第五回 一般向け東洋医学講座
こんにちは!
明日、2月11日は
「第五回 一般向け東洋医学講座」
が開催されます。
第一回から「春」「夏」「秋」「冬」と
それぞれの季節をテーマにして
巡って参りましたが今回は再び、
それを踏まえてもう一度、
「春」の講座を開催します。
東洋医学から見た「春」の
さらに奥深いところを聞けるかも
知れません。
もちろん
初めての方も大歓迎であります。
今回の講師の下野先生は
古典をよく読まれる方なので
一緒に東洋医学の歴史も
合わせてお話ししてくださるようです。
「すべての歴史は現代史である」
と言ったのは
イタリアの哲学者・クローチェですが
歴史の中にはまさに現代を読み解く
ヒントが隠されているのかも知れません。
新たな気づきがあるのかも!?
乞うご期待です!
冬休みに入りました!
こんにちは高山です。
冬休みに入りました。
今は東洋医学の病因と病機について勉強しています。
聞いたこともない物質や構造を学び、そこからさらに深掘りしていく、理解するのがむずかしいことが書いてあったり、量も多いです
でも、病気がなぜ起こってしまったか、やその病気の症候などが記されていて、治療する上で、きっと大切になることが、書かれています。ちょうど冬休みですし、じっくり時間をかけて勉強しています。
まだ僕は一年生で、脈診や舌の色、腹診などの仕方や、
感触は全然知りませんが、いずれ学ぶ時が来ると思いますので、今はまだ机上の知識ですが、どんどん吸収していきたいと思います。
患者さんをしっかりと治療できて、喜ばれる日を夢見て日々前に進み続けます。
風邪っぽい
喉が痛くなって鼻水が出てきたりすると、一般的には風邪の初期症状だと考えますが、外からの影響ではない場合もあります。
もともと脾虚をもっている方が暴飲暴食してしまった場合、未消化物が残り熱が発生します。
その熱が上へ上がって喉や、鼻に症状がでる場合があります。
鼻水、喉痛があるからといって細菌感染やウイルス感染してるとは限らないのです。
東洋医学でみてみると外邪が体の中に入った場合、排出しようと戦いがおきます。そうすると発熱したり、強い悪寒を感じたり、浮脈になるなどの症状がでます。
悪寒や発熱がなかったり脈が浮脈で無い場合は外邪ではなく内因の可能性が高い。
もともと脾虚をもっている方が暴飲暴食してしまった場合、未消化物が残り熱が発生します。
その熱が上へ上がって喉や、鼻に症状がでる場合があります。
鼻水、喉痛があるからといって細菌感染やウイルス感染してるとは限らないのです。
東洋医学でみてみると外邪が体の中に入った場合、排出しようと戦いがおきます。そうすると発熱したり、強い悪寒を感じたり、浮脈になるなどの症状がでます。
悪寒や発熱がなかったり脈が浮脈で無い場合は外邪ではなく内因の可能性が高い。
張景岳曰、
明清時代、痰に関する研究は日増しに整備されていった。
張景岳は「痰には虚と実とがあり、・・・最良の治療は、痰を発生させない事である。これが天を補うということである。」
と述べている。(『中医病因病機学』第20章 痰飲病機)
気になりましたので備忘録として置いておきたいと思います。
先生方で『景岳全書』を購入するなら、”この出版社がおススメ”などあればご教授頂ければありがたく思います。
【参考文献】
『中医病因病機学』東洋学術出版社
食べることについて①
皆さま、初めまして。
受付をしております、鍼灸学生のイワイです。
ここでは、日々の学習のことやそこで生じた疑問など様々なことについて、学生なりに書いていきます。
どうぞよろしくお願いします。
早速ですが、新年度になりました。
桜が満開で見頃を迎えてますね!
春といえば、「新しいこと」を始めるのに適した季節だというわれています。新しいチャレンジや生活など、楽しみな気持ちと新しいことに取り組む不安もあると思います。
私達の身体は何か取り組むとき必ずエネルギー、気力、体力が必要になります。
そこで、新しいことに向き合うために、日々の生活の中で欠かすことのできない〝食事〟について勉強し、食べることで身体へどういう影響がでるのか、西洋医学と東洋医学での、それぞれの概念について勉強しました。
西洋医学的には、私達が食事した際、口から入った食べ物は 口→食道→胃→小腸→大腸→肛門 という順ではいって、外で便として出て行きます。この過程の中で、体内に栄養素を取り込み、身体に必要な物資に再合成し、吸収されています。
では、東洋医学的にはどういう概念でしょうか?
東洋医学的に考えると、まず人体の構成や生命活動を維持するのに最も基本的な物資のことを〝精〟といいます。
この〝精〟には、父母から受け継いだ〝先天の精〟と飲食物を摂取することにより得られる〝後天の精〟の2つから成り立ちます。先天の精の量は生まれたときから決まっていますが、後天の精は飲食物を摂取することで絶えず補充されています。
次回は、後天の精について勉強したことを書いていきたいと思います。
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【参考文献】
「生理学 第3版 」東洋療法学校協会 編
「新版 東洋医学概論」東洋療法学校協会 編
中国の思想(08)
老子
六十三章 聖人は大をなさず
為無為、事無事、味無味。
大小多少、報怨以徳。
図難於其易、為大於其細。
天下難事必作於易、天下大事必作於細。
是以聖人終不為大。
故能成其大。
夫軽諾必寡信、多易必多難。
是以聖人猶難之。
故終無難矣。
無為をなし、無事を事とし、無味を味わう。
小を大とし少を多とし、怨みに報ゆるに徳をもってす。
難きをその易きに図り、大をその細になす。
天下の難事は必ず易きより作り、天下の大事は必ず細より作る。
ここをもって聖人はついに大をなさず。
故によくその大を成す。
それ軽諾は必ず信寡く、易きこと多ければ必ず難きこと多し。
ここをもって聖人すらなおこれを難しとす。
故についに難きことなし。
(引用:『中国の思想[Ⅳ]老子・列子』P101~103)
” 怨みに報ゆるに徳をもってす。”
解説の中には「大戦後の蒋介石による対日政策の基調をこの言葉に置いたのを
民族の総意の表現だったと見られる。」とある。
中国大陸に残留孤児が多かったのを
民族性と連ねる説を読んだことがあり、符合するように思います。
その地域性を感じる事ができたようで、面白く思いました。
そして日々の生活の中で
決して偉そうにしない”立場ある人”と出会う度に、
丁寧に一つ一つを対応される姿をみて感心することがあります。
この延長線上に大事ができるのだろうな、、と思います。
先ずは、小さな事をおろそかにしないように心がけたいと思います。
【参考文献】
『中国の思想[Ⅵ]老子・列子』徳間書店
手で感じたこと
手の感覚について。
人によってそれを捉えた時の表現方法が違うと言ったお話は聞いていた。
自身で湿邪を感じた時の感覚は「ゾワっとして気持ち悪い」だった。
他のその感覚の時、別の人が言っていた感覚も何となく分かる気がした。
でも同じ湿邪でも部位によって感じる感覚が違うと思うところも正直ある。
色々疑って検証していきたい。
心血虚証
心の血不足によって血脈が空虚になり、身体を滋養することができなくなる。
心血が不足すれば「神」にも影響が出る。
思慮過多、心労過多、目の使い過ぎ、血の生成不足(脾胃の失調からくる)などが原因。
心悸、怔忡、胸悶、眩暈、健忘、不眠多夢、顔面蒼白などの症状が現れる。
心血虚が痩せやすいのは、脾胃からの影響を受けて血の生成不足が起こり、
身体が栄養を吸収できないため。(舌もやせてくる)
心血が不足し、神を滋養できなくなると落ち着かなくなり、不安になる、心悸怔忡がおこる。
(眩暈や健忘が現れるのは血が少なくなり、髄海を養えないため)
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紫色から色々探る
昔の人の認識を知るために。
神農本草経では霊芝を「青芝、赤芝、黄芝、白芝、黒芝、紫芝」と六種に分類している。
神農本草経攷異
青芝「味酸平。…補肝気。」
赤芝「味苦平。…益心気。」
黄芝「味甘平。…益脾気。」
白芝「味辛平。…益肺気。」
黒芝「味鹹平。…益腎気。」
紫芝「味甘温。…益精気。」
紫以外の五色に関しては通常の解釈でわかりやすい。
では紫の益精気とは何なのか。
まずは紫について考えたい。
これは高貴な位を表す事も多くある。
例えば紫禁城の名前の由来など。
日本でも儒教を学んでいたとされる聖徳太子が定めた冠位十二階では、紫(徳)・青(仁)・赤(礼)・黄(信)・白(義)・黒(智)との順位で位が定められている事から紫の立ち位置と文化の伝来が伺える。
人体にも紫宮という経穴があり、それが何を指すのか。
神仙思想でも度々出てくる紫。
五色以外にも着目する必要がありそう。
参考資料:
神農本草経攷異 有明書房 森立之著
煉丹術の世界 大修館書店 秋岡英行・垣内智之・加藤知恵著
三国志(01)
少年の頃にはマンガの『三国志』(著:横山光輝)を
数年に一回はマイブームが起きて夢中に読んでおりました。
私と同様に三国志ファンの友人が中国に観光に行った時の話ですが、
長江の武漢で色々と観て歩いて、今度は赤壁を見に行こうと観光船に乗ったとの事。
遊覧を楽しみ、そろそろ赤壁に到着かと思っていたら、
急に引き返して帰ってしまった!と嘆いていたのを思い出しました。
まだ中国といえば、”自転車と人民服”をイメージする時代の話ですが、
観光がビジネス化されていなかった時代では、
現地の人たちにとって自分たちの歴史であって、観光資源という概念が遠かったのかもしれません。
三国志の軌跡を観光したいと思い続けて数年が過ぎましたが、
観てみたい場所は様々あります。
”赤壁”もそうですが、”五丈原”も訪れたい場所の一つです。
孔明最期の地であり、「死せる孔明生ける仲達を走らす」の場所。
それでは
「桃園の誓い」より物語を楽しみたいと思います。
【参考文献】
『三國志』(株)六興出版社








