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東洋医学・鍼灸医学の研究用ブログです。

猛暑

患者さん 前回寺子屋で患者さんのお身体を借りる際、極力相手がそのままの自分でいられる様に、こちらの雰囲気に引っ張らないようにと意識しました。 相手の雰囲気に溶け込んでいくように意識。 先生の患者さんへのワンクッション挟む様な挨拶なども聞いていて参考になります。   映画 映画、サウンドオブメタルを見ました。 色んな視点や主人公の感情変化が上手く描かれたとても良い作品でした。 内容は突発的に聴力を失った人の話です。 失ったことで生じる世間とのギャップ。 その中でどうにか聞こえるように、元の生活に戻れる様にと試行錯誤しますが、どうも幸せにはなれない。 結局最後のシーンでは色んなものが破綻して喪失、見方によっては悲惨なものでしたが、その中でも主人公が帰る場所を見つかって良かったと感じました。 自分の生活でも聞こえる、聞こえない関係なく帰るべき場所は必要だと思います。 バガボンドの「おっさん穴」が思い返される。   訓練 最近溶け込む訓練として色んな人と会う様にしています。 やはり考えている事は違う事がほとんどで、話していてもやはり人間なので違いはある。 でもその人にはその人の物語があるので合わせる訓練にはなる。 その為には尊重が必要。 昔この先生の考え方好きだな〜と思った人がいて、大体の内容として 「みんな何かしらの夢を見てるんだからその夢に付き合うのも優しさ」 と仰っていた。 優しさというと少し誤解を受けそうなニュアンスに聞こえますが、仰っている意味はわかる。 主観はそれぞれ違う。 相手の物語に寄り添って初めて答えてくれるものなんだと感じています。 きちんと相手を大切にしなければいけない。   ルーティーン 最近は一鍼堂に行く前に難波神社で拝礼してから向かう様にしています。 何を願う訳でもないのですが、そこからが入りやすいので気に入っています。   猛暑 この時期暑くなり、水分摂取が多くなる。 そういった人の話を最近よく聞く。   同じ条件を作ってみるために、自分も長時間運動時して普段よりも水を大量に飲むようにしてみた。 現れた症状は口渇は病まず、胃部の不快感と倦怠感。   先々週みさせて頂いた患者さんも陽明のある部分に熱を持っていたことが思い返される。   激しい運動時、胃にも熱が生まれ、口渇が起こる。 その熱をさまそうと冷たいものを欲する。 胃熱を覚ます意味では一定の冷たいものは正解だと思う。 しかし多くは冷たい水やスポーツドリンクなどをチョイスし、そこに水分も多くなる。 脾が対処できなくなり、湿を溜め込む。   ここで熱+湿という条件が揃った舌を見てみる。   面白いことに表面に泡が貼っていた。 自身の体質的に酒を飲んだ時に出るこの泡。   熱と湿が中焦で発生した時に生まれるもの?   最近モデル患者さんで確認されるお腹の状態にも近づいた。   水分を摂取しすぎることなく、どうにかして胃熱への対処を行う事が必要か。 そういえば西瓜が昔からこう言った時に使われていて、天然の白虎湯とも呼ばれている事を思い出した。   瓜科の植物は熱を覚ましつつ利尿するものが多いのでこの時期は重宝しそうです。   他に自分の体の現象として勉強になった事が尿量の減少。 そこで気になった事が、果たしてよくトイレに行く患者さんが本当に利尿しているか?という疑問。   水をたくさん飲むから出さなきゃと思ってトイレに行くとしても、もしかしたら少量しか出ていないかもしれない。   相手の行動の色眼鏡を抜く訓練にもなり良かったです。   そう思うとその人の行動が自分の思っている通りの状態でない事も考えられるので、四診と結びつかない情報に意味がないと改めて実感しました。

權・衡・規・矩

陰陽應象大論篇第五 善診者、察色按脉、先別陰陽、 審清濁、而知部分。 視喘息、聽音聽聲、而知所苦。 觀權衡規矩、而知病所主。 按尺寸、觀浮沈滑濇、而知病所生。 以治無過、以診則不失矣。 善く診る者は、色を察し脉を按じて、先ず陰陽を別ち、清濁を審らかにして、部分を知る。 喘息を視、音声を聴きて苦しむ所を知る。 權・衡・規・矩を観て、病の主たる所を知る。 尺寸を按じ、浮・沈・滑・濇を観て、病の生ずる所を知る。 以て治すれば過ちなく、以て診すれば則ち失せざらん。 ※權衡規矩 →馬蒔の説「春は規に応じるとは、陽気の柔軟なのが、丸い規のようであることをいう。 夏は矩に応じるとは、陽気の強く盛んなのが、方形の矩のようであることをいう。 秋は衡に対応するとは、陰が昇り陽が降り、高下が必ず平となることをいう。 冬は權に応じるとは、陽気が下にあるのが、重い權のようであることをいう。』 權(ケン、ゴン) (01) 木の名 (02) おもり。ふんどう。 (03) はかり。てんびん。 (04) はかりにかけて重量を知る。 (05) たいらにする。ならす。 (06) たいら。 (07) いきおい。 (08) はたらき。能力。 衡(コウ) (01) よこ。よこたわる。 (02) 牛のつのぎ。牛の両角に横に結んで人に抵触するのを防ぐ木。 (03) くびき。轅の端に設けて牛馬の頸につける木。 (04) こうがい。 (05) よこぎ。はり・けた。 (06) てすり。 (07) はかり。はかりざお。 (08) はかる。 (09) たいら。ひとしい。 (10) ただしい。 (11) ひしゃくの柄のかしら。 ☆權衡(ケンコウ) (01) はかりの重りと竿。転じて、物事の釣り合いをいう。 (02) 事物を品評する標準。比較。 (03) 二星の名。軒轅と太微。 規(キ) (01) ぶんまわし。円を畫く道具。 (02) まる。円形。 (03) まるい。まどか。 (04) そら。あめ。 (05) まるをかく。えがく。 (06) うつす。模写する。 (07) のっとる。 (08) かぎる。くぎる。 (09) たもつ。領有する。 (10) はかる。 (11) ただす。 (12) いさめる。 (13) のり。おきて。さだめ。 (14) ようす。風釆。儀容。 (15) てほん。儀範。 矩(ク) (01) さしがね。四角形を正しく畫くのに用いるもの。 (02) 四角形。 (03) かど。 (04) のり。きまり。おきて。 (05) 地。(天圓地方の説:天は円くて、地は方形) (06) さし。長さをはかる器。 (07) きざむ。しるしをする。 (08) 秋。 (09) 幅と長さ。たてよこ。 (10) 萬に通ず。 ☆規矩(きく) (01) ぶんまわしとさしがね。転じて、規則。てほん。常道。 (02) 戎(遊牧民族)の名。 (03) 高さが略々一様で綠色の毛氈を敷いたように生える草。 ★ 馬蒔のいわゆる”四季に応じる”とする説(規→春、矩→夏、衡→秋、權→冬)。 理解になじめず、一言ずつ調べてみました。 この”權衡規矩”ですが、馬蒔は四季との対応させる事を表現に用いておりますが、 計量や法則の意味と捉えられる単語を、四季に相応させる不思議を感じます。 四つの単語の權・衡・規・矩ですが、 実は權衡・規矩のような二字熟語の組み合わせで表現してみては、、 との仮説を考えてみます。 陰・陽も”陰陽”、清・濁も”清濁”で通りますので、 浮・沈・滑・濇も”浮沈”と”滑濇”にて。 『陰陽を別ち、清濁を審らかにして、喘息を視、音声を聴き、 權衡や規矩、浮沈や滑濇を観て、病の生ずる所を知る。』 より探求が進んで、洗練された答えにたどり着く事を夢見て、 内經を読みといていきたいと思います。 【参考文献】 『現代語訳 黄帝内経素問 上巻』東洋学術出版社 『黄帝内經』中医戸籍出版社 『大漢和辞典』大修館書店 (權:六巻605頁、衡:十巻165頁、規:十巻322頁、矩:八巻288頁) 『新版 東洋医学概論』医道の日本社

今日は痰について書いていこうと思います。 痰は津液が濃密になり、粘ることにより形成されるものだそうです。 ネバネバ、ドロドロしたイメージです。 津液はサラサラした水のイメージです。 ではなぜサラサラしたものがドロドロに変わってしまうのでしょうか? 津液というのは飲食物が水穀の精に変化してそれが津液に変わる また、気が津液の元という考えもあります。 つまり、津液を作る過程でなんらかの異常があり、痰ができてしまうのでしょうか? あるいは、津液がなにか不純物が混ざってドロドロになってしまうのか。 あるいは、熱で津液が焼かれてドロドロになってしまうのか。 何が原因で痰が形成されてしまうのかが疑問です。 津液を形成するのは基本的には脾の役割で、つまり脾の失調によって痰が形成されてしまう。 そして、痰は気に従ってあらゆるところへ留まるとあるので、痰による症状は様々です。 肺に行けば痰や咳嗽が出る 脾に行けば胸焼け 経絡上に留まればあらゆる部位の疼痛、など症状は多岐に渡ります。 そして、気の流れを止めれば、気鬱、気滞が起こり、万病の元です。 脂肪は痰という考えにも至るのでしょうか? つまり、太り過ぎの方は脾の働きが悪く、 正常に運化が出来なくて、食べてもお腹が減り、 水穀が正常に気化されず痰になって、脂肪として体の周りに痰がついているという考えも一つあるかも知れません。 痰がどのようなことが原因で形成されてしまうことについてよく考えたいと思います。
桜

食べることについて①

皆さま、初めまして。 受付をしております、鍼灸学生のイワイです。 ここでは、日々の学習のことやそこで生じた疑問など様々なことについて、学生なりに書いていきます。 どうぞよろしくお願いします。 早速ですが、新年度になりました。 桜が満開で見頃を迎えてますね! 春といえば、「新しいこと」を始めるのに適した季節だというわれています。新しいチャレンジや生活など、楽しみな気持ちと新しいことに取り組む不安もあると思います。 私達の身体は何か取り組むとき必ずエネルギー、気力、体力が必要になります。 そこで、新しいことに向き合うために、日々の生活の中で欠かすことのできない〝食事〟について勉強し、食べることで身体へどういう影響がでるのか、西洋医学と東洋医学での、それぞれの概念について勉強しました。 西洋医学的には、私達が食事した際、口から入った食べ物は 口→食道→胃→小腸→大腸→肛門 という順ではいって、外で便として出て行きます。この過程の中で、体内に栄養素を取り込み、身体に必要な物資に再合成し、吸収されています。 では、東洋医学的にはどういう概念でしょうか? 東洋医学的に考えると、まず人体の構成や生命活動を維持するのに最も基本的な物資のことを〝精〟といいます。 この〝精〟には、父母から受け継いだ〝先天の精〟と飲食物を摂取することにより得られる〝後天の精〟の2つから成り立ちます。先天の精の量は生まれたときから決まっていますが、後天の精は飲食物を摂取することで絶えず補充されています。 次回は、後天の精について勉強したことを書いていきたいと思います。 ————————————————————— 【参考文献】 「生理学 第3版 」東洋療法学校協会 編 「新版 東洋医学概論」東洋療法学校協会 編

診病奇侅(01)

中脘 脾部中脘塞り、中脘水分に動あり、 又脾塞り、水分に動ありても、中脘に動なきは、食にあらず、 《私議》 中脘と水分について感じるところあり、考察を深めたいと思います。 【参考文献】 『診病奇侅』医道の日本社
夕焼け

中医内科学 その2 心の病理①

前回の記事 『中医内科学 第2版』冒頭 臓腑の働きについて 『中医内科学 第2版』P.49〜、P.72〜より 心 『霊枢』邪客篇にて 「心なる者、五臓六腑の大主なり、精神の舎(やど)る所なり。」 とあり、 心の主な生理作用は、神明を主るものである。 『素問』痿論篇にて、 「心は身の血脈を主るなり」 とあり、 心は血脈を主るとは、また特別重要な生理作用であり、 ゆえに神明を失し、血脈が不利になることは、 心の基本病理変化である。 (1)心不主神明(心、神明を主らず) ・・・心が常を失すると、心神安ぜず、神舍を守らず、 患者に失眠りや多夢、恍惚(こうこつ)、健忘、惊悸、恐怖、 妄言、妄見、ときに悲しみ、ときに喜ぶ、ふるまいが常を失して、 痴呆、癲狂等の病証。 甚だしき場合は、神明が閉塞あるいはばらばらになる、 うわごと、意識がはっきりしない、 神明が臓腑百骸を統率・主宰できなければ、 患者の生命に危険がおよぶ。 ゆえに 『素問』霊蘭秘典論篇では 「主が明らかならざれば十二官危うし、 使道閉塞して通ぜず、形すなわち大いに傷れる」とあり 心が神明を主らなければ、心神が失養して、邪気受けて心竅を乱す。 心の要は正常な神志活動の進行であり、 必ず気血陰陽の充養を頼る。 ・・・ ゆえに『景岳全書』では 「営は血を主り、血虚なれば心を養えず、心虛なれば心は舍を守れず」 とある。 心竅に、火熱、痰濁、瘀血などの邪気が犯せば、神明は主を失し、 軽ければ火熱擾心、神志不寧となり、患者は失眠や多夢、煩躁あるいは精神狂躁等を引き起こし、 甚だしければ痰濁、痰火、瘀熱が心竅をあざむき、嗜睡、痴呆、昏迷等を引き起こす。 ゆえに『霊枢』邪客篇では 「心なる者、その蔵強固にして、邪容(い)るあたわざるなり。 これに容(い)ればすなわち心傷れ、 心傷るればすなわち神去り、神去ればすなわち死す。」とある。 (2)心不主血脈(心、血脈を主らず) については次回に続きます。 ■参考文献 『中医内科学 第2版』 人民衛生出版社

東洋医学探訪(02)

鍼灸学生の授業の一環で解剖実習があります。 東洋医学を学ぶ者として 『太古の医家達も、間違いなく解剖実習で学んでいるだろうな』 と考えておりました。 京都で医学史の1ページに触れてまいりました。 山脇東洋觀臓之地 ーーーーーーーー碑文ーーーーーーーーー 近代医学のあけぼの 観臓の記念に 1754年 宝暦4年閏2月7日に 山脇東洋(名は尚徳 1705~1762)は所司代の官許をえて この地で日本最初の人体解屍観臓をおこなった。 江戸の杉田玄白らの観臓に先立つこと17年前であった。 この記録は5年後に『藏志』としてまとめられた。 これが実証的な化学精神を医学にとり入れた成果のはじめで 日本の近代医学がこれから めばえるきっかけとなった東洋の この一業をたたえるとともに 観臓された屈嘉の霊をなぐさめるため ここに碑をたてて記念とする。 1976年3月7日 日本医師会 日本医史学会 日本解剖学会 京都府医師会 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 六角獄舎跡は二条城の南の因幡町にあります。 跡地は集合住宅であり、石碑のみの設置でした。  

文字・言語

  文字、言語って何なのか。   調べた訳ではないが、集団で行動する為にイメージから共通の認識を言化・文字化したのではないのかな。   つまり「大体こういう意味ですよね」という共通認識を作ることでコミュニケーションを容易にさせているのだと想像。   では、共通言語や文字を持たない相手とは理解し合えないのか。   様子に出るのでそういう訳ではないと思う。   家の猫を見て、 「今かまってほしくないんだな」 「これからこっちくるぞ」 「喜んでるな」 「この空気が好きなんだろうな」   など伝わるものもある。   身体を触らせてもらった時で一番わかる時は包む様に触った時。   その時の自分は柔らかい状態にあると思う。   結局は猫ではなく、人間の治療をする訳だけれども、同じく言語に振り回されず、言葉は通じないものとしてやってみたい。   先日受付で話に出たケータイは怖いですよねと言った話、 「勝手に枠組みを作られて色眼鏡になり、相手を見れなくなる」   その認識とも繋がる気がする。   結局何か情報として伝えられた段階っていうのはわかった気にはなれるけど、わかってないんだと思う。   そこに自分の感覚が乗らないと本当に理解できない。   次の寺子屋は「人ではなく生命現象に触れる」   あれこれ書いたけど、そっちの方が自身をフラットに保てる気がするので、そんな感じでシンプルに切経してみよう。  

五行大義(1)

第二辨體性 體者以形質爲名。性者以功用爲義。以五行體性資益萬物。故合而辨之。 木居少陽之位、春氣和、煦温柔弱。火伏其中。故木以溫柔爲體、曲直爲性。 火居大陽之位、炎熾赫烈。故火以明熱爲體炎上爲性。 土在四時之中、處季夏之末。陽衰陰長。居位之中、總於四行、積塵成實。 積則有間。有間故含容。成實故能持。故土以含散持實爲體、稼穡爲性。 金居少陽之位。西方成物之所。物成則凝强。少陽則淸冷。故金以强冷爲體、従革爲性。 水以寒虛爲體。潤下爲性。 洪範云、木曰曲直、火曰炎上、土曰稼穡、金曰従革、水曰潤下。是其性也。 淮南子云、天地之襲精爲陰陽。陰陽之専精爲四時、四時之散精爲萬物。 積陰之寒氣、反者爲水、積陽之熱氣、反者爲火。 水雖陰物、陽在其内。故水體内明。 火雖陽物、陰在其内。故火體内暗。 木爲少陽、其體亦含陰氣。故空虛、外有花葉。敷榮可觀。 金爲少陰、其體剛利、殺性在外、内亦光明可照。 土苞四德。故其體能兼虛實。 体は形式を以て名となす。性は、功用を以て義となす。 五行の体性を以て、万物を資益す。故に合してこれを弁ず。 木は少陽の位に居り、春氣和し、煦温にして柔弱なり。 火その中に伏す。故に木は、温柔を以て体となし、曲直を性となす。 火は大陽の位に居り、炎熾にして赫烈なり。 故に火は、明熱を以て体となし、炎上を性となす。 土は四時の中に在り、季夏の末に処り、陽衰へ陰長ず。 位の中に在り、四行を総じ、塵を積みて実を成す。積れば則ち間あり。 間あり、故に容を含む。実を成す、故に能く持す。 故に土は、含散・持実を以て体となすし、稼穡を性となす。 金は、少陽の位に居る。四方は物を成すのところ。物成れば、則ち凝強す。 少陽は則ち清冷なり。故に金は、強冷を以て体となし、従革を性となす。 水は、寒虚を以て体となし、潤下を性となす。 洪範に云う、木に曲直といい、火に炎上といい、土に稼穡といい、 金に従革といい、水に潤下というと。これその性なり。 淮南子に云う、天地の襲精は陰陽となり、陰陽の専精は四時となり、四時の散精は万物となる。 積陰の寒気、反する者を水となし、積陽の熱気、反する者を火となす。 水は陰物と雖も、陽その内に在り。故に水の体は内明らかなり。 火は陽物と雖も、陰その内に在り。故に火の体は内暗し。 木は、少陽たり。その体、また陰気を含む。故に内空虚にして、外花葉あり。敷栄して観るべし。 金は少陽たり。その体剛利にして、殺生外に在り、内また光明ありて照すべし。 【参考文献】 『五行大義』明德出版社

五行大義(05)

【更】 01:かえる、あらためる 02:かわる、あらたまる 03:こもごも、かわるがわる 04:さきもり、交代して役に服する義 05:夜閒の時限の稱呼(称呼:よび名) 06:つぐ、つづく 07:つぐなう 08:経る 09:ふける、すぎる 10:よい 11:としより 12:姓 從革 金曰從革。從革者、革更也。從範而更。 形革成器也。西方物旣成、殺氣之盛。 故秋氣起、而鷹隼撃、春氣動、而鷹隼化。此殺生之二端。 是以白露爲露。露者殺伐之表。 王者敎兵、兵集戎事、以誅不義、禁暴亂、以安百姓。 古之人君、安不忘危、以戒不虞。 故曰、天下雖安、忘戰者危、國邑雖强、好戰必亡。 殺伐必應義。應義則金氣順。 金氣順、則如其性。如其性者、工治鑄作、革形成器。 如人君樂侵凌、好攻戰、貧色賂、輕百姓之命、 人民騒動、則金失其性、治鑄不化、凝滯渠堅、不成者衆。 秋時萬物皆熟、百穀已熟。 若逆金氣、則萬物不成。故曰金不從革。 金は従革という。従革なるもの、革は更なり。範にしたがい更となす。 形あらたまりて器を成すなり。西方の物、既になりて殺氣盛んなり。 故に秋氣が起こりて鷹隼を撃ち、春氣動きて鷹隼を化す。これ殺生の二端なり。 これをもって白露は露となす。露なるもの殺伐の表なり。 王なるもの兵に教え、兵を戎事の為にで集め、以って不義をうち、暴乱を禁じ、もって百姓を安ず。 古の人君、安ずれど危うきを忘れず、もって不具をいましめる。 故にいわく、天下が安といえども、戦いを忘れたものは危うき、国邑が強といえども、戦いを好めば必ず亡ぶ。 殺伐は必ず義に応ず。義は則ち金氣の順に応ず。 金氣の順、その性のごとく。その性の如くは、工治・鋳作し、形をあらため器をなす。 もし人君が侵凌を楽しみ、攻戦を好み、色賂をむさぼり、百姓の命を軽んじ、 人民の騒動、則ち金がその性を失い、治鋳は化せずに、凝滞し渠堅する、ならないもの衆し。 秋は万物みな熟し、百穀はすでに熟す。 若し金氣に逆らえば、則ち万物ならず。故に金は従革せずという。 【参考文献】 『五行大義』明德出版社 『大漢和辞典(第5巻、962頁)』大修館書店