痰飲(1)
痰飲について、『中医病因病機学(主編:宋 鷺冰、翻訳: 柴崎 瑛子)』の第9章
「内生要因」より、古典からの引用部分を抜き出す。
「千金方衍義」
その根源が不足すれば、日がたつにつれ水の精華は混濁してゆき、ついには痰飲が出来る。
そして必ず先ず呼吸した大気が及ばないところに集まるので、腸から脇、そして四肢へと達し、
しだいに胸膈へと浸蝕していき、ますます乱れていく。
つまり痰飲の病で胃から始まらないものはない。
「儒問事親」
飲ができるためには原因が五つある。それは憤慨を抑えたことによるもの、疲労によるもの、
思慮が過ぎたためのもの、飲痛によるもの、そして発熱に冷えに損傷されたためのものである。
「医碥」
痰自体は自分の津液であり、・・その静粛機能を失って加熱すれば、
津液が火に煮詰められ、粘っこい濁物に変わる。
また温が失われて寒が過剰になれば、津液が寒のために停滞し、次第に凝結して痰ができる。
「三因方」
飲食過多で道楽にふけり、大声を張り上げてひどく疲れ、運動が適当でなければ、
津液が巡らず、集まって痰飲になる。これは不内外因に属する。
「直指方」
水と飲と起源が同じだが名前が異なる。
人は脾土が欠損しているだけで飲んだ水がいつまでも転化できなかったり心下に停滞したり、
脇間に集まったり、経絡に入ったり、膀胱に溢れたりし、そのために病気になることがよくある。
「本草綱目」
痰涎などは気に従って上下し、入り込めないところはない。
心に入れば竅を惑わせて癲癇・うわ言・幻視などをひき起こす。
【参考文献】
「やさしい中医学入門」東洋学術出版社
「中医病因病機学」東洋学術出版社
側・舌
側
豊中院で先生の身体をみさせて頂いた。
先日寺子屋でここを見といてくださいと言われた部分に反応があった。
中に差し込んでいる様な形。
背候診の時もついでに触って様子を伺う。
停滞している印象。
少陽枢機不利が原因かと思った。
舌
今日患者さんの問診、切経などさせて頂いた。
その患者さんを含めて思う事。
舌を見て、
「子供の様な舌だな。」
と思う方がちらほらいる。
このあたりは持って生まれたものではなく、臓腑の現れ方として共通するものがあると思う。
水の溢れ方も特徴的。
五行大義(07)
昔、バイクに乗っておりました。
ビンテージなスタイルを好んで、トライアンフとかノートンとかに憧れておりました。
空冷の単気筒が、エンジンの状態も分かりやすくて好きなのですが、
冬ですと、エンジンが大気で冷えるのと、インテークエアが冷たく燃焼が好調なので、
私は「バイクの最適な季節は冬だ」と考えておりました。
(冷たい空気がエンジンに良い理由は”空気の密度が高い”とか”酸素濃度が高い”とかあるようです。)
五行大義の中、
『少陰則淸冷。故金以强冷爲體、従革爲性。』とあり、
金については冷たいことの優位性を説いてるように思います。
私たちが日々取り込む空気なり飲食なりが、過度に温度が高かったり低かったり、、
東洋医学を考える上でも、重要なのかもしれません。
第二辯體性
つまり形体と性質について
體者以形質爲名。性者以功用爲義。
五行體性、資益萬物。故合而辯之。
木居少陽之位、春氣和、煦溫柔弱。火伏其中。
故木以溫柔爲體、曲直爲性。
火居大陽之位、炎熾赫烈。
故火以明熱爲體、炎上爲性。
土在四時之中、處季夏之末。陽衰陰長。
居位之中、總於四行、積塵成實。
積則有間。有間故含容。成實故能持。故土以含散持實爲體、稼穡爲性。
金居少陰之位。西方成物之所。物成則凝强。
少陰則淸冷。故金以强冷爲體、従革爲性。
水以寒虛爲體。潤下爲性。
洪範云、木曰曲直、火曰炎上、土日稼穡、金曰従革、水曰潤下。
是其性也。
体なるもの形質をもって名となす。性なるもの功用をもって義となす。
五行の体制、万物を資益す。故に合してこれを弁ず。
木は少陽の位にあり、春気 和し、煦温し柔弱する。火はその中に伏す。
ゆえに木は温柔をもって体となし、曲直を性となす。
火は大陽の位にあり、炎熾し赫烈する。
ゆえに火は明熱をもって体となし、炎上を性となす。
土は四時の中にあり、季夏の末のところ。陽は衰し陰は長ず。
位の中にあり、四行を総じ、塵を積もりて実をなす。
積もれば則ち間を有す。間がるがゆえに容を含む。実をなすがゆえに持も能う。
ゆえに土は含散・持實をもって体をなし、稼穡を性となす。
金は少陰の位にあり。西方は物を成すところ。物を成せば則ち凝強す。
少陰は則ち清冷なり。故に金は強冷をもって体となし、従革を性となす。
水は寒虚をもって体となす。潤下を性となす。
洪範云、木は曲直といい、火は炎上といい、土は稼穡といい、金は従革といい、水は潤下という。
これはその性なり。
【参考文献】
『五行大義』株式会社 明德出版社
督脈
背中で診断する際、督脈と臓腑の関係が少し整理できそうです。
中医臨床 臨床経穴学 P729
第15章 督脈
「本経経穴の効能面では、各経穴ともその経穴の所在部位とその近隣の局部の病証、穴下にある関連臓腑・器官の病証を治療することができるという共通性がある」
つまり膀胱経だけではなく督脈の経穴もしっかり臓腑の状態が反映するので診なければいけないし、そちらを治療穴にする場合があるので確認する必要があることがわかりました。
先週の記事で書いた疑問を少し深掘りできた気がします。
現代語訳 奇経八脈考 P194
「各陽脈はすべて足太陽に従属し、足太陽は督脈と連係しているので、各経の陽気を主治することができるのである。足太陽と督脈の作用を、明確に分けることは非常に難しい。
例えば古代に経穴画「十二人図」を作った際に、督脈は足太陽に入れ、任脈は足少陰に入れているが、これは両者の関係が密接なことの反映である。」
ここからも何か学べる気がしますが、まだ掴めないのでとりあえずメモとして残させて頂きます。
参考資料
「中医鍼灸 臨床経穴学」 東洋学術出版社 李世珍著
「現代語訳 奇経八脈考」 東洋学術出版社 李時珍著 現代語訳・和訓 勝田正泰
傷寒論の学習 その3
(前回ブログ
傷寒論の学習 その2:https://toyoken.org/1179/)
こんにちは、大原です。
前回の内容でも書きました通り、
傷寒論で、
陽明病の「提綱証(ていこうしょう)」は
胃実熱証であるということが
学校の教科書や
多くの解説本で述べられています。
根拠となる条文は「陽明之為病、胃家実是也」です。
ですが、『宋以前傷寒論考』という書籍によると、
宋の時代に傷寒論の条文が書き換えられたようで、
宋以前は「胃中寒」だったそうです。
傷寒論の原本は失われているそうですので、
現代において傷寒論の内容を調べていくには、
傷寒論の内容が書かれた古文書をもとにして
汲み取っていくことになりますが、
現代の教科書は、
宋の時代に書き換えられた内容のものを基準にしているのですね。
太陽病が表寒で、
その後につづく陽明病が実熱になることに
はじめ違和感を感じていたのを思い出しましたが
その謎が少し解けたように感じました。
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参考文献
『宋以前傷寒論考』 東洋学術出版社
興味がありましたら、ぜひ参考文献もお読みください。
【用語集】肝鬱気滞
肝鬱は
肝気鬱もしくは、肝気鬱結の略称であり、
肝気が滞ることをあらわす。
気滞は、その名の通り、
常に循環しているはずの「気」の流れが「滞」っている状態をあらわす。
肝気の特徴として、
樹木がなんの制約も受けず、
ただのびのびと枝を伸ばしていく様を「条達」。
縦横無尽に全身を動き回ることを「疏泄」と表現する。
精神的な負担などがかかることで
肝気が伸びやかに巡らなくなり、
肝気が鬱屈した状態、すなわち「肝鬱」となる。
参考文献:
『黄帝内経素問』
『黄帝内経霊枢』
『中医基本用語辞典』 東洋学術出版社
『基礎中医学』 神戸中医学研究会
『中国医学辞典』 たにぐち書店
『臓腑経絡学』 アルテミシア
『鍼灸医学事典』 医道の日本社
施術日記(03)
T.I 先生との治療練習3回目です。
週ごとに、同じ経脈上に刺鍼する事で変化をとります。
舌診の鍛錬
【目的】
① 一週間前と同穴にて、鍼の番号を変えて違いを診る。
② このシリーズは今回で3回目。
鍼の ”前後” という短期的にできる変化とは違う、中期的な変化を探す。
舌の中央の苔・裂紋には長い歴史を感じるので、
この変化を狙うのは、
長期的に考えなくてはならないのかもしれません。
舌尖と舌辺の赤みは、ぼんやりといつものようにある。
舌の出し方に、強張った感じはみられない。
陰陵泉(右):0番鍼にて置鍼(5分)
一段と力が抜けたように感じる。
刺鍼後には舌尖と舌辺の赤みは、淡く穏やかになるのはいつもの通り。
舌の水分量の違いが、事前事後で間違いなく変化する。
2週間前は・・
この2週間前に舌診した際、
舌の出し方が右へ傾いていたのが特徴的でした。
舌尖の尖がり具合や舌の周辺の赤みは現在もありますが、
現在は少しマイルドになっているように感じます。
ご自身で治療をされているのもあり、
このシリーズでの正確なエビデンスという訳ではありませんが、
変化は感じられます。
脾胃に優しく過ごしてみました
1月7日は無病息災を願って七草がゆを食べる日!と短絡的に考えていましたが、調べてみると中国から渡ってきた風習とのこと。「人日」という五節句(陰陽五行説に由来して定着した日本の暦における年中行事を行う季節の節目の日)の1つで、「人を大切にする日」なのだそうです。
一般的に春の七草(せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ)が使われていますが、何を使ってもいいみたいです。食材には五味、五性があり、春の七草は涼性の性質を持つものが多く、熱証(陽盛、陰虚)にいいとされているため、食べ過ぎて熱を持っている胃腸に優しいのかな。胃が熱を持つと過食になり、脾に負担がかかる、脾の働きが弱まると胃にも影響がでる?そもそも胃は疲れてるのになぜ過食がちになってしまうのか…と色々考えてしまいました。
人を大切にする=自分や家族のからだを大切にする日ということでもいいのかな?と私は思います。普段めったにキッチンに立つことがない私ですが、せっかくなので七草セットを買ってきて七草がゆを作ってみました。作りすぎたので明日の朝も脾胃に優しく過ごしたいと思います。
切脈一葦 上巻1
こんにちは、大原です。
前回まで、『切脈一葦』の序文を
2回に分けて読んでいきました。
前回の記事 (切脈一葦 序文2)
今回から、上巻を読んでいきます。
切脈一葦 巻の上
常陽 中茎謙 著
脈位
寸口の脈は、顕然として見(あらわ)る処なり。
故に上古より今に至る迄、
動脈の流行をここに診して。
血気の盛衰をうかがうこと何の時より始めと云うことを。
明らかにせずといえども、古書に脈を論ずるときは、
必ず寸口を主とするを以て考えるときは
上古の脈位なるこを疑いなし。
寸尺は、人の体より出(いで)たる者にて、説文に、
「周制の寸尺(すんしゃく)咫(し)尋常の諸度量は、皆人体をもって法と為す」と。
の語あり。
家語に、
「指を布(し)き寸を知る。
手を布(し)き尺を知る。
肘を舒(の)ばし尋(ひろ)を知る、の語あり」。
素問に、
「尺内の両傍はすなわち季肋なり」の語あり。
また、寸尺按じるの語あり。
霊枢に、「尺を調う」の語あり。
これらの語を合わせて考えるときは、人の体を指して尺と称すること、見るべし。
尺は度量の統名なるをもってなり。
調尺の尺は広く人身を指し、
尺内の尺は腹を指す。なお腹内というが如し。
尺寸の尺は手を指す。
寸に対するをもってなり。
寸口は尺を診するところなるをもって名づけ、
尺沢は尺より寸に、血脈の流行する処をもって名づけたる者なり。
動脈の見る処多しといえども、
その著名なる者は、寸口を第一とす。
人迎趺陽は、これに次ぐ者なり。
人迎は常に寸口より大く、
趺陽は、常に寸口より小なる者は、脈道に本末あるをもってなり。
これ仲景氏の寸口人迎趺陽をもって三部と為すといえども
その大ならず。
小ならざる所の寸口を主として、人迎趺陽を参考に備えるゆえんなり。
虛里少陰膻中も、また其の著名なる者なり。
故にその証によって、参考に備えることあり。
寸口は手の掌の後、高骨の側に見る動脈なり。
人迎は、結喉の両傍に見る動脈なり。
結喉は喉嚨なり。頤(あご)の下に高く尖りたる骨をいう。
趺陽は趺の上に見る動脈なり。足の跗の上、大指と次指との両骨の間を上へ去ること五寸、
動脈手に応ずる所なり。
虛里は左の乳下に見る動脈なり。
少陰は足の内踝の後ろ、陥なる中に見る動脈にして、
いわゆる少陰の道、是なり。
臍中はいわゆる腎間の動、是なり。
(続く)
参考文献
『切脈一葦』(京都大学附属図書館所蔵)
画像は京都大学デジタルアーカイブより









