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東洋医学・鍼灸医学の研究用ブログです。

第28回 はり師・きゅう師 国家試験。

令和2年2月23日、『第28回 はり師・きゅう師 国家試験』を受験しました。 解答速報での自己採点では、ある程度余裕をもって合格点を越えていますので、致命的なマークミスが無い限り大丈夫と思われます。 試験が終わって、”やり終えた感”の試験後を過ごしておりますが、 本日も朝の目覚めの時に「勉強せな!」と起きて・・ 「あれ?模試?、、卒試?、、国試?、、、?、いやいや、全部終わってるやん。」 となってしまいました。 先生方にしてみれば、懐かしい感覚ではないでしょうか。 私のクラスは最後の一ヶ月間、皆が共に勉強する雰囲気が出来て、ラストスパートが上手くいった様です。 その結果、卒業できる者は全員、国家試験に合格点をクリアする事ができました。 それが、一番嬉しく思っています。 卒業式が3月に行われますが、変に気を使わずに最後の3年生の1日を皆と過ごせそうです。 院長はじめ、皆様には学生の期間中に大変お世話になりました。 お一人ずつに顔をみてお話が出来たら良いのですが、一先ずこの場を借りてお礼を申し上げたいと思います。 本当に、ありがとうございました。 受付をしていると云う事で、各種勉強会に優遇措置にて参加させて頂き、院長のご厚意に大変感謝しております。 学生中の勉強会の一つ一つが貴重な時間であり、お世話になりました。 これからが本当の意味での勉強の始まりと考えております。 厚生労働省の正式な発表まで、まだ時間は少しありますが、 日々、医学の探求に精進して参りたいと思います。 宜しくお願い致します。

補瀉

補寫に関して気になったので調べていきます。   《現代語訳 黄帝内経霊枢上巻》P 14 九鍼十二原篇 「針の技術の要は、刺鍼の部位が適当であることと徐疾の手法の正確な運用にあります。」 「気の働きの虚実変化を理解すれば、補瀉の手法を正確に運用でき、毛筋ほどの間違いも起きる様なことがありません。」 「気の往来の時期を理解してはじめて刺鍼の正確な時間を理解できるのです。」 「気が去るとき経脈が空疎になるのを『逆』、気が来るとき経脈が充実するのを『順』といいます。」   《現代語訳 黄帝内経霊枢上巻》P 18、19 九鍼十二原篇 「瀉法を用いるときは、かならず鍼を素早く刺入して気を得たのちゆっくり抜き去り、大いに鍼孔を揺らして、表用を開けば、邪気を外に洩らすことが出来ます」 「補法を用いるときは、経脈の巡行方向にしたがって鍼を向け、ゆっくりと散漫な様子でそっと刺します。鍼をめぐらして気を導き、経穴を按じて鍼を刺すとき、あたかも蚊が皮膚の上を刺しているようなあるかなきかの感覚があります。鍼を抜き去るのは速く、矢が弦から放たれたかのように、右手で鍼を抜き、急ぎ左手で鍼穴を按ずれば、経気は留まり、外は発散せず、中は充実し、留血の弊害もありません。」 「鍼を刺すときは経気の到来を候わなくてはなりません。」   《現代語訳 黄帝内経素問》P272 鍼解篇 「虚証を鍼治療する際には、鍼下に熱感がなくてはなりません。なぜなら正気が充実すると熱感が生まれるからです。 実証を治療するときには、鍼下に涼感を感じなくてはなりません。なぜなら邪気が衰えてはじめて涼感が起こるからです。」   →補寫どちらにおいても気が至ったり去ったり、熱感・涼感を感じる感覚が重要。 手技としては、どういった速度で刺し抜きするか・どの様な角度で刺すか・揺らすか・案じるか。     《鍼灸臨床能力 北辰会方式 理論篇》P344 「臨床的には、かつては太い鍼をゆっくり入れて気を温め集めて、スッと抜いていた。抜くときにゆっくり抜くと、鍼穴が余計に広がって、気が漏れやすく散りやすくなるためである。現在の鍼は細くなっているのでその必要がない。ゆっくり入れてゆっくり抜けば良いのである。」   →古代と現代の違いを感じました。昔と全く同じ条件ではないので、形ではなくそれが何を意味するのかきちんと理解していないとこれからズレた認識が生まれてきそうです。 また、ここから補瀉の際にどんな鍼を選ぶかなどのヒントにもなっていそうな気がします。   読んでいて、昔の人はどんな方法で鍼を作って保管していたのか。 現在は鍼をどの様にして作っているのか。 現在の鍼になった分岐点などはいつなのか。 なども気になってきました。   参考資料 《現代語訳 黄帝内経霊枢 上巻》 東洋学術出版社 南京中医学院編著 《現代語訳 黄帝内経素問 中巻》 東洋学術出版社 南京中医学院編著 《鍼灸臨床能力 北辰会方式 理論篇》 緑書房 一般社団法人 北辰会学術部編著            

問診

  問診をさせて頂いたが、要点を抑えて聞くことが出来なかった。   まず、主訴もそうだけどもそれがどう原因とリンクしているか。   本来のきっかけであろう可能性が大きいものではなく、枝葉の部分を主訴として来られる事も多々ある。   ただそれだと「ここが痛いから鍼して」というやり方と変わらない。   患者さんからしたら当たり前の話なのだけれども、施術者がそれじゃいけない。   重要であろう情報を汲み取り、そこから時期や広がり方、症状の特徴や進行具合、悪化条件やその他参考になるものも聞いていく。   そこから要点をまとめてパッと先生にお渡しできるぐらいでいい。   他、聞き方としてもクローズドにならない様に気をつけたい。   ありのままの情報を聞き出せないこともそうだし、患者さんの緊張に繋がりそうなものでもある気がする。   また、この間問診させて頂いた人のキッカケを考えても全員がそうなるとは思えない。   背景にある臓腑の状態も考察できそうなものではある。   ただし、弁病論治になれば見落としにつながるので臨床の場では持ってこない様にする必要があると思う。     仮説として置いておき、臨床を重ねて答えを出せる様にストックしておく。   しかし記憶系の問題は日常生活にも支障を来しやすいし、その悩みが続くと別の疾患にもつながるので大変なものだと感じた。     早く治ります様に。

視点・公孫・合谷

主語 自分の課題を解決するために主語を置き変えて視点も変えてみようと思う。 意識を変えてみたら実践中なのですが対人でも変化がありました。     打撲から奔豚 今朝起きたてに上がってくる感じ・落ち着かない感じがした。 奔豚だと思います。 昨日の実技の授業の時もそうでしたが、右の神門が触られると嫌な感じでした。 脈は全体的に強くなっている。 体を色々探ってみた。 すると右の公孫がべコーンと凹んで奥に何かいる感じでした。 何故こんな事になったのか考えていると日曜の夜にフットサルで右足の公孫あたりを軽く打撲していました。 衝脈との関わりでこの症状を起こしているかなと思ってその方向に打ってみました。 その後の神門の変化・公孫の形状変化・排便の変化・奔豚の変化・周辺の血管の様子など勉強になりました。   灸実技 学校では灸の授業でやたらと合谷を使います。 これをされた後の座学の授業の様子を見ると結構な人数がボーっとしています。 原穴的には大腸経ですが空間的に太衝と結びつけても氣滯の弁証にも使えると思います。  

肺、金、従革、皮毛、鬼

『五行大義』 金曰従革。従革者革更也。範而更。形革成器也。 西方物既成殺気之盛。 金に従革と曰ふ。従革とは、革は更なり。範に従いて更まる。形革まりて器を成すなり。 西方の物、既に成りて、殺気の盛んなるなり。 『京都薬用植物園の麻黄』より、解表薬から肺系へと探求をしております。 『肺』 五行においては金。 五体としては皮毛。 五性としては従革。 皮毛は”外からのシールド”とだけに、囚われていたように思います。 肺の宣発作用に注目して、粛降作用を見逃していたようにも思え、臓腑の作用を再確認しなくてはと気づかせて頂きました。 また、『五行大義』より ”(皮毛という)大きな袋があるから(臓腑という)中身を沢山詰め込める” という”器”の機能もあるのだと教えられたように思います。 肺經の經穴では別名に気になるところがあり、繋がりを求めたいと思います。 『手の太陰肺經』 井木穴  ”小商”  別名:鬼信 原穴   ”太淵”  別名:鬼心 合水穴  ”尺沢”  別名:鬼受、鬼堂 (別名の”鬼”が気になって調べていますが、根拠には辿り着かずに探求を継続中。) 『大漢和辞典』 【鬼】 、、人が死ねば心思をつかさどる魂は天にのぼって神となり、形體は地に歸り、形體の主宰である魄は鬼となる。 [説文]鬼、人所歸爲鬼、从儿、田象鬼頭从厶、鬼陰⽓賊害、故从厶。 陰気と肺、金、従革、皮毛、鬼について共通項を見出せそうで、未だ掴めておりませんが、 今後も探求を深めていきたいと思います。 【参考文献】 『五行大義』明徳出版社 『大漢和辞典』大修館書店 『臨床経穴学』東洋学術出版社 『新版 経絡経穴概論』医道の日本社

がんばろう

最近、人に助けられている事ばかりで申し訳なく、ありがたい。 早く恩返しできる様になりたい。 また、そういう人達を悲しませるのは嫌だと感じます。 苦手というより、出来てなかった事なのでやろう。 変えなければいけないところが盛り沢山!!

脈診(05)

『中医脉学と瀕湖脉学』 (引用:P11「第一部 現代中医脉論」の”脉診の方法 3.指の置き方”より) 『並べる指の間隔は患者の身長に対応して、 腕の長いものには少し広めに置き、 腕の短いものに対しては指を詰めて並べる。 指の位置が決まれば、三指で同時に診脉するのを総按といい、 また単按といって、一部の脈象を重点的に診るために、 中指と環指をもち挙げることによって寸脉を診たり、 示指と環指をもち挙げて関脉を診たり、 示指中指をもち挙げて尺脉を診たりすることも行われる。 示指ないし中指のみを用いて単按することもある。 実際の診脉においては総按も単按もあわせて駆使される。』 寸・関・尺 を総按にて診ようと固執していたように思います。 特に自身の手が大きいとこもあり、 もっと指の使い方に柔軟さが必要だったと思いました。 そういえば、院長に診て頂いた時が極めてフレキシブルだったと思い出しました。 【参考文献】 『中医脉学と瀕湖脉学』たにぐち書店

最近感じている事

主体性と他力 遠くを感じるためには真っ直ぐそこに向き合わないと到達できない。 また、真っ直ぐになれたとしてもどこまでいけるか? 最終的な主体は自分だけども、自分だけの力では限界がありそうな気がする。 人は個体としていきなり出来上がったわけではなく、天地の交流から生まれた。 生きている間も色んなものを頂いている。 足元が浮ついていれば交流も途絶える気がします。 足の裏の勇泉、掌の労宮。 何かあるのかと気になります。 木が育っていくためには根が必要なのと一緒なのかな。 それにしても桜が散った後の新緑は元気です。 勢いを感じます。   先読み 歩行者を見ていて、あの人今からあの方向に行くのかなとか観察して勉強。 遠めの人の方が分かりやすい現象も勉強になります。   縮こまる 知識に捉われると大きな動きが出来なくなる。 溶け込むことが大切だなと思います。 自分も大きな流れの中の一部といった認識でいることにしてみました。   入浴 最近風呂に入る時電気を消して入っています。 静かさが増すのでとても良い感じです。 周りのザワつきは単純に騒がしい事もあるけど、自分が騒がしい事もある。   春の空気 浮ついているというか、フワフワしてる気がします。 今年は花粉がスゴイらしいのですが、例年に比べてそういった部分はどうなんだろうと気になっています。   歩くテンポ 現代人は急ぎすぎている。 早歩きしている時とゆっくり歩く自分の差も勉強になってます。 ゆっくりするからノロマになる訳でもないと思います。  
黄色く色づき始めました 11月初旬の箕面

【用語集】肝鬱気滞

肝鬱は 肝気鬱もしくは、肝気鬱結の略称であり、 肝気が滞ることをあらわす。 気滞は、その名の通り、 常に循環しているはずの「気」の流れが「滞」っている状態をあらわす。 肝気の特徴として、 樹木がなんの制約も受けず、 ただのびのびと枝を伸ばしていく様を「条達」。 縦横無尽に全身を動き回ることを「疏泄」と表現する。 精神的な負担などがかかることで 肝気が伸びやかに巡らなくなり、 肝気が鬱屈した状態、すなわち「肝鬱」となる。 参考文献: 『黄帝内経素問』 『黄帝内経霊枢』 『中医基本用語辞典』 東洋学術出版社 『基礎中医学』 神戸中医学研究会 『中国医学辞典』 たにぐち書店 『臓腑経絡学』 アルテミシア 『鍼灸医学事典』 医道の日本社

朱丹溪の処方について。

反佐論 『たとえば近代の医家が宗とし法とするものに丹渓の書がある。その朱丹溪が呑酸を治療する際には炒黄連(さおうれん)を君とし呉茱萸(ごしゅゆ)を佐とする《左金丸》のが常である。また心腹が痛むものを治療する際には、山梔子(さんしし)を倍加して炒乾姜(さかんきょう)を佐とするとよいと言っている。このように寒薬を君とし熱薬を佐とするような処方の構成は、私には理解できない。もしその症状が熱によって出ているものなら冷やせばよいだろうが、どうしてさらに呉茱萸や生姜といった熱する薬を用いるだろうか。もしその症状が寒によって出ているものなら熱せばよいだろうが、どうしてさらに黄連や梔子といった冷やす薬を用いるのだろうか。・・・その疾病の原因を理解できないので、熱薬を用いたり寒薬を用いたりするのである。また、病状と方剤の寒熱が同じか違うかを判断できないので、その病気に対して真の見解を持つことができず、寒熱両方の見解を持ったまま治療していくことになるのである。これが医家における病の最たるものであり、自分自身を深く反省しよく戒めなければならないところである。』 黄連  :清熱燥湿、清熱瀉火、瀉火解毒 呉茱萸 :暖肝・散寒止痛、下気止嘔 山梔子 :清熱瀉火・除煩、清熱利湿、清熱涼血・止血、清熱解熱 炒乾姜 :温中散寒、回陽通脉、温肺化痰・化飲 左金丸(別名:回令丸、萸連丸):清肝瀉火、降逆止嘔 君薬 :主となる病態を治療するもので配合薬の中で最も重要なもの 臣薬 :君薬の作用を強めたり主証に付随する兼証を治療するもの 佐薬 :君薬・臣薬を補助するもの 使薬 :諸薬を調和したり服用しやすくするもの   張景岳は景岳全書の陰陽論の中で劉河間と朱丹溪を、陰陽に対しての治療方針について批判的でありましたが、反佐論の中でも丹渓の書を用いて説明がされています。 病因の把握、治療方針の見立てなど、歴代の医家達にも様々違いがあるように難しいところなのかと思います。 そして、そこが研究し続ける重要なテーマに思います。   【参考文献】 『現代語訳 景岳全書 伝忠録』たにぐち書店 『中薬学』東洋学術出版社 『方剤学』医歯薬出版株式会社 『新版 東洋医学概論』医道の日本社