色々失敗する
問診、切経が長すぎる問題。
先生の施術を診て、省略できる所はどこか
効率の良い方法を流れを止めずに如何に行うか。
模倣してみて、集中できる環境に繋がり効率の良い所作だと感じました。
観察して模倣して、発見して。
少しずつ気付きを積み重ねていきたいです。
鍼を置く時、「手にばかり集中している」
と寺子屋の練習の時に指摘を受けました。
あ、これは切経にも言えることだなと、
下半身にちょっと意識を置いた途端
不思議と相手の脈が私の体の中に入って来る
感覚になり、景色が変わりました。
休日、ひたすら細かい作業をしました。
何時間も作業するので手先に集中するために
無意識で重心や姿勢を調整していたと思います。
たまーに出くわす近所のおっちゃんがいます。
昨日久々に道端で会ったら「人相変わったなー!」と私を見て笑っていました。
(悪い意味ではないらしい。)
「毎日ちょっとずつプラスやで。
いっぱい失敗して勉強させてもらいや〜」
飄々として、気の良いおっちゃん。
「まあ、楽しむんやで」
と一言もらってさよならしました。
試してみる
先週とてもいいお話を聞かせて頂けたので手で木・皮製品・自分の身体など色々触る様に意識しています。
触った時の感触を知ることや触り慣れると言った意味でも私にとっては良さそうだなと感じています。
また、手が冷えていたら寒熱は分かりにくくなるのかと思って実験してみました。
内容としては右手の労宮に石膏(性質:大寒)の粉末を2分程度乗せてみる。
その後綺麗に流して右手・左手を中脘あたりに当ててどちらがお腹の温もりを拾いやすいか見てみる。
やってみると明らかに左手の方が暖かさを感じやすい。
右手は感じにくいし、触られているお腹もちょっと冷えて触られたくない。
手を冷やさないって大事なことだなと実感しました。
冷たいもの飲んで手が冷たくなった事を感じた事があるので飲食物も気をつけよう。
また、服越しでもわかると仰られていたので前に歩いている人の背中で何か感じるかも試していっています。
続けていくと拾える様になるのか楽しみです。
朗読、会話
朗読
最近人に合わせるって難しいなと痛感しています。
合わせにいったらより合わなくなる感じがします。
正直どうしようかと悩み中なのですが、何かしらやっていかないと変わらないので色々試していっています。
最近試し始めた事が人の朗読しているところの真似です。
心から入れれば一番いいのでしょうけど、できていないのでまずは形から入ろうと思ってYouTubeなどで人が行なっている朗読を真似してみています。
人との会話中に全く同じ事をしていたら違和感が生まれそうですが、相手と同じ事をする必要があるので少しは相手の理解に繋がる気がします。
また、長い文章になると腹から声が出ていないと読みきる事ができないので伝わりやすい声を出さなければいけなかったり、瞬発的に言葉を出す訓練にもなります。
会話
ストレスなく一緒に過ごせる人は波長が合って自然に過ごせる。
家族でも体調不良を起こすと様子が違ってくるので違和感から色々察知しやすいと言った話をよく聞く。
違和感を察知できるのは、同じ空気感をもった人の違和感だと思う。
鍼灸院には若者からお年寄りまで幅広い年齢の方が来るし、色んな個性を持っている。
そういった相手を理解しようと思えば尊重しなければ話は始まらない。
綺麗なものばかりに囲まれているとそう言った人にしか対応できなくなるし、逆もそうなる。
本当に会話上手な人は違和感を感じない。
きっと一致してるんだと思う。
ネガティブなもの
会話の中でネガティブなものが出てくるとそれに同意してはいけない。
もっていかれる。
ただ真っ向から否定するとそれもまた問題なので違和感を感じさせずにかわす必要がある。
フットサル・イチロー・歩き方
フットサル
週末あたりに時間を見てフットサルをする事が多いです。
その時に勉強になる事が体の確認と駆け引き。
知らず知らず走るフォームが崩れていると非常に疲れやすくなる。
どういった動き方がいいのか確認出来ます。
疲れにくい時の走り方の感覚としては、物凄い重いものを力を使わずに持っている感覚です。
そういった時は地面と一体感がある。
これを普段の歩き方にも反映させよう。
不動明王みたいなドッシリさが欲しいところです。
もう一点、駆け引きの部分。
初心者が相手DFの時は全く通じないのですが、ある程度の経験者が相手になると出方を伺う読み合いになってくる。
読み合っている中、相手に一番通じるフェイントが空気感を出すこと。
行くぞ!といった空気感を出すフェイントと動作だけのフェイントは引っ掛かり方が全く違う。
鍼を打つとき、これがいい感覚なのかむしろ邪魔になるものなのか。
試してみない事には分かりませんが、こういった事を鍼にも落とし込んでみたいと思います。
イチロー262のメッセージを読んで
とても勉強になる本でした。
イチローさんの遊び心も見えて楽しかったです。
考え方だけでなく体の使い方でも参考になる部分は多く
P207
「腕の振りは、前後だよ。
体が伝わる、体の中で振る。
中心線の中で力が伝わるよう、
そこから、外れてはならない。」
といった内容も勉強になりました。
包む感覚
人の体を触らせていただくときに大切になる感覚じゃないのかと感じています。
こう触った方が相手が答えてくれている気がします。
仙骨
ナンバ歩きとモデルのウォーキングの映像を見ました。
どちらにも共通する事は腰の落とし方と上半身の連動。
ただ感覚として掴めないのでお尻歩きで訓練中してみます。
ベッドに座る姿勢に繋げる、体幹の強化、上半身と下半身の動きの連動、体の左右のズレの矯正が狙いです。
新鮮な感覚
起きたてに自分に鍼を刺してみた。
いつもと違った感覚で新鮮で、手が運ばれた気がする。
参考書籍
自己を変革するイチロー262のメッセージ
「自己を変革するイチロー262のメッセージ」編集委員会 ぴあ株式会社
補瀉
補寫に関して気になったので調べていきます。
《現代語訳 黄帝内経霊枢上巻》P 14 九鍼十二原篇
「針の技術の要は、刺鍼の部位が適当であることと徐疾の手法の正確な運用にあります。」
「気の働きの虚実変化を理解すれば、補瀉の手法を正確に運用でき、毛筋ほどの間違いも起きる様なことがありません。」
「気の往来の時期を理解してはじめて刺鍼の正確な時間を理解できるのです。」
「気が去るとき経脈が空疎になるのを『逆』、気が来るとき経脈が充実するのを『順』といいます。」
《現代語訳 黄帝内経霊枢上巻》P 18、19 九鍼十二原篇
「瀉法を用いるときは、かならず鍼を素早く刺入して気を得たのちゆっくり抜き去り、大いに鍼孔を揺らして、表用を開けば、邪気を外に洩らすことが出来ます」
「補法を用いるときは、経脈の巡行方向にしたがって鍼を向け、ゆっくりと散漫な様子でそっと刺します。鍼をめぐらして気を導き、経穴を按じて鍼を刺すとき、あたかも蚊が皮膚の上を刺しているようなあるかなきかの感覚があります。鍼を抜き去るのは速く、矢が弦から放たれたかのように、右手で鍼を抜き、急ぎ左手で鍼穴を按ずれば、経気は留まり、外は発散せず、中は充実し、留血の弊害もありません。」
「鍼を刺すときは経気の到来を候わなくてはなりません。」
《現代語訳 黄帝内経素問》P272 鍼解篇
「虚証を鍼治療する際には、鍼下に熱感がなくてはなりません。なぜなら正気が充実すると熱感が生まれるからです。
実証を治療するときには、鍼下に涼感を感じなくてはなりません。なぜなら邪気が衰えてはじめて涼感が起こるからです。」
→補寫どちらにおいても気が至ったり去ったり、熱感・涼感を感じる感覚が重要。
手技としては、どういった速度で刺し抜きするか・どの様な角度で刺すか・揺らすか・案じるか。
《鍼灸臨床能力 北辰会方式 理論篇》P344
「臨床的には、かつては太い鍼をゆっくり入れて気を温め集めて、スッと抜いていた。抜くときにゆっくり抜くと、鍼穴が余計に広がって、気が漏れやすく散りやすくなるためである。現在の鍼は細くなっているのでその必要がない。ゆっくり入れてゆっくり抜けば良いのである。」
→古代と現代の違いを感じました。昔と全く同じ条件ではないので、形ではなくそれが何を意味するのかきちんと理解していないとこれからズレた認識が生まれてきそうです。
また、ここから補瀉の際にどんな鍼を選ぶかなどのヒントにもなっていそうな気がします。
読んでいて、昔の人はどんな方法で鍼を作って保管していたのか。
現在は鍼をどの様にして作っているのか。
現在の鍼になった分岐点などはいつなのか。
なども気になってきました。
参考資料
《現代語訳 黄帝内経霊枢 上巻》 東洋学術出版社 南京中医学院編著
《現代語訳 黄帝内経素問 中巻》 東洋学術出版社 南京中医学院編著
《鍼灸臨床能力 北辰会方式 理論篇》 緑書房 一般社団法人 北辰会学術部編著
側・舌
側
豊中院で先生の身体をみさせて頂いた。
先日寺子屋でここを見といてくださいと言われた部分に反応があった。
中に差し込んでいる様な形。
背候診の時もついでに触って様子を伺う。
停滞している印象。
少陽枢機不利が原因かと思った。
舌
今日患者さんの問診、切経などさせて頂いた。
その患者さんを含めて思う事。
舌を見て、
「子供の様な舌だな。」
と思う方がちらほらいる。
このあたりは持って生まれたものではなく、臓腑の現れ方として共通するものがあると思う。
水の溢れ方も特徴的。
中国の思想(08)
老子
六十三章 聖人は大をなさず
為無為、事無事、味無味。
大小多少、報怨以徳。
図難於其易、為大於其細。
天下難事必作於易、天下大事必作於細。
是以聖人終不為大。
故能成其大。
夫軽諾必寡信、多易必多難。
是以聖人猶難之。
故終無難矣。
無為をなし、無事を事とし、無味を味わう。
小を大とし少を多とし、怨みに報ゆるに徳をもってす。
難きをその易きに図り、大をその細になす。
天下の難事は必ず易きより作り、天下の大事は必ず細より作る。
ここをもって聖人はついに大をなさず。
故によくその大を成す。
それ軽諾は必ず信寡く、易きこと多ければ必ず難きこと多し。
ここをもって聖人すらなおこれを難しとす。
故についに難きことなし。
(引用:『中国の思想[Ⅳ]老子・列子』P101~103)
” 怨みに報ゆるに徳をもってす。”
解説の中には「大戦後の蒋介石による対日政策の基調をこの言葉に置いたのを
民族の総意の表現だったと見られる。」とある。
中国大陸に残留孤児が多かったのを
民族性と連ねる説を読んだことがあり、符合するように思います。
その地域性を感じる事ができたようで、面白く思いました。
そして日々の生活の中で
決して偉そうにしない”立場ある人”と出会う度に、
丁寧に一つ一つを対応される姿をみて感心することがあります。
この延長線上に大事ができるのだろうな、、と思います。
先ずは、小さな事をおろそかにしないように心がけたいと思います。
【参考文献】
『中国の思想[Ⅵ]老子・列子』徳間書店
中国の思想(05)
老子
六十六章 統治者はへりくだらねばならぬ
江海所以能為百谷王者、以其善下之。
故能為百谷王。
是以欲上民、必以言下之、欲先民、必以身後之。
是以聖人、処上而民不重、処前而民不害。
是以天下楽推而不厭。
以其不争故、天下莫能与之争。
江海のよく百谷の王たるゆえんは、その善くこれに下るをもってなり。
故によく百谷の王たり。
ここをもって民に上たらんと欲すれば、必ず言をもってこれに下り、
民に先んぜんと欲すれば、必ず身をもってこれを後る。
ここをもって聖人は、上に処るも民は重しとせず、前に処るも民は害とせず。
ここをもって天下推すことを楽しみて厭わず。
その争わざるをもっての故に、天下よくこれと争うことなし。
(引用:『中国の思想[Ⅳ]老子・列子』P105~P107)
《私議》
以前、会社員をしていた時は『人・物・金』を管理するのが仕事でした。
その時の上司からよく言われたのが「頭を垂れる稲穂かな」。
経験豊富な年功を積まれた方々の立ち居振る舞いをみて、
内心『流石!』と思う事は本当によくありました。
今は臨床に立っておりますが、患者さんを目の前にして思う事もあり、
繊細さも難しさも感じます。
【参考文献】
『中国の思想[Ⅵ]老子・列子』徳間書店
実験、公孫など
珈琲
私はコーヒーが合いません。
香りや苦味が好きなんですが、身体に合わない。
自分の感覚として体感しているのは肝の暴走。
散々書籍にあることなので発見でも何でもないのですが、体感としても感じます。
じゃあ、それを思いっきり飲んだらどうなるか。
ボトルコーヒーを一本一気飲みしてみた。
自分の体の反応と術者としての感覚を飲む前、飲んだ後と比較してみました。
術者として
普段から鋭くない感覚が更に鈍くなる。
全く相手を感じる事ができない。
身体を触らせて頂く時に頭に言葉が多くなる。
体感として
自意識が強くなる。
ナポレオンはコーヒーを勇気の出る飲み物として愛用していたらしいのですが、鈍感になっただけじゃないのか。と思った。
また、時間差があるので直後には出ない。
ただ影響がマックスになった時、酒で酔った感覚になる。
調べるとコーヒー酔いというものもあるらしいです。
気逆を起こすと気が大きくなる?
脈の寸には影響があった気がします。
頭には色んな言葉が浮かぶ様に。
エゴが強くなった感覚?
いつも以上に自分の世界だけで全てを完結させている気がしました。
家に帰って自分の肝経の経穴に鍼をしてある程度は和らぎましたが、躁鬱状態ってこんな感じなのかなと思いました。
手に受ける感覚
何か違和感を感じたとして、それぞれ種類が違ってくる。
細分化して言語化できればいいなと思いました。
体感として一つ重い感覚はあったので、まずはそれについて考えていく。
切経
術者と患者が合った時、そこに囚われ過ぎるのは良くないと思いました。
ベタベタ触ると段々反応も薄れ、よく分からなくなってくる。
即時即決、一回でどれだけ情報を頂けるか。
患者とどの様な意識で向き合うか、模索します。
深さも意識したい。
公孫
この穴の認識を深めたい。
奇経八脈考、症例から学ぶ中医婦人科などを中心に調べているのですが、まだイメージが掴めていません。
引き続き調べて行きます。
楽しむこと
表面的なものではなくて、この本質って何なんだろう。
考える事で遠のいていっているかもしれないけど、一旦はこの工程を踏みたいと思います。
舌診の白苔について
こんにちは。
先日行われた学生向け勉強会に参加させて頂き、
望診の基礎などの理論を復習させて頂き、
さらに、参加された学生さんの熱心さを窺うことができました。
講師の先生、ありがとうございました。
朝早くから参加された学生さん、お疲れ様でした。
さて、勉強会の内容を復習しようと思い、まず、
東洋医学概論の教科書を確認してみました。
その中で気になることがありましたので、
備忘録として書いておきます。
『東洋医学概論』(p.209〜)舌苔について
<一部を抜粋>
A.苔色
●白・・・白いもの。白薄苔は健康なものに見られる。
また、表証など病状が軽いものは舌苔に変化が現れず、白薄苔である。
厚白苔は寒証に属するものが多い。
B.苔質
●「薄苔」は健康なものや表証など病状が軽いものに見られる。
●「滑苔」→舌苔に過剰な水分が見られ、湿っているもの。
「燥苔」→舌苔が乾燥しているもの。
滑苔は陽虚や痰質の停滞に見られる。
燥苔は主に津液の損傷に見られるが、陽虚により気機が失調し、
津液を上昇させることができない場合に見られることがある。
●「膩苔」「腐苔」→主に痰湿の停滞や食滞に見られる。
<気になった点①>
・教科書では
「表証など病状が軽いものは舌苔に変化が現れず、白薄苔である。」
とありますが、
表証とは「悪寒発熱、頭項強痛、脈浮」といった状態などを言います。
その他、腰痛や他の関節の痛みなど、あらゆる痛みも出現します。
つまり「病状が軽いもの」とありますが、
決してそんなことはありません!
病の状態としては、外寒邪を駆逐しようと
身体の正気が体表で戦っているようなものです。
「病状が軽い」のではなく、
「病位が浅い」とするのが正しいと思います。
<気になった点②>
・教科書では
「表証など病状が軽いものは舌苔に変化が現れず」
とありますが、さてどうでしょうか?
<気になった点③>
白苔の記述で、
「表証など病状が軽いものは舌苔に変化が現れず、白薄苔である。
厚白苔は寒証に属するものが多い。」
と書いてしまうと、
実際の舌診において、
例えば白苔が膩苔であり、かつ剥落が見られる場合はどうなのでしょう?
教科書通りだとすると、胃気を損傷しつつも、痰湿・食滞があることになり、
病の程度としては重いものだと思います。
このような病の重い場合には、
白苔が、黄苔や灰苔などに必ずしも変化するということでもありません。
まとめると、
白苔だからといって、病が軽いものという表現は
正しくないように思います。
これは、黄苔など他の色の苔との比較において、
白苔は相対的に病が軽いということに過ぎない
ということだと思います。
さて、白苔について、
他の書籍ではどのように記されているのか、
ある舌診についての書籍の一部を抜粋してみます。
・白苔為寒、表証有之、裏証有之、両虚者、熱者、実者亦有之
(故白舌弁病較難)。
不独傷寒始有白舌、而白舌亦可以弁傷寒、其類不一。
白苔は寒であり、表証でも裏証でも見られる。
また、虚でも、熱でも、実でも、見られる。
(ゆえに白苔だけで病を弁ずるのは難しい)
白舌は傷寒の始まりだけに見られるのではなく、
白舌であれば傷寒と弁証することもできるが、
その種類は一つではなく色々である。」
・白浮滑薄苔、刮去即還者、太陽表寒邪也。
訳「白苔で浮滑(浮いたように見えて水分が多いもの)で、
これを削ってもまた元に戻るものは、太陽表寒邪である。」
・白浮滑而帯膩帯漲、色分各経、刮之有浄不浄者、邪在半表半裏也。
訳「白浮滑で、膩苔で腫れ、各経で色が分かれ、
これを削るときれいなる場合もきれいにならない場合もあるなら、
邪気は半表半裏にある。」
・全舌白苔、浮漲浮膩、漸積而乾、微厚刮不脱者、寒邪欲化火也。
訳「舌の全てが白苔で覆われ、
浮いて腫れ、浮いて膩で、それが徐々に蓄積して乾き、
やや厚くなり削っても取れない場合は、
寒邪が化火しようとしているのである。」
ここまで、書籍の記述の内容のほんの一部ですが、
やはり臨床的には
白苔にも色々あるということが
垣間見えるのでは無いでしょうか?
ちなみにこの原文ですが、
漢文に慣れていない方でも、
見たことのある漢字が多くて
意味を掴めやすいと思います。
▪️参考文献
『新版 東洋医学概論』 医道の日本社
『舌鑑弁正 訳釈』 たにぐち書店









