中国の思想(08)
老子
六十三章 聖人は大をなさず
為無為、事無事、味無味。
大小多少、報怨以徳。
図難於其易、為大於其細。
天下難事必作於易、天下大事必作於細。
是以聖人終不為大。
故能成其大。
夫軽諾必寡信、多易必多難。
是以聖人猶難之。
故終無難矣。
無為をなし、無事を事とし、無味を味わう。
小を大とし少を多とし、怨みに報ゆるに徳をもってす。
難きをその易きに図り、大をその細になす。
天下の難事は必ず易きより作り、天下の大事は必ず細より作る。
ここをもって聖人はついに大をなさず。
故によくその大を成す。
それ軽諾は必ず信寡く、易きこと多ければ必ず難きこと多し。
ここをもって聖人すらなおこれを難しとす。
故についに難きことなし。
(引用:『中国の思想[Ⅳ]老子・列子』P101~103)
” 怨みに報ゆるに徳をもってす。”
解説の中には「大戦後の蒋介石による対日政策の基調をこの言葉に置いたのを
民族の総意の表現だったと見られる。」とある。
中国大陸に残留孤児が多かったのを
民族性と連ねる説を読んだことがあり、符合するように思います。
その地域性を感じる事ができたようで、面白く思いました。
そして日々の生活の中で
決して偉そうにしない”立場ある人”と出会う度に、
丁寧に一つ一つを対応される姿をみて感心することがあります。
この延長線上に大事ができるのだろうな、、と思います。
先ずは、小さな事をおろそかにしないように心がけたいと思います。
【参考文献】
『中国の思想[Ⅵ]老子・列子』徳間書店
ある患者の所見から
ある患者の所見から──
気虚がベースにあり年齢的にも腎精の減退は必至。
心火の過度の亢進の元に
心腎の不交が患部の症状を引き起こしている主因と想定していた。
治療中に鬱熱が発散される様が見られる等の所見が
当初こそ見られたものの最近ではそうした著しい変化が追えない。
本格的な寒気到来に合わせ体調は悪化。
寒邪を感受、裏に入り
程度のきつい手足厥冷と浮腫は定着気味。
以前にも増して処置後の変化を追うことが容易じゃなくなってきた。
最初の検討のまま只今寒症の所見が表に強く現れていると考えるべきか。
秋口には隠れていた本態が上下で現れていると捉えるべきか。
そんな時期に手の冷えが緩和が確認される日があった。
胃の気を動かして後押しをすべく配穴に変更を加えて処置。
次回に繋げる。
最近わかってきたこと。
毎週、先生方々から治療を受けるのですが、
どういう手順で治療を行っていくのかが少しずつわかってきました。
脈や舌、腹を見て人の状態を知り、そしてその人の身体の状態を理解する。
そして、弁証を立てる。しかし、弁証を立てるだけでは終わらない。
その病機の原因を探す。
表面上の治療で終わらせてはいけない。根本的な原因を見つける。
ここが肝であり、難しいところ。
これは下野先生がよくおっしゃってくださります。
これができるかできないかで治療のレベルが大きく。変わるような気がします。
林先生が言う「美しく治す」の一つの要素だと思います。
この病機の真意を理解するのは、合理、論理力と直感力の賜であるような気がします。
本に書いてある机上論だけでは培われない。
臨床の技術だけでは培われない。
直感だけでは、確信することができない。
これら全てが培われて、臨床で発揮できる感じがします。
まだまだひよっこですが、今のうちから意識し、臨床に立って本当の治療ができるよう励みます。
中国の思想(03)
老子
四十七章 知を外に求めるな
不出戸、知天下、不闚牖、見天道。
其出弥遠、其知弥少。
是以聖人不行而知、不見而名、不為而成。
戸より出ず、天下を知り、窓よりうかがわず、天道をみる。
その出ずる事ますます遠く、その知るはますます少なし。
これをもって聖人は行かずして知り、見ずしてあきらかにし、なさずして成す。
「道」を体得したなら、外に出ずとも、おのずと天下の動静が判り、
外を見ずとも、おのずと天体の運行が判る。
ところが、知識を外に求めて、駆けずり廻れば廻るほど、
ますます知識はあやふやになる。
だから、「道」を体得した聖人は、外物に頼らずに物事を理解し、
感覚に訴えずに物事を識別し、知ろうと努めず無為を守って知のはたらきを完全にする。
(引用:『中国の思想[Ⅳ]老子・列子』P84)
【参考文献】
『中国の思想[Ⅵ]老子・列子』徳間書店
舞台など
舞台
主役をどこに置くか。
そこが以前からずっと課題として残っている。
受付でもこのシーンはこの人にやってもらった方がいいかな?と考えたりもするが黒子になる意識が薄い。
これはチームで行っている事。
受付時、一緒に働いている方々にやって頂いている事を思い返す。
上手い人達はサラッとして作意がないが、落としたところを助けて頂いている。
そうなる為にまずは太極的に、先の動きも考える。
感じられるところまでいければいいが、まずは考えてみる。
考えた上で考える事が違っていれば考えを捨てる。
自分の場合、内省して答えを出すというより、他からヒントをもらって練度を上げていきたい。
外を見る目を養う為にも意識を変えなきゃいけないな。
やり方は色々試していきます。
舌の考察①
色:淡紅
形:軽く歯痕舌、軽く胖大
その他:斜舌
裏は出すのに苦労している様子も窺える。
正気が無くて出せないというより、緊張して舌を操作出来ていない印象。
口の開け方、舌下静脈は偏る
脾気虚。
口の開け方や斜舌など偏りを感じる。
気の偏りがあるかもしれない。
また、舌下を見せるのに歯が見えるまで出すところに真面目で気逆を起こしやすい要素があると思われる。
舌の考察②
前回よりも舌下静脈付近の細絡が目立つ。
これも瘀血の症候としてみれそうか。
以前として強い歯痕舌が見られ、気虚の程度が強い。
考察③
暗紅色、裏に熱がこもり、瘀血。
自身の体なので他の情報と一致させられるが、舌先右の赤みは右の上焦の停滞と一致させられるかもしれない。
生理物質の色
初めまして、高山将一と言います。
血にはなぜ色が存在するのだろうか。
血というのは脾で水穀、営気、津液から生成されたものであるが
脾で作られた後、心が全身に送ると共に、なぜか心は血に赤色を与えるのである。
なぜ心は血を赤色に染めたのだろうか。
なにか利点があって色をつけたのだろうか。
私の知る生理物質には、他に気や津液、精、神があるがこれらには、色があるのだろうか。
僕が建てた仮説は、これが血であったり、気であったり、津液だよっていうのを全身の組織にわかりやすく受け止めてもらうために
色をつけてるのではないのではと考えた。
津液は涙や、汗、鼻水と考えられているがこれらはそれといった色がなく無色透明である。
でも風邪になると鼻水が黄色くなったりする、これは私たちに今風邪だよっていうのを知らせてくれているのかもしれない
だから血にも何かしらの理由があって色をつけているのだと思う。
今の私には気というものは見えないが、もしかしたら気にも色がついているのかもしれない。
イメージ的に気の色は黄金であって欲しい、もしかしたら人によって色が違うかもしれませんね。
もしくは、気には6個の作用ががあるのでそれぞれの作用によって色分けされているかもしれません。
そうなると気が見えるという人たちには人間がレインボーに見えてちょっとおしゃれに見えているかもです。
私が気というもを見える様になったらまた報告したいと思います。
楽しい!
寺子屋メンバーで勉強会をしながら、
それぞれの経験を集めて
あーでもない、こーでもないと話し合い
感じた事を共有する濃密な時間。
とても幸せな時間だと思う。
ひとつ得たヒントから自分の迷いが払拭された時、
急に世界が広がることがって
楽しい!と思えることが更なる原動力になる。
自分になかった身体の使い方、
今日得たものを何万回も繰返し、
身体を作っていくこと。
そして楽しい!と思えることが増えるように
どんどん深みにハマっていけばいい。
東洋医学探訪(02)
鍼灸学生の授業の一環で解剖実習があります。
東洋医学を学ぶ者として
『太古の医家達も、間違いなく解剖実習で学んでいるだろうな』
と考えておりました。
京都で医学史の1ページに触れてまいりました。
山脇東洋觀臓之地
ーーーーーーーー碑文ーーーーーーーーー
近代医学のあけぼの 観臓の記念に
1754年 宝暦4年閏2月7日に
山脇東洋(名は尚徳 1705~1762)は所司代の官許をえて
この地で日本最初の人体解屍観臓をおこなった。
江戸の杉田玄白らの観臓に先立つこと17年前であった。
この記録は5年後に『藏志』としてまとめられた。
これが実証的な化学精神を医学にとり入れた成果のはじめで
日本の近代医学がこれから
めばえるきっかけとなった東洋の この一業をたたえるとともに
観臓された屈嘉の霊をなぐさめるため
ここに碑をたてて記念とする。
1976年3月7日
日本医師会
日本医史学会
日本解剖学会
京都府医師会
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六角獄舎跡は二条城の南の因幡町にあります。
跡地は集合住宅であり、石碑のみの設置でした。
頭痛と舌の記録
少し前になりますが、頭痛が一週間ほど続いた後、38度発熱しました。
PCR検査を受けたところ陰性で、胃腸炎と診断を受けました。
頭痛は日を追うことに痛みが悪化し、拍動性と動作時痛みが側頭部から後頭部にかけてあり、片頭痛とばかり思っていましたが、激しい痛みで立てなくなった後、発熱しました。
頭痛が起きる数日前は急に気温が下がり風がとても強かったです。
下肢に熱を持ち転筋、易怒、焦燥感、耳鳴り、更に光が眩しく感じられるようになり、発熱と共に目が抉られるように痛み立てなくなりました。
肝火からくる頭痛と考えました。
それと共に悪心、食欲不振、便秘、歩くと身体の中が痛いという症状も現れました。
肝気が鬱結して疏泄失調を起こしていた時に、脂っこい物を食べて肝胃不和の状態を起こしていました。
当時は何が起きていたか全く考えられず、舌の写真を記録しました。
発熱と共に苔が一斉に広がり、黄膩苔、裂紋が長くなり舌体が紅く膨張しました。
舌の状態が刻々と変わることに驚きました。
















