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東洋医学・鍼灸医学の研究用ブログです。

施術日記(03)

T.I 先生との治療練習3回目です。 週ごとに、同じ経脈上に刺鍼する事で変化をとります。 舌診の鍛錬 【目的】 ① 一週間前と同穴にて、鍼の番号を変えて違いを診る。 ② このシリーズは今回で3回目。 鍼の ”前後” という短期的にできる変化とは違う、中期的な変化を探す。   舌の中央の苔・裂紋には長い歴史を感じるので、 この変化を狙うのは、 長期的に考えなくてはならないのかもしれません。 舌尖と舌辺の赤みは、ぼんやりといつものようにある。 舌の出し方に、強張った感じはみられない。 陰陵泉(右):0番鍼にて置鍼(5分) 一段と力が抜けたように感じる。 刺鍼後には舌尖と舌辺の赤みは、淡く穏やかになるのはいつもの通り。 舌の水分量の違いが、事前事後で間違いなく変化する。 2週間前は・・ この2週間前に舌診した際、 舌の出し方が右へ傾いていたのが特徴的でした。 舌尖の尖がり具合や舌の周辺の赤みは現在もありますが、 現在は少しマイルドになっているように感じます。 ご自身で治療をされているのもあり、 このシリーズでの正確なエビデンスという訳ではありませんが、 変化は感じられます。

おばあちゃん(95歳)と鍼 ②

先日、祖母に会いに行ったことをきっかけに、 拘縮や認知症について知識が乏しいと痛感しました。 学校に行き仲良しの司書さんに相談しました。 「私も介護をしていて、 認知症や介護の本をたくさん揃えたのよ! でも中々見てくれる人が少ないんよ」 と話してました。 1時間ほど司書さんと本を吟味して 拘縮ケアや認知症の行動心理学の本を 借りました。 拘縮を防ぐタオルの位置や 介護時の声の掛け方など とても参考になりました。   今日祖母に会いに行ってきました。 午前中、按摩師さんに施術をしてもらっていました。 日によって差がありますが、 顔色も良く、傾眠もほとんどありませんでした。 眉間の皺がないことに一安心。 それでも、腕はきつく抱きしめたて 膝頭が隙間のないくらいひっついていました。 硬い手すりに腕が食い込んでいました。 「もうあきませんわ…」と祖母は弱気でした。 「ほな、鍼しましょうか」と言うと 昔鍼治療によく通っていた祖母は軽く頷きました。 車椅子に乗ったまま4箇所に鍼をしました。 足を2箇所した後、体を前屈できるようになり、 前回できなかった背中にも鍼をすることができました。 1mmも刺していませんが、 動きが予測できないので置鍼は少しヒヤヒヤしますね。 てい鍼があれば安心かもしれません。 背もたれに当たらないようにタオルを挟み 前屈姿勢を介助してもらいながらの置鍼でした。 5分ほどの置鍼した後、脇に隙間ができて 握り締めていた指が徐々に解けてきました。 痛がる場合があるので、 声かけしながら指を動かしていきます。 拘縮した手の中は汗ばみ 菌が繁殖するのでとても臭いです。 爪が食い込み、それだけでも痛いだろなと。 看護師さんに握り締めた指の解き方を教わり、 鷲手のようになった隙に爪切りをしました。 腕を膝上に降ろせるようになったので、 袖をめくって脈を見ようとしました。 拘縮の姿勢でクロスして両腕が当たっていた部分は内出血していて、加わる力の強さに驚きました。     タオルを摘んだり、コップを持ったり 自分の意思で動かせるから祖母はご機嫌そうでした。 祖母は孫のことをわかっているのかな。 私の名前を言うとニコリと笑って頷きました。 私が今日全身真っ白の出立ちだったので、 時たま「先生、ここが痛いんですわ」 話してくれました。 「指があかんようになってあきませんわ」 「お団子が食べたいですわ」 「ありがとうさん」 今日は傾眠することなく、 話はチグハグだけど、ゆっくりゆっくり 色んなことを話してくれました。 「本人が言いたいこと、伝えたいことを話せるようにしてあげたらいいんですよ」 と祖母のことを相談した時に お爺さんに治療された経験談を交えて 下野先生がお話してくれました。 鍼で延命、なんていうことは考えていません。 残された時間を祖母が穏やかに 過ごせればと思います。 鍼をする前。 腕は拘縮し、体が傾き肘置きに腕が食い込む。 昔よく握手をしていたので、 「握手して」というと手を差し出してくれました。 上腕は動かない。 足の鍼施術後、腕が解けて軽度の前屈が可能に。 背中と肘に空間ができたのでタオルを入れて 姿勢を安定させる。 背中に5分置鍼、腰は鍼が無理なので軽擦。 車椅子のステップから足を降ろしたり、 自分の意思で少し動かせるように。 脇に空間ができて、 肘置きに腕を置けるように。 動かす時は、方向や位置を 知らせた後に動かしています。 タオルを摘んで畳む動作をする。

舌・形体など

舌・形体など 舌を見た時、舌の厚さが大きくなり、水々しくなっている舌を良く見る。   本で確認すると淡胖舌が近いような。   たぶん水分を抱え込んでいるんだろうな〜と想像する。   お腹を触らせて頂くと臍下あたりに違和感を感じることが多いです。   そういう人と話すとそんなに食べている訳ではないけど痩せないと言っている人が多いような…   腎が弱ると水もダブつき動かず溜まっていく。   水は性質的に重く、下へ下へ溜まっていくので、手首・足首を見た時ポッチャリしている事も多い気がする。   腎が弱いので肉体疲労ですぐへバッてしまう。   脈を取ると根がない様な、そんな印象を抱く人が時々います。   ただ、こう言った部分のみに着目すると先入観に繋がり、色々見落としそうなのでその程度にとどめておこうと思います。   何となく 何かを見る時、自分はとても小さな存在だと思うと広く見渡せる。 逆に大きな存在であると思うと足元しか見えない。 そんな気がします。   うった感じ この前人に鍼をうたせてもらった。 ズシンとした感じを受けたんだがあれは何だったんだろうか。 体全体に乗っかってくる様な。 患者側も感じたらしいです。 打つ時の心持ちは至ってシンプルだったと思う。
緑地公園 桜2

鍼治療を受けて

先日鍼治療を受けて感じたこと 鍼を置かれた後、 即座に足底の方に向けて動き出す 勢いがあってまるで足から抜けていくような動き 同時に大きな呼気が生じる、 呼吸が何度か続けて起こる。 ふと治療に入る前に心に抱えていた、感情的なこだわり (直近で起こった事について「解せない」と思う、苛立ち、怒りに似た感情) が手放せて軽くなったことに気づく (これは気滞に当てはまるのか?) この直後に体の別の部位、 肩の力みについて意識が入り、肩の緊張が緩む。 この肩の力みは腰の弱さ(慢性腰痛あり)と関連していると自覚する ____________________________ ある部分の滞りが他の部位にも波及していくように ほどける時にも推進力のようなものが働くのだろうか 普段はおとなしい腰痛が悪化する時には、 体が疲労倦怠の状態にあることが多い。 腰に違和感を感じ始めた後に続くのが、 上半身と下半身の疎通不良、からだ全体の動きの硬さや気鬱の症状 (気虚が先で、気滞が後か?) 記事を書きながら、考えていたが 「どちらが」という検討に意味がないと思えてきた ただ、はっきりとしたこと これまでは気病が4種に分類されていること、 この4つをこれまで概念的にしか見てこなかった。 表れる症状を単語と結んで並べていただけだった。

行動

行動   とにかく相手に合わせながら動く。   ごちゃごちゃ考えず、いい意味で一心不乱に。   流れを止めない。   自分も相手も頭を使った時は空気が止まる。   先週見させて頂いた人の時、時間をかけすぎてしまっていた。   戻り、報告の際受けた時間をかけすぎというご指摘。   術後の反応を探るときはとにかく早く。   見れる見れないは関係なく行った。   何より驚いたのは患者さんの拍子抜けした空気。   「え?終わり?」   言葉にしなくても伝わった。   見れる見れないはこちらの都合。   患者さんには関係のない話。   患者さんのステージの上で見れる様になる。   相手には相手の都合がある。   常にそこを見ずに先はない気がしました。   都合を考えずに触ってしまって申し訳なくなる。   明日の寺子屋。   燃え盛る様なものをいらない。   ただ相手に任せる事を意識してみる。      

欲しかった本入手

  以前から欲しかった意訳黄帝内経太素が安値で売られていたので手に入れる事ができました。   まだ読み始めたところですが自身が内経を読んで疑問に思っていたところがハッキリ書かれていたりして勉強になります。   今回は勉強用のブログとして、書籍から学んだ事を書いていこうと思います。   本一辺倒にならない様に、モードを切り替えながら生活していこうと思います。   まだパラパラ読み始めたところですが、気になった部分の一部を書いていきます。   意訳黄帝内経太素 P131 五臓命分 「志・意と者(は)精・神を御し魂・魄を収め、寒・温を適え喜・怒を和す所以者也。」 P132 「志・意が和す則(と)精・神は専直(すなお)となり魂・魄は散ぜ不、悔・怒も至ら不、五臓が邪気を受けることは不矣(ない)」   ここでは志・意が切り離されていない点も気になる。   現代語訳 黄帝内経霊枢 上巻P161 本神篇 「物を任うゆえんの者これを心と謂う。意の存する所これを意と謂う。意の存する所これを志と謂う。」 全訳 内経講義 P201 「李中梓の注「意がすでに決まり、堅固になったものが志である。」」   記憶などで例えられた場合、意は短期記憶力で志は長期的記憶力と説明されていました。 (意の在する所これを志と謂う。)   医学三蔵弁解 P151 帰脾湯 「人参は心気を補い、遠志は腎中の志気を補います。心腎の二気がよく交通すると、脾気がその昇降の間を保ち、三臓の気が自然と充実してきます。」   帰脾湯は心脾両虚の薬ですが、心神不交も兼ねる。 しかし帰脾湯の物忘れの特徴的な現れ方は「直前の記憶がない」という点。 さっきまで何をしていたのか分からなくなる。(意病) でも、意志は切り離せるものではなく、実際に遠志という生薬で腎気(志気)を心に届ける過程で脾気(意)を巻き込んで治している。 この後のストーリーとして意志が安定して魂・魄なども安定、喜・怒も過剰なものが無くなればいいなと思いました。   参考書籍 意訳黄帝内経太素 第一巻 築地書店 小曽戸丈夫著 現代語訳 黄帝内経霊枢 東洋学術出版社 南京中医薬大学著 全訳 内経講義 たにぐち書店 田久和義隆訳 医学三蔵弁解 たにぐち書店 伴尚志 現代語訳

状態・姿勢・腰陽関など

いい状態 この前の寺子屋はいい状態で入れた。 色々発見があって勉強になりました。 背中って横に出るんだなと新たな発見がありました。 季肋部からサイドにかけても繋がって反応あり。 その他教えて頂いた事とも繋がって大変いい経験が出来ました。   姿勢 椅子に座る時に両坐骨に体重が均等に分散され、仙骨が立っているか。 ちょっと姿勢を変更中。 自然と肛門は上がります。   腰陽関 一時期便秘で下剤で無理やりひねくり出していた人の背中を見せて頂いた。 腰陽関のラインで腰痛が起こっていて、触った後に見て確認してみても凄い陥没+黒く変色。 その上の突起間は詰まっているというよりもはや盛り上がっていてなんだこれって感じでした。 膝が痛いとも仰っていたので、もし刺したら利腰膝になるかもしれない。 そこへの絡みが分かっていなければ意味がない気もしますが… お腹は天枢に反応があった気がします。 大腸の募穴であるから腰陽関も関連してる? 下剤は長期的に使用すると大腸メラノーシスが起こり、大腸癌のリスクも跳ね上がるとの事ですが、腸単位で気虚血瘀を起こす?   背景 その方、見ると背景には肝鬱を抱えている。 太衝にも出るし、お腹も悪い意味でモデル体型。 歩くと母指球が痛いそうで、肝経の影響かなと想像。 改めて考えると「あれ?天枢はこちらを表しているのか?」と判断がつかない。 募穴という意味では大腸だけれども… 他にも分かっていなければいけない所を置き去りにして考えているので、課題として置いておきます。   足元 足元からガラガラっと崩れ落ちる感覚。 これをセルフで作れないか思考錯誤中。   言葉の距離感 丁寧過ぎても相手に気を使わせる。 いい面も悪い面もある。 状況によって変えなければな。 形だけ守っている時は、ジャケットを着ている時の感じと似てます。 大切なのはそこじゃないだろうと反省。   食事制限 寺子屋に入ってから一度やり過ぎては良くないと判明した僧侶の様な食事。 以前と認識を変えたので、補助になるかと思って再度挑戦。 ある程度までいくと自汗→軽度の気虚発熱と言った事が起こる。 やっぱりダメでした。 ただその中でもゆっくり、しっかり噛むと言った事は自分のテンポを落とせる事が実感出来て良かったです。 しっかり味の向こう側も体験できました。   相手 人と接する時、相手ときちんと交流する。 感情ではなく向き合う。 お互いが準備ができていなければ通じない。 受付の仕事はその下準備なのに、最近は最低です。 下準備をおろそかにして先生にお渡ししてしまっている。 なぜと考えてミスした日付と時間帯を追ってその時の自分の状態を思い返す。 大体のシーンで状態が良くない。 自身の余分なものが多い。 空回りです。   表情 表情や顔の状態を弁証に結びつけても面白いかもしれないと思った。 鬱症状では表情筋が固まるが、頬のあたりを肝あたりに配当できないか。 素問刺熱論篇 「肝熱病者、左頬先赤」 緊張すると上手く笑えないといった現象を人の停滞と見れないか。 学校の教科書では肝は下焦と習いますが、あれは温病学だけの話だと思う。 昔ガンの人の本を読んだ時、例え面白くなくても頬を上げるだけでも状態が良くなるといった内容があった。 どうしてもガンになると気鬱は入り易いので、現象としてはそこの解除といった意味なのかなと思いました。 学術資料が少ない中での試論なので、追っていくものとします。   参考資料 「現代語訳黄帝内経素問 中巻」P22、23 東洋学術出版社 南京中医学院編著

色々失敗する

問診、切経が長すぎる問題。 先生の施術を診て、省略できる所はどこか 効率の良い方法を流れを止めずに如何に行うか。 模倣してみて、集中できる環境に繋がり効率の良い所作だと感じました。 観察して模倣して、発見して。 少しずつ気付きを積み重ねていきたいです。     鍼を置く時、「手にばかり集中している」 と寺子屋の練習の時に指摘を受けました。 あ、これは切経にも言えることだなと、 下半身にちょっと意識を置いた途端 不思議と相手の脈が私の体の中に入って来る 感覚になり、景色が変わりました。 休日、ひたすら細かい作業をしました。 何時間も作業するので手先に集中するために 無意識で重心や姿勢を調整していたと思います。   たまーに出くわす近所のおっちゃんがいます。 昨日久々に道端で会ったら「人相変わったなー!」と私を見て笑っていました。 (悪い意味ではないらしい。) 「毎日ちょっとずつプラスやで。 いっぱい失敗して勉強させてもらいや〜」 飄々として、気の良いおっちゃん。 「まあ、楽しむんやで」 と一言もらってさよならしました。

福音

こんにちは、高山です! 先日、数少ない仲のいい友人から嬉しいお知らせが届きました! 大学受験に合格しました! 3年間の受験勉強の末、医学部受験に合格したみたいです。 彼とは、16歳の時に修学旅行でバスの席がずっと一緒で、意気投合して仲良くなりました。 話に毒とクセがあって面白い奴で、気弱でちょっと変な ところも、自分と似ていて、いいやつです。 共通点は自然と生き物が好きというところ。 その後も、一緒に山や川、池に行って虫取り網を持って 生き物取りをしました。いい思い出です。 卒業後の進路は医学部を目指すと言って、その後は 連絡をとらなくなり、成人式にも来ませんでした。 そして、去年の夏休み、インスタグラムで連絡が取れて、 久しぶりに遊ぼうって事で、滋賀の山奥にザリガニ取りに行きました。 相変わらず面白いやつで安心しました。笑 終始、話で爆笑していました。 見送る際、「今年は絶対合格できる」って後押ししました。 そして先日、彼から「終わったー、受かった!」って連絡がきて 自分のことのように嬉しくて、そして、賞賛しました。 血の滲むような努力、絶え間ない時間、親からの期待、 いつ終わるのかという恐怖、が言わなくても感じ取れました。 彼の姿は、これから、自分が目指すべきものの励みになりました。 彼は西洋医学で、自分は東洋医学を極めようと語りました。 受験に終わりがあっても、 東洋医学に終わりはあるのかは正直わかりませんが、 絶えず、勉学と新しい発見に 向き合おうと思いました。

ミート、霊道、名前

  ミート 体の使い方の件で、なぜそうするかのイメージが繋がって発見がありました。   要領はサッカーのキックと共通する部分も多いにあると感じて発見がありました。   ただ、その前段階で患者との信頼関係が出来上がっていないと相手も反応してくれないと思うので 色々感じ取りながら、向き合いながら相手を主体にやっていこうと思います。     霊道 患者さんの状態を観察させて頂いきました。 成因についても教えていただき、またそれがなぜ起こるか。 穴から背景が見える現象が勉強になりました。 その時の患者さんの様子も覚えておこうと思います。   名前 その場所にいる時はどういった自分でありたいのか。 自分のスタンスを表す名前にしたい。 一つは「貞」を盛り込みたいと思います。   意味は二つの意味で一つは自分のためで、もう一つは医療人としての意味を込めました。   自分のための意味としては   貞には「定」という意味があり、精神が安定して惑わされないという意味もある。 頑固になる訳ではなく、一つ自分の核を持って物事に向き合いたいと思います。 堅物になりたい訳ではありませんが、奥底にはいるべきものを納めて浮つかないようにしたい。   医療人としての意味は易学の乾元亨利貞から取りました。   この意味を表す前置きとして、 「尚書」の「天一生水、地二生火」 の言葉があり、 万物発生論としてまず水が生まれたとの考え方が私は好きだからです。   菅子でも 「人は水である。男女の精気が合し、形となったものである」とあり、水に人間を例えています。   水は坎水なので、坎を探ると陰の画象、陽の画象、陰の画象で出来上がっている様に中に陽を宿す。   その水が生まれる前段階として 乾(純陽)と坤(純陰)が交わりがあり、 坤(陰)の中に陽(陽)が入ることで水が生まれた。   昔、大変自分に影響を与えた本で火神派ではなく火神派的な医案解説集という本があり、そこには 生命現象とは「無形の陽気」が「有形の陰気(肉体)に宿っている状態」といった内容が書かれていました。   ここで患者さんの生命現象の本質を水の中に宿る陽で見てみた時、 乾の特性である「元亨利貞」は 訓読みで 「元まり亨り利しく貞し(はじまりとおりよろしくただし)」   易経講話 「天の大元気の働きによって、万物は始まり生まれるのである。それが元であり、始まるのである。 それが始まり生まれると、だんだん盛んになり、十分に伸びていくのである。 それが亨であり、通るのである。 盛んになり十分に伸びていくと、それぞれの物が各々そのよろしきを得、その便利とするところを得るのである。 大きくなるべきものは大きくなり、小さくあるべき物は小さくできあがり、太いものは太く、細いものは細く、各々そのよろしきところを得、各々その利とするところを得るのである。 それが利であり、よろしきである。 各々そのよろしきところを得ると、その正しきところを堅固に守って完全に出来上がるのである。 それが貞であり、正しきである。」   これが私には良い状態の人間の一生の様にも感じられ、貞は完成形なので、患者さんの最大限のパフォーマンスを最大限発揮できる貞の状態に持っていきたい。 との意味から貞を選びました。   一文字でいくか、他の文字も入れるか考えてみます。   参考資料 易経講話(1) 公田連太郎 明徳出版社 P141〜146 火神派ではなく火神派的な医案解説集 小金井信宏著 星雲社P26〜35、P108 中国の水の思想 法蔵館 蜂屋邦夫 P148、149