気になった事を色々と
《標本》
色んなパターンを思考してみる。
例えば、方剤では「芍薬甘草湯が腓返りに効く」とされる。
以前勤めていたところは整形外科の処方箋がバンバン来るので反応聞いてみると確かに症状は緩和されている。
しかし、効かない人やいつまでも服用する人も発生する。
全く効かない一つのパターンとして存在したものが「脾胃が弱って痩せ細っている人」
《現代語訳 黄帝内経素問 P375》
「食物が胃に入って消化されると、一部分の精微な気は肝臓に送られ、そこで浸みこみ溢れた精気は筋に滋養を与えます。」
ここから脾胃の弱りから肝が関わる腓返りが発生すると想像すると、じゃあ※太衝を使って肝血を増やしたとする。
でも発生した肝血虚が副次的なもの何だったら繰り返し起こる事になる。
方剤でも抑肝散の構成をみると
〈柴胡・甘草・川芎・当帰・白朮・茯苓・釣藤鈎〉
説明では、
《中医臨床のための方剤学 P428》
「健脾薬の配合は、脾の健運を通じて肝の陰血を補充し、柔肝する目的である。」
元々脾胃が未成熟である乳幼児の処方であった事を考えると、本は脾胃であると考えられる。
※まだ刺して治した経験がないので、穴性学の知識で仮定しています。
《自身の治療変化》
ここ最近の治療で体がまた変わってきた事を感じる。
自身がほんのり感じていた右の違和感に変化あり。
治療後の自分のお腹を触る。
右の邪が溜まっている部分が熱くなっている。
きっとしっかり治っていってるんだなと嬉しくなる。
そういえば、臍の形も変わったな。
変化を感じた箇所
太白周辺が赤みを帯びている
何か走ったなと思う箇所の付近にある経穴
腎経…兪府
胆経…京門、風市、帯脈、環跳、頭臨泣
脾経…血海、三陰交、商丘、大包、四白
肝経…曲泉
色々あるが使われた手数はとても少ない。
《電車の中で》
電車に乗っていると
こちらが逃げたくなる様なかなりの圧を感じる人がいる。
おそらく警戒心の様なものなのかな。
自身が投影されている部分もあるのかも…
患者さんの体を触るときも気をつけたい。
《臍》
神厥で起こる様な変化は果たして神厥に限った話なのかな。
他の経穴にも起こるのかもしれない。
そうなってくるときっと本に乗っていない様な色んな見方ができる様になるかもしれない。
それが合っているかどうかはまずはきちんと診れる様になった先にある話だけれど。
参考資料
「中医臨床のための方剤学」 東洋学術出版社 神戸中医学研究会著
「現代語訳 黄帝内経素問 上巻」 東洋学術出版社 南京中医学院編
蹲踞
何か自宅で出来るトレーニングはないかと考えていたのですが、蹲踞(そんきょ)という姿勢が自分にとっては良いのではと思い、訓練中です。
その姿勢を取りながらすり足で前後左右に歩いたりもするのですがこれが意外と難しい。
足首の硬さもそうですが、特に右に動いた時によろけやすい。
自分の体はどうなっているのか?と考えた時、昔からやっているフットサルやサッカーの影響があるのでは?と感じました。
《藤本蓮風 経穴解説》P 14
「職業によって、経絡・経筋が普通の人より異常に偏っている。偏っている方に気の停滞だ起こる、という診立てが当たったということです。
現代は、皆さんコンピューターをやりますね?キーボードやマウスなどで、どの指にどのように負荷がかかるか?同時に目も疲れますが、何経に狂いが起こるのか?を考えてみて下さい。
生活習慣や職業が、経絡・経穴を決定づけます。」
フットサル・サッカーは切り返しを多用するので、
どうしても足の外側に負荷がかかるシーンが多くなり、O脚が多いと言われます。
私も両足共に外旋気味です。
また、プレーも人一倍右足に偏ったプレーを行うので、片足に負担が大きく左右差も生まれやすいのかもしれないと思いました。
動作を確認すると、右足の第四趾の動きが悪い。
これは足少陽胆経(筋)への影響を表すのか?
《現代語訳 黄帝内経霊枢 上巻》 P231 経脈篇
「足の少陽胆経…体を転側することが出来なくなる」
私は腰を右に捻る動作が苦手なのは、足少陽胆経(筋)に影響した結果なのか?
日常動作も確認していきたいと思います。
参考資料
「現代語訳 黄帝内経霊枢 上巻」 南京中医薬大学編著 東洋学術出版社
「藤本蓮風 経穴解説」 藤本蓮風著 メディカルユーコン
テレビにおける鍼特集の直近の予定、と個人的な感想。
2018年12月31日 9時~13時 『YOUは何しに日本へ?』の再放送にて、YNSA(山元式新頭鍼療法)の紹介。
https://juku.teppennohari.info/post-7160/
以下、東京大学付属病院に勤務しておられる、粕谷大智先生の公開Facebookページより。
2019年1月4日、NHKあさイチにて、鍼の特集あり。
https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=128705171477506&id=100030140710901
1月23日および2月13日、NHKためしてガッテンにて、鍼の特集あり。
https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=122722288742461&id=100030140710901
https://m.facebook.com/story.php?story_fbid=128705171477506&id=100030140710901
また、上記文章から、詳細は不明ながらも、2018年にNHKであった「東洋医学 ホントのチカラ」の続編も企画中?らしい?
……
僕、個人的には、正直、怖くなってきました。
2019年以降における、日本の鍼灸および東洋医学の扱われ方、受け止められ方に。
特に、NHKで鍼灸の特集なんて、長年の鍼灸患者からしたら、驚天動地の出来事です。
国が、公共放送を使って、鍼灸をプロパガンダしている……
それは日本医師会も黙認している……
と個人的に受け止めてます。
国の予算が100兆円を越え、医療費が42.2兆円と、常軌を逸した予算配分になっており、
厚生労働省「平成29年度 医療費の動向」について
https://www.mhlw.go.jp/stf/houdou/0000177609.html
また、柔道整復師の保険請求も、去年9月から非常に厳しくなり、整骨院・接骨院のハシゴ受診が非常に煩雑になったり。
(事実上のハシゴ受診不能。)
ほぼ同時期に、はり師きゅう師の広告制限も非常に厳しくなったり。
「これらの動きの背後にある、思想・背景って、なんだろう?」
と、僕なりに推理すれば、乱暴な言い方をすれば、もはや、
「医者で治らない疼痛とか難病とか、もう知らん!!こっちはもう金がないんじゃ!!お前ら自由診療でなんとかせえ!」
という遠回しのメッセージにも感じられます。
当然、ターゲットとなる患者層は、今の若者よりお金を持っている「富裕層の老人たち」…ってところでしょうか。
国が勝手に、鍼灸の宣伝をしてくれるのであれば、なおのこと、今まで以上に、鍼灸で出来ることと出来ないことの線引き・リテラシーなどをしっかり確立しておかないと、患者さんから速攻で不信感を持たれかねませんね。
……
それは恐怖と不安の身震いか。
それとも……鍼灸医術に対する武者震いか……
単に寒いだけで「ふるえ産熱」しているだけか……
……
それより、落としてる科目の単位認定試験、頑張ります。
6月のこと
モデル患者さんが来てくださるおかげで
臨床に出る機会が増えて、
毎回新たな発見と気付き、失敗、課題にと
毎度ボリューム満載で
実りのある時間を過ごしています。
何事も経験であり、積み重ねしかありません。
自分の意識の在り様は鍼に伝わるし
悪い方にも出てしまう。
それは経穴の所為ではないことも。
一鍼同体なんだと思い知りました。
自分は横に置いて、と言い聞かせてる間は
コントロールできていないことだと思う。
無意識のレベルに達するまで
何度も練習していかねばなりません。
沢山思いはありますが、
この心境を言葉に表すことが今も難しく、
ブログを中々書けずにいました。
切脈一葦 上巻2
こんにちは、大原です。
前回の続きです。
前回:切脈一葦 上巻1
今回も、原文に書かれている文意を汲み取りながら、
その読み方や
著者の言いたいことは何かを考えていきます。
今回のところは、主に、著者の脈診に対する
厳しい考え方が記されているところになります。
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画像は京都大学デジタルアーカイブ『切脈一葦』より、
9ページ目から引用。
(本ブログ記事で参照した箇所を掲載)
<読み>
脈は、血気の盛衰を診する処(ところ)にして、
病の所在を診する処にあらず。
故に部位を論ぜず、
ただ動脈のあらわる処(ところ)をもって、
診脈の処となすべし。
寸口を診するの法、三指をもって、
掌後後骨の側、動脈手に応ずる処を按じて、もって寸口と定むべし。
脈あらわる処長き者は、指を疎にして診し、
脈あらわる処短き者は、指を密にして診るべし。
小児は、一指をもって診すべし。
反関の者は、動脈あらわる処を以て、寸口と定むべし。
凡脈を候うことは、五十動を診するをもって法とす。
必ず倉卒(そうそつ:急なさま。また、あわただしいさま)に
看過することなかれ、
もっぱら心を指下に留めて、
言することなかれ、
観ることなかれ、
聴くことなかれ、
嗅ぐことなかれ、
思うことなかれ、
これ脈を診するの要訣なり。
→ここまでは脈診における秘訣が書かれています。
脈を診るときは、
それ以外のことに神経を奪われたりせずに
脈診に集中することが一番大事であるぞ!
と書かれています。
寸口は、手太陰肺経の脈にして、
五臓六腑の死生吉凶を決する所となし。
肺は諸気を主るゆえに、
また気口と名づけ、
肺は百脈を朝せんとして、
脈の大会なるゆえに、
また脈口と名づく。
その名3つあれども、その処は一なりというは、
皆分配家の説にして空論なり。
寸口は固より十二経の名も、
経穴の名も、いまだ有らざる以前の名にして、経穴の名にあらざるなり。
然るも後世に至って、
経絡を分かちて空所の名を配するときに、
寸口の地を、肺経の脈動と定めて、経渠・太淵二穴を配したる者なり。
また気口・脈口等の名は、
その後肺経の理を推して、名づけたる者なり。
→以上、ここでは、
脈診で脈をとる手首のあたりのことを
寸口といったり気口といったり脈口というが
それらは
「単に言い方を変えているだけで
同じものだ」というのは嘘だぞ!
と言ってます。
『素問』に、寸口気口の名有りて寸関尺を分かちて
三部と為すの説なし。
『難経』に始めて寸関尺の名を立つといえども、
いまだ左右に臓腑を分配するの説なし。
晋の王叔和に至って、始めて左右に臓腑を分配
するの説を出せり。
一の難は、一呼吸の間に、脈行くこと六寸、一日一夜に、脈行くこと五十度と定めて、
二の難は、尺寸を一寸九分と定めて、
臆見(おっけん:確たる根拠のない、推測や想像に基づく考え)を
もって空理を論じたる者なり。
十八の難は、三部四経の説を立てるといえども、その言簡古にして解すべからず。
王叔和の分配を得て、粗通すといえども、これを要するに無用の空言なり。
→ここの最後のあたりに
「空理を論じているぞ」、
「無用の空論」であるぞ!
と言ってますが
つまり、脈診において
左右の脈それぞれに臓腑を割り当てるのは
机上の空論であって
実際はそんなことは全くないのだ!
と言ってます。
『霊枢』に、気口と人迎とをもって陰陽に配して診することあり。
これまた無用の空言なり。
→また「無用の空論」が出てました。
『素問』に、寸を按ずの語あれども、寸は寸口のことなり。
尺は肘の横紋より、掌の根までの間を尺といいて、
この処の堅脆滑渋を見て、診法と為することなり。
また尺内の両傍は季肋なりの語あれども、尺内は、腹のことなり。
然るを分配家の徒が、尺脈のこととするは誤りなり。
→「尺」とは
いわゆる「寸関尺」の尺だけではないぞ、
他の意味もあるんだぞ、と言ってます。
趺陽は、趺上にあらわるをもって、名づけたる者なり。
然るを後世に至って、分配家の徒が足陽明胃経に配して、
衝陽と名づけて、胃気の有無を候う処と為す者は、
寸口を五臓の気を候う処とするともってなり。
また人迎を足陽明胃経に配するも、この意なり。
それ脈は、皆胃気を候うの診法なり。
なんぞ、人迎趺陽のみに限らんや。
両額の動脈を、上部の天となし、
両頬の動脈を、上部の地となし、
耳前の動脈を、上部の人となし、
手太陰を、中部の天となし、
手陽明を、中部の地となし、
手少陰を、中部の人となし、
足厥陰を、下部の天となし、
足少陰を、下部の地となし、
足太陰を、下部の人となす者は、
素問の三部九候なり。
両額の動脈は、足少陽胆経の頷厭の動脈を指すなり。
両頬の動脈は、足陽明胃経の地倉の動脈を指すなり。
耳前の動脈は、手少陽三焦経の和髎の動脈を指すなり。
手太陰は、肺経の経渠の動脈を指すなり。
手陽明は、大腸経の合谷の動脈を指すなり。
手少陰は、心経の神門の動脈を指すなり。
足厥陰は、肝経の太衝の動脈を指すなり。
足少陰は、腎経の太谿の動脈を指すなり。
足太陰は、脾経の箕門の動脈を指すなり。
これ皆分配家の空論にして、
実時に用え難し。
もし、よく18箇所の動脈を診し得るといえども
病証を論ずるに臨みて、いずれの動脈を主となすべけんや。
これ一身一動脈にして、
別脈にあらざることを知らざるの誤りなり。
→脈を診る場所が18箇所もあったら、
どの脈を診て判断すればいいのか?
人間の身体に18本の脈があるんではなくて
全部つながってるから(一身一動脈)
18箇所も診なくて良いのではないか?
そういうことが分かってないから
こんな誤った空論を書いてしまったのだ!
魚際と尺沢との間を、一尺と定めて、
掌後一寸九分をもって、尺寸の地となし、
前九部を寸となし、
後ろ一寸を尺となし、
寸と尺との間を関となす。
これを三部という。
寸は胸以上の疾を主どり、
関は膈より臍に至るまでの疾を主り、
尺は臍以下の疾を主る。
また医の指を浮かべて診するを浮となし、
中按して診するを中となし、
沈めて診するを沈となす。
これを九候という。
浮は心肺を候がえ、
中は脾胃を候がえ、
沈は肝腎を候がう。
これ難経の三部九候にして、
全く分配家の空論なり。
たとえば・・・
(ここまで)
→脈で、
寸は胸以上の病、
関は膈〜臍の病、
尺は臍より下の病を診るとあり、
浮は心肺、
中は脾胃、
沈は肝腎を診ると難経にあるが、
これらも空論であるぞ、
と言ってます。
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さて、著者がばっさりと「空論であるぞ」とした内容は
鍼灸の学校の実技の授業などでも
教わった内容だと思います。
『素問』の現代語訳など目を通すと
「素問に書いてあるのでやっぱり正しいことなのか・・・」
と思ったり
でも、やはり「本当にそうなのか?」みたいな感じも
個人的には両方あったように思います。
脈診における考え方において、
この『切脈一葦』を読んで
「空論だと言っているから
寸関尺を臓腑に割り当てる考え方は間違っているんだ」などと
安直に片付けてしまうのは良くないでしょうが、
著者が空論だと言い切る理由を
知っておくのは大事だと思います。
もしその理由が腑に落ちないなら、
もとの考え方にも一理あるのでは、
という具合に
考え方の幅が拡がるように思います。
重要なところですが、
長いので続きは次回にします。
引用:
京都大学デジタルアーカイブ『切脈一葦』より
純粋な東洋医学を実践していくということ:前編
先日、一般向けの方向けに
東洋医学の歴史について講義をさせて頂いた。
その時に、少し専門的であるが故に
話さなかった内容をここに記し、
今後 皆さんにとって
「東洋医学を実践する」と言う点に於いて
僕が思う「ここだけは絶対に揺るがないで欲しい」と
いうところを医療史から見ていき
前編・後編に分けて記事にしていきます。
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明治時代まで我が国の医学は
中国の思想、文化、哲学を集約した
中国医学を基に、
日本人独自の職人の様な五感の感覚を
組み合わせたものであった
鍼灸・漢方を中核とした東洋医学が
中心であった。
それが皆さんご存知の様に、
明治維新・文明開化と呼ばれる制度や文化を
西欧諸国化してしまう波がやってき、
勿論 医学もこの波にのまれてしまい
蘭学、西洋医学が日本の医療と位置付けられてしまい、
業界的にいう「東洋医学不毛の時代」がやって来るのである。
ただ日本の医療が転換したのは
この時代だけでは無かった。
984年、丹波康頼によって「医心方」という
中国医学を基とした
我が国にとって非常に貴重な書物が編纂され、
言い換えれば、ここで日本の医療には
中国医学が中心になったと思われる。
実は中国から医学がやってきた時に
時の桓武天皇は日本独自の医療が途絶えてしまうと
危機感を持ち、
808年に「大同類聚方」という
我が国に於いて実践されていた治療を記録した
我が国最古の書物を編纂させたとされている。
ただやはり、先述したように
医療は中国医学が中心となったのであるが、
どこか伝承的、経験的にあった当時の日本医療にとっては
理論的に人間、そして病をみた中国医学は
非常に多くの人を助け、受け入れられたと思う。
ただこの2つの転換期、
すこし意味合いは違えども、
我々日本人の注意すべき点があると感じます。
これを後編で書こうと思います。
では。
がんばろう
最近、人に助けられている事ばかりで申し訳なく、ありがたい。
早く恩返しできる様になりたい。
また、そういう人達を悲しませるのは嫌だと感じます。
苦手というより、出来てなかった事なのでやろう。
変えなければいけないところが盛り沢山!!
【用語集】肝鬱気滞
肝鬱は
肝気鬱もしくは、肝気鬱結の略称であり、
肝気が滞ることをあらわす。
気滞は、その名の通り、
常に循環しているはずの「気」の流れが「滞」っている状態をあらわす。
肝気の特徴として、
樹木がなんの制約も受けず、
ただのびのびと枝を伸ばしていく様を「条達」。
縦横無尽に全身を動き回ることを「疏泄」と表現する。
精神的な負担などがかかることで
肝気が伸びやかに巡らなくなり、
肝気が鬱屈した状態、すなわち「肝鬱」となる。
参考文献:
『黄帝内経素問』
『黄帝内経霊枢』
『中医基本用語辞典』 東洋学術出版社
『基礎中医学』 神戸中医学研究会
『中国医学辞典』 たにぐち書店
『臓腑経絡学』 アルテミシア
『鍼灸医学事典』 医道の日本社
傷寒論の学習 その2
傷寒論で、六経病における各々の
主となる病(「提綱証(ていこうしょう)」)は
以下のようになると
前回の記事(傷寒論の学習 その1)でまとめました。
①太陽病:表寒証
②陽明病:裏実熱証
③少陽病:半表半裏証
④太陰病:裏虚寒証(脾陽の虚)
⑤少陰病:裏虚寒証(心腎の虚)
⑥厥陰病:外感病の末期で陰陽の失調
上のまとめの内容は
学校の東洋医学概論の教科書にも載っていますが、
実際に傷寒論の条文において
これらの主となる病は
どのように書かれているのかを
確認してみましょう。
①太陽病:表寒証
第1条
太陽之為病、脈浮、頭項強痛、而悪寒。
(太陽の病たる、脈浮、頭項こわばり痛みて、悪寒す。)
②陽明病:裏実熱証
第180条
陽明之為病、胃家実也。
(陽明の病たる、胃家実なり)
③少陽病:半表半裏証
第263条
少陽之為病、口苦、咽乾、目眩也。
(少陽の病たる、口苦く、咽乾き、目眩(くるめ)くなり。)
④太陰病:裏虚寒証(脾陽の虚)
第273条
太陰之為病、腹満而吐、食不下、自利益甚、時腹自痛。
若下之、必胸下結鞕。
(太陰の病たる、腹満して吐し、食下らず、自利益(ますます)甚しく、
時に腹自(おの)づから痛む。
若し之を下せば必ず胸下結鞕(けっこう)す。)
⑤少陰病:裏虚寒証(心腎の虚)
第281条
少陰之為病、脈微細、但欲寐也。
(少陰の病為る、脈微細にして、ただ寐(いね)んと欲するなり。)
第282条
少陰病、欲吐不吐、心煩、但欲寐、五六日、自利而渇者、属少陰也、虚故引水自救、
若小便色白者、少陰病形悉具、小便白者、以下焦虚、有寒、不能制水、故令色白也。
(少陰の病、吐かんと欲して吐かず、心煩し、ただ寐(いね)んと欲し、
五六日、自利して渇する者、少陰に属する也、虚故に水を引いて自ずと救い、もし小便色白なる者、少陰の病形悉(ことごと)く具(そな)わり、
小便白なる者、もって下焦虚、寒あり、水を制することあたわず、ゆえに色をして白せしむなり。)
⑥厥陰病:外感病の末期で陰陽の失調
第326条
厥陰之為病、消渇、気上撞心、心中疼熱、饑而不欲食、食則吐、下之利不止。
(厥陰の病たる、消渇し、気心に上撞し、心中疼熱し、饑(う)えて食欲せず、食すればすなわち吐き、これを下せば利止まず。)
まず太陽病について、
現代の中医学では
「太陽病は表(寒)症について述べている」とされています。
これは第1条の
太陽之為病、脈浮、頭項強痛、而悪寒。
の中の「脈浮」「頭項強痛」「悪寒」がその根拠となるということです。
その中でも「脈浮」とは、
気血が外に向かって邪に抵抗しようとするもので、
すなわち邪が表層部にあることを示し
重要な所見となります。
この表証の場合の治療法は発汗法であると
後の条文に記されていますので、
表証かそうでないかを鑑別することは
治療法を決定する上で重要になります。
また、この後の条文に、
症状の一つとして「体痛(体痛み)」とあり、
太陽病で
手足の関節や腰なども痛んだりするとあります。
以上まとめると、
腰痛、肩こり、首の痛みのような症状でも、
表証であれば発汗法を用いるということになります。
逆に、一見カゼのような症状でも
表証でなければ発汗法は用いないことになります。
参考までに「表熱証」という病についても
太陽病篇の中に記述がありますが、
表証ですので治療はこれも発汗法になります。
・・・熱証なので、熱の反対の「寒涼剤」が良い、
と誤った判断をするとどうなるか。
「寒」には「凝滞性」、すなわち
収縮させ固まらせるという性質があるので、
表熱に対しては、表にある
発すべき熱が発散されず凝固してしまい、
さらに悪化を招くことになるようです。
<続く>
(追記)2019/12/04
表熱症には発汗法を用いると書きましたが、
他の文献を調べると、
発汗法は津液を損傷するため熱証には禁忌であり、
治法は益気生津であると書かれていました。
この辺りについては、また追って書いていきたいと思います。
メモ
・七衝門
これについて気になるきっかけがあったのでテストが終わったらまた調べていきたいと思います。
調べると背中の診断でも使えるのではと思いました。
・流れ
身体を触らせて頂いていて、流れを止めてはいけない。
そう思った出来事がありました。
・左右差と土台
左手と右手の感覚が違う。
以前から感じていたけど、手首、足首ともに右の方が硬い。
脈も左右差がある。
これを気血の流れの影響として捉えた時、土台となる部分に着目。
お腹にも停滞が現れている。
そこを改善するための動きとして
「左足の中段回し蹴り」の動きを取り入れてみました。
これをきちんと行うには体感として、
股関節の柔軟性ももちろん必要ですが、それよりも大切な事が
「腰を入れる動き」
しっかり腰が入ると自然と股関節のストレッチにもなる。
股関節が柔らかくなったタイミングで右の手首・足首・肩・顎関節の動きも良くなるから身体って繋がっているなあと面白かったです。
顔面部でも顎は下焦の位置に属しますが、そういった認識にも繋がる気がする。
また「腎は作強の官」と言われますが、その意味合いにもリンクするかもしれないなと思いました。
しかし上段蹴りできる人はすごいなぁ…








