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東洋医学・鍼灸医学の研究用ブログです。

脾胃湿熱の「湿熱」について

東洋医学概論の教科書にあった脾胃湿熱でしたが、湿熱とは 食べ過ぎ・飲みすぎが原因で体内に入ったままになっている「水」が 熱の影響で湿気?のようになっているものなのか? ヒントを探して中医弁証学を読んでみましたが、今日はハテナが多いです。 湿は重濁性と粘滞性をもっていて、湿邪による病は長引きやすく、進行が緩慢 粘滞性があるために長引きやすいような感じがしますが、 病の進行が緩慢というのはいいことなんでしょうか? それともわかりにくい?ということなのでしょうか。。 気機を阻滞させやすく清陽(?)に影響しやすい。 湿気の多い環境や居住地の場合、湿邪は外から皮毛に入る。 また、脾胃虚弱や水分の取りすぎ、過食などは湿の内生をまねく。 湿の病は内外の湿が合わさって発生することが多い。 私自身が雨の多い土地で生まれましたが、どれくらいの期間その環境で過ごすか、というのも関係があるのでしょうか。 (それによって湿邪に対して耐性ができるみたいなことはあるのか?そもそも邪に対して耐性ってなんだろう…) (大阪は日本の中でも湿度が高い土地柄から、梅雨の時期になると湿邪による症状が起きやすい、と授業の時に聞いたことがあり、根拠を調べてみましたが思うような答えは出てきませんでした…)

不妊治療と鍼灸

40代モデル患者さんのことについて書いて行こうと思います。 3回の体外受精が妊娠に繋がらず、鍼灸治療で体のケアしたいとご来院。 体を切診したところ、肝、腎に弱りがあり脾の運化にも影響しているようだった。 飲酒の習慣があり、湿をおびた瘀血が見受けられ、気の鬱滞をおこしていました。 補腎、疏肝、活血化瘀を重点に治療。 週一回のペースで治療していき、4回目の体外受精で妊娠。 妊娠後、脾の弱りも出できて悪阻や倦怠感など妊娠初期に表れる症状を健脾、調気和中を重点に治療し安定期に突入しました。 妊娠中の身体はとてもデリケートなので、妊娠後期も快適に過ごせるよう細心の注意をはらいながらサポートしていこうと思います。

胃・小腸・大腸

  霊枢を読み進めていって勉強している事を書いていきます。   《現代語訳 黄帝内経霊枢 上巻》 P104 邪気蔵府病形篇「黄帝がいう。「私は五臓六腑の気が、みな井穴から出て、滎穴と輸穴を経て合穴に入ると聞いたことがある。 その気血はどの道を通って注ぎ、進入した後どの蔵府および経脈と連結しているのだろうか。その道理を聞きたいものだ。 岐伯が答える。「これは手足の陽経が別絡から内部に進入して、六府に連続しているのです。」 黄帝がいう。「滎穴・輸穴と合穴には、治療の上で一定の作用があるのか」。 岐伯が答える。「滎穴・合穴の脈気は深いところにあるので、内府の病気を治療できます」。 黄帝がいう。「人体内部の府の病は、どうやって治療するのか」。 岐伯がいう。「陽経の合穴を取ります」。」 黄帝がいう。「合穴には各おの名称があるのか」。 岐伯が答える。「足の陽明胃経の合穴は三里にあります。手の陽明大腸経の脈気は足の陽明胃経を循り巨虚上廉で合します。手の太陽小腸経の脈気は足の陽明胃経を循り巨虚下廉で合します。手の少陽三焦経は足の太陽膀胱経で合します。足の太陽膀胱経は委中で合し、足の少陽胆経は陽陵泉で合します」。」   →下合穴の説明が書かれていました。 腑病にはこれらを使いなさいと提示されています。 ここでは特に、足陽明胃経の上廉(上巨虚)・下廉(下巨虚)が大腸・小腸の合穴に設定されている点が気になりました。   《中医薬大学全国共通教材 腧穴学》 P 64 「中医理論によると大腸小腸は全て、広義の胃に属すので大腸小腸の下合穴は胃経上にあるのである。」 《中医薬大学全国共通教材 全訳中医基礎理論》 P130 「胃の通降作用とは、小腸が食物残渣を大腸に送ったり、大腸が糞便を排泄したりする機能も含んでいる。」   →答えなのでしょうが黄帝内経における根拠が書かれていません。 いや、普通に考えて胃から大腸まで繋がっているじゃないか!とよぎりますが、それは西洋医学の解剖学的所見なので東洋医学を考える上では参考にできません。 極力黄帝内経に理由を求めていきます。 胃〜大腸は、水穀の受納〜糟粕の排出までのラインのはずなので、まずは水穀が糟粕になるまでの流れを追っていきます。   <現代語訳 黄帝内経素問 上巻> P210 五臓別論篇「六腑には、常に水穀が充実しているものですが、反対に精気は充実していません。 この道理は、水穀が口から入ったあと、胃は実するが腸は空虚であり、食物が下へ送られる段階になると、腸は実するが胃は空虚になると理由にもとづいています。」   《現代語訳 黄帝内経霊枢 上巻》 P479 腸胃篇 「「黄帝が伯高に問う。「わたしは六腑の消化器官がどのようになっているか、腸胃の大小・長短、水穀を容れる容量の多少などを知りたいと思う」。 伯高言う。「すべてをお話しいたしましょう。 穀物が口から入って体外に出るまでの消化器官の深浅・遠近・長短の数値は次のとおりです。 唇から歯までは長さ九分、口の端から端までは幅二寸半。歯から会厭までは深さ三寸半、水穀五合を容れることができます。 舌は重さ十両、長さ七寸、幅二寸半。咽門は重さ十両、幅一寸半、咽門から胃までは長さ一尺六寸。 胃の形は曲がりくねっており、それを伸ばすと長さ二尺六寸、周囲一尺五寸、水穀三斗五升を容れることができます。 小腸は腹腔の中にあり、後は脊柱に付き、左から右へ向かって周り廻り、腹腔内で幾重にも折り重なって廻り、下口は廻腸に注ぎ、外側は臍の上に付き、廻り折れ曲がり、湾曲すること全部で十六回、周囲二寸半、直径八分と三分の一、長さ三丈二尺。 廻腸は臍の所に位置し、左に向かって廻り、下向きに重なって、折れ曲がり湾曲すること、同じく十六回、周囲四寸、直径一寸と三分の一、全長二丈一尺。 広腸は脊椎に付き、廻腸が送る糟粕を受け取り、左に向かって廻って脊椎の前に重なり、上から下へ行く程太くなり、最も太い所で周囲八寸、直径二寸と三分の二、長さ二尺八寸。 腸胃の水穀を運輸消化する過程は、口唇から肛門まで総長六丈四寸四分、全部で三十二回の湾曲があります」。」   《臓腑経絡学》 P 63 「大腸は、廻腸、広腸、直腸、肛門(魄門)から成る。」   《中医学ってなんだろう》 P 241 「「大腸の伝導」は、広い意味での「胃の降濁」の一部と言えるものです。 胃気が下降していることは、大腸の伝導の前提となります。」   →飲食物が胃に入って糟粕を排出するまでの過程が示されており、それは胃を起点に一連の流れで繋がっているので古人はこのラインを胃の代表する一つのグループとして考えた。 腸の伝導機能とは胃の降濁機能の一部とも言える。 関連が深いからこそ、わざわざ「腸胃篇」という一つの篇にまとめたのかもしれない。   ↓「胃の通降(降濁)機能」 ①胃◯→小腸→大腸 ②胃→小腸◯→大腸 ③胃→小腸→大腸◯ ④胃→小腸→大腸→◯(糟粕)   続いて「胃経上にある下合穴を刺し腑病を治す」とはどの様な事なのか考えてみたいと思います。   参考資料 <現代語訳 黄帝内経 霊枢 上巻> 東洋学術出版社 南京中医薬大学編著 <現代語訳 黄帝内経 素問 上巻> 東洋学術出版社 南京中医薬大学編著 <中医薬大学全国共通教材 腧穴学> たにぐち書店 主編 楊甲三 <中医薬大学全国共通教材 全訳中医基礎理論> たにぐち書店 主編 印会河 <中医学ってなんだろう> 東洋学術出版社 小金井信宏著

真夜中のドン

昨日の事。 寝る前に鍼の事を考えて就寝。 夜中に目が覚める。 うつらうつらしてる。   ふと足を切経する。 寝る前も気になっていたが、薄暗くこの様な状況だと顕著。 明らかに形態もおかしく崩れていて、奥行きを感じる。 ここに置きたいと感じた。   幸い枕元に鍼を置いていたので一連の流れは崩れずに済んだ。   置く直前に東洋医学考で読んだ四肢の経穴を使う時の刺法が浮かんだ。 暗いので鍼先なども見えないけど、刺法だけ注意して後は何となく感覚で照海に置く。   ドンっといった重低音に近い感覚があった。   後の反応を追う前から分かる良い感覚。 しばらくするとこの前教えて頂いた2箇所に変化が現れる。 自分に対してだと今までで一番良い鍼ができた気がして嬉しくなった。   六味丸を使った感覚と少し似てる。   参考資料 東洋医学考 星雲社 一鍼堂出版 

中国の思想(07)

老子 四十三章 無為のはたらき 天下之至柔、馳騁天下之至堅。 無有人無間。 吾是以知無為之有益。 不言之教、無為之益、天下希及之。 天下の至柔は、天下の至堅を馳騁す。 無有は無間に入る。 われここをもって無為の益あるを知る。 不言の教、無為の益、天下これに及ぶもの希なり。 (引用:『中国の思想[Ⅳ]老子・列子』P82) 《私議》 一休さんのとんち話の中で出てくる 「生ある者は必ず死す、形ある物は必ず滅す。」 これは諸行無常を説いていたように思いますが、 老子のこの一節を読んで、ふと思い出しました。 日常生活の中で”自然体であること”の強さを日々感じています。 【参考文献】 『中国の思想[Ⅵ]老子・列子』徳間書店

視点・公孫・合谷

主語 自分の課題を解決するために主語を置き変えて視点も変えてみようと思う。 意識を変えてみたら実践中なのですが対人でも変化がありました。     打撲から奔豚 今朝起きたてに上がってくる感じ・落ち着かない感じがした。 奔豚だと思います。 昨日の実技の授業の時もそうでしたが、右の神門が触られると嫌な感じでした。 脈は全体的に強くなっている。 体を色々探ってみた。 すると右の公孫がべコーンと凹んで奥に何かいる感じでした。 何故こんな事になったのか考えていると日曜の夜にフットサルで右足の公孫あたりを軽く打撲していました。 衝脈との関わりでこの症状を起こしているかなと思ってその方向に打ってみました。 その後の神門の変化・公孫の形状変化・排便の変化・奔豚の変化・周辺の血管の様子など勉強になりました。   灸実技 学校では灸の授業でやたらと合谷を使います。 これをされた後の座学の授業の様子を見ると結構な人数がボーっとしています。 原穴的には大腸経ですが空間的に太衝と結びつけても氣滯の弁証にも使えると思います。  

舌診(02)

舌象について整理する 【舌神】 有神 生き生きとして生気があり、運動性も十分なもの。 疾病に罹患しても有神であればよい兆候。 無神 乾枯して硬く光沢もなく、生気がなく、運動性も悪い。 危急の可能性。 【舌色】 淡白舌 陽虚の為に営血不足により舌体を充養できず淡い色調となる。 紅舌 舌体の脈絡が充盈している。 絳舌 紅絳舌 営血が熱の煎熬を受け、濃縮されている為に絳舌となる。 紫舌 熱盛傷津や陰虚で気血の壅滞、陰寒での凝滞により紫色となる。 青舌 陰寒の邪により陽気凝滞し血行の瘀滞による。 【参考文献】 『中医臨床のための 舌診と脈診』医歯薬出版社 『新版 東洋医学概論』医道の日本社

寺子屋にて

◯ 歴史 東洋医学は、どのように発展してきたのか。 かつて東洋医学を受けられた人々とは、どんな人々だったのか。 ドラマで、ホ・ジュンが腕を斬られそうになったけど、「いや、ホ・ジュンは悪くない!」と視聴者は思った筈です。 でも、大抵の人は腕は斬られたくない。 下野先生と東洋医学が発展した背景をお話しして、私が勉強したいと思う東洋医学の「立ち位置」とは何か、ヒントを得る事ができた。 とにかく解剖生理と病理を徹底的に勉強するべし。     ○ 工場 季節の食べ物を食べると良いと言われますが、 ダイレクトに胃に入るものだけど、それらを納め、吸収して加工する工場が壊れていたらどうだろう? 他にも、自分の力ではなく、薬で勝手に臓腑を動かすとどうなるか。 薬を辞めた後、自分の力で動かし始めた時、 どのような動きをするのか。 「夏風邪にはコレ!」と特効薬のように処方された漢方。 それを飲み始めてから咳が出てきた患者さん。 食養生、漢方を全て否定するわけではないが、 その人の臓腑の状態をしっかり把握しなければ 悪化してしまうケースを診せてもらいました。 何でもダメダメと言うのもストレスですが、 疲れている時は嗜好品を食べたくなったり 食事を抜いたりするけど、 薬やサプリに頼るなら、 3食キチンと取って、 睡眠の時間を取るようにしていきます。     ◯ 聞いてるだけ 問診も、せっかくの時間を割いているのに、 ただ聞いてるだけやなと反省する事があります。 下野先生が初診の患者さんに問診される所を 扉の向こうから聞かせてもらいました。 今後治療をしていく上で自分が指標となる事、 患者さんが指標になる事、短時間でも 内容が整理されていてとてもわかりやすかったです。
切脈一葦

切脈一葦 上巻2

こんにちは、大原です。 前回の続きです。 前回:切脈一葦 上巻1 今回も、原文に書かれている文意を汲み取りながら、 その読み方や 著者の言いたいことは何かを考えていきます。 今回のところは、主に、著者の脈診に対する 厳しい考え方が記されているところになります。 --------------------------------------------------------------------------------- 画像は京都大学デジタルアーカイブ『切脈一葦』より、 9ページ目から引用。 (本ブログ記事で参照した箇所を掲載) <読み> 脈は、血気の盛衰を診する処(ところ)にして、 病の所在を診する処にあらず。 故に部位を論ぜず、 ただ動脈のあらわる処(ところ)をもって、 診脈の処となすべし。 寸口を診するの法、三指をもって、 掌後後骨の側、動脈手に応ずる処を按じて、もって寸口と定むべし。 脈あらわる処長き者は、指を疎にして診し、 脈あらわる処短き者は、指を密にして診るべし。 小児は、一指をもって診すべし。 反関の者は、動脈あらわる処を以て、寸口と定むべし。 凡脈を候うことは、五十動を診するをもって法とす。 必ず倉卒(そうそつ:急なさま。また、あわただしいさま)に 看過することなかれ、 もっぱら心を指下に留めて、 言することなかれ、 観ることなかれ、 聴くことなかれ、 嗅ぐことなかれ、 思うことなかれ、 これ脈を診するの要訣なり。 →ここまでは脈診における秘訣が書かれています。 脈を診るときは、 それ以外のことに神経を奪われたりせずに 脈診に集中することが一番大事であるぞ! と書かれています。 寸口は、手太陰肺経の脈にして、 五臓六腑の死生吉凶を決する所となし。 肺は諸気を主るゆえに、 また気口と名づけ、 肺は百脈を朝せんとして、 脈の大会なるゆえに、 また脈口と名づく。 その名3つあれども、その処は一なりというは、 皆分配家の説にして空論なり。 寸口は固より十二経の名も、 経穴の名も、いまだ有らざる以前の名にして、経穴の名にあらざるなり。 然るも後世に至って、 経絡を分かちて空所の名を配するときに、 寸口の地を、肺経の脈動と定めて、経渠・太淵二穴を配したる者なり。 また気口・脈口等の名は、 その後肺経の理を推して、名づけたる者なり。 →以上、ここでは、 脈診で脈をとる手首のあたりのことを 寸口といったり気口といったり脈口というが それらは 「単に言い方を変えているだけで 同じものだ」というのは嘘だぞ! と言ってます。 『素問』に、寸口気口の名有りて寸関尺を分かちて 三部と為すの説なし。 『難経』に始めて寸関尺の名を立つといえども、 いまだ左右に臓腑を分配するの説なし。 晋の王叔和に至って、始めて左右に臓腑を分配 するの説を出せり。 一の難は、一呼吸の間に、脈行くこと六寸、一日一夜に、脈行くこと五十度と定めて、 二の難は、尺寸を一寸九分と定めて、 臆見(おっけん:確たる根拠のない、推測や想像に基づく考え)を もって空理を論じたる者なり。 十八の難は、三部四経の説を立てるといえども、その言簡古にして解すべからず。 王叔和の分配を得て、粗通すといえども、これを要するに無用の空言なり。 →ここの最後のあたりに 「空理を論じているぞ」、 「無用の空論」であるぞ! と言ってますが つまり、脈診において 左右の脈それぞれに臓腑を割り当てるのは 机上の空論であって 実際はそんなことは全くないのだ! と言ってます。 『霊枢』に、気口と人迎とをもって陰陽に配して診することあり。 これまた無用の空言なり。 →また「無用の空論」が出てました。 『素問』に、寸を按ずの語あれども、寸は寸口のことなり。 尺は肘の横紋より、掌の根までの間を尺といいて、 この処の堅脆滑渋を見て、診法と為することなり。 また尺内の両傍は季肋なりの語あれども、尺内は、腹のことなり。 然るを分配家の徒が、尺脈のこととするは誤りなり。 →「尺」とは いわゆる「寸関尺」の尺だけではないぞ、 他の意味もあるんだぞ、と言ってます。 趺陽は、趺上にあらわるをもって、名づけたる者なり。 然るを後世に至って、分配家の徒が足陽明胃経に配して、 衝陽と名づけて、胃気の有無を候う処と為す者は、 寸口を五臓の気を候う処とするともってなり。 また人迎を足陽明胃経に配するも、この意なり。 それ脈は、皆胃気を候うの診法なり。 なんぞ、人迎趺陽のみに限らんや。 両額の動脈を、上部の天となし、 両頬の動脈を、上部の地となし、 耳前の動脈を、上部の人となし、 手太陰を、中部の天となし、 手陽明を、中部の地となし、 手少陰を、中部の人となし、 足厥陰を、下部の天となし、 足少陰を、下部の地となし、 足太陰を、下部の人となす者は、 素問の三部九候なり。 両額の動脈は、足少陽胆経の頷厭の動脈を指すなり。 両頬の動脈は、足陽明胃経の地倉の動脈を指すなり。 耳前の動脈は、手少陽三焦経の和髎の動脈を指すなり。 手太陰は、肺経の経渠の動脈を指すなり。 手陽明は、大腸経の合谷の動脈を指すなり。 手少陰は、心経の神門の動脈を指すなり。 足厥陰は、肝経の太衝の動脈を指すなり。 足少陰は、腎経の太谿の動脈を指すなり。 足太陰は、脾経の箕門の動脈を指すなり。 これ皆分配家の空論にして、 実時に用え難し。 もし、よく18箇所の動脈を診し得るといえども 病証を論ずるに臨みて、いずれの動脈を主となすべけんや。 これ一身一動脈にして、 別脈にあらざることを知らざるの誤りなり。 →脈を診る場所が18箇所もあったら、 どの脈を診て判断すればいいのか? 人間の身体に18本の脈があるんではなくて 全部つながってるから(一身一動脈) 18箇所も診なくて良いのではないか? そういうことが分かってないから こんな誤った空論を書いてしまったのだ! 魚際と尺沢との間を、一尺と定めて、 掌後一寸九分をもって、尺寸の地となし、 前九部を寸となし、 後ろ一寸を尺となし、 寸と尺との間を関となす。 これを三部という。 寸は胸以上の疾を主どり、 関は膈より臍に至るまでの疾を主り、 尺は臍以下の疾を主る。 また医の指を浮かべて診するを浮となし、 中按して診するを中となし、 沈めて診するを沈となす。 これを九候という。 浮は心肺を候がえ、 中は脾胃を候がえ、 沈は肝腎を候がう。 これ難経の三部九候にして、 全く分配家の空論なり。 たとえば・・・ (ここまで) →脈で、 寸は胸以上の病、 関は膈〜臍の病、 尺は臍より下の病を診るとあり、 浮は心肺、 中は脾胃、 沈は肝腎を診ると難経にあるが、 これらも空論であるぞ、 と言ってます。 --------------------------------------------------------------------------------- さて、著者がばっさりと「空論であるぞ」とした内容は 鍼灸の学校の実技の授業などでも 教わった内容だと思います。 『素問』の現代語訳など目を通すと 「素問に書いてあるのでやっぱり正しいことなのか・・・」 と思ったり でも、やはり「本当にそうなのか?」みたいな感じも 個人的には両方あったように思います。 脈診における考え方において、 この『切脈一葦』を読んで 「空論だと言っているから 寸関尺を臓腑に割り当てる考え方は間違っているんだ」などと 安直に片付けてしまうのは良くないでしょうが、 著者が空論だと言い切る理由を 知っておくのは大事だと思います。 もしその理由が腑に落ちないなら、 もとの考え方にも一理あるのでは、 という具合に 考え方の幅が拡がるように思います。 重要なところですが、 長いので続きは次回にします。 引用: 京都大学デジタルアーカイブ『切脈一葦』より

四診(1)

四診とは、望診・聞診・問診・切診からなる4つの診察法の総称である。 四診法 ①望診(神技):術者の視覚を通じて病態を診察する方法 ②聞診(聖技):術者の術者の聴覚・嗅覚を通じて病態を診察する方法 ③問診(工技):患者との対話を通じて病態を診察する方法 ④切診(巧技):術者の触覚を通じて病態を診察する方法 望診  望診は、視覚的に観察することにより心身の状態を知る診察法である。患者の神・色・形・態の観察を基本とし、身体全体や局所の状態、分泌物・排泄物や舌象などを視覚的に観察する。 望診は、患者に対する第一印象から始まり、問診や切診の際にもあわせて行われる。 聞診   聞診は、聴覚と臭覚により患者の身体から発する音と臭いを聞き、心身の状態を知る診察法である。 患者から聞く音として発語時の音声、呼吸音やその他異常音がある。そのうち、音声を聞くことで診察することを声診という。 臭いには体臭、口臭、排泄物・分泌物の臭いなどがあり、臭いのことを気味という。 聞診は問診を行なっている際にあわせて行われ、術者が直接確認できないものは問診により患者に尋ねて確認する。 問診  問診は患者やその付き添いの者に質問し、対話によって得られた情報から心身の状態を知る診察法であり、弁証に必要な情報を収集するために行うものである。 問診では、まず患者の主訴について確認し、それに関連する事項を掘り下げながら質問し、情報を集める。 東洋医学では各種病因により気血津液・経絡・臓腑に虚実・寒熱といった変動が起こり、その結果、各種の愁訴が発生したものと考えるため、各種愁訴を全身的な病態と関連づけて推察することが重要である。そこで患者本人が主訴と関連のないように思っている全身症状や生活状況などについても確認する。 東洋医学的な問診の内容をまとめたものに、『景岳全書』(張介賓、1640年)の「十問歌」がある。この「十問歌」を参考に各項目について問診を行なう。 問診において、受容・共感的態度、傾聴的態度は患者との良好な信頼関係の構築に重要であり、信頼関係が得られているか否かは治療効果や患者の治療継続の意思などに影響する。 問診時には、状況に応じて患者の表情や仕草、動作などの望診、音声や口臭などの聞診、脈診などの切診もあわせて行う。 切診  切診は、手指や手掌を直接患者の身体各部に触れ、術者の触覚や患者が術者に触れられた際に感じた感覚により心身の状態を診る診察法で、腹診、切診、経穴診、脈診などが含まれる。 切診は、触れる、撫でる、擦る、押す、摘まむなどして得られる反応を病態推察の材料とし、反応点を治療点としても考慮する。   ★ 先輩の先生と共に、病室に入らせてもらい、患者さんとの四診の場を共有させて頂いております。 実際に患者さんが発する情報をメモし、病証把握や仮想の治療を考えたりしておりますが、自分でも緩いところが多いと痛感しております。 そんな中でも、鍼を打った後から暫くし、先生が「いかがですか?」と患者さんの様子を伺う際に、微妙に変化を感じれる時があり、貴重な時間を頂いております。診療に来られた時と帰る際との変化、顔色や目の表情、舌の様子、声色・・ 患者さんの変化を頭の中で情報処理にはまだまだ時間を要しますが、前進して参りたいと思います。 【参考文献】 『新版 東洋医学概論』医道の日本社