素問 陰陽応象大論篇(第5)から その2
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こんにちは、大原です。
前回の続きで、「素問を読もう!勉強会」でも
少し触れた内容になります。
(前回の記事→素問 陰陽応象大論篇(第5)から)
前回は、素問 陰陽応象大論篇(第5)の中の
人体を構成するものの、
それぞれの相互転化についての記述について
考えていきました。
↓この一連の流れが重要であるという読み方をしてみました。
「味」→「形」⇄「気」→「精」⇄「化」
さて、素問の記述では、
最初の「味」は「陰」によって生じるとあります。
(「陰」→「味」)
もう一度原文を確認してみましょう。この2行目にあります。
【原文と読み下し】
・・・
水為陰、火為陽。(水は陰となし、火は陽となす。)
陽為氣、陰為味。(陽は気となし、陰は味となす。)
味帰形、形帰氣、氣帰精、精帰化。(味は形に帰し、形は気に帰し、気は精に帰し、精は化に帰す。)
精食氣、形食味、化生精、氣生形。(精は気に食(やしな)われ、形は味に食(やしな)われ、化は生を生じ、気は形を生ず。)
味傷形、氣傷精。(味は形を傷り、気は精を傷る。)
精化為氣、氣傷於味。(精は化して気となし、気は味に傷らる。)
・・・
2行目の「陽」や「陰」とは何を指すのかというと、
「陽」とは「天」のことで、
「陰」とは「地」のことであると、
この文章の前の部分の文脈から解釈できます。
すなわち「味」である飲食物とは、
「陰」すなわち大地のエネルギーによって
生じるということになります。
(「エネルギー」という言葉以外に良いキーワードが思い浮かびませんでした。
他に何か良い訳し方があるでしょうか、教えてください。)
形(肉体)や気、精は、正しい飲食によって得られると
前回の記事でまとめましたが、
さらに正しい飲食とは、
しっかりした大地のエネルギーから生じるということになります。
ちなみに、これらをまとめると
「陰」→「味」→「形」⇄「気」→「精」⇄「化」
となります。
現代の食生活における食材は、
大地のエネルギーをしっかり得たものかというと
そうとも言いきれないのでは?と感じてしまいます。
例えばインスタント食品や人工的に作られた調味料などは、
大地のエネルギーがほとんど無いのではないでしょうか。
また、旬のものでない野菜も
現代はビニールハウスなどによる栽培技術によって
手に入りやすくなっていますが、このような季節外れの野菜は
しっかりと栄養がとれるのでしょうか?
素問の内容から、そのような疑問をふと感じてしまいました。
(現代の農業の技術に関して私は全くの素人ですので、
このような疑問が間違ってましたら謝ります、すみません。)
参考までに、
「五味」の働きについての記述もこのあと出てきます。
辛散、酸収、甘緩、苦堅、鹹耎。
辛は散じ、酸は収め、甘は緩め、苦は堅くし、鹹は耎(やわ)らかにす。
(『素問 蔵気法時論篇』(第22))
さらに、
五味所入、
酸入肝、辛入肺、苦入心、鹹入腎、甘入脾、
是謂五入。
五味の入る所、酸は肝に入り、辛は肺に入り、苦は心に入り、鹹は腎に入り、甘は脾に入る、
是(こ)れを五入と謂(い)う。
(『素問 宣明五氣篇』(第23))
五味の働きについては
現代の薬膳関係の書籍に書かれていますので、
薬膳に興味がある方はご存知かも知れません。
ですが、例えば、
いくら酸味や甘味のある食材を用いて調理したとしても、
その食材にしっかりとした陰がなければ、
味覚としては酸味や甘味を感じたりしても、
実際には身体を養うような本来の食物としての作用が
発現されないのではないでしょうか。
五味は大地のエネルギーから生じるという
原則的な内容について書かれた書籍は
個人的にあまり目にしたことがありませんが、
重要なことのように思います。
参考文献
『黄帝内経 素問』 東洋学術出版社
患者、食べ飲み など
患者
今週寺子屋で見せて頂いた患者さん、もし自分があの人ならどういう気持ち、体になるか。
声や様子から色々気にされそう。
治療してなかったら心臓が心配だな。
生殖器関係に問題はないかな。
気逆を起こして気にされやすいだろうから、言葉遣いはどうした方がいいかな。
敏感そうだから特に時間をかけたらいけないな。
拾えなかったけど本当に心経の辺りに反応がなかったんだろうか。
あの状態なら出やすいと思うんだけれども…
食べ飲み
先日友人の結婚式があった。
そこでのスケジュールが11時〜披露宴 15時〜二次会 と言った胃腸にとってのハードスケジュールだった。
家に帰ってお腹を触ると胃がパンパン。
足では地機が硬くなっていた。
浅めに刺しても痛かったのですが、腹満は楽になりました。
舌の変化も見ていたのですが、翌日の変化など特に勉強になりました。
また、大人数は大変だなと改めて実感。
自分の課題です。
感覚
本を読みながら何かを触る。
何も見ずに何かを触る。
感覚が全然違う。
触覚だけでなく、全ての感覚がそうだと感じる。
今、きちんと周りの音を拾えているか?
それがノイズの様に聞こえるか、キチンと聞こえるかは自分の状態によって違う。
そこを聞こうとすれば別のものを拾い溢す。
こちらから行くべきじゃないんだろうな。
結局それが何なのか?とその場で気にしてる時点でダメなんだと思います。
実験
↑の事を考えていて、先週の寺子屋ではできる限り周りの状況観察に努めてみた。
やり始めの少しの間はいい感じだったのですが、ずっとやっているとしっくりとこなくなりました。
停滞するといい感じじゃなくなる。
一気にその場の空気とのギャップが出てくる感じがしました。
理論から実践しようとしましたが、これは無理だなと痛感。
実践から理論なら可能なんだと思います。
経穴
勘違いかもしれませんが、その穴に対してどういう認識を持つかで効果が変わってくると、何となく感じた出来事がありました。
補寫といった話ではなく、刺し方でも全く違う目的になるのではないのかなと感じています。
背中
知り合いの身体を借りれたので刺させて頂いた。
普段は腹などでみますが、その時は背中で変化を追ってみた。
脾募と脊柱など一致する部分が見られて勉強になりました。
背中
ありがたい事に最近人の背中を触らせて頂く機会が増えてきました。
しかし現状として捉えることが出来ていない。
正直な感想としてはどうしたものか。
手が重いと仰って頂く事が多い。
ベターって感じで触ってしまっているのかな。
そんな感じなので何とか手を軽くする様に訓練しないといけないなと思っています。
前に脈診の際に教えて頂いた体勢も意識してみよう。
患者側が体験出来たことも勉強になりました。
なかなか人に背中を触られる経験ってしないので、触られたら嫌な部分ってあるんだと知れました。
また背候診と繋がるかは分かりませんが、自分の身体で食事を変えたら何か変化あるのかなと思って一回の食事量と肉をだいぶ減らして変化を追ってみています。
感覚の部分はあまり感じれていませんが、肉食の人の肌のキメが荒いということと筋肉が硬くなるという事は体感する事が出来ました。
なんの役に立つか分かりませんがせっかくやってみたので書いて残させていただきます。
最近感じている事
主体性と他力
遠くを感じるためには真っ直ぐそこに向き合わないと到達できない。
また、真っ直ぐになれたとしてもどこまでいけるか?
最終的な主体は自分だけども、自分だけの力では限界がありそうな気がする。
人は個体としていきなり出来上がったわけではなく、天地の交流から生まれた。
生きている間も色んなものを頂いている。
足元が浮ついていれば交流も途絶える気がします。
足の裏の勇泉、掌の労宮。
何かあるのかと気になります。
木が育っていくためには根が必要なのと一緒なのかな。
それにしても桜が散った後の新緑は元気です。
勢いを感じます。
先読み
歩行者を見ていて、あの人今からあの方向に行くのかなとか観察して勉強。
遠めの人の方が分かりやすい現象も勉強になります。
縮こまる
知識に捉われると大きな動きが出来なくなる。
溶け込むことが大切だなと思います。
自分も大きな流れの中の一部といった認識でいることにしてみました。
入浴
最近風呂に入る時電気を消して入っています。
静かさが増すのでとても良い感じです。
周りのザワつきは単純に騒がしい事もあるけど、自分が騒がしい事もある。
春の空気
浮ついているというか、フワフワしてる気がします。
今年は花粉がスゴイらしいのですが、例年に比べてそういった部分はどうなんだろうと気になっています。
歩くテンポ
現代人は急ぎすぎている。
早歩きしている時とゆっくり歩く自分の差も勉強になってます。
ゆっくりするからノロマになる訳でもないと思います。
切脈一葦 序文1
こんにちは、大原です。
『切脈一葦(せつみゃくいちい)』という書物を読んでいきます。
今回は、一番はじめの序文からになります。
原文には二つのカナ文字が一つに合わさった
「合略仮名」という文字があるので、
慣れない内は読みにくいかも知れません。
<読み方>(以下の読み方は、原文をもとにした拙者の解釈によります。(後述))
切脈一葦 序
脈は実事にして、脈色声形四診の一つなり。
その状、弁しやすからずといえども、指下に心を留めて診するときは、
その掌を指すが如し。
ただその弁じ難き者は、
脈状を全証に参考して邪気の緩急と精気の虚実とを弁ずるにあるのみ。
その法素問霊枢及び扁鵲仲景二氏の書に備わるといえども、
皆分配家のために真面目を失する所多し。
故に活眼を開いてこれを観るにあらざれば、
その真面目を観ることあたわざるなり。
晋の王叔和、これを弁ずることあたわず。
ただ分配家の説を論じて、脈経を著わす。
その書詳なりといえども、ただ文字を論じて脈を論ぜず。
その言に曰く、脈理精微にして、その体は弁じ難く、弦緊浮芤、展転相類す。
心に在りて了し易く、指下明らかにし難し。
沈を謂いて伏と為し、則ち方治永くそむき、緩を以て遅と為すごときは、
則ち危殆(きたい)立ちどころに至ると。
この説出てより以来、脈を診する者、脈状を明むることあたわず。
その弊遂に脈状は明じ難き大業と為すに至る。
これ医門の大厄なり。
それ道は大路のごとくにて、知り易く行なえ易し。
いわんや脈は、実事にして顕然(けんぜん)たる者、
何ぞ指を以て明じ難きの理あらんや。
ただ心に在りて了し難きのみなり。
弦緊浮芤は相類すといえども、
重き脈は、その状分明にして、診し易く、
ただ軽き脈のみ相類して、分明ならさる者あり。
然れども、分明ならざる者は、固(もと)より相類する者にして、
その証異ならざれば、通し用いゆといえども害あることなし。
伏は沈の極みなり。
遅は緩の極みなり。
故に弦緊浮芤の分明ならざる者は、
その証に因りて、沈を伏とし、緩を遅と為すといえども、
また害あることなし。
これ指を以て明にし難きにあらざる所以(ゆえん)なり。
たとえ沈伏緩遅たがわずといえども、
その脈状を全証に参考するの時に当たって、
もし医の心動くときはその証を決断することあたわず。
いわんや病毒に痞塞(ひそく)せられて、
虛脈をあらわし虛損の極み、反って実脈をあらわす者においては、
脈状の疑似に論なく医の心を以て取捨して、
決断するにあらざれば、決断することあたわず。
何ぞただ脈の一診に止らんや。
これ心に在りて了し難きゆえんなり。
手は心を得てよく探り、足は心を得てよく踏む。
もし心手足に在らざれば、探れどもその探る所を知らず、踏めどもその踏む所を知らず。
今その探る所を知り、
その踏む所を知る者は心よくこれを明むるを以てなり。
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<用語の意味>
真面目:本来のすがた、ありさま
活眼:物事の道理をはっきり見通す眼識、見識
上の<読み方>ですが、現代の読み方に近づけるため
個人的な解釈で、
原文をもとに以下のように変更しています。
・漢字の送り仮名を補足
・口読点「。」を、文脈から「、」「。」に分別
・読み方が難しい漢字の読み方を補足、またはひらがなに変更
序文はまだ続きますが、
長くなりますので、続きは次回になります。
参考文献
『切脈一葦』(京都大学附属図書館所蔵)
画像は京都大学デジタルアーカイブより
どこに核?
体のどこで受けるか。
昔何気なく、不意に先生から物を投げてどの様な受け取り方をされるか見られた事がありました。
その時の感覚とリンクするものがある。
そうなんだよな、自分は受け手なんだよなと再認識。
その感覚を掴めたら歩行、しゃがむ動き、足を踏む感覚など日常生活で訓練できる事なんていくらでもあって、その感覚をもったまま色々試す。
掴んだ瞬間はどこまでもいける感覚がある。
これも道なのか?
本当に気の合う人と接していてもある種の似た感覚に陥る事がある。
身体操作に限らない話だと思います。
老子「載營魄一、能無離乎。専氣致柔、能嬰児乎。…」
老子は読んでると色んな事を書いてる。
でも意外と内容は共通していて多くはなく、感覚を掴めるのか、継続できるのかと言ったところに一つの価値があると思う。
楽しんでいこう。
状態・姿勢・腰陽関など
いい状態
この前の寺子屋はいい状態で入れた。
色々発見があって勉強になりました。
背中って横に出るんだなと新たな発見がありました。
季肋部からサイドにかけても繋がって反応あり。
その他教えて頂いた事とも繋がって大変いい経験が出来ました。
姿勢
椅子に座る時に両坐骨に体重が均等に分散され、仙骨が立っているか。
ちょっと姿勢を変更中。
自然と肛門は上がります。
腰陽関
一時期便秘で下剤で無理やりひねくり出していた人の背中を見せて頂いた。
腰陽関のラインで腰痛が起こっていて、触った後に見て確認してみても凄い陥没+黒く変色。
その上の突起間は詰まっているというよりもはや盛り上がっていてなんだこれって感じでした。
膝が痛いとも仰っていたので、もし刺したら利腰膝になるかもしれない。
そこへの絡みが分かっていなければ意味がない気もしますが…
お腹は天枢に反応があった気がします。
大腸の募穴であるから腰陽関も関連してる?
下剤は長期的に使用すると大腸メラノーシスが起こり、大腸癌のリスクも跳ね上がるとの事ですが、腸単位で気虚血瘀を起こす?
背景
その方、見ると背景には肝鬱を抱えている。
太衝にも出るし、お腹も悪い意味でモデル体型。
歩くと母指球が痛いそうで、肝経の影響かなと想像。
改めて考えると「あれ?天枢はこちらを表しているのか?」と判断がつかない。
募穴という意味では大腸だけれども…
他にも分かっていなければいけない所を置き去りにして考えているので、課題として置いておきます。
足元
足元からガラガラっと崩れ落ちる感覚。
これをセルフで作れないか思考錯誤中。
言葉の距離感
丁寧過ぎても相手に気を使わせる。
いい面も悪い面もある。
状況によって変えなければな。
形だけ守っている時は、ジャケットを着ている時の感じと似てます。
大切なのはそこじゃないだろうと反省。
食事制限
寺子屋に入ってから一度やり過ぎては良くないと判明した僧侶の様な食事。
以前と認識を変えたので、補助になるかと思って再度挑戦。
ある程度までいくと自汗→軽度の気虚発熱と言った事が起こる。
やっぱりダメでした。
ただその中でもゆっくり、しっかり噛むと言った事は自分のテンポを落とせる事が実感出来て良かったです。
しっかり味の向こう側も体験できました。
相手
人と接する時、相手ときちんと交流する。
感情ではなく向き合う。
お互いが準備ができていなければ通じない。
受付の仕事はその下準備なのに、最近は最低です。
下準備をおろそかにして先生にお渡ししてしまっている。
なぜと考えてミスした日付と時間帯を追ってその時の自分の状態を思い返す。
大体のシーンで状態が良くない。
自身の余分なものが多い。
空回りです。
表情
表情や顔の状態を弁証に結びつけても面白いかもしれないと思った。
鬱症状では表情筋が固まるが、頬のあたりを肝あたりに配当できないか。
素問刺熱論篇
「肝熱病者、左頬先赤」
緊張すると上手く笑えないといった現象を人の停滞と見れないか。
学校の教科書では肝は下焦と習いますが、あれは温病学だけの話だと思う。
昔ガンの人の本を読んだ時、例え面白くなくても頬を上げるだけでも状態が良くなるといった内容があった。
どうしてもガンになると気鬱は入り易いので、現象としてはそこの解除といった意味なのかなと思いました。
学術資料が少ない中での試論なので、追っていくものとします。
参考資料 「現代語訳黄帝内経素問 中巻」P22、23 東洋学術出版社 南京中医学院編著
脈診(06)
引用:『中医診断学ノート』P30 ” 3、正常な脈象 ”
平脈
正常な脈象のことをいう。
脈位は浅くも深くもなく、
脈拍は速くも遅くもなく(一呼吸4〜5ーーー60〜90分)、
ゆったりとおだやかで、しかも力強い。
さらに、脈拍の律動が規則正しい。
有胃・有神・有根
正常な脈象(平脈)の特徴は
有胃・有神・有根の三つに表現される。
有胃
脈位は浅くも深くもなく、
脈拍は速くも遅くもなく、規律が正しい。
有神
ゆったりとしていて、しかも力強い。
有根
尺脈を沈取したとき十分に力強い。
そもそも平脈を臨床上で知り得るのはいつなのか?
主訴をもって来られた初診時ではないので、いつ?
”尺脈の沈取で力強い”とするのが、有根とあるが
邪によって強くなることもあるのでは?
人の個性や今まで歩んできた歴史によっても異なり、
”正常な脈象”の把握って実は難しいように思う。
【参考文献】
『中医診断学ノート』東洋学術出版社
診病奇侅(01)
中脘
脾部中脘塞り、中脘水分に動あり、
又脾塞り、水分に動ありても、中脘に動なきは、食にあらず、
《私議》
中脘と水分について感じるところあり、考察を深めたいと思います。
【参考文献】
『診病奇侅』医道の日本社
血分病機
こんにちは、稲垣です。
血分病機についてまとめます。
【血分病機】
血は営より深層にあり、血分病変は営分病変よりもさらに重くいとされ、
心・肝・腎などに重大な障害の可能性があるとされる。
・熱深動血
熱邪が血分まで深く入りこんで火に変わり、火毒が燃えあがり、血絡を損傷し、血流を混乱させる。
血熱が心を傷れば、主神の蔵ゆえに意識障害・譫語・狂躁が現われる。
・血瘀血畜
血熱が気を損傷し、気滞をつくり血瘀に発展させる。
邪熱が血とぶつかる、陰液を熱邪が損傷させて営血を消耗させた場合、など瘀血となる。
さらに発展し、邪熱と瘀血がぶつかりあえば「血結胸」「下焦畜血」などとなる。
・血熱動風
血熱が盛んになり、厥陰まで入り込み、肝を犯して筋脈を焼く。
陰血を消耗させ、火より風を生じさせる。痙攣などが発生する。
少火は壮火となり、風を起こして、さらに火を煽る。
意識の混迷や厥証を発生させる。
・耗血動血
熱の血分侵入では、耗血・血竭・亡血・動血を起こす。
血の不足により筋を潤すことが出来ず、また陰が陽を抑えられずに
血虚生風、虚風内動を起こす。
【参考文献】
『中医病因病機学』東洋学術出版社









