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東洋医学・鍼灸医学の研究用ブログです。

テレビにおける鍼特集の直近の予定、と個人的な感想。

2018年12月31日 9時~13時 『YOUは何しに日本へ?』の再放送にて、YNSA(山元式新頭鍼療法)の紹介。 https://juku.teppennohari.info/post-7160/ 以下、東京大学付属病院に勤務しておられる、粕谷大智先生の公開Facebookページより。 2019年1月4日、NHKあさイチにて、鍼の特集あり。 https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=128705171477506&id=100030140710901 1月23日および2月13日、NHKためしてガッテンにて、鍼の特集あり。 https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=122722288742461&id=100030140710901 https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=128705171477506&id=100030140710901 また、上記文章から、詳細は不明ながらも、2018年にNHKであった「東洋医学 ホントのチカラ」の続編も企画中?らしい? …… 僕、個人的には、正直、怖くなってきました。 2019年以降における、日本の鍼灸および東洋医学の扱われ方、受け止められ方に。 特に、NHKで鍼灸の特集なんて、長年の鍼灸患者からしたら、驚天動地の出来事です。 国が、公共放送を使って、鍼灸をプロパガンダしている…… それは日本医師会も黙認している…… と個人的に受け止めてます。 国の予算が100兆円を越え、医療費が42.2兆円と、常軌を逸した予算配分になっており、 厚生労働省「平成29年度 医療費の動向」について https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000177609.html また、柔道整復師の保険請求も、去年9月から非常に厳しくなり、整骨院・接骨院のハシゴ受診が非常に煩雑になったり。 (事実上のハシゴ受診不能。) ほぼ同時期に、はり師きゅう師の広告制限も非常に厳しくなったり。 「これらの動きの背後にある、思想・背景って、なんだろう?」 と、僕なりに推理すれば、乱暴な言い方をすれば、もはや、 「医者で治らない疼痛とか難病とか、もう知らん!!こっちはもう金がないんじゃ!!お前ら自由診療でなんとかせえ!」 という遠回しのメッセージにも感じられます。 当然、ターゲットとなる患者層は、今の若者よりお金を持っている「富裕層の老人たち」…ってところでしょうか。 国が勝手に、鍼灸の宣伝をしてくれるのであれば、なおのこと、今まで以上に、鍼灸で出来ることと出来ないことの線引き・リテラシーなどをしっかり確立しておかないと、患者さんから速攻で不信感を持たれかねませんね。 …… それは恐怖と不安の身震いか。 それとも……鍼灸医術に対する武者震いか…… 単に寒いだけで「ふるえ産熱」しているだけか…… …… それより、落としてる科目の単位認定試験、頑張ります。

流行り病など

  流行り病 ここ最近自分含め変な咳をしている人が多くなった気がする。   発熱したので医療機関に抗原検査に行くとコロナもインフルも陰性。   どんな病気が流行っているのか見てみると今年はアデノウイルスによる咽頭結膜熱(プール熱)が過去10年で最多らしい。   対策なども見ていくと ・アデノウイルスのためエンベロープを持たないのでアルコールが効かない(次亜塩素酸は効く) ・基本は手洗いうがい ・空気感染はなく、飛沫と接触が主   後の症状を考えないと意味はないけど、感染経路的には温病に属しそうです。 自身の状態も邪が少陽にくっついて胃気の和降を妨げていたのかもしれない。 この状態で腹式呼吸をしようと試したのですが、降りずに途中で咳が出た。 解剖学的に考えてもそうなるよなと感じました。     左右対称の動き 私は右足と左足の使い方に違いが出てしまっている。 で、以前ミドルキックが良かったと書いたのですが、少し腰の入れ方のコツを掴んだ。 しばらくその動きを繰り返していくと使えていなかったところが使える様になったからか、体からバキバキ音がなった。 詰まっていた右胸郭出口あたりも動きが良くなった。 体重の乗せ方も変わるので、自分の左右の重心の乗せ方の違い、体の歪みも良くなる事を期待します。  
木

五行色体表の学習

皆さまこんにちは。 本日は五行色体表の暗記を行う際に、 気になったものについて学習しました。 私が特に難しいと感じたのは〝五脈〟です。 五脈(弦、鈎、代、毛、石) 難しいと感じる理由として、 漢字からどういう脈なのか イメージできるものと、しにくいものがあると感じました。 そこで、まずは教科書から五脈について学んでみたいと思います。 はじめに五脈とは? →五脈は五臓と対応する脈のことである。 〈対応する五臓と脈について〉 (肝)弦は、糸がピンと張ったような脈 (心)鈎は、拍動の来るときが強く、去るときが弱い脈 である。 (脾)代は、やわらかく弱い脈のことで、「代脈(不整脈の一種)」とは異なる。 (肺)毛は、羽毛のように軽く浮いて力のない脈 (腎)石は、石のように硬く沈んだ脈 『素問』平人気象論篇第十八では、五季の正常な脈を 「春は微かに弦」「夏は微かに鈎」「長夏は微かに耎弱(ぜんじゃく)」 「秋は微かに毛」「冬は微かに石」と記載し、この脈以外では病や死になるとしている。 ここまでは教科書に記載していた内容です。 次に、東洋学術出版社『素問』平人気象論篇第十八(p304〜308)から抜粋した原文をみてみたいと思います。 【原文】 平人之常气禀於胃。胃者平人之常气也。人无胃气曰逆。逆者死。 春胃微弦曰平。弦多胃少曰肝病。但弦无胃曰死。胃而有毛曰秋病。毛甚曰今病。藏真散於肝。 肝藏筋膜之气也。夏胃微钩曰平。钩多胃少曰心病。但钩无胃曰死。胃而有石曰冬病。 石甚曰今病。藏真通於心。心藏血脉之气也。长夏胃微耎弱曰平。弱多胃少曰脾病。 但代无胃曰死。耎弱有石曰冬病。弱甚曰今病。 藏真濡於脾。脾藏肌肉之气也。秋胃微毛曰平。毛多胃少曰肺病。但毛无胃曰死。毛而有弦曰春病。弦甚曰今病。藏真高於肺,以行荣冲阴阳也。 冬胃微石曰平。石多胃少曰肾病。但石无胃曰死。石而有钩曰夏病。钩甚曰今病。 藏真下於肾。肾藏骨髓之气也。 【書き下し文】 平人の常気は胃に稟く。胃なる者は平人の常気なり。人に胃の気なきを逆と曰う。逆なるものは死す。春の胃は微弦なるを平と曰う。弦多く胃少なきを 肝 病むと曰う。但 弦のみにして胃なきを死と曰う。胃ありて毛あるを秋に病むと曰う。毛甚だしきを今病むと曰う。蔵の真は肝より散ず。肝は筋膜の気を蔵するなり。夏の胃は微鈎なるを平と曰う。鈎多くして胃少なきを心 病む曰う。但 鈎のみにして胃なきを死と曰う。胃ありて石あるを冬に病むと曰う。 石甚だしきを今病むと曰う。蔵の真は心に通ず。心は血脈の気を蔵するなり。長夏の胃は微・耎弱なるを平と曰う。脈多く胃少なきを脾 病むと曰う。但 代のみにして胃なきを死と曰う。耎弱にして石あるを冬に病むと曰う。弱甚だしきを今病むと曰う。 ...

しゃべる訓練など

  しゃべる訓練 しゃべる訓練として自分語りをします。   先日一鍼堂で「なぜ鍼灸師になろうと思ったのか」と言った話を先生とした。   その時にお伝えした内容ですが、それよりもっと前になぜ医療をやりたいのかと言った問答が自分の中にあった。   大学生一回生の時、情報基礎倫理の授業で 「グラスに入った水が半分残っています。 これをどう考えますか?」   と言ったテーマで講師が話していた。   その問いに対して 「残り半分もある」 「残り半分しかない」   どう捉えましたか? と言った内容だった。   話を聞いていて、ふと陰陽の考え方がよぎった。   グラスには水の入った部分もあれば空の部分もある。   全てには逆の側面がある。   もちろんその先もあるが、ほとんどの事象はそう。   世間一般の良いや悪いの評価に対して 何でお前らに決められなあかんねん、と疑問を抱いていた中で出会ったそんな考え方。   自分の中にドカーン!と言った感覚があって、その日の学校の帰りは見るもの全ての逆の側面を見るようにしていた。   東洋医学の中にある考えの一つに触れ、それが何なのか知ってみたくなった。   何となくですが、その先に自分みたいなしんどい人が救われる未来があるのかなと医療人を目指したような気がします。   過去に囚われるのは良くありませんし、そこに縛られている訳でもありませんが、先へ進む為にもいい振り返り方はありかなと感じた。     カフェにて 老子を読んでいて、ボーッとしながらふと周りの景色が入ってきた。   その時に大きく飾られていた世界地図を見た。   ありきたりな感想ですが、   「日本って小さいなぁ」   そう思いました。   この狭い国の中でさらに狭いコミュニティに縛られる必要はない。   もっと広く、大きなものを。   世界地図だって宇宙を含めたらまだまだ狭い。   どこまでも伸び伸びと。   思い浮かんだ逍遥という言葉。   単語としては一番好きかもしれません。     何も抱かない   何か不満が募る。   そこは出した方がいいかもしれない。   でも、そこを抱かない事が一番大切。   最初からなければ何も生まれない。   何に焦点を当てて生きていくか。   スッキリした人間でありたい。     腹部と経穴 習った腹部のエリアと経穴を一致させるために、心経の穴のみをを軽く刺した。   刺した後に感じる腹部の変化。   変化を感じる事ができて良かったです。

第28回 はり師・きゅう師 国家試験。

令和2年2月23日、『第28回 はり師・きゅう師 国家試験』を受験しました。 解答速報での自己採点では、ある程度余裕をもって合格点を越えていますので、致命的なマークミスが無い限り大丈夫と思われます。 試験が終わって、”やり終えた感”の試験後を過ごしておりますが、 本日も朝の目覚めの時に「勉強せな!」と起きて・・ 「あれ?模試?、、卒試?、、国試?、、、?、いやいや、全部終わってるやん。」 となってしまいました。 先生方にしてみれば、懐かしい感覚ではないでしょうか。 私のクラスは最後の一ヶ月間、皆が共に勉強する雰囲気が出来て、ラストスパートが上手くいった様です。 その結果、卒業できる者は全員、国家試験に合格点をクリアする事ができました。 それが、一番嬉しく思っています。 卒業式が3月に行われますが、変に気を使わずに最後の3年生の1日を皆と過ごせそうです。 院長はじめ、皆様には学生の期間中に大変お世話になりました。 お一人ずつに顔をみてお話が出来たら良いのですが、一先ずこの場を借りてお礼を申し上げたいと思います。 本当に、ありがとうございました。 受付をしていると云う事で、各種勉強会に優遇措置にて参加させて頂き、院長のご厚意に大変感謝しております。 学生中の勉強会の一つ一つが貴重な時間であり、お世話になりました。 これからが本当の意味での勉強の始まりと考えております。 厚生労働省の正式な発表まで、まだ時間は少しありますが、 日々、医学の探求に精進して参りたいと思います。 宜しくお願い致します。

肺、金、従革、皮毛、鬼

『五行大義』 金曰従革。従革者革更也。範而更。形革成器也。 西方物既成殺気之盛。 金に従革と曰ふ。従革とは、革は更なり。範に従いて更まる。形革まりて器を成すなり。 西方の物、既に成りて、殺気の盛んなるなり。 『京都薬用植物園の麻黄』より、解表薬から肺系へと探求をしております。 『肺』 五行においては金。 五体としては皮毛。 五性としては従革。 皮毛は”外からのシールド”とだけに、囚われていたように思います。 肺の宣発作用に注目して、粛降作用を見逃していたようにも思え、臓腑の作用を再確認しなくてはと気づかせて頂きました。 また、『五行大義』より ”(皮毛という)大きな袋があるから(臓腑という)中身を沢山詰め込める” という”器”の機能もあるのだと教えられたように思います。 肺經の經穴では別名に気になるところがあり、繋がりを求めたいと思います。 『手の太陰肺經』 井木穴  ”小商”  別名:鬼信 原穴   ”太淵”  別名:鬼心 合水穴  ”尺沢”  別名:鬼受、鬼堂 (別名の”鬼”が気になって調べていますが、根拠には辿り着かずに探求を継続中。) 『大漢和辞典』 【鬼】 、、人が死ねば心思をつかさどる魂は天にのぼって神となり、形體は地に歸り、形體の主宰である魄は鬼となる。 [説文]鬼、人所歸爲鬼、从儿、田象鬼頭从厶、鬼陰⽓賊害、故从厶。 陰気と肺、金、従革、皮毛、鬼について共通項を見出せそうで、未だ掴めておりませんが、 今後も探求を深めていきたいと思います。 【参考文献】 『五行大義』明徳出版社 『大漢和辞典』大修館書店 『臨床経穴学』東洋学術出版社 『新版 経絡経穴概論』医道の日本社

中国の思想(02)

老子 八章 水にまなべ 上善若水。 水善利万物而不争、処衆人之所悪。 故幾於道。 居善地、心善渕、与善仁、言善信、正善治、事善能、動善時。 夫唯不争、故無尤。 上善は水のごとし。 水はよく万物を利して争わず、衆人は悪なる所におる。 故に道にちかし。 居は地に善し、心は渕に善し、与は仁に善し、言は信に善し、正は治に善し、事は能に善し、動は時に善し。 夫れただ争わず、故にとが無し。 上善は水のごとし 「水は方円の器に随う」といい、「行雲流水」という。 いずれも水の流動してやまぬところをひいてのたとえだが、 老子は水にダイナミックな「不争の徳」を象徴させた。流動するからこそ力をもつのである。 (引用:『中国の思想[Ⅳ]老子・列子』P42) 【参考文献】 『中国の思想[Ⅵ]老子・列子』徳間書店

怒りが病を生む

怒りというのは誰もが持つ感情だと思います。 しかし、慢性的にずーっと怒っていたり、急激な怒りが出ると、病を引き起こしてしまうと言います。 怒ってしまうと、顔面の紅潮や、頭が痛くなったり、我を忘れてしまって、理性を抑えられないことがあります。 これはなぜなのでしょうか? 怒りは肝が大きく関わっていると言います。 肝の機能は気を五臓六腑、全身に気を回し、昇降出入に大きく関わっています。 つまり、怒って顔が赤くなってしまうのは、 気が過度に上がって血も同時に上がって赤くなってしまうのではないでしょうか? いわゆる気逆というものです。 この肝気による気逆は中焦にある脾胃を攻撃することがあるとあります。 気というのは、身体を守ったり、温めたり、栄養したり、 良いことづくしなイメージがありましたが、行くべきでないところに行くと、害になってしまうこともあると考えられます。 よく怒りやすい人がいますが、これは肝の疎泄作用が弱っている人に見られるのではないでしょうか? 怒ってしまうと気が上逆してしまう。肝がそれを抑える力が有れば、上逆してしまうこともないのかもしれません。 それとも他に怒りを抑える機能が生き物にはあるのでしょうか?あ 慢性的にイライラしたり、怒っている人は針で治せるのか?それとも、患者さんとよく対話して、怒りの原因を紐解いていくのか? 感情の異常は万病の元と言いますし、そこにアプローチすると、もしかしたら、治療効果も大きく上がるかもしれません。 本人は悲しみや、怒り、恐れなど、自分では気づいていないが、心の底でその感情を常にずーっと感じている人も居るかもしれません。 そこを気づかせて、治療するのも大事なのかもしれません。

休み

普段一生懸命働いて休む。 この休みの時の過ごし方はとても大切だと思う。 上手く休めると、しっかり息を抜く事で今あるものに気づくことができる。 普段から過呼吸な訳ではないけども、ちゃんと呼吸できている感覚になる。 ここまで落とせると、色んな事が整理できて、それを次に活かせるし、思考以外の感覚が使え、今あるものを感じる事ができる。 ここがスタート時点で、そこで感じたものをどう解釈するか。 今も、ふと、唐揚げの臭いがした。 そういえば、この前嗅覚障害の患者さんがきたよな。 でも、自分でも匂いが感じにくくなっていた。この状態になって匂いをしっかり感じている。 きっかけが、ご本人の仰っていた通りなんだろうか。 患者さんも色々お伝えくださるが、それを鵜呑みにせずに別の視点で見ることで、座学としての弁証の視点から別の見え方ができる。   自身で作る脳の束縛の様なものから解けて、気づくものがある。 仕事で懸命にやる事もいいというか、やるべきなんですけど、休みは休みの過ごし方がある。 勉強しなきゃ、ではなくやりたいからやる。 自由にできていないと、外界との現象と壁ができる。 幅を狭める。 午前中ゆっくり過ごして感じた事なので、この感覚をもったまま午後の休日を過ごしたらどうなるかやってみよう。  

「11/10(土) 漢方薬「桂枝湯」を学ぼう!」の感想

講師は大原先生より学びました。 傷寒論より太陽病~厥陰病を説明され、 実際に桂枝湯を煎じ、飲用を楽しみながら温かい時間を過ごさせて頂きました。 学生の身で、混沌の日々を過ごしておりますが 通行人や電車で同乗する人達を観る際に、仕草や素行を観察してしまいます。 例えば この人は落ち着きがない、汗が多い、座り方が横柄、疲れてる、顔色が悪い、 歩き方、目の力強さ、物の持ち方、声の大きさ、、、、 その標は?本は? 虚している?、実している?、陽虚?、陰虚?、内熱?、肝気?、腎虚?、、、、と しかし、本日の漢方講座を経験すると、今までは力の入り過ぎた感覚で見ていた様に思いました。 飲用より身体を整えていく感覚を思うと 力を抜いて観察し、全体像より症状とか異変の把握に努めなくてはならないと感じました。 臓腑を補した影響が、体全体へと達すると思えたからなのでしょうか。 この”『補する』を重点とする”という事を 「10/7(日) 学生向け勉強会」後半戦の院長特別講座で教えて頂きました。 その後半戦のフィーリングは一つの起点となっていますが、共通項を得られたのが本日の収穫の一つです。 大原先生、お疲れ様でした。 いつも配慮頂く院長に感謝いたします。ありがとうございました。 【番外編】 (講座が終了し、方剤の効能についての雑談中) 大原先生 「・・は腎陽と腎陰の両方を補うんですよ。逆じゃなくて両方を補えるんです!」 稲垣 「なるほど、太極を大きくするのですか・・」 と返答した際の大原先生の顔が 『稲垣、易経できやがったな』的な顔は脳裏から離れません( ̄▽ ̄)