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東洋医学・鍼灸医学の研究用ブログです。

舌・形体など

舌・形体など 舌を見た時、舌の厚さが大きくなり、水々しくなっている舌を良く見る。   本で確認すると淡胖舌が近いような。   たぶん水分を抱え込んでいるんだろうな〜と想像する。   お腹を触らせて頂くと臍下あたりに違和感を感じることが多いです。   そういう人と話すとそんなに食べている訳ではないけど痩せないと言っている人が多いような…   腎が弱ると水もダブつき動かず溜まっていく。   水は性質的に重く、下へ下へ溜まっていくので、手首・足首を見た時ポッチャリしている事も多い気がする。   腎が弱いので肉体疲労ですぐへバッてしまう。   脈を取ると根がない様な、そんな印象を抱く人が時々います。   ただ、こう言った部分のみに着目すると先入観に繋がり、色々見落としそうなのでその程度にとどめておこうと思います。   何となく 何かを見る時、自分はとても小さな存在だと思うと広く見渡せる。 逆に大きな存在であると思うと足元しか見えない。 そんな気がします。   うった感じ この前人に鍼をうたせてもらった。 ズシンとした感じを受けたんだがあれは何だったんだろうか。 体全体に乗っかってくる様な。 患者側も感じたらしいです。 打つ時の心持ちは至ってシンプルだったと思う。
切脈一葦

切脈一葦 序文1

こんにちは、大原です。 『切脈一葦(せつみゃくいちい)』という書物を読んでいきます。 今回は、一番はじめの序文からになります。 原文には二つのカナ文字が一つに合わさった 「合略仮名」という文字があるので、 慣れない内は読みにくいかも知れません。 <読み方>(以下の読み方は、原文をもとにした拙者の解釈によります。(後述)) 切脈一葦 序 脈は実事にして、脈色声形四診の一つなり。 その状、弁しやすからずといえども、指下に心を留めて診するときは、 その掌を指すが如し。 ただその弁じ難き者は、 脈状を全証に参考して邪気の緩急と精気の虚実とを弁ずるにあるのみ。 その法素問霊枢及び扁鵲仲景二氏の書に備わるといえども、 皆分配家のために真面目を失する所多し。 故に活眼を開いてこれを観るにあらざれば、 その真面目を観ることあたわざるなり。 晋の王叔和、これを弁ずることあたわず。 ただ分配家の説を論じて、脈経を著わす。 その書詳なりといえども、ただ文字を論じて脈を論ぜず。 その言に曰く、脈理精微にして、その体は弁じ難く、弦緊浮芤、展転相類す。 心に在りて了し易く、指下明らかにし難し。 沈を謂いて伏と為し、則ち方治永くそむき、緩を以て遅と為すごときは、 則ち危殆(きたい)立ちどころに至ると。 この説出てより以来、脈を診する者、脈状を明むることあたわず。 その弊遂に脈状は明じ難き大業と為すに至る。 これ医門の大厄なり。 それ道は大路のごとくにて、知り易く行なえ易し。 いわんや脈は、実事にして顕然(けんぜん)たる者、 何ぞ指を以て明じ難きの理あらんや。 ただ心に在りて了し難きのみなり。 弦緊浮芤は相類すといえども、 重き脈は、その状分明にして、診し易く、 ただ軽き脈のみ相類して、分明ならさる者あり。 然れども、分明ならざる者は、固(もと)より相類する者にして、 その証異ならざれば、通し用いゆといえども害あることなし。 伏は沈の極みなり。 遅は緩の極みなり。 故に弦緊浮芤の分明ならざる者は、 その証に因りて、沈を伏とし、緩を遅と為すといえども、 また害あることなし。 これ指を以て明にし難きにあらざる所以(ゆえん)なり。 たとえ沈伏緩遅たがわずといえども、 その脈状を全証に参考するの時に当たって、 もし医の心動くときはその証を決断することあたわず。 いわんや病毒に痞塞(ひそく)せられて、 虛脈をあらわし虛損の極み、反って実脈をあらわす者においては、 脈状の疑似に論なく医の心を以て取捨して、 決断するにあらざれば、決断することあたわず。 何ぞただ脈の一診に止らんや。 これ心に在りて了し難きゆえんなり。 手は心を得てよく探り、足は心を得てよく踏む。 もし心手足に在らざれば、探れどもその探る所を知らず、踏めどもその踏む所を知らず。 今その探る所を知り、 その踏む所を知る者は心よくこれを明むるを以てなり。 ------------------------------------------------------------------ <用語の意味> 真面目:本来のすがた、ありさま 活眼:物事の道理をはっきり見通す眼識、見識 上の<読み方>ですが、現代の読み方に近づけるため 個人的な解釈で、 原文をもとに以下のように変更しています。 ・漢字の送り仮名を補足 ・口読点「。」を、文脈から「、」「。」に分別 ・読み方が難しい漢字の読み方を補足、またはひらがなに変更 序文はまだ続きますが、 長くなりますので、続きは次回になります。 参考文献 『切脈一葦』(京都大学附属図書館所蔵) 画像は京都大学デジタルアーカイブより

脾と胃の病証

脾と胃は表裏関係にあり、経脈を通じて関連しているため生理的にも病理的にも相互に影響を及ぼす。 脾は臓(陰)に属し、陰が旺盛で喜燥悪湿 胃は腑(陽)に属し、陽が旺盛で喜湿悪燥 脾は胃が熱化しないように胃に陰液の一部を供給し、胃は脾が冷えないように脾に陽気の一部を供給していて、これらの協調関係が正常な脾胃の機能を発揮させている。 脾胃湿熱(内生した湿熱が脾胃に影響を及ぼす病証) 症状:上腹部の膨満感、食欲不振、嘔吐、口苦、口粘、尿黄、舌苔黄膩 本証は虚実挟雑(虚証と実証が同一時期に出現している証のこと)だが、主に湿熱(実証)の症状が顕著である場合が多い。 a.中焦の気機(気の働き)が滞る 湿熱が中焦の気機を滞らせると、上腹部の膨満感が起こり、熱により上逆すると嘔吐が起こる。 中焦の気が滞るため食欲不振が起こる。 b.湿熱が鬱滞する 痰湿が存在すると、口は粘り(口粘)、乾燥するが多く飲めない(口乾)という特徴がある。 実熱により津液を損傷すると、口苦や尿黄などが起こる。 c.運化が失調する 湿熱の影響で脾気虚になると、運化が失調するため食欲不振となり、水液を吸収できないと下痢になる。下痢は湿熱の影響を受けると粘稠になり、臭いも強くなる。 d.舌脈所見 痰湿により舌苔膩になり、脈滑となる。内熱により舌苔黄となり、脈は速く(脈数)なる。 a-dは特徴的な臨床所見? 上腹部(胃脘部)の膨満感や食欲不振は、湿邪が引き起こし、もともと津液が、水がいっぱいになっているもので胃熱との違いは、食欲不振があるかないか 粘→湿、乾・苦→熱。2つが引き起こす状態が1度に出る。

傷寒論の学習 その1

こんにちは。 傷寒論をはじめて勉強していく場合、 学校の教科書や入門書では ・太陽病:表寒証 ・陽明病:裏実熱証 ・少陽病:半表半裏証 ・太陰病:裏虚寒証(脾陽の虚) ・少陰病:裏虚寒証(心腎の虚) ・厥陰病:外感病の末期で陰陽の失調 と学習していくと思います。 これらは主となる証であり、 専門書では この主となる証のことを 「提綱証(ていこうしょう)」と言ったりします。 たとえば太陽病の提綱証は表寒証であり、 その綱となる症候として、 脈は浮脈、症状は悪寒、頭痛(頭項強痛)とされます。 太陽病以下、 陽明病では便秘、潮熱、舌は黄色く乾燥するなど、 それぞれの綱となる症候があり、 これらは入門書にも書かれていて 学校の教科書にもほとんど載っている内容ですので 国試にも出題されていますね。 さて、ここからが本題なのですが、 このような入門書や学校の教科書だけで 学習が終わってしまうと、 傷寒論のごく一部しか 知らないことになってしまうということです。 太陽病だからといって表寒証だけかというと 実はそうではなく、裏証もあります。 同様に、陽明病だからといって裏熱証だけかというと そうではなく、 陽明病の裏寒証と分類する証候もあれば 裏虚証と分類する証候もあります。 具体的には、 太陽病の綱証は表証と述べましたが、 太陽病自体を表裏で分けて考えてみると、 太陽病には ①太陽経証 ②太陽腑(実)証 があるとされています。 ①太陽経証は上述した表寒証のことですが、 ②太陽腑証とは 膀胱の機能が失調して小便が出ない太陽蓄水証、 瘀血が停滞する太陽蓄血証があり、 裏である膀胱腑の機能が失調するものをいいます。 表裏、虚実、寒熱、陰陽は それぞれ相対的な概念で、 太陽病だからといって必ずしも表証であるということではなく、 表にある邪が内陥して膀胱の機能を失調させることは 可能性として 普通に考えられることです。 <続く>

不妊治療と鍼灸

40代モデル患者さんのことについて書いて行こうと思います。 3回の体外受精が妊娠に繋がらず、鍼灸治療で体のケアしたいとご来院。 体を切診したところ、肝、腎に弱りがあり脾の運化にも影響しているようだった。 飲酒の習慣があり、湿をおびた瘀血が見受けられ、気の鬱滞をおこしていました。 補腎、疏肝、活血化瘀を重点に治療。 週一回のペースで治療していき、4回目の体外受精で妊娠。 妊娠後、脾の弱りも出できて悪阻や倦怠感など妊娠初期に表れる症状を健脾、調気和中を重点に治療し安定期に突入しました。 妊娠中の身体はとてもデリケートなので、妊娠後期も快適に過ごせるよう細心の注意をはらいながらサポートしていこうと思います。

督脈

背中で診断する際、督脈と臓腑の関係が少し整理できそうです。   中医臨床 臨床経穴学 P729 第15章 督脈 「本経経穴の効能面では、各経穴ともその経穴の所在部位とその近隣の局部の病証、穴下にある関連臓腑・器官の病証を治療することができるという共通性がある」   つまり膀胱経だけではなく督脈の経穴もしっかり臓腑の状態が反映するので診なければいけないし、そちらを治療穴にする場合があるので確認する必要があることがわかりました。 先週の記事で書いた疑問を少し深掘りできた気がします。   現代語訳 奇経八脈考 P194 「各陽脈はすべて足太陽に従属し、足太陽は督脈と連係しているので、各経の陽気を主治することができるのである。足太陽と督脈の作用を、明確に分けることは非常に難しい。 例えば古代に経穴画「十二人図」を作った際に、督脈は足太陽に入れ、任脈は足少陰に入れているが、これは両者の関係が密接なことの反映である。」   ここからも何か学べる気がしますが、まだ掴めないのでとりあえずメモとして残させて頂きます。   参考資料 「中医鍼灸 臨床経穴学」 東洋学術出版社 李世珍著 「現代語訳 奇経八脈考」 東洋学術出版社 李時珍著 現代語訳・和訓 勝田正泰

夙川にて

図書館、公民館など、外で勉強する事が殆どです。 好きな場所で、夙川沿いの静かなところに”西宮市立中央図書館”があります。 休憩に川沿いで新鮮な空気を吸うのですが、ふと思い出した事がありましたので。 以前に、六甲山からの鉄砲水で犠牲者が出たことがありました。 その時に『山上が曇れば大蛇が通る』という伝承を知ります。 古人が鉄砲水を大蛇に例えて後世に伝えやすくしたのだと思います。 それをきっかけとして、スサノオノミコトがヤマタノオロチ退治を ”治水対策の比喩”であるとの仮説にも出会う事になりました。 クラスメイトが話の中で「東洋医学=スピリチュアル」との認識に違和感を覚えたのを覚えています。 東洋医学を学ぶという事は災害の地に建つ石碑のように、 古人が未来へ向けた思いに耳を傾ける事のように思います。 とか、思い出しながら国家試験に向けての勉強の年末です。

最近試していること

最近試してる事① 目に頼らなかったらどうなるんだろうって事で色々試してみています。 目を瞑って10分程度過ごす。 その際ゆっくりでもいいから歩きながら、猫の位置を探ってみる。 分からなかったら目を開けて場所を確認。 当たったら触ってみる。 いつもと違う感覚で面白いです。 しかし物にぶつかるかもしれない恐怖で歩くのが中々怖いです。 視覚障害の方は点字ブロックに対して杖が当たった時の音と触覚で歩行を行っているそうなのですが、神経張ってないとできないなと思いました。 できれば目を開けながら研ぎ澄まそう。 使わない事はできると思う。   道の物為る、惟れ恍惟れ惚。惚たり恍たり、其の中に象有り。恍たり惚たり、其の中に物有り。 窈たり冥たり、其の中に精有り。其の精甚だ真なり、其の中に信有り。 老子21章とも繋がるのかな。   最近試してる事② じゃあそれを目を開けながら近づけようとして、色々方法はあると思うのですが目を背けながら対象物に触るという事を行ってみています。 また違った印象を受けます。   最近試している事③ 会話する時、伝えたい事が伝わった瞬間を探る。 トーン、テンポ、躱しかたなど。 また、伝わりにくい状態はどんな状態? 自分がその状態ならどうなる? この前最悪な精神状態だった時の自分の感覚も参考になります。   妊婦 妊婦さんを見て、もし「治療してくれ」と言われたらどうするんだろうと思った。 1人ではなく、2人分の命を見なければいけないので状況が違う。 母体も分け与えている状態。 そもそもの目的が違うので、脈なども正常時とは違う。 臍も参考になりそう。 ここで胃気などにも踏み込むことになると思うが、今勉強している傷寒論とも関連させていきたい。 まだ多分何かあるんだろうなと言った段階です。   フロイト 最近ちら〜と見ていっているのですが、面白い考えの人だと思いますし、勉強になってます。  

開業いたします。

こんにちは稲垣です。 私が鍼灸学生の時も、国家資格を得てからも 同じ質問を受けた事がありました。 「なぜ一鍼堂なのですか?」 です。 学生向けの勉強会を 一鍼堂で開催する準備をしておりましたので、 その際に、未来の鍼灸師さんたちに向けて話そうと 思っていたのですが、 このご時世で学生さんたちに集まって頂く機会が なかなか持てませんので、 お伝えしておこうと思います。 (パソコンの画面を通じてのテレビ電話では 臨場感がありませんので、 実際に集まって頂く事を待ち望んでいたのですが、 非常に残念です。) 私は鍼灸学生の一年生の時より 林院長にお世話になりました。 各種勉強会など、様々に参加させて頂き、 大切な価値観を沢山頂戴しました。 学生の頃からの四年間ですから、それはそれは数知れず。 院長の治療を受けさせて頂き、 最初に感じたものは、“テコ”です。 “重い岩”を退けるには支点をおいて、 長い棒のようなもので力点に力を加え 岩という作用点に力を伝える。 そしてゴロンと動かせる。 なるほど! 臓腑へアクセスさせるには、こうするのか! と鍼治療を体験させて頂きました。 同時に、 このテコよりもっと良い方法はないのか? 支点を岩に近づけたらどうだろう? 力点をより遠くに伸ばしたらどうだろう? ”より良い方法を探し続ける好奇心”を教えられました。 学問に対しての「もっと!もっと!」 というエネルギーを感じ、 同じ場所を掘り続ける魅力を院長より感じました。 私はそんな環境が心地よく思い 一鍼堂に通い続けたのだと思います。 「なぜ一鍼堂なのですか?」 という問いの答えとしては 「探究し続ける楽しさを感じたから。」 となるのでしょうか。 ”面白さを教えて頂いた” これは、私にとっては極めて重要です。 そして、 (話が急に展開して申し訳ありませんが、、) 開業いたします。 その”面白さ”を人生の楽しみにして行きたいと思います。 “修行を完了させて一流のはり師になったから店を持つ” というのとは全く異なりますが 鍼灸道の修行の為に、 自身の鍼灸院を持つ事といたしました。 ベッドが一つだけの小さな所ですが 臨床の場として、 研究の場として 励んでまいります。 面倒を見て頂いた院長の気持ちを察するに 痛恨を感じるのと、院長が長期的に考えて 準備されていたもろもろを考えると 心苦しいだけではありません。 罵倒の裏にある優しさを感じるだけに 申し訳ない気持ちなど多々あり、 私自身の心中が穏やかではありませんが 怨まぬ為に、 嫌いにならぬ為に、 少し間合いをとることとしました。 身を切り分けて、与え続ける院長のアンパンマン力を感じて お返しをしなければと、学校を卒業した際に思い続けて 現在まで至っておりますが、必ずお返ししていきたいと思います。 いつになる事やら… 小さな小さな鍼灸院を行っていきますが 温かく見守って頂けるとありがたく思います。 お世話になった皆様に本当に感謝しかありません。 ありがとうございました。 今後とも宜しくお願い申し上げます。 令和3年6月 稲垣 英伸

ホップ

豊中に行って業務終わりくらいに先生が受付さんに話をしていた。 横で話を聞かせて頂く。 その話と単語から連想するイメージ。 トーン、雰囲気もあるのかな。 心が軽くなった。 その時の感情を食材で表現したくてスーパーへ行く。 今回はホップで試してみたけど、少し違うな… でも、ホップが含まれるものを採ると眠くなると言うのは収穫でした。 もちろんノンアルコールです。