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東洋医学・鍼灸医学の研究用ブログです。

異名同穴④

腧穴(しゅけつ)とは、いわゆる「つぼ」と呼ばれるものの総称である。 腧穴には、十四経脉上(正経十二經脉・督脈・任脈)にある「經穴(正穴)」、経脉に所属せず治療効果から発生し名称と部位が定まっている「奇穴」、奇穴の中でも1901年以降になってから定められた「新穴」、押すと心地がよかったり、圧痛を感じたりするが、名称も部位も定まっていない「阿是穴(天応穴、圧痛点)」などが含まれる。 經穴(正穴)      : 十四經脉上にあり名称、部位が定まっている。 奇穴          : 十四經脉上になく名称、部位、主治症が定まっている。 (新穴         : 1901年以降に定められた奇穴) 阿是穴(天応穴、圧痛点): 名称や部位は定められていないが、病態と深く関わって出現したり、治療点となる部位がある。   ④4つの異名のあるもの 穴名         異名 陰交穴    :   少関穴、横戸穴、丹田穴、小関穴 陰都穴    :   食呂穴、食宮穴、石宮穴、通関穴 横骨穴    :   下極穴、屈骨穴、曲骨穴、下横穴 客主人穴   :   上関穴、客主人穴、客王穴、太陽穴 曲地穴    :   鬼臣穴、陽沢穴、鬼臣穴、鬼腿穴 頬車穴    :   機関穴、鬼牀穴、曲牙穴、鬼林穴 曲骨穴    :   尿胞穴、屈骨穴、曲骨端穴、回骨穴 三陰交穴   :   承命穴、太陰穴、下三里穴、女三里穴 心兪穴    :   背竅穴、俉焦の間穴、心の兪穴、背兪穴 上脘穴    :   上管穴、上紀穴、胃脘穴、胃管穴 衝陽穴    :   会原穴、趺陽穴、会湧穴、会骨穴 神門穴    :   兌衝穴、中郄穴、鋭中穴、兌骨穴 身柱穴    :   知利気穴、散気穴、塵気穴、知利毛穴 臑会穴    :   顴髎穴、臑交穴、臑輸穴、臑兪穴 太谿穴    :   昌細穴、照海穴、陰蹻穴、大系穴 中府穴    :   膺中兪穴、肺募穴、府中兪穴、膺兪穴 中極穴    :   気原穴、玉泉穴、膀胱募穴、気魚穴 瞳子髎穴   :   太陽穴、前関穴、後曲穴、童子髎穴 命門穴    :   属累穴、竹杖穴、石門穴、精宮穴 腹結結    :   腹屈穴、腸結穴、腸屈穴、陽屈穴 陽関穴    :   関陽穴、寒府穴、陽陵穴、関陵穴 湧泉穴    :   地衢穴、地衝穴、蹶心蹶、涌泉穴 労宮穴    :   五里穴、鬼路穴、掌中穴、鬼窟穴 【参考文献】 『新版 経絡経穴概論』医道の日本社 『鍼灸医学事典』医道の日本社

中国の思想(01)

老子 一章 真理は固定したものではない 道可道、非常道。 名可名、非常名。 無名天地之始、有名万物之母。 故常無欲以観其妙、常有欲以観其徼。 此両者同出而異名。 同謂之玄。 玄之又玄、衆妙之門。 道を可とする道は、常なる道に非ず。 名を可とする名は、常なる名に非ず。 無は天地の始まりの名、有は万物の母の名。 故に常なる無は其の妙を観さんと欲し、常なる有はその徼を観さんと欲す。 この両者は同じ出にして名を異とする。 同じく、これを玄と謂う。 玄のまた玄を、衆妙の門とす。 【参考文献】 『中国の思想[Ⅵ]老子・列子』徳間書店

尺膚診で混乱中

最近は黄帝内経をじっくり読もうと思って勉強中です。 霊枢から始めているのですが、邪気蔵府病形篇まで進めると一つの大きな難関が待ち構えていました。 尺膚診です。 まだ理解できていませんが現時点での解釈をアウトプットしていきます。       『現代語訳 黄帝内経霊枢 邪気蔵府病形篇』 P89 <そもそも病人の顔色と、脈のようす、尺膚のようすはみな疾病と一定の相応関係があり、あたかも太鼓とばちとが相応じるように、一致しないではいられないものなのです。> →相関関係があるなら尺膚の様子から脈の予想を立てる事も可能なのではないでしょうか。 どの様な関わりがあるのかを見ていきます。     『現代語訳 黄帝内経霊枢 邪気蔵府病形篇』 P 92 <脈状が急であれば、尺部の皮膚もまた緊張しています。脈状が緩であれば、尺部も弛緩しています。脈状が小であれば、尺部もまた痩せ、脈状が大であれば、尺膚も大きく隆起しております。脈状が滑であれば、尺膚もまた潤滑、脈状が濇であれば、尺膚も枯れてまいります。>   『現代語訳 黄帝内経霊枢 邪気蔵府病形篇』 P 102 <「五臓が病変を表わす六種の脈状、鍼を刺す方法はどのようか。」 「およそ脈状が緊急であるようなら、多くは寒邪であり、脈状が緩であるようなら、多くは熱であり、脈状が大であるようなら、多く気が有余で血が不足です。脈状が小であるようなら、多く気血がどちらも不足です。脈状が滑であるなら、陽が盛んで、僅かに熱があります。脈状が濇であるようなら、瘀血であり気が虚であって、微かに寒があります。…」>   →文字が多いので簡単にすると   脈    尺膚    病変 急    緊張    寒邪 緩    弛緩    熱 小    痩せる   気血両虚 大    隆起    気が有余で血不足 滑    潤滑    陽盛、僅かに熱 濇    枯れる   瘀血・気虚・微かに寒   となります。 しかし実際尺膚診の運用を見てみると   『鍼灸治療 上下左右前後の法則』 P 63 <尺膚診の出典は、『霊枢』論疾診尺、『素問』脈要精微論などにあり、森立之の『素問攷注』中に、尺膚診の資料が掲載されています。『霊枢』論疾診尺の尺膚診に関わる部分をみていきましょう。> とあり、邪気蔵府病形篇の内容はあまり反映されていない模様。 両篇を読んでもしっくりこない… 私の認識が不足している可能性も大いにあるので、一旦置いておいて先に読み進めていこうと思います。   参考資料 現代語訳 黄帝内経霊枢 上巻・下巻 東洋学術出版社 南京中医薬大学編著 鍼灸治療 上下左右前後の法則 メディカルユーコン 藤本蓮風著    

初めまして。

大阪の鍼灸学生で稲垣といます。宜しくお願いします。 もうすぐ後期単位認定試験が始まります。 試験勉強をしていると、食事が少量になってきます。 お腹いっぱいになって眠くなってしまうのも困りますし、運動不足もあったり、体重を増やしたくないのもあり。。。 そんな生活の中、年をめされた方で食欲が旺盛な方を拝見する機会がありました。年齢を重ねると食は細くなっていくものだろうと思っていましたが。 『養生訓』には老人の食に関しての注意喚起を目にします。 例えば、 「第二章 飲食 (23 老人は食を少なめに)」 ”胃腸虚弱の人、ことに老人は、飲食に傷められやすい。味わいのよい飲食物に向かうときは、我慢をすべきである。節度を越えてはならない。心弱くては欲には克てない。心強くして欲に克つべし。” 僕が目にしたその方を考えるに、単純に”食い意地が張ってる”と、判断するには寂しく感じます。 もしかしたら、水穀の精微を得んが為の必死な姿なのかもしれない。 悩み(主訴)を発する途中なのかもしれないのでは。 それを鍼灸にて治療を考えると腎を補する法なのか・・心の障害を瀉する法なのか・・ もしかしたら、主訴を解消しても、それが最終ではないように感じます。 出典 『口語 養生訓』貝原益軒(日本評論社)

脾胃に優しく過ごしてみました

1月7日は無病息災を願って七草がゆを食べる日!と短絡的に考えていましたが、調べてみると中国から渡ってきた風習とのこと。「人日」という五節句(陰陽五行説に由来して定着した日本の暦における年中行事を行う季節の節目の日)の1つで、「人を大切にする日」なのだそうです。 一般的に春の七草(せり・なずな・ごぎょう・はこべら・ほとけのざ・すずな・すずしろ)が使われていますが、何を使ってもいいみたいです。食材には五味、五性があり、春の七草は涼性の性質を持つものが多く、熱証(陽盛、陰虚)にいいとされているため、食べ過ぎて熱を持っている胃腸に優しいのかな。胃が熱を持つと過食になり、脾に負担がかかる、脾の働きが弱まると胃にも影響がでる?そもそも胃は疲れてるのになぜ過食がちになってしまうのか…と色々考えてしまいました。 人を大切にする=自分や家族のからだを大切にする日ということでもいいのかな?と私は思います。普段めったにキッチンに立つことがない私ですが、せっかくなので七草セットを買ってきて七草がゆを作ってみました。作りすぎたので明日の朝も脾胃に優しく過ごしたいと思います。

腰・スピード・労宮など

気になった事を書いていきます。   ①腰 重いものを持つ時どう持てばいいか。 それも体の使い方に繋がる気がしました。 灯油を持つ時も訓練になってます。 また、シャワーを浴びているときに手をだらんとさせてみたんですけど、自分で手の重さを感じれる事が発見出来たので色々体勢を工夫してどんな体勢でも診れる様にしたいと思います。   ②スピード 手を動かすスピードを変える事で感じるものが変わった。 そこに集中すればするほど全体が失われていく。 中医学でも整体観念を大切にしますが、そういう事も繋がっている気がします。   ③労宮 触り方としては、労宮に意識を持っていけば自然と腰の使い方も連動される。 そうなってくれば指の緊張が無くなって受け手も硬さを感じない。 そんな感じがしました。   ④呼吸 呼吸は吐く息を意識すれば不必要な緊張が生まれにくくなる気がしました。   ⑤肘までみる 切経の時なぜ肘までみた方が良いのか。 素問攷注の図の認識が少し繋がった気がします。   ⑥橈入鍼法 やってみたいなと思って試していってるのですが切皮がうまくいかない… 多分前教えて頂いた銀鍼の話に繋がるのかと思いました。 練習します。    
切脈一葦

切脈一葦 上巻2

こんにちは、大原です。 前回の続きです。 前回:切脈一葦 上巻1 今回も、原文に書かれている文意を汲み取りながら、 その読み方や 著者の言いたいことは何かを考えていきます。 今回のところは、主に、著者の脈診に対する 厳しい考え方が記されているところになります。 --------------------------------------------------------------------------------- 画像は京都大学デジタルアーカイブ『切脈一葦』より、 9ページ目から引用。 (本ブログ記事で参照した箇所を掲載) <読み> 脈は、血気の盛衰を診する処(ところ)にして、 病の所在を診する処にあらず。 故に部位を論ぜず、 ただ動脈のあらわる処(ところ)をもって、 診脈の処となすべし。 寸口を診するの法、三指をもって、 掌後後骨の側、動脈手に応ずる処を按じて、もって寸口と定むべし。 脈あらわる処長き者は、指を疎にして診し、 脈あらわる処短き者は、指を密にして診るべし。 小児は、一指をもって診すべし。 反関の者は、動脈あらわる処を以て、寸口と定むべし。 凡脈を候うことは、五十動を診するをもって法とす。 必ず倉卒(そうそつ:急なさま。また、あわただしいさま)に 看過することなかれ、 もっぱら心を指下に留めて、 言することなかれ、 観ることなかれ、 聴くことなかれ、 嗅ぐことなかれ、 思うことなかれ、 これ脈を診するの要訣なり。 →ここまでは脈診における秘訣が書かれています。 脈を診るときは、 それ以外のことに神経を奪われたりせずに 脈診に集中することが一番大事であるぞ! と書かれています。 寸口は、手太陰肺経の脈にして、 五臓六腑の死生吉凶を決する所となし。 肺は諸気を主るゆえに、 また気口と名づけ、 肺は百脈を朝せんとして、 脈の大会なるゆえに、 また脈口と名づく。 その名3つあれども、その処は一なりというは、 皆分配家の説にして空論なり。 寸口は固より十二経の名も、 経穴の名も、いまだ有らざる以前の名にして、経穴の名にあらざるなり。 然るも後世に至って、 経絡を分かちて空所の名を配するときに、 寸口の地を、肺経の脈動と定めて、経渠・太淵二穴を配したる者なり。 また気口・脈口等の名は、 その後肺経の理を推して、名づけたる者なり。 →以上、ここでは、 脈診で脈をとる手首のあたりのことを 寸口といったり気口といったり脈口というが それらは 「単に言い方を変えているだけで 同じものだ」というのは嘘だぞ! と言ってます。 『素問』に、寸口気口の名有りて寸関尺を分かちて 三部と為すの説なし。 『難経』に始めて寸関尺の名を立つといえども、 いまだ左右に臓腑を分配するの説なし。 晋の王叔和に至って、始めて左右に臓腑を分配 するの説を出せり。 一の難は、一呼吸の間に、脈行くこと六寸、一日一夜に、脈行くこと五十度と定めて、 二の難は、尺寸を一寸九分と定めて、 臆見(おっけん:確たる根拠のない、推測や想像に基づく考え)を もって空理を論じたる者なり。 十八の難は、三部四経の説を立てるといえども、その言簡古にして解すべからず。 王叔和の分配を得て、粗通すといえども、これを要するに無用の空言なり。 →ここの最後のあたりに 「空理を論じているぞ」、 「無用の空論」であるぞ! と言ってますが つまり、脈診において 左右の脈それぞれに臓腑を割り当てるのは 机上の空論であって 実際はそんなことは全くないのだ! と言ってます。 『霊枢』に、気口と人迎とをもって陰陽に配して診することあり。 これまた無用の空言なり。 →また「無用の空論」が出てました。 『素問』に、寸を按ずの語あれども、寸は寸口のことなり。 尺は肘の横紋より、掌の根までの間を尺といいて、 この処の堅脆滑渋を見て、診法と為することなり。 また尺内の両傍は季肋なりの語あれども、尺内は、腹のことなり。 然るを分配家の徒が、尺脈のこととするは誤りなり。 →「尺」とは いわゆる「寸関尺」の尺だけではないぞ、 他の意味もあるんだぞ、と言ってます。 趺陽は、趺上にあらわるをもって、名づけたる者なり。 然るを後世に至って、分配家の徒が足陽明胃経に配して、 衝陽と名づけて、胃気の有無を候う処と為す者は、 寸口を五臓の気を候う処とするともってなり。 また人迎を足陽明胃経に配するも、この意なり。 それ脈は、皆胃気を候うの診法なり。 なんぞ、人迎趺陽のみに限らんや。 両額の動脈を、上部の天となし、 両頬の動脈を、上部の地となし、 耳前の動脈を、上部の人となし、 手太陰を、中部の天となし、 手陽明を、中部の地となし、 手少陰を、中部の人となし、 足厥陰を、下部の天となし、 足少陰を、下部の地となし、 足太陰を、下部の人となす者は、 素問の三部九候なり。 両額の動脈は、足少陽胆経の頷厭の動脈を指すなり。 両頬の動脈は、足陽明胃経の地倉の動脈を指すなり。 耳前の動脈は、手少陽三焦経の和髎の動脈を指すなり。 手太陰は、肺経の経渠の動脈を指すなり。 手陽明は、大腸経の合谷の動脈を指すなり。 手少陰は、心経の神門の動脈を指すなり。 足厥陰は、肝経の太衝の動脈を指すなり。 足少陰は、腎経の太谿の動脈を指すなり。 足太陰は、脾経の箕門の動脈を指すなり。 これ皆分配家の空論にして、 実時に用え難し。 もし、よく18箇所の動脈を診し得るといえども 病証を論ずるに臨みて、いずれの動脈を主となすべけんや。 これ一身一動脈にして、 別脈にあらざることを知らざるの誤りなり。 →脈を診る場所が18箇所もあったら、 どの脈を診て判断すればいいのか? 人間の身体に18本の脈があるんではなくて 全部つながってるから(一身一動脈) 18箇所も診なくて良いのではないか? そういうことが分かってないから こんな誤った空論を書いてしまったのだ! 魚際と尺沢との間を、一尺と定めて、 掌後一寸九分をもって、尺寸の地となし、 前九部を寸となし、 後ろ一寸を尺となし、 寸と尺との間を関となす。 これを三部という。 寸は胸以上の疾を主どり、 関は膈より臍に至るまでの疾を主り、 尺は臍以下の疾を主る。 また医の指を浮かべて診するを浮となし、 中按して診するを中となし、 沈めて診するを沈となす。 これを九候という。 浮は心肺を候がえ、 中は脾胃を候がえ、 沈は肝腎を候がう。 これ難経の三部九候にして、 全く分配家の空論なり。 たとえば・・・ (ここまで) →脈で、 寸は胸以上の病、 関は膈〜臍の病、 尺は臍より下の病を診るとあり、 浮は心肺、 中は脾胃、 沈は肝腎を診ると難経にあるが、 これらも空論であるぞ、 と言ってます。 --------------------------------------------------------------------------------- さて、著者がばっさりと「空論であるぞ」とした内容は 鍼灸の学校の実技の授業などでも 教わった内容だと思います。 『素問』の現代語訳など目を通すと 「素問に書いてあるのでやっぱり正しいことなのか・・・」 と思ったり でも、やはり「本当にそうなのか?」みたいな感じも 個人的には両方あったように思います。 脈診における考え方において、 この『切脈一葦』を読んで 「空論だと言っているから 寸関尺を臓腑に割り当てる考え方は間違っているんだ」などと 安直に片付けてしまうのは良くないでしょうが、 著者が空論だと言い切る理由を 知っておくのは大事だと思います。 もしその理由が腑に落ちないなら、 もとの考え方にも一理あるのでは、 という具合に 考え方の幅が拡がるように思います。 重要なところですが、 長いので続きは次回にします。 引用: 京都大学デジタルアーカイブ『切脈一葦』より

權・衡・規・矩

陰陽應象大論篇第五 善診者、察色按脉、先別陰陽、 審清濁、而知部分。 視喘息、聽音聽聲、而知所苦。 觀權衡規矩、而知病所主。 按尺寸、觀浮沈滑濇、而知病所生。 以治無過、以診則不失矣。 善く診る者は、色を察し脉を按じて、先ず陰陽を別ち、清濁を審らかにして、部分を知る。 喘息を視、音声を聴きて苦しむ所を知る。 權・衡・規・矩を観て、病の主たる所を知る。 尺寸を按じ、浮・沈・滑・濇を観て、病の生ずる所を知る。 以て治すれば過ちなく、以て診すれば則ち失せざらん。 ※權衡規矩 →馬蒔の説「春は規に応じるとは、陽気の柔軟なのが、丸い規のようであることをいう。 夏は矩に応じるとは、陽気の強く盛んなのが、方形の矩のようであることをいう。 秋は衡に対応するとは、陰が昇り陽が降り、高下が必ず平となることをいう。 冬は權に応じるとは、陽気が下にあるのが、重い權のようであることをいう。』 權(ケン、ゴン) (01) 木の名 (02) おもり。ふんどう。 (03) はかり。てんびん。 (04) はかりにかけて重量を知る。 (05) たいらにする。ならす。 (06) たいら。 (07) いきおい。 (08) はたらき。能力。 衡(コウ) (01) よこ。よこたわる。 (02) 牛のつのぎ。牛の両角に横に結んで人に抵触するのを防ぐ木。 (03) くびき。轅の端に設けて牛馬の頸につける木。 (04) こうがい。 (05) よこぎ。はり・けた。 (06) てすり。 (07) はかり。はかりざお。 (08) はかる。 (09) たいら。ひとしい。 (10) ただしい。 (11) ひしゃくの柄のかしら。 ☆權衡(ケンコウ) (01) はかりの重りと竿。転じて、物事の釣り合いをいう。 (02) 事物を品評する標準。比較。 (03) 二星の名。軒轅と太微。 規(キ) (01) ぶんまわし。円を畫く道具。 (02) まる。円形。 (03) まるい。まどか。 (04) そら。あめ。 (05) まるをかく。えがく。 (06) うつす。模写する。 (07) のっとる。 (08) かぎる。くぎる。 (09) たもつ。領有する。 (10) はかる。 (11) ただす。 (12) いさめる。 (13) のり。おきて。さだめ。 (14) ようす。風釆。儀容。 (15) てほん。儀範。 矩(ク) (01) さしがね。四角形を正しく畫くのに用いるもの。 (02) 四角形。 (03) かど。 (04) のり。きまり。おきて。 (05) 地。(天圓地方の説:天は円くて、地は方形) (06) さし。長さをはかる器。 (07) きざむ。しるしをする。 (08) 秋。 (09) 幅と長さ。たてよこ。 (10) 萬に通ず。 ☆規矩(きく) (01) ぶんまわしとさしがね。転じて、規則。てほん。常道。 (02) 戎(遊牧民族)の名。 (03) 高さが略々一様で綠色の毛氈を敷いたように生える草。 ★ 馬蒔のいわゆる”四季に応じる”とする説(規→春、矩→夏、衡→秋、權→冬)。 理解になじめず、一言ずつ調べてみました。 この”權衡規矩”ですが、馬蒔は四季との対応させる事を表現に用いておりますが、 計量や法則の意味と捉えられる単語を、四季に相応させる不思議を感じます。 四つの単語の權・衡・規・矩ですが、 実は權衡・規矩のような二字熟語の組み合わせで表現してみては、、 との仮説を考えてみます。 陰・陽も”陰陽”、清・濁も”清濁”で通りますので、 浮・沈・滑・濇も”浮沈”と”滑濇”にて。 『陰陽を別ち、清濁を審らかにして、喘息を視、音声を聴き、 權衡や規矩、浮沈や滑濇を観て、病の生ずる所を知る。』 より探求が進んで、洗練された答えにたどり着く事を夢見て、 内經を読みといていきたいと思います。 【参考文献】 『現代語訳 黄帝内経素問 上巻』東洋学術出版社 『黄帝内經』中医戸籍出版社 『大漢和辞典』大修館書店 (權:六巻605頁、衡:十巻165頁、規:十巻322頁、矩:八巻288頁) 『新版 東洋医学概論』医道の日本社

気になった文章、歴史

気になった文章 「小腹控睾。引腰脊。上衝心。邪在小腸者。連睾系。屬于脊。貫肝肺。絡心系。 氣盛則厥逆。上衝腸胃。燻肝。散于盲。結于臍。故取之盲原以散之…」   霊枢 四時気第十九   大変勉強になりました。 天台烏薬散が使われるシーンに近い気がします。 また、これも更に探っていくと別の原因にも繋がってくるので、治療方法は変えていかないといけないとも思いました。   歴史 歴史を追うと、太素が幕末の偉い人達に与えた影響は大きそうで、これを踏まえて色々見ていっています。 色々繋がってくるので面白いです。 全く別物の認識がゴロゴロ出てきて勉強になります。

瘀血について

瘀血は病理産物であり、発病要因でもあり、疾病を引き起こす内部要因。 瘀血の症状は複雑多岐に渡るが、1番多いものが疼痛。 中医学では瘀血について統一された文献はないが 瘀血という病変には様々な名称があり、いずえの名称においても 病状の軽重、経過の新旧、性質などが表現されている。 (滞血、留血、閉血、蓄血、宿血、乾血、 老血、死血、敗血、悪血、賊血など) 滞血、留血、閉血:血液が蓄積して流れず、滞りふさがったもの 蓄血:一般に発病が急激で中・下焦の瘀血。全身性の瘀血を指す場合もある。 宿血、乾血、老血、死血:経過が長く、瘀積が古く短時間では散らせないもの 敗血:血が既に腐敗し正常な生理機能が失われた状態 悪血、賊血:瘀血が人体に及ぼす危害が凶悪で残忍であることの形容 たくさんの表現があるけど、どれも「瘀血」という1つの名称で まとめられている。 参考文献 新版 東洋医学概論 / 医道の日本社 中医病因病機学 / 東洋学術出版社