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東洋医学・鍼灸医学の研究用ブログです。

苔を育成中

胖嫰舌の表裏から考察します。

  舌質・舌苔 淡白舌・嫰・胖大・歯痕・点刺 薄白苔が全体的にありますが、 舌根には白膩があるようにみえます。 舌裏 舌下静脈に怒張・蛇行はみられずに ぼんやりとしています。 外側には暗いところがみられます。 舌面の中央が凹んでいるのが特徴的と思いました。 胖嫰舌のうえに、舌を出すのに力がない為に 凹んでいるのだろうと考えています。 口の開け方にも力強さを感じません。 舌に赤みが少なく、 全身に栄養が行き届いているのか?と心配されます。 舌裏に暗いところがあり、滞りも感じます。 全体的にのっぺりしておりしているのが印象的で 気・血ともに、か細く感じております。 仮説として 裏に虚があり血の停滞がおこり、その表現として舌裏に 血の滞りがあらわれているように思います。 そこが原因となって水分が均等に末端まで届かずに 舌全体に溢れているのでは?と考えます。 原因は同じくして気の停滞もおこり、 力強さを得ることが出来ていないと考えます。 この湿が下焦に累積されていかないかと危惧されます。 舌のみで、想定を考えてみました。 今後も考察を深めたいと思います。  

院長の治療を受けて(平成30年12月)

院長の治療を受けております。 【主訴】 背中の痛み(肩甲骨内側と下部周辺の張痛)と 慢性腰痛(痛みは軽微で動作開始時痛)。 出来るだけ、些細な変化も記憶に留めておきたいと思い、身体の全体を観察します。 治療に関しての全てが”学び”です。 問診での着目するポイント、 舌など望診における情報をキャッチする速さ、 繊細でありながら落ち着いている切診の感覚。 そして、治療。 背中の痛み関しては即座に無くなります。 腰部の痛みについては、 朝の起きる際やソファーに長時間座った後などのスターティングペインなので、 この時には変化は分らなかったですが、効果は翌朝に十分感じ取れました。 伝えはしたものの、後回しでも良いと考えていた膝の痛みも同時に無くなります。 結果、 嘘のように無くなっています。 鍼を受けて寝ている際に、身体に集中すると 手指の末端がピクピクし、腹部も微妙に内部が動くのを感じます。 刺鍼と、この感覚。結果を思うと、 身体を巡る気血や臓腑からの学術と臨床の関係を感じるに十分です。 日頃学ぶ東洋医学の論理を目の当たりに体感できた素晴らしい時間です。 『開業以来、鍼一本。』 この”鍼一本”の可能性の楽しさを見せて頂いたように思います。  

六經病機(02)

太 (01)はなはだしい。 (02)とおる。 (03)おおきい。 (04)尊稱に用いる。→太后、太君など (05)秦・大に通ず。 (06)夳に同じ。 (07)姓。 明 (01)あきらか。あかるい。 (02)あきらかにする。 (03)あきらかに。はっきりと。 (04)あける。夜がしらむ。 (05)よあけ。あけがた。 (06)あけて。つぎ。 (07)ひる。日中。 (08)あかるみ。 (09)おもて。そと。うわべ。 (10)ほがらか。 (11)おこる。ひらく。 (12)大きい。 (13)さかん。 (14)陽。陰の對。 (15)雄。雌の對。 (16)有形。 (17)この世。現世。 (18)かみ。神靈。 (19)日。月。星。 (20)天。 (21)賢人の述作をいう。 (22)よく治まる。ひらけた國。 (23)視力。 (24)たぐふ。 (25)水道。水の流れみち。 (26)ちかう。盟に通ず。 (27)萌に通ず。 (28)孟に通ず。 (29)猛に通ず。 (30)望に通ず。 (31)朝代の名。朱元璋が元を滅ぼし建てた國。 (32)諡。 (33)姓。 (34)眞言の異名。 少 (01)すくない。すこし。 (02)すこしく。わずか。やや。 (03)すくなしとする。不足に思う。 (04)そしる。かろんずる。 (05)しばらく。しばらくする。 (06)おとる。 (07)かすか。おとろえる。 (08)へる。 (09)かく。 厥 (01)石を発掘する。 (02)ほる。 (03)つくす。つきる。 (04)つく。突きたてる。 (05)病名。のぼせ。足が冷え、頭がのぼせる。 (06)その。それ。 (07)の。 (08)句調を調へる助辭。 (09)みじかい。又、尾の短い犬。 (10)石の名。 (11)ゆれ動くさま。 (12)蹶に通ず。 (13)橛に通ず。 (14)古は氒につくる。 (15)姓。 【参考文献】 『大漢和辭典』大修館書店 (太:第三巻763頁、明:第五巻763頁、少:第四巻89頁、厥:第二巻659頁) 『中医病因病機学』東洋学術出版社

食滞

食べ過ぎによって未消化物が中焦に滞り、身体は一生懸命に消化しようと熱化し、その熱は上焦に影響を及ぼします。 心に影響を及ぼすと動悸、息切れ、精神不安、不眠などの症状が出ます。 肺に影響を及ぼすと咳、痰、咽頭痛、などの症状が現れます。 その他にも、めまい、頭痛、耳鳴り、目赤、肩、首の痛みなどの症状が現れる場合もあります。 腹八分目にしておくことは、健やかな身体を保つのに、とても大事なことです。
切脈一葦

切脈一葦 上巻1

こんにちは、大原です。 前回まで、『切脈一葦』の序文を 2回に分けて読んでいきました。 前回の記事 (切脈一葦 序文2) 今回から、上巻を読んでいきます。 切脈一葦 巻の上 常陽 中茎謙 著 脈位 寸口の脈は、顕然として見(あらわ)る処なり。 故に上古より今に至る迄、 動脈の流行をここに診して。 血気の盛衰をうかがうこと何の時より始めと云うことを。 明らかにせずといえども、古書に脈を論ずるときは、 必ず寸口を主とするを以て考えるときは 上古の脈位なるこを疑いなし。 寸尺は、人の体より出(いで)たる者にて、説文に、 「周制の寸尺(すんしゃく)咫(し)尋常の諸度量は、皆人体をもって法と為す」と。 の語あり。 家語に、 「指を布(し)き寸を知る。 手を布(し)き尺を知る。 肘を舒(の)ばし尋(ひろ)を知る、の語あり」。 素問に、 「尺内の両傍はすなわち季肋なり」の語あり。 また、寸尺按じるの語あり。 霊枢に、「尺を調う」の語あり。 これらの語を合わせて考えるときは、人の体を指して尺と称すること、見るべし。 尺は度量の統名なるをもってなり。 調尺の尺は広く人身を指し、 尺内の尺は腹を指す。なお腹内というが如し。 尺寸の尺は手を指す。 寸に対するをもってなり。 寸口は尺を診するところなるをもって名づけ、 尺沢は尺より寸に、血脈の流行する処をもって名づけたる者なり。 動脈の見る処多しといえども、 その著名なる者は、寸口を第一とす。 人迎趺陽は、これに次ぐ者なり。 人迎は常に寸口より大く、 趺陽は、常に寸口より小なる者は、脈道に本末あるをもってなり。 これ仲景氏の寸口人迎趺陽をもって三部と為すといえども その大ならず。 小ならざる所の寸口を主として、人迎趺陽を参考に備えるゆえんなり。 虛里少陰膻中も、また其の著名なる者なり。 故にその証によって、参考に備えることあり。 寸口は手の掌の後、高骨の側に見る動脈なり。 人迎は、結喉の両傍に見る動脈なり。 結喉は喉嚨なり。頤(あご)の下に高く尖りたる骨をいう。 趺陽は趺の上に見る動脈なり。足の跗の上、大指と次指との両骨の間を上へ去ること五寸、 動脈手に応ずる所なり。 虛里は左の乳下に見る動脈なり。 少陰は足の内踝の後ろ、陥なる中に見る動脈にして、 いわゆる少陰の道、是なり。 臍中はいわゆる腎間の動、是なり。 (続く) 参考文献 『切脈一葦』(京都大学附属図書館所蔵) 画像は京都大学デジタルアーカイブより

診病奇侅(01)

中脘 脾部中脘塞り、中脘水分に動あり、 又脾塞り、水分に動ありても、中脘に動なきは、食にあらず、 《私議》 中脘と水分について感じるところあり、考察を深めたいと思います。 【参考文献】 『診病奇侅』医道の日本社

仕事の帰りに少彦名神社

少彦名神社 【御鎮座】 道修町には、明暦四年(1658)頃から薬種商が集まっており、享保七年(1722) 124軒が幕府より道修町薬種中買仲間として公認された。 この仲間が生命に関する薬を神の御加護のもとに間違いなく取り扱えるよう、中国の薬祖神・神農氏と共に、 安永九年(1780)京都・五条天神から少彦名命をお招きして、仲間会所(現在地)におお祀りした。(引用:神社の案内より) (´ー`) 仕事の帰りに足を延ばし、少彦名神社に参拝に行ってきました。 御鎮座より今年で240年という事で、お薬と大阪との長い付き合いを感じます。 学生時代より度々お参りに来ておりますが、卒業後では初めて来させて頂き、試験合格のお礼をさせて頂きました。 卒業し、鍼灸師となった立場で神様に手を合わすというのは違った思いがあります。 本日は梅雨時の隙間、暑さは止みませんが、良い風が吹いていたように思いました。

開業いたします。

こんにちは稲垣です。 私が鍼灸学生の時も、国家資格を得てからも 同じ質問を受けた事がありました。 「なぜ一鍼堂なのですか?」 です。 学生向けの勉強会を 一鍼堂で開催する準備をしておりましたので、 その際に、未来の鍼灸師さんたちに向けて話そうと 思っていたのですが、 このご時世で学生さんたちに集まって頂く機会が なかなか持てませんので、 お伝えしておこうと思います。 (パソコンの画面を通じてのテレビ電話では 臨場感がありませんので、 実際に集まって頂く事を待ち望んでいたのですが、 非常に残念です。) 私は鍼灸学生の一年生の時より 林院長にお世話になりました。 各種勉強会など、様々に参加させて頂き、 大切な価値観を沢山頂戴しました。 学生の頃からの四年間ですから、それはそれは数知れず。 院長の治療を受けさせて頂き、 最初に感じたものは、“テコ”です。 “重い岩”を退けるには支点をおいて、 長い棒のようなもので力点に力を加え 岩という作用点に力を伝える。 そしてゴロンと動かせる。 なるほど! 臓腑へアクセスさせるには、こうするのか! と鍼治療を体験させて頂きました。 同時に、 このテコよりもっと良い方法はないのか? 支点を岩に近づけたらどうだろう? 力点をより遠くに伸ばしたらどうだろう? ”より良い方法を探し続ける好奇心”を教えられました。 学問に対しての「もっと!もっと!」 というエネルギーを感じ、 同じ場所を掘り続ける魅力を院長より感じました。 私はそんな環境が心地よく思い 一鍼堂に通い続けたのだと思います。 「なぜ一鍼堂なのですか?」 という問いの答えとしては 「探究し続ける楽しさを感じたから。」 となるのでしょうか。 ”面白さを教えて頂いた” これは、私にとっては極めて重要です。 そして、 (話が急に展開して申し訳ありませんが、、) 開業いたします。 その”面白さ”を人生の楽しみにして行きたいと思います。 “修行を完了させて一流のはり師になったから店を持つ” というのとは全く異なりますが 鍼灸道の修行の為に、 自身の鍼灸院を持つ事といたしました。 ベッドが一つだけの小さな所ですが 臨床の場として、 研究の場として 励んでまいります。 面倒を見て頂いた院長の気持ちを察するに 痛恨を感じるのと、院長が長期的に考えて 準備されていたもろもろを考えると 心苦しいだけではありません。 罵倒の裏にある優しさを感じるだけに 申し訳ない気持ちなど多々あり、 私自身の心中が穏やかではありませんが 怨まぬ為に、 嫌いにならぬ為に、 少し間合いをとることとしました。 身を切り分けて、与え続ける院長のアンパンマン力を感じて お返しをしなければと、学校を卒業した際に思い続けて 現在まで至っておりますが、必ずお返ししていきたいと思います。 いつになる事やら… 小さな小さな鍼灸院を行っていきますが 温かく見守って頂けるとありがたく思います。 お世話になった皆様に本当に感謝しかありません。 ありがとうございました。 今後とも宜しくお願い申し上げます。 令和3年6月 稲垣 英伸

背中・寺

  姉の身体を触らせて貰いました。   気になったのは右の腎兪のあたりのエリアが落ち込んでいると思った。   お腹を向けてもらうと夢分流腹診の表で左の腎に当たるエリアが右に比べて力がなく柔らかかった。   実際のところ背中の臓腑の反応は腹とリンクするのか、またリンクするとしたらそこに規則性はあるのか気になります…。   腹、背中と触っていたら左の踵が痒いと掻き始めたのでこれも何なのか考えてみます。   また、背候診とは別件ですが、先日京都の法然院に行ってきました。   銀閣寺から哲学の道をしばらく歩いていった場所にあるお寺なのですが、行ってみると観光客もおらずゆっくり見て周ることが出来ました。   静かなのでセミや鳥の鳴き声、水の音などをじっくり聴け、生えている苔などもとても綺麗でいい場所でした。   また気が向いた時に行こうと思います。   写真撮影可能なお寺でしたのでアイキャッチ画像に設定しています。

実験、公孫など

珈琲 私はコーヒーが合いません。 香りや苦味が好きなんですが、身体に合わない。 自分の感覚として体感しているのは肝の暴走。 散々書籍にあることなので発見でも何でもないのですが、体感としても感じます。 じゃあ、それを思いっきり飲んだらどうなるか。 ボトルコーヒーを一本一気飲みしてみた。 自分の体の反応と術者としての感覚を飲む前、飲んだ後と比較してみました。   術者として 普段から鋭くない感覚が更に鈍くなる。 全く相手を感じる事ができない。 身体を触らせて頂く時に頭に言葉が多くなる。   体感として 自意識が強くなる。 ナポレオンはコーヒーを勇気の出る飲み物として愛用していたらしいのですが、鈍感になっただけじゃないのか。と思った。 また、時間差があるので直後には出ない。 ただ影響がマックスになった時、酒で酔った感覚になる。 調べるとコーヒー酔いというものもあるらしいです。 気逆を起こすと気が大きくなる? 脈の寸には影響があった気がします。 頭には色んな言葉が浮かぶ様に。 エゴが強くなった感覚? いつも以上に自分の世界だけで全てを完結させている気がしました。   家に帰って自分の肝経の経穴に鍼をしてある程度は和らぎましたが、躁鬱状態ってこんな感じなのかなと思いました。   手に受ける感覚 何か違和感を感じたとして、それぞれ種類が違ってくる。 細分化して言語化できればいいなと思いました。 体感として一つ重い感覚はあったので、まずはそれについて考えていく。     切経 術者と患者が合った時、そこに囚われ過ぎるのは良くないと思いました。 ベタベタ触ると段々反応も薄れ、よく分からなくなってくる。 即時即決、一回でどれだけ情報を頂けるか。 患者とどの様な意識で向き合うか、模索します。 深さも意識したい。     公孫 この穴の認識を深めたい。 奇経八脈考、症例から学ぶ中医婦人科などを中心に調べているのですが、まだイメージが掴めていません。 引き続き調べて行きます。   楽しむこと 表面的なものではなくて、この本質って何なんだろう。 考える事で遠のいていっているかもしれないけど、一旦はこの工程を踏みたいと思います。