学生・研究生によるブログ

学生・研究生による学びと発見のブログです。

脈診で感じたこと

ある方の脈を診せてもらった。 浮 •中では抵抗がなく、触れている感覚に乏しい。 脈上においた指をぬるりとかわすように進む。 テンポは一定。脈幅の細さもあってか 陰の気配が強い印象。(分類は滑脈か?) 処置後には、雰囲気がまるで変わり、 脈幅は同じく細いが、なかに芯ができて 充実した印象の脈となる。 良い経過が見込める、そう予感させるものがあった。 経過を見守りたい。

五行大義(2)

曲直 洪範傳曰、木曰曲直者東方。 易云、地上之木爲觀。 言春時出地之木、無不曲直、花葉可觀。 如人威儀容貌也。 許愼云、地上之可觀者、莫過於木。 故相字目傍木也。 古之王者、登稿輿有鸞和之節、降車有佩玉之度、 田狩有三驅之制、飲餞有獻酢之禮。 無事不巡幸、無奪民時、以春農之始也。 無貧欲姦謀所以順木氣。 木氣順、則如其性、茂盛敷實、以爲民用。 直者中繩、曲者中鉤。 若人君失威儀、酖酒淫縦、重徭厚税、 田獵無度、則木失其性、春不滋長、不爲民用、橋梁不従其繩墨。 故曰木不曲直也。 洪範伝に曰く、木に曲直というは東方。 易にいう、地上の木を観となす。 言うこころは、春時、地に出づるの木は、曲直ならざるなし、花葉観るべし。 人の威儀容貌のごときなり。 許慎いう、地上の観るべき者は、気に過ぐるはなし。 故に相の字は、目、木の傍らにするなりと。 古の王者は、輿に登るに鸞和の節あり、車を降りるに佩玉の度あり、 田狩に三駆の制あり、飲餞に獻酢の礼あり。 事なきときは巡幸せず、民の時を奪ふなし。 春は農の始めなるを以てなり。 貪欲姦謀なきは、木気に順う所以なり。 木気順なれば、則ちその性のごとく、茂盛敷実し、以て民の用をなす。 直なる者は縄に中り、曲なる者は鉤に中る。 若し人君、威儀を失い、酒に酖りて淫縦し、徭を重くし税を厚くし、 田獵度なければ、則ち木は、その性を失い、春滋長せず、民の用をなさず。 橋梁は、その縄墨に従わず。 故に木に曲直せずというなり。 【引用文献】 『五行大義』著者:中村璋八、発行:明德出版社
淀屋橋

鍼治療をうけて②

2021/04/07 週に1回の治療 すっかり不眠の症状が表に出て来なくなった。 今週は体調が良く、下半身が軽いと感じていた。 歩く体が軽い すいすいと動く 軽いのに力が入る そういえば...と思い出した。先週は腹の調子が悪かった 今回の治療中に、体調について聞かれて、 腹の調子が悪いと自分が訴えていたことを思い出した。 先週 水曜日あたりに普段の量より多く食べる機会があって、それからのことだった。 とにかくガスの量が著しくて、便の出方はでたらめ、排便の周期もばらばら。 食事は食べれるし、出せるけどずっと(下痢や便秘はなく)軟便気味。 脾胃の気に一定の損傷が起きていることは明らかと感じられた。 パンクしたタイヤを交換せずそのままに走っているから、 車内でガタガタと揺れがひどい、まるでそんな有り様だった。 それも今、整えられている 今回の治療中には、何度も深い呼吸が起こった。 からだが積極的に欠伸を、深呼吸をしにいっているみたいに起こった。 ただ普段でる欠伸に似ているけど違う。 勢いよく吸って吐いてとやっているけど、自分が意図的にやる時の深呼吸とも違う。 (この前記録に残した、なにか栓が外れて空気が抜ける様な、あのときのとも違う) 結局、治療を終えて体を起こして動き出すまでその深い呼吸が続いた 気の巡り方は、体表を動くというよりじんわりと中にという感覚 腹部には湧いてくる様な動き (気が満ちるというのはこういうこを指すのか) 欠伸の時の様に涙が出た。じわりと出る、それが何度も続くので 流れ出たあとが温かく お腹が温かく 手と足が充実している 体の各所に温もりがあって、一瞬 のぼせの症状が出る体調の時の五心煩熱が想起されたが 手と足と、胸 じゃなくて腹。 それから温かさの種類が違う、対極とさえ感じる (こちらの状態を指す言葉はあるのだろうか?) ________________________ これまで鍼を受けたことがないという人から 鍼はどんなだと興味を持って聞かれることがあり、 こうした感覚を載せて伝えられないものか考えた 自然治癒力という言葉で表すのでは全然足りない からだそのものの力を持って癒える 体調が戻ったあとこそ自然を知る 紙飛行機がふわりと着地する光景が似合う

飽和

久しぶりに友達が家に遊びに来ることになりました。 なのでその準備をしなくてはと、部屋を片付け始めたところ、とんでもなく散らかっていることに気つかされました。 知ってはいましたが、よくもまぁこの10年ほどでモノがこんなに増えたものだと、片付けながらつくづく思いました。 増えすぎた服、カバン 増えすぎた靴 増えすぎた食器、調理器具 定期購読しているまだ封を開けていない雑誌の山 買い込み過ぎたインスタント食品 そして書籍 以前から断捨離しなければと思い続けていましたが、いざモノを捨てようとしても、まだ使えるし、また使うことがあるかもしれないと思い、結局捨てずにそのままになっていました。 でもとうとう家の収納に限界が来てしまっていたようです。 こころの切り替えをしなくてはいけません。 「部屋はその人の心の状態を表している」 とも聞いたことがあるので、本当に耳が痛いです。  

観察のしかた

舌診の撮影をさせてもらった。 色と苔と形に必死で、 厚みはどうだっけ? あまり覚えていないし写真にも残っていなかった。 舌診の本の写真は正面がほとんど。 本は平面。 人体は立体。 これからは色んな角度から観察しよう。

「10/7(日) 学生向け勉強会」の感想

講師は、盧先生より学びました。 私は現在、鍼灸学校の2年生です。 日々、書物を目にしたり妄想を繰り返したりする日々を過ごしておりますが、 「自分なら、○○なのかな~」とシュミレーションをしたりもします。 それが1年生とは違うところと感じています。 書物などを読み進める上で再確認できたのが、”帰納”と”演繹”。 【帰納】 個々の事例の観察より、これを含む一般命題を確立する事。 一つの症例より他の患者の症例も、このケースであろうとする。 【演繹】 1つまたはそれ以上の命題より、論理法則に基づいて結論を導出する思考の手続。 学術論議を症例を元に構築していき、結論を推定する。 本日学んだ事の一つで重要な事だと感じています。 歴代医家たちのカルテの集積が、症例集であって絶対的な答えではないのだろうと思えます。 学術的に議論の構築を進めることも重要に思いますし、 現実の臨床を繰り返すことと、歴代医家たちのカルテの集積とを見比べることも 精度を高める為に必要な事なのかと思います。 今年のノーベル賞受賞者の本庶佑博士は、記者の質問に 「・・・教科書に書いてあること、文字になっていることを信じない、疑いを持つこと」 と答え、有名な論文雑誌も疑う対象の例外ではないと強調されています。 「自分の目で物を見る、そして納得する。そこまで諦めない」 とも答えらています。 考えていた事と学んだ事がリンクする機会が多かったように自分では思いました。 座学をし、二礼二拍手の効果を実感し、病床にて臨床実技をし、、、 時間のある限り、幅のある講義を試そうされていた様に思います。 お疲れ様でした。次回も楽しみにしています。 最後になりましたが、機会を頂いた院長にお礼申し上げます。 平成30年 秋 稲垣 英伸

私の相方は何なのか

陰陽とはどういったものなのだろうか? 陰は月、陽は太陽  陰は水、陽は火というイメージが 自分の中にある。 世の中の一切の物事には陰と陽で振り分けられていて、 お互いを助け合い、依存し、制約しあっていて、片方の 存在が消えれば、一方も存在しなくなるようだ。 では、もし私が陽であると仮定すると、相方の陰は 何になるのだろうか? 家族?友人?恋人?それとも人間とは全然関係のない ものなのだろうか。 僕が生まれてこなかったと仮定してみる。 僕がこの世に存在していなければ、私の妹達には兄がいなかった。家族や、友人、恋人の記憶にも存在しない。 小学生の時クラブチームで決勝ゴールをあげたあのゴールも存在しない。 友人と他愛もない話で笑い合った日常も存在しない。 今書いてる文書も存在しない。 未来に作り上げる物も子供も存在しない。 その先続く子孫もその歴史もない。 あげればキリがないほど消えていく。 私の相方は私の歩んできた道なのかもしれない。 私の全ての道とそれを作り上げてくれた一切の物事に感謝と敬意を表します。 PS.写真は私の地元の丹波篠山の朝日です。

大宇陀町。

店先のワゴンで販売されている処分品をよく目にします。 商店街を歩いていると、目に飛び込んで来たのは、 古本屋のワゴンの中に居た『大宇陀町史(資料編 第3巻)』。 こういった書物は、町役場や図書館などでめにする事はあっても、市中では珍しいのではないでしょうか。 思わず買ってしまいました。 鍼灸学生時代の探索の一つに、奈良県の宇陀市にある薬草園に行った事がありました。 ここには、日本最古の薬草園である『森野旧薬園』や 藤沢薬品工業(現アステラル製薬)の創業者:細川友吉の生家であり、 現在は資料館としての『薬の館』などがあります。 この地の薬草に関しての ”地の利” が大変興味深いです。 以前に探索した際に撮影した画像をご紹介します。 別の機会に各所を個別にご紹介できたらと思います。 【参考文献】 『大宇陀町史 資料篇 第三巻 近代』臨川書店

良かった感覚

面白い体験が出来た。   できる限り沈んだ感覚で相手を感じれた。   その時は問診で特に何も聞いてなかったのですが、患部側の反応が大きかったので感じる事が出来た。   一連の流れから明らかにおかしくなってる箇所があって、そこで自分の気が当たるとバチバチバチ!となる。   イメージ的には   ーーーーーーーーー物質ーーーーーーーーーーーーーー   この何かが流れを止めていて、その箇所に症状が出ていたイメージ。   良い状態で入れたので、自分と相手の境界線がなく、相手の事が自分の事の様に感じれた。   その時の自分の心の状態のイメージはどんよりした暗さではなく、澄んだ暗さのイメージだった。     どこかの鍼灸師さんの話で男性でも女性の生理痛がわかるって話を聞いた事があるけど、あの感覚なんだろうか。   こう言ったことをもっと探って理論化して治療に役立てていく様にしたい。

気について

東洋医学を学んでいると、気についての話が常に出てきて、ずっと私を悩ませているものの一つです。 最近手に取った「積聚治療」という書籍を読んで、少し頭の中が整理されたような気がします。 気は宇宙を構成する要素であることは、古代中国での文献にすでに表現されている。 最新の物理学において、世の中の物質の最小単位は素粒子(クオーク)から成り立っているとも聞きます。 呼び方が違うだけであって、この素粒子は東洋的に言えば「気」であることになります。 結局のところ、世の中、全宇宙は全て解体してみると気というものでしかないということになります。 気にも「見える気」と「見えない気」があるようです。 「見える気」について、この書籍には身体の構造を例に挙げて、8層に分けて分類しています。 ①骨 8層の中で一番硬く、深層にあるもの ②筋 骨より柔軟性に富んだ状態であり、骨よりも浅い ③肌肉 筋肉や腱、靭帯よりも一層柔らかい ④血脈 血液やリンパ液などを示して流動性がある ⑤皮毛 固形性の気の中で最も消耗しやすい ⑥汗 血が変化したもので、私にもまだ見える気の状態 ⑦熱気 身体から発散するもの、人体の変化した状態そのもの。熱気は液体から気体の状態になって身体から発散する気のさま。目には見えないですが、感知できるレベル ⑧オーラなど 人体の最も外側の気らしいですが、私には見えませんし感知不能です 身体には深さに応じて異なる気の層があることになるが、これらの質に根本的な違いはなく、ただその密度が異なるだけである。身体は気の重層構造になっているととらえ、表面に近く浅いところほど気の密度が低く、深いところほど気の密度が高いと表現できる。 積聚治療 気を動かし冷えを取る 小林詔司 より 学びとしては、「見える気」という考え方が新鮮でした。