最近感じている事
主体性と他力
遠くを感じるためには真っ直ぐそこに向き合わないと到達できない。
また、真っ直ぐになれたとしてもどこまでいけるか?
最終的な主体は自分だけども、自分だけの力では限界がありそうな気がする。
人は個体としていきなり出来上がったわけではなく、天地の交流から生まれた。
生きている間も色んなものを頂いている。
足元が浮ついていれば交流も途絶える気がします。
足の裏の勇泉、掌の労宮。
何かあるのかと気になります。
木が育っていくためには根が必要なのと一緒なのかな。
それにしても桜が散った後の新緑は元気です。
勢いを感じます。
先読み
歩行者を見ていて、あの人今からあの方向に行くのかなとか観察して勉強。
遠めの人の方が分かりやすい現象も勉強になります。
縮こまる
知識に捉われると大きな動きが出来なくなる。
溶け込むことが大切だなと思います。
自分も大きな流れの中の一部といった認識でいることにしてみました。
入浴
最近風呂に入る時電気を消して入っています。
静かさが増すのでとても良い感じです。
周りのザワつきは単純に騒がしい事もあるけど、自分が騒がしい事もある。
春の空気
浮ついているというか、フワフワしてる気がします。
今年は花粉がスゴイらしいのですが、例年に比べてそういった部分はどうなんだろうと気になっています。
歩くテンポ
現代人は急ぎすぎている。
早歩きしている時とゆっくり歩く自分の差も勉強になってます。
ゆっくりするからノロマになる訳でもないと思います。
自分、胆経
自分
頭ばっかり使うタイプなので、極力頭を使わずに1人で暗い世界で生きていこうと思ったけどその中で自分を失ったら意味がない。
人それぞれのやり方はあると思いますが、自分自身に過度な自己否定も行ってはいけない。
奥底にしっかりと自分を持ち、外は柔らかい状態で相手に合わせる。
つけ上がらせず、奥底の正しい位置でしっかり抱え込んでいれば外への興味も湧いてくる。
また、外界の物事に引っ張られてはいけないけど、形は合わせなければいけない。
形を合わせるために色んなことを学んでいかなければいけないし、全部できる様にならなければいけない。
しっかり抱え込んでいればどんな形にもなれる。
現状として、自分が崩れてしまったせいで弱いものへの合わせ方をさせてしまっている。
過去にあった事実は変えられないので、それはそれとして受け入れた上でやっていくしかない。
胆経
胆経で停滞が起こっている時、丘墟にも出るとは思うのですが、もう少し上の懸鐘あたりも反応が出る事もあると思いました。
表裏なので背景に肝鬱が絡んだ邪気かもしれません。
この状態を変えるにはどうするか、色んな角度からみていきたいと思います。
患者、食べ飲み など
患者
今週寺子屋で見せて頂いた患者さん、もし自分があの人ならどういう気持ち、体になるか。
声や様子から色々気にされそう。
治療してなかったら心臓が心配だな。
生殖器関係に問題はないかな。
気逆を起こして気にされやすいだろうから、言葉遣いはどうした方がいいかな。
敏感そうだから特に時間をかけたらいけないな。
拾えなかったけど本当に心経の辺りに反応がなかったんだろうか。
あの状態なら出やすいと思うんだけれども…
食べ飲み
先日友人の結婚式があった。
そこでのスケジュールが11時〜披露宴 15時〜二次会 と言った胃腸にとってのハードスケジュールだった。
家に帰ってお腹を触ると胃がパンパン。
足では地機が硬くなっていた。
浅めに刺しても痛かったのですが、腹満は楽になりました。
舌の変化も見ていたのですが、翌日の変化など特に勉強になりました。
また、大人数は大変だなと改めて実感。
自分の課題です。
感覚
本を読みながら何かを触る。
何も見ずに何かを触る。
感覚が全然違う。
触覚だけでなく、全ての感覚がそうだと感じる。
今、きちんと周りの音を拾えているか?
それがノイズの様に聞こえるか、キチンと聞こえるかは自分の状態によって違う。
そこを聞こうとすれば別のものを拾い溢す。
こちらから行くべきじゃないんだろうな。
結局それが何なのか?とその場で気にしてる時点でダメなんだと思います。
実験
↑の事を考えていて、先週の寺子屋ではできる限り周りの状況観察に努めてみた。
やり始めの少しの間はいい感じだったのですが、ずっとやっているとしっくりとこなくなりました。
停滞するといい感じじゃなくなる。
一気にその場の空気とのギャップが出てくる感じがしました。
理論から実践しようとしましたが、これは無理だなと痛感。
実践から理論なら可能なんだと思います。
経穴
勘違いかもしれませんが、その穴に対してどういう認識を持つかで効果が変わってくると、何となく感じた出来事がありました。
補寫といった話ではなく、刺し方でも全く違う目的になるのではないのかなと感じています。
背中
知り合いの身体を借りれたので刺させて頂いた。
普段は腹などでみますが、その時は背中で変化を追ってみた。
脾募と脊柱など一致する部分が見られて勉強になりました。
相手
リアルタイム
腹がリアルタイムで変化を表す場所だという事が実感できました。
場所的に当たり前ですが、逆にそこまで臓腑との結びつきが強い場所であれば腹診時は少し怖いものがあります。
気をつけたいと思います。
また、先日学校の授業で神門へ灸を受けたのですが、似たような場所の腹の変化が見られました。
脈も心の原穴にやられたからと言って寸に反応が出る訳ではない現象も見られて勉強になりました。
脈
お腹も変化していましたが、あの時脈はどう変わったのか。
今まで似た体質のお二人を見せて頂いたので、整理して治療のイメージができればなと思います。
労宮
ここでみる様にしていたのですが、この前の当て方はきちんと当たっていないというか、自分が良いなと思っていた時に感じた当て方とズレていました。
手で探る様な仕草に近づいている印象があったので改善します。
また、右手の方が感度が低いので普段から合掌して変化しないかやってみます。
案内
最初に先生に案内の仕方を教わった時、患者さんの歩くペースに合わせる事を教わりました。
意識はしていたのですが、そこの意識が甘い事に気付かされました。
改善します。
鍼灸師
きちんと人を治せる様になるために足りないものが多すぎる。
できていないことだらけですが、頑張って出来る様になりたいと思います。
相手があっての事ですが、最終的には全て自己責任。
変わるも変わらないも崩れないも自分次第。
全部受けとり、向き合い、幅広く合わせられる様に努力します。
また、本に全てを頼る訳ではありませんが、必要性を感じたので論語の勉強もやっていきます。
変わらなければいけないきっかけにまた遭遇できて本当に良かったなと思います。
気を引き締めて頑張ろう!
5月のこと
◯寺子屋
毎回必死ですが、少しずつ慣れてきました。
寺子屋では多くの患者さんの
問診と切経をさせてもらいました。
初めは2〜3人でもヘトヘトでした。
7〜8人の問診にようやく耐えられるように
なってきましたが、こなすことで精一杯です。
考察できる余白スペースを増やしていきたいです。
同じ方を毎週診させていただくことで、
患者さんの変化を蓄積しています。
今年は5月から梅雨入りして台風もありました。
天候の変化、季節の流れも鑑みて
性別、年齢、体格、様々な体を診させてもらい
観察し得た感触を蓄積していきます。
○刺鍼
初めてモデル患者さんに刺鍼をしました。
上手く刺さるかな?
押し手の形はこうやっけ?
痛くないのかな?
落ちたらどうしよう。
集中より不安の比重が多く、
刺すことに気を取られ、
刺さらなかったら慌てふためきます。
咄嗟の出来事に対応できず
パニックになってしまうのは
私の悪い癖です。
もう少し冷静にならないといけません。
右太渓への刺鍼が難しい…
「どんな体勢からでも診れるように」
刺鍼を始めて、より下野先生の言葉が
響くようになりました。
切経、脈診、腹診、全てに繋がります。
切経の時にペンで反応点に印をつけます。
刺鍼の方向、体勢、押手の場所を意識しながら
ペンで印を打つと予行演習にイイですね。
○切経
脈、お腹、背中…切経で何を主軸に診るのか。
院長と下野先生の言葉をひとつひとつ繋ぎながら
切経を追うようになりました。
書籍のやり方では、
数多ある現象をとめどなく収集すると
情報過多になり、時間を費やします。
邪があちこちに移動したり、変化していくのであれば、主語を変えてみる。
世界観やが変わり、目の前が開けたように
感じました。
色んな見方があっても良いし、
遠回りして気付くことも大切だと思います。
何を主軸に置くか、
モードの切替えがあるということを
教えていただけたので、
追試して行こうと思います。
○先輩からの助言
決断に迫られた時、
何かすがりたくなるほど不安になります。
私なりに考察してみましたが、
果たしてどうなるのか…
自分の不安に飲まれそうになった時、
白石先生からアドバイスをいただき、
腹を括ることができました。
不安だから、もう一穴足したくなる。
それでも、今日は踏みとどまって
患者さんに出来ることを精一杯やってみようと
試みました。
来週経過を追いながら考察します。
淡々
菜根譚を読んでいると色々ヒントが散らばっていると感じる。
「醸肥辛甘非真味、真味只是淡。神奇卓異非至人、至人只是常。」
神農本草経を読んでいても、神農はあくまで1人ではないと思いますが、その人達はこういった感覚も持っていたように感じる。
もしくは美食に溢れた現代人だからこう思うのか。
また、それをどの様に表現したか。
切経を行う時も同じことだと思う。
何かをやろうとするではなく、無駄を削ぎ落として純粋でありたい。
雑音なんて知らない。
患者さんとの一対一。
一つ一つが淡々とした真剣勝負。
そういった気持ちで望みたい。
参考書籍
座右版 菜根譚 講談社 久須本文雄
冬休みに入りました!
こんにちは高山です。
冬休みに入りました。
今は東洋医学の病因と病機について勉強しています。
聞いたこともない物質や構造を学び、そこからさらに深掘りしていく、理解するのがむずかしいことが書いてあったり、量も多いです
でも、病気がなぜ起こってしまったか、やその病気の症候などが記されていて、治療する上で、きっと大切になることが、書かれています。ちょうど冬休みですし、じっくり時間をかけて勉強しています。
まだ僕は一年生で、脈診や舌の色、腹診などの仕方や、
感触は全然知りませんが、いずれ学ぶ時が来ると思いますので、今はまだ机上の知識ですが、どんどん吸収していきたいと思います。
患者さんをしっかりと治療できて、喜ばれる日を夢見て日々前に進み続けます。
メモ
・七衝門
これについて気になるきっかけがあったのでテストが終わったらまた調べていきたいと思います。
調べると背中の診断でも使えるのではと思いました。
・流れ
身体を触らせて頂いていて、流れを止めてはいけない。
そう思った出来事がありました。
・左右差と土台
左手と右手の感覚が違う。
以前から感じていたけど、手首、足首ともに右の方が硬い。
脈も左右差がある。
これを気血の流れの影響として捉えた時、土台となる部分に着目。
お腹にも停滞が現れている。
そこを改善するための動きとして
「左足の中段回し蹴り」の動きを取り入れてみました。
これをきちんと行うには体感として、
股関節の柔軟性ももちろん必要ですが、それよりも大切な事が
「腰を入れる動き」
しっかり腰が入ると自然と股関節のストレッチにもなる。
股関節が柔らかくなったタイミングで右の手首・足首・肩・顎関節の動きも良くなるから身体って繋がっているなあと面白かったです。
顔面部でも顎は下焦の位置に属しますが、そういった認識にも繋がる気がする。
また「腎は作強の官」と言われますが、その意味合いにもリンクするかもしれないなと思いました。
しかし上段蹴りできる人はすごいなぁ…
紫色から色々探る
昔の人の認識を知るために。
神農本草経では霊芝を「青芝、赤芝、黄芝、白芝、黒芝、紫芝」と六種に分類している。
神農本草経攷異
青芝「味酸平。…補肝気。」
赤芝「味苦平。…益心気。」
黄芝「味甘平。…益脾気。」
白芝「味辛平。…益肺気。」
黒芝「味鹹平。…益腎気。」
紫芝「味甘温。…益精気。」
紫以外の五色に関しては通常の解釈でわかりやすい。
では紫の益精気とは何なのか。
まずは紫について考えたい。
これは高貴な位を表す事も多くある。
例えば紫禁城の名前の由来など。
日本でも儒教を学んでいたとされる聖徳太子が定めた冠位十二階では、紫(徳)・青(仁)・赤(礼)・黄(信)・白(義)・黒(智)との順位で位が定められている事から紫の立ち位置と文化の伝来が伺える。
人体にも紫宮という経穴があり、それが何を指すのか。
神仙思想でも度々出てくる紫。
五色以外にも着目する必要がありそう。
参考資料:
神農本草経攷異 有明書房 森立之著
煉丹術の世界 大修館書店 秋岡英行・垣内智之・加藤知恵著
風邪の引き始め、切り替え
風邪のひき始め
涼しくなってきました。
でも未だに人によっては暑いという人がいる。
クラスでも空調が未だに24くらいに設定しようとする人も。
当然寒いので風邪をひきかけた。
症状としてはまず悪寒・鼻水(量多め)・喉のイガイガ・脈緊。発熱がないからか、浮いてはいない。
典型的な小青龍湯証なのでお湯で服用て暖かい服を来た。
じんわり汗をかき、暑くなってくる。
薬によって反応する穴はどこだろうと探ってみる。
申脈がかなり熱を持ってきた。
理論的にも説明がつくし、勉強になる。
あくまで肺は邪気の付着部位だなぁ。
昔の人は「手首足首を冷やさないよう」と言っていたけど、そういう事かと納得。
首にネギも実は理論的な気がする。
今度同じ状況で反応があったら申脈試してみよう。
発汗が終えると喉の痛みと緊脈は消えたので、一旦は凌いだ。
でも、膀胱経にムチを打って働かせたという事は背景にある腎や他臓も弱める。
実際腹部にも出ている気がした。
他気になる変化として、ふと手のひらを見たら左手の労宮がゲッソリしてたのだけど、これは薬の反応なのか。
気になります。
切り替え
最近いい経験ができている。
この状況で頭を使うのは仕方ない。
それは使うべきところだと思う。
今の課題として、その状態から治療に移る時、一気に切り替える精度の高い方法を模索中。
自身の一つの状態確認法としては、周りの音がどう聞こえているか。
そこである程度確認できるので、いい状態に一瞬で持っていける様にしたい。









