方剤学(02)
ニンニクを多めに食しました。
私自身の二便について変化がありましたので、備忘録として。
疲労回復や滋養強壮などをイメージするニンニクですが、主に作用する臓腑や経絡が『胃』や『大腸』との事で調べてみました。
『中医臨床のための中薬学』においては分類として”駆虫薬”の章に配置されております。
大蒜(蒜頭、葫)
ニンニクは生薬名として、大蒜(たいさん)、蒜頭(さんとう)、葫(こ)等という。
〈性味〉
辛、温。小毒。
〈帰経〉
胃・大腸。
〈効能と応用〉
1:殺虫
鈎虫、蟯虫に対して用いる。
2:止痢
細菌性下痢に、単味を服用
3:止咳
肺結核(肺瘻)の咳嗽、百日咳(頓咳)などに用いる。
4:治瘧
瘧疾に用いる。
5:解毒消腫
皮膚化膿症の初期に用いる。
肺疾患や皮膚疾患にも応用があるところが、興味深く思います。
肺の”水の上源”、胃の”喜湿悪燥”など一定の水分量を共通にするところが気になるところです。
【参考文献】
『中医臨床のための中薬学』東洋学術出版社
『大漢和辭典』大修館書店
(葫:第九巻802頁)
『新版 東洋医学概論』医道の日本社
開業いたします。
こんにちは稲垣です。
私が鍼灸学生の時も、国家資格を得てからも
同じ質問を受けた事がありました。
「なぜ一鍼堂なのですか?」
です。
学生向けの勉強会を
一鍼堂で開催する準備をしておりましたので、
その際に、未来の鍼灸師さんたちに向けて話そうと
思っていたのですが、
このご時世で学生さんたちに集まって頂く機会が
なかなか持てませんので、
お伝えしておこうと思います。
(パソコンの画面を通じてのテレビ電話では
臨場感がありませんので、
実際に集まって頂く事を待ち望んでいたのですが、
非常に残念です。)
私は鍼灸学生の一年生の時より
林院長にお世話になりました。
各種勉強会など、様々に参加させて頂き、
大切な価値観を沢山頂戴しました。
学生の頃からの四年間ですから、それはそれは数知れず。
院長の治療を受けさせて頂き、
最初に感じたものは、“テコ”です。
“重い岩”を退けるには支点をおいて、
長い棒のようなもので力点に力を加え
岩という作用点に力を伝える。
そしてゴロンと動かせる。
なるほど!
臓腑へアクセスさせるには、こうするのか!
と鍼治療を体験させて頂きました。
同時に、
このテコよりもっと良い方法はないのか?
支点を岩に近づけたらどうだろう?
力点をより遠くに伸ばしたらどうだろう?
”より良い方法を探し続ける好奇心”を教えられました。
学問に対しての「もっと!もっと!」
というエネルギーを感じ、
同じ場所を掘り続ける魅力を院長より感じました。
私はそんな環境が心地よく思い
一鍼堂に通い続けたのだと思います。
「なぜ一鍼堂なのですか?」
という問いの答えとしては
「探究し続ける楽しさを感じたから。」
となるのでしょうか。
”面白さを教えて頂いた”
これは、私にとっては極めて重要です。
そして、
(話が急に展開して申し訳ありませんが、、)
開業いたします。
その”面白さ”を人生の楽しみにして行きたいと思います。
“修行を完了させて一流のはり師になったから店を持つ”
というのとは全く異なりますが
鍼灸道の修行の為に、
自身の鍼灸院を持つ事といたしました。
ベッドが一つだけの小さな所ですが
臨床の場として、
研究の場として
励んでまいります。
面倒を見て頂いた院長の気持ちを察するに
痛恨を感じるのと、院長が長期的に考えて
準備されていたもろもろを考えると
心苦しいだけではありません。
罵倒の裏にある優しさを感じるだけに
申し訳ない気持ちなど多々あり、
私自身の心中が穏やかではありませんが
怨まぬ為に、
嫌いにならぬ為に、
少し間合いをとることとしました。
身を切り分けて、与え続ける院長のアンパンマン力を感じて
お返しをしなければと、学校を卒業した際に思い続けて
現在まで至っておりますが、必ずお返ししていきたいと思います。
いつになる事やら…
小さな小さな鍼灸院を行っていきますが
温かく見守って頂けるとありがたく思います。
お世話になった皆様に本当に感謝しかありません。
ありがとうございました。
今後とも宜しくお願い申し上げます。
令和3年6月
稲垣 英伸
病因について(3)
自身に降りかかった病について~
以前に目の病気を患いました。
正に、お先真っ暗・・の感がありました。
当時の健康状態では、肝臓が極めて悪い状態。
(現在は問題なく完治しております。)
【五行】
・五蔵 肝、心、脾、肺、腎
・五官 目、舌、口、鼻、耳
東洋医学の道に入り”肝”と”目”の繋がりを学ぶにつれ、感嘆します。
肝を傷る原因とは・・
【内因】
〇七情
・怒 気機を上昇させる 肝
・喜 気機を緩ませる 心
・思 気機を鬱結させる 脾
・憂 気機を鬱滞させる 肺
・悲 気機を消耗させる 肺
・恐 気機を下降させる 腎
・驚 気機の乱れを起こす 腎
当時の年月を思い出せば、”怒”というのが日常であったように思います。
肝の持ってる昇発という特性が過度となり、蔵を損傷させていたのでしょうか。
鶏が先か?卵が先か?
肝を損傷したので、易怒となるのか・・
易怒となったので、肝を損傷するのか・・
デフレスパイラルの様に悪循環に陥った先に”病”があるように思います。
〈肝火上炎〉
肝気鬱が火に変化し、気と火が上逆したために起きる事多い。
...
切脈一葦 序文1
こんにちは、大原です。
『切脈一葦(せつみゃくいちい)』という書物を読んでいきます。
今回は、一番はじめの序文からになります。
原文には二つのカナ文字が一つに合わさった
「合略仮名」という文字があるので、
慣れない内は読みにくいかも知れません。
<読み方>(以下の読み方は、原文をもとにした拙者の解釈によります。(後述))
切脈一葦 序
脈は実事にして、脈色声形四診の一つなり。
その状、弁しやすからずといえども、指下に心を留めて診するときは、
その掌を指すが如し。
ただその弁じ難き者は、
脈状を全証に参考して邪気の緩急と精気の虚実とを弁ずるにあるのみ。
その法素問霊枢及び扁鵲仲景二氏の書に備わるといえども、
皆分配家のために真面目を失する所多し。
故に活眼を開いてこれを観るにあらざれば、
その真面目を観ることあたわざるなり。
晋の王叔和、これを弁ずることあたわず。
ただ分配家の説を論じて、脈経を著わす。
その書詳なりといえども、ただ文字を論じて脈を論ぜず。
その言に曰く、脈理精微にして、その体は弁じ難く、弦緊浮芤、展転相類す。
心に在りて了し易く、指下明らかにし難し。
沈を謂いて伏と為し、則ち方治永くそむき、緩を以て遅と為すごときは、
則ち危殆(きたい)立ちどころに至ると。
この説出てより以来、脈を診する者、脈状を明むることあたわず。
その弊遂に脈状は明じ難き大業と為すに至る。
これ医門の大厄なり。
それ道は大路のごとくにて、知り易く行なえ易し。
いわんや脈は、実事にして顕然(けんぜん)たる者、
何ぞ指を以て明じ難きの理あらんや。
ただ心に在りて了し難きのみなり。
弦緊浮芤は相類すといえども、
重き脈は、その状分明にして、診し易く、
ただ軽き脈のみ相類して、分明ならさる者あり。
然れども、分明ならざる者は、固(もと)より相類する者にして、
その証異ならざれば、通し用いゆといえども害あることなし。
伏は沈の極みなり。
遅は緩の極みなり。
故に弦緊浮芤の分明ならざる者は、
その証に因りて、沈を伏とし、緩を遅と為すといえども、
また害あることなし。
これ指を以て明にし難きにあらざる所以(ゆえん)なり。
たとえ沈伏緩遅たがわずといえども、
その脈状を全証に参考するの時に当たって、
もし医の心動くときはその証を決断することあたわず。
いわんや病毒に痞塞(ひそく)せられて、
虛脈をあらわし虛損の極み、反って実脈をあらわす者においては、
脈状の疑似に論なく医の心を以て取捨して、
決断するにあらざれば、決断することあたわず。
何ぞただ脈の一診に止らんや。
これ心に在りて了し難きゆえんなり。
手は心を得てよく探り、足は心を得てよく踏む。
もし心手足に在らざれば、探れどもその探る所を知らず、踏めどもその踏む所を知らず。
今その探る所を知り、
その踏む所を知る者は心よくこれを明むるを以てなり。
------------------------------------------------------------------
<用語の意味>
真面目:本来のすがた、ありさま
活眼:物事の道理をはっきり見通す眼識、見識
上の<読み方>ですが、現代の読み方に近づけるため
個人的な解釈で、
原文をもとに以下のように変更しています。
・漢字の送り仮名を補足
・口読点「。」を、文脈から「、」「。」に分別
・読み方が難しい漢字の読み方を補足、またはひらがなに変更
序文はまだ続きますが、
長くなりますので、続きは次回になります。
参考文献
『切脈一葦』(京都大学附属図書館所蔵)
画像は京都大学デジタルアーカイブより
【用語集】心血瘀阻
心血瘀阻
さまざまな要因により
心脈が詰まり気血が通じなくなる状態を指す。
主な要因として、
心気虚(しんききょ:心気が不足し、血脈や精神を主宰する機能に影響が出る)や、
心陽虚(しんようきょ:心気虚が進行しておこることや、重い病などで陽気が損傷することがあり、心気虚の症状の他に寒がる・四肢の冷えなどの症状が現れる)により、
心血も同時に不足することで、心脈が養われなくなること。
また、
ストレスや過労、寒邪、痰湿などが原因となり、
瘀血が形成され心脈の流れを阻(はば)むことがあげられる。
陽気と陰血は互いに影響しあっているため、
陽気が虚していくと、
血の循環が妨げられ、その結果、血が心脈を瘀阻(おそ:主に血が停滞し、流れを阻むこと)する。
そのことがさらに心陽不振(しんようふしん:心陽が不足すると、血脈を温め通りをよくすることが出来なくなり、痰湿や瘀血が心脈を塞ぎやすくなってしまう)を進ませる。
その逆もまたしかりである。
主な症状として、
心陽が鬱滞(うったい:流れが滞っている状態)すると、
陽気が四肢末端まで行きわたらず、
動悸・怔忡(せいちゅう:心臓が激しく動悸する症状)の他に手足の厥冷などがおき、
心脈が瘀滞して通じなくなると、
唇や爪が青紫色になる・狭心痛・胸から背中にかけて痛みなどの症状がおこる。
参考文献:
『黄帝内経素問』
『黄帝内経霊枢』
『中医基本用語辞典』 東洋学術出版社
『基礎中医学』 神戸中医学研究会
『中国医学辞典』 たにぐち書店
『臓腑経絡学』 アルテミシア
『鍼灸医学事典』 医道の日本社
東洋医学探訪(02)
鍼灸学生の授業の一環で解剖実習があります。
東洋医学を学ぶ者として
『太古の医家達も、間違いなく解剖実習で学んでいるだろうな』
と考えておりました。
京都で医学史の1ページに触れてまいりました。
山脇東洋觀臓之地
ーーーーーーーー碑文ーーーーーーーーー
近代医学のあけぼの 観臓の記念に
1754年 宝暦4年閏2月7日に
山脇東洋(名は尚徳 1705~1762)は所司代の官許をえて
この地で日本最初の人体解屍観臓をおこなった。
江戸の杉田玄白らの観臓に先立つこと17年前であった。
この記録は5年後に『藏志』としてまとめられた。
これが実証的な化学精神を医学にとり入れた成果のはじめで
日本の近代医学がこれから
めばえるきっかけとなった東洋の この一業をたたえるとともに
観臓された屈嘉の霊をなぐさめるため
ここに碑をたてて記念とする。
1976年3月7日
日本医師会
日本医史学会
日本解剖学会
京都府医師会
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
六角獄舎跡は二条城の南の因幡町にあります。
跡地は集合住宅であり、石碑のみの設置でした。
順気一日為四時篇 第四十四(01)
黄帝曰、願聞四時之気。
岐伯曰、春生、夏長、秋収、冬蔵、是気之常也、人亦応之。
以一日分四時。
朝則為春、日中為夏、日入為秋、夜半為冬。
朝則人気長、長則勝邪、故安。
夕則人気始衰、邪気始生、故加。
夜半人気入蔵、邪気独居干身、故甚也。
黄帝曰く、願わくば四時の気を聞かん。
岐伯曰く、春は生、夏は長、秋は収、冬は蔵、これは気の常なり、人もまたこれに応ず。
以て一日を四時に分つ。
朝は則ち春を為し、日中は夏を為し、日入は秋を為し、夜半は冬を為す。
朝は則ち人気が長じ、長則ち邪に勝り、故に安なり。
夕は即ち人気が衰え始め、邪気が生まれ始まる、故に加なり。
夜は人気が蔵に入り、邪気が独り身に居り、故に甚だしきなり。
【参考文献】
『黄帝内経 霊枢 下巻』東洋学術出版社
切脈一葦 上巻2
こんにちは、大原です。
前回の続きです。
前回:切脈一葦 上巻1
今回も、原文に書かれている文意を汲み取りながら、
その読み方や
著者の言いたいことは何かを考えていきます。
今回のところは、主に、著者の脈診に対する
厳しい考え方が記されているところになります。
---------------------------------------------------------------------------------
画像は京都大学デジタルアーカイブ『切脈一葦』より、
9ページ目から引用。
(本ブログ記事で参照した箇所を掲載)
<読み>
脈は、血気の盛衰を診する処(ところ)にして、
病の所在を診する処にあらず。
故に部位を論ぜず、
ただ動脈のあらわる処(ところ)をもって、
診脈の処となすべし。
寸口を診するの法、三指をもって、
掌後後骨の側、動脈手に応ずる処を按じて、もって寸口と定むべし。
脈あらわる処長き者は、指を疎にして診し、
脈あらわる処短き者は、指を密にして診るべし。
小児は、一指をもって診すべし。
反関の者は、動脈あらわる処を以て、寸口と定むべし。
凡脈を候うことは、五十動を診するをもって法とす。
必ず倉卒(そうそつ:急なさま。また、あわただしいさま)に
看過することなかれ、
もっぱら心を指下に留めて、
言することなかれ、
観ることなかれ、
聴くことなかれ、
嗅ぐことなかれ、
思うことなかれ、
これ脈を診するの要訣なり。
→ここまでは脈診における秘訣が書かれています。
脈を診るときは、
それ以外のことに神経を奪われたりせずに
脈診に集中することが一番大事であるぞ!
と書かれています。
寸口は、手太陰肺経の脈にして、
五臓六腑の死生吉凶を決する所となし。
肺は諸気を主るゆえに、
また気口と名づけ、
肺は百脈を朝せんとして、
脈の大会なるゆえに、
また脈口と名づく。
その名3つあれども、その処は一なりというは、
皆分配家の説にして空論なり。
寸口は固より十二経の名も、
経穴の名も、いまだ有らざる以前の名にして、経穴の名にあらざるなり。
然るも後世に至って、
経絡を分かちて空所の名を配するときに、
寸口の地を、肺経の脈動と定めて、経渠・太淵二穴を配したる者なり。
また気口・脈口等の名は、
その後肺経の理を推して、名づけたる者なり。
→以上、ここでは、
脈診で脈をとる手首のあたりのことを
寸口といったり気口といったり脈口というが
それらは
「単に言い方を変えているだけで
同じものだ」というのは嘘だぞ!
と言ってます。
『素問』に、寸口気口の名有りて寸関尺を分かちて
三部と為すの説なし。
『難経』に始めて寸関尺の名を立つといえども、
いまだ左右に臓腑を分配するの説なし。
晋の王叔和に至って、始めて左右に臓腑を分配
するの説を出せり。
一の難は、一呼吸の間に、脈行くこと六寸、一日一夜に、脈行くこと五十度と定めて、
二の難は、尺寸を一寸九分と定めて、
臆見(おっけん:確たる根拠のない、推測や想像に基づく考え)を
もって空理を論じたる者なり。
十八の難は、三部四経の説を立てるといえども、その言簡古にして解すべからず。
王叔和の分配を得て、粗通すといえども、これを要するに無用の空言なり。
→ここの最後のあたりに
「空理を論じているぞ」、
「無用の空論」であるぞ!
と言ってますが
つまり、脈診において
左右の脈それぞれに臓腑を割り当てるのは
机上の空論であって
実際はそんなことは全くないのだ!
と言ってます。
『霊枢』に、気口と人迎とをもって陰陽に配して診することあり。
これまた無用の空言なり。
→また「無用の空論」が出てました。
『素問』に、寸を按ずの語あれども、寸は寸口のことなり。
尺は肘の横紋より、掌の根までの間を尺といいて、
この処の堅脆滑渋を見て、診法と為することなり。
また尺内の両傍は季肋なりの語あれども、尺内は、腹のことなり。
然るを分配家の徒が、尺脈のこととするは誤りなり。
→「尺」とは
いわゆる「寸関尺」の尺だけではないぞ、
他の意味もあるんだぞ、と言ってます。
趺陽は、趺上にあらわるをもって、名づけたる者なり。
然るを後世に至って、分配家の徒が足陽明胃経に配して、
衝陽と名づけて、胃気の有無を候う処と為す者は、
寸口を五臓の気を候う処とするともってなり。
また人迎を足陽明胃経に配するも、この意なり。
それ脈は、皆胃気を候うの診法なり。
なんぞ、人迎趺陽のみに限らんや。
両額の動脈を、上部の天となし、
両頬の動脈を、上部の地となし、
耳前の動脈を、上部の人となし、
手太陰を、中部の天となし、
手陽明を、中部の地となし、
手少陰を、中部の人となし、
足厥陰を、下部の天となし、
足少陰を、下部の地となし、
足太陰を、下部の人となす者は、
素問の三部九候なり。
両額の動脈は、足少陽胆経の頷厭の動脈を指すなり。
両頬の動脈は、足陽明胃経の地倉の動脈を指すなり。
耳前の動脈は、手少陽三焦経の和髎の動脈を指すなり。
手太陰は、肺経の経渠の動脈を指すなり。
手陽明は、大腸経の合谷の動脈を指すなり。
手少陰は、心経の神門の動脈を指すなり。
足厥陰は、肝経の太衝の動脈を指すなり。
足少陰は、腎経の太谿の動脈を指すなり。
足太陰は、脾経の箕門の動脈を指すなり。
これ皆分配家の空論にして、
実時に用え難し。
もし、よく18箇所の動脈を診し得るといえども
病証を論ずるに臨みて、いずれの動脈を主となすべけんや。
これ一身一動脈にして、
別脈にあらざることを知らざるの誤りなり。
→脈を診る場所が18箇所もあったら、
どの脈を診て判断すればいいのか?
人間の身体に18本の脈があるんではなくて
全部つながってるから(一身一動脈)
18箇所も診なくて良いのではないか?
そういうことが分かってないから
こんな誤った空論を書いてしまったのだ!
魚際と尺沢との間を、一尺と定めて、
掌後一寸九分をもって、尺寸の地となし、
前九部を寸となし、
後ろ一寸を尺となし、
寸と尺との間を関となす。
これを三部という。
寸は胸以上の疾を主どり、
関は膈より臍に至るまでの疾を主り、
尺は臍以下の疾を主る。
また医の指を浮かべて診するを浮となし、
中按して診するを中となし、
沈めて診するを沈となす。
これを九候という。
浮は心肺を候がえ、
中は脾胃を候がえ、
沈は肝腎を候がう。
これ難経の三部九候にして、
全く分配家の空論なり。
たとえば・・・
(ここまで)
→脈で、
寸は胸以上の病、
関は膈〜臍の病、
尺は臍より下の病を診るとあり、
浮は心肺、
中は脾胃、
沈は肝腎を診ると難経にあるが、
これらも空論であるぞ、
と言ってます。
---------------------------------------------------------------------------------
さて、著者がばっさりと「空論であるぞ」とした内容は
鍼灸の学校の実技の授業などでも
教わった内容だと思います。
『素問』の現代語訳など目を通すと
「素問に書いてあるのでやっぱり正しいことなのか・・・」
と思ったり
でも、やはり「本当にそうなのか?」みたいな感じも
個人的には両方あったように思います。
脈診における考え方において、
この『切脈一葦』を読んで
「空論だと言っているから
寸関尺を臓腑に割り当てる考え方は間違っているんだ」などと
安直に片付けてしまうのは良くないでしょうが、
著者が空論だと言い切る理由を
知っておくのは大事だと思います。
もしその理由が腑に落ちないなら、
もとの考え方にも一理あるのでは、
という具合に
考え方の幅が拡がるように思います。
重要なところですが、
長いので続きは次回にします。
引用:
京都大学デジタルアーカイブ『切脈一葦』より
y=sinθ(1)
素問 六微旨大論篇 第六十八
帝曰.
遲速往復.風所由生.而化而變.故因盛衰之變耳.
成敗倚伏.遊乎中.何也.
岐伯曰.成敗倚伏.生乎動.動而不已.則變作矣.
帝曰.有期乎.
岐伯曰.不生不化.靜之期也.
帝曰.不生化乎.
岐伯曰.
出入廢.則神機化滅.升降息.則氣立孤危.故非出入.則無以生長壯老已.
非升降.則無以生長化收藏.
是以升降出入.無器不有.
故器者生化之宇.器散則分之生化息矣.
故無不出入.無不升降.化有小大.期有近遠.四者之有.而貴常守.反常則災害至矣.
故曰.無形無患.
此之謂也.
帝曰善.有不生不化乎.
岐伯曰.悉乎哉問也.與道合同.惟眞人也.
帝曰善.
帝曰く、遅速と往復とは、風の生ずる故由にして、しかして化し、しかして変ずるは、故より盛衰に因るの変のみ。
成敗倚伏して中に遊ぶとは、何ぞや。
岐伯曰く、成敗は倚伏して、動より生じ、動きて已まざれば、すなわち変作こる。
帝曰く、生化せざるか。岐伯曰く、出入廃されれば、すなわち神機は化して滅し、升降息めば、すなわち気立は孤にして危うし。
ゆえに出入するにあらざれば、すなわちもって生・長・壮・老・已するなく、升降するにあらざれば、すなわちもって生・長・化・収・蔵するなし。
ここをもって升降・出入は、器としてあらざるなし。ゆえに器なる者は生化の宇にして器散ずればすなわちこれを分かち、生化息まん。
ゆえに出入せざるなく、升降せざるなし。
化に小大あり、期に近遠あり。四者これあれば、常の守らるるを貴び、常に反すれば、すなわち災害至る。ゆえに曰く、形なければ患いなし、と。
此れをこれ謂(『現代語訳 黄帝内経素問 下』P91より抜粋 訳:松村巧)
『生・長・壮・老・已』
『生・長・化・収・蔵』
韻を踏んだ二つの言葉。
この章においては『化する』という”ターニングポイント”としての動詞が重要に思います。
生長【陽】から収蔵(老已)【陰】への変換に着目してみた訳を考えてみました。
『生長・壮・老已』
『生長・化・収蔵』
『生長・壮・老已』
生長して→壮じて(大人になって)→老已(年老い亡くなる)する
『生長・化・収蔵』
生長して→化して(変化して)→収蔵する
【参考文献】
『黄帝内經』中医古籍出版社
『現代語訳 黄帝内経素問 下』東洋学術出版社
脾と胃の病証
脾と胃は表裏関係にあり、経脈を通じて関連しているため生理的にも病理的にも相互に影響を及ぼす。
脾は臓(陰)に属し、陰が旺盛で喜燥悪湿
胃は腑(陽)に属し、陽が旺盛で喜湿悪燥
脾は胃が熱化しないように胃に陰液の一部を供給し、胃は脾が冷えないように脾に陽気の一部を供給していて、これらの協調関係が正常な脾胃の機能を発揮させている。
脾胃湿熱(内生した湿熱が脾胃に影響を及ぼす病証)
症状:上腹部の膨満感、食欲不振、嘔吐、口苦、口粘、尿黄、舌苔黄膩
本証は虚実挟雑(虚証と実証が同一時期に出現している証のこと)だが、主に湿熱(実証)の症状が顕著である場合が多い。
a.中焦の気機(気の働き)が滞る
湿熱が中焦の気機を滞らせると、上腹部の膨満感が起こり、熱により上逆すると嘔吐が起こる。
中焦の気が滞るため食欲不振が起こる。
b.湿熱が鬱滞する
痰湿が存在すると、口は粘り(口粘)、乾燥するが多く飲めない(口乾)という特徴がある。
実熱により津液を損傷すると、口苦や尿黄などが起こる。
c.運化が失調する
湿熱の影響で脾気虚になると、運化が失調するため食欲不振となり、水液を吸収できないと下痢になる。下痢は湿熱の影響を受けると粘稠になり、臭いも強くなる。
d.舌脈所見
痰湿により舌苔膩になり、脈滑となる。内熱により舌苔黄となり、脈は速く(脈数)なる。
a-dは特徴的な臨床所見?
上腹部(胃脘部)の膨満感や食欲不振は、湿邪が引き起こし、もともと津液が、水がいっぱいになっているもので胃熱との違いは、食欲不振があるかないか
粘→湿、乾・苦→熱。2つが引き起こす状態が1度に出る。








