淡々
菜根譚を読んでいると色々ヒントが散らばっていると感じる。
「醸肥辛甘非真味、真味只是淡。神奇卓異非至人、至人只是常。」
神農本草経を読んでいても、神農はあくまで1人ではないと思いますが、その人達はこういった感覚も持っていたように感じる。
もしくは美食に溢れた現代人だからこう思うのか。
また、それをどの様に表現したか。
切経を行う時も同じことだと思う。
何かをやろうとするではなく、無駄を削ぎ落として純粋でありたい。
雑音なんて知らない。
患者さんとの一対一。
一つ一つが淡々とした真剣勝負。
そういった気持ちで望みたい。
参考書籍
座右版 菜根譚 講談社 久須本文雄
病因について(1)
人が病を持つに至る過程について考えたいと思います。
健康な状態からどの様に悪化していき病に至るのか?
いわゆる病因について・・
---病因の分類---
〇三因方(三因極一病源論粋)
・外因 六淫、疫癘
・内因 七情
・不内外因 飲食不節、労逸、房事過多、外傷
〇現在
・外感病因 六淫、疫癘
・内傷病因 七情、飲食不節、労逸、房事過多
・病理産物その他の病因 淡湿、瘀血、内生五邪、外傷
現実の病因については複合的に絡みあい、時間軸も重ねれば、
外因、内因など複数の要因が影響し合っているように思います。
病証から考えれば、キッチリと分ける事は出来無いのかもしれません。
人は思っているより強く、我慢や対処を常にされているのだと思います。
そして、悩みを持つに至るのかと・・
そこで、気になったのですが親からの影響は無いのか?
『素問 奇病論篇第四十七』
帝曰.人生而有病巓疾者.病名曰何.安所得之.
岐伯曰.
病名爲胎病.
此得之在母腹中時.其毋有所大驚.氣上而不下.精氣并居.故令子發爲巓疾也.
人、生まれながらにして巓疾(てんかん)を病む者あり、病名を何と言うか?
いずこの所に之を得たるか?
病名は胎病となす。
此れ之を母の腹中に在りし時に得たるなり。
その母大いに驚く所ありて、気上がって下がらず、精気屏居(集中)す。
故に子をして発して巓疾とならしむ。
病因についての理解を時間軸で考えた場合に、今までより以上に長軸で考える必要がありそうです。
参考文献
『素問』明・顧従徳本
『図説 東洋医学〈基礎編〉』学習研究社
『新版 東洋医学概論』医道の日本社
稲垣英伸
中国の思想(03)
老子
四十七章 知を外に求めるな
不出戸、知天下、不闚牖、見天道。
其出弥遠、其知弥少。
是以聖人不行而知、不見而名、不為而成。
戸より出ず、天下を知り、窓よりうかがわず、天道をみる。
その出ずる事ますます遠く、その知るはますます少なし。
これをもって聖人は行かずして知り、見ずしてあきらかにし、なさずして成す。
「道」を体得したなら、外に出ずとも、おのずと天下の動静が判り、
外を見ずとも、おのずと天体の運行が判る。
ところが、知識を外に求めて、駆けずり廻れば廻るほど、
ますます知識はあやふやになる。
だから、「道」を体得した聖人は、外物に頼らずに物事を理解し、
感覚に訴えずに物事を識別し、知ろうと努めず無為を守って知のはたらきを完全にする。
(引用:『中国の思想[Ⅳ]老子・列子』P84)
【参考文献】
『中国の思想[Ⅵ]老子・列子』徳間書店
メモ
・七衝門
これについて気になるきっかけがあったのでテストが終わったらまた調べていきたいと思います。
調べると背中の診断でも使えるのではと思いました。
・流れ
身体を触らせて頂いていて、流れを止めてはいけない。
そう思った出来事がありました。
・左右差と土台
左手と右手の感覚が違う。
以前から感じていたけど、手首、足首ともに右の方が硬い。
脈も左右差がある。
これを気血の流れの影響として捉えた時、土台となる部分に着目。
お腹にも停滞が現れている。
そこを改善するための動きとして
「左足の中段回し蹴り」の動きを取り入れてみました。
これをきちんと行うには体感として、
股関節の柔軟性ももちろん必要ですが、それよりも大切な事が
「腰を入れる動き」
しっかり腰が入ると自然と股関節のストレッチにもなる。
股関節が柔らかくなったタイミングで右の手首・足首・肩・顎関節の動きも良くなるから身体って繋がっているなあと面白かったです。
顔面部でも顎は下焦の位置に属しますが、そういった認識にも繋がる気がする。
また「腎は作強の官」と言われますが、その意味合いにもリンクするかもしれないなと思いました。
しかし上段蹴りできる人はすごいなぁ…
五行大義(08)
学生時代に教科書『新版 東洋医学概論』より
第3章 東洋医学の思想
第2節 五行学説
Ⅱ 東洋医学における五行学説の運用
のところに
『五時(春、夏、長夏、秋、冬):五時は四季(春夏秋冬)に土用を加えたものであり、五季という・・ 』
ここに違和感を覚えておりましたが、
五行大義を拝読し、全てを網羅した分けではありませんが、
五時ではなく、四時(春、夏、秋、冬)としての記述であり、”土”は別の価値観としてあります。
この四時とした方が、立体的に五行として捉えており、
五時(春、夏、長夏、秋、冬)とした場合の、平面的な詰め込んだような違和感が無いように思います。
精査を続けたいと思います。
第二辯體性 (淮南子云)
「形体と性質について」淮南子(思想書)から引用すると、
淮南子云、天地之襲精爲陰陽。
陰陽之專精爲四時、四時之散精萬物。
積陰之寒氣、反者爲水、積陽之熱氣、反者爲火。
水雖陰物、陽在其内。
故水體内明。
火雖陽物、陰在其内。
故火體内暗。
木爲少陽、其體亦含陰氣。
故内空虚、外有花葉。
敷榮可觀。
金爲少陰、其體剛利、殺性在外、内亦光明可照。
土苞四德。
故其體能兼虛實。
淮南子がいうには、天地の襲精は陰陽となす。
陰陽の専精は四時となす、四時の散精は万物なり。
積陰の寒気、反なるもの水となし、積陽の熱気、反なるもの火となる。
水 陰物といえども、内に陽あり。
故に水の体内は明なり。
火 陽物といえども、内に陰あり。
故に火の体内は暗なり。
木 少陽たり、その体または陰気を含む。
故に内は空虚、外は花葉あり。
敷栄して観ることが出来る。
金 少陽たり、その体は剛利、殺性は外にあり、内はまた光明して照らすことが出来る。
土 四徳を苞む。
故にその体はよく虚実を兼ぬ。
【参考文献】
『五行大義』株式会社 明德出版社
『新版 東洋医学概論』株式会社 医道の日本社
舌診(07)
受付のNさんに舌の研究の為にご協力頂きました。
即答にて快諾いただける皆さんに感謝しております。
表
裏
舌質
舌色:淡紅舌
舌形:嫰・胖大・点刺
舌苔
苔色:白黄苔
苔質:全体・薄苔
全体的に苔が少なく薄いのと、舌尖・舌辺に対しての点刺がみられる。
それより、各所に少なからず熱化の可能性をみます。
舌の出し方に力が無いように思える。
舌裏を観るときに舌の薄さが気になる。
舌態の力なき姿と薄さより生気の弱りを感じます。
臓腑配当は控え、舌象に注視し経過を観察したいと思います。
国試終わって、景岳全書。
標本論
『病気の本は一つであり、隠れて明らかにし難い。
病変は非常に多く、表面に現れているため明らかにし易い。
そのため最近の治療家には、本末を理解できないまま、ただ目前に現れている症状を根拠にして治療している者が、多いのである。』
『浅い部分を見て深い部分を洞察し、近くを見て遠くを察知する、
これを摽と本として語るなら納得できるが、市井に言われている摽と本はこの足元にも及ぶものではない。』
張景岳は周辺の医家の治療方針に警鐘をならしているようです。
本(病気の源)と摽(病変)を分割してとらえて、本から標に対しての繋がりに希薄な施術家への注意喚起を発しているように思います。
『標本が理解できないために、ただその肉体を見るばかりで、その七情を見ることができない。
緩急が理解できないために、急性の症状があっても、それが生命に関わっているものであるかどうかが理解できないのである。
このためにいつまでたっても標を見ながら本とし、緩を見ながら急として治療しているため完全に混乱し、摽・本・緩・急という四者の意義を全く失ってしまうのである。』
同じ過ちを犯さないためには、四診における正確な情報の取得から、標の奥にある本を逃さない様にすることの様に思います。
正確に本をターゲットと捉える事が出来るようになるのが、治療する上での核のような気がして、修行の重要な課題に思えます。
景岳全書を読んでいると張景岳の力強さを感じますが、万尚志先生の訳にも手助けされているのでしょうか。原文の探求の必要も感じました。
【参考文献】
『現代語訳 景岳全書 伝忠録』たにぐち書店
五行大義(05)
【更】
01:かえる、あらためる
02:かわる、あらたまる
03:こもごも、かわるがわる
04:さきもり、交代して役に服する義
05:夜閒の時限の稱呼(称呼:よび名)
06:つぐ、つづく
07:つぐなう
08:経る
09:ふける、すぎる
10:よい
11:としより
12:姓
從革
金曰從革。從革者、革更也。從範而更。
形革成器也。西方物旣成、殺氣之盛。
故秋氣起、而鷹隼撃、春氣動、而鷹隼化。此殺生之二端。
是以白露爲露。露者殺伐之表。
王者敎兵、兵集戎事、以誅不義、禁暴亂、以安百姓。
古之人君、安不忘危、以戒不虞。
故曰、天下雖安、忘戰者危、國邑雖强、好戰必亡。
殺伐必應義。應義則金氣順。
金氣順、則如其性。如其性者、工治鑄作、革形成器。
如人君樂侵凌、好攻戰、貧色賂、輕百姓之命、
人民騒動、則金失其性、治鑄不化、凝滯渠堅、不成者衆。
秋時萬物皆熟、百穀已熟。
若逆金氣、則萬物不成。故曰金不從革。
金は従革という。従革なるもの、革は更なり。範にしたがい更となす。
形あらたまりて器を成すなり。西方の物、既になりて殺氣盛んなり。
故に秋氣が起こりて鷹隼を撃ち、春氣動きて鷹隼を化す。これ殺生の二端なり。
これをもって白露は露となす。露なるもの殺伐の表なり。
王なるもの兵に教え、兵を戎事の為にで集め、以って不義をうち、暴乱を禁じ、もって百姓を安ず。
古の人君、安ずれど危うきを忘れず、もって不具をいましめる。
故にいわく、天下が安といえども、戦いを忘れたものは危うき、国邑が強といえども、戦いを好めば必ず亡ぶ。
殺伐は必ず義に応ず。義は則ち金氣の順に応ず。
金氣の順、その性のごとく。その性の如くは、工治・鋳作し、形をあらため器をなす。
もし人君が侵凌を楽しみ、攻戦を好み、色賂をむさぼり、百姓の命を軽んじ、
人民の騒動、則ち金がその性を失い、治鋳は化せずに、凝滞し渠堅する、ならないもの衆し。
秋は万物みな熟し、百穀はすでに熟す。
若し金氣に逆らえば、則ち万物ならず。故に金は従革せずという。
【参考文献】
『五行大義』明德出版社
『大漢和辞典(第5巻、962頁)』大修館書店
とある山中にて。
こんにちは、稲垣です。
修行の一環で、とある山中にて作業をさせて頂いております。
感じる事は多々あるのですが、この春に感じた事を記したいと思います。
今年の節分は例年よりも一日早い2月2日でした。
つまり立春は2月3日。
その翌日に山中に入りましたが、都市部の寒さとは違う空気を感じました。
気温は寒いのですが、間違いなく”春”。
ビルよりも、木に囲まれた方が、
季節を正確に教えて頂いているように感じます。
その春ですが、
藤沢周平の作品に出てきそうな
東北武士の気概のような力強さを感じました。
”長い冬に積もった寒さを、苦難を跳ねのけて芽を出す力強さ”的な。
車のギアでいうと1速、2速とかそんなギア比でしょうか。
そんな空気を感じながら作業をしていると。
肝氣の力強さを思い、疏泄機能・条達機能とはこういう事なのかな?と感じたり。
弦脉とはこういう事なのかぁ?と感じたり。
色々な事の辻褄があう感覚を得る事が出来て楽しい時間を過ごせます。
極めて価値ある時間を頂いています。
一人で黙々と作業をする事が、
そんな楽しく思考出来るコツのように思いえますが、どうなのでしょう。
この場所だけに限らず、様々な山を楽しみたいと思います。
切脈一葦 上巻3 (総論の最後まで)
こんにちは、大原です。
前回の続きです。
(前回:切脈一葦 上巻2)
今回も、原文に書かれている文意を汲み取りながら、
その読み方や
著者の言いたいことは何かを考えていきます。
今回は総論の最後までいきます。
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画像は京都大学デジタルアーカイブ『切脈一葦』より、
12ページ目の最後から引用。
(本ブログ記事で参照した箇所を掲載)
<読み>
たとえよくこの三部九候を、詳に診し得ると
いえども、脈色声形の四診を参考にするの時に臨みて、
何の益あらんや。
これ脈の一診をもって、
万病を診し分からんと欲する者のなすところにして紙上の空論なり。
→前回の記事でもありましたが
ここでもばっさりと「これは机上の空論であるぞ」
と言ってます。
「脈診だけで全部分かろうとしなくても良いではないか、
何かメリットがあるのか?」と。
晋の王叔和(おうしゅくか)、
『難経』に依(よ)りて、
左右を分かち臓腑を配して、もって脈学を唱う。
これをもって同調の人、称して脈学の大成となす。
しかれども脈は血気の流行にして、一条脈の道路のみ、
何ぞ三部各その脈状を異にするの理あらんや。
また、浮中沈は、病人の脈の浮中沈にして、
医の指を浮中沈するの義にあらず。
なんぞ医の指の浮沈をもって、五臓をうかがうの理あらんや。
たとえ明達の人といえども、
その実なくして、その理を究むる理あることなし。
これ王叔和以来、一人も脈学の極めを知る人なきゆえんなり。
後世の脈を学ぶ者、分配家のために、欺かれるを知らず。
徒に精神を費やして、
その道を明むることあたわずといえども、
なおいまだ空言にして、その実なきことを知らず。
ただ、己が見解の及ばざる所となす。
これをもって分配家の脈法を出づることあたわず。
→「いくら聡明で物事の道理によく通じている人でも
中身の無いことに対しては、
その理を追求することはできない。」
と書かれています。
説得力のある言い回しで、手厳しいですね。
ついに一寸九分の地をもって三部となし、
あるいは
掌後の高骨をもって関となし、
あるいは
臂の長短に従いて三部を定め、
あるいは
まず関を按じて、次に寸尺を按ずといい、
あるいは
浮かべて腑を診し、沈めて臓を診し、中をもって胃気を診すといい、
あるいは
浮かべて心肺を診し、沈めて肝腎を診し、中もって胃を診すといい、
あるいは
左を人迎となし、右を気口となし、
あるいは
左の寸関尺に心、小腸、肝、胆、腎、膀胱を配し、
右の寸関尺に、肺、大腸、脾、胃、命門、三焦を配して、
もって診脈の定法と為す。
これ皆三部各その候を異にするの理なきことを知らざるの誤りなり。
→「以上に述べた脈診の考え方は、
理が無いことを知らないためにできた、
誤った理論である。」
と書かれています。
読んでみると分かりますが、
この脈診の考え方は専門学校の授業などで習うものですね・・・。
もし三部各その候を異にすべきときは、反関の脈の如きは、
何の処をもって三部と為(な)さんや。
思わざるの甚だしきなり。
およそ医を業となる者は、皆脈を診するをもって、
先務としながら、もし
この決断することあたわざる脈法をもって、
闇然として、人の病を診して、疑いを隠して、その証を弁ぜんとす。
その危うきこと薄氷を踏むがごとし。
これ何の心なるや。
これを何と言わんや。恐るべし。
歎(たん)すべし。
医を学ぶ者、深く心を用うべし。
あるいは言う、
寸関尺を分かっては、分配家の説なりといえども、
寸部の脈進みて、魚際へ上がる者を、頭中の病とし、
関部の脈に力ある者を、腹中の病とし、
尺部の脈に滞りある者を、腰脚の病とし、
左右は左右を分けて、
心を用いるときは、病人に患る所を問わずといえども、
大概知れる者なり。
しかればすなわち、
寸関尺の部位全く無しと言えからざるなり。
謙(著者の名前)曰く、
これは人相家相等を占する者と、同断にして、
医門に不用のことなり。
いかんとなれば、頭中に病あり、
あるいは腹中に病あり、
あるいは腰脚に病ありて、医に治を求むる者なれば、
脈をもって頭中の病、腹中の病、腰脚の病を占するに及ばず。
病邪の辞にて、知れたることなり。
何ぞ脈をもって占することを竢(ま)たんや。
→ざっくりと
「寸部を頭中の病、
関部を腹中の病、
尺部を腰脚の病とするような脈診は、
これは占いと同じであり
医学には不用である。」
と書かれています。
脈診を「占い」と比喩してますが、これは
脈の寸関尺だけで
病の場所を特定してしまうことに対する
懸念を表したのだと思います。
それ脈の用は、
頭中の病、腹中の病、腰・脚の病ある人の脈を診して、
色声形の三診に合して、
その病の陰陽・表裏・寒熱・虚実を決断するの診法なり。
病毒頭中にあり、腹中にあり、腰・脚に在るの類は、
みな瀉形の与(あずか)る所にして、
切脈の与(あずか)る所にあらざるなり。
これ病証有りて、脈を診すると、
脈を診して、病証を占するとの辞なり。
また脈をもって病毒の所を占すると、
脈をもって病証の陰陽・表裏・寒熱・虚実を決断するの弁なり。
→「脈診の目的は、
患者さんの身体の色や声、形態と合わせて、
それらを総合して、
病の陰陽・表裏・寒熱・虚実を決めるものである。
病が頭にあるのか、腹中にあるのか、腰・脚にあるのかを
脈の寸関尺で分かるとうたっているが、
病がどこにあるのかは「瀉形」によって判断するものであり、
脈診で判断するものではない。
ある病があるからそれに合った脈が現れるのであって、
その脈だからそれに合った病が現れるということではない。
さらに言い換えると、
その脈だから、病の陰陽・表裏・寒熱・虚実が決まるということではない。」
と書かれています。
つまり、脈診だけで全部は分からないぞ!ということが
ずっと書かれていますね。
また、病がどこにあるのかは「瀉形」によって判断するもの
とありますが、
この「瀉形」とは、
切脈、望色、聴声、写形(望診)といった
四診合算のことをいうようです。
その中の脈診だけで病を判断してしまうのは
いかがなものか、
ということを一貫して言っているのだと思います。
引用:
京都大学デジタルアーカイブ『切脈一葦』より









