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東洋医学・鍼灸医学の研究用ブログです。

中国の思想(07)

老子 四十三章 無為のはたらき 天下之至柔、馳騁天下之至堅。 無有人無間。 吾是以知無為之有益。 不言之教、無為之益、天下希及之。 天下の至柔は、天下の至堅を馳騁す。 無有は無間に入る。 われここをもって無為の益あるを知る。 不言の教、無為の益、天下これに及ぶもの希なり。 (引用:『中国の思想[Ⅳ]老子・列子』P82) 《私議》 一休さんのとんち話の中で出てくる 「生ある者は必ず死す、形ある物は必ず滅す。」 これは諸行無常を説いていたように思いますが、 老子のこの一節を読んで、ふと思い出しました。 日常生活の中で”自然体であること”の強さを日々感じています。 【参考文献】 『中国の思想[Ⅵ]老子・列子』徳間書店

患者、食べ飲み など

患者 今週寺子屋で見せて頂いた患者さん、もし自分があの人ならどういう気持ち、体になるか。   声や様子から色々気にされそう。   治療してなかったら心臓が心配だな。   生殖器関係に問題はないかな。   気逆を起こして気にされやすいだろうから、言葉遣いはどうした方がいいかな。   敏感そうだから特に時間をかけたらいけないな。   拾えなかったけど本当に心経の辺りに反応がなかったんだろうか。   あの状態なら出やすいと思うんだけれども…     食べ飲み   先日友人の結婚式があった。   そこでのスケジュールが11時〜披露宴 15時〜二次会 と言った胃腸にとってのハードスケジュールだった。   家に帰ってお腹を触ると胃がパンパン。   足では地機が硬くなっていた。   浅めに刺しても痛かったのですが、腹満は楽になりました。   舌の変化も見ていたのですが、翌日の変化など特に勉強になりました。   また、大人数は大変だなと改めて実感。   自分の課題です。     感覚 本を読みながら何かを触る。   何も見ずに何かを触る。   感覚が全然違う。   触覚だけでなく、全ての感覚がそうだと感じる。   今、きちんと周りの音を拾えているか?   それがノイズの様に聞こえるか、キチンと聞こえるかは自分の状態によって違う。   そこを聞こうとすれば別のものを拾い溢す。   こちらから行くべきじゃないんだろうな。   結局それが何なのか?とその場で気にしてる時点でダメなんだと思います。     実験   ↑の事を考えていて、先週の寺子屋ではできる限り周りの状況観察に努めてみた。   やり始めの少しの間はいい感じだったのですが、ずっとやっているとしっくりとこなくなりました。   停滞するといい感じじゃなくなる。   一気にその場の空気とのギャップが出てくる感じがしました。   理論から実践しようとしましたが、これは無理だなと痛感。   実践から理論なら可能なんだと思います。     経穴 勘違いかもしれませんが、その穴に対してどういう認識を持つかで効果が変わってくると、何となく感じた出来事がありました。   補寫といった話ではなく、刺し方でも全く違う目的になるのではないのかなと感じています。     背中 知り合いの身体を借りれたので刺させて頂いた。   普段は腹などでみますが、その時は背中で変化を追ってみた。   脾募と脊柱など一致する部分が見られて勉強になりました。
夕焼け

中医内科学 その2 心の病理①

前回の記事 『中医内科学 第2版』冒頭 臓腑の働きについて 『中医内科学 第2版』P.49〜、P.72〜より 心 『霊枢』邪客篇にて 「心なる者、五臓六腑の大主なり、精神の舎(やど)る所なり。」 とあり、 心の主な生理作用は、神明を主るものである。 『素問』痿論篇にて、 「心は身の血脈を主るなり」 とあり、 心は血脈を主るとは、また特別重要な生理作用であり、 ゆえに神明を失し、血脈が不利になることは、 心の基本病理変化である。 (1)心不主神明(心、神明を主らず) ・・・心が常を失すると、心神安ぜず、神舍を守らず、 患者に失眠りや多夢、恍惚(こうこつ)、健忘、惊悸、恐怖、 妄言、妄見、ときに悲しみ、ときに喜ぶ、ふるまいが常を失して、 痴呆、癲狂等の病証。 甚だしき場合は、神明が閉塞あるいはばらばらになる、 うわごと、意識がはっきりしない、 神明が臓腑百骸を統率・主宰できなければ、 患者の生命に危険がおよぶ。 ゆえに 『素問』霊蘭秘典論篇では 「主が明らかならざれば十二官危うし、 使道閉塞して通ぜず、形すなわち大いに傷れる」とあり 心が神明を主らなければ、心神が失養して、邪気受けて心竅を乱す。 心の要は正常な神志活動の進行であり、 必ず気血陰陽の充養を頼る。 ・・・ ゆえに『景岳全書』では 「営は血を主り、血虚なれば心を養えず、心虛なれば心は舍を守れず」 とある。 心竅に、火熱、痰濁、瘀血などの邪気が犯せば、神明は主を失し、 軽ければ火熱擾心、神志不寧となり、患者は失眠や多夢、煩躁あるいは精神狂躁等を引き起こし、 甚だしければ痰濁、痰火、瘀熱が心竅をあざむき、嗜睡、痴呆、昏迷等を引き起こす。 ゆえに『霊枢』邪客篇では 「心なる者、その蔵強固にして、邪容(い)るあたわざるなり。 これに容(い)ればすなわち心傷れ、 心傷るればすなわち神去り、神去ればすなわち死す。」とある。 (2)心不主血脈(心、血脈を主らず) については次回に続きます。 ■参考文献 『中医内科学 第2版』 人民衛生出版社

施術日記(01)

ご協力いただきました。 T.I 先生をモデルに勉強させていただきます。 舌診の鍛錬 【目的】 ① 舌診における基準のレベルアップ。 ② 事前・事後の変化を漏れなく獲る。   舌が右に傾いています。 舌尖が少し細くなって、力が入っているように思えます。 苔の具合ですが、昔は白膩が強かったのかな?と。 淡い剥離が舌辺に散見されます。 陰陵泉(右)に3番鍼にて置鍼(10分) 刺鍼後は全体的に力が抜けたように感じます。 舌辺の剥離?斑点?も主張が弱くなっているように思います。 力が抜けた分、相対的にそう感じるだけかもしれません。 画像ではわかりにくいですが、実際には正気が出てきたように感じました。 この時は気づかなかったですが、 画像を編集している際に ”唇の渇き” が気になりました。

がんばろう

最近、人に助けられている事ばかりで申し訳なく、ありがたい。 早く恩返しできる様になりたい。 また、そういう人達を悲しませるのは嫌だと感じます。 苦手というより、出来てなかった事なのでやろう。 変えなければいけないところが盛り沢山!!

客氣の”客”

景岳全書 伝忠録 夏月伏陰續論 『主氣と異なるものとして、客氣がある。天は五氣を周らし、地は六氣を備えている。・・ ・・この客氣は冬であろうと夏であろうと、その季節とは異なる氣を引き起こして、人々を病気にさせる氣である。・・』 『夏期になると陰気は伏して内にある。これは本来、天地の間における陰陽消長の理である。・・』 の冒頭から始まるこの篇ですが、 朱丹溪との陰陽の考え方の違いを解説し、張景岳の持論を展開している章になります。 この章を咀嚼した内容は別の機会に上げさせて頂くとして、 ときおり出てくる”客”が気になりましたので、調べてみる事としました。 【客氣(かくき)】 1⃣一時のから元気。血氣の勇。假(仮)勇。 2⃣其の歳の運を動かす外部から來る運気。主気に對(対)していふ。 客 ①よせる。よる。身を寄せる。 ②まらうど(客人)。主の對。 ③上客。一座の尊敬する人。 ④かかり人。 ⑤外來人。 ⑥あひて。 ⑦たびびと。 ⑧たび。 ⑨居處(いどころ)の定まらない者。 ⑩人。士。 ⑪とくい。得意。顧客。 ⑫來しかた(過ぎ去った時)。過去 ⑬姓。 この夏月伏陰續論の客氣に関していえば、主たる氣とは別の 「病をもたらす得体の知れない氣」といったところでしょうか。 景岳全書の後の章、「命門余義」の中には 『・・三焦の客熱として邪火がある場合も火が原因となっているのであり、・・』 とあります。この客熱もまた、主体の火化とは異質の火に感じられます。 經穴では、 小陽胆経の經穴で上関穴を別名:客主人といいますが、この場合は 「頬骨弓を挟んだ、下関穴の相手方」という意味として、鍼灸学校で教えて頂きました。 その意味合いだけなのかどうか、今後の新たな発見を目指したいと思います。 【参考文献】 『大漢和辞典』大修館書店 『新版 経絡経穴概論』医道の日本社 『現代語訳 景岳全書 伝忠録』たにぐち書店

心血虚証

心の血不足によって血脈が空虚になり、身体を滋養することができなくなる。 心血が不足すれば「神」にも影響が出る。 思慮過多、心労過多、目の使い過ぎ、血の生成不足(脾胃の失調からくる)などが原因。 心悸、怔忡、胸悶、眩暈、健忘、不眠多夢、顔面蒼白などの症状が現れる。 心血虚が痩せやすいのは、脾胃からの影響を受けて血の生成不足が起こり、 身体が栄養を吸収できないため。(舌もやせてくる) 心血が不足し、神を滋養できなくなると落ち着かなくなり、不安になる、心悸怔忡がおこる。 (眩暈や健忘が現れるのは血が少なくなり、髄海を養えないため)   - - - - - - - - -  - - - - - - - - - -...

手の置き方 など

礼儀 こちらがどう思おうが、伝わらなかったら意味がない。 過剰なものは不必要だけど、最低限の事を伝えられなかったら相手にも失礼だし、自分の心持ちも悪くなる。 気をつけます。   空気感 体質によって作られる空気感を言語化できる様になれればなと思います。 心脾両虚の人はどこか「心が丸裸」で繊細な印象で、 肝火がある時は「空気が怒気(?)を孕んでて見てて怖い」など 言動、様子などでもある程度弁証できる気がしています。 先入観になってはいけないので、実際の体の反応と結びつけて勉強していければなと思います。   熱 学校の授業で灸を行ったり、熱を持たせられる様な実技が多いです。 先週受けた授業で、自身の体に熱が籠っていた。 後の反応として、翌日「こうなるかも?」と伝えて頂いていた事と、一時的に体が熱くなり放熱する様な感覚を覚えた。 どこかに出口はあると改めて実感しました。   手の置き方 先週ご指摘頂いた腹診時の手の置き方、問題は自分の意識にあると感じた。 もし患者さんに 「ここの手を置いて下さい」 と言われたらああいった感じにはならないと思う。 問診・切経に合意してご協力頂いたのだから、患者さんにとっての失礼はあってはいけないけど、こちら側で作った問題を持ち込む訳にはいかない。   明日の課題です。

異名同穴③

李世珍の下で働いていた方に、異名同穴について尋ねたことがあります。 「李世珍の家の伝来の呼び方がある。」との事。 その時は、中国の『宗族(父系中心の一族)』や『圏子(利益を共にする集団)』といった文化圏を想像しました。 ③3つの異名のあるもの 穴名         異名 陰郄穴    :   少陰郄穴、石宮穴、手の少陰郄穴 隠白穴    :   鬼疊穴、鬼眼穴、陰白穴 会陰穴    :   下極穴、平翳穴、屏翳穴 京門穴    :   氣付穴、氣兪穴、腎募穴 氣衝穴    :   氣街穴、羊屎穴、氣冲穴 厥陰兪穴   :   関兪穴、厥陰穴、闕兪穴 三陽胳穴   :   通門穴、通間穴、通関穴 上巨虚穴   :   巨虚上廉穴、上廉穴、足の上廉穴 衝門穴    :   慈宮穴、上慈宮穴、前章門穴 水分穴    :   中守穴、分水穴、正水穴 人迎穴    :   頭五会穴、五会穴、天五会穴 兌端穴    :   壮骨穴、兌通鋭穴、唇上端穴 太淵穴    :   鬼心穴、太泉穴、大泉穴 大陵穴    :   心世穴、鬼心穴、心主穴 中膂兪穴   :   脊内兪穴、中膂内兪穴、背中兪穴 通天穴    :   天臼穴、天旧穴、天白穴 手の五里穴  :   尺の五里穴、大禁穴、尺の五間穴 天突穴    :   玉戸穴、天霍穴、天瞿穴 然谷穴    :   龍淵穴、然骨穴、龍泉穴 陽輔穴    :   絶骨穴、分肉穴、分間欠 陽陵泉穴   :   筋会穴、陽の陵泉穴、陽陵穴 白関兪穴   :   玉関兪穴、玉房兪穴、陽兪穴 胳却穴    :   強陽穴、脳蓋穴、絡郄穴 【参考文献】 『臨床経穴学』東洋学術出版社 『鍼灸医学事典』医道の日本社 『新版 経絡経穴概論』医道の日本社

開業いたします。

こんにちは稲垣です。 私が鍼灸学生の時も、国家資格を得てからも 同じ質問を受けた事がありました。 「なぜ一鍼堂なのですか?」 です。 学生向けの勉強会を 一鍼堂で開催する準備をしておりましたので、 その際に、未来の鍼灸師さんたちに向けて話そうと 思っていたのですが、 このご時世で学生さんたちに集まって頂く機会が なかなか持てませんので、 お伝えしておこうと思います。 (パソコンの画面を通じてのテレビ電話では 臨場感がありませんので、 実際に集まって頂く事を待ち望んでいたのですが、 非常に残念です。) 私は鍼灸学生の一年生の時より 林院長にお世話になりました。 各種勉強会など、様々に参加させて頂き、 大切な価値観を沢山頂戴しました。 学生の頃からの四年間ですから、それはそれは数知れず。 院長の治療を受けさせて頂き、 最初に感じたものは、“テコ”です。 “重い岩”を退けるには支点をおいて、 長い棒のようなもので力点に力を加え 岩という作用点に力を伝える。 そしてゴロンと動かせる。 なるほど! 臓腑へアクセスさせるには、こうするのか! と鍼治療を体験させて頂きました。 同時に、 このテコよりもっと良い方法はないのか? 支点を岩に近づけたらどうだろう? 力点をより遠くに伸ばしたらどうだろう? ”より良い方法を探し続ける好奇心”を教えられました。 学問に対しての「もっと!もっと!」 というエネルギーを感じ、 同じ場所を掘り続ける魅力を院長より感じました。 私はそんな環境が心地よく思い 一鍼堂に通い続けたのだと思います。 「なぜ一鍼堂なのですか?」 という問いの答えとしては 「探究し続ける楽しさを感じたから。」 となるのでしょうか。 ”面白さを教えて頂いた” これは、私にとっては極めて重要です。 そして、 (話が急に展開して申し訳ありませんが、、) 開業いたします。 その”面白さ”を人生の楽しみにして行きたいと思います。 “修行を完了させて一流のはり師になったから店を持つ” というのとは全く異なりますが 鍼灸道の修行の為に、 自身の鍼灸院を持つ事といたしました。 ベッドが一つだけの小さな所ですが 臨床の場として、 研究の場として 励んでまいります。 面倒を見て頂いた院長の気持ちを察するに 痛恨を感じるのと、院長が長期的に考えて 準備されていたもろもろを考えると 心苦しいだけではありません。 罵倒の裏にある優しさを感じるだけに 申し訳ない気持ちなど多々あり、 私自身の心中が穏やかではありませんが 怨まぬ為に、 嫌いにならぬ為に、 少し間合いをとることとしました。 身を切り分けて、与え続ける院長のアンパンマン力を感じて お返しをしなければと、学校を卒業した際に思い続けて 現在まで至っておりますが、必ずお返ししていきたいと思います。 いつになる事やら… 小さな小さな鍼灸院を行っていきますが 温かく見守って頂けるとありがたく思います。 お世話になった皆様に本当に感謝しかありません。 ありがとうございました。 今後とも宜しくお願い申し上げます。 令和3年6月 稲垣 英伸