喫茶店
最近の出来事。
時々行く近所のカフェに入ろうとしたら生憎の定休日だった。
そのまま帰っても良かったんだけど、普段あまり通らない場所に目を傾けてみると昔ながらの喫茶店を発見。
入ってみるとお客さんと談笑中の店員のおばあさんが愛想よく出迎えてくれた。
飲み物を準備し、自分に出し終えると再び楽しそうに談笑再開。
良い雰囲気で喋っているので、どんな会話をしているのか耳を傾けてみた。
A「私、炊飯器に直接にカレーを入れて炊き上げるねん」
B「え、そうなん?」
まあ普通の会話。
でもとても楽しそう。
そこに今の自分に必要な要素が詰まっている様な気がしました。
上ル・下ル(01)
四方八方ありますが、
東洋医学に関して言えば、”上下” の問題をよく目にします。
上がってはいけないものが上がったり、
下げる力が弱くて下がらなかったり。
亢害承制
「肺氣の清粛下降機能は、肝木が昇発しすぎるのを防止し制御して、全身の協調と安定を保っている」
と、『中医病因病機学』においては、このバランスを保っている法則を”亢害承制”と呼んでいます。
【病理】
〇金不制木
肺金の粛降機能が失調し、肝火相火が制御できずに上昇してしまう。
〇木火刑金
肝氣不疏により気鬱が火に変化し、肺金を犯す。
【参考文献】
『中医病因病機学』東洋学術出版社
朗読、会話
朗読
最近人に合わせるって難しいなと痛感しています。
合わせにいったらより合わなくなる感じがします。
正直どうしようかと悩み中なのですが、何かしらやっていかないと変わらないので色々試していっています。
最近試し始めた事が人の朗読しているところの真似です。
心から入れれば一番いいのでしょうけど、できていないのでまずは形から入ろうと思ってYouTubeなどで人が行なっている朗読を真似してみています。
人との会話中に全く同じ事をしていたら違和感が生まれそうですが、相手と同じ事をする必要があるので少しは相手の理解に繋がる気がします。
また、長い文章になると腹から声が出ていないと読みきる事ができないので伝わりやすい声を出さなければいけなかったり、瞬発的に言葉を出す訓練にもなります。
会話
ストレスなく一緒に過ごせる人は波長が合って自然に過ごせる。
家族でも体調不良を起こすと様子が違ってくるので違和感から色々察知しやすいと言った話をよく聞く。
違和感を察知できるのは、同じ空気感をもった人の違和感だと思う。
鍼灸院には若者からお年寄りまで幅広い年齢の方が来るし、色んな個性を持っている。
そういった相手を理解しようと思えば尊重しなければ話は始まらない。
綺麗なものばかりに囲まれているとそう言った人にしか対応できなくなるし、逆もそうなる。
本当に会話上手な人は違和感を感じない。
きっと一致してるんだと思う。
ネガティブなもの
会話の中でネガティブなものが出てくるとそれに同意してはいけない。
もっていかれる。
ただ真っ向から否定するとそれもまた問題なので違和感を感じさせずにかわす必要がある。
身を削る
3年生前期の最後は、様々な鍼灸法の実技がありました。
色んな先生が単発の実技授業をしてくださるので今日の先生はどんなふうに身体を診て施術するのかなぁと興味深々でした。
学校の実技で「圧痛を探しなさい」と
言われたか、言われなかったか…あまり記憶はないけど、切経で圧痛を探す先生が多いなぁという印象でした。
この間までは皆がそうしてるから、私も前に倣え状態でした。
患者役になってわかってくるのは、
少腹を押圧したら痛くてたまらんのに、
徒手検査みたいに、痛みを再現するのは
なんだか気分が良くないものです。
お腹や背中を人に向けるということは、
自分の一番守らないといけない大事な所。
動物なら服従の姿勢です。
この経穴は○○に効く
○○穴はお灸すると良い
特定の症状=○○穴
と特効穴で配穴を教えてくれる先生もいらっしゃいました。
しかし、素体を無視して施術した結果、
しんどくなった人もちらほらいました。
私も逆上せた後、咽頭部が腫れて、
このまま放置したらヤバいな…
というところまできました。
「こういう時こそ鍼で治すといいですよ!」
と下野先生に背中を押されて
あれこれ調べて鍼で治療してみました。
身を削った結果、得るものも多く
良い経験になりました。
人の体をしっかり診ずして、根拠が明確ではなく方法論だけが一人歩きすると怖いなぁ…ということ。
鍼は良い風にも悪い風にも効くんだから、
素体を鑑みず、人の体を診る方法も知らず、
リスクを知らないまま施術することへの恐ろしさを感じます。
先日、下野先生に臨床論を勉強するにはどの本はどれがいいか聞いてみました。
この病気にはこの経穴といったふうに答えが載っている本と、載っていない本。
「経穴が載っていると考えが固定されてしまうから、経穴が無い方が自分で考えられますよ」
と下野先生。
型にはまることへの安心感。
型にはまることで見えなくなるもの。
今の私は、答えがない方が面白いと思いました。
遠回りなのかもしれないけれど、
創造力を掻き立てられます。
いずれまた型にはまることもあると思います。
それはそれで、また新たな気づきのきっかけになるのかな。
自習
温病学の本を読んだせいか、漢方薬の方の勉強にシフトしています。
その時に気になる興味があるものから学ぶ方が効率的でもあるので、やりたい勉強をすることにします。
必然的に病機、病態、治法の学びにもなるので鍼灸にも役立つかと。
とりあえずメルカリで本を集めてます。
でもなかなか欲しい本が売ってないです。
視点・公孫・合谷
主語
自分の課題を解決するために主語を置き変えて視点も変えてみようと思う。
意識を変えてみたら実践中なのですが対人でも変化がありました。
打撲から奔豚
今朝起きたてに上がってくる感じ・落ち着かない感じがした。
奔豚だと思います。
昨日の実技の授業の時もそうでしたが、右の神門が触られると嫌な感じでした。
脈は全体的に強くなっている。
体を色々探ってみた。
すると右の公孫がべコーンと凹んで奥に何かいる感じでした。
何故こんな事になったのか考えていると日曜の夜にフットサルで右足の公孫あたりを軽く打撲していました。
衝脈との関わりでこの症状を起こしているかなと思ってその方向に打ってみました。
その後の神門の変化・公孫の形状変化・排便の変化・奔豚の変化・周辺の血管の様子など勉強になりました。
灸実技
学校では灸の授業でやたらと合谷を使います。
これをされた後の座学の授業の様子を見ると結構な人数がボーっとしています。
原穴的には大腸経ですが空間的に太衝と結びつけても氣滯の弁証にも使えると思います。
腎の納気について
はじめまして。鍼灸学生の白石といいます。
五臓の生理の基礎について学びなおす中で、
初学者向けに書かれた書籍を読んでも理解が難しいというか、
しっくりこない部分があって、
今回はその中のひとつをテーマに選びました。呼吸について。
五臓では肺がその生理機能として「気を主り、呼吸を司る」とされています。
肺は「呼吸の気を主り、一身の気を主り」ます。
この点は、肺はメインの運動器官であり、気体交換の場にあたるということで
馴染みやすいです。
(一身の気の部分については割愛)
そして呼吸に関して、腎は「納気を主る」とされています。その意味は、
肺の吸入した気を節納して、呼吸を調節する機能をもつことを指します。
学校の授業では、この肺と腎の働きを並べて
「肺は呼気を主り、腎は吸気を主る」とだけ習いました。
言葉として理解はできても、府に落ちない感じが残っていました。
この点について、今回理解の助けとなる説明を得ました。以下の内容です。
「肺は気の主であり、腎は気の根である。肺は出気を受け持ち、腎は納気を受け持つ。」
「つまり呼吸とは、肺と腎が共同してしている仕事であってそうして、
呼吸は浅くはならず一定の深さを保つ。」
「納気という機能は腎の封蔵という性質が呼吸運動の中に現れたもの。」 以上
腎が気を納めるのに対して、肺は実動を担当する臓器というニュアンスから、
肺は呼気を腎は吸気を主る、という言葉が用いられたのだろうと解釈しました。
今後につなげたいと思います。
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【参考文献】
『基礎中医学』神戸中医学研究会
『中医学ってなんだろう』東洋学術出版社
胖嫰舌の表裏から考察します。
舌質・舌苔
淡白舌・嫰・胖大・歯痕・点刺
薄白苔が全体的にありますが、
舌根には白膩があるようにみえます。
舌裏
舌下静脈に怒張・蛇行はみられずに
ぼんやりとしています。
外側には暗いところがみられます。
舌面の中央が凹んでいるのが特徴的と思いました。
胖嫰舌のうえに、舌を出すのに力がない為に
凹んでいるのだろうと考えています。
口の開け方にも力強さを感じません。
舌に赤みが少なく、
全身に栄養が行き届いているのか?と心配されます。
舌裏に暗いところがあり、滞りも感じます。
全体的にのっぺりしておりしているのが印象的で
気・血ともに、か細く感じております。
仮説として
裏に虚があり血の停滞がおこり、その表現として舌裏に
血の滞りがあらわれているように思います。
そこが原因となって水分が均等に末端まで届かずに
舌全体に溢れているのでは?と考えます。
原因は同じくして気の停滞もおこり、
力強さを得ることが出来ていないと考えます。
この湿が下焦に累積されていかないかと危惧されます。
舌のみで、想定を考えてみました。
今後も考察を深めたいと思います。
処置後のからだで
切経で、腰部の経穴に
置鍼後にはその穴の部位を中心に
揺らぐように広がるものがあった。
(処置の前にそこに特に拾えるものが無かった)
処置後の患者は体の力が程よく抜けて
安心しているように見えた。
穴性について考察する起点にしたい。
【悩み】僕と各種勉強会との関係について
僕は今年の春頃から、ちょこちょこと、鍼灸関係の勉強会に参加させていただいているが、
学生・東洋医学を学ぶ者の為のプロジェクトを設置。
本当に必要な事とはなにか。
https://toyoken.org/141/
において、林先生曰く、
前略
これからも勉強会や企画を
展開していきますが、
参加して頂いても、
なかなか単発でその場では
触発されて気持ちが盛り上がる
ものの、
結局、それが日常にはならないといった問題が
発生します。
これが根本問題だと思います。
後略
まさに今の僕がそうで、今の学校の課題と家庭生活に忙殺されるあまり、勉強会に参加しても消化不良・便秘をおこしてアウトプットができない状態。
また、東洋医学・中医学の理解があやふやなまま、勉強会にいっても「面白かった・楽しかった」で終わりがち。
身についてない。血肉になってない。
わかっていても……
さらに、一鍼堂の勉強会のことは書けても、他所様の勉強会のことを書くのはかなり気が引ける。
感想・まとめを書く、自分なりの「型」「フレームワーク」がいるなと感じてる。
このままだと、東洋医学を「ファッション」でやってしまいそう。
さて、どうしたものか。
もう少し足掻いてみる。















