学生・研究生によるブログ

学生・研究生による学びと発見のブログです。

本音と建前

東洋医学では、当然のように弁証を立てることを行なわれているが、弁証で心火があるから…と 心にアプローチする事が正解とは限らないようだ。 心包経を触って状態が悪い方向に行ってしまう。 状態と穴性しか診ていなかった。 考察する事は難しく、先生にアドバイスをいただいてばかりだが、 自分の失敗を機に、大切な事を教わった。 本音と建前 原因と結果 よく混同してしまうので、 ここに書き留めておこうと思う。   -------------------------------------------------- 「恋愛みたいなもの」 と院長が仰っていたが、 聞いた時はよく分からなかった。 最近失恋が続いたので ちょっと気持ちが滅入ってしまった。 何故そうなったか。 考えてもわからない時、 離れていくことがわかる時もある。 失恋しても、グズグズするよりか、 自分を磨くしかない。

京都薬用植物園の麻黄

先日、武田薬品工業(株)京都薬用植物園の『初秋の研修会』に行ってまいりました。 東洋医学の理解の為に、漢方の勉強の一環です。 ガイドの案内で植物園を一周します。 管理する研究員の方々は展示に趣向を凝らしていました。 「麻黄は砂漠に生息しているので、砂漠を模したスペースを造園中です」との事。。 『中薬学』などで、麻黄の効能(辛温解表薬・・)などについて書物の中を散策する事はありましたが、その植物の生息環境を考える事はありませんでした。 その気づきを頂いただけでも行った甲斐はあったように思います。 実際には麻黄の種類も豊富で砂漠のみの生息ではないようですが、基本的には乾燥した地域に生息するようです。 ”乾燥した地域に生息し、解表薬となる” この自然環境が導き出した答えに、探求心が沸き起こります。 水の上限で潤いの必要な華蓋に対して、効能のある植物が乾燥した地域に生息し、成分を蓄える・・ 私は中国で砂漠となると、思いつくのがタクラマカン砂漠でした。ゴビ砂漠もあり、砂漠は実際には複数存在します。 解表、皮毛、肺、砂漠・・西?、金の相生⇒水 『五行大義』 金居少陰之位。西方成物之所。物成則凝強。少陰則清冷。故金以強冷為體、従革為性。 現在は『五行大義』をよく読みますが、面白いルールが隠れていうように思えて仕方がありません。 【参考文献】 中薬学(東洋学術出版社) 方剤学(東洋学術出版社) 五行大義(明德出版社)

体が重い

  先週から体調が変化してなかなか身体が重くてしんどい。   舌をみると真っ白な豆腐の粕の様なもので覆われており、脾募を労宮で触ると掌から抜けていく感じがし、指腹で触るとゆるゆるになっていて、両手が重い。   お風呂で温もると脾募が赤くなっていました。   数日前は入浴時、肺経が赤くなっていました。   関係あるかわかりませんが、最初に感じた身体の変化は1ヶ月くらい前で、胸のあたりに肌荒れが起こっていて、それが段々下に降りてきていた。   今は荒れが治ってきて少し脱皮し始めた。   調べると膜原に問題がある可能性もあるかも知れないと思った。   <中医臨床のための温病学入門> P136 「呉有可が「膜原は、外は肌肉に通じ、内は胃腑に近く、すなわち三焦の門戸、実に一身の半表半裏なり、邪は上より受け、直ちに中道に趨く、故に病は多くは膜原に帰す。」と述べるように、湿熱濁邪は膜原に鬱伏して、本証を発病しやすい。」   しかしこの邪が潜伏と言うけどもいつから潜伏しているかなど書いていないので気になる。   背中を診てもらっているとき膈のあたりがと言われた事があるが繋がっていないのか。   臓腑の働きが良くなると伏せていたものが浮き出てきたりすることはないのか。   気になるのでしばらく追ってみようと思います。     参考文献 中医臨床のための温病学入門 東洋学術出版社 神戸中医学研究会編著      

裂紋舌の深浅

裂紋舌の深浅について考えてみた。 舌診を覚える時、水田に例えたりしていた。 水分量を表す裂紋舌は水分や養分のない干からびた土と似ている思う。 昔、真冬の田んぼに落ちたことがあるが、表面は地割れして硬かったが、まだ中に水分が残って下の層はほんの少し柔らかかった。ただ、キメがなく、酸欠状態の土だった。 そのまま放っておけば、やがて休耕田のようにカラカラに乾燥し、深く亀裂の入った硬い地面に変わる。 裂紋舌の深浅や舌質の剛柔は、水分量や病の進行具合を示す指標になるのではないのかと思う。

そうだ、古典を読もう

そろそろ、古典を読んでみないといけないかな。という思いに至ったので、 とりあえず、ずいぶん昔に購入していた「難経鉄鑑」を引っ張り出してみました。 かなり分厚くて重い本です。 口語で訳されて、更に詳しい解説もついているので自習できそうですが、1日一難やっても81日かかります。 数年前に一度サラッと読んではいる筈なのですが、ほとんど記憶の彼方です。 今回はじっくりと読んでみようかと思います。 難経八難を読んでみたところ 腎間の動気について書かれています。 ①生気の原 ②五臓六腑の本 ③十二経脈の根 ④呼吸の門 ⑤三焦の原 ⑥守邪の神 かっこいい言葉が満載です。  

国試終わって、景岳全書。

標本論 『病気の本は一つであり、隠れて明らかにし難い。 病変は非常に多く、表面に現れているため明らかにし易い。 そのため最近の治療家には、本末を理解できないまま、ただ目前に現れている症状を根拠にして治療している者が、多いのである。』 『浅い部分を見て深い部分を洞察し、近くを見て遠くを察知する、 これを摽と本として語るなら納得できるが、市井に言われている摽と本はこの足元にも及ぶものではない。』 張景岳は周辺の医家の治療方針に警鐘をならしているようです。 本(病気の源)と摽(病変)を分割してとらえて、本から標に対しての繋がりに希薄な施術家への注意喚起を発しているように思います。 『標本が理解できないために、ただその肉体を見るばかりで、その七情を見ることができない。 緩急が理解できないために、急性の症状があっても、それが生命に関わっているものであるかどうかが理解できないのである。 このためにいつまでたっても標を見ながら本とし、緩を見ながら急として治療しているため完全に混乱し、摽・本・緩・急という四者の意義を全く失ってしまうのである。』 同じ過ちを犯さないためには、四診における正確な情報の取得から、標の奥にある本を逃さない様にすることの様に思います。 正確に本をターゲットと捉える事が出来るようになるのが、治療する上での核のような気がして、修行の重要な課題に思えます。 景岳全書を読んでいると張景岳の力強さを感じますが、万尚志先生の訳にも手助けされているのでしょうか。原文の探求の必要も感じました。 【参考文献】 『現代語訳 景岳全書 伝忠録』たにぐち書店

感受性

人の感覚、感じ方、反応って個人差が大きいなと改めて感じています。 私はとても鈍感で、敏感な人の感覚に日々とても驚き、感心してしまいます。 学生の時に鍼を受けるのも、とても敏感な人がいて少しの刺激で悶絶するような激痛を受けるみたいで、辛そうにされていました。 そこまでの敏感さは要らないですが、もう少し繊細な感覚が知覚できるようになりたいです。 そう言えば以前、一ヶ月近く東南アジアを旅行した時は、私はお腹を壊したのは1回だけで、他の日本人旅行者はほぼずっと下痢が続いていると言っていたので、その時は私の鈍感力が功を奏したのでよかったですけど。    

舌を考察①

寺子屋で患者様の舌を見せて頂きました。 受けた印象は白滑苔淡白胖大でした。   舌だけで結論付ける訳にはいきませんが、考えない訳にはいかないので何を表すのか考察していきます。 白苔は一般的には表証・寒証を表すとされます。   中医臨床のための舌診と脈診 P33 陽虛が基本にある内傷の場合には舌質が淡白・胖嫩であり、寒邪直中の場合には青紫舌の事が多い。 との事です。   もう少し詳しい箇所を見てみます。   同書籍 P 53 陽虛寒湿 淡白舌は気血不足であり、白滑苔は寒湿をあらわす。一般には、陽虛で陰血の化生が不足し、津液の蒸化もできず水湿が貯留して寒化した状態が多く、舌質が胖嫩で歯根が明らかである。   まず、「陽虛で陰血の化生が不足して淡白舌」とはどういう事か考えてみます。   現代語訳 黄帝内経素問 上巻 P112 陰陽応象大論篇 南方は陽気が盛んで、熱を発生します。熱は火気を盛んに生じ、火気は苦味を生じ、苦味は心気を滋養し、心気は血気を変化生成します。血気は充足すると脾を生じ養います。心気は舌と関連しています。 その変化についていうと天にあっては熱気となり、地にあっては火気となり、人体にあっては血脈となり、五臓にあっては赤となり、五音にあっては徴となり、五声にあっては笑となり、病変の現れ方としては憂となり、竅にあっては舌となり、五味にあっては苦となり、こころの変動にあっては喜となります。   同書籍 下巻 P 23 天元紀大論篇 熱気は少陰の根本の気   同書籍 上巻 P 93 金匱真言論篇 南方の赤色の気は、人身の心と相い応じ、心は竅を両耳に開き、精華は心に内蔵され、五味の中では苦味にあたり、五畜の中では羊にあたり… これらはすべて火の一類に属します。四時でいえば夏の季節で、心は血脈を主り、また、五臓の主ですから、病は往々にして血脈と五臓に現れるのです。   つまり、「陽虛で陰血の化生が不足して淡白舌」とは 陽虛になると心気も不足し、血を変化生成することが出来ない。 結果として赤味が出なくなり、心の竅である舌に色が反映されなくなった状態なのではないかと考えました。   参考資料 中医臨床のための舌診と脈診 医歯薬出版株式会社 現代語訳黄帝内経素問 上巻下巻 東洋学術出版社    

高い山

昨日寺子屋に行かせて頂いてありがたいお話を沢山聞かせて頂けました!   ありがとうございました。   それに関して「これはこういう事じゃないか?」   などを私は考察する材料もない状態ですし、何もない状態である自分が今の時点で答えを出そうと頭を捻って考えてみても間違いしか生まれませんし、それ自体が敬意のない考えなので答えは出さないでおきたいです。   でもその中で 「何か高い山だな。登ってみたい。」 と思って出発点に立ってゆっくり登り始めたら 「今登っているのは富士山なのか?」 とぼんやり考え始めたところ 「もしかしてエベレストかもしれない…」 となった感覚は嬉しかったです。   実際エベレスト気分で登り始めたら 「もっと高い山かもしれない…」   とこんな事を続けていくんだと思います。   今はただひたすらやるだけで、真剣に楽しんで学んでいきたいと思います。   何を書いてるんだとも思いましたが、自分にとってはこの感覚が一番大切な勉強だったのでこんな内容になりました。

学ぶ事

  耳障りの良い言葉、その時自分に合うと思っているものが自分の為になる訳ではなく、辛い経験も絶対に必要。   どんな状況でもそこから学ばなければいけない。   自分の周りに現れた現象には全て意味があると思う。   鍼灸師として生きようと考えているのなら出される答えは普通のものとは違うと思う。   それを学べたのは誰のお陰か。   ちゃんと考えれば分かる。   この経験を無駄にしないことが唯一できる恩返しだと思う。   とても価値のある大きいものを与えて頂いた気がします。