私の相方は何なのか
陰陽とはどういったものなのだろうか?
陰は月、陽は太陽 陰は水、陽は火というイメージが
自分の中にある。
世の中の一切の物事には陰と陽で振り分けられていて、
お互いを助け合い、依存し、制約しあっていて、片方の
存在が消えれば、一方も存在しなくなるようだ。
では、もし私が陽であると仮定すると、相方の陰は
何になるのだろうか?
家族?友人?恋人?それとも人間とは全然関係のない
ものなのだろうか。
僕が生まれてこなかったと仮定してみる。
僕がこの世に存在していなければ、私の妹達には兄がいなかった。家族や、友人、恋人の記憶にも存在しない。
小学生の時クラブチームで決勝ゴールをあげたあのゴールも存在しない。
友人と他愛もない話で笑い合った日常も存在しない。
今書いてる文書も存在しない。
未来に作り上げる物も子供も存在しない。
その先続く子孫もその歴史もない。
あげればキリがないほど消えていく。
私の相方は私の歩んできた道なのかもしれない。
私の全ての道とそれを作り上げてくれた一切の物事に感謝と敬意を表します。
PS.写真は私の地元の丹波篠山の朝日です。
積聚
ようやく酷暑の時期が過ぎ、少し秋の気配が感じられてやれやれです。今まで外気の暑さを避け、内にばかり閉じこもりがちだったので、これから少しずつ外への活動の機会を増やそうと思っているところです。
そんな中、新たな本を手に取りました。
読んでいて気になったところを抜粋して、自分の学びに繋げたいと思います。
以下 積聚治療 気を動かし冷えを取る 小林詔司 より
難経55難にいわく
病には積と聚とあるが、どのようにこれを区別したらよいか。
積は陰の気である。聚は陽の気である。
だから陰は沈んで伏し、陽は浮いて動く。
気の積むところを積と言い、気の聚まるところを聚という。
だから積は五臓の生じるところであり、聚は六腑の成るところである。
積は陰の気であるから、その始まりは場所がはっきりしていて、その痛み(病)はその場所にある。また上下、左右の境界も明確である。
聚は陽の気であるから、その始まりには場所がはっきりせず、上下の境もはっきりしない。痛みがあってもその場所が移動するから聚という。
以上をまとめると
①腹部の病を、積と聚の2種類に分けている。
②積聚は、いずれも気である。
③気に陰陽があり、積を陰の気、聚を陽の気とする。
④そのため、積は固定的なもので判断しやすく、聚は移動性のもので判断しにくい。
この気の概念と陰陽観という2点を前提にすることで、腹部のあらゆる症状を網羅することになり、さらには肉体のあらゆる症状が腹部に投影されているとすることができる。つまり、腹部症状を積と聚という言葉で統一しているのである。
言葉の上では聚と積の2種類であるが、現象としては連続した気のあり方ということができる。
積聚治療との本当の特徴は、病症に具体的に現れた人体の現象そのものを気の集合体ととらえ、その視点で治療をしていくというその考え方にある。その前提として、気と陰陽の概念を、時間をかけてじっくり理解しなければならない。
積聚治療とは
◉すべての病症を気の概念で把握する
◉病とは気の偏りや滞りとみなし、その究極の原因を冷えとして把握する
◉治療とは人体の気を動かすことである
まだ導入部分しか読んでませんが、この本は気の概念についての勉強になりそうです。
色々メモ
手がビリビリ
人の身体を触らせてもらって感じることのある手のビリビリって感じは何なんだろう。
この感覚を探っていく必要がありそう。
治療後のベット
治療後のベットって何か残っているのかな。
人によってだけども、イメージとして何か薄黒く?モヤっとしたものが残っている気がする。
考え事
胸の部分がずっと気になっている。
神は働きすぎると疲れる。
自分の身体でも、思考すると気が上がる。
考えすぎ、思考しすぎると動悸がする。
一時的に落ち着けるだけなら桂枝加竜骨牡蛎湯(竜骨・牡蛎)を使えば思考の暴走、動悸は治る。
心の暴走は宗気にも影響するためか息切れも起こる。
現代語訳 素問 霊蘭秘典論篇 P161
「心なる者は、君主の官なり。神明焉より出づ。…膻中なる者は、臣使の官、喜楽焉より出づ。」
調べていこうと思ったけどここはとりあえずここまでにします。
悪癖が出てる。
形
漢字はもともと意味があったはずなのに字義を知らないと形に拘ってしまう。
そうなってくるとあんまり意味がなさそうだなと思う。
意識
今までも意識していたけど、日常の意識を使いかたをもうちょっと変えてみよう。
自分がその時どうしたいと思ったか、何に魅かれたか、嫌だと思ったこと。
学校で勉強ばかりさせられると遠のいていきそうなところ。
一鍼堂で教わって大切だと思ったことのみ実践。
脈診(06)
引用:『中医診断学ノート』P30 ” 3、正常な脈象 ”
平脈
正常な脈象のことをいう。
脈位は浅くも深くもなく、
脈拍は速くも遅くもなく(一呼吸4〜5ーーー60〜90分)、
ゆったりとおだやかで、しかも力強い。
さらに、脈拍の律動が規則正しい。
有胃・有神・有根
正常な脈象(平脈)の特徴は
有胃・有神・有根の三つに表現される。
有胃
脈位は浅くも深くもなく、
脈拍は速くも遅くもなく、規律が正しい。
有神
ゆったりとしていて、しかも力強い。
有根
尺脈を沈取したとき十分に力強い。
そもそも平脈を臨床上で知り得るのはいつなのか?
主訴をもって来られた初診時ではないので、いつ?
”尺脈の沈取で力強い”とするのが、有根とあるが
邪によって強くなることもあるのでは?
人の個性や今まで歩んできた歴史によっても異なり、
”正常な脈象”の把握って実は難しいように思う。
【参考文献】
『中医診断学ノート』東洋学術出版社
赤い宝石
先日、奈良でいちご狩りを堪能してきました。
私は奈良のブランドいちごの「あすかルビー」の大ファンです。
2年前から春になりオンシーズンになると、あるルートから毎週注文して「あすかルビー」を堪能していましたが、今年からは手に入れるルートがなくなってしまい残念に思っていました。
ところが今年は運良く現地に行く機会に恵まれて、思いっきり堪能できたのです。
もう何個食べたかわかりません(笑)
真っ赤な大きく膨らんだ苺は見るだけでテンションが上がって最高ですね。
赤い宝石と言われますが、全くその通りです。
そうそう、最後に勉強にも繋げないと。
薬膳 いちご
体に必要な水分を補充し、体の組織や器官を潤す働きがあります。食薬として滋陰類に分類されます。(※肝経・胃経・肺経の経絡に強く作用)
潤肺生津
肺に潤いを与え、体に不足した水分を増やす。
滋陰補血
体に必要な潤い(水分)や血液を養う。
清熱解毒
体にこもった熱を冷まして取り除くと同時に、毒素を体外に排出する。
利尿
体に滞った余分な水分を、尿として排泄する。
健脾和胃
脾を強くし、胃の調子を整える。
SATOYAMA 食薬図鑑
https://www.satoyama.bio/databook/fruits/strawberry/
確かにお腹いっぱいいちごを食べた後、身体が冷えて、しばらくしたら利尿効果が半端なくトイレばっかり行っていました。
今回は食べ放題だったので、必要以上に食べてしまったのが悪かったんだと思います。でも2時間ほどしたら、あんなにたくさん食べたのにかかわらず、お腹がペコペコになって胃がスッキリしていました。
ちなみに、ちょうどその日はWBCの日本vsメキシコの日で、隣のビニールハウスから「やったー!、日本逆転や! 勝った!!勝った!!」と1人のおじさんが叫ぶと、ビニールハウス中が一気に歓喜に包まれました。みんな苺を摘みながらも、日本の勝敗が気になって仕方なかったんですね。とってもよい思い出になりました。
足など
足
細かいことは書きませんが、これから足への理解を深めていきたいと思います。
自身の体の使い方と経穴の理解も深まる気がしています。
刺したとき
さっきの話とは別ですが、自分の足で実験で刺した時に何を感じるか。
もっと捉えれる様にしていきます。
先生
どの仕事でもそうですが、その中でも緊張が多い大変な仕事だと思う。
色んな事を考えなかればいけないし、責任が生じる。
同じ重圧を受けていても感じ方は人それぞれだと思いますが、この間みせて頂いた方にとっては負荷がかかるだろうなと感じました。
様々な不安も重なっているのかもしれない。
勢い
何かをする時、内容を伴わずに自分が作った勢いに乗ってどうにかしようとする。
今の自分にとっては特に気をつけなければいけない部分。
流れ
堰き止められた川が開放されるような感覚は初めてでした。
とてもシンプルなことなんだなぁ…
と治療を受けた後はいつも思うのに、本を読んでいる時は一言一句に目が止まって、中々前に進めない。
わざわざ自分でダムを作っているんだなと思う。
脈診で
患者さんの体を診せてもらい、
脈診で『やや数』として報告したところ、
「脈が細いからそう感じるかもしれないが速くはない」
と聞き、そのあとすぐ、実感を伴ってそれを知る。
処置後、テンポは同じで、脈幅が広がった。
指腹を通して受ける印象がガラリと変わる。
先程の言葉の意味をここで知る。
気血の流れを滞らせていた邪が動く様しむけた、
と説明を受けた。
こういう変化の仕方のときには、
調子が上向くことを予感させるものがある。
できるなら、明日や明後日の脈をみてみたい。
日々の発見
○ 格言
パニックを起こす私にも
ポンっと思い出せる先生の言葉があって、
その言葉は大抵10文字以内ぐらいです。
カルテに書き留めた走り書きやメモを読み直たり、
先生とお話しして突き刺さるシンプルな言葉。
今の支えとなり、課題であり、目標となっています。
◯ 波長が合う
ガードが堅い患者さんだ、とそれとなく聞いていました。
「先入観は置いときましょう」
と下野先生から言葉をいただき、どんなもんかなぁと
患者さんの世界感にお邪魔してきました。
中々言葉では表現できませんが、
自然と問診、切経ができる不思議な経験をしました。
これを波長が合うという事だそうです。
東洋医学の用語に関して
今月初旬より、寺子屋でお世話になっております。
初めて東洋医学の本を読ませて頂いておりますが、用語に関して、特有の世界観を感じました。
例えば、五臓におきまして、
西洋医学では具体的な臓器を意味しますが、東洋医学では機能を意味するということ。
(東洋医学において人体は神様であるため、解剖しないことが前提にあると教えて頂きました。)
五臓をはじめ、用語全般に広い意味合いを含んでいる印象を受けました。
つい、正確な意味を知りたくなりますが、
限定しすぎないからこそ他部位と関連性を持ち、全体を見る(森を見る)東洋医学の世界観に合うのかな、と感じました。
まだまだ、捉え方が曖昧ですが、浅くでも読み進めていこうと思います。
















