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東洋医学・鍼灸医学の研究用ブログです。

病因について(3)

自身に降りかかった病について~ 以前に目の病気を患いました。 正に、お先真っ暗・・の感がありました。 当時の健康状態では、肝臓が極めて悪い状態。 (現在は問題なく完治しております。) 【五行】 ・五蔵  肝、心、脾、肺、腎 ・五官  目、舌、口、鼻、耳 東洋医学の道に入り”肝”と”目”の繋がりを学ぶにつれ、感嘆します。 肝を傷る原因とは・・ 【内因】 〇七情 ・怒   気機を上昇させる    肝 ・喜   気機を緩ませる     心 ・思   気機を鬱結させる    脾 ・憂   気機を鬱滞させる    肺 ・悲   気機を消耗させる    肺 ・恐   気機を下降させる    腎 ・驚   気機の乱れを起こす   腎 当時の年月を思い出せば、”怒”というのが日常であったように思います。 肝の持ってる昇発という特性が過度となり、蔵を損傷させていたのでしょうか。 鶏が先か?卵が先か? 肝を損傷したので、易怒となるのか・・ 易怒となったので、肝を損傷するのか・・ デフレスパイラルの様に悪循環に陥った先に”病”があるように思います。 〈肝火上炎〉 肝気鬱が火に変化し、気と火が上逆したために起きる事多い。 ...

淡々

菜根譚を読んでいると色々ヒントが散らばっていると感じる。   「醸肥辛甘非真味、真味只是淡。神奇卓異非至人、至人只是常。」   神農本草経を読んでいても、神農はあくまで1人ではないと思いますが、その人達はこういった感覚も持っていたように感じる。 もしくは美食に溢れた現代人だからこう思うのか。 また、それをどの様に表現したか。   切経を行う時も同じことだと思う。 何かをやろうとするではなく、無駄を削ぎ落として純粋でありたい。 雑音なんて知らない。 患者さんとの一対一。 一つ一つが淡々とした真剣勝負。 そういった気持ちで望みたい。   参考書籍 座右版 菜根譚  講談社 久須本文雄

色々わからないけども

身体を触るとき意識が一つに引っ張られていたことを指摘して頂きハッとした。   何かを見ようとして、その分他が疎かになっていたんだと思う。   意識を働かせない様にしなければ。   頭ではなく体が主。   テーマとしてはずっと持っているものなんだけど難しい。   このテーマで進めるには自分の人間性も見直さなければいけないけど、いちいち一つの事に囚われているところがダメなんだと思う。   そもそも体に限らず全ての事はこれ!って言うより一連の流れで繋がっているんだから何か違うような気がする。   身体をみる時も犯人探ししてる訳ではないんだから。   自分の状態として、前に意識が深く沈む?みたいな感覚があった時が一番良かった。   そうなっていく為にも生き方も大事なんだろうなと思う。   色んなことに対してサラッと生きれる様になりたいな。   そんなこんなで最近は勉強というより自分の人間性について考える時間が多くなっている。   まあ自分みたいな人間は自己否定してるくらいでちょうど良い様な気がする。   色んなものをへし折ってへし折って更地の状態にしたい。   人の幸せを喜ぶとかもその先にあるものだと思う。   まあ素朴が一番です。
六甲山

純粋な東洋医学を実践していくということ:前編

先日、一般向けの方向けに 東洋医学の歴史について講義をさせて頂いた。 その時に、少し専門的であるが故に 話さなかった内容をここに記し、 今後 皆さんにとって 「東洋医学を実践する」と言う点に於いて 僕が思う「ここだけは絶対に揺るがないで欲しい」と いうところを医療史から見ていき 前編・後編に分けて記事にしていきます。 --------------------------------------------------------------------------------- 明治時代まで我が国の医学は 中国の思想、文化、哲学を集約した 中国医学を基に、 日本人独自の職人の様な五感の感覚を 組み合わせたものであった 鍼灸・漢方を中核とした東洋医学が 中心であった。 それが皆さんご存知の様に、 明治維新・文明開化と呼ばれる制度や文化を 西欧諸国化してしまう波がやってき、 勿論 医学もこの波にのまれてしまい 蘭学、西洋医学が日本の医療と位置付けられてしまい、 業界的にいう「東洋医学不毛の時代」がやって来るのである。 ただ日本の医療が転換したのは この時代だけでは無かった。 984年、丹波康頼によって「医心方」という 中国医学を基とした 我が国にとって非常に貴重な書物が編纂され、 言い換えれば、ここで日本の医療には 中国医学が中心になったと思われる。 実は中国から医学がやってきた時に 時の桓武天皇は日本独自の医療が途絶えてしまうと 危機感を持ち、 808年に「大同類聚方」という 我が国に於いて実践されていた治療を記録した 我が国最古の書物を編纂させたとされている。 ただやはり、先述したように 医療は中国医学が中心となったのであるが、 どこか伝承的、経験的にあった当時の日本医療にとっては 理論的に人間、そして病をみた中国医学は 非常に多くの人を助け、受け入れられたと思う。 ただこの2つの転換期、 すこし意味合いは違えども、 我々日本人の注意すべき点があると感じます。 これを後編で書こうと思います。 では。

朱丹溪の処方について。

反佐論 『たとえば近代の医家が宗とし法とするものに丹渓の書がある。その朱丹溪が呑酸を治療する際には炒黄連(さおうれん)を君とし呉茱萸(ごしゅゆ)を佐とする《左金丸》のが常である。また心腹が痛むものを治療する際には、山梔子(さんしし)を倍加して炒乾姜(さかんきょう)を佐とするとよいと言っている。このように寒薬を君とし熱薬を佐とするような処方の構成は、私には理解できない。もしその症状が熱によって出ているものなら冷やせばよいだろうが、どうしてさらに呉茱萸や生姜といった熱する薬を用いるだろうか。もしその症状が寒によって出ているものなら熱せばよいだろうが、どうしてさらに黄連や梔子といった冷やす薬を用いるのだろうか。・・・その疾病の原因を理解できないので、熱薬を用いたり寒薬を用いたりするのである。また、病状と方剤の寒熱が同じか違うかを判断できないので、その病気に対して真の見解を持つことができず、寒熱両方の見解を持ったまま治療していくことになるのである。これが医家における病の最たるものであり、自分自身を深く反省しよく戒めなければならないところである。』 黄連  :清熱燥湿、清熱瀉火、瀉火解毒 呉茱萸 :暖肝・散寒止痛、下気止嘔 山梔子 :清熱瀉火・除煩、清熱利湿、清熱涼血・止血、清熱解熱 炒乾姜 :温中散寒、回陽通脉、温肺化痰・化飲 左金丸(別名:回令丸、萸連丸):清肝瀉火、降逆止嘔 君薬 :主となる病態を治療するもので配合薬の中で最も重要なもの 臣薬 :君薬の作用を強めたり主証に付随する兼証を治療するもの 佐薬 :君薬・臣薬を補助するもの 使薬 :諸薬を調和したり服用しやすくするもの   張景岳は景岳全書の陰陽論の中で劉河間と朱丹溪を、陰陽に対しての治療方針について批判的でありましたが、反佐論の中でも丹渓の書を用いて説明がされています。 病因の把握、治療方針の見立てなど、歴代の医家達にも様々違いがあるように難しいところなのかと思います。 そして、そこが研究し続ける重要なテーマに思います。   【参考文献】 『現代語訳 景岳全書 伝忠録』たにぐち書店 『中薬学』東洋学術出版社 『方剤学』医歯薬出版株式会社 『新版 東洋医学概論』医道の日本社

色々失敗する

問診、切経が長すぎる問題。 先生の施術を診て、省略できる所はどこか 効率の良い方法を流れを止めずに如何に行うか。 模倣してみて、集中できる環境に繋がり効率の良い所作だと感じました。 観察して模倣して、発見して。 少しずつ気付きを積み重ねていきたいです。     鍼を置く時、「手にばかり集中している」 と寺子屋の練習の時に指摘を受けました。 あ、これは切経にも言えることだなと、 下半身にちょっと意識を置いた途端 不思議と相手の脈が私の体の中に入って来る 感覚になり、景色が変わりました。 休日、ひたすら細かい作業をしました。 何時間も作業するので手先に集中するために 無意識で重心や姿勢を調整していたと思います。   たまーに出くわす近所のおっちゃんがいます。 昨日久々に道端で会ったら「人相変わったなー!」と私を見て笑っていました。 (悪い意味ではないらしい。) 「毎日ちょっとずつプラスやで。 いっぱい失敗して勉強させてもらいや〜」 飄々として、気の良いおっちゃん。 「まあ、楽しむんやで」 と一言もらってさよならしました。
鎮守の森に足を踏み入れる

【用語集】肝血虚

肝血虚 肝の機能の一つとして、 血を貯蔵し、血流量を調整する「蔵血作用」がある。 具体的な例として 日中など身体を動かす際には、 全身に(気)血がめぐり滋養される。 一方、安静時や就眠時は一部の血は肝に帰り蔵される。 肝が血の滋養を得られないと 肝血虚となるが、 その原因として、 出血過多や病気を長く患うことにより 気血が消耗することがあげられる。 また、血自体が生成されにくい状況も原因となりうる。 『黄帝内経霊枢』 決気篇には、 “焦受気取汁、変化而赤、是謂血。” →中焦で気を受け汁を取り、変化して赤し。これを血という。 とあり、中焦の脾胃が水穀の精微を血へ変化させるが、 脾胃の働きが悪くなると血の生成にも影響が現れる。 腎との関わりでいえば、 肝血は腎精から化し、腎精は肝血によって補うというように、 相互に助け合っているが、それらのバランスが崩れると肝血の不足となる。 肝血虚が進行すると 「心」や「腎」に影響が及ぶ。 心は血を主るといわれ、 心が血虚となると、 「心悸」(しんき:動悸がして不安を伴う状態) 「怔忡」(せいちゅう:心臓が激しく動悸する症状) などがあらわれる。 肝腎は同源であり、 精と血も互いに転化する関係性にあるが、 肝血の不足が長期化すると、 生殖機能の低下や小児の発達遅滞など腎精不足の症状があらわれる。 参考文献: 『黄帝内経素問』 『黄帝内経霊枢』 『中医基本用語辞典』 東洋学術出版社 『基礎中医学』 神戸中医学研究会 『中国医学辞典』 たにぐち書店 『臓腑経絡学』 アルテミシア 『鍼灸医学事典』 医道の日本社

患者、食べ飲み など

患者 今週寺子屋で見せて頂いた患者さん、もし自分があの人ならどういう気持ち、体になるか。   声や様子から色々気にされそう。   治療してなかったら心臓が心配だな。   生殖器関係に問題はないかな。   気逆を起こして気にされやすいだろうから、言葉遣いはどうした方がいいかな。   敏感そうだから特に時間をかけたらいけないな。   拾えなかったけど本当に心経の辺りに反応がなかったんだろうか。   あの状態なら出やすいと思うんだけれども…     食べ飲み   先日友人の結婚式があった。   そこでのスケジュールが11時〜披露宴 15時〜二次会 と言った胃腸にとってのハードスケジュールだった。   家に帰ってお腹を触ると胃がパンパン。   足では地機が硬くなっていた。   浅めに刺しても痛かったのですが、腹満は楽になりました。   舌の変化も見ていたのですが、翌日の変化など特に勉強になりました。   また、大人数は大変だなと改めて実感。   自分の課題です。     感覚 本を読みながら何かを触る。   何も見ずに何かを触る。   感覚が全然違う。   触覚だけでなく、全ての感覚がそうだと感じる。   今、きちんと周りの音を拾えているか?   それがノイズの様に聞こえるか、キチンと聞こえるかは自分の状態によって違う。   そこを聞こうとすれば別のものを拾い溢す。   こちらから行くべきじゃないんだろうな。   結局それが何なのか?とその場で気にしてる時点でダメなんだと思います。     実験   ↑の事を考えていて、先週の寺子屋ではできる限り周りの状況観察に努めてみた。   やり始めの少しの間はいい感じだったのですが、ずっとやっているとしっくりとこなくなりました。   停滞するといい感じじゃなくなる。   一気にその場の空気とのギャップが出てくる感じがしました。   理論から実践しようとしましたが、これは無理だなと痛感。   実践から理論なら可能なんだと思います。     経穴 勘違いかもしれませんが、その穴に対してどういう認識を持つかで効果が変わってくると、何となく感じた出来事がありました。   補寫といった話ではなく、刺し方でも全く違う目的になるのではないのかなと感じています。     背中 知り合いの身体を借りれたので刺させて頂いた。   普段は腹などでみますが、その時は背中で変化を追ってみた。   脾募と脊柱など一致する部分が見られて勉強になりました。

しゃべる訓練など

  しゃべる訓練 しゃべる訓練として自分語りをします。   先日一鍼堂で「なぜ鍼灸師になろうと思ったのか」と言った話を先生とした。   その時にお伝えした内容ですが、それよりもっと前になぜ医療をやりたいのかと言った問答が自分の中にあった。   大学生一回生の時、情報基礎倫理の授業で 「グラスに入った水が半分残っています。 これをどう考えますか?」   と言ったテーマで講師が話していた。   その問いに対して 「残り半分もある」 「残り半分しかない」   どう捉えましたか? と言った内容だった。   話を聞いていて、ふと陰陽の考え方がよぎった。   グラスには水の入った部分もあれば空の部分もある。   全てには逆の側面がある。   もちろんその先もあるが、ほとんどの事象はそう。   世間一般の良いや悪いの評価に対して 何でお前らに決められなあかんねん、と疑問を抱いていた中で出会ったそんな考え方。   自分の中にドカーン!と言った感覚があって、その日の学校の帰りは見るもの全ての逆の側面を見るようにしていた。   東洋医学の中にある考えの一つに触れ、それが何なのか知ってみたくなった。   何となくですが、その先に自分みたいなしんどい人が救われる未来があるのかなと医療人を目指したような気がします。   過去に囚われるのは良くありませんし、そこに縛られている訳でもありませんが、先へ進む為にもいい振り返り方はありかなと感じた。     カフェにて 老子を読んでいて、ボーッとしながらふと周りの景色が入ってきた。   その時に大きく飾られていた世界地図を見た。   ありきたりな感想ですが、   「日本って小さいなぁ」   そう思いました。   この狭い国の中でさらに狭いコミュニティに縛られる必要はない。   もっと広く、大きなものを。   世界地図だって宇宙を含めたらまだまだ狭い。   どこまでも伸び伸びと。   思い浮かんだ逍遥という言葉。   単語としては一番好きかもしれません。     何も抱かない   何か不満が募る。   そこは出した方がいいかもしれない。   でも、そこを抱かない事が一番大切。   最初からなければ何も生まれない。   何に焦点を当てて生きていくか。   スッキリした人間でありたい。     腹部と経穴 習った腹部のエリアと経穴を一致させるために、心経の穴のみをを軽く刺した。   刺した後に感じる腹部の変化。   変化を感じる事ができて良かったです。

胃火上炎について

胃熱証について学んでいて気づいたことです。 胃火上炎:胃で滞った熱が経に沿って上昇する病理変化 胃熱が強くなると上方へ昇る。 辛い物、アルコール、脂っぽいものなど刺激の強いものの取り過ぎ 外感した熱邪が胃に伝わること ストレスなど情志に内傷され肝鬱が起こること などによる火熱化火により胃の津液が損傷して胃気が消耗する。 →受納、和降の機能低下が起こる 胃津が損傷され、腸の潤いがなくなる→大便秘結 +胃熱の亢進により胃濁を伴って上昇→口臭発生 消化器の機能失調→胃気上逆?→呑酸 胃熱→口渇、冷たいものが欲しくなる、食欲亢進 深部で熱が鬱滞→口渇、煩熱、嘈雑、灼熱痛←拒按 熱邪が胃を破る→吐血 火熱が経脈を塞ぐ→血分が乾く→歯肉炎、歯周炎 胃で水穀を受納できない→食欲低下?→水穀を得られない →気血不足?→津液不足亢進 胃に火熱が発生→上炎→頭痛、咽頭痛、顎、顔面部の腫れ (経に沿って熱が上昇するため)   熱は摂取した水穀をどんどん消化する働きがあり、食べても食べても 空腹感を感じてしまう状態になる。 お正月に胃熱によって食欲が亢進するのは何故なのか、と考えていましたが この症状のことを、「消穀善飢」ということがわかりました。 【memo】 肝鬱との関連 水穀を消化することで火熱は更に強くなってしまうのか? 水穀を入れないことで火熱が鎮まることはあるのか? (火熱の原因による?) 胃濁とは 胃で本来降ろすはずだったものなのか? 消化しきれなかったもの、ということなのか?