臓腑について学ぶ(02)
伝導不随:大腸の腑氣の鬱滞と津液の不足により起こる。
大腸
〇 燥熱傷津(熱秘)
熱邪と糟粕が結びつき、津液を焼いて乾燥させる。
熱の原因として
「表寒が裏に入って熱化する」
「温邪が肺胃より大腸に順伝する」
「五志の異常が火化し、胃腸を攻撃する」
「味の濃いものばかりを食べて内熱が生じる」
〇気機鬱滞(気秘)
肝氣の鬱滞より脾胃の氣機も鬱滞し、腸道の伝導機能が動かない。
そして火化する。
〇気血虚衰(虚秘)
大腸の伝導能力がなくなってしまう。
排便後は疲れてしまう。
氣血の欠虚原因として
「普段から氣血が欠虚しており、津液が不足している」
「産後の陰血不足」
「長患いの為、脾肺の氣が虚す」
「年老いた為に元気が不足」
〇陰寒凝滞(冷秘)
腸道が温まらず氣機が停滞する。
冷やす原因として
「冷たいものを食べ過ぎ中焦の陽気が打撃をうける」
「長患いの為に脾胃が陽虚になり寒が発生する」
《私議》
氣がスムーズに動いているのか?水分量が適切なのか?との問いについて、
他の臓腑にも共通するのか、考察します。
鍼灸学生の頃、解剖学の先生に小腸と大腸の違いを質問した事がありました。
細胞の形態の違いなどから、大腸を「要は外ですわ。」と教えられた事がありました。
なるほど!と合点がいったのを覚えております。
【参考文献】
『中医病因病機学』東洋学術出版社
気になった文章、歴史
気になった文章
「小腹控睾。引腰脊。上衝心。邪在小腸者。連睾系。屬于脊。貫肝肺。絡心系。
氣盛則厥逆。上衝腸胃。燻肝。散于盲。結于臍。故取之盲原以散之…」
霊枢 四時気第十九
大変勉強になりました。
天台烏薬散が使われるシーンに近い気がします。
また、これも更に探っていくと別の原因にも繋がってくるので、治療方法は変えていかないといけないとも思いました。
歴史
歴史を追うと、太素が幕末の偉い人達に与えた影響は大きそうで、これを踏まえて色々見ていっています。
色々繋がってくるので面白いです。
全く別物の認識がゴロゴロ出てきて勉強になります。
中国の思想(05)
老子
六十六章 統治者はへりくだらねばならぬ
江海所以能為百谷王者、以其善下之。
故能為百谷王。
是以欲上民、必以言下之、欲先民、必以身後之。
是以聖人、処上而民不重、処前而民不害。
是以天下楽推而不厭。
以其不争故、天下莫能与之争。
江海のよく百谷の王たるゆえんは、その善くこれに下るをもってなり。
故によく百谷の王たり。
ここをもって民に上たらんと欲すれば、必ず言をもってこれに下り、
民に先んぜんと欲すれば、必ず身をもってこれを後る。
ここをもって聖人は、上に処るも民は重しとせず、前に処るも民は害とせず。
ここをもって天下推すことを楽しみて厭わず。
その争わざるをもっての故に、天下よくこれと争うことなし。
(引用:『中国の思想[Ⅳ]老子・列子』P105~P107)
《私議》
以前、会社員をしていた時は『人・物・金』を管理するのが仕事でした。
その時の上司からよく言われたのが「頭を垂れる稲穂かな」。
経験豊富な年功を積まれた方々の立ち居振る舞いをみて、
内心『流石!』と思う事は本当によくありました。
今は臨床に立っておりますが、患者さんを目の前にして思う事もあり、
繊細さも難しさも感じます。
【参考文献】
『中国の思想[Ⅵ]老子・列子』徳間書店
切脈一葦 序文2
こんにちは、大原です。
前回(切脈一葦 序文1)は、
『切脈一葦』の二ページ目の最後の一文の途中で終わりました。
今回はその続きからになります。
今回も原文から文意を汲み取って、
文章の読み方を考えていきます。
<読み方>
王叔和(おうしゅくか)、この理を知らず。
心と指とを分けて論ずること、一笑に余れり。
また指を以て診する法は、世に伝えて教えと為すべし。
心を以て了する法は、其の人にあらざれば伝うることあたわず。
しかるに今その伝うることあたわざる法を易しとし。
その伝えて教えと為すべき法を難かしとす、思わざるの甚だしきなり。
またその明らかし難き所の脈状を書き著して、
教えを世に垂れんとす。
これ全く己を欺き、人を欺くの甚だしき甚だしなり。
歴代の医、これを弁ずることあたわず。
却ってその説を潤色して、脈の一診を以て、病を知るの法とす。
これ古人の脈法廃して、ただ王叔和の脈法のみ。
世に盛んなるゆえんなり。
家君かつて曰く、
凡そ脈の変態多しといえども、その状十余種に過ぎず、
ただこれを形容する所の文字多きのみ。
王叔和の徒これを弁ぜず。
形容する所の文字を以て、脈状の名と定めて、一字一字に註解を加えて、
二三十の脈状と為す。
これ脈学塗炭に墜(お)ちるゆえんなり。
○敏ならずといえども、黙してこれを看過するに忍びず。
因りて切脈一葦を作ると。
これ家君が文字の脈状を破りて、脈状の文字を活用するの大意なり。
この書は固(もと)より大河の一葦にして、
脈学を尽くすことあたわずといえども、
これをもって学ぶときは、古人の流に溯(さかのぼ)るべし。
古人の流に溯ぼるときは、古人と異なることなし。
古人何人ぞ今人何人ぞ、
ただ古人は志を厚くして深くこの道を窮(きわ)めるのみ。
これ今人のあたわざるところにあらず。為さざる所なり。
もし今志を厚くして深くこの道を窮(きわ)める者あらば、
脈を診するに臨みて何ぞ古人に譲らんや。
もし古人に譲る心 (以下、次のページ、下に続く)
有りて、脈を診するときは、必ず心に安ぜざる所あり。
もし心に安ぜざる所あるときは、必ずその病を決断することあたわざるなり。
故に脈を診するに臨みては○がごとき浅劣の者といえども、
必ず古人と異なることなき心を以てこれを診す。
いわんや明達の人においては、
○が古人と異なることなき心を以て診すると同じからず、
必ず古人と全く同じき者あらん。
豈(あに)ただ古人と全く同じきのみならんや。
必ず古人のいまだ発せざる所を発するものあらん。
後生畏るべし。
これ○が議するところにあらざるなり。
天保辛卯春三月十五日男○謹序
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況(いわん)や:もちろん、言うに及ばず
豈(あに):どうして〜(反語) 決して〜ない
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前回に続きですが、
その内容は、著者の
「王叔和は何も分かってない」という
非常に厳しい批判から始まります。
脈診で必要なのはそれを診る心であるが、
王叔和は脈の状態を何種類かに分類して
「○○脈であれば△△の病である」と、
脈の状態でその場合の病はこうであるというように分類しているが、
こんなことが正しいのだろうか・・・、
このような考え方が広まってしまうのは脈学にとってマイナスではないか、
これでは脈学は地に堕ちてしまう、
もうこれは見過ごせない!、
ということで、この『切脈一葦』を記したと書かれています。
その後に、前回の記事の内容とからめ、
まとめのような形で
大事なことも書かれています。
ちなみに王叔和は、
有名な『脈経』という大書を著した人物として有名です。
また『傷寒論』の編纂もされたといわれており、
その功績は非常に大きく、
東洋医学の歴史の本には必ず載っているイメージがあります。
(為沢先生が王叔和についてのブログを書かれています。
https://www.1sshindo.com/blog/zenith17665/
ぜひ参考にしてください。)
参考文献
『切脈一葦』(京都大学附属図書館所蔵)
画像は京都大学デジタルアーカイブより
「11/10(土) 漢方薬「桂枝湯」を学ぼう!」の感想
講師は大原先生より学びました。
傷寒論より太陽病~厥陰病を説明され、
実際に桂枝湯を煎じ、飲用を楽しみながら温かい時間を過ごさせて頂きました。
学生の身で、混沌の日々を過ごしておりますが
通行人や電車で同乗する人達を観る際に、仕草や素行を観察してしまいます。
例えば
この人は落ち着きがない、汗が多い、座り方が横柄、疲れてる、顔色が悪い、
歩き方、目の力強さ、物の持ち方、声の大きさ、、、、
その標は?本は?
虚している?、実している?、陽虚?、陰虚?、内熱?、肝気?、腎虚?、、、、と
しかし、本日の漢方講座を経験すると、今までは力の入り過ぎた感覚で見ていた様に思いました。
飲用より身体を整えていく感覚を思うと
力を抜いて観察し、全体像より症状とか異変の把握に努めなくてはならないと感じました。
臓腑を補した影響が、体全体へと達すると思えたからなのでしょうか。
この”『補する』を重点とする”という事を
「10/7(日) 学生向け勉強会」後半戦の院長特別講座で教えて頂きました。
その後半戦のフィーリングは一つの起点となっていますが、共通項を得られたのが本日の収穫の一つです。
大原先生、お疲れ様でした。
いつも配慮頂く院長に感謝いたします。ありがとうございました。
【番外編】
(講座が終了し、方剤の効能についての雑談中)
大原先生
「・・は腎陽と腎陰の両方を補うんですよ。逆じゃなくて両方を補えるんです!」
稲垣
「なるほど、太極を大きくするのですか・・」
と返答した際の大原先生の顔が
『稲垣、易経できやがったな』的な顔は脳裏から離れません( ̄▽ ̄)
色々メモ
手がビリビリ
人の身体を触らせてもらって感じることのある手のビリビリって感じは何なんだろう。
この感覚を探っていく必要がありそう。
治療後のベット
治療後のベットって何か残っているのかな。
人によってだけども、イメージとして何か薄黒く?モヤっとしたものが残っている気がする。
考え事
胸の部分がずっと気になっている。
神は働きすぎると疲れる。
自分の身体でも、思考すると気が上がる。
考えすぎ、思考しすぎると動悸がする。
一時的に落ち着けるだけなら桂枝加竜骨牡蛎湯(竜骨・牡蛎)を使えば思考の暴走、動悸は治る。
心の暴走は宗気にも影響するためか息切れも起こる。
現代語訳 素問 霊蘭秘典論篇 P161
「心なる者は、君主の官なり。神明焉より出づ。…膻中なる者は、臣使の官、喜楽焉より出づ。」
調べていこうと思ったけどここはとりあえずここまでにします。
悪癖が出てる。
形
漢字はもともと意味があったはずなのに字義を知らないと形に拘ってしまう。
そうなってくるとあんまり意味がなさそうだなと思う。
意識
今までも意識していたけど、日常の意識を使いかたをもうちょっと変えてみよう。
自分がその時どうしたいと思ったか、何に魅かれたか、嫌だと思ったこと。
学校で勉強ばかりさせられると遠のいていきそうなところ。
一鍼堂で教わって大切だと思ったことのみ実践。
猛暑
患者さん
前回寺子屋で患者さんのお身体を借りる際、極力相手がそのままの自分でいられる様に、こちらの雰囲気に引っ張らないようにと意識しました。
相手の雰囲気に溶け込んでいくように意識。
先生の患者さんへのワンクッション挟む様な挨拶なども聞いていて参考になります。
映画
映画、サウンドオブメタルを見ました。
色んな視点や主人公の感情変化が上手く描かれたとても良い作品でした。
内容は突発的に聴力を失った人の話です。
失ったことで生じる世間とのギャップ。
その中でどうにか聞こえるように、元の生活に戻れる様にと試行錯誤しますが、どうも幸せにはなれない。
結局最後のシーンでは色んなものが破綻して喪失、見方によっては悲惨なものでしたが、その中でも主人公が帰る場所を見つかって良かったと感じました。
自分の生活でも聞こえる、聞こえない関係なく帰るべき場所は必要だと思います。
バガボンドの「おっさん穴」が思い返される。
訓練
最近溶け込む訓練として色んな人と会う様にしています。
やはり考えている事は違う事がほとんどで、話していてもやはり人間なので違いはある。
でもその人にはその人の物語があるので合わせる訓練にはなる。
その為には尊重が必要。
昔この先生の考え方好きだな〜と思った人がいて、大体の内容として
「みんな何かしらの夢を見てるんだからその夢に付き合うのも優しさ」
と仰っていた。
優しさというと少し誤解を受けそうなニュアンスに聞こえますが、仰っている意味はわかる。
主観はそれぞれ違う。
相手の物語に寄り添って初めて答えてくれるものなんだと感じています。
きちんと相手を大切にしなければいけない。
ルーティーン
最近は一鍼堂に行く前に難波神社で拝礼してから向かう様にしています。
何を願う訳でもないのですが、そこからが入りやすいので気に入っています。
猛暑
この時期暑くなり、水分摂取が多くなる。
そういった人の話を最近よく聞く。
同じ条件を作ってみるために、自分も長時間運動時して普段よりも水を大量に飲むようにしてみた。
現れた症状は口渇は病まず、胃部の不快感と倦怠感。
先々週みさせて頂いた患者さんも陽明のある部分に熱を持っていたことが思い返される。
激しい運動時、胃にも熱が生まれ、口渇が起こる。
その熱をさまそうと冷たいものを欲する。
胃熱を覚ます意味では一定の冷たいものは正解だと思う。
しかし多くは冷たい水やスポーツドリンクなどをチョイスし、そこに水分も多くなる。
脾が対処できなくなり、湿を溜め込む。
ここで熱+湿という条件が揃った舌を見てみる。
面白いことに表面に泡が貼っていた。
自身の体質的に酒を飲んだ時に出るこの泡。
熱と湿が中焦で発生した時に生まれるもの?
最近モデル患者さんで確認されるお腹の状態にも近づいた。
水分を摂取しすぎることなく、どうにかして胃熱への対処を行う事が必要か。
そういえば西瓜が昔からこう言った時に使われていて、天然の白虎湯とも呼ばれている事を思い出した。
瓜科の植物は熱を覚ましつつ利尿するものが多いのでこの時期は重宝しそうです。
他に自分の体の現象として勉強になった事が尿量の減少。
そこで気になった事が、果たしてよくトイレに行く患者さんが本当に利尿しているか?という疑問。
水をたくさん飲むから出さなきゃと思ってトイレに行くとしても、もしかしたら少量しか出ていないかもしれない。
相手の行動の色眼鏡を抜く訓練にもなり良かったです。
そう思うとその人の行動が自分の思っている通りの状態でない事も考えられるので、四診と結びつかない情報に意味がないと改めて実感しました。
舌診の白苔について
こんにちは。
先日行われた学生向け勉強会に参加させて頂き、
望診の基礎などの理論を復習させて頂き、
さらに、参加された学生さんの熱心さを窺うことができました。
講師の先生、ありがとうございました。
朝早くから参加された学生さん、お疲れ様でした。
さて、勉強会の内容を復習しようと思い、まず、
東洋医学概論の教科書を確認してみました。
その中で気になることがありましたので、
備忘録として書いておきます。
『東洋医学概論』(p.209〜)舌苔について
<一部を抜粋>
A.苔色
●白・・・白いもの。白薄苔は健康なものに見られる。
また、表証など病状が軽いものは舌苔に変化が現れず、白薄苔である。
厚白苔は寒証に属するものが多い。
B.苔質
●「薄苔」は健康なものや表証など病状が軽いものに見られる。
●「滑苔」→舌苔に過剰な水分が見られ、湿っているもの。
「燥苔」→舌苔が乾燥しているもの。
滑苔は陽虚や痰質の停滞に見られる。
燥苔は主に津液の損傷に見られるが、陽虚により気機が失調し、
津液を上昇させることができない場合に見られることがある。
●「膩苔」「腐苔」→主に痰湿の停滞や食滞に見られる。
<気になった点①>
・教科書では
「表証など病状が軽いものは舌苔に変化が現れず、白薄苔である。」
とありますが、
表証とは「悪寒発熱、頭項強痛、脈浮」といった状態などを言います。
その他、腰痛や他の関節の痛みなど、あらゆる痛みも出現します。
つまり「病状が軽いもの」とありますが、
決してそんなことはありません!
病の状態としては、外寒邪を駆逐しようと
身体の正気が体表で戦っているようなものです。
「病状が軽い」のではなく、
「病位が浅い」とするのが正しいと思います。
<気になった点②>
・教科書では
「表証など病状が軽いものは舌苔に変化が現れず」
とありますが、さてどうでしょうか?
<気になった点③>
白苔の記述で、
「表証など病状が軽いものは舌苔に変化が現れず、白薄苔である。
厚白苔は寒証に属するものが多い。」
と書いてしまうと、
実際の舌診において、
例えば白苔が膩苔であり、かつ剥落が見られる場合はどうなのでしょう?
教科書通りだとすると、胃気を損傷しつつも、痰湿・食滞があることになり、
病の程度としては重いものだと思います。
このような病の重い場合には、
白苔が、黄苔や灰苔などに必ずしも変化するということでもありません。
まとめると、
白苔だからといって、病が軽いものという表現は
正しくないように思います。
これは、黄苔など他の色の苔との比較において、
白苔は相対的に病が軽いということに過ぎない
ということだと思います。
さて、白苔について、
他の書籍ではどのように記されているのか、
ある舌診についての書籍の一部を抜粋してみます。
・白苔為寒、表証有之、裏証有之、両虚者、熱者、実者亦有之
(故白舌弁病較難)。
不独傷寒始有白舌、而白舌亦可以弁傷寒、其類不一。
白苔は寒であり、表証でも裏証でも見られる。
また、虚でも、熱でも、実でも、見られる。
(ゆえに白苔だけで病を弁ずるのは難しい)
白舌は傷寒の始まりだけに見られるのではなく、
白舌であれば傷寒と弁証することもできるが、
その種類は一つではなく色々である。」
・白浮滑薄苔、刮去即還者、太陽表寒邪也。
訳「白苔で浮滑(浮いたように見えて水分が多いもの)で、
これを削ってもまた元に戻るものは、太陽表寒邪である。」
・白浮滑而帯膩帯漲、色分各経、刮之有浄不浄者、邪在半表半裏也。
訳「白浮滑で、膩苔で腫れ、各経で色が分かれ、
これを削るときれいなる場合もきれいにならない場合もあるなら、
邪気は半表半裏にある。」
・全舌白苔、浮漲浮膩、漸積而乾、微厚刮不脱者、寒邪欲化火也。
訳「舌の全てが白苔で覆われ、
浮いて腫れ、浮いて膩で、それが徐々に蓄積して乾き、
やや厚くなり削っても取れない場合は、
寒邪が化火しようとしているのである。」
ここまで、書籍の記述の内容のほんの一部ですが、
やはり臨床的には
白苔にも色々あるということが
垣間見えるのでは無いでしょうか?
ちなみにこの原文ですが、
漢文に慣れていない方でも、
見たことのある漢字が多くて
意味を掴めやすいと思います。
▪️参考文献
『新版 東洋医学概論』 医道の日本社
『舌鑑弁正 訳釈』 たにぐち書店
医古文の学習(1)
一鍼堂(大阪本院)で行われる「素問を読もう!」(木曜日)に参加しています。
【黄帝内経素問】
《上古天眞論篇第一》
昔在黄帝.生而神靈.弱而能言.幼而徇齊.長而敦敏.成而登天.
廼問於天師曰.余聞上古之人.春秋皆度百歳.而動作不衰.今時之人.年半百.而動作皆衰者.時世異耶.人將失之耶.
岐伯對曰.
上古之人.其知道者.法於陰陽.和於術數.食飮有節.起居有常.不妄作勞.故能形與神倶.而盡終其天年.度百歳乃去.
今時之人不然也.以酒爲漿.以妄爲常.醉以入房.以欲竭其精.以耗散其眞.不知持滿.不時御神.務快其心.逆於生樂.起居無節.故半百而衰也.
(読み下しや翻訳に関しては、沢山の先生方が訳した書物がありますので割愛させて頂きます。)
黄帝を表して
生 弱 幼 長 成
神靈 能言 徇齊 敦敏 登天
五進法から始まってます。「このリズムでいきますよ。」と感じます。
当時の発音も解れば、より以上感ずることも多いのかと、、残念な思いと探究心が交錯しますが。
法 和 節 常 不作
陰陽 術數 食飮 起居 妄勞
「昔の人は偉かった」との話の中に一つのモデルケースが示されています。
ここの”陰陽”をとってみても、具体的に話しているようで総論的な意味合いも含んでいるように思えます。
素問全体を通して理解が進む事を期待しつつ進んでまいります。
漿 常 入房 竭精 耗散 不知 御 快 逆 無節
酒 妄 醉 欲 眞 滿 神 心 生樂 起居
今度は”今時の人”のダメ出しパターン。
倍の10件も記されています。説教が長い・・・タイプのようです。
エジプトのピラミッドを作った労働者の落書きに「最近の若者はダメだ」とあったように聞いたことあります。
大古の昔より、「変わらぬものは変わらない」と感じた記憶があります。
医古文もまた共通の不変性を示しているように思います。
年を重ねて分かるからこそ、伝えるべき”無駄”を伝えようとしているように感じるのですが、
どうなのでしょうか?
参考文献
「現代語訳 黄帝内経素問 上」東洋学術出版社
「重廣補注 黄帝内経素問」天宇出版社
稲垣英伸
血分病機
こんにちは、稲垣です。
血分病機についてまとめます。
【血分病機】
血は営より深層にあり、血分病変は営分病変よりもさらに重くいとされ、
心・肝・腎などに重大な障害の可能性があるとされる。
・熱深動血
熱邪が血分まで深く入りこんで火に変わり、火毒が燃えあがり、血絡を損傷し、血流を混乱させる。
血熱が心を傷れば、主神の蔵ゆえに意識障害・譫語・狂躁が現われる。
・血瘀血畜
血熱が気を損傷し、気滞をつくり血瘀に発展させる。
邪熱が血とぶつかる、陰液を熱邪が損傷させて営血を消耗させた場合、など瘀血となる。
さらに発展し、邪熱と瘀血がぶつかりあえば「血結胸」「下焦畜血」などとなる。
・血熱動風
血熱が盛んになり、厥陰まで入り込み、肝を犯して筋脈を焼く。
陰血を消耗させ、火より風を生じさせる。痙攣などが発生する。
少火は壮火となり、風を起こして、さらに火を煽る。
意識の混迷や厥証を発生させる。
・耗血動血
熱の血分侵入では、耗血・血竭・亡血・動血を起こす。
血の不足により筋を潤すことが出来ず、また陰が陽を抑えられずに
血虚生風、虚風内動を起こす。
【参考文献】
『中医病因病機学』東洋学術出版社









