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東洋医学・鍼灸医学の研究用ブログです。

舌診(07)

受付のNさんに舌の研究の為にご協力頂きました。 即答にて快諾いただける皆さんに感謝しております。 表 裏 舌質 舌色:淡紅舌 舌形:嫰・胖大・点刺 舌苔 苔色:白黄苔 苔質:全体・薄苔 全体的に苔が少なく薄いのと、舌尖・舌辺に対しての点刺がみられる。 それより、各所に少なからず熱化の可能性をみます。 舌の出し方に力が無いように思える。 舌裏を観るときに舌の薄さが気になる。 舌態の力なき姿と薄さより生気の弱りを感じます。 臓腑配当は控え、舌象に注視し経過を観察したいと思います。

五行大義(1)

第二辨體性 體者以形質爲名。性者以功用爲義。以五行體性資益萬物。故合而辨之。 木居少陽之位、春氣和、煦温柔弱。火伏其中。故木以溫柔爲體、曲直爲性。 火居大陽之位、炎熾赫烈。故火以明熱爲體炎上爲性。 土在四時之中、處季夏之末。陽衰陰長。居位之中、總於四行、積塵成實。 積則有間。有間故含容。成實故能持。故土以含散持實爲體、稼穡爲性。 金居少陽之位。西方成物之所。物成則凝强。少陽則淸冷。故金以强冷爲體、従革爲性。 水以寒虛爲體。潤下爲性。 洪範云、木曰曲直、火曰炎上、土曰稼穡、金曰従革、水曰潤下。是其性也。 淮南子云、天地之襲精爲陰陽。陰陽之専精爲四時、四時之散精爲萬物。 積陰之寒氣、反者爲水、積陽之熱氣、反者爲火。 水雖陰物、陽在其内。故水體内明。 火雖陽物、陰在其内。故火體内暗。 木爲少陽、其體亦含陰氣。故空虛、外有花葉。敷榮可觀。 金爲少陰、其體剛利、殺性在外、内亦光明可照。 土苞四德。故其體能兼虛實。 体は形式を以て名となす。性は、功用を以て義となす。 五行の体性を以て、万物を資益す。故に合してこれを弁ず。 木は少陽の位に居り、春氣和し、煦温にして柔弱なり。 火その中に伏す。故に木は、温柔を以て体となし、曲直を性となす。 火は大陽の位に居り、炎熾にして赫烈なり。 故に火は、明熱を以て体となし、炎上を性となす。 土は四時の中に在り、季夏の末に処り、陽衰へ陰長ず。 位の中に在り、四行を総じ、塵を積みて実を成す。積れば則ち間あり。 間あり、故に容を含む。実を成す、故に能く持す。 故に土は、含散・持実を以て体となすし、稼穡を性となす。 金は、少陽の位に居る。四方は物を成すのところ。物成れば、則ち凝強す。 少陽は則ち清冷なり。故に金は、強冷を以て体となし、従革を性となす。 水は、寒虚を以て体となし、潤下を性となす。 洪範に云う、木に曲直といい、火に炎上といい、土に稼穡といい、 金に従革といい、水に潤下というと。これその性なり。 淮南子に云う、天地の襲精は陰陽となり、陰陽の専精は四時となり、四時の散精は万物となる。 積陰の寒気、反する者を水となし、積陽の熱気、反する者を火となす。 水は陰物と雖も、陽その内に在り。故に水の体は内明らかなり。 火は陽物と雖も、陰その内に在り。故に火の体は内暗し。 木は、少陽たり。その体、また陰気を含む。故に内空虚にして、外花葉あり。敷栄して観るべし。 金は少陽たり。その体剛利にして、殺生外に在り、内また光明ありて照すべし。 【参考文献】 『五行大義』明德出版社

舞台など

舞台 主役をどこに置くか。 そこが以前からずっと課題として残っている。 受付でもこのシーンはこの人にやってもらった方がいいかな?と考えたりもするが黒子になる意識が薄い。 これはチームで行っている事。 受付時、一緒に働いている方々にやって頂いている事を思い返す。 上手い人達はサラッとして作意がないが、落としたところを助けて頂いている。 そうなる為にまずは太極的に、先の動きも考える。 感じられるところまでいければいいが、まずは考えてみる。 考えた上で考える事が違っていれば考えを捨てる。 自分の場合、内省して答えを出すというより、他からヒントをもらって練度を上げていきたい。 外を見る目を養う為にも意識を変えなきゃいけないな。 やり方は色々試していきます。   舌の考察①     色:淡紅 形:軽く歯痕舌、軽く胖大 その他:斜舌 裏は出すのに苦労している様子も窺える。 正気が無くて出せないというより、緊張して舌を操作出来ていない印象。 口の開け方、舌下静脈は偏る     脾気虚。 口の開け方や斜舌など偏りを感じる。 気の偏りがあるかもしれない。 また、舌下を見せるのに歯が見えるまで出すところに真面目で気逆を起こしやすい要素があると思われる。   舌の考察②     前回よりも舌下静脈付近の細絡が目立つ。 これも瘀血の症候としてみれそうか。 以前として強い歯痕舌が見られ、気虚の程度が強い。   考察③ 暗紅色、裏に熱がこもり、瘀血。 自身の体なので他の情報と一致させられるが、舌先右の赤みは右の上焦の停滞と一致させられるかもしれない。

イライラ

情志の生理的機能は、気機の反応によって支えられている。そこで情志が激昂すれば気機の昇降出入を失調させ精気血津液の代謝を乱し、疾病を発生させる。 怒は肝に属します。肝の主な作用は疏泄を主り、血を蔵す。 イライラすると気が鬱滞し、すぐに発散できなければ熱を生み上炎してしまいます。 肝の疏泄作用は脾胃の受納運化機能を調節するので、肝気不疏になれば脾の運化機能や、胃の和降機能が失調する。 また肝気鬱が火に変化し上炎すると心にまで影響をおよぼします。その他にも津液が焼かれ痰が生み出されたり、陰が焼かれ陰虚の病証があらわれる。 主な症状としては、頭痛、眩暈、目の充血、耳鳴り、口苦。 心に影響した場合は、心悸、不眠、多夢などの 不調が起こる。

しゃべる訓練など

  しゃべる訓練 しゃべる訓練として自分語りをします。   先日一鍼堂で「なぜ鍼灸師になろうと思ったのか」と言った話を先生とした。   その時にお伝えした内容ですが、それよりもっと前になぜ医療をやりたいのかと言った問答が自分の中にあった。   大学生一回生の時、情報基礎倫理の授業で 「グラスに入った水が半分残っています。 これをどう考えますか?」   と言ったテーマで講師が話していた。   その問いに対して 「残り半分もある」 「残り半分しかない」   どう捉えましたか? と言った内容だった。   話を聞いていて、ふと陰陽の考え方がよぎった。   グラスには水の入った部分もあれば空の部分もある。   全てには逆の側面がある。   もちろんその先もあるが、ほとんどの事象はそう。   世間一般の良いや悪いの評価に対して 何でお前らに決められなあかんねん、と疑問を抱いていた中で出会ったそんな考え方。   自分の中にドカーン!と言った感覚があって、その日の学校の帰りは見るもの全ての逆の側面を見るようにしていた。   東洋医学の中にある考えの一つに触れ、それが何なのか知ってみたくなった。   何となくですが、その先に自分みたいなしんどい人が救われる未来があるのかなと医療人を目指したような気がします。   過去に囚われるのは良くありませんし、そこに縛られている訳でもありませんが、先へ進む為にもいい振り返り方はありかなと感じた。     カフェにて 老子を読んでいて、ボーッとしながらふと周りの景色が入ってきた。   その時に大きく飾られていた世界地図を見た。   ありきたりな感想ですが、   「日本って小さいなぁ」   そう思いました。   この狭い国の中でさらに狭いコミュニティに縛られる必要はない。   もっと広く、大きなものを。   世界地図だって宇宙を含めたらまだまだ狭い。   どこまでも伸び伸びと。   思い浮かんだ逍遥という言葉。   単語としては一番好きかもしれません。     何も抱かない   何か不満が募る。   そこは出した方がいいかもしれない。   でも、そこを抱かない事が一番大切。   最初からなければ何も生まれない。   何に焦点を当てて生きていくか。   スッキリした人間でありたい。     腹部と経穴 習った腹部のエリアと経穴を一致させるために、心経の穴のみをを軽く刺した。   刺した後に感じる腹部の変化。   変化を感じる事ができて良かったです。

国試終わって、景岳全書。

標本論 『病気の本は一つであり、隠れて明らかにし難い。 病変は非常に多く、表面に現れているため明らかにし易い。 そのため最近の治療家には、本末を理解できないまま、ただ目前に現れている症状を根拠にして治療している者が、多いのである。』 『浅い部分を見て深い部分を洞察し、近くを見て遠くを察知する、 これを摽と本として語るなら納得できるが、市井に言われている摽と本はこの足元にも及ぶものではない。』 張景岳は周辺の医家の治療方針に警鐘をならしているようです。 本(病気の源)と摽(病変)を分割してとらえて、本から標に対しての繋がりに希薄な施術家への注意喚起を発しているように思います。 『標本が理解できないために、ただその肉体を見るばかりで、その七情を見ることができない。 緩急が理解できないために、急性の症状があっても、それが生命に関わっているものであるかどうかが理解できないのである。 このためにいつまでたっても標を見ながら本とし、緩を見ながら急として治療しているため完全に混乱し、摽・本・緩・急という四者の意義を全く失ってしまうのである。』 同じ過ちを犯さないためには、四診における正確な情報の取得から、標の奥にある本を逃さない様にすることの様に思います。 正確に本をターゲットと捉える事が出来るようになるのが、治療する上での核のような気がして、修行の重要な課題に思えます。 景岳全書を読んでいると張景岳の力強さを感じますが、万尚志先生の訳にも手助けされているのでしょうか。原文の探求の必要も感じました。 【参考文献】 『現代語訳 景岳全書 伝忠録』たにぐち書店

手で感じたこと

手の感覚について。 人によってそれを捉えた時の表現方法が違うと言ったお話は聞いていた。 自身で湿邪を感じた時の感覚は「ゾワっとして気持ち悪い」だった。 他のその感覚の時、別の人が言っていた感覚も何となく分かる気がした。 でも同じ湿邪でも部位によって感じる感覚が違うと思うところも正直ある。 色々疑って検証していきたい。

視点・公孫・合谷

主語 自分の課題を解決するために主語を置き変えて視点も変えてみようと思う。 意識を変えてみたら実践中なのですが対人でも変化がありました。     打撲から奔豚 今朝起きたてに上がってくる感じ・落ち着かない感じがした。 奔豚だと思います。 昨日の実技の授業の時もそうでしたが、右の神門が触られると嫌な感じでした。 脈は全体的に強くなっている。 体を色々探ってみた。 すると右の公孫がべコーンと凹んで奥に何かいる感じでした。 何故こんな事になったのか考えていると日曜の夜にフットサルで右足の公孫あたりを軽く打撲していました。 衝脈との関わりでこの症状を起こしているかなと思ってその方向に打ってみました。 その後の神門の変化・公孫の形状変化・排便の変化・奔豚の変化・周辺の血管の様子など勉強になりました。   灸実技 学校では灸の授業でやたらと合谷を使います。 これをされた後の座学の授業の様子を見ると結構な人数がボーっとしています。 原穴的には大腸経ですが空間的に太衝と結びつけても氣滯の弁証にも使えると思います。  

方剤学(1)

八法 『医学心悟』(程鍾齢)には「病の源を論ずれば、内傷外感の四字によりこれを括る。病の情を論ずれば、すなわち寒熱虚実表裏陰陽の八字をもってこれを統べる。しかして治病の方は、すなわちまた汗・和・下・消・吐・清・温・補の八法をもってこれを尽くす」とある。  温法   温法とは、温裏・散寒・回陽・通路などの効能により、寒邪を除き陽気を回復し経路を通じて、裏寒を解消する治法である。裏寒の成因には外感と内傷の別があり、外来の寒邪が裏に直中するか、陽気不足や誤治による陽気の損傷によって陰寒が内生する。このほか、裏寒には臓腑経絡という部位の違いがある。それゆえ、温法にも温中散寒・回腸救逆・温経散寒の別がある。 ○温中散寒剤 中焦虚寒や中焦の裏寒に適用する。 脾胃の陽気が虚衰して、運化と昇陽が不足し、腹痛・腹満・食欲不振・口渇がない・下痢・悪心・嘔吐・舌苔が白滑・脈が沈細、沈遅などの症候がみられる。このほか外寒が中焦に直中して裏寒が生じることもあり、素体が陽気不足の場合に発症することが多い。 (01)理中丸《傷寒論》 (02)呉茱萸湯《傷寒論》 (03)小建中湯《傷寒論》 (04)大建中湯《金匱要略》 ○回腸救逆剤 心腎の陽気衰弱による内外倶寒の陰寒証に適用し、陰寒内盛によって生じる陰盛格陽・戴陽などの真寒仮熱にも用いる。 陽気衰微の内外倶寒では、元気がない・四肢厥冷・畏寒・身体を縮めて寝る・不消化下痢・舌質が淡・脉が沈細、沈で無力などがみられる。悪化し、陽気が格拒されると、体表部の熱感・煩躁など格陽の症状や口渇・煩部紅潮など戴陽の症候があらわれ危急状態となる。 (01)四逆湯《傷寒論》 (02)参附湯《正体類要》 (03)回陽救急湯《傷寒六書》 (04)黒錫丹《和剤局方》 ○温経散寒剤 陽気の不足や陰血不足で経脉に寒邪を受け、血の運行が阻滞された状態に用いる。 手足の抹消の冷えや肢体のしびれ痛み・脉が沈細などの症候がある。 (01)当帰四逆湯《傷寒論》   大建中湯(温中散寒剤) 〔主治〕 中焦陽虚・陰寒上逆 〔組成〕 蜀椒・乾姜・人参・膠飴 〔方意〕 急いで温中補虚・散寒降逆して止痛・止嘔する。 主薬は辛・大熱の蜀椒で、脾胃を温め散寒除湿・下気散結に働く。 大辛・大熱の乾姜は、温中散寒して中陽を振奮し、逆気を散じて止痛・止嘔する。 甘温補中の人参・膠飴は脾胃を補益して本治し、膠飴は緩急にも働く。 辛甘の薬物のみで中陽を温建し、補虚散寒の力は小建中湯より峻烈であるので「大建中湯」と名付けられる。   後天の本 脾と胃とはともに中焦にあり、脾は陰であり、胃は陽であるので、両者は表裏の関係にある。 胃は受納を担当し、脾は運化を担当し、互いに協力しあっている。 そのため、どちらかに病変が発生したときには、もう一方に害が及んでしまう。 したがって実際に脾胃の病変が起きた時には、水穀の受納・運化・配布機能の全てに渡って影響が現れる。 脾胃は気血を化生し、五臓六腑と体内外を潤して肌肉を満たし、四肢を壮健にするので、後天の本といわれる。 【参考文献】 『中医臨床のための方剤学』医歯薬出版株式会社 『中医病因病機学』東洋学術出版社

5月のこと

◯寺子屋 毎回必死ですが、少しずつ慣れてきました。 寺子屋では多くの患者さんの 問診と切経をさせてもらいました。 初めは2〜3人でもヘトヘトでした。 7〜8人の問診にようやく耐えられるように なってきましたが、こなすことで精一杯です。 考察できる余白スペースを増やしていきたいです。 同じ方を毎週診させていただくことで、 患者さんの変化を蓄積しています。 今年は5月から梅雨入りして台風もありました。 天候の変化、季節の流れも鑑みて 性別、年齢、体格、様々な体を診させてもらい 観察し得た感触を蓄積していきます。     ○刺鍼 初めてモデル患者さんに刺鍼をしました。 上手く刺さるかな? 押し手の形はこうやっけ? 痛くないのかな? 落ちたらどうしよう。 集中より不安の比重が多く、 刺すことに気を取られ、 刺さらなかったら慌てふためきます。 咄嗟の出来事に対応できず パニックになってしまうのは 私の悪い癖です。 もう少し冷静にならないといけません。   右太渓への刺鍼が難しい… 「どんな体勢からでも診れるように」 刺鍼を始めて、より下野先生の言葉が 響くようになりました。 切経、脈診、腹診、全てに繋がります。 切経の時にペンで反応点に印をつけます。 刺鍼の方向、体勢、押手の場所を意識しながら ペンで印を打つと予行演習にイイですね。     ○切経 脈、お腹、背中…切経で何を主軸に診るのか。 院長と下野先生の言葉をひとつひとつ繋ぎながら 切経を追うようになりました。 書籍のやり方では、 数多ある現象をとめどなく収集すると 情報過多になり、時間を費やします。 邪があちこちに移動したり、変化していくのであれば、主語を変えてみる。 世界観やが変わり、目の前が開けたように 感じました。 色んな見方があっても良いし、 遠回りして気付くことも大切だと思います。 何を主軸に置くか、 モードの切替えがあるということを 教えていただけたので、 追試して行こうと思います。     ○先輩からの助言 決断に迫られた時、 何かすがりたくなるほど不安になります。 私なりに考察してみましたが、 果たしてどうなるのか… 自分の不安に飲まれそうになった時、 白石先生からアドバイスをいただき、 腹を括ることができました。 不安だから、もう一穴足したくなる。 それでも、今日は踏みとどまって 患者さんに出来ることを精一杯やってみようと 試みました。 来週経過を追いながら考察します。