学生・東洋医学を学ぶ者の為のプロジェクトを設置。
これからも勉強会や企画を
展開していきますが、
参加して頂いても、
なかなか単発でその場では
触発されて気持ちが盛り上がる
ものの、
結局、それが日常にはならないといった問題が
発生します。
これが根本問題だと思います。
そこで、
一鍼堂の方から一つ、新しい
サイトを作り、
勉強したいと思う有志にそれぞれ
アカウントを発行して、
勉強した内容や疑問などを日記調に書き記して
いってもらって、
それを僕らの方で見させてもらって、
アドバイス出来るものはするといった
ものを考えています。
エントリーしたい人はまた、挙手お願いします。
手足のほてり
手のひらや足の裏が熱く感じる症状のことを、東洋医学では「手足煩熱」といい、陰虚を考える代表的なサインの一つです。
陰には身体を潤し、余分な熱を冷ます働きがあります。陰が十分にあると体内の熱は適切に調整されますが、陰が不足すると熱を抑えられなくなり、「虚熱」と呼ばれる熱感が現れます。その結果、手のひらや足の裏が熱く感じたり、夜になると足を布団から出したくなったりすることがあります。
手足煩熱は、寝汗、のぼせ、口や喉の乾燥、不眠、多夢、腰や膝のだるさなどを伴うことが多く、舌は紅く苔が少ない、脈は細くやや速いといった所見がみられることがあります。
また、日中は陽気が盛んに活動し、夜になると陽気は陰に入り、身体は休息・修復・滋養の時間に入ります。この時間に十分な睡眠がとれることで、日中に消耗した陰液や血が補われます。
しかし、不眠が続くと、身体は十分に休息・修復できず、陰液を回復する時間が不足します。その結果、陰が少しずつ消耗し、陰虚へ傾いていきます。陰虚が進むと身体を冷ます力が弱くなるため、さらに手足煩熱や寝汗、のぼせなどの症状が現れやすくなり、不眠も悪化するという悪循環に陥ることがあります。
さらに、夏は暑さや発汗によって身体の潤い(津液)が失われやすいため、もともと陰液が不足しやすい人は陰虚の症状が現れやすくなります。
ただし、夏にみられる不調がすべて陰虚とは限りません。湿気や熱がこもることで起こる湿熱、胃腸の弱りによる脾虚、冷房や冷たい飲食による寒邪など、ほかの原因でも似た症状が出ることがあります。
足など
足
細かいことは書きませんが、これから足への理解を深めていきたいと思います。
自身の体の使い方と経穴の理解も深まる気がしています。
刺したとき
さっきの話とは別ですが、自分の足で実験で刺した時に何を感じるか。
もっと捉えれる様にしていきます。
先生
どの仕事でもそうですが、その中でも緊張が多い大変な仕事だと思う。
色んな事を考えなかればいけないし、責任が生じる。
同じ重圧を受けていても感じ方は人それぞれだと思いますが、この間みせて頂いた方にとっては負荷がかかるだろうなと感じました。
様々な不安も重なっているのかもしれない。
勢い
何かをする時、内容を伴わずに自分が作った勢いに乗ってどうにかしようとする。
今の自分にとっては特に気をつけなければいけない部分。
今回の臨床勉強会での学び
9/27に行われた勉強会で学んだことを書いていこうと思います。
今回モデルとなっていただいた患者さんは、「心腎不交・脾虚・少陽枢機不利」と弁証しました。
脾腎の弱りが見受けられたが、
特に腎の弱りが強く、それによって心の機能にも影響が及び、心火をうまく制御できない状態になっていると考えました。
そこで、まず腎を補うことを目的として太谿に置鍼しました。しかし、施術後も脈に大きな変化はみられず、患者さん自身の体感としても、明確な変化を感じることはありませんでした。
次に、脾を立てることを目的として脾経の穴に鍼をしました。すると、脈の状態だけでなく、舌や腹部の状態にも変化が現れ、全体的に身体が整っていく様子がみられました。
この経過から、今回の症例では、単純に腎を補うだけでは身体の反応を引き出しにくく、まず脾の機能をたてることが重要だったのではないかと考えました。
脾を立てることで身体の土台が整い、その結果として補腎ができる状態へと動いたのではないかと考えました。
脾をたてることで補腎が進み、心火がおさまっていった。
今回の施術を通して、腎の弱りが強くみられる場合であっても、単に補腎を行うだけでは十分な改善につながらず、まず脾気を立てることが重要であるということを学びました。
夙川にて
図書館、公民館など、外で勉強する事が殆どです。
好きな場所で、夙川沿いの静かなところに”西宮市立中央図書館”があります。
休憩に川沿いで新鮮な空気を吸うのですが、ふと思い出した事がありましたので。
以前に、六甲山からの鉄砲水で犠牲者が出たことがありました。
その時に『山上が曇れば大蛇が通る』という伝承を知ります。
古人が鉄砲水を大蛇に例えて後世に伝えやすくしたのだと思います。
それをきっかけとして、スサノオノミコトがヤマタノオロチ退治を
”治水対策の比喩”であるとの仮説にも出会う事になりました。
クラスメイトが話の中で「東洋医学=スピリチュアル」との認識に違和感を覚えたのを覚えています。
東洋医学を学ぶという事は災害の地に建つ石碑のように、
古人が未来へ向けた思いに耳を傾ける事のように思います。
とか、思い出しながら国家試験に向けての勉強の年末です。
治療と勉強の狭間
◯ 治療の合間に勉強させてもらう
寺子屋で勉強会を開きました。
お互いの主訴から治療まで一連の流れを再現してみました。
「練習相手」と思うから、ダラダラやる。
寺子屋で患者さんの問診から切経を
「5分以内に終わらせるように」
と下野先生に何度指導いただいているのに、
守らず切経を終えて帰ってくる。
やはり『甘え』みたいなものがあったと思います。患者さんも不快に思いますね。
ストップウォッチで測りながらどこに時間がかかっているのか、寺子屋生にも客観的にも見てもらいました。
更に寺子屋生の施術を受けることで
モデル患者さんの治療をしている時の
自分を重ね合わせて、俯瞰して見ることができます。
無意識にやっていることを
改めて意識して修正し、
修正したものをブラッシュアップさせながら、
最終的には無意識でできるようになりたいです。
また、お互いの施術でたまたま選穴が同じだったのですが、気を付けなけれざならないと先生が仰ってた場所だけど、(なぜそうなのかわかっていない)悪い方向に向いた時、体験を共有することができました。
◯“治療の流れ”を意識しすること
私は舌→カルテ→脈→カルテ→お腹…と
診て書いての間に流れが途切れてしまいます。
空間やリズムに何か歪みなようなものが出て違和感が出ます。
それは患者さんも感じていることと思います。
書く、聞く、話すことに気を取られてしまうので、流れを止めないために鍼の袋を捨てる動作ひとつにしても色々と引き算していこうと思います。
方剤学(1)
八法
『医学心悟』(程鍾齢)には「病の源を論ずれば、内傷外感の四字によりこれを括る。病の情を論ずれば、すなわち寒熱虚実表裏陰陽の八字をもってこれを統べる。しかして治病の方は、すなわちまた汗・和・下・消・吐・清・温・補の八法をもってこれを尽くす」とある。
温法
温法とは、温裏・散寒・回陽・通路などの効能により、寒邪を除き陽気を回復し経路を通じて、裏寒を解消する治法である。裏寒の成因には外感と内傷の別があり、外来の寒邪が裏に直中するか、陽気不足や誤治による陽気の損傷によって陰寒が内生する。このほか、裏寒には臓腑経絡という部位の違いがある。それゆえ、温法にも温中散寒・回腸救逆・温経散寒の別がある。
○温中散寒剤
中焦虚寒や中焦の裏寒に適用する。
脾胃の陽気が虚衰して、運化と昇陽が不足し、腹痛・腹満・食欲不振・口渇がない・下痢・悪心・嘔吐・舌苔が白滑・脈が沈細、沈遅などの症候がみられる。このほか外寒が中焦に直中して裏寒が生じることもあり、素体が陽気不足の場合に発症することが多い。
(01)理中丸《傷寒論》
(02)呉茱萸湯《傷寒論》
(03)小建中湯《傷寒論》
(04)大建中湯《金匱要略》
○回腸救逆剤
心腎の陽気衰弱による内外倶寒の陰寒証に適用し、陰寒内盛によって生じる陰盛格陽・戴陽などの真寒仮熱にも用いる。
陽気衰微の内外倶寒では、元気がない・四肢厥冷・畏寒・身体を縮めて寝る・不消化下痢・舌質が淡・脉が沈細、沈で無力などがみられる。悪化し、陽気が格拒されると、体表部の熱感・煩躁など格陽の症状や口渇・煩部紅潮など戴陽の症候があらわれ危急状態となる。
(01)四逆湯《傷寒論》
(02)参附湯《正体類要》
(03)回陽救急湯《傷寒六書》
(04)黒錫丹《和剤局方》
○温経散寒剤
陽気の不足や陰血不足で経脉に寒邪を受け、血の運行が阻滞された状態に用いる。
手足の抹消の冷えや肢体のしびれ痛み・脉が沈細などの症候がある。
(01)当帰四逆湯《傷寒論》
大建中湯(温中散寒剤)
〔主治〕
中焦陽虚・陰寒上逆
〔組成〕
蜀椒・乾姜・人参・膠飴
〔方意〕
急いで温中補虚・散寒降逆して止痛・止嘔する。
主薬は辛・大熱の蜀椒で、脾胃を温め散寒除湿・下気散結に働く。
大辛・大熱の乾姜は、温中散寒して中陽を振奮し、逆気を散じて止痛・止嘔する。
甘温補中の人参・膠飴は脾胃を補益して本治し、膠飴は緩急にも働く。
辛甘の薬物のみで中陽を温建し、補虚散寒の力は小建中湯より峻烈であるので「大建中湯」と名付けられる。
後天の本
脾と胃とはともに中焦にあり、脾は陰であり、胃は陽であるので、両者は表裏の関係にある。
胃は受納を担当し、脾は運化を担当し、互いに協力しあっている。
そのため、どちらかに病変が発生したときには、もう一方に害が及んでしまう。
したがって実際に脾胃の病変が起きた時には、水穀の受納・運化・配布機能の全てに渡って影響が現れる。
脾胃は気血を化生し、五臓六腑と体内外を潤して肌肉を満たし、四肢を壮健にするので、後天の本といわれる。
【参考文献】
『中医臨床のための方剤学』医歯薬出版株式会社
『中医病因病機学』東洋学術出版社
五行大義(06)
天皇陛下は、5月に皇居内の生物学研究所脇の水田にて、田植えをされます。
皇后陛下は、5月に蚕に桑の葉を与える御給桑(ごきゅうそう)をされます。
五行大義の水の性のところ、
「天子は耕に親しみ・・、王后は蚕に親しみ・・」とある。
我が国の文化の一端を知ることができ、興味深く思います。
潤下
水曰潤下。潤下者、水流濕就汗下也。
北方至陰、宗廟祭祀之象。
冬陽之所始、陰之所終。終始者、綱紀時也。
死者魂氣上天爲神、魄氣下降爲鬼。
精氣散在於外而不反。故爲之宗廟、以収散也。
易曰、渙亨、王假有廟、此之謂也、夫聖人之德、又何以加於孝乎。
故天子親耕、以供粢盛、王后親蠶、以供祭服、敬之至也。
敬之至、則鬼神報之、以介福。此順水氣。
水氣順、則如其性。如其性、則源泉通流、以利民用。
若人君廢祭祀、漫鬼神、逆天時、則水失其性、水暴出、漂溢没溺、壊城邑、爲人之害。
故曰水不潤下也。
水に潤下という。潤下なるもの、水 湿に流れ、汗に就れ下るなり。
北方は陰に至り、宗廟・祭祀の象なり。
冬 陽の始まるところ、陰の終わるところ。終始なるも、綱紀の時なり。
死なるもの、魂氣 天に上がり神となし、魄氣 下降して鬼となす。
精氣 散りて外に在りてかえらず。故に此を宗廟となりて散ずるを収るなり。
易にいわく、渙は亨り、王は有廟にいたると、これこれというなり、それ聖人の徳、また何をもって孝と加えるか。
故に天子は耕に親しみ、もって粢盛を供し、王后は蚕に親しみ、もって祭服に供し、敬これに至るなり。
敬 これに至れば、すなわち鬼神はこれに報いて、介福をもってす。これ水氣の順なり。
水氣の順、則その性の如く。その性ごとくは、すなわち源泉・通流し、もって民用に利する。
若い人君は祭祀を廃し、鬼神をあなどり、天時をかえし、すなわち水のその性を失い、水にわかに出て、漂溢・没溺し、城邑を壊し、人の害をなす。
ゆえに水、潤下ならずという。
【参考文献】
『五行大義』明德出版社
『易経』徳間書店
『安岡正篤 易経講座』致知出版社
痰
今日は痰について書いていこうと思います。
痰は津液が濃密になり、粘ることにより形成されるものだそうです。
ネバネバ、ドロドロしたイメージです。
津液はサラサラした水のイメージです。
ではなぜサラサラしたものがドロドロに変わってしまうのでしょうか?
津液というのは飲食物が水穀の精に変化してそれが津液に変わる
また、気が津液の元という考えもあります。
つまり、津液を作る過程でなんらかの異常があり、痰ができてしまうのでしょうか?
あるいは、津液がなにか不純物が混ざってドロドロになってしまうのか。
あるいは、熱で津液が焼かれてドロドロになってしまうのか。
何が原因で痰が形成されてしまうのかが疑問です。
津液を形成するのは基本的には脾の役割で、つまり脾の失調によって痰が形成されてしまう。
そして、痰は気に従ってあらゆるところへ留まるとあるので、痰による症状は様々です。
肺に行けば痰や咳嗽が出る
脾に行けば胸焼け
経絡上に留まればあらゆる部位の疼痛、など症状は多岐に渡ります。
そして、気の流れを止めれば、気鬱、気滞が起こり、万病の元です。
脂肪は痰という考えにも至るのでしょうか?
つまり、太り過ぎの方は脾の働きが悪く、
正常に運化が出来なくて、食べてもお腹が減り、
水穀が正常に気化されず痰になって、脂肪として体の周りに痰がついているという考えも一つあるかも知れません。
痰がどのようなことが原因で形成されてしまうことについてよく考えたいと思います。
素問 陰陽応象大論篇(第5)から その3
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こんにちは、大原です。
前回の続きです。
(前回の記事→素問 陰陽応象大論篇(第5)から)
(前回の記事→素問 陰陽応象大論篇(第5)から その2)
前回は、「陰為味」すなわち
飲食物は陰(地)の気によって生じるという記述から
考察していきました。
続いて、今回は「味」と「気」が
身体にどのように作用するかについてを
陰陽で考察していく内容になります。
【原文と読み下し】
・・・
陰味出下竅、陽氣出上竅。(陰味は下竅に出て、陽気は上竅に出(い)ず。)
味厚者為陰、薄為陰之陽。(味厚き者は陰と為し、薄きは陰の陽と為す。)
氣厚者為陽、薄為陽之陰。(気厚き者は陽と為し、薄きは陽の陰と為す。)
味厚則泄、薄則通。(味厚ければすなわち泄し、薄ければすなわち通ず。)
氣薄則発泄、厚則発熱。(気薄ければすなわち泄を発し、厚ければすなわち熱を発す。)
壮火之氣衰、少火之氣壮。(壮火の気は衰え、少火の気は壮んなり。)
壮火食氣、氣食少火、壮火散氣、少火生氣。(壮火は気を食らい、気は少火に食らい、壮火は気を散じ、少火は気を生ず。)
氣味辛甘発散為陽、酸苦涌泄為陰。(気味の辛甘は発散して陽と為し、酸苦は涌泄して陰と為す。)
1行目ですが、
味(身体を作る飲食物)と気(身体を動かすための力)は、
味は有形なので身体の下竅(=尿道・肛門)へおもむき、
気は無形なので身体の上竅(=目・耳・鼻・口)へおもむく、とあります。
この関係からすると、味と気を陰陽で分けると、
味は陰で気は陽となります。
そして2〜3行目、
厚い味は陰で、薄い味は陽、
厚い気は陽で、薄い気は陰であると続きます。
すなわち、味は陰に属するので、
厚い味は陰中の陰、薄い味は陰中の陽であり、
気は陽に属するので、
厚い気は陽中の陽、薄い気は陽中の陰である、とあります。
これは
陰が厚くなればさらに陰に傾き(=陰中の陰)、
陽が厚くなればさらに陽に傾く(=陽中の陽)ということです。
気や味について陰陽の分類がなされていますが、
これらをよりイメージしやすくするために
次のように具体的な食材を考えてみました。
(私のイメージですが・・・)
・厚い味 → 濃い味の食べ物:ラーメン、スイーツ、お酒のおつまみ、・・・
・薄い味 → 薄味の食べ物:おかゆ、豆腐、生野菜、だし汁・・・
気についても、飲食物で喩えてみると分かりやすいかも知れません。
・薄い気 → 程良い温度の料理、水、番茶、・・・
・厚い気 → お酒、熱々の料理、わさびなど鼻がツンとする薬味、・・・
といったところでしょうか?
これらが体内ではどのように働くかが4〜5行目にあります。
味厚則泄、→「泄」は泄瀉で下痢のことです。
薄則通。→「通」は気血がよく通じるということでしょう。
氣薄則発泄、→「発泄」とは発汗ということだと思います。
厚則発熱。→「発熱」はそのまま熱を発するということでしょう。
6行目から、「少火」と「壮火」という言葉が出てきます。
「壮火」とは壮(さか)んな火で、「気を散じ」とあることから
過度な陽気を表していると解釈され、これに対し、
「少火」とは「気を生ず」とあることから
正常な陽気を表していると解釈されます。
喩えると、
正常な体温ではなく、発熱した状態が続くと
体力が消耗してしまうようなことだと思います。
最後の行では
味の性質についての説明で
辛甘は発散する性質があるので陽、
酸苦は涌泄させる性質があるので陰、
とあり、五味の性質が書かれています。
「涌泄」とは吐下の作用すなわち
吐かせたり、下したりする作用をいうようです。
さて、五味の性質を陰陽で分けていますが、
なぜこのように分類されるのでしょう?考えてみます。
「辛」→ 働きは「散」 → 発散に働く → 陽
「甘」→ 働きは「緩」 → 気を緩める → 停滞している流れを動かす → 陽
「酸」→ 働きは「収」 → 引きしめる作用 → 陰
「苦」→ 働きは「堅」 → 固める作用 → 陰
(五味の働きについては
前回の記事→素問 陰陽応象大論篇(第5)から その2 を参照ください)
ということでしょうか。
また、五味にはあと1つ「鹹」がありますが
ここでは述べられていません。
考えてみますと
「鹹」→ 働きは「軟」 → 柔らかくする → 陽
となるかと思います。
味や気について、身体への作用を、
陰陽で考察してきました。
全体として抽象的な内容ではありますが、
自分なりに具体例を考えていくと面白いかも知れません。
参考文献
『黄帝内経 素問』 東洋学術出版社









