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東洋医学・鍼灸医学の研究用ブログです。

不妊治療と鍼灸

40代モデル患者さんのことについて書いて行こうと思います。 3回の体外受精が妊娠に繋がらず、鍼灸治療で体のケアしたいとご来院。 体を切診したところ、肝、腎に弱りがあり脾の運化にも影響しているようだった。 飲酒の習慣があり、湿をおびた瘀血が見受けられ、気の鬱滞をおこしていました。 補腎、疏肝、活血化瘀を重点に治療。 週一回のペースで治療していき、4回目の体外受精で妊娠。 妊娠後、脾の弱りも出できて悪阻や倦怠感など妊娠初期に表れる症状を健脾、調気和中を重点に治療し安定期に突入しました。 妊娠中の身体はとてもデリケートなので、妊娠後期も快適に過ごせるよう細心の注意をはらいながらサポートしていこうと思います。

試してみる

  先週とてもいいお話を聞かせて頂けたので手で木・皮製品・自分の身体など色々触る様に意識しています。   触った時の感触を知ることや触り慣れると言った意味でも私にとっては良さそうだなと感じています。   また、手が冷えていたら寒熱は分かりにくくなるのかと思って実験してみました。   内容としては右手の労宮に石膏(性質:大寒)の粉末を2分程度乗せてみる。   その後綺麗に流して右手・左手を中脘あたりに当ててどちらがお腹の温もりを拾いやすいか見てみる。   やってみると明らかに左手の方が暖かさを感じやすい。   右手は感じにくいし、触られているお腹もちょっと冷えて触られたくない。   手を冷やさないって大事なことだなと実感しました。   冷たいもの飲んで手が冷たくなった事を感じた事があるので飲食物も気をつけよう。   また、服越しでもわかると仰られていたので前に歩いている人の背中で何か感じるかも試していっています。   続けていくと拾える様になるのか楽しみです。

穴の名前、実技での体験など

テスト前で暗記の時期に入りました。 経穴丸暗記は面白くないので、少しですが付随する情報を書いて認識を深めたいと思います。   腎経 ①湧泉 (井木穴、子穴だが腎なので瀉法厳禁)、回陽九鍼穴 足背、足屈曲時、足底の最陥凹部 まんが経穴入門P184 由来「足の少陰腎経の木穴に属し、腎経の脈気が湧き出る」 五兪穴では(井・滎・輸・経・穴)があり、陽経には原が加わる。 霊枢:九鍼十二原では気血の巡りを自然界の水の流れで例えた。 井穴は水源。   ②然谷 (滎火穴) 足内側、舟状骨粗面の下方、赤白肉際 まんが経穴入門P184 由来「別名、※龍淵 火が深いところで燃え盛り、水の相剋を受け付けない」 ※考察 龍の火のイメージが符合しているのか。   ③太谿(原穴、兪土穴) 足関節後内側、内果尖とアキレス腱の間の陥凹部 まんが経穴入門P185 由来「内踝の真後ろの深い陥凹部にあるため、湧泉から出て然谷を通った腎水の流れがここで一つにまとまる」 診断でも使える穴な事がよく分かります。     気になること 最近絡穴が気になっています。 豊隆の調べ物をしている時になぜ豊隆は化痰作用があるのか。 それは絡穴で脾と連絡しているからだという内容に触れたので、穴性を学ぶ時もこういう事も意識していきたいと思います。   実技で 実技の授業である穴に置鍼5分くらいされた。 その時恐らく肝がやられて季肋部あたりが痛み始めた。 この時に何で左何だろうと不思議になった。 理論的には 中薬の配合 P 78 「左右者、陰陽之道路也」とあるように、肝気は左から上昇することで、木気は行き渡り(条達)、肺気が右から下降することで、金気は正常に運行(粛降)します。   とありました。 五行でも左に属するのでその辺もあるのでしょうか。 逆に肝気虚と呼ばれる状態にこの治療をしたらどうなるのか。 気になりました。 本では存在している肝気虚も、実際は肝は剛臓なので中々ないとは思いますが…     プライベート 先週から1ヶ月間だけ兵庫県に住むことになりました。 引っ越し中々大変でしたがやっと落ち着いてきました。 テストが終わったら武庫川にでもゆっくり散歩に行こうと思います。   気持ちの面 後期試験が終われば2回生になります。 色々自分に対して思うことがありますが、極力無心でやれることを黙々とやりたいと思います。   参考資料 まんが経穴入門 周春才編著 土屋憲明訳 医道の日本社 中薬の配合 丁光迪編著 小金井信宏訳 東洋学術出版社

背中・寺

  姉の身体を触らせて貰いました。   気になったのは右の腎兪のあたりのエリアが落ち込んでいると思った。   お腹を向けてもらうと夢分流腹診の表で左の腎に当たるエリアが右に比べて力がなく柔らかかった。   実際のところ背中の臓腑の反応は腹とリンクするのか、またリンクするとしたらそこに規則性はあるのか気になります…。   腹、背中と触っていたら左の踵が痒いと掻き始めたのでこれも何なのか考えてみます。   また、背候診とは別件ですが、先日京都の法然院に行ってきました。   銀閣寺から哲学の道をしばらく歩いていった場所にあるお寺なのですが、行ってみると観光客もおらずゆっくり見て周ることが出来ました。   静かなのでセミや鳥の鳴き声、水の音などをじっくり聴け、生えている苔などもとても綺麗でいい場所でした。   また気が向いた時に行こうと思います。   写真撮影可能なお寺でしたのでアイキャッチ画像に設定しています。

今日は痰について書いていこうと思います。 痰は津液が濃密になり、粘ることにより形成されるものだそうです。 ネバネバ、ドロドロしたイメージです。 津液はサラサラした水のイメージです。 ではなぜサラサラしたものがドロドロに変わってしまうのでしょうか? 津液というのは飲食物が水穀の精に変化してそれが津液に変わる また、気が津液の元という考えもあります。 つまり、津液を作る過程でなんらかの異常があり、痰ができてしまうのでしょうか? あるいは、津液がなにか不純物が混ざってドロドロになってしまうのか。 あるいは、熱で津液が焼かれてドロドロになってしまうのか。 何が原因で痰が形成されてしまうのかが疑問です。 津液を形成するのは基本的には脾の役割で、つまり脾の失調によって痰が形成されてしまう。 そして、痰は気に従ってあらゆるところへ留まるとあるので、痰による症状は様々です。 肺に行けば痰や咳嗽が出る 脾に行けば胸焼け 経絡上に留まればあらゆる部位の疼痛、など症状は多岐に渡ります。 そして、気の流れを止めれば、気鬱、気滞が起こり、万病の元です。 脂肪は痰という考えにも至るのでしょうか? つまり、太り過ぎの方は脾の働きが悪く、 正常に運化が出来なくて、食べてもお腹が減り、 水穀が正常に気化されず痰になって、脂肪として体の周りに痰がついているという考えも一つあるかも知れません。 痰がどのようなことが原因で形成されてしまうことについてよく考えたいと思います。
通り雨直前の空を見上げる

【用語集】肝腎陰虚

肝腎陰虚 これらを解釈する際、 肝と腎の関係性が重要となる。 腎精の不足や、腎陰が欠損すると、 肝にも波及し、肝陰や肝血の不足へつながる。 その逆もしかりである。 肝血は腎精から化し、腎精は肝血によって補うというように、 相互に助け合っている。 この関係が崩れることで、肝腎の陰虚を呈する。 さらに、 肝腎の陰分が不足する事で肝の陽気を制御出来なくなる 「肝陽上亢」の状態へと発展することもある。 また、 肝腎ともに「相火」を統括するが、 肝腎の陰分が不足すれば、 相火を制御出来ず、火の勢いは強くなり、 熱傾向が顕著となる。 参考文献: 『黄帝内経素問』 『黄帝内経霊枢』 『中医基本用語辞典』 東洋学術出版社 『基礎中医学』 神戸中医学研究会 『中国医学辞典』 たにぐち書店 『臓腑経絡学』 アルテミシア 『鍼灸医学事典』 医道の日本社

舌診の白苔について

こんにちは。 先日行われた学生向け勉強会に参加させて頂き、 望診の基礎などの理論を復習させて頂き、 さらに、参加された学生さんの熱心さを窺うことができました。 講師の先生、ありがとうございました。 朝早くから参加された学生さん、お疲れ様でした。 さて、勉強会の内容を復習しようと思い、まず、 東洋医学概論の教科書を確認してみました。 その中で気になることがありましたので、 備忘録として書いておきます。 『東洋医学概論』(p.209〜)舌苔について <一部を抜粋> A.苔色 ●白・・・白いもの。白薄苔は健康なものに見られる。 また、表証など病状が軽いものは舌苔に変化が現れず、白薄苔である。 厚白苔は寒証に属するものが多い。 B.苔質 ●「薄苔」は健康なものや表証など病状が軽いものに見られる。 ●「滑苔」→舌苔に過剰な水分が見られ、湿っているもの。 「燥苔」→舌苔が乾燥しているもの。 滑苔は陽虚や痰質の停滞に見られる。 燥苔は主に津液の損傷に見られるが、陽虚により気機が失調し、 津液を上昇させることができない場合に見られることがある。 ●「膩苔」「腐苔」→主に痰湿の停滞や食滞に見られる。 <気になった点①> ・教科書では 「表証など病状が軽いものは舌苔に変化が現れず、白薄苔である。」 とありますが、 表証とは「悪寒発熱、頭項強痛、脈浮」といった状態などを言います。 その他、腰痛や他の関節の痛みなど、あらゆる痛みも出現します。 つまり「病状が軽いもの」とありますが、 決してそんなことはありません! 病の状態としては、外寒邪を駆逐しようと 身体の正気が体表で戦っているようなものです。 「病状が軽い」のではなく、 「病位が浅い」とするのが正しいと思います。 <気になった点②> ・教科書では 「表証など病状が軽いものは舌苔に変化が現れず」 とありますが、さてどうでしょうか? <気になった点③> 白苔の記述で、 「表証など病状が軽いものは舌苔に変化が現れず、白薄苔である。 厚白苔は寒証に属するものが多い。」 と書いてしまうと、 実際の舌診において、 例えば白苔が膩苔であり、かつ剥落が見られる場合はどうなのでしょう? 教科書通りだとすると、胃気を損傷しつつも、痰湿・食滞があることになり、 病の程度としては重いものだと思います。 このような病の重い場合には、 白苔が、黄苔や灰苔などに必ずしも変化するということでもありません。 まとめると、 白苔だからといって、病が軽いものという表現は 正しくないように思います。 これは、黄苔など他の色の苔との比較において、 白苔は相対的に病が軽いということに過ぎない ということだと思います。 さて、白苔について、 他の書籍ではどのように記されているのか、 ある舌診についての書籍の一部を抜粋してみます。 ・白苔為寒、表証有之、裏証有之、両虚者、熱者、実者亦有之 (故白舌弁病較難)。 不独傷寒始有白舌、而白舌亦可以弁傷寒、其類不一。 白苔は寒であり、表証でも裏証でも見られる。 また、虚でも、熱でも、実でも、見られる。 (ゆえに白苔だけで病を弁ずるのは難しい) 白舌は傷寒の始まりだけに見られるのではなく、 白舌であれば傷寒と弁証することもできるが、 その種類は一つではなく色々である。」 ・白浮滑薄苔、刮去即還者、太陽表寒邪也。 訳「白苔で浮滑(浮いたように見えて水分が多いもの)で、 これを削ってもまた元に戻るものは、太陽表寒邪である。」 ・白浮滑而帯膩帯漲、色分各経、刮之有浄不浄者、邪在半表半裏也。 訳「白浮滑で、膩苔で腫れ、各経で色が分かれ、 これを削るときれいなる場合もきれいにならない場合もあるなら、 邪気は半表半裏にある。」 ・全舌白苔、浮漲浮膩、漸積而乾、微厚刮不脱者、寒邪欲化火也。 訳「舌の全てが白苔で覆われ、 浮いて腫れ、浮いて膩で、それが徐々に蓄積して乾き、 やや厚くなり削っても取れない場合は、 寒邪が化火しようとしているのである。」 ここまで、書籍の記述の内容のほんの一部ですが、 やはり臨床的には 白苔にも色々あるということが 垣間見えるのでは無いでしょうか? ちなみにこの原文ですが、 漢文に慣れていない方でも、 見たことのある漢字が多くて 意味を掴めやすいと思います。 ▪️参考文献 『新版 東洋医学概論』 医道の日本社 『舌鑑弁正 訳釈』 たにぐち書店

「10/7(日) 学生向け勉強会」の感想

講師は、盧先生より学びました。 私は現在、鍼灸学校の2年生です。 日々、書物を目にしたり妄想を繰り返したりする日々を過ごしておりますが、 「自分なら、○○なのかな~」とシュミレーションをしたりもします。 それが1年生とは違うところと感じています。 書物などを読み進める上で再確認できたのが、”帰納”と”演繹”。 【帰納】 個々の事例の観察より、これを含む一般命題を確立する事。 一つの症例より他の患者の症例も、このケースであろうとする。 【演繹】 1つまたはそれ以上の命題より、論理法則に基づいて結論を導出する思考の手続。 学術論議を症例を元に構築していき、結論を推定する。 本日学んだ事の一つで重要な事だと感じています。 歴代医家たちのカルテの集積が、症例集であって絶対的な答えではないのだろうと思えます。 学術的に議論の構築を進めることも重要に思いますし、 現実の臨床を繰り返すことと、歴代医家たちのカルテの集積とを見比べることも 精度を高める為に必要な事なのかと思います。 今年のノーベル賞受賞者の本庶佑博士は、記者の質問に 「・・・教科書に書いてあること、文字になっていることを信じない、疑いを持つこと」 と答え、有名な論文雑誌も疑う対象の例外ではないと強調されています。 「自分の目で物を見る、そして納得する。そこまで諦めない」 とも答えらています。 考えていた事と学んだ事がリンクする機会が多かったように自分では思いました。 座学をし、二礼二拍手の効果を実感し、病床にて臨床実技をし、、、 時間のある限り、幅のある講義を試そうされていた様に思います。 お疲れ様でした。次回も楽しみにしています。 最後になりましたが、機会を頂いた院長にお礼申し上げます。 平成30年 秋 稲垣 英伸

中国の思想(01)

老子 一章 真理は固定したものではない 道可道、非常道。 名可名、非常名。 無名天地之始、有名万物之母。 故常無欲以観其妙、常有欲以観其徼。 此両者同出而異名。 同謂之玄。 玄之又玄、衆妙之門。 道を可とする道は、常なる道に非ず。 名を可とする名は、常なる名に非ず。 無は天地の始まりの名、有は万物の母の名。 故に常なる無は其の妙を観さんと欲し、常なる有はその徼を観さんと欲す。 この両者は同じ出にして名を異とする。 同じく、これを玄と謂う。 玄のまた玄を、衆妙の門とす。 【参考文献】 『中国の思想[Ⅵ]老子・列子』徳間書店

はじめました

初めて投稿します。北山です。よろしくお願いいたします。お正月、実家でひたすら食べ物が出現する状況でしたので、飲食について調べてみました。 飲食物の摂取については、適量を維持することが最も重要であり、食べ過ぎたり(過飽)、食べる量が十分でない状態(過飢)はどちらも脾胃の機能を損傷させる、とありました。 バランス良く食べる事は大切ですし、食べ過ぎてしまうことが身体に良くないことはなんとなく体感としてわかるように思います。しかし身体は食物を摂取することで気血を生成するため、当然適切な量を食べないと気血は衰弱、減少する。気血が減少すれば正気が不足し、外邪の侵入を防げなくなってしまう。考えたら当たり前なのかもしれませんが、食べないことによるダメージは実感としてわかりにくいため(個人差?病のような状態になるまで時間がかかるから?でしょうか?)、食べ過ぎることと、食べなさ過ぎることが同じくらい脾胃にダメージを与えてしまうとは思っていなかったので驚きました。もう少し調べてみたいと思います。 【memo】 脾胃: 飲食物の栄養を運搬吸収する主要な器官 五味: 酸苦辛甘咸、食物成分、飲食物の総称 「五味口に入りて、もって五気を養う」(素問  六節臓象論篇)