天人合一(01)
先輩に許可を頂いた患者さんに、問診に入らせて頂いております。
望診・聞診・問診・切診。
四診合参し、取穴を想定する訓練を一つ一つ手ほどきを頂きます。
患者さんの発するインフォメーションについて
自分の頭の中でシャッターを切りますが、
課題としては、一部分に注視しすぎるところでしょうか。
要は、全体が診えていないなと。
広く全体の情報を、クールダウンして俯瞰しなくては。
と、いう事で自宅に眠っていたカメラを引っ張り出してみました。
情報をいかにキャッチできるのか。
些細な情報の一つ一つを、瞼に撮る訓練をしてみたいと思います。
【参考文献】
『新版 東洋医学概論』株式会社 医道の日本社
初めまして。
大阪の鍼灸学生で稲垣といます。宜しくお願いします。
もうすぐ後期単位認定試験が始まります。
試験勉強をしていると、食事が少量になってきます。
お腹いっぱいになって眠くなってしまうのも困りますし、運動不足もあったり、体重を増やしたくないのもあり。。。
そんな生活の中、年をめされた方で食欲が旺盛な方を拝見する機会がありました。年齢を重ねると食は細くなっていくものだろうと思っていましたが。
『養生訓』には老人の食に関しての注意喚起を目にします。
例えば、
「第二章 飲食 (23 老人は食を少なめに)」
”胃腸虚弱の人、ことに老人は、飲食に傷められやすい。味わいのよい飲食物に向かうときは、我慢をすべきである。節度を越えてはならない。心弱くては欲には克てない。心強くして欲に克つべし。”
僕が目にしたその方を考えるに、単純に”食い意地が張ってる”と、判断するには寂しく感じます。
もしかしたら、水穀の精微を得んが為の必死な姿なのかもしれない。
悩み(主訴)を発する途中なのかもしれないのでは。
それを鍼灸にて治療を考えると腎を補する法なのか・・心の障害を瀉する法なのか・・
もしかしたら、主訴を解消しても、それが最終ではないように感じます。
出典
『口語 養生訓』貝原益軒(日本評論社)
問診
問診をさせて頂いたが、要点を抑えて聞くことが出来なかった。
まず、主訴もそうだけどもそれがどう原因とリンクしているか。
本来のきっかけであろう可能性が大きいものではなく、枝葉の部分を主訴として来られる事も多々ある。
ただそれだと「ここが痛いから鍼して」というやり方と変わらない。
患者さんからしたら当たり前の話なのだけれども、施術者がそれじゃいけない。
重要であろう情報を汲み取り、そこから時期や広がり方、症状の特徴や進行具合、悪化条件やその他参考になるものも聞いていく。
そこから要点をまとめてパッと先生にお渡しできるぐらいでいい。
他、聞き方としてもクローズドにならない様に気をつけたい。
ありのままの情報を聞き出せないこともそうだし、患者さんの緊張に繋がりそうなものでもある気がする。
また、この間問診させて頂いた人のキッカケを考えても全員がそうなるとは思えない。
背景にある臓腑の状態も考察できそうなものではある。
ただし、弁病論治になれば見落としにつながるので臨床の場では持ってこない様にする必要があると思う。
仮説として置いておき、臨床を重ねて答えを出せる様にストックしておく。
しかし記憶系の問題は日常生活にも支障を来しやすいし、その悩みが続くと別の疾患にもつながるので大変なものだと感じた。
早く治ります様に。
今日の一曲
Takaaki Itoh - Bloom After Broken Life
https://www.youtube.com/watch?v=8nnwbs_umFA
勉学や人生の諸問題で、煮詰まった時に、僕はたまにこれを聴き返す。
【破綻したあとに咲く、「何か。」】
こういう音楽を、勉強時のBGMに取り入れることがあります。
いったい、何回、聴いた(=破綻≒何か咲く)ことやら……
※林先生より「Blogは自由に、なんでも書いていい。」と承ったので、今後はこういう記事も増やしていきます。
※怒られたら止めます。
『舌鑑弁正 訳釈』より”紅にて震える舌”から学ぶ。
こんにちは稲垣です。
顫動する紅舌を『舌鑑弁正 訳釈』より学びます。
第一百十三、紅戦舌。
鸇掉不安、蠕蠕微動也。
深紅、赤紅而戦者、宜三黄石膏等湯。
紫紅、瘀紅而戦舌、宜三黄白虎大承気。
淡紅而戦者、宜十全大補湯。
鮮紅、灼紅而戦舌者、宜六味地黄湯、
此舌虚火、実火皆有之(均裏証、無表証)、誤治即壊。
旧説指為汗多亡陽或漏風所致、
且不詳弁而概用温補、謬也。
(引用:『舌鑑弁正 訳釈』P244~245)
第113 紅戦舌
舌の震えが止まらずクネクネする。
深紅・赤紅で震えるものは、三黄石膏湯がよい。
紫紅・瘀紅で震えるものは、三黄白虎大承気湯がよい。
淡紅で震えるものは、十全大補湯がよい。
鮮紅・灼紅震えるものは、六味地黄湯がよく、
この舌は虚火・実火ともにあり(ひとしく裏証で、表証はない)、誤治は壊証になる。
旧説は汗多くて亡陽であったり、漏風によるというが、
詳しく調べずに概して温補を用いるのは、間違っている。
※十全大補湯については《和剤局方》を出典とする
『中医臨床のための 方剤学』と『舌鑑弁正 訳釈』の生薬について
成分が一部異なっており、精査していきたいと思います。
梁玉瑜は旧説の主治の方として紅戦舌に対して温補剤を一概に用いる事に注意を促し、
戦舌でも、紅舌の様々について湯液を選定されています。
《戦舌》
深紅・赤紅 → 解表清裏剤 「三黄石膏湯」
紫紅・瘀紅 → 寒下剤 「三黄白虎大承気湯」
淡紅 → 氣血双補剤 「十全大補湯」
鮮紅・灼紅 → 補陰剤 「六味地黄湯」
舌体がふるえ動いたり、舌筋がぴくぴくと動き、自分では制御できないことである。
「顫動舌」「顫抖舌」「舌顫」「舌戦」などと呼ふ。
虚損あるいは動風によって生じ、筋脈が陽気の温養と陰液の濡潤をえられないために
安寧を欠いて顫動したり、肝風内動にともなって振戦が引き起こされる。
(引用:『中医臨床のための 舌診と脈診』P30)
内熱の強そうな患者さんの、手足に動きがあるのが気になっており、
戦舌の特徴を調べることにより、熱と体の動きとの共通点を見つける事ができたらと考えました。
現時点では明確な発見には至っておりませんが、今後につなげたいと思います。
【参考文献】
『舌鑑弁正 訳釈』たにぐち書店
『中医臨床のための 方剤学』医歯薬出版
『中医臨床のための 舌診と脈診』医歯薬出版
切脈一葦 上巻3 (総論の最後まで)
こんにちは、大原です。
前回の続きです。
(前回:切脈一葦 上巻2)
今回も、原文に書かれている文意を汲み取りながら、
その読み方や
著者の言いたいことは何かを考えていきます。
今回は総論の最後までいきます。
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画像は京都大学デジタルアーカイブ『切脈一葦』より、
12ページ目の最後から引用。
(本ブログ記事で参照した箇所を掲載)
<読み>
たとえよくこの三部九候を、詳に診し得ると
いえども、脈色声形の四診を参考にするの時に臨みて、
何の益あらんや。
これ脈の一診をもって、
万病を診し分からんと欲する者のなすところにして紙上の空論なり。
→前回の記事でもありましたが
ここでもばっさりと「これは机上の空論であるぞ」
と言ってます。
「脈診だけで全部分かろうとしなくても良いではないか、
何かメリットがあるのか?」と。
晋の王叔和(おうしゅくか)、
『難経』に依(よ)りて、
左右を分かち臓腑を配して、もって脈学を唱う。
これをもって同調の人、称して脈学の大成となす。
しかれども脈は血気の流行にして、一条脈の道路のみ、
何ぞ三部各その脈状を異にするの理あらんや。
また、浮中沈は、病人の脈の浮中沈にして、
医の指を浮中沈するの義にあらず。
なんぞ医の指の浮沈をもって、五臓をうかがうの理あらんや。
たとえ明達の人といえども、
その実なくして、その理を究むる理あることなし。
これ王叔和以来、一人も脈学の極めを知る人なきゆえんなり。
後世の脈を学ぶ者、分配家のために、欺かれるを知らず。
徒に精神を費やして、
その道を明むることあたわずといえども、
なおいまだ空言にして、その実なきことを知らず。
ただ、己が見解の及ばざる所となす。
これをもって分配家の脈法を出づることあたわず。
→「いくら聡明で物事の道理によく通じている人でも
中身の無いことに対しては、
その理を追求することはできない。」
と書かれています。
説得力のある言い回しで、手厳しいですね。
ついに一寸九分の地をもって三部となし、
あるいは
掌後の高骨をもって関となし、
あるいは
臂の長短に従いて三部を定め、
あるいは
まず関を按じて、次に寸尺を按ずといい、
あるいは
浮かべて腑を診し、沈めて臓を診し、中をもって胃気を診すといい、
あるいは
浮かべて心肺を診し、沈めて肝腎を診し、中もって胃を診すといい、
あるいは
左を人迎となし、右を気口となし、
あるいは
左の寸関尺に心、小腸、肝、胆、腎、膀胱を配し、
右の寸関尺に、肺、大腸、脾、胃、命門、三焦を配して、
もって診脈の定法と為す。
これ皆三部各その候を異にするの理なきことを知らざるの誤りなり。
→「以上に述べた脈診の考え方は、
理が無いことを知らないためにできた、
誤った理論である。」
と書かれています。
読んでみると分かりますが、
この脈診の考え方は専門学校の授業などで習うものですね・・・。
もし三部各その候を異にすべきときは、反関の脈の如きは、
何の処をもって三部と為(な)さんや。
思わざるの甚だしきなり。
およそ医を業となる者は、皆脈を診するをもって、
先務としながら、もし
この決断することあたわざる脈法をもって、
闇然として、人の病を診して、疑いを隠して、その証を弁ぜんとす。
その危うきこと薄氷を踏むがごとし。
これ何の心なるや。
これを何と言わんや。恐るべし。
歎(たん)すべし。
医を学ぶ者、深く心を用うべし。
あるいは言う、
寸関尺を分かっては、分配家の説なりといえども、
寸部の脈進みて、魚際へ上がる者を、頭中の病とし、
関部の脈に力ある者を、腹中の病とし、
尺部の脈に滞りある者を、腰脚の病とし、
左右は左右を分けて、
心を用いるときは、病人に患る所を問わずといえども、
大概知れる者なり。
しかればすなわち、
寸関尺の部位全く無しと言えからざるなり。
謙(著者の名前)曰く、
これは人相家相等を占する者と、同断にして、
医門に不用のことなり。
いかんとなれば、頭中に病あり、
あるいは腹中に病あり、
あるいは腰脚に病ありて、医に治を求むる者なれば、
脈をもって頭中の病、腹中の病、腰脚の病を占するに及ばず。
病邪の辞にて、知れたることなり。
何ぞ脈をもって占することを竢(ま)たんや。
→ざっくりと
「寸部を頭中の病、
関部を腹中の病、
尺部を腰脚の病とするような脈診は、
これは占いと同じであり
医学には不用である。」
と書かれています。
脈診を「占い」と比喩してますが、これは
脈の寸関尺だけで
病の場所を特定してしまうことに対する
懸念を表したのだと思います。
それ脈の用は、
頭中の病、腹中の病、腰・脚の病ある人の脈を診して、
色声形の三診に合して、
その病の陰陽・表裏・寒熱・虚実を決断するの診法なり。
病毒頭中にあり、腹中にあり、腰・脚に在るの類は、
みな瀉形の与(あずか)る所にして、
切脈の与(あずか)る所にあらざるなり。
これ病証有りて、脈を診すると、
脈を診して、病証を占するとの辞なり。
また脈をもって病毒の所を占すると、
脈をもって病証の陰陽・表裏・寒熱・虚実を決断するの弁なり。
→「脈診の目的は、
患者さんの身体の色や声、形態と合わせて、
それらを総合して、
病の陰陽・表裏・寒熱・虚実を決めるものである。
病が頭にあるのか、腹中にあるのか、腰・脚にあるのかを
脈の寸関尺で分かるとうたっているが、
病がどこにあるのかは「瀉形」によって判断するものであり、
脈診で判断するものではない。
ある病があるからそれに合った脈が現れるのであって、
その脈だからそれに合った病が現れるということではない。
さらに言い換えると、
その脈だから、病の陰陽・表裏・寒熱・虚実が決まるということではない。」
と書かれています。
つまり、脈診だけで全部は分からないぞ!ということが
ずっと書かれていますね。
また、病がどこにあるのかは「瀉形」によって判断するもの
とありますが、
この「瀉形」とは、
切脈、望色、聴声、写形(望診)といった
四診合算のことをいうようです。
その中の脈診だけで病を判断してしまうのは
いかがなものか、
ということを一貫して言っているのだと思います。
引用:
京都大学デジタルアーカイブ『切脈一葦』より
六經病機(02)
太
(01)はなはだしい。
(02)とおる。
(03)おおきい。
(04)尊稱に用いる。→太后、太君など
(05)秦・大に通ず。
(06)夳に同じ。
(07)姓。
明
(01)あきらか。あかるい。
(02)あきらかにする。
(03)あきらかに。はっきりと。
(04)あける。夜がしらむ。
(05)よあけ。あけがた。
(06)あけて。つぎ。
(07)ひる。日中。
(08)あかるみ。
(09)おもて。そと。うわべ。
(10)ほがらか。
(11)おこる。ひらく。
(12)大きい。
(13)さかん。
(14)陽。陰の對。
(15)雄。雌の對。
(16)有形。
(17)この世。現世。
(18)かみ。神靈。
(19)日。月。星。
(20)天。
(21)賢人の述作をいう。
(22)よく治まる。ひらけた國。
(23)視力。
(24)たぐふ。
(25)水道。水の流れみち。
(26)ちかう。盟に通ず。
(27)萌に通ず。
(28)孟に通ず。
(29)猛に通ず。
(30)望に通ず。
(31)朝代の名。朱元璋が元を滅ぼし建てた國。
(32)諡。
(33)姓。
(34)眞言の異名。
少
(01)すくない。すこし。
(02)すこしく。わずか。やや。
(03)すくなしとする。不足に思う。
(04)そしる。かろんずる。
(05)しばらく。しばらくする。
(06)おとる。
(07)かすか。おとろえる。
(08)へる。
(09)かく。
厥
(01)石を発掘する。
(02)ほる。
(03)つくす。つきる。
(04)つく。突きたてる。
(05)病名。のぼせ。足が冷え、頭がのぼせる。
(06)その。それ。
(07)の。
(08)句調を調へる助辭。
(09)みじかい。又、尾の短い犬。
(10)石の名。
(11)ゆれ動くさま。
(12)蹶に通ず。
(13)橛に通ず。
(14)古は氒につくる。
(15)姓。
【参考文献】
『大漢和辭典』大修館書店
(太:第三巻763頁、明:第五巻763頁、少:第四巻89頁、厥:第二巻659頁)
『中医病因病機学』東洋学術出版社
食べることについて①
皆さま、初めまして。
受付をしております、鍼灸学生のイワイです。
ここでは、日々の学習のことやそこで生じた疑問など様々なことについて、学生なりに書いていきます。
どうぞよろしくお願いします。
早速ですが、新年度になりました。
桜が満開で見頃を迎えてますね!
春といえば、「新しいこと」を始めるのに適した季節だというわれています。新しいチャレンジや生活など、楽しみな気持ちと新しいことに取り組む不安もあると思います。
私達の身体は何か取り組むとき必ずエネルギー、気力、体力が必要になります。
そこで、新しいことに向き合うために、日々の生活の中で欠かすことのできない〝食事〟について勉強し、食べることで身体へどういう影響がでるのか、西洋医学と東洋医学での、それぞれの概念について勉強しました。
西洋医学的には、私達が食事した際、口から入った食べ物は 口→食道→胃→小腸→大腸→肛門 という順ではいって、外で便として出て行きます。この過程の中で、体内に栄養素を取り込み、身体に必要な物資に再合成し、吸収されています。
では、東洋医学的にはどういう概念でしょうか?
東洋医学的に考えると、まず人体の構成や生命活動を維持するのに最も基本的な物資のことを〝精〟といいます。
この〝精〟には、父母から受け継いだ〝先天の精〟と飲食物を摂取することにより得られる〝後天の精〟の2つから成り立ちます。先天の精の量は生まれたときから決まっていますが、後天の精は飲食物を摂取することで絶えず補充されています。
次回は、後天の精について勉強したことを書いていきたいと思います。
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【参考文献】
「生理学 第3版 」東洋療法学校協会 編
「新版 東洋医学概論」東洋療法学校協会 編
しゃべる訓練など
しゃべる訓練
しゃべる訓練として自分語りをします。
先日一鍼堂で「なぜ鍼灸師になろうと思ったのか」と言った話を先生とした。
その時にお伝えした内容ですが、それよりもっと前になぜ医療をやりたいのかと言った問答が自分の中にあった。
大学生一回生の時、情報基礎倫理の授業で
「グラスに入った水が半分残っています。
これをどう考えますか?」
と言ったテーマで講師が話していた。
その問いに対して
「残り半分もある」
「残り半分しかない」
どう捉えましたか?
と言った内容だった。
話を聞いていて、ふと陰陽の考え方がよぎった。
グラスには水の入った部分もあれば空の部分もある。
全てには逆の側面がある。
もちろんその先もあるが、ほとんどの事象はそう。
世間一般の良いや悪いの評価に対して
何でお前らに決められなあかんねん、と疑問を抱いていた中で出会ったそんな考え方。
自分の中にドカーン!と言った感覚があって、その日の学校の帰りは見るもの全ての逆の側面を見るようにしていた。
東洋医学の中にある考えの一つに触れ、それが何なのか知ってみたくなった。
何となくですが、その先に自分みたいなしんどい人が救われる未来があるのかなと医療人を目指したような気がします。
過去に囚われるのは良くありませんし、そこに縛られている訳でもありませんが、先へ進む為にもいい振り返り方はありかなと感じた。
カフェにて
老子を読んでいて、ボーッとしながらふと周りの景色が入ってきた。
その時に大きく飾られていた世界地図を見た。
ありきたりな感想ですが、
「日本って小さいなぁ」
そう思いました。
この狭い国の中でさらに狭いコミュニティに縛られる必要はない。
もっと広く、大きなものを。
世界地図だって宇宙を含めたらまだまだ狭い。
どこまでも伸び伸びと。
思い浮かんだ逍遥という言葉。
単語としては一番好きかもしれません。
何も抱かない
何か不満が募る。
そこは出した方がいいかもしれない。
でも、そこを抱かない事が一番大切。
最初からなければ何も生まれない。
何に焦点を当てて生きていくか。
スッキリした人間でありたい。
腹部と経穴
習った腹部のエリアと経穴を一致させるために、心経の穴のみをを軽く刺した。
刺した後に感じる腹部の変化。
変化を感じる事ができて良かったです。
【学生向け勉強会】 「素問を読もう!」勉強会のお知らせ
こんにちは、一鍼堂の大原です。
鍼灸学生の皆さんへお知らせです。
この春から、東洋医学のバイブルである黄帝内経を
週1回ペースで読んでいこうという勉強会を
開催します!
こんな人にオススメです↓↓
「黄帝内経を読んだ方が良いと言われたけれど、どうやって読んだら良いか分からない」
「自分一人では勉強がなかなか続かない」
「将来は、東洋医学の伝統的な考えに基づく鍼灸治療を行っていきたい」
「土日は忙しくて勉強会に参加できない」
週1回ペースで素問を読んでいくことで、
半年後には漢文を読めるようになることを
目標にしたいと思います。
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↑「エントリーしたい議題」の欄に、「火曜」か「木曜」のどちらかをご記入ください。
以下、詳細です。
【予定内容】
座学で、黄帝内経(素問)の内容を読み合わせていく。
目標としては「週1回ペースで古典に触れていくことで、
半年後には漢文を読めるようになる」
【参加対象】
鍼灸学生(新1年生~新3年生)
【日程・スケジュール】
(1)火曜の部
毎週火曜日 19時00分 ~ 20時30分頃
(2)木曜の部
毎週木曜日 13時00分 ~ 14時30分頃
火曜か木曜のどちらか参加しやすい方に
ご参加ください。
※上記(1)と(2)について、
同じ週の火曜と木曜は基本的に同じ内容の予定ですが、
進捗状況が異なってくると
少しずつずれてくるかも知れませんので
できるだけ同じ曜日に出席されるのが良いかと思います。
第0回 (説明回 → 素問・上古天真論(第1)を少し)
・3月20日(火) 19時00分 ~
・3月22日(木) 13時00分 ~
→以降、同じように、
毎週火曜19時~と、木曜13時~に行なっていく予定です。
詳しくはスケジュール表を参照ください。
【参加費】一回あたり2,500円
ただし、第0回は説明会を兼ねておりますので
「無料」といたします!
興味がありましたら
ぜひお問い合わせください!
エントリーされる方はこちらへ↓
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【最後に】
新2、3年生の鍼灸学生さんは
色々な技術を習得していく中で、
将来自分が進むべき道というのが
少しずつ見えて来たかも知れません。
また新たに鍼灸学生さんになる方は
夢を持ってこの業界に進もうと
思っておられると思います。
ですが、伝統的な鍼灸をやってみたいが
古典を学ぶ場所が無いという声を聞きます。
そんな皆さんの為に、継続して学習していく
勉強会を開催することとなりました。
このような週1ペースの勉強会は初の試みですので
正直どのようになるか分かりませんが、
参加者の方と一緒に勉強させていただく気持ちを忘れず、
共に学んでいけたらと思います。
一定数に達した場合は
定員とさせていただきますので、
ご容赦下さいませ。
(人数が集まらない場合は中止とさせて頂きますので
ご了承くださいますようお願いします。)
【講師】一鍼堂 大原
エントリーはこちら
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一鍼堂








