舌診(01)
舌の研究
修行生のSさんと勉強をします。
「左腕の外転について難あり。」との主訴により
刺鍼を行いました。
〈前〉
〈後〉
上逆し易い体質と考え、
上がらない重しをしっかりとさせる事を
長期的な目標としております。
主訴を受け、
気血の巡りをよくしたいと思い
その阻害要因が中焦より下焦へと続く
舌の苔に診られる通りの邪熱かと考えます。
刺鍼後、
左腕の外転にやや改善が診られた事で好転反応はあり。
舌苔が面積も厚さも少なくなってる事、
舌体より気虚症状の減少が診られる事などから
ある程度の効果があったのかと推測されます。
経過を観察をしていきます。
5月のこと
◯寺子屋
毎回必死ですが、少しずつ慣れてきました。
寺子屋では多くの患者さんの
問診と切経をさせてもらいました。
初めは2〜3人でもヘトヘトでした。
7〜8人の問診にようやく耐えられるように
なってきましたが、こなすことで精一杯です。
考察できる余白スペースを増やしていきたいです。
同じ方を毎週診させていただくことで、
患者さんの変化を蓄積しています。
今年は5月から梅雨入りして台風もありました。
天候の変化、季節の流れも鑑みて
性別、年齢、体格、様々な体を診させてもらい
観察し得た感触を蓄積していきます。
○刺鍼
初めてモデル患者さんに刺鍼をしました。
上手く刺さるかな?
押し手の形はこうやっけ?
痛くないのかな?
落ちたらどうしよう。
集中より不安の比重が多く、
刺すことに気を取られ、
刺さらなかったら慌てふためきます。
咄嗟の出来事に対応できず
パニックになってしまうのは
私の悪い癖です。
もう少し冷静にならないといけません。
右太渓への刺鍼が難しい…
「どんな体勢からでも診れるように」
刺鍼を始めて、より下野先生の言葉が
響くようになりました。
切経、脈診、腹診、全てに繋がります。
切経の時にペンで反応点に印をつけます。
刺鍼の方向、体勢、押手の場所を意識しながら
ペンで印を打つと予行演習にイイですね。
○切経
脈、お腹、背中…切経で何を主軸に診るのか。
院長と下野先生の言葉をひとつひとつ繋ぎながら
切経を追うようになりました。
書籍のやり方では、
数多ある現象をとめどなく収集すると
情報過多になり、時間を費やします。
邪があちこちに移動したり、変化していくのであれば、主語を変えてみる。
世界観やが変わり、目の前が開けたように
感じました。
色んな見方があっても良いし、
遠回りして気付くことも大切だと思います。
何を主軸に置くか、
モードの切替えがあるということを
教えていただけたので、
追試して行こうと思います。
○先輩からの助言
決断に迫られた時、
何かすがりたくなるほど不安になります。
私なりに考察してみましたが、
果たしてどうなるのか…
自分の不安に飲まれそうになった時、
白石先生からアドバイスをいただき、
腹を括ることができました。
不安だから、もう一穴足したくなる。
それでも、今日は踏みとどまって
患者さんに出来ることを精一杯やってみようと
試みました。
来週経過を追いながら考察します。
表陽の虚は胃腸の虚に係がる
傷寒論攷注
「案ずるに前條云う所の悪寒已めども、「発熱汗出」然れども猶戸隙の風、傍人起居衣袖の扇風を悪、其脈必ず浮緩、此の証元来表気疏泄有り、故に邪の発散は表実証于速い、然れども表陽の虚は胃腸の虚に係がる、故に表実の一汗にして解するに比べれば、則ち其癒は却って遅く…」
この文から色々発展して思考できそうです。
ここは中風について述べている文で、表陽の虚がなぜ胃腸の虚に繋がるのか。
ここの繋がりはなんなのか。
調べていきます。
傷寒論攷注
「案ずるに「中風」の一証、其人素衛気疏泄して堅からず、或いは労力奔走等の事有り、陽気を擾動かし、表をして開泄せしめて、其虚隙に乗じる也…」
これは霊枢の下の文に繋がると思います。
『現代語訳 黄帝内経霊枢』 営衛生会篇 P 340、341
「
「黄帝がいう。人が熱い飲食物を食べて、これが胃中で未だ精微物質に消化されていないのに、食べるとすぐに発汗する。汗は顔面から出ることもあり、背中から出ることもあり、半身だけ出ることもある。この様に衛気が通常の通路を通らないで、汗となって出るのは何故か。」
岐伯が答える。
「それは、外表に風邪の侵襲を受けて、腠理が開き、毛孔は緩んで、衛気が体表に向かって走り、正気の通路を通ることができないからです。
これは衛気の本性が慓悍ですばやく、どこかに弛緩して開いている部位があれば、そこから出ていこうとするためです。」
」
とりあえず汗に関しては風邪に襲われて腠理が開き、衛気がそこから出ていくから。
『現代語訳 黄帝内経素問』 五臓別論篇 P212
「
黄帝がいう。
「気口の脈を単独で診察するだけで、五臓の変化を知ることができるのはなぜであろうか。」
岐伯がいう。
胃は水穀の海であり、六腑の源泉となっています。
飲食物は口から胃に入り、全て胃に貯留し、脾による輸化の働きによって五臓の気を滋養しています。
気口もまた太陰経であり、さまざまな脈に朝見することを主ります。
こうしたわけで、五臓六腑の気と味は、いずれも胃に源をもって気口に反映するのです。」
」
」
肺経が脾胃の気を受けている事が分かります。
手太陰肺経の始まりである中府の名前も
「中焦の気が集まるところ」
である事から納得できます。
また、脈診で寸口を取るのは、八会穴の脈会である太淵あたりが良く反映されるからではないかと思いました。
最初の傷寒論攷注の文の
「表陽の虚は胃腸の虚に係がる」
とはこういう事なのかなと思いました。
『中医臨床のための方剤学』 P 29
桂枝湯「生姜・大棗の配合は、脾胃を昇発し営衛を補充し振奮させる。」
とあり、桂枝湯に脾胃の薬が配合されている意味にも繋がると思いました。
参考資料
『現代語訳 黄帝内経霊枢』 東洋学術出版社 南京中医薬大学編著
『現代語訳 黄帝内経素問』 東洋学術出版社 南京中医学院編
『中医臨床のための方剤学』 東洋学術出版社 神戸中医学研究会編著
噯と曖
読み物で、漢字の微妙な使い方の違いに時折立ち止まる事があります。
例えば、『井、滎、兪、經、合』の”滎”が”榮”となっていたり。
「ん?」となってしまう時です。
今回は”噯”と”曖”について
口へん、日へんの微妙な違いなのですが。
噯(あい)
1⃣いき。あたたかい氣。
2⃣おくび。
曖(あい)
1⃣かげる。かげって、ハッキリしない。
2⃣くらい。暗くて見えない。
↓
例:曖昧(あいまい)ハッキリしない。紛らわしい。
つまりゲップは
”噯氣(あいき)”であって”曖氣(あいき)”ではないのですが、この漢字の入れ替えが多いように思います。
因みに
”噫気(あいき)”もゲップ。
噫氣(あいき)
1⃣吐き出すいき。呼氣。
2⃣おくび。食べた過ぎた時など、胃にたまったガスの口腔外に出るもの。
噯氣(あいき)
1⃣おくび。吹呿。噫気。
噯の意味より、噫氣よりも噯氣の方が少し温度が高いゲップに感じるのは気のせいでしょうか。
【参考文献】
『大漢和辞典』(株)大修館書店
中国の思想(01)
老子
一章 真理は固定したものではない
道可道、非常道。
名可名、非常名。
無名天地之始、有名万物之母。
故常無欲以観其妙、常有欲以観其徼。
此両者同出而異名。
同謂之玄。
玄之又玄、衆妙之門。
道を可とする道は、常なる道に非ず。
名を可とする名は、常なる名に非ず。
無は天地の始まりの名、有は万物の母の名。
故に常なる無は其の妙を観さんと欲し、常なる有はその徼を観さんと欲す。
この両者は同じ出にして名を異とする。
同じく、これを玄と謂う。
玄のまた玄を、衆妙の門とす。
【参考文献】
『中国の思想[Ⅵ]老子・列子』徳間書店
気虚
先日知り合いの体を見せてもらった。
責任のある立場で頭を使う事が多く、時間や食欲の関係もあり朝食抜きが多い、手首足首が細い、声が小さい、食欲不振、低血圧、真面目など
脈は微かに弦数だけども大きな問題は脈がとても弱い事
舌は辺縁に赤みが見られるが薄く小さく、微かに膩苔が乗る程度
お腹は氣滯もあるが、脾胃を示すところが頼りないのが1番の問題。
太衝、足三里がメインで太谿に軽い反応も気になった。
ここからが自分の課題の本番で、翌日相手の状況を再現してみた。
まずは同じ条件にしてみようと
朝食抜きで16時まで外でひたすら勉強で
頭脳労働+脾胃の弱り
という状態を作ってみた。
腹部は弱々しい感じになり、足三里にも反応が出て、脈も弱々しくなった。
この時、精神状態としては本当に絶望的。
経別が心と直接連絡しているからかな。
相手の立場に立ってみる。
こんな気持ちの時には相手にどう接して欲しい?
その時の自分の振る舞いはどうだったか?
あの時の相手の体勢は何を意味する?
省みて気をつけるべき点が沢山出てくる。
脾という点から見ても
臓腑経絡学P111
「臨床的にみても、脾の陽気を増す事が如何に重要であるかを示している。脾に陰虚・血虚がほとんどないのはこの為であり、脾の臓を動かす場合は、乾かす事がポイントとなってくる。
漢方薬でも茯苓、白朮をよく使うのはこの為で、穴では足三里が重要になってくる。」
自宅に戻り、食前に足三里に鍼を5分置鍼。
刺した直後にお腹にも変化が出ていました。
食欲、精神ともに上手く戻ったのですが置鍼時間が長かった為か逆上せてくる感覚もあった。
繊細な操作が必要だと思いました。
興味
色んなことを知っていかなければいけない。
体験するのが一番手っ取り早いんだろうなと思います。
色々遊ぼう。
参考資料:臓腑経絡学 アルテミシア 監修 藤本蓮風
食べることについて①
皆さま、初めまして。
受付をしております、鍼灸学生のイワイです。
ここでは、日々の学習のことやそこで生じた疑問など様々なことについて、学生なりに書いていきます。
どうぞよろしくお願いします。
早速ですが、新年度になりました。
桜が満開で見頃を迎えてますね!
春といえば、「新しいこと」を始めるのに適した季節だというわれています。新しいチャレンジや生活など、楽しみな気持ちと新しいことに取り組む不安もあると思います。
私達の身体は何か取り組むとき必ずエネルギー、気力、体力が必要になります。
そこで、新しいことに向き合うために、日々の生活の中で欠かすことのできない〝食事〟について勉強し、食べることで身体へどういう影響がでるのか、西洋医学と東洋医学での、それぞれの概念について勉強しました。
西洋医学的には、私達が食事した際、口から入った食べ物は 口→食道→胃→小腸→大腸→肛門 という順ではいって、外で便として出て行きます。この過程の中で、体内に栄養素を取り込み、身体に必要な物資に再合成し、吸収されています。
では、東洋医学的にはどういう概念でしょうか?
東洋医学的に考えると、まず人体の構成や生命活動を維持するのに最も基本的な物資のことを〝精〟といいます。
この〝精〟には、父母から受け継いだ〝先天の精〟と飲食物を摂取することにより得られる〝後天の精〟の2つから成り立ちます。先天の精の量は生まれたときから決まっていますが、後天の精は飲食物を摂取することで絶えず補充されています。
次回は、後天の精について勉強したことを書いていきたいと思います。
—————————————————————
【参考文献】
「生理学 第3版 」東洋療法学校協会 編
「新版 東洋医学概論」東洋療法学校協会 編
色々メモ
手がビリビリ
人の身体を触らせてもらって感じることのある手のビリビリって感じは何なんだろう。
この感覚を探っていく必要がありそう。
治療後のベット
治療後のベットって何か残っているのかな。
人によってだけども、イメージとして何か薄黒く?モヤっとしたものが残っている気がする。
考え事
胸の部分がずっと気になっている。
神は働きすぎると疲れる。
自分の身体でも、思考すると気が上がる。
考えすぎ、思考しすぎると動悸がする。
一時的に落ち着けるだけなら桂枝加竜骨牡蛎湯(竜骨・牡蛎)を使えば思考の暴走、動悸は治る。
心の暴走は宗気にも影響するためか息切れも起こる。
現代語訳 素問 霊蘭秘典論篇 P161
「心なる者は、君主の官なり。神明焉より出づ。…膻中なる者は、臣使の官、喜楽焉より出づ。」
調べていこうと思ったけどここはとりあえずここまでにします。
悪癖が出てる。
形
漢字はもともと意味があったはずなのに字義を知らないと形に拘ってしまう。
そうなってくるとあんまり意味がなさそうだなと思う。
意識
今までも意識していたけど、日常の意識を使いかたをもうちょっと変えてみよう。
自分がその時どうしたいと思ったか、何に魅かれたか、嫌だと思ったこと。
学校で勉強ばかりさせられると遠のいていきそうなところ。
一鍼堂で教わって大切だと思ったことのみ実践。
五行大義(2)
曲直
洪範傳曰、木曰曲直者東方。
易云、地上之木爲觀。
言春時出地之木、無不曲直、花葉可觀。
如人威儀容貌也。
許愼云、地上之可觀者、莫過於木。
故相字目傍木也。
古之王者、登稿輿有鸞和之節、降車有佩玉之度、
田狩有三驅之制、飲餞有獻酢之禮。
無事不巡幸、無奪民時、以春農之始也。
無貧欲姦謀所以順木氣。
木氣順、則如其性、茂盛敷實、以爲民用。
直者中繩、曲者中鉤。
若人君失威儀、酖酒淫縦、重徭厚税、
田獵無度、則木失其性、春不滋長、不爲民用、橋梁不従其繩墨。
故曰木不曲直也。
洪範伝に曰く、木に曲直というは東方。
易にいう、地上の木を観となす。
言うこころは、春時、地に出づるの木は、曲直ならざるなし、花葉観るべし。
人の威儀容貌のごときなり。
許慎いう、地上の観るべき者は、気に過ぐるはなし。
故に相の字は、目、木の傍らにするなりと。
古の王者は、輿に登るに鸞和の節あり、車を降りるに佩玉の度あり、
田狩に三駆の制あり、飲餞に獻酢の礼あり。
事なきときは巡幸せず、民の時を奪ふなし。
春は農の始めなるを以てなり。
貪欲姦謀なきは、木気に順う所以なり。
木気順なれば、則ちその性のごとく、茂盛敷実し、以て民の用をなす。
直なる者は縄に中り、曲なる者は鉤に中る。
若し人君、威儀を失い、酒に酖りて淫縦し、徭を重くし税を厚くし、
田獵度なければ、則ち木は、その性を失い、春滋長せず、民の用をなさず。
橋梁は、その縄墨に従わず。
故に木に曲直せずというなり。
【引用文献】
『五行大義』著者:中村璋八、発行:明德出版社
反応するタイミングなど
反応するタイミング
先日人に鍼の練習をさせて頂いた。
その時、どの段階から相手が反応しているかという事が勉強になった。
お腹が「グル〜」という音が鳴るタイミングが面白かった。
それが確認できたなら、もっと早い段階で処置を切り上げても勉強になったかもしれないなと思った出来事でした。
どの程度で切り上げるか、感覚を掴みたいものです。
心身一如
素問 陰陽応象大論編
「肝気虚則恐、実則怒。」
恐という漢字を調べる。
原典にもとづく五臓六腑の生理 P19
「両手を以て穴をあけていることを意味するもので、それに心を添えた恐とは、心中に穴が空いてがらんどうなったこと」
で空虚な心を意味する。
怒という漢字を調べる。
同書籍 P20
「<荘子=逍遥遊>に、「怒而飛、其翼若垂天之雲」という句があるが、この場合の怒も決して「おこる」ことではない。「ジワジワと満身の力をこめる」ことである。」
怒りとは、肉体に限った話ではなかった。
そう考えると肉体と五情を分けて考える必要もない気もします。
実際、肝鬱の人は体が硬い人が多い気がします。
参考書籍
原典にもとづく五臓六腑の生理 柴崎保三講述 学校法人呉竹学園 東京高等鍼灸学校研究部編








