五行大義(07)
昔、バイクに乗っておりました。
ビンテージなスタイルを好んで、トライアンフとかノートンとかに憧れておりました。
空冷の単気筒が、エンジンの状態も分かりやすくて好きなのですが、
冬ですと、エンジンが大気で冷えるのと、インテークエアが冷たく燃焼が好調なので、
私は「バイクの最適な季節は冬だ」と考えておりました。
(冷たい空気がエンジンに良い理由は”空気の密度が高い”とか”酸素濃度が高い”とかあるようです。)
五行大義の中、
『少陰則淸冷。故金以强冷爲體、従革爲性。』とあり、
金については冷たいことの優位性を説いてるように思います。
私たちが日々取り込む空気なり飲食なりが、過度に温度が高かったり低かったり、、
東洋医学を考える上でも、重要なのかもしれません。
第二辯體性
つまり形体と性質について
體者以形質爲名。性者以功用爲義。
五行體性、資益萬物。故合而辯之。
木居少陽之位、春氣和、煦溫柔弱。火伏其中。
故木以溫柔爲體、曲直爲性。
火居大陽之位、炎熾赫烈。
故火以明熱爲體、炎上爲性。
土在四時之中、處季夏之末。陽衰陰長。
居位之中、總於四行、積塵成實。
積則有間。有間故含容。成實故能持。故土以含散持實爲體、稼穡爲性。
金居少陰之位。西方成物之所。物成則凝强。
少陰則淸冷。故金以强冷爲體、従革爲性。
水以寒虛爲體。潤下爲性。
洪範云、木曰曲直、火曰炎上、土日稼穡、金曰従革、水曰潤下。
是其性也。
体なるもの形質をもって名となす。性なるもの功用をもって義となす。
五行の体制、万物を資益す。故に合してこれを弁ず。
木は少陽の位にあり、春気 和し、煦温し柔弱する。火はその中に伏す。
ゆえに木は温柔をもって体となし、曲直を性となす。
火は大陽の位にあり、炎熾し赫烈する。
ゆえに火は明熱をもって体となし、炎上を性となす。
土は四時の中にあり、季夏の末のところ。陽は衰し陰は長ず。
位の中にあり、四行を総じ、塵を積もりて実をなす。
積もれば則ち間を有す。間がるがゆえに容を含む。実をなすがゆえに持も能う。
ゆえに土は含散・持實をもって体をなし、稼穡を性となす。
金は少陰の位にあり。西方は物を成すところ。物を成せば則ち凝強す。
少陰は則ち清冷なり。故に金は強冷をもって体となし、従革を性となす。
水は寒虚をもって体となす。潤下を性となす。
洪範云、木は曲直といい、火は炎上といい、土は稼穡といい、金は従革といい、水は潤下という。
これはその性なり。
【参考文献】
『五行大義』株式会社 明德出版社
真夜中のドン
昨日の事。
寝る前に鍼の事を考えて就寝。
夜中に目が覚める。
うつらうつらしてる。
ふと足を切経する。
寝る前も気になっていたが、薄暗くこの様な状況だと顕著。
明らかに形態もおかしく崩れていて、奥行きを感じる。
ここに置きたいと感じた。
幸い枕元に鍼を置いていたので一連の流れは崩れずに済んだ。
置く直前に東洋医学考で読んだ四肢の経穴を使う時の刺法が浮かんだ。
暗いので鍼先なども見えないけど、刺法だけ注意して後は何となく感覚で照海に置く。
ドンっといった重低音に近い感覚があった。
後の反応を追う前から分かる良い感覚。
しばらくするとこの前教えて頂いた2箇所に変化が現れる。
自分に対してだと今までで一番良い鍼ができた気がして嬉しくなった。
六味丸を使った感覚と少し似てる。
参考資料
東洋医学考 星雲社 一鍼堂出版
澤田流鍼灸術に正式入門。
澤田流聞書、鍼灸真髄。
学校の先生からオススメされて、図書室で細々と読んでましたが、自分や家族の治療で頻繁に参照するので、思い切って買いました。
……
P143「古道研究の態度」より引用。
ある時、私は先生より、
「あなたは和漢三才図会を読んだことがありますか。」
と聞かれ、何気なく「読みました」と答えたところ、非常に叱られた。
その際、先生はこう仰っしゃられた。
【今の人間は本の数だけ沢山よめばそれで良いと思っているが、それでは本当のことはわからん。三才図会のような良い本になると、一通りや二通り読んだだけでは駄目です。百ぺんでも二百ぺんでも読んで、生きた人間に当て嵌めて診て、わからん処のなくなるまで読まねばなりません。あなた方の、読んだ、というのは、それは本当に読んだのではない。ただ眼で見ただけにすぎない。】
こう言われ、私の軽率な態度を戒められた。
(中略)
古医学を学ばんとするものは、まず現代の医学的知識を【一応】投げ捨てて、我見を去り、無私なる虚心に帰ることが必要である。
(後略)
……
この本は、鍼灸専門学校一年修了(経絡経穴・東洋医学概論・灸術)ぐらいの実力で、そこそこの?治療ができるレベルにまで導いてくださる上に、伝統鍼灸術における学習の仕方まで叩き込んでくれます。
おかげで、母や弟の治療に役立ってます。
……
澤田先生の檄を胸に、もっかい、気合、入れ直そう。
ロックンロール。
切脈一葦 序文1
こんにちは、大原です。
『切脈一葦(せつみゃくいちい)』という書物を読んでいきます。
今回は、一番はじめの序文からになります。
原文には二つのカナ文字が一つに合わさった
「合略仮名」という文字があるので、
慣れない内は読みにくいかも知れません。
<読み方>(以下の読み方は、原文をもとにした拙者の解釈によります。(後述))
切脈一葦 序
脈は実事にして、脈色声形四診の一つなり。
その状、弁しやすからずといえども、指下に心を留めて診するときは、
その掌を指すが如し。
ただその弁じ難き者は、
脈状を全証に参考して邪気の緩急と精気の虚実とを弁ずるにあるのみ。
その法素問霊枢及び扁鵲仲景二氏の書に備わるといえども、
皆分配家のために真面目を失する所多し。
故に活眼を開いてこれを観るにあらざれば、
その真面目を観ることあたわざるなり。
晋の王叔和、これを弁ずることあたわず。
ただ分配家の説を論じて、脈経を著わす。
その書詳なりといえども、ただ文字を論じて脈を論ぜず。
その言に曰く、脈理精微にして、その体は弁じ難く、弦緊浮芤、展転相類す。
心に在りて了し易く、指下明らかにし難し。
沈を謂いて伏と為し、則ち方治永くそむき、緩を以て遅と為すごときは、
則ち危殆(きたい)立ちどころに至ると。
この説出てより以来、脈を診する者、脈状を明むることあたわず。
その弊遂に脈状は明じ難き大業と為すに至る。
これ医門の大厄なり。
それ道は大路のごとくにて、知り易く行なえ易し。
いわんや脈は、実事にして顕然(けんぜん)たる者、
何ぞ指を以て明じ難きの理あらんや。
ただ心に在りて了し難きのみなり。
弦緊浮芤は相類すといえども、
重き脈は、その状分明にして、診し易く、
ただ軽き脈のみ相類して、分明ならさる者あり。
然れども、分明ならざる者は、固(もと)より相類する者にして、
その証異ならざれば、通し用いゆといえども害あることなし。
伏は沈の極みなり。
遅は緩の極みなり。
故に弦緊浮芤の分明ならざる者は、
その証に因りて、沈を伏とし、緩を遅と為すといえども、
また害あることなし。
これ指を以て明にし難きにあらざる所以(ゆえん)なり。
たとえ沈伏緩遅たがわずといえども、
その脈状を全証に参考するの時に当たって、
もし医の心動くときはその証を決断することあたわず。
いわんや病毒に痞塞(ひそく)せられて、
虛脈をあらわし虛損の極み、反って実脈をあらわす者においては、
脈状の疑似に論なく医の心を以て取捨して、
決断するにあらざれば、決断することあたわず。
何ぞただ脈の一診に止らんや。
これ心に在りて了し難きゆえんなり。
手は心を得てよく探り、足は心を得てよく踏む。
もし心手足に在らざれば、探れどもその探る所を知らず、踏めどもその踏む所を知らず。
今その探る所を知り、
その踏む所を知る者は心よくこれを明むるを以てなり。
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<用語の意味>
真面目:本来のすがた、ありさま
活眼:物事の道理をはっきり見通す眼識、見識
上の<読み方>ですが、現代の読み方に近づけるため
個人的な解釈で、
原文をもとに以下のように変更しています。
・漢字の送り仮名を補足
・口読点「。」を、文脈から「、」「。」に分別
・読み方が難しい漢字の読み方を補足、またはひらがなに変更
序文はまだ続きますが、
長くなりますので、続きは次回になります。
参考文献
『切脈一葦』(京都大学附属図書館所蔵)
画像は京都大学デジタルアーカイブより
表陽の虚は胃腸の虚に係がる
傷寒論攷注
「案ずるに前條云う所の悪寒已めども、「発熱汗出」然れども猶戸隙の風、傍人起居衣袖の扇風を悪、其脈必ず浮緩、此の証元来表気疏泄有り、故に邪の発散は表実証于速い、然れども表陽の虚は胃腸の虚に係がる、故に表実の一汗にして解するに比べれば、則ち其癒は却って遅く…」
この文から色々発展して思考できそうです。
ここは中風について述べている文で、表陽の虚がなぜ胃腸の虚に繋がるのか。
ここの繋がりはなんなのか。
調べていきます。
傷寒論攷注
「案ずるに「中風」の一証、其人素衛気疏泄して堅からず、或いは労力奔走等の事有り、陽気を擾動かし、表をして開泄せしめて、其虚隙に乗じる也…」
これは霊枢の下の文に繋がると思います。
『現代語訳 黄帝内経霊枢』 営衛生会篇 P 340、341
「
「黄帝がいう。人が熱い飲食物を食べて、これが胃中で未だ精微物質に消化されていないのに、食べるとすぐに発汗する。汗は顔面から出ることもあり、背中から出ることもあり、半身だけ出ることもある。この様に衛気が通常の通路を通らないで、汗となって出るのは何故か。」
岐伯が答える。
「それは、外表に風邪の侵襲を受けて、腠理が開き、毛孔は緩んで、衛気が体表に向かって走り、正気の通路を通ることができないからです。
これは衛気の本性が慓悍ですばやく、どこかに弛緩して開いている部位があれば、そこから出ていこうとするためです。」
」
とりあえず汗に関しては風邪に襲われて腠理が開き、衛気がそこから出ていくから。
『現代語訳 黄帝内経素問』 五臓別論篇 P212
「
黄帝がいう。
「気口の脈を単独で診察するだけで、五臓の変化を知ることができるのはなぜであろうか。」
岐伯がいう。
胃は水穀の海であり、六腑の源泉となっています。
飲食物は口から胃に入り、全て胃に貯留し、脾による輸化の働きによって五臓の気を滋養しています。
気口もまた太陰経であり、さまざまな脈に朝見することを主ります。
こうしたわけで、五臓六腑の気と味は、いずれも胃に源をもって気口に反映するのです。」
」
」
肺経が脾胃の気を受けている事が分かります。
手太陰肺経の始まりである中府の名前も
「中焦の気が集まるところ」
である事から納得できます。
また、脈診で寸口を取るのは、八会穴の脈会である太淵あたりが良く反映されるからではないかと思いました。
最初の傷寒論攷注の文の
「表陽の虚は胃腸の虚に係がる」
とはこういう事なのかなと思いました。
『中医臨床のための方剤学』 P 29
桂枝湯「生姜・大棗の配合は、脾胃を昇発し営衛を補充し振奮させる。」
とあり、桂枝湯に脾胃の薬が配合されている意味にも繋がると思いました。
参考資料
『現代語訳 黄帝内経霊枢』 東洋学術出版社 南京中医薬大学編著
『現代語訳 黄帝内経素問』 東洋学術出版社 南京中医学院編
『中医臨床のための方剤学』 東洋学術出版社 神戸中医学研究会編著
胖大にて白苔の舌を観察します。
【舌診(09)】
こんにちは稲垣です。
患者さんのHさんに舌の研究の為にご協力頂きました。
学術の為にご協力頂き感謝いたします!
《令和3年1月22日》
表は白苔が強く水泛しているように思います。
嫰であり、胖大。
湿に覆われているように思います。
表と裏の違いが謙虚。
舌下静脈が中央に近い形でストレートに伸びている。
《令和3年1月27日》
表は全苔より苔の剥離が診られ、
溢れていた水が引き始めているように思います。
胖大はやや狭まりつつあるように思いますが、
22日よりも白苔は強く感じます。
裏は舌下静脈の形は変わりませんが、色が薄くなっています。
舌裏全体の色が淡くなっていますが、
左前に舌瘡のようなものが出来ています。
《令和3年1月30日》
苔全体が薄くなっているのが顕著。
剥離され舌体がみえるところと苔との境目が緩やか。
全体的に赤みを帯びてきたように感じます。
全体的に水が引いた状態と共に
歯痕も少なくなってきたように思います。
舌裏の色合いがかなり薄くなってきており、
舌下静脈も姿が薄くなってきたように思います。
苔が少なくなる経過には、
一時的に苔が強くみえる現象があるのかもしれないと感じました。
これは苔だけの現象ではないのかもしない、と感じております。
来院と来院の間に何があったのか、
舌の情報だけでは足りないところです。
皮膚の肌荒れも、おさまりつつあるように感じています。
三国志(01)
少年の頃にはマンガの『三国志』(著:横山光輝)を
数年に一回はマイブームが起きて夢中に読んでおりました。
私と同様に三国志ファンの友人が中国に観光に行った時の話ですが、
長江の武漢で色々と観て歩いて、今度は赤壁を見に行こうと観光船に乗ったとの事。
遊覧を楽しみ、そろそろ赤壁に到着かと思っていたら、
急に引き返して帰ってしまった!と嘆いていたのを思い出しました。
まだ中国といえば、”自転車と人民服”をイメージする時代の話ですが、
観光がビジネス化されていなかった時代では、
現地の人たちにとって自分たちの歴史であって、観光資源という概念が遠かったのかもしれません。
三国志の軌跡を観光したいと思い続けて数年が過ぎましたが、
観てみたい場所は様々あります。
”赤壁”もそうですが、”五丈原”も訪れたい場所の一つです。
孔明最期の地であり、「死せる孔明生ける仲達を走らす」の場所。
それでは
「桃園の誓い」より物語を楽しみたいと思います。
【参考文献】
『三國志』(株)六興出版社
朱丹溪の処方について。
反佐論
『たとえば近代の医家が宗とし法とするものに丹渓の書がある。その朱丹溪が呑酸を治療する際には炒黄連(さおうれん)を君とし呉茱萸(ごしゅゆ)を佐とする《左金丸》のが常である。また心腹が痛むものを治療する際には、山梔子(さんしし)を倍加して炒乾姜(さかんきょう)を佐とするとよいと言っている。このように寒薬を君とし熱薬を佐とするような処方の構成は、私には理解できない。もしその症状が熱によって出ているものなら冷やせばよいだろうが、どうしてさらに呉茱萸や生姜といった熱する薬を用いるだろうか。もしその症状が寒によって出ているものなら熱せばよいだろうが、どうしてさらに黄連や梔子といった冷やす薬を用いるのだろうか。・・・その疾病の原因を理解できないので、熱薬を用いたり寒薬を用いたりするのである。また、病状と方剤の寒熱が同じか違うかを判断できないので、その病気に対して真の見解を持つことができず、寒熱両方の見解を持ったまま治療していくことになるのである。これが医家における病の最たるものであり、自分自身を深く反省しよく戒めなければならないところである。』
黄連 :清熱燥湿、清熱瀉火、瀉火解毒
呉茱萸 :暖肝・散寒止痛、下気止嘔
山梔子 :清熱瀉火・除煩、清熱利湿、清熱涼血・止血、清熱解熱
炒乾姜 :温中散寒、回陽通脉、温肺化痰・化飲
左金丸(別名:回令丸、萸連丸):清肝瀉火、降逆止嘔
君薬 :主となる病態を治療するもので配合薬の中で最も重要なもの
臣薬 :君薬の作用を強めたり主証に付随する兼証を治療するもの
佐薬 :君薬・臣薬を補助するもの
使薬 :諸薬を調和したり服用しやすくするもの
張景岳は景岳全書の陰陽論の中で劉河間と朱丹溪を、陰陽に対しての治療方針について批判的でありましたが、反佐論の中でも丹渓の書を用いて説明がされています。
病因の把握、治療方針の見立てなど、歴代の医家達にも様々違いがあるように難しいところなのかと思います。
そして、そこが研究し続ける重要なテーマに思います。
【参考文献】
『現代語訳 景岳全書 伝忠録』たにぐち書店
『中薬学』東洋学術出版社
『方剤学』医歯薬出版株式会社
『新版 東洋医学概論』医道の日本社
実験、公孫など
珈琲
私はコーヒーが合いません。
香りや苦味が好きなんですが、身体に合わない。
自分の感覚として体感しているのは肝の暴走。
散々書籍にあることなので発見でも何でもないのですが、体感としても感じます。
じゃあ、それを思いっきり飲んだらどうなるか。
ボトルコーヒーを一本一気飲みしてみた。
自分の体の反応と術者としての感覚を飲む前、飲んだ後と比較してみました。
術者として
普段から鋭くない感覚が更に鈍くなる。
全く相手を感じる事ができない。
身体を触らせて頂く時に頭に言葉が多くなる。
体感として
自意識が強くなる。
ナポレオンはコーヒーを勇気の出る飲み物として愛用していたらしいのですが、鈍感になっただけじゃないのか。と思った。
また、時間差があるので直後には出ない。
ただ影響がマックスになった時、酒で酔った感覚になる。
調べるとコーヒー酔いというものもあるらしいです。
気逆を起こすと気が大きくなる?
脈の寸には影響があった気がします。
頭には色んな言葉が浮かぶ様に。
エゴが強くなった感覚?
いつも以上に自分の世界だけで全てを完結させている気がしました。
家に帰って自分の肝経の経穴に鍼をしてある程度は和らぎましたが、躁鬱状態ってこんな感じなのかなと思いました。
手に受ける感覚
何か違和感を感じたとして、それぞれ種類が違ってくる。
細分化して言語化できればいいなと思いました。
体感として一つ重い感覚はあったので、まずはそれについて考えていく。
切経
術者と患者が合った時、そこに囚われ過ぎるのは良くないと思いました。
ベタベタ触ると段々反応も薄れ、よく分からなくなってくる。
即時即決、一回でどれだけ情報を頂けるか。
患者とどの様な意識で向き合うか、模索します。
深さも意識したい。
公孫
この穴の認識を深めたい。
奇経八脈考、症例から学ぶ中医婦人科などを中心に調べているのですが、まだイメージが掴めていません。
引き続き調べて行きます。
楽しむこと
表面的なものではなくて、この本質って何なんだろう。
考える事で遠のいていっているかもしれないけど、一旦はこの工程を踏みたいと思います。
はじめました
初めて投稿します。北山です。よろしくお願いいたします。お正月、実家でひたすら食べ物が出現する状況でしたので、飲食について調べてみました。
飲食物の摂取については、適量を維持することが最も重要であり、食べ過ぎたり(過飽)、食べる量が十分でない状態(過飢)はどちらも脾胃の機能を損傷させる、とありました。
バランス良く食べる事は大切ですし、食べ過ぎてしまうことが身体に良くないことはなんとなく体感としてわかるように思います。しかし身体は食物を摂取することで気血を生成するため、当然適切な量を食べないと気血は衰弱、減少する。気血が減少すれば正気が不足し、外邪の侵入を防げなくなってしまう。考えたら当たり前なのかもしれませんが、食べないことによるダメージは実感としてわかりにくいため(個人差?病のような状態になるまで時間がかかるから?でしょうか?)、食べ過ぎることと、食べなさ過ぎることが同じくらい脾胃にダメージを与えてしまうとは思っていなかったので驚きました。もう少し調べてみたいと思います。
【memo】
脾胃:
飲食物の栄養を運搬吸収する主要な器官
五味:
酸苦辛甘咸、食物成分、飲食物の総称
「五味口に入りて、もって五気を養う」(素問 六節臓象論篇)









