが、 肝の疏泄の異常とは、 不及であること、太過であること の2種類があるということを 今回復習しました。 (後半の、疏泄の失調に関する自問自答の内容は 疏泄の失調の軽度なもので、 重い段階になると 出血傾向などもみられるようになると思います。) ---------------------------------------------------------- 参考文献 『中医弁証学』東洋学術出版社 『東洋医学概論』新版 東洋医学概論 大原

陰陵泉

こんにちは高山です。 今日は陰陵泉穴について書いていきたいと思います。 陰陵泉って初めて聞いた時、ちょっとカッコいいって思いました。 陰陵泉の漢字を見てみると、 「陰」は陰陽の陰であったり、 陰真、陰津、陰虚、陰血など陰に関わりのある経穴って イメージです。 「陵」はあまり馴染みの漢字ではなかったのですが、訓読みで「いささぎ」という読みがあるようで、 意味は天皇や皇后のお墓という意味があるそうです。 ということはすごく大事な場所ですね 「泉」は水が湧き出るところ。 つまり陰陵泉は陰に属していて水が湧き出るすごく大事なところって意味で捉えることが出来るかもしれません。 名前のイメージ通り、陰陵泉の穴性は利水と言われています。 脾の運化機能の失調による、水湿や水飲の滞留を通調してくれる作用があります。 つまり脾の失調による水様便や浮腫など、もしかしたら 花粉症の透明な鼻水にも効果があるのかもしれません。 逆に脾の関わりが薄そうな、胸水や、自汗、尿量減少、 関節に水が溜まるなどにも効果があるのでしょうか? 弁証によっては効果があったり、なかったりするのかもしれません。 陰陵泉は脾経の合穴であるので、脾に関係のない水による疾患には効果がないのでしょうか? 水が密接に関わってくる臓腑は腎、脾、肺、三焦な感じがします。 これら全てに陰陵泉に効果があれば、すごく便利かもしれません。 水に関連する経穴をよく調べてみようと思います。

背中・寺

  姉の身体を触らせて貰いました。   気になったのは右の腎兪のあたりのエリアが落ち込んでいると思った。   お腹を向けてもらうと夢分流腹診の表で左の腎に当たるエリアが右に比べて力がなく柔らかかった。   実際のところ背中の臓腑の反応は腹とリンクするのか、またリンクするとしたらそこに規則性はあるのか気になります…。   腹、背中と触っていたら左の踵が痒いと掻き始めたのでこれも何なのか考えてみます。   また、背候診とは別件ですが、先日京都の法然院に行ってきました。   銀閣寺から哲学の道をしばらく歩いていった場所にあるお寺なのですが、行ってみると観光客もおらずゆっくり見て周ることが出来ました。   静かなのでセミや鳥の鳴き声、水の音などをじっくり聴け、生えている苔などもとても綺麗でいい場所でした。   また気が向いた時に行こうと思います。   写真撮影可能なお寺でしたのでアイキャッチ画像に設定しています。

どうなんだろう

勉強で母親の身体を診させてもらった。   特に気になる点は左少腹急結・左少腹部や股関節あたりの色が黒くなっている・中脘あたりが緊張・舌は腐膩があり、全体的に紫舌・舌下脈絡の特に左側の怒張・脈は渋・左のみ深く沈めると脈が確認出来なくなる・左太渓の顕著な陥没と発汗・足先は冷えている。   以前脈を取らせてもらった時は疲れると脈が7回に一回飛んでいた。   問診はせずに症状で気になる点を後で確認すると左腰に違和感があり、まれに左少腹部に張った感じが起こるとの事。   根本は腎の弱りなのか。   瘀血を取るにしても正気を立て直す必要があると感じた。   よくゲップが出る人なのですが、この胃の働きの低下にも腎虛・瘀血が関係してそうな気がする。   治療穴としては左太渓で腎の立て直しを行うシーンかなと想像。   また、活血も組み合わせる必要があるのかと思った。   左の三陰交を抑えると軽い圧痛があるとの事だったのでここも治療穴に含めることができるのか。   色々考えてみたものの分からない点だらけで難しい。

朱丹溪の処方について。

反佐論 『たとえば近代の医家が宗とし法とするものに丹渓の書がある。その朱丹溪が呑酸を治療する際には炒黄連(さおうれん)を君とし呉茱萸(ごしゅゆ)を佐とする《左金丸》のが常である。また心腹が痛むものを治療する際には、山梔子(さんしし)を倍加して炒乾姜(さかんきょう)を佐とするとよいと言っている。このように寒薬を君とし熱薬を佐とするような処方の構成は、私には理解できない。もしその症状が熱によって出ているものなら冷やせばよいだろうが、どうしてさらに呉茱萸や生姜といった熱する薬を用いるだろうか。もしその症状が寒によって出ているものなら熱せばよいだろうが、どうしてさらに黄連や梔子といった冷やす薬を用いるのだろうか。・・・その疾病の原因を理解できないので、熱薬を用いたり寒薬を用いたりするのである。また、病状と方剤の寒熱が同じか違うかを判断できないので、その病気に対して真の見解を持つことができず、寒熱両方の見解を持ったまま治療していくことになるのである。これが医家における病の最たるものであり、自分自身を深く反省しよく戒めなければならないところである。』 黄連  :清熱燥湿、清熱瀉火、瀉火解毒 呉茱萸 :暖肝・散寒止痛、下気止嘔 山梔子 :清熱瀉火・除煩、清熱利湿、清熱涼血・止血、清熱解熱 炒乾姜 :温中散寒、回陽通脉、温肺化痰・化飲 左金丸(別名:回令丸、萸連丸):清肝瀉火、降逆止嘔 君薬 :主となる病態を治療するもので配合薬の中で最も重要なもの 臣薬 :君薬の作用を強めたり主証に付随する兼証を治療するもの 佐薬 :君薬・臣薬を補助するもの 使薬 :諸薬を調和したり服用しやすくするもの   張景岳は景岳全書の陰陽論の中で劉河間と朱丹溪を、陰陽に対しての治療方針について批判的でありましたが、反佐論の中でも丹渓の書を用いて説明がされています。 病因の把握、治療方針の見立てなど、歴代の医家達にも様々違いがあるように難しいところなのかと思います。 そして、そこが研究し続ける重要なテーマに思います。   【参考文献】 『現代語訳 景岳全書 伝忠録』たにぐち書店 『中薬学』東洋学術出版社 『方剤学』医歯薬出版株式会社 『新版 東洋医学概論』医道の日本社

風邪っぽい

喉が痛くなって鼻水が出てきたりすると、一般的には風邪の初期症状だと考えますが、外からの影響ではない場合もあります。 もともと脾虚をもっている方が暴飲暴食してしまった場合、未消化物が残り熱が発生します。 その熱が上へ上がって喉や、鼻に症状がでる場合があります。 鼻水、喉痛があるからといって細菌感染やウイルス感染してるとは限らないのです。 東洋医学でみてみると外邪が体の中に入った場合、排出しようと戦いがおきます。そうすると発熱したり、強い悪寒を感じたり、浮脈になるなどの症状がでます。 悪寒や発熱がなかったり脈が浮脈で無い場合は外邪ではなく内因の可能性が高い。 もともと脾虚をもっている方が暴飲暴食してしまった場合、未消化物が残り熱が発生します。 その熱が上へ上がって喉や、鼻に症状がでる場合があります。 鼻水、喉痛があるからといって細菌感染やウイルス感染してるとは限らないのです。 東洋医学でみてみると外邪が体の中に入った場合、排出しようと戦いがおきます。そうすると発熱したり、強い悪寒を感じたり、浮脈になるなどの症状がでます。 悪寒や発熱がなかったり脈が浮脈で無い場合は外邪ではなく内因の可能性が高い。

痰飲(02)

脾虚湿盛 脾陽不足の為に運化機能が働くなった為に、水湿が停滞する病気変化。 食生活の不摂生や冷たいものばかりを飲む、寒湿を感受する、雨に濡れる、 湿潤な土地に長く住むなどすれば、寒湿の邪が表から理に入り込むので、脾陽不足となる。 【病理】 1、寒湿困脾 寒湿を外感したり、食生活の不摂生、生ものや冷たいものを好んで食べたりすれば脾陽を痛める。 運化機能が失調し寒湿の停滞により寒湿困脾という病理が起きる。 2、寒陰内停 寒湿の邪が脾を傷り、陽気を損傷するために湿が集まって陰となり中焦に停滞する。 3、湿聚生痰 湿が集まり痰になれば、様々な疾患を誘発する原因となる。 4、脾虚水泛 脾が虚して湿を制御することが出来ないという病理。 湿濁が中焦に塞がって痰飲となるが、悪化すれば蓄積した水湿が皮膚に溢れ浮腫となる。 漢方薬 【和解剤】 ・当帰芍薬散(金匱要略) 効能:補血調肝、運脾除湿 主治:肝氣乗脾(肝血虚、脾虚湿滞) 【補益剤】 ・参苓白朮散(和剤局方) 効能:益氣健脾、慈補脾陰、渗湿止瀉 主治:脾氣陰両虚、脾虚湿盛   瀕湖脉学四言訣 滑脉と渋脉の主病 滑脉主痰、或傷於食。 下為畜血、上為吐逆。 渋脉少血、或中寒湿。 反胃結腸、自汗厥逆。 滑脉は痰をつかさどり、あるいは食において破る。 下りて畜血をなし、上がりて吐逆をなす。 渋脉は少血なり、あるいは寒湿にあたる。 胃に反し便秘をなし、自汗し胸腹激痛に両足冷え苦しく食事もできない。   【参考文献】 『中医病因病機学』東洋学術出版社 『中医臨床のための 方剤学』医歯薬出版株式会社 『中医脉学と瀕湖脉学』たにぐち書店