京都薬用植物園の麻黄
先日、武田薬品工業(株)京都薬用植物園の『初秋の研修会』に行ってまいりました。
東洋医学の理解の為に、漢方の勉強の一環です。
ガイドの案内で植物園を一周します。
管理する研究員の方々は展示に趣向を凝らしていました。
「麻黄は砂漠に生息しているので、砂漠を模したスペースを造園中です」との事。。
『中薬学』などで、麻黄の効能(辛温解表薬・・)などについて書物の中を散策する事はありましたが、その植物の生息環境を考える事はありませんでした。
その気づきを頂いただけでも行った甲斐はあったように思います。
実際には麻黄の種類も豊富で砂漠のみの生息ではないようですが、基本的には乾燥した地域に生息するようです。
”乾燥した地域に生息し、解表薬となる”
この自然環境が導き出した答えに、探求心が沸き起こります。
水の上限で潤いの必要な華蓋に対して、効能のある植物が乾燥した地域に生息し、成分を蓄える・・
私は中国で砂漠となると、思いつくのがタクラマカン砂漠でした。ゴビ砂漠もあり、砂漠は実際には複数存在します。
解表、皮毛、肺、砂漠・・西?、金の相生⇒水
『五行大義』
金居少陰之位。西方成物之所。物成則凝強。少陰則清冷。故金以強冷為體、従革為性。
現在は『五行大義』をよく読みますが、面白いルールが隠れていうように思えて仕方がありません。
【参考文献】
中薬学(東洋学術出版社)
方剤学(東洋学術出版社)
五行大義(明德出版社)
患者さんの立場
「患者さんの立場になったらどうするか」
一時、寺子屋で先生がお話しされていた言葉です。
夏の疲れからか、家族が体調を崩し、病院を探していました。
1日でも早い処置が必要だから、徒歩圏内のA病院に行ってきたら?
と伝えてその日は仕事に出ましたが、帰宅すると病院に行かなかった様子。
更に症状は悪化していました。
理由を聞いてみると、8年前に同じ症状でA病院にかかったが、先生の態度が酷かったから行かなかったとのこと。
A病院に行けば今頃楽になっていただろうに、先生のある一言がずっと忘れられず痛みを我慢していました。
痛みがある時は焦りや不安もあります。
不安な気持ちを更に煽るような先生の放った一言を聞いたら確かに腹が立つのもわかる気がします。
結果的に治りましたが、二度と敷居を跨ぎたくないのだそうです。
翌日から三連休。急な事で時間もないし、悪化の一途を辿るばかりで縋る思いで2.3件病院に電話をしました。
こういった緊急時、質問に対してスムーズに応対してくれる病院はありがたいものです。
「それは大変ですね。」といった同情の言葉は求めていなかったし、淡々と必要なことを教えてくれます。
受付に立つ時は、特に治療を終えた患者さんにはスムーズに院を後にして頂きたいと感じます。
「サービスではない」
と寺子屋やモデル患者さんを診させて頂いた後、私の口調を聞いて先生が仰りました。
色んな癖や弱点をご指摘いただきますが、一つ一つ克服していきます。
患者さんに対して、凛とした態度を取りながらも
重心
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2021/09/23 『重心』
先日自分の立ち姿を写真に撮ってもらった際、その腰の入っていない具合が、重心が下りていない様が、露骨に写し出されていた。脈診のときに指導された内容にも通じる。生活態度から諸々見直す必要あり。
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2021/09/24 「鍼治療を受けて」
初めのて治療をうけた時は(数年前)は見つけた反応に名前をつけようとしていた。たらだの表面をぞわぞわ動くそれを衛気の動きなのかと考えたり…
いまは、からだのうえに今回はどんなことが起きるのかを待っている間が貴重な時間で、予想とか期待とか、なくなってきた。
置鍼中のからだの動きは、何週か似た展開のこともあるが結局は、新しいものに切り替わる。
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2021/09/25 「先輩から」
具体的に書けませんが、忘備録として。
“それ”では単に経絡の操作になってしまうー
ありがとうございました。自分のやっていることに対する客観的な視点が少し補なわれた気がします。
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2021/09/26 「七情」
学生の頃から、そして今も疑問に思っている。そんな極めて強い作用でなくたって常に影響を受けているだろうと考える。5種(7種)の分類を、それで取りこぼすもの置いても優先するのにどんな背景があるのか。そして何より、感情とセットになっている信念との話抜きにして語れないのではないかという点。
いまの疑問を疑問としてー
水気凌心
水気凌心とは、水湿が氾濫して心臓に影響し、そのために心機能が減退して起こる。
(中医弁証学 /東洋医学術出版社 p234 より引用)
水気とは、体内に発生した異常な水液のこと。(「新装版」中医学入門/神戸中医学研究会 p13 より引用)
凌は押し伏せる。下に抑えるようにする。おおいかぶさるという意味。
今日教えていただいた言葉。忘れないように覚え書きです。
老子の第一章から想像
先日老子を読み終えました。
速読を意識したので二周目はじっくり読んでいきたいと思います。
第一章
道可道、非常道。名可名、非常名。
無名、天地之始。有名、萬物之母。
故常無欲以觀其妙、常有欲以觀其徼。
此兩者同出而異名。同謂之玄。玄之又玄、衆妙之門。
訓読文
道の道とす可きは、常の道に非ず。名の名とす可きは、常の名に非ず。
名無きは天地の始め、名有るは万物の母。
故に、常に欲無くして以て其の妙を観、常に欲有りて以て其の徼を観る。
此の両者は同じきより出でて而も名を異にす。
同じきを之を玄と謂う。玄の又た玄、衆妙の門。
・この文章から今の時点で感じている事
これが道だというものは常の道ではない。
道は万物の根元ではあるが、それを言葉で説明することは出来ないし、ましてや名付けることなど出来ない。
全ての事象は道から為るが、道を観ようとすれば無欲でなければいけない。
無欲のため観えるものは妙であり、奥深い。
有欲であれば徼しか観ることが出来ない。
妙とは「あまりにも奥深くて見ようとしても見えないこと」で、
徼とは「帰結や端」という意味とされます。
妙も徼も同じ玄から生まれるものではあるけれども観ているものが違う。
王弼は
「両者は始と母である。同出とは同じく玄から出ること。異名とは名付けられる場面が同じでないこと。首(はじめ)に在れば始といい、終にあれば母という」と注釈されています。
図解雑学 老子では
「「名有る」状態が「万物の母」だというのは、万物は名が与えられてはじめて万物と認識されるからで有る」
としました。
第四十二章では
「三生万物」という言葉がありますが、これは「天地間の陰陽の気が混ざり合って万物を生むということ」とされます。
つまり欲がある立場に立てば
徼という「天地間の陰陽の気が混ざり合って生まれた万物に名前がつけられた状態」しか観えないのではないでしょうか。
確かにそれは玄から生まれたものの一つではあるけども、端であって全てではないのかなと思います。
何事も無欲の立場で妙を観なければいけないのではないかと思いました。
道は奥深くて決してこれ!と捉えられる存在ではけれども、老子の様に無欲の立場に立てば感じることが出来るものなのではないのでしょうか。
道理という言葉は広辞苑では「物事のそうあるべきすじみち」とされますが、
道の理はどこまでも奥深いので、妙であり「玄の又た玄、衆妙の門」とされたのではないのかと思います。
臨床現場にまだ立っていませんが、きっとそういったことも必要なのではないか。と感じています。
参考資料
老子 岩波文庫 蜂屋邦夫著
図解雑学 老子 ナツメ社 蜂屋邦夫著
広辞苑 第七版 岩波書店
私と鍼灸
はじめまして 先月から学生として参加させていただくことになりました。
今後こちらのブログで何かしらの成長の記録が残せればいいなと思っています。
先ずは初めてなので簡単な自己紹介的な事を書きます。
鍼灸の資格を取得して8年になりますが、卒業後は鍼灸業界には就職せずに元々の職業だった薬剤師として今も薬局で働いています。
元々東洋医学への興味は漢方薬から入りました。漢方薬の勉強会でたまたま鍼灸のデモを拝見する機会があり、その鍼は身体に刺さないで行うものだったのですが、治療を進めるに従って身体の反応がみるみる変化していき、まるでその先生は魔法使いのようでした。
それを目の当たりにした私はかなりの衝撃でした。たった鍼一本でこんなにも早く、しかも刺さないで身体を良くすることができるなんて、しかも手技的には全く難しそうには見えなかったんです。
これなら私にも出来るのでは?と正直簡単に思ってしまったんです。
それが私の鍼灸との出会いで始まりでした。
つづく?
寺子屋で
3月23日(水)
患者さんの舌の観察をしました。
患者さんにお会いする前に、先生の許可を得てカルテを見せていただき、主訴から舌の状態を想像しました。
歩くと息が切れて疲れやすいということから、見た目は弱々しく舌色は淡白舌で舌体は痩せて小さい、
気虚のイメージで考えていました。
実際は、
全体的に絳紫色を帯びた地図舌、ところどころ凸凹と丘のような形状がみられ、舌下静脈の怒張あり。
細身ではありますが弱々しい感じは全くなく、はきはきしたキャリアウーマンという印象でした。
息切れして疲れやすい⇒気血が不足している⇒淡い舌色と思いこんでいましたが、
実際の色は紅が強く熱を帯びていた。
舌下静脈の怒張から瘀血があるため気血のめぐりが悪くなり、
それが息切れや疲れやすさの原因になっているのか。その瘀血はどこからきているのか?
地図舌や凸凹な形状は何を表しているのか?
次回、経過がわかればまた考察します。
食について
過食や、少食は万病の元だと考えます。
生き物は気、血、津液から構成されています。
この気、血、津液は食べ物から構成されています。
だから、食べ物は生き物が正常に生きていくには、正常に食べ物を摂取していかなくてはならないと考えます。
そして、食べ物を化成しているのは主に脾の役割です。
なので、脾の失調は万病の始まりとも言えるのではないでしょうか?
少食になると、脾で食べ物を水穀の精に変えることが出来なくて、気血津液を化成することが出来なくなり
臓腑機能の失調や、気虚、血虚など、虚症が顕著になるのではないでしょうか。
たしかにお腹が減っている時は頭がボーってしたり、体に力が入らない時が多々あります。
しかし、少食は食べたいけど食べ物がないから食べない時と
食べ物を食べてないけど、お腹が減らないという2種類があると思います。
前者よりも後者が問題だと考えます。
食べてないのにお腹が減らないということは生理的な現象に反します。
これにはどのような原因があるのでしょうか?
やはり、一つに脾の機能失調があるのではないでしょうか?
逆に過食になると、脾胃が食べ物を精に化成できる容量を超え、食べ物が脾胃に溜まってしまう。
そうすると脾胃を傷つけててしまったり、食滞、食積が溜まって、痰に変化して、あらゆる場所に病を起こしてしまう。
これも食べても食べてもお腹が減ってしまうのは生理的に異常があると考えます。
食べても運化されずそのまま流されてしまったり、
身体に気、血が十分に行き渡らずにずーっと運化してしまって食欲が抑えられないなど、多々原因はあると思います。
食べ過ぎて太っている方や、少食で痩せすぎな方も、
意志が弱くてそうなってしまっていると考える方が多くいますが、
東洋医学的に考えると根性論ではなく、病の一つとして考えることもできます。
肺・大腸
9/26
大腸兪に1cm刺入するという授業があった。
そこまで刺すとやはりどうしても強刺激になりやすく、自身の体には負荷が大きい。
ただ良くなるだけが勉強ではないと思ったし、その時の変化を追うにはいい穴なんだろうなと思ったので状態を探ってみた。
まずはざっくり感じた変化は左半身。
左だけ2回刺入したという事もあるし、ビン!といった感覚を覚えたのも左だったからか左半身に反応が出る。
左扶突、天鼎あたりにスッと清涼感がきて自汗があった。
仕事終わり院でバイトだったので、到着して汗が引いたくらいのタイミングで左右触ってみるが左のみ汗が引きにくい。
左膝がバキ!と音がなったがあれが何を指すのかはまだ分からない。
原穴を探ってみると合谷が冷えて左の方が発汗が強い。
また大腸経を一連の流れで広く探ると合谷あたりに出やすいが、そこに限った話でもないんだなと感じた。
力のない咳が数回でるといった症状もあった。
表裏関係にある肺にきたのかと思って太淵を探ると同じような感じでした。
また、気虚症状も伴い、倦怠感も発生。
精神変化としては、憂が近い感じがする。
とりあえずフ〜といった感じで、少なくともいつもに比べて元気な精神!って感じではない。
じゃあ帰宅して自身に鍼でカバーと行きたいところだけれども、その技術もないし明日治療して頂ける日なのでそこは触らなかった。
ただこういった時は冬虫夏草と黄耆を使えばある程度良くなる事は患者さんで経験した事があるので、
自宅にある冬虫夏草と黄耆建中湯(メーカーの考え?で膠飴の入っていないもの)を使うと幾分かマシになりました。
9/27
大腸の反応が昨日より広がっている気がする。
朝から泄瀉で少し口渇がある。
大腸の穴埋めをしないといけないな。
右足の上巨虚にひんやり感があるのだけど使えるんだろうか。
生薬では止瀉薬である山薬や肉荳蔲を使うシーンな気がする。
















