脈診(04)
瀕湖脉学七言訣(二十、弱脉)
弱来無力按之柔、
柔細而沈不見浮。
陽陥入陰精血弱、
白頭猶可少年愁。
弱脉は力無く来て、按じても柔、
柔は沈にして細、浮では見られず。
陽は陥入し、陰精血は弱、
白頭(老人)は考えられるが、少年なら愁う。
脉が骨周辺まで沈む理由が何なのか..
自問自答してみる。
年老いて骨が弱くなり営気を必要としているから、
骨への栄養補給の為に沈下する?
いや、肌肉の中空を維持出来ない為に沈む?
衛気が衰えて、エマージェンシー発生の為に
脉が皮毛に栄養補給にやってくるのが浮脈?
現象に対しての理由は多々ありそう。
【参考文献】
『中医脉学と瀕湖脉学』(株)谷口書店
素問 陰陽応象大論篇(第5)から その3
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こんにちは、大原です。
前回の続きです。
(前回の記事→素問 陰陽応象大論篇(第5)から)
(前回の記事→素問 陰陽応象大論篇(第5)から その2)
前回は、「陰為味」すなわち
飲食物は陰(地)の気によって生じるという記述から
考察していきました。
続いて、今回は「味」と「気」が
身体にどのように作用するかについてを
陰陽で考察していく内容になります。
【原文と読み下し】
・・・
陰味出下竅、陽氣出上竅。(陰味は下竅に出て、陽気は上竅に出(い)ず。)
味厚者為陰、薄為陰之陽。(味厚き者は陰と為し、薄きは陰の陽と為す。)
氣厚者為陽、薄為陽之陰。(気厚き者は陽と為し、薄きは陽の陰と為す。)
味厚則泄、薄則通。(味厚ければすなわち泄し、薄ければすなわち通ず。)
氣薄則発泄、厚則発熱。(気薄ければすなわち泄を発し、厚ければすなわち熱を発す。)
壮火之氣衰、少火之氣壮。(壮火の気は衰え、少火の気は壮んなり。)
壮火食氣、氣食少火、壮火散氣、少火生氣。(壮火は気を食らい、気は少火に食らい、壮火は気を散じ、少火は気を生ず。)
氣味辛甘発散為陽、酸苦涌泄為陰。(気味の辛甘は発散して陽と為し、酸苦は涌泄して陰と為す。)
1行目ですが、
味(身体を作る飲食物)と気(身体を動かすための力)は、
味は有形なので身体の下竅(=尿道・肛門)へおもむき、
気は無形なので身体の上竅(=目・耳・鼻・口)へおもむく、とあります。
この関係からすると、味と気を陰陽で分けると、
味は陰で気は陽となります。
そして2〜3行目、
厚い味は陰で、薄い味は陽、
厚い気は陽で、薄い気は陰であると続きます。
すなわち、味は陰に属するので、
厚い味は陰中の陰、薄い味は陰中の陽であり、
気は陽に属するので、
厚い気は陽中の陽、薄い気は陽中の陰である、とあります。
これは
陰が厚くなればさらに陰に傾き(=陰中の陰)、
陽が厚くなればさらに陽に傾く(=陽中の陽)ということです。
気や味について陰陽の分類がなされていますが、
これらをよりイメージしやすくするために
次のように具体的な食材を考えてみました。
(私のイメージですが・・・)
・厚い味 → 濃い味の食べ物:ラーメン、スイーツ、お酒のおつまみ、・・・
・薄い味 → 薄味の食べ物:おかゆ、豆腐、生野菜、だし汁・・・
気についても、飲食物で喩えてみると分かりやすいかも知れません。
・薄い気 → 程良い温度の料理、水、番茶、・・・
・厚い気 → お酒、熱々の料理、わさびなど鼻がツンとする薬味、・・・
といったところでしょうか?
これらが体内ではどのように働くかが4〜5行目にあります。
味厚則泄、→「泄」は泄瀉で下痢のことです。
薄則通。→「通」は気血がよく通じるということでしょう。
氣薄則発泄、→「発泄」とは発汗ということだと思います。
厚則発熱。→「発熱」はそのまま熱を発するということでしょう。
6行目から、「少火」と「壮火」という言葉が出てきます。
「壮火」とは壮(さか)んな火で、「気を散じ」とあることから
過度な陽気を表していると解釈され、これに対し、
「少火」とは「気を生ず」とあることから
正常な陽気を表していると解釈されます。
喩えると、
正常な体温ではなく、発熱した状態が続くと
体力が消耗してしまうようなことだと思います。
最後の行では
味の性質についての説明で
辛甘は発散する性質があるので陽、
酸苦は涌泄させる性質があるので陰、
とあり、五味の性質が書かれています。
「涌泄」とは吐下の作用すなわち
吐かせたり、下したりする作用をいうようです。
さて、五味の性質を陰陽で分けていますが、
なぜこのように分類されるのでしょう?考えてみます。
「辛」→ 働きは「散」 → 発散に働く → 陽
「甘」→ 働きは「緩」 → 気を緩める → 停滞している流れを動かす → 陽
「酸」→ 働きは「収」 → 引きしめる作用 → 陰
「苦」→ 働きは「堅」 → 固める作用 → 陰
(五味の働きについては
前回の記事→素問 陰陽応象大論篇(第5)から その2 を参照ください)
ということでしょうか。
また、五味にはあと1つ「鹹」がありますが
ここでは述べられていません。
考えてみますと
「鹹」→ 働きは「軟」 → 柔らかくする → 陽
となるかと思います。
味や気について、身体への作用を、
陰陽で考察してきました。
全体として抽象的な内容ではありますが、
自分なりに具体例を考えていくと面白いかも知れません。
参考文献
『黄帝内経 素問』 東洋学術出版社
施術日記(02)
T.I 先生との治療練習2回目です。
前回の経験を元に、同穴への刺鍼にて変化をとります。
舌診の鍛錬
【目的】
① 前回と同穴で、少し深めへの刺入を試して違いを診る。
② 事前・事後の同じところ、違うところを診る。
舌は右に傾いているが、ほぼ正中線上に出ている。
前回のように舌尖が細くなっているような力が入っている姿ではない。
舌根あたりの苔の薄い黄色が、舌診の際にとりにくく工夫を必要とする。
舌の先端より舌辺への淡い斑点が特徴的。
一週間前より、やや歯痕が発生しかけのようにも思える。
陰陵泉(右)に3番鍼にて置鍼(10分)
刺鍼について疼痛があったせいか、
舌尖が細くなり力が入っているように感じる。
この穴であるかどうかが不明であるが、
舌の周囲にあった斑点が目立たなくなるのは前回と同様。
わずかな歯痕はほとんど無くなり、
舌全体に水分の量が調整されたように感じる。
出来る限り、専門用語を使わずに表現する事で、
発見があればと考えております。
視点・公孫・合谷
主語
自分の課題を解決するために主語を置き変えて視点も変えてみようと思う。
意識を変えてみたら実践中なのですが対人でも変化がありました。
打撲から奔豚
今朝起きたてに上がってくる感じ・落ち着かない感じがした。
奔豚だと思います。
昨日の実技の授業の時もそうでしたが、右の神門が触られると嫌な感じでした。
脈は全体的に強くなっている。
体を色々探ってみた。
すると右の公孫がべコーンと凹んで奥に何かいる感じでした。
何故こんな事になったのか考えていると日曜の夜にフットサルで右足の公孫あたりを軽く打撲していました。
衝脈との関わりでこの症状を起こしているかなと思ってその方向に打ってみました。
その後の神門の変化・公孫の形状変化・排便の変化・奔豚の変化・周辺の血管の様子など勉強になりました。
灸実技
学校では灸の授業でやたらと合谷を使います。
これをされた後の座学の授業の様子を見ると結構な人数がボーっとしています。
原穴的には大腸経ですが空間的に太衝と結びつけても氣滯の弁証にも使えると思います。
脉要精微論篇 第十七(01)
黄帝問曰、診法何如。
岐伯對曰、診法常以平旦。
陰氣未動、陽氣未散、飮食未進、
經脉未盛、絡脉調匀、氣血未亂。
故乃可診有過之脉
切脉動静、而視精明、察五色、
観五藏有餘不足、六府強弱、形之盛衰。
以比参伍、決死生之分。
患者さんが来院され、部屋に案内して暫く。
問診に入らせて頂き、四診を行うも
患者さんの全体象が掴めていないなぁ・・と反省の日々。
対峙した時の弱さをつくづく思う。
治療する側として、心持ちから何から必要なものが多々あり。
切脉一つするにせよ、無駄遣いを心掛けなくてならないと緊張感を持つ。
【参考文献】
「現代語訳 黄帝内経素問 上巻」東洋学術出版
施術日記(04)
T.I 先生との治療練習4回目です。
同じ経脈上に刺鍼する事で、軸を作りたいと考えております。
舌診の鍛錬
【目的】
① 同經への刺鍼にて、短期的・中期的・長期的な観察。
② 四診も含め、複合で考察。
舌を出した瞬間に思ったのは『紅くなった?』
いつもより、白っぽさが減って
このシリーズが始まって以来、刺鍼前の舌の表情では目立った違い。
舌の出し方も、リラックスが感じられます。
舌尖・舌辺の感じは前回と同じ様子ではあるが、雰囲気が違う。
陰陵泉(右):0番鍼にて置鍼(5分)
全体的に水分量の調整は出来たと感じ、
所々に赤みが見て取れるも、
一皮剥けて、深層が顔を出しているようにも感じる。
舌の出し方も、締まりを感じる。
これは変な緊張が高まったというよりも、
適正な気力をもって来てるように思える。
舌の中央当たりも、渇きが出てきてる。
もしかしたら、苔を取るのはこの渇きを持たせる事で、
剥離させて行くのでは??と妄想する。
腹診も刺鍼前後に変化は感じられ、
中脘あたりの変化が興味深い。
中国の思想(03)
老子
四十七章 知を外に求めるな
不出戸、知天下、不闚牖、見天道。
其出弥遠、其知弥少。
是以聖人不行而知、不見而名、不為而成。
戸より出ず、天下を知り、窓よりうかがわず、天道をみる。
その出ずる事ますます遠く、その知るはますます少なし。
これをもって聖人は行かずして知り、見ずしてあきらかにし、なさずして成す。
「道」を体得したなら、外に出ずとも、おのずと天下の動静が判り、
外を見ずとも、おのずと天体の運行が判る。
ところが、知識を外に求めて、駆けずり廻れば廻るほど、
ますます知識はあやふやになる。
だから、「道」を体得した聖人は、外物に頼らずに物事を理解し、
感覚に訴えずに物事を識別し、知ろうと努めず無為を守って知のはたらきを完全にする。
(引用:『中国の思想[Ⅳ]老子・列子』P84)
【参考文献】
『中国の思想[Ⅵ]老子・列子』徳間書店
天人合一(01)
先輩に許可を頂いた患者さんに、問診に入らせて頂いております。
望診・聞診・問診・切診。
四診合参し、取穴を想定する訓練を一つ一つ手ほどきを頂きます。
患者さんの発するインフォメーションについて
自分の頭の中でシャッターを切りますが、
課題としては、一部分に注視しすぎるところでしょうか。
要は、全体が診えていないなと。
広く全体の情報を、クールダウンして俯瞰しなくては。
と、いう事で自宅に眠っていたカメラを引っ張り出してみました。
情報をいかにキャッチできるのか。
些細な情報の一つ一つを、瞼に撮る訓練をしてみたいと思います。
【参考文献】
『新版 東洋医学概論』株式会社 医道の日本社
痹と痺
もう直ぐ国家試験となると授業も過去問を対象とした時間が大半です。
期末試験は期間がとれないので、各教科の試験は授業内で実施されていきます。
試験や資料の誤字については3年間で、かなり慣れました。
○ 井・滎・兪・經・合
× 井・榮・兪・經・合
○ 噯氣
× 曖氣 など
本日は痹と痺について
痹(ひ)
1⃣しびれる
2⃣リウマチ
痺(ひ)
1⃣うずらの雌
大漢和辞典の”痺”の欄には”参考”として「俗に此の字を痹に用いるは誤」と、
『字彙』からの引用も記載されています。
「痺與痿痹字不同」との事。
※字彙(じい)は、明代の梅膺祚(ばいようそ)により編纂された中国の漢字字典。
明の時代から「同じ字じゃないよ」との注意書きがある以上、
出来るだけ正確を期したいと”しびれる”は”痹”で書き通しておりますと、
同じような人がいた時に、ほっこりします。
【参考文献】
『大漢和辞典』(株)大修館書店
中国の思想(02)
老子
八章 水にまなべ
上善若水。
水善利万物而不争、処衆人之所悪。
故幾於道。
居善地、心善渕、与善仁、言善信、正善治、事善能、動善時。
夫唯不争、故無尤。
上善は水のごとし。
水はよく万物を利して争わず、衆人は悪なる所におる。
故に道にちかし。
居は地に善し、心は渕に善し、与は仁に善し、言は信に善し、正は治に善し、事は能に善し、動は時に善し。
夫れただ争わず、故にとが無し。
上善は水のごとし
「水は方円の器に随う」といい、「行雲流水」という。
いずれも水の流動してやまぬところをひいてのたとえだが、
老子は水にダイナミックな「不争の徳」を象徴させた。流動するからこそ力をもつのである。
(引用:『中国の思想[Ⅳ]老子・列子』P42)
【参考文献】
『中国の思想[Ⅵ]老子・列子』徳間書店








