問診
問診をさせて頂いたが、要点を抑えて聞くことが出来なかった。
まず、主訴もそうだけどもそれがどう原因とリンクしているか。
本来のきっかけであろう可能性が大きいものではなく、枝葉の部分を主訴として来られる事も多々ある。
ただそれだと「ここが痛いから鍼して」というやり方と変わらない。
患者さんからしたら当たり前の話なのだけれども、施術者がそれじゃいけない。
重要であろう情報を汲み取り、そこから時期や広がり方、症状の特徴や進行具合、悪化条件やその他参考になるものも聞いていく。
そこから要点をまとめてパッと先生にお渡しできるぐらいでいい。
他、聞き方としてもクローズドにならない様に気をつけたい。
ありのままの情報を聞き出せないこともそうだし、患者さんの緊張に繋がりそうなものでもある気がする。
また、この間問診させて頂いた人のキッカケを考えても全員がそうなるとは思えない。
背景にある臓腑の状態も考察できそうなものではある。
ただし、弁病論治になれば見落としにつながるので臨床の場では持ってこない様にする必要があると思う。
仮説として置いておき、臨床を重ねて答えを出せる様にストックしておく。
しかし記憶系の問題は日常生活にも支障を来しやすいし、その悩みが続くと別の疾患にもつながるので大変なものだと感じた。
早く治ります様に。
舌診(03)
受付のKさんに舌の研究の為にご協力頂きました。
飲食物の影響による舌苔が染まる、
いわゆる”染苔”をさける為に、わざわざ調整していただきました。
表
裏
舌質
舌神:有神
舌色:淡白舌
舌形:嫰・胖大・歯痕・点刺
舌苔
苔色:白苔
苔質:全苔・薄苔
試してみる
先週とてもいいお話を聞かせて頂けたので手で木・皮製品・自分の身体など色々触る様に意識しています。
触った時の感触を知ることや触り慣れると言った意味でも私にとっては良さそうだなと感じています。
また、手が冷えていたら寒熱は分かりにくくなるのかと思って実験してみました。
内容としては右手の労宮に石膏(性質:大寒)の粉末を2分程度乗せてみる。
その後綺麗に流して右手・左手を中脘あたりに当ててどちらがお腹の温もりを拾いやすいか見てみる。
やってみると明らかに左手の方が暖かさを感じやすい。
右手は感じにくいし、触られているお腹もちょっと冷えて触られたくない。
手を冷やさないって大事なことだなと実感しました。
冷たいもの飲んで手が冷たくなった事を感じた事があるので飲食物も気をつけよう。
また、服越しでもわかると仰られていたので前に歩いている人の背中で何か感じるかも試していっています。
続けていくと拾える様になるのか楽しみです。
脈・意識・腹・動作など
初めての脈診の感覚
寺子屋で脈診をさせて頂いた。
その時脈がフワッと乗ってきたのだけど、それがいつも以上に指ではなく身体に感じた様な気がして新鮮だった。
良い経験ができた。
また、最初の感じたあれは滑か。
患者さんの問診で仰っていた内容と一致。
それが何なのかまだまだ考察がいるな。
ただ材料が少ないので一旦ここまで。
取り逃しは沢山あると思うけど感覚として置いておく。
課題
自分が柔らかい状態でいられる様にしなければなと思う。
人を触らせて頂いて触り方がどうとか自分との引っ掛かりがある時点でダメなんだよな。
対話する相手が違う。
邪魔しないで欲しい。
でも自分を操作する経験上、それを過度にどうこうしようとしたらもっとダメになる。
表面的な否定は避けたい。
それも許容していきたい。
お腹を触って
触らせて頂いた患者さんの術後、術前と触らせて頂いたお腹の様子が違った。
あの印象、イメージでも復習して手に叩き込まなきゃな。
体で覚える様にする。
また、そこから弁証する時は下から上への関係も判断できる様にする。
脈診でも尺部に違和感を覚えていたはずなのに何でその考えになってしまったのか。
自分の身体
シャワーを浴びている時よく動作確認をする。
その時にふと教えて頂いた事と自分の身体が頭ではなく体で繋がった気がした。
そうなると良くいう胆経で左右のバランスが崩れるとか本当か?というか本当なんだろうけど本質なのか?とかも思う。
また、筋肉の発達でも一つの指標にはなる気がする。
色々訓練していかなきゃいけないんだけれども、そうなった時日本から和式便所が無くなったことが悔やまれて仕方ない。
治療と勉強の狭間
◯ 治療の合間に勉強させてもらう
寺子屋で勉強会を開きました。
お互いの主訴から治療まで一連の流れを再現してみました。
「練習相手」と思うから、ダラダラやる。
寺子屋で患者さんの問診から切経を
「5分以内に終わらせるように」
と下野先生に何度指導いただいているのに、
守らず切経を終えて帰ってくる。
やはり『甘え』みたいなものがあったと思います。患者さんも不快に思いますね。
ストップウォッチで測りながらどこに時間がかかっているのか、寺子屋生にも客観的にも見てもらいました。
更に寺子屋生の施術を受けることで
モデル患者さんの治療をしている時の
自分を重ね合わせて、俯瞰して見ることができます。
無意識にやっていることを
改めて意識して修正し、
修正したものをブラッシュアップさせながら、
最終的には無意識でできるようになりたいです。
また、お互いの施術でたまたま選穴が同じだったのですが、気を付けなけれざならないと先生が仰ってた場所だけど、(なぜそうなのかわかっていない)悪い方向に向いた時、体験を共有することができました。
◯“治療の流れ”を意識しすること
私は舌→カルテ→脈→カルテ→お腹…と
診て書いての間に流れが途切れてしまいます。
空間やリズムに何か歪みなようなものが出て違和感が出ます。
それは患者さんも感じていることと思います。
書く、聞く、話すことに気を取られてしまうので、流れを止めないために鍼の袋を捨てる動作ひとつにしても色々と引き算していこうと思います。
とある山中にて。
こんにちは、稲垣です。
修行の一環で、とある山中にて作業をさせて頂いております。
感じる事は多々あるのですが、この春に感じた事を記したいと思います。
今年の節分は例年よりも一日早い2月2日でした。
つまり立春は2月3日。
その翌日に山中に入りましたが、都市部の寒さとは違う空気を感じました。
気温は寒いのですが、間違いなく”春”。
ビルよりも、木に囲まれた方が、
季節を正確に教えて頂いているように感じます。
その春ですが、
藤沢周平の作品に出てきそうな
東北武士の気概のような力強さを感じました。
”長い冬に積もった寒さを、苦難を跳ねのけて芽を出す力強さ”的な。
車のギアでいうと1速、2速とかそんなギア比でしょうか。
そんな空気を感じながら作業をしていると。
肝氣の力強さを思い、疏泄機能・条達機能とはこういう事なのかな?と感じたり。
弦脉とはこういう事なのかぁ?と感じたり。
色々な事の辻褄があう感覚を得る事が出来て楽しい時間を過ごせます。
極めて価値ある時間を頂いています。
一人で黙々と作業をする事が、
そんな楽しく思考出来るコツのように思いえますが、どうなのでしょう。
この場所だけに限らず、様々な山を楽しみたいと思います。
『舌鑑弁正 訳釈』より”紅にて震える舌”から学ぶ。
こんにちは稲垣です。
顫動する紅舌を『舌鑑弁正 訳釈』より学びます。
第一百十三、紅戦舌。
鸇掉不安、蠕蠕微動也。
深紅、赤紅而戦者、宜三黄石膏等湯。
紫紅、瘀紅而戦舌、宜三黄白虎大承気。
淡紅而戦者、宜十全大補湯。
鮮紅、灼紅而戦舌者、宜六味地黄湯、
此舌虚火、実火皆有之(均裏証、無表証)、誤治即壊。
旧説指為汗多亡陽或漏風所致、
且不詳弁而概用温補、謬也。
(引用:『舌鑑弁正 訳釈』P244~245)
第113 紅戦舌
舌の震えが止まらずクネクネする。
深紅・赤紅で震えるものは、三黄石膏湯がよい。
紫紅・瘀紅で震えるものは、三黄白虎大承気湯がよい。
淡紅で震えるものは、十全大補湯がよい。
鮮紅・灼紅震えるものは、六味地黄湯がよく、
この舌は虚火・実火ともにあり(ひとしく裏証で、表証はない)、誤治は壊証になる。
旧説は汗多くて亡陽であったり、漏風によるというが、
詳しく調べずに概して温補を用いるのは、間違っている。
※十全大補湯については《和剤局方》を出典とする
『中医臨床のための 方剤学』と『舌鑑弁正 訳釈』の生薬について
成分が一部異なっており、精査していきたいと思います。
梁玉瑜は旧説の主治の方として紅戦舌に対して温補剤を一概に用いる事に注意を促し、
戦舌でも、紅舌の様々について湯液を選定されています。
《戦舌》
深紅・赤紅 → 解表清裏剤 「三黄石膏湯」
紫紅・瘀紅 → 寒下剤 「三黄白虎大承気湯」
淡紅 → 氣血双補剤 「十全大補湯」
鮮紅・灼紅 → 補陰剤 「六味地黄湯」
舌体がふるえ動いたり、舌筋がぴくぴくと動き、自分では制御できないことである。
「顫動舌」「顫抖舌」「舌顫」「舌戦」などと呼ふ。
虚損あるいは動風によって生じ、筋脈が陽気の温養と陰液の濡潤をえられないために
安寧を欠いて顫動したり、肝風内動にともなって振戦が引き起こされる。
(引用:『中医臨床のための 舌診と脈診』P30)
内熱の強そうな患者さんの、手足に動きがあるのが気になっており、
戦舌の特徴を調べることにより、熱と体の動きとの共通点を見つける事ができたらと考えました。
現時点では明確な発見には至っておりませんが、今後につなげたいと思います。
【参考文献】
『舌鑑弁正 訳釈』たにぐち書店
『中医臨床のための 方剤学』医歯薬出版
『中医臨床のための 舌診と脈診』医歯薬出版
補瀉
補寫に関して気になったので調べていきます。
《現代語訳 黄帝内経霊枢上巻》P 14 九鍼十二原篇
「針の技術の要は、刺鍼の部位が適当であることと徐疾の手法の正確な運用にあります。」
「気の働きの虚実変化を理解すれば、補瀉の手法を正確に運用でき、毛筋ほどの間違いも起きる様なことがありません。」
「気の往来の時期を理解してはじめて刺鍼の正確な時間を理解できるのです。」
「気が去るとき経脈が空疎になるのを『逆』、気が来るとき経脈が充実するのを『順』といいます。」
《現代語訳 黄帝内経霊枢上巻》P 18、19 九鍼十二原篇
「瀉法を用いるときは、かならず鍼を素早く刺入して気を得たのちゆっくり抜き去り、大いに鍼孔を揺らして、表用を開けば、邪気を外に洩らすことが出来ます」
「補法を用いるときは、経脈の巡行方向にしたがって鍼を向け、ゆっくりと散漫な様子でそっと刺します。鍼をめぐらして気を導き、経穴を按じて鍼を刺すとき、あたかも蚊が皮膚の上を刺しているようなあるかなきかの感覚があります。鍼を抜き去るのは速く、矢が弦から放たれたかのように、右手で鍼を抜き、急ぎ左手で鍼穴を按ずれば、経気は留まり、外は発散せず、中は充実し、留血の弊害もありません。」
「鍼を刺すときは経気の到来を候わなくてはなりません。」
《現代語訳 黄帝内経素問》P272 鍼解篇
「虚証を鍼治療する際には、鍼下に熱感がなくてはなりません。なぜなら正気が充実すると熱感が生まれるからです。
実証を治療するときには、鍼下に涼感を感じなくてはなりません。なぜなら邪気が衰えてはじめて涼感が起こるからです。」
→補寫どちらにおいても気が至ったり去ったり、熱感・涼感を感じる感覚が重要。
手技としては、どういった速度で刺し抜きするか・どの様な角度で刺すか・揺らすか・案じるか。
《鍼灸臨床能力 北辰会方式 理論篇》P344
「臨床的には、かつては太い鍼をゆっくり入れて気を温め集めて、スッと抜いていた。抜くときにゆっくり抜くと、鍼穴が余計に広がって、気が漏れやすく散りやすくなるためである。現在の鍼は細くなっているのでその必要がない。ゆっくり入れてゆっくり抜けば良いのである。」
→古代と現代の違いを感じました。昔と全く同じ条件ではないので、形ではなくそれが何を意味するのかきちんと理解していないとこれからズレた認識が生まれてきそうです。
また、ここから補瀉の際にどんな鍼を選ぶかなどのヒントにもなっていそうな気がします。
読んでいて、昔の人はどんな方法で鍼を作って保管していたのか。
現在は鍼をどの様にして作っているのか。
現在の鍼になった分岐点などはいつなのか。
なども気になってきました。
参考資料
《現代語訳 黄帝内経霊枢 上巻》 東洋学術出版社 南京中医学院編著
《現代語訳 黄帝内経素問 中巻》 東洋学術出版社 南京中医学院編著
《鍼灸臨床能力 北辰会方式 理論篇》 緑書房 一般社団法人 北辰会学術部編著
京都薬用植物園の麻黄
先日、武田薬品工業(株)京都薬用植物園の『初秋の研修会』に行ってまいりました。
東洋医学の理解の為に、漢方の勉強の一環です。
ガイドの案内で植物園を一周します。
管理する研究員の方々は展示に趣向を凝らしていました。
「麻黄は砂漠に生息しているので、砂漠を模したスペースを造園中です」との事。。
『中薬学』などで、麻黄の効能(辛温解表薬・・)などについて書物の中を散策する事はありましたが、その植物の生息環境を考える事はありませんでした。
その気づきを頂いただけでも行った甲斐はあったように思います。
実際には麻黄の種類も豊富で砂漠のみの生息ではないようですが、基本的には乾燥した地域に生息するようです。
”乾燥した地域に生息し、解表薬となる”
この自然環境が導き出した答えに、探求心が沸き起こります。
水の上限で潤いの必要な華蓋に対して、効能のある植物が乾燥した地域に生息し、成分を蓄える・・
私は中国で砂漠となると、思いつくのがタクラマカン砂漠でした。ゴビ砂漠もあり、砂漠は実際には複数存在します。
解表、皮毛、肺、砂漠・・西?、金の相生⇒水
『五行大義』
金居少陰之位。西方成物之所。物成則凝強。少陰則清冷。故金以強冷為體、従革為性。
現在は『五行大義』をよく読みますが、面白いルールが隠れていうように思えて仕方がありません。
【参考文献】
中薬学(東洋学術出版社)
方剤学(東洋学術出版社)
五行大義(明德出版社)
欲しかった本入手
以前から欲しかった意訳黄帝内経太素が安値で売られていたので手に入れる事ができました。
まだ読み始めたところですが自身が内経を読んで疑問に思っていたところがハッキリ書かれていたりして勉強になります。
今回は勉強用のブログとして、書籍から学んだ事を書いていこうと思います。
本一辺倒にならない様に、モードを切り替えながら生活していこうと思います。
まだパラパラ読み始めたところですが、気になった部分の一部を書いていきます。
意訳黄帝内経太素 P131 五臓命分
「志・意と者(は)精・神を御し魂・魄を収め、寒・温を適え喜・怒を和す所以者也。」
P132
「志・意が和す則(と)精・神は専直(すなお)となり魂・魄は散ぜ不、悔・怒も至ら不、五臓が邪気を受けることは不矣(ない)」
ここでは志・意が切り離されていない点も気になる。
現代語訳 黄帝内経霊枢 上巻P161 本神篇
「物を任うゆえんの者これを心と謂う。意の存する所これを意と謂う。意の存する所これを志と謂う。」
全訳 内経講義 P201
「李中梓の注「意がすでに決まり、堅固になったものが志である。」」
記憶などで例えられた場合、意は短期記憶力で志は長期的記憶力と説明されていました。
(意の在する所これを志と謂う。)
医学三蔵弁解 P151 帰脾湯
「人参は心気を補い、遠志は腎中の志気を補います。心腎の二気がよく交通すると、脾気がその昇降の間を保ち、三臓の気が自然と充実してきます。」
帰脾湯は心脾両虚の薬ですが、心神不交も兼ねる。
しかし帰脾湯の物忘れの特徴的な現れ方は「直前の記憶がない」という点。
さっきまで何をしていたのか分からなくなる。(意病)
でも、意志は切り離せるものではなく、実際に遠志という生薬で腎気(志気)を心に届ける過程で脾気(意)を巻き込んで治している。
この後のストーリーとして意志が安定して魂・魄なども安定、喜・怒も過剰なものが無くなればいいなと思いました。
参考書籍
意訳黄帝内経太素 第一巻 築地書店 小曽戸丈夫著
現代語訳 黄帝内経霊枢 東洋学術出版社 南京中医薬大学著
全訳 内経講義 たにぐち書店 田久和義隆訳
医学三蔵弁解 たにぐち書店 伴尚志 現代語訳









