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東洋医学・鍼灸医学の研究用ブログです。

ツボについて

今日は陽池穴について学んだことを書いていきます。 陽池穴は手少陽三焦経の原穴です。 原気(元気)が集まる重要な経穴です。 名前が表すように、陽が集まり、蓄えられている「池」という意味を持つ経穴です。そのため、陽気を補い、身体の陽気を立てるのに適した穴と考えられています。 陽気が不足している方の場合、陽池を触診すると左右差などの反応が現れることがあります。こうした反応を丁寧に確認することで、その方の陽気の状態をみる一つの手がかりになります。 陽中の陽にあたる心が虚した場合、 厥陰心包経の表裏関係である少陽三焦経を治療穴として用いることもあります。 少陽三焦経の主な働きは、「諸気を主宰すること」や「水道を疎通させること」とされています。また、水穀が体内に出入りするための通路としての役割も担っています。そのため、三焦経には、脾や腎の働きが弱っている場合に、それらをサポートする働きがあります。

投稿テスト

学生・研究生用の記事の公開テストを行いました。 自分自身の手で学びを得ましょう。  

がんばろう

最近、人に助けられている事ばかりで申し訳なく、ありがたい。 早く恩返しできる様になりたい。 また、そういう人達を悲しませるのは嫌だと感じます。 苦手というより、出来てなかった事なのでやろう。 変えなければいけないところが盛り沢山!!

逆子について

逆子の治療穴としては、古くから足の小指にある「至陰」が広く知られています。確かに、当時の生活環境や体質傾向においては高い効果がみられたのかもしれません。 しかし、現代では生活習慣や身体環境、体質そのものが大きく変化しており、至陰への施術だけでは十分な変化が得られないケースも少なくありません。そのため、「逆子には至陰」という一つの考え方にとらわれず、患者さん一人ひとりのお身体の状態を丁寧に診察し、その方に合った治療穴を選択していくことが大切だと考えています。 例えば、妊娠中に風邪をひいたことをきっかけに、身体に入り込んだ邪気が下方へ沈み、十分に抜け切らないまま残ってしまう場合があります。そのような状態では、胎児が邪気のある方向へ頭を向け続けることを避けるように、頭を上へ向けた姿勢になり、逆子となることがあります。 また、もともと瘀血が下部に停滞している場合にも、気血の流れが滞り、逆子につながることがあります。 このように、邪気が沈んでいたり、瘀血が停滞していたりすると、身体全体の巡りが悪くなり、特に横隔膜周辺に硬さや緊張が現れやすくなります。すると、お腹の中で胎児が十分に動ける空間が狭くなり、自由に回転できなくなってしまいます。 まずは身体の滞りを取り除き、気血の巡りを整えながら、胎児が自然に動ける空間をつくっていくことが大切だと考えます。

『中医内科学 第2版』 冒頭

中国語の本を訳していきます。 正確な訳では必ずしもないところもあると思いますが もし誤訳などがあれば その都度修正します。 --------------------------------------------------------------------------------- 『中医内科学 第2版』人民衛生出版社 冒頭部分から --------------------------------------------------------------------------------- 宋金以前、中医学には「中医内科」の名は無く、 中医内科は近代になって 少しずつ発展してきた学科名称である。 中医学的伝統概念中に、特別に表記して独立したものを除いた、 つまり外、婦、児、歯、眼、正骨等の科以外の病証のほとんどが 中医内科学的な範疇に隷属する。 中医内科学は、中医学の重要な構成要素であり、 各種内科病証の病因病機、臨床の特徴、弁証論治 および予防保健的な対策などの研究を行う 一つの臨床学科である。 十分に多い系統の考え方を反映している 中医独特理論体系は、 豊富な弁証論治の内容と調和し、 その他の各学科とも分割できない関係を有している。 中医学の整体観念の特色は、 いかなる病証も、全体の有機的な病理変化が局部に反映する、 いわゆる内にあるものは、必ず外に形となる、という考え方による。 このほか、人体における内部の臓腑、外部の苗竅、 および経絡の相互の関連からこれらを一つの整体とし、 かつ、人体と自然界とをまとめて一つの整体とみなし、 合わせて、いずれも中医内科学の弁証論治は 一連のつながりのある関係を備えるのである。 これらの意義によって、中医内科学は、 中医の各臨床学科の一科目の臨床基礎学科となった。 広義の概念を考えると、 中医の理論の核心部分は弁証論治の全過程であると同時に、 当然、内科学の範疇に属さなければならないものである。 学科の分化と発展により、 弁証論治の全過程の中で 弁証部分は診断学科の部分的内容を為し、 論治部分は、その他の各臨床専門学科の外的内容を除去し、 まさしくこれが狭義の中医内科であり、 流行病、雑病の大部分である。 前者(流行病)は傷寒および温病であり、 後者(雑病)は内治法を主とするもので、 各専門学科が包含する病証以外で、 その専門学科の中でも 臓腑と経絡との相関的な病証についてがこれに含まれる。  

第五回 一般向け東洋医学講座

こんにちは! 明日、2月11日は 「第五回 一般向け東洋医学講座」 が開催されます。 第一回から「春」「夏」「秋」「冬」と それぞれの季節をテーマにして 巡って参りましたが今回は再び、 それを踏まえてもう一度、 「春」の講座を開催します。 東洋医学から見た「春」の さらに奥深いところを聞けるかも 知れません。 もちろん 初めての方も大歓迎であります。 今回の講師の下野先生は 古典をよく読まれる方なので 一緒に東洋医学の歴史も 合わせてお話ししてくださるようです。 「すべての歴史は現代史である」 と言ったのは イタリアの哲学者・クローチェですが 歴史の中にはまさに現代を読み解く ヒントが隠されているのかも知れません。 新たな気づきがあるのかも!? 乞うご期待です!

順気一日為四時篇 第四十四(01)

黄帝曰、願聞四時之気。 岐伯曰、春生、夏長、秋収、冬蔵、是気之常也、人亦応之。 以一日分四時。 朝則為春、日中為夏、日入為秋、夜半為冬。 朝則人気長、長則勝邪、故安。 夕則人気始衰、邪気始生、故加。 夜半人気入蔵、邪気独居干身、故甚也。 黄帝曰く、願わくば四時の気を聞かん。 岐伯曰く、春は生、夏は長、秋は収、冬は蔵、これは気の常なり、人もまたこれに応ず。 以て一日を四時に分つ。 朝は則ち春を為し、日中は夏を為し、日入は秋を為し、夜半は冬を為す。 朝は則ち人気が長じ、長則ち邪に勝り、故に安なり。 夕は即ち人気が衰え始め、邪気が生まれ始まる、故に加なり。 夜は人気が蔵に入り、邪気が独り身に居り、故に甚だしきなり。 【参考文献】 『黄帝内経 霊枢 下巻』東洋学術出版社

開業いたします。

こんにちは稲垣です。 私が鍼灸学生の時も、国家資格を得てからも 同じ質問を受けた事がありました。 「なぜ一鍼堂なのですか?」 です。 学生向けの勉強会を 一鍼堂で開催する準備をしておりましたので、 その際に、未来の鍼灸師さんたちに向けて話そうと 思っていたのですが、 このご時世で学生さんたちに集まって頂く機会が なかなか持てませんので、 お伝えしておこうと思います。 (パソコンの画面を通じてのテレビ電話では 臨場感がありませんので、 実際に集まって頂く事を待ち望んでいたのですが、 非常に残念です。) 私は鍼灸学生の一年生の時より 林院長にお世話になりました。 各種勉強会など、様々に参加させて頂き、 大切な価値観を沢山頂戴しました。 学生の頃からの四年間ですから、それはそれは数知れず。 院長の治療を受けさせて頂き、 最初に感じたものは、“テコ”です。 “重い岩”を退けるには支点をおいて、 長い棒のようなもので力点に力を加え 岩という作用点に力を伝える。 そしてゴロンと動かせる。 なるほど! 臓腑へアクセスさせるには、こうするのか! と鍼治療を体験させて頂きました。 同時に、 このテコよりもっと良い方法はないのか? 支点を岩に近づけたらどうだろう? 力点をより遠くに伸ばしたらどうだろう? ”より良い方法を探し続ける好奇心”を教えられました。 学問に対しての「もっと!もっと!」 というエネルギーを感じ、 同じ場所を掘り続ける魅力を院長より感じました。 私はそんな環境が心地よく思い 一鍼堂に通い続けたのだと思います。 「なぜ一鍼堂なのですか?」 という問いの答えとしては 「探究し続ける楽しさを感じたから。」 となるのでしょうか。 ”面白さを教えて頂いた” これは、私にとっては極めて重要です。 そして、 (話が急に展開して申し訳ありませんが、、) 開業いたします。 その”面白さ”を人生の楽しみにして行きたいと思います。 “修行を完了させて一流のはり師になったから店を持つ” というのとは全く異なりますが 鍼灸道の修行の為に、 自身の鍼灸院を持つ事といたしました。 ベッドが一つだけの小さな所ですが 臨床の場として、 研究の場として 励んでまいります。 面倒を見て頂いた院長の気持ちを察するに 痛恨を感じるのと、院長が長期的に考えて 準備されていたもろもろを考えると 心苦しいだけではありません。 罵倒の裏にある優しさを感じるだけに 申し訳ない気持ちなど多々あり、 私自身の心中が穏やかではありませんが 怨まぬ為に、 嫌いにならぬ為に、 少し間合いをとることとしました。 身を切り分けて、与え続ける院長のアンパンマン力を感じて お返しをしなければと、学校を卒業した際に思い続けて 現在まで至っておりますが、必ずお返ししていきたいと思います。 いつになる事やら… 小さな小さな鍼灸院を行っていきますが 温かく見守って頂けるとありがたく思います。 お世話になった皆様に本当に感謝しかありません。 ありがとうございました。 今後とも宜しくお願い申し上げます。 令和3年6月 稲垣 英伸

權・衡・規・矩

陰陽應象大論篇第五 善診者、察色按脉、先別陰陽、 審清濁、而知部分。 視喘息、聽音聽聲、而知所苦。 觀權衡規矩、而知病所主。 按尺寸、觀浮沈滑濇、而知病所生。 以治無過、以診則不失矣。 善く診る者は、色を察し脉を按じて、先ず陰陽を別ち、清濁を審らかにして、部分を知る。 喘息を視、音声を聴きて苦しむ所を知る。 權・衡・規・矩を観て、病の主たる所を知る。 尺寸を按じ、浮・沈・滑・濇を観て、病の生ずる所を知る。 以て治すれば過ちなく、以て診すれば則ち失せざらん。 ※權衡規矩 →馬蒔の説「春は規に応じるとは、陽気の柔軟なのが、丸い規のようであることをいう。 夏は矩に応じるとは、陽気の強く盛んなのが、方形の矩のようであることをいう。 秋は衡に対応するとは、陰が昇り陽が降り、高下が必ず平となることをいう。 冬は權に応じるとは、陽気が下にあるのが、重い權のようであることをいう。』 權(ケン、ゴン) (01) 木の名 (02) おもり。ふんどう。 (03) はかり。てんびん。 (04) はかりにかけて重量を知る。 (05) たいらにする。ならす。 (06) たいら。 (07) いきおい。 (08) はたらき。能力。 衡(コウ) (01) よこ。よこたわる。 (02) 牛のつのぎ。牛の両角に横に結んで人に抵触するのを防ぐ木。 (03) くびき。轅の端に設けて牛馬の頸につける木。 (04) こうがい。 (05) よこぎ。はり・けた。 (06) てすり。 (07) はかり。はかりざお。 (08) はかる。 (09) たいら。ひとしい。 (10) ただしい。 (11) ひしゃくの柄のかしら。 ☆權衡(ケンコウ) (01) はかりの重りと竿。転じて、物事の釣り合いをいう。 (02) 事物を品評する標準。比較。 (03) 二星の名。軒轅と太微。 規(キ) (01) ぶんまわし。円を畫く道具。 (02) まる。円形。 (03) まるい。まどか。 (04) そら。あめ。 (05) まるをかく。えがく。 (06) うつす。模写する。 (07) のっとる。 (08) かぎる。くぎる。 (09) たもつ。領有する。 (10) はかる。 (11) ただす。 (12) いさめる。 (13) のり。おきて。さだめ。 (14) ようす。風釆。儀容。 (15) てほん。儀範。 矩(ク) (01) さしがね。四角形を正しく畫くのに用いるもの。 (02) 四角形。 (03) かど。 (04) のり。きまり。おきて。 (05) 地。(天圓地方の説:天は円くて、地は方形) (06) さし。長さをはかる器。 (07) きざむ。しるしをする。 (08) 秋。 (09) 幅と長さ。たてよこ。 (10) 萬に通ず。 ☆規矩(きく) (01) ぶんまわしとさしがね。転じて、規則。てほん。常道。 (02) 戎(遊牧民族)の名。 (03) 高さが略々一様で綠色の毛氈を敷いたように生える草。 ★ 馬蒔のいわゆる”四季に応じる”とする説(規→春、矩→夏、衡→秋、權→冬)。 理解になじめず、一言ずつ調べてみました。 この”權衡規矩”ですが、馬蒔は四季との対応させる事を表現に用いておりますが、 計量や法則の意味と捉えられる単語を、四季に相応させる不思議を感じます。 四つの単語の權・衡・規・矩ですが、 実は權衡・規矩のような二字熟語の組み合わせで表現してみては、、 との仮説を考えてみます。 陰・陽も”陰陽”、清・濁も”清濁”で通りますので、 浮・沈・滑・濇も”浮沈”と”滑濇”にて。 『陰陽を別ち、清濁を審らかにして、喘息を視、音声を聴き、 權衡や規矩、浮沈や滑濇を観て、病の生ずる所を知る。』 より探求が進んで、洗練された答えにたどり着く事を夢見て、 内經を読みといていきたいと思います。 【参考文献】 『現代語訳 黄帝内経素問 上巻』東洋学術出版社 『黄帝内經』中医戸籍出版社 『大漢和辞典』大修館書店 (權:六巻605頁、衡:十巻165頁、規:十巻322頁、矩:八巻288頁) 『新版 東洋医学概論』医道の日本社

背中・寺

  姉の身体を触らせて貰いました。   気になったのは右の腎兪のあたりのエリアが落ち込んでいると思った。   お腹を向けてもらうと夢分流腹診の表で左の腎に当たるエリアが右に比べて力がなく柔らかかった。   実際のところ背中の臓腑の反応は腹とリンクするのか、またリンクするとしたらそこに規則性はあるのか気になります…。   腹、背中と触っていたら左の踵が痒いと掻き始めたのでこれも何なのか考えてみます。   また、背候診とは別件ですが、先日京都の法然院に行ってきました。   銀閣寺から哲学の道をしばらく歩いていった場所にあるお寺なのですが、行ってみると観光客もおらずゆっくり見て周ることが出来ました。   静かなのでセミや鳥の鳴き声、水の音などをじっくり聴け、生えている苔などもとても綺麗でいい場所でした。   また気が向いた時に行こうと思います。   写真撮影可能なお寺でしたのでアイキャッチ画像に設定しています。