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東洋医学・鍼灸医学の研究用ブログです。

ホッカイロ

冷え性の方でお腹や腰にホッカイロを一日中貼りっぱなしで行動をしている方がいらっしゃいますが、貼りっぱなしは要注意です。 寒いところに出る時だけ貼るのであれば良いのですが、貼りっぱなしにしていると余分な熱が邪となり体に入り込み臓腑の弱いところに症状がでる場合があります。 例えばもともと脾虚の症候がある場合、余分な熱が脾を傷つけ運化の働きが弱くなり飲食物をうまく処理できず滞りができてしまい時間が経つと瘀血になってしまいます。 瘀血ができると通り道が狭くなるので気血の流れがより悪くなり熱が生み出されていきます。 熱は陽の性質なので、上へ上へ登っていき、眩暈や頭痛、嘔吐といった上部の症状がでてきます。 その上、脾は湿の調整を行なっています。 湿をうまく処理できずに浮腫んだり、皮膚に湿が残ったままになり冷えの症状がでたりします。 体の内側は熱により傷ついているのに、表面は冷えを感じる。冷えを感じるからホッカイロを貼る。ホッカイロによってまた余分な熱を体に与えては弱っていく。とゆう悪循環が生じます。

中国の思想(05)

老子 六十六章 統治者はへりくだらねばならぬ 江海所以能為百谷王者、以其善下之。 故能為百谷王。 是以欲上民、必以言下之、欲先民、必以身後之。 是以聖人、処上而民不重、処前而民不害。 是以天下楽推而不厭。 以其不争故、天下莫能与之争。 江海のよく百谷の王たるゆえんは、その善くこれに下るをもってなり。 故によく百谷の王たり。 ここをもって民に上たらんと欲すれば、必ず言をもってこれに下り、 民に先んぜんと欲すれば、必ず身をもってこれを後る。 ここをもって聖人は、上に処るも民は重しとせず、前に処るも民は害とせず。 ここをもって天下推すことを楽しみて厭わず。 その争わざるをもっての故に、天下よくこれと争うことなし。 (引用:『中国の思想[Ⅳ]老子・列子』P105~P107) 《私議》 以前、会社員をしていた時は『人・物・金』を管理するのが仕事でした。 その時の上司からよく言われたのが「頭を垂れる稲穂かな」。 経験豊富な年功を積まれた方々の立ち居振る舞いをみて、 内心『流石!』と思う事は本当によくありました。 今は臨床に立っておりますが、患者さんを目の前にして思う事もあり、 繊細さも難しさも感じます。 【参考文献】 『中国の思想[Ⅵ]老子・列子』徳間書店

方剤学(02)

ニンニクを多めに食しました。 私自身の二便について変化がありましたので、備忘録として。 疲労回復や滋養強壮などをイメージするニンニクですが、主に作用する臓腑や経絡が『胃』や『大腸』との事で調べてみました。 『中医臨床のための中薬学』においては分類として”駆虫薬”の章に配置されております。   大蒜(蒜頭、葫) ニンニクは生薬名として、大蒜(たいさん)、蒜頭(さんとう)、葫(こ)等という。 〈性味〉 辛、温。小毒。 〈帰経〉 胃・大腸。 〈効能と応用〉 1:殺虫 鈎虫、蟯虫に対して用いる。 2:止痢 細菌性下痢に、単味を服用 3:止咳 肺結核(肺瘻)の咳嗽、百日咳(頓咳)などに用いる。 4:治瘧 瘧疾に用いる。 5:解毒消腫 皮膚化膿症の初期に用いる。 肺疾患や皮膚疾患にも応用があるところが、興味深く思います。 肺の”水の上源”、胃の”喜湿悪燥”など一定の水分量を共通にするところが気になるところです。 【参考文献】 『中医臨床のための中薬学』東洋学術出版社 『大漢和辭典』大修館書店 (葫:第九巻802頁) 『新版 東洋医学概論』医道の日本社

できる事だらけ

体の使い方でずっと指導して頂いている事を強く意識する。 方向性。 土台を固めた上で預けて脈をみる。 鍼を行うときにもその感覚が活きる気がする。 押手などでしっかり固定化した上でどこに届けるのか。 人に練習させてもらって、この意識で置いたらいい感覚だった。 この先に微細な調整などもあるんだろうな。 指の使い方なんかも少し馴染んできて良い感じです。 生まれた感覚を大切に、ブラッシュアップしていきます。     寺子屋時に学びの姿勢に関して受けた言葉に対して思うところ。 結局のところ、それを生業とするプロとしての責任感を持った上で、楽しんで学びを進めれるかというところに帰ってくると思う。 伝えて頂いた学び方なら、何事にも答えや正解といった枠を作らないので限界がないし、やれる事は無限に広がっていく。 先に患者さんの治療があるならこれ以上の事はないよなと思う。  

試してみる

  先週とてもいいお話を聞かせて頂けたので手で木・皮製品・自分の身体など色々触る様に意識しています。   触った時の感触を知ることや触り慣れると言った意味でも私にとっては良さそうだなと感じています。   また、手が冷えていたら寒熱は分かりにくくなるのかと思って実験してみました。   内容としては右手の労宮に石膏(性質:大寒)の粉末を2分程度乗せてみる。   その後綺麗に流して右手・左手を中脘あたりに当ててどちらがお腹の温もりを拾いやすいか見てみる。   やってみると明らかに左手の方が暖かさを感じやすい。   右手は感じにくいし、触られているお腹もちょっと冷えて触られたくない。   手を冷やさないって大事なことだなと実感しました。   冷たいもの飲んで手が冷たくなった事を感じた事があるので飲食物も気をつけよう。   また、服越しでもわかると仰られていたので前に歩いている人の背中で何か感じるかも試していっています。   続けていくと拾える様になるのか楽しみです。

脈診(02)

四季の脉(瀕湖脉学) 春弦夏洪、秋毛冬石。 四季和緩、是謂平脉。 太過実強、病生於外、不及虚微、病生於内。 四時百病、胃気為本。 脉貴有神、不可不審。 春は弦脉、夏は洪脉、秋は毛脉、冬は石脉。 四季に和緩して、これを平脉という。 太過し実強は病が外より生じ、不及し虚微すれば病が内より生ずる。 四時の百病は、胃気を本となす。 脉貴は神を有し、詳しく知ろうとしないという事はあってはならない。 (゜-゜) 院長はじめ、先生方にご教授をうける中において、脉中を問われることがあります。 正直、悶絶しますが、詳細を感受するのに精一杯であったりします。 四季に脉があり、個体差があり、 脉が強くなるという事だけが、治療後において正とは限らないように思います。 【参考文献】 『中医脉学と瀕湖脉学』たにぐち書店 『大漢和辞典(第三巻、P1101「審」)』大修館書店
収穫の秋 近所の茂みにダイダイが実りました

【用語集】腎不納気

腎不納気 腎気が虚したり、 腎精の不足により腎陽や腎陰に影響が出ると、 「納気」の作用(摂納とも)が働かなくなる状態となる。 「摂納」が出来なくなると、 肺が吸入した気を、 腎に納めることができなくなり、 自然な呼吸が行えなくなる。 そのため、 少し動いただけで息があがるといった症状が出てくる。 このことからも、 「呼吸」は肺だけでなく、 腎が深く関わって行われていることが分かる。
『舌鑑弁正』白舌総論より

『舌鑑弁正』書き下し 白苔総論

大原です。 『舌鑑弁正 訳釈』という書籍が最近出版され、 舌診の復習をしておりますが、この中に 原文の書き下し文がありませんでしたので、 自分の勉強を兼ね、かつ備忘録として 書き下し文を記していきたいと思います。 『舌鑑弁正』自体は、もとは中国の書籍です。 こちらについては おいおい書いていきたいと思います。 白舌総論 <書き下し文> ①白舌は寒となす、表証これ有り、裏証これ有りて、 虚なる者、熱なる者、実なる者もまたこれあり。 (ゆえに白舌で病を弁ずるは較べ難し。) 独り傷寒始めて白舌にあらずして、 白舌もまたもって傷寒を弁ずべし、そのたぐい一ならず。 ②白で浮、滑、薄苔、刮り去りてすぐ還る者、大陽表寒邪なり。 ③白で浮、滑にして膩を帯び漲を帯び、色は各経に分かれ、 これを刮れば浄あり浄ならずある者、邪は半表半裏にあるなり。 ④全舌白苔にして、漲浮き膩浮き、暫く積もりて乾き、 微かに厚く削って脱せざる者 (浮の面を刮り去りてその底になお有る)、 寒邪化火せんと欲するなり。 ⑤傷寒の舌を弁ずるに大約かくのごとし (傷寒にもまた黄舌、黒舌あり、分けて後に論ず)。 ⑥もし雑病に至りては、舌は白く嫰滑、これを刮りて明浄なる者は 裏の虚寒なり。 (無苔で津あり、湿にして光滑、その白色と舌は一をなす、 これを刮りて垢泥起こらざるは、これ虚寒なり、口唇必ず潤沢で縫無し)。 ⑦白で、厚粉、湿滑膩苔、刮ればやや浄にして、 また積むこと麺粉の水形を発するがごときものは、 裏寒湿滞なり。 ⑧白で粗渋、朱点あり、罅紋の苔あり (粗渋なれば則ち光沢ならず、朱点なれば則ちその臓腑に熱有を顕す、 裂罅紋の多くは誤りて温薬を服するがゆえによる)、 白く乾き膠焦燥の満苔、 刮るも脱せず、あるいは脱して浄ならず者 (垢泥を刮り去りて後、底子になお汚質を留め、膩渋にして鮮紅見(あらわ)れず。) は裏熱が実を結するなり。 (この舌すこぶる多く、この苔舌にありて、この面上に これを刮れば垢多く、その白色と舌は二物をなす、これ熱なり。 前論の虚寒舌と相反す、まさに認明すべし。 この苔浅きよりして深く、まさに黄にならんとし未だ黄ならず。 あるいは黒に変ずる境なし、温補薬を用いるべからず。) ⑨もし白苔に、変わりた別の色が挟まれば、 即ちこの経に重き病が某経に見(あらわ)る。 およそ表裏寒熱虚実証みな同じく、 舌を弁ずる者は 望聞問切の四事をこれにかんがえ参ずるが宜し、 あやまらざることを庶幾す。 参考文献 『舌鑑弁正 訳釈』 たにぐち書店 『舌診アトラス』 緑書房 『舌鑑辨正』 中医古籍出版社

怒りが病を生む

怒りというのは誰もが持つ感情だと思います。 しかし、慢性的にずーっと怒っていたり、急激な怒りが出ると、病を引き起こしてしまうと言います。 怒ってしまうと、顔面の紅潮や、頭が痛くなったり、我を忘れてしまって、理性を抑えられないことがあります。 これはなぜなのでしょうか? 怒りは肝が大きく関わっていると言います。 肝の機能は気を五臓六腑、全身に気を回し、昇降出入に大きく関わっています。 つまり、怒って顔が赤くなってしまうのは、 気が過度に上がって血も同時に上がって赤くなってしまうのではないでしょうか? いわゆる気逆というものです。 この肝気による気逆は中焦にある脾胃を攻撃することがあるとあります。 気というのは、身体を守ったり、温めたり、栄養したり、 良いことづくしなイメージがありましたが、行くべきでないところに行くと、害になってしまうこともあると考えられます。 よく怒りやすい人がいますが、これは肝の疎泄作用が弱っている人に見られるのではないでしょうか? 怒ってしまうと気が上逆してしまう。肝がそれを抑える力が有れば、上逆してしまうこともないのかもしれません。 それとも他に怒りを抑える機能が生き物にはあるのでしょうか?あ 慢性的にイライラしたり、怒っている人は針で治せるのか?それとも、患者さんとよく対話して、怒りの原因を紐解いていくのか? 感情の異常は万病の元と言いますし、そこにアプローチすると、もしかしたら、治療効果も大きく上がるかもしれません。 本人は悲しみや、怒り、恐れなど、自分では気づいていないが、心の底でその感情を常にずーっと感じている人も居るかもしれません。 そこを気づかせて、治療するのも大事なのかもしれません。

中国の思想(07)

老子 四十三章 無為のはたらき 天下之至柔、馳騁天下之至堅。 無有人無間。 吾是以知無為之有益。 不言之教、無為之益、天下希及之。 天下の至柔は、天下の至堅を馳騁す。 無有は無間に入る。 われここをもって無為の益あるを知る。 不言の教、無為の益、天下これに及ぶもの希なり。 (引用:『中国の思想[Ⅳ]老子・列子』P82) 《私議》 一休さんのとんち話の中で出てくる 「生ある者は必ず死す、形ある物は必ず滅す。」 これは諸行無常を説いていたように思いますが、 老子のこの一節を読んで、ふと思い出しました。 日常生活の中で”自然体であること”の強さを日々感じています。 【参考文献】 『中国の思想[Ⅵ]老子・列子』徳間書店