6月のこと
モデル患者さんが来てくださるおかげで
臨床に出る機会が増えて、
毎回新たな発見と気付き、失敗、課題にと
毎度ボリューム満載で
実りのある時間を過ごしています。
何事も経験であり、積み重ねしかありません。
自分の意識の在り様は鍼に伝わるし
悪い方にも出てしまう。
それは経穴の所為ではないことも。
一鍼同体なんだと思い知りました。
自分は横に置いて、と言い聞かせてる間は
コントロールできていないことだと思う。
無意識のレベルに達するまで
何度も練習していかねばなりません。
沢山思いはありますが、
この心境を言葉に表すことが今も難しく、
ブログを中々書けずにいました。
權・衡・規・矩
陰陽應象大論篇第五
善診者、察色按脉、先別陰陽、 審清濁、而知部分。
視喘息、聽音聽聲、而知所苦。
觀權衡規矩、而知病所主。
按尺寸、觀浮沈滑濇、而知病所生。
以治無過、以診則不失矣。
善く診る者は、色を察し脉を按じて、先ず陰陽を別ち、清濁を審らかにして、部分を知る。
喘息を視、音声を聴きて苦しむ所を知る。
權・衡・規・矩を観て、病の主たる所を知る。
尺寸を按じ、浮・沈・滑・濇を観て、病の生ずる所を知る。
以て治すれば過ちなく、以て診すれば則ち失せざらん。
※權衡規矩
→馬蒔の説「春は規に応じるとは、陽気の柔軟なのが、丸い規のようであることをいう。
夏は矩に応じるとは、陽気の強く盛んなのが、方形の矩のようであることをいう。
秋は衡に対応するとは、陰が昇り陽が降り、高下が必ず平となることをいう。
冬は權に応じるとは、陽気が下にあるのが、重い權のようであることをいう。』
權(ケン、ゴン)
(01) 木の名
(02) おもり。ふんどう。
(03) はかり。てんびん。
(04) はかりにかけて重量を知る。
(05) たいらにする。ならす。
(06) たいら。
(07) いきおい。
(08) はたらき。能力。
衡(コウ)
(01) よこ。よこたわる。
(02) 牛のつのぎ。牛の両角に横に結んで人に抵触するのを防ぐ木。
(03) くびき。轅の端に設けて牛馬の頸につける木。
(04) こうがい。
(05) よこぎ。はり・けた。
(06) てすり。
(07) はかり。はかりざお。
(08) はかる。
(09) たいら。ひとしい。
(10) ただしい。
(11) ひしゃくの柄のかしら。
☆權衡(ケンコウ)
(01) はかりの重りと竿。転じて、物事の釣り合いをいう。
(02) 事物を品評する標準。比較。
(03) 二星の名。軒轅と太微。
規(キ)
(01) ぶんまわし。円を畫く道具。
(02) まる。円形。
(03) まるい。まどか。
(04) そら。あめ。
(05) まるをかく。えがく。
(06) うつす。模写する。
(07) のっとる。
(08) かぎる。くぎる。
(09) たもつ。領有する。
(10) はかる。
(11) ただす。
(12) いさめる。
(13) のり。おきて。さだめ。
(14) ようす。風釆。儀容。
(15) てほん。儀範。
矩(ク)
(01) さしがね。四角形を正しく畫くのに用いるもの。
(02) 四角形。
(03) かど。
(04) のり。きまり。おきて。
(05) 地。(天圓地方の説:天は円くて、地は方形)
(06) さし。長さをはかる器。
(07) きざむ。しるしをする。
(08) 秋。
(09) 幅と長さ。たてよこ。
(10) 萬に通ず。
☆規矩(きく)
(01) ぶんまわしとさしがね。転じて、規則。てほん。常道。
(02) 戎(遊牧民族)の名。
(03) 高さが略々一様で綠色の毛氈を敷いたように生える草。
★
馬蒔のいわゆる”四季に応じる”とする説(規→春、矩→夏、衡→秋、權→冬)。
理解になじめず、一言ずつ調べてみました。
この”權衡規矩”ですが、馬蒔は四季との対応させる事を表現に用いておりますが、
計量や法則の意味と捉えられる単語を、四季に相応させる不思議を感じます。
四つの単語の權・衡・規・矩ですが、
実は權衡・規矩のような二字熟語の組み合わせで表現してみては、、
との仮説を考えてみます。
陰・陽も”陰陽”、清・濁も”清濁”で通りますので、
浮・沈・滑・濇も”浮沈”と”滑濇”にて。
『陰陽を別ち、清濁を審らかにして、喘息を視、音声を聴き、
權衡や規矩、浮沈や滑濇を観て、病の生ずる所を知る。』
より探求が進んで、洗練された答えにたどり着く事を夢見て、
内經を読みといていきたいと思います。
【参考文献】
『現代語訳 黄帝内経素問 上巻』東洋学術出版社
『黄帝内經』中医戸籍出版社
『大漢和辞典』大修館書店
(權:六巻605頁、衡:十巻165頁、規:十巻322頁、矩:八巻288頁)
『新版 東洋医学概論』医道の日本社
脳についての復習
こんにちは、大原です。
脳に関して、解剖学・生理学の復習を行いました。
(以下、復習した内容をまとめたものになります。)
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脳は、脊髄と合わせて中枢神経系をなし、
解剖学的に
延髄、橋、中脳、小脳、間脳、大脳に分けられる。
脳の松果体はメラトニンを分泌し、
人の睡眠や生体リズムに関わる。
形態は、松かさ状の小体で、大きさはあずき粒大、
色は赤灰色である。
松果体の前方には
視床、視床下部があり、これらを間脳といい、
視床下部の下には下垂体という器官がある。
下垂体からは
成長ホルモン、プロラクチン、FSH、LH、TSH、ACTHと、
多くの種類のホルモンが分泌され、
これらの分泌の亢進や抑制を主っているのは
視床下部である。
参考文献
『解剖学 第2版』
『生理学 第2版』 医歯薬出版 東洋療法学校協会 編
脈診(05)
『中医脉学と瀕湖脉学』
(引用:P11「第一部 現代中医脉論」の”脉診の方法 3.指の置き方”より)
『並べる指の間隔は患者の身長に対応して、
腕の長いものには少し広めに置き、
腕の短いものに対しては指を詰めて並べる。
指の位置が決まれば、三指で同時に診脉するのを総按といい、
また単按といって、一部の脈象を重点的に診るために、
中指と環指をもち挙げることによって寸脉を診たり、
示指と環指をもち挙げて関脉を診たり、
示指中指をもち挙げて尺脉を診たりすることも行われる。
示指ないし中指のみを用いて単按することもある。
実際の診脉においては総按も単按もあわせて駆使される。』
寸・関・尺 を総按にて診ようと固執していたように思います。
特に自身の手が大きいとこもあり、
もっと指の使い方に柔軟さが必要だったと思いました。
そういえば、院長に診て頂いた時が極めてフレキシブルだったと思い出しました。
【参考文献】
『中医脉学と瀕湖脉学』たにぐち書店
募原など
理由
最近、陽明と厥陰の古代の認識を調べていて面白い認識を見つけた。
部位で結びついている可能性、面白いです。
募原
起きた現象があったので、募原(膜原)について調べ中。
見ていくと温疫論(呉有性)の認識がとても勉強になる。
また、現代医学的に考えてもコロナと脂肪細胞の関連から説明できそう。
メトホルミンがコロナの後遺症予防に有効とされる理由もわかる。
募原の認識と一致するところも多い。
施術日記(04)
T.I 先生との治療練習4回目です。
同じ経脈上に刺鍼する事で、軸を作りたいと考えております。
舌診の鍛錬
【目的】
① 同經への刺鍼にて、短期的・中期的・長期的な観察。
② 四診も含め、複合で考察。
舌を出した瞬間に思ったのは『紅くなった?』
いつもより、白っぽさが減って
このシリーズが始まって以来、刺鍼前の舌の表情では目立った違い。
舌の出し方も、リラックスが感じられます。
舌尖・舌辺の感じは前回と同じ様子ではあるが、雰囲気が違う。
陰陵泉(右):0番鍼にて置鍼(5分)
全体的に水分量の調整は出来たと感じ、
所々に赤みが見て取れるも、
一皮剥けて、深層が顔を出しているようにも感じる。
舌の出し方も、締まりを感じる。
これは変な緊張が高まったというよりも、
適正な気力をもって来てるように思える。
舌の中央当たりも、渇きが出てきてる。
もしかしたら、苔を取るのはこの渇きを持たせる事で、
剥離させて行くのでは??と妄想する。
腹診も刺鍼前後に変化は感じられ、
中脘あたりの変化が興味深い。
切脈一葦 序文2
こんにちは、大原です。
前回(切脈一葦 序文1)は、
『切脈一葦』の二ページ目の最後の一文の途中で終わりました。
今回はその続きからになります。
今回も原文から文意を汲み取って、
文章の読み方を考えていきます。
<読み方>
王叔和(おうしゅくか)、この理を知らず。
心と指とを分けて論ずること、一笑に余れり。
また指を以て診する法は、世に伝えて教えと為すべし。
心を以て了する法は、其の人にあらざれば伝うることあたわず。
しかるに今その伝うることあたわざる法を易しとし。
その伝えて教えと為すべき法を難かしとす、思わざるの甚だしきなり。
またその明らかし難き所の脈状を書き著して、
教えを世に垂れんとす。
これ全く己を欺き、人を欺くの甚だしき甚だしなり。
歴代の医、これを弁ずることあたわず。
却ってその説を潤色して、脈の一診を以て、病を知るの法とす。
これ古人の脈法廃して、ただ王叔和の脈法のみ。
世に盛んなるゆえんなり。
家君かつて曰く、
凡そ脈の変態多しといえども、その状十余種に過ぎず、
ただこれを形容する所の文字多きのみ。
王叔和の徒これを弁ぜず。
形容する所の文字を以て、脈状の名と定めて、一字一字に註解を加えて、
二三十の脈状と為す。
これ脈学塗炭に墜(お)ちるゆえんなり。
○敏ならずといえども、黙してこれを看過するに忍びず。
因りて切脈一葦を作ると。
これ家君が文字の脈状を破りて、脈状の文字を活用するの大意なり。
この書は固(もと)より大河の一葦にして、
脈学を尽くすことあたわずといえども、
これをもって学ぶときは、古人の流に溯(さかのぼ)るべし。
古人の流に溯ぼるときは、古人と異なることなし。
古人何人ぞ今人何人ぞ、
ただ古人は志を厚くして深くこの道を窮(きわ)めるのみ。
これ今人のあたわざるところにあらず。為さざる所なり。
もし今志を厚くして深くこの道を窮(きわ)める者あらば、
脈を診するに臨みて何ぞ古人に譲らんや。
もし古人に譲る心 (以下、次のページ、下に続く)
有りて、脈を診するときは、必ず心に安ぜざる所あり。
もし心に安ぜざる所あるときは、必ずその病を決断することあたわざるなり。
故に脈を診するに臨みては○がごとき浅劣の者といえども、
必ず古人と異なることなき心を以てこれを診す。
いわんや明達の人においては、
○が古人と異なることなき心を以て診すると同じからず、
必ず古人と全く同じき者あらん。
豈(あに)ただ古人と全く同じきのみならんや。
必ず古人のいまだ発せざる所を発するものあらん。
後生畏るべし。
これ○が議するところにあらざるなり。
天保辛卯春三月十五日男○謹序
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況(いわん)や:もちろん、言うに及ばず
豈(あに):どうして〜(反語) 決して〜ない
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前回に続きですが、
その内容は、著者の
「王叔和は何も分かってない」という
非常に厳しい批判から始まります。
脈診で必要なのはそれを診る心であるが、
王叔和は脈の状態を何種類かに分類して
「○○脈であれば△△の病である」と、
脈の状態でその場合の病はこうであるというように分類しているが、
こんなことが正しいのだろうか・・・、
このような考え方が広まってしまうのは脈学にとってマイナスではないか、
これでは脈学は地に堕ちてしまう、
もうこれは見過ごせない!、
ということで、この『切脈一葦』を記したと書かれています。
その後に、前回の記事の内容とからめ、
まとめのような形で
大事なことも書かれています。
ちなみに王叔和は、
有名な『脈経』という大書を著した人物として有名です。
また『傷寒論』の編纂もされたといわれており、
その功績は非常に大きく、
東洋医学の歴史の本には必ず載っているイメージがあります。
(為沢先生が王叔和についてのブログを書かれています。
https://www.1sshindo.com/blog/zenith17665/
ぜひ参考にしてください。)
参考文献
『切脈一葦』(京都大学附属図書館所蔵)
画像は京都大学デジタルアーカイブより
手で感じたこと
手の感覚について。
人によってそれを捉えた時の表現方法が違うと言ったお話は聞いていた。
自身で湿邪を感じた時の感覚は「ゾワっとして気持ち悪い」だった。
他のその感覚の時、別の人が言っていた感覚も何となく分かる気がした。
でも同じ湿邪でも部位によって感じる感覚が違うと思うところも正直ある。
色々疑って検証していきたい。
易経 その2
つづき
この易経ですが、一般的には「当たるも八卦、当たらぬも八卦」の占いのイメージがつよいですが、本を読んでみてそれだけではないことがわかりました。
易経には大昔の人が、世の中の仕組みや人生においての法則があって、その法則には一定のルールがあり、それを64種類の物語にして教えてくれているらしいのです。
その法則を理解して身につければ、もはや占う必要性もなくなり世の中の森羅万象、物事の道理、そしてその先行きが見通せるようにもなるというのです。
そう聞くと更に興味が湧き、是非理解を深め、その智慧の恩恵に与りたいと思うのも必至です。
そんな易経ですが、いつの時代に出来上がった考え方なのかと調べてみると、今、日本で一般的に使われている「易」は「周易」と言って周王朝時代に確立したそうです。
その周王朝時代の日本は何時代か見ると、縄文時代でした。
恐るべし中国史です。
そんな昔から世の中の道理が解明されていたのにびっくりです。
東洋医学といい、易経といい太古の先人に感謝します。
色々メモ
手がビリビリ
人の身体を触らせてもらって感じることのある手のビリビリって感じは何なんだろう。
この感覚を探っていく必要がありそう。
治療後のベット
治療後のベットって何か残っているのかな。
人によってだけども、イメージとして何か薄黒く?モヤっとしたものが残っている気がする。
考え事
胸の部分がずっと気になっている。
神は働きすぎると疲れる。
自分の身体でも、思考すると気が上がる。
考えすぎ、思考しすぎると動悸がする。
一時的に落ち着けるだけなら桂枝加竜骨牡蛎湯(竜骨・牡蛎)を使えば思考の暴走、動悸は治る。
心の暴走は宗気にも影響するためか息切れも起こる。
現代語訳 素問 霊蘭秘典論篇 P161
「心なる者は、君主の官なり。神明焉より出づ。…膻中なる者は、臣使の官、喜楽焉より出づ。」
調べていこうと思ったけどここはとりあえずここまでにします。
悪癖が出てる。
形
漢字はもともと意味があったはずなのに字義を知らないと形に拘ってしまう。
そうなってくるとあんまり意味がなさそうだなと思う。
意識
今までも意識していたけど、日常の意識を使いかたをもうちょっと変えてみよう。
自分がその時どうしたいと思ったか、何に魅かれたか、嫌だと思ったこと。
学校で勉強ばかりさせられると遠のいていきそうなところ。
一鍼堂で教わって大切だと思ったことのみ実践。









