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東洋医学・鍼灸医学の研究用ブログです。

刺したり刺されたり

  中都 自分の身体で実験しました。   最初ただでさえテスト前で好調って状態でない状態からコーヒーを飲む。   案の定、軽い胸脇苦満が起こり、脈と太衝の状態も変化した。   じゃあ変化を追おうと思って気になった穴の中都を刺してみた。   脈、症状、精神状態の一定の変化は見られた。   一時的な変化かもしれないし色々見ていきたい。     実技で 自分の弱点なのかどうかわからないけど、大腸兪を刺されたら絶望的に体調が悪くなる。   ただ悪くなる中でも勉強できるものがあるので変化を追う。   一番顕著に感じた事は気持ちの変化。   肺と表裏関係である大腸兪を刺したからか、憂が出てくる。   疲れて喋る気にもならないし、授業も聞いてられない。   「気を損なった」という感覚が近いと思います。   休憩中に顔色をみると、いつもより暗く感じる。   脈をみると幅はなく、力も弱くなっていた。   腹診でこの前教わった場所にも変化がありました。   膀胱経なので腎にも影響があったのかな。   追記 立ちくらみも起こった。 腎虛の眩暈でしょうか。    

始めまして、のご挨拶。

徒然なるままに、日暮らし、キーボードに向かいて、心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつくれば、あやしうこそものぐるほしけれ。 …… 始めまして。 某所にて、鍼灸学校での2年生をさせていただいております、仁と申します。 この度、ご縁があり、一鍼堂さまの東洋医学研究所で学生Blogを書かせていただくこととなりました。年齢は三十路半ば過ぎ、独身男性とだけ…… 私は2005年、メンタルや睡眠の不調をきっかけに鍼灸に出会い、それから寛解やぶり返しを繰り返しつつ、徐々に良くなってきていき、定期メンテナンスの意味も込めて、鍼灸の患者を13年ほどやってます。 また、その間、色々な鍼灸院を渡り歩き、一般患者向けの東洋医学の勉強会にも参加させていただいたことがあります。 なので、私の心身の中において、東洋医学については、偏った思想・知ったかぶりの姿勢が根深く存在します。 ひょんなことから、東洋医学をやる鍼灸師となろうと決意したものの、その偏った「どうしょうもない、もう一人の自分」と格闘している真っ最中です。 東洋医学の鍼灸医術は、他の医療職とは違うベクトルの勉強方法……中国を始めとした他国の文献(をベースにした日本製の教科書)をチェックし、それだけでなく、自分の感性、五感を研ぎ澄ます訓練・稽古を、心身にインストールしつづけなければなりません。 …… 要は、「ショッカーに誘拐されて、現在進行形で改造手術を受けさせられてる、昭和の仮面ライダー」の【候補生】といったところでしょうか。 ※適切な例えかどうかはさておき…… その【候補生】が、 ★「イーッ!」と叫んで騒ぐだけの「単なる戦闘員」という名の【モブキャラ】で終わるのか。 ★毎週、仮面ライダーに殺られる、気持ち悪いデザインの「怪人」という名の【当て馬】で終わるのか。 それとも………… ★「そこ」から逃げて、普通の人間には戻れない悲壮感を持ちながらも、腹を括って覚悟を決めて、【仮面ライダー】として生きていくのか。 正直、自分自身、全く自信がありません。 でも、乗りかかった船です。やれるだけやってみます。 …… 現在は、一鍼堂さまにおける、林院長の治療や先生方の勉強会や、各種鍼灸勉強会に参加させていただきつつ、また、学校で学んだことを活かし、試行錯誤・悪戦苦闘しながら、自分自身や家族・親族の病気・不調・不定愁訴を治療をしています。 ※人体実験…… それらの経験を生かして、中間目標としては、猛烈に高難易度になった、2020年度のはり師・きゅう師の国家試験の合格と、 それを通過点とし、さらには、2025年までには社会福祉士や精神保健福祉士も取得したいなと考えております。 (社会福祉士は2017年1月の国試で2点たりず、不合格……いつかはリベンジしたい。) また、将来的には、 ・自閉症スペクトラム障害や発達障害、精神疾患や睡眠障害などの、いわゆる「気の病」に強い鍼灸師になれないか? ・鍼灸・福祉・合気道を三位一体で組み合わせた、統合療育院ができないか? との漠然としたコンセプトと方向性を持ちながら、日々、基礎研究に励む毎日です。 ………… Blog記事のポリシーは、「Keep it rockin'!!」でいきます。 ですが、くれぐれも、「深夜に書いたラブレター」な記事を乱発する口先だけ人間にならないように、林先生はじめ、一鍼堂の先生方、諸先輩方、また読者の皆々様からのご指導ご鞭撻のほど、切によろしくお願いします。

梅核気

肝気鬱結を勉強している際に気になる言葉が出てきたので調べてみました。 肝気鬱結の症状には、イライラする、憂鬱、有声のため息がよく出る、 胸腹部の脹痛、月経不順などがあるが、その中に「梅核気」というものがありました。 「梅核気」は現代病名だと神経性咽喉部狭窄症(ヒステリー球)というそうです。 のどに梅干しの種があるような違和感があり、飲み込もうとしても 吐き出そうとしてもなくならないが、飲食は普通にとれる。 気の滞りによって咽喉部に痰が生じていることによって異物感があるようです。 ストレスが原因の病は現代に多いような感じがしますが、金匱要略にも 「婦人、咽中に炙臠(あぶった肉の切り身)有るが如きは、半夏厚朴湯之を主る」 とあり、婦人・・・と書かれているが、男性にも起こる。 他の臓器の影響(脾胃が多い?)、過度の情志、情志の抑制などによって肝の 疏泄作用が失調することによって発生した気滞が肺に昇って起こる。 理気去痰解うつ作用のある半夏厚朴湯を用いて治療するとあるように、薬物による治療が行われることが多い。 梅の種は肉のかたまり、というより大きいしもっと固いように思いますが 実際に梅核気があるような方に尋ねると名前の由来となっている梅の種が つまっているような、ということはわからないけど息苦しい感じがあり、不快であるとのこと。 臨床医学総論でもヒステリー症を勉強した際に、ヒステリーはギリシャ語で「子宮」を 意味することから昔は子宮が原因で引き起こされる女性の病気とされていた、と習いました。 西洋でも東洋でも同じように病を分類していることもあるのかと思うと興味深く感じました。

怒りが病を生む

怒りというのは誰もが持つ感情だと思います。 しかし、慢性的にずーっと怒っていたり、急激な怒りが出ると、病を引き起こしてしまうと言います。 怒ってしまうと、顔面の紅潮や、頭が痛くなったり、我を忘れてしまって、理性を抑えられないことがあります。 これはなぜなのでしょうか? 怒りは肝が大きく関わっていると言います。 肝の機能は気を五臓六腑、全身に気を回し、昇降出入に大きく関わっています。 つまり、怒って顔が赤くなってしまうのは、 気が過度に上がって血も同時に上がって赤くなってしまうのではないでしょうか? いわゆる気逆というものです。 この肝気による気逆は中焦にある脾胃を攻撃することがあるとあります。 気というのは、身体を守ったり、温めたり、栄養したり、 良いことづくしなイメージがありましたが、行くべきでないところに行くと、害になってしまうこともあると考えられます。 よく怒りやすい人がいますが、これは肝の疎泄作用が弱っている人に見られるのではないでしょうか? 怒ってしまうと気が上逆してしまう。肝がそれを抑える力が有れば、上逆してしまうこともないのかもしれません。 それとも他に怒りを抑える機能が生き物にはあるのでしょうか?あ 慢性的にイライラしたり、怒っている人は針で治せるのか?それとも、患者さんとよく対話して、怒りの原因を紐解いていくのか? 感情の異常は万病の元と言いますし、そこにアプローチすると、もしかしたら、治療効果も大きく上がるかもしれません。 本人は悲しみや、怒り、恐れなど、自分では気づいていないが、心の底でその感情を常にずーっと感じている人も居るかもしれません。 そこを気づかせて、治療するのも大事なのかもしれません。

易経 その2

つづき この易経ですが、一般的には「当たるも八卦、当たらぬも八卦」の占いのイメージがつよいですが、本を読んでみてそれだけではないことがわかりました。 易経には大昔の人が、世の中の仕組みや人生においての法則があって、その法則には一定のルールがあり、それを64種類の物語にして教えてくれているらしいのです。 その法則を理解して身につければ、もはや占う必要性もなくなり世の中の森羅万象、物事の道理、そしてその先行きが見通せるようにもなるというのです。 そう聞くと更に興味が湧き、是非理解を深め、その智慧の恩恵に与りたいと思うのも必至です。 そんな易経ですが、いつの時代に出来上がった考え方なのかと調べてみると、今、日本で一般的に使われている「易」は「周易」と言って周王朝時代に確立したそうです。 その周王朝時代の日本は何時代か見ると、縄文時代でした。 恐るべし中国史です。 そんな昔から世の中の道理が解明されていたのにびっくりです。 東洋医学といい、易経といい太古の先人に感謝します。

今日の課題

今日の背候診で意識すること   ・手で広くみる事を意識 ・手の形をしっかり合わせる ・穴の反応を意識 ・腠理の状態をみる   ※考えながら行わないこと   勉強していて思ったこと 督脈は内熱をよく見立てるポイントらしい。 背中で臓腑の状態を確認する場合は第二行や第三行の方が重要なのではないかと思った。  
六甲山

純粋な東洋医学を実践していくということ:前編

先日、一般向けの方向けに 東洋医学の歴史について講義をさせて頂いた。 その時に、少し専門的であるが故に 話さなかった内容をここに記し、 今後 皆さんにとって 「東洋医学を実践する」と言う点に於いて 僕が思う「ここだけは絶対に揺るがないで欲しい」と いうところを医療史から見ていき 前編・後編に分けて記事にしていきます。 --------------------------------------------------------------------------------- 明治時代まで我が国の医学は 中国の思想、文化、哲学を集約した 中国医学を基に、 日本人独自の職人の様な五感の感覚を 組み合わせたものであった 鍼灸・漢方を中核とした東洋医学が 中心であった。 それが皆さんご存知の様に、 明治維新・文明開化と呼ばれる制度や文化を 西欧諸国化してしまう波がやってき、 勿論 医学もこの波にのまれてしまい 蘭学、西洋医学が日本の医療と位置付けられてしまい、 業界的にいう「東洋医学不毛の時代」がやって来るのである。 ただ日本の医療が転換したのは この時代だけでは無かった。 984年、丹波康頼によって「医心方」という 中国医学を基とした 我が国にとって非常に貴重な書物が編纂され、 言い換えれば、ここで日本の医療には 中国医学が中心になったと思われる。 実は中国から医学がやってきた時に 時の桓武天皇は日本独自の医療が途絶えてしまうと 危機感を持ち、 808年に「大同類聚方」という 我が国に於いて実践されていた治療を記録した 我が国最古の書物を編纂させたとされている。 ただやはり、先述したように 医療は中国医学が中心となったのであるが、 どこか伝承的、経験的にあった当時の日本医療にとっては 理論的に人間、そして病をみた中国医学は 非常に多くの人を助け、受け入れられたと思う。 ただこの2つの転換期、 すこし意味合いは違えども、 我々日本人の注意すべき点があると感じます。 これを後編で書こうと思います。 では。

噯と曖

読み物で、漢字の微妙な使い方の違いに時折立ち止まる事があります。 例えば、『井、滎、兪、經、合』の”滎”が”榮”となっていたり。 「ん?」となってしまう時です。 今回は”噯”と”曖”について 口へん、日へんの微妙な違いなのですが。 噯(あい) 1⃣いき。あたたかい氣。 2⃣おくび。 曖(あい) 1⃣かげる。かげって、ハッキリしない。 2⃣くらい。暗くて見えない。 ↓ 例:曖昧(あいまい)ハッキリしない。紛らわしい。 つまりゲップは ”噯氣(あいき)”であって”曖氣(あいき)”ではないのですが、この漢字の入れ替えが多いように思います。 因みに ”噫気(あいき)”もゲップ。 噫氣(あいき) 1⃣吐き出すいき。呼氣。 2⃣おくび。食べた過ぎた時など、胃にたまったガスの口腔外に出るもの。 噯氣(あいき) 1⃣おくび。吹呿。噫気。 噯の意味より、噫氣よりも噯氣の方が少し温度が高いゲップに感じるのは気のせいでしょうか。 【参考文献】 『大漢和辞典』(株)大修館書店

五行大義(3)

炎上 火曰炎上。炎上者南方揚光輝、在盛夏氣極上。 故曰炎上。王者向明而治。蓋取其象。 古者明王南面聽政、攬海内雄俊、積之於朝、以助明也。 退邪佞之人臣、投之於野以通壅塞。 任得其人則天下大治、垂拱無爲。 易以離爲火爲明。重離重明、則君臣倶明也。明則順火氣。 火氣順、則如其性。如其性則能成熟、順人士之用。 用之則起、捨之則止。 若人君不明、遠賢良進讒佞、棄法律疎骨肉、 殺忠諫赦罪人廢嫡立庶、以妾爲妻、則火失其性、不用則起、 隨風斜行、焚宗廟宮室燎于民居。 故曰火不炎上。 火は炎上という。炎上なるもの南方に光輝を揚げ、盛夏にあって氣が極まり上がる。 故に炎上という。王なるもの明りに向かって治る。およそ、その象をとる。 明王、南面し政を聴き、海内の雄俊をとり、朝廷に積み、もって明を助ける。 邪佞の人臣退き、これを野に投げ、もって壅塞を通ず。 得たその人に任せ、すなわち天下大きく治み、垂拱になすなし。 易は離をもって火となし、明となす。離を重んじ、明を重んじれば、則ち君臣ともに明らかなり。明、則ち火氣の順なり。 火氣の順、則ちその性のごとし。その性のごとくは則ち能く成熟し、人士の用に順ず。 これを用いて則ち起こり、之を捨てれば則ち止む。 もし人君、明からずして、賢良に遠く讒佞に進め、法律を棄て骨肉を疎み、 忠諫を殺し罪人を赦し、嫡を廢して庶をたて、妾をもって妻となせば、則ち火はその性を失い、用いざるに起こり、 風に随いて斜めに行き、宗廟・宮室を焚き、民居を燎く。 故に火に炎上せずという。 【参考文献】 『五行大義』明德出版社 『漢辞海』三省堂 『易経』徳間書店

大宇陀町。

店先のワゴンで販売されている処分品をよく目にします。 商店街を歩いていると、目に飛び込んで来たのは、 古本屋のワゴンの中に居た『大宇陀町史(資料編 第3巻)』。 こういった書物は、町役場や図書館などでめにする事はあっても、市中では珍しいのではないでしょうか。 思わず買ってしまいました。 鍼灸学生時代の探索の一つに、奈良県の宇陀市にある薬草園に行った事がありました。 ここには、日本最古の薬草園である『森野旧薬園』や 藤沢薬品工業(現アステラル製薬)の創業者:細川友吉の生家であり、 現在は資料館としての『薬の館』などがあります。 この地の薬草に関しての ”地の利” が大変興味深いです。 以前に探索した際に撮影した画像をご紹介します。 別の機会に各所を個別にご紹介できたらと思います。 【参考文献】 『大宇陀町史 資料篇 第三巻 近代』臨川書店