学生・研究生によるブログ

学生・研究生による学びと発見のブログです。

葉桜

体表観察で②

前回書いた、体表観察で局所的にみられた冷えについて追記。 (若干の左右差はあれど)両方の足部 外側にみられたこと。 前腕では、三焦経 外関 支溝あたり。 体幹では、腋窩から肩甲骨下部にかけて。 これらはいづれも左右両側でみられた。 そもそも、両側に左右対称に表れた理由は? (左右対称に走行する経絡と関連づけて考えても良い点に当たるのか?) 以前、自転車の転倒で左手を怪我して、左肩関節の外転制限があった時 その時には冷感は左腕でだけでみられた。 ふたつのケースの差異は起因・起源のためと、とらえやすい。 一方で、腹診で腹部を観察する時には、今のところ 左右対称に表れる状態は少ない様に感じているが、 特に今回、体幹部で冷感として観察され所と腹部との距離は近い。 これから経験を積む中でどのようにして 集積されていって 今後どのように考える様になるのか。(現段階の記録として)

方剤学(02)

ニンニクを多めに食しました。 私自身の二便について変化がありましたので、備忘録として。 疲労回復や滋養強壮などをイメージするニンニクですが、主に作用する臓腑や経絡が『胃』や『大腸』との事で調べてみました。 『中医臨床のための中薬学』においては分類として”駆虫薬”の章に配置されております。   大蒜(蒜頭、葫) ニンニクは生薬名として、大蒜(たいさん)、蒜頭(さんとう)、葫(こ)等という。 〈性味〉 辛、温。小毒。 〈帰経〉 胃・大腸。 〈効能と応用〉 1:殺虫 鈎虫、蟯虫に対して用いる。 2:止痢 細菌性下痢に、単味を服用 3:止咳 肺結核(肺瘻)の咳嗽、百日咳(頓咳)などに用いる。 4:治瘧 瘧疾に用いる。 5:解毒消腫 皮膚化膿症の初期に用いる。 肺疾患や皮膚疾患にも応用があるところが、興味深く思います。 肺の”水の上源”、胃の”喜湿悪燥”など一定の水分量を共通にするところが気になるところです。 【参考文献】 『中医臨床のための中薬学』東洋学術出版社 『大漢和辭典』大修館書店 (葫:第九巻802頁) 『新版 東洋医学概論』医道の日本社

俯瞰

俯瞰 以前も先生からアドバイス頂き、出来ていなかったので院長に更に教えて頂いた。 ありがたい反面、申し訳ない。 言葉にしていただく以前に気づかないといけなかった。   今は動くといった形を使ってカバーしましたが、もっと俯瞰して遠くからでもわかる様にならないと。   先生方を見ると、会話しながらも周りの異変にすぐ気づく。   これもそういう事なんだろうなと思う。   ボランチの様になれる様に、その為にも冷静であるようにします。   舌の考察     先週と比べて舌の表面につく水分が減った。 そのまま湿が減ったと見るべきか。 ただ依然として胖大はあるので傾向としては同じか。 舌鑑弁正 P50 「微白滑苔舌。 図のように、中央が白っぽく光滑で、辺縁は淡紅色で津液がある。これは、脾胃に寒があり、心肝胆が虚しているのである。」 心胆気虚といったところか。 しかし胆虚だと物音にも敏感になるがどうなんだろう。 この感じだと違うかもしれないけど、こんな感じの事が書いていたとの事で記録として残す。   治療後の舌。 翌日の状態を考えると熱を溜め込んでいたのか。 それにしてもいつもに比べて色が薄めだ。 施術前の舌はどうだったんだろう。 このいつもと比べて色が薄い点が治療によって薄くなったか、治療前から薄かったかでも意味が変わってきそう。   参考資料 舌鑑弁正 訳釈                たにぐち書店 杉本雅子監訳 藤本蓮風訳釈  

食について

過食や、少食は万病の元だと考えます。 生き物は気、血、津液から構成されています。 この気、血、津液は食べ物から構成されています。 だから、食べ物は生き物が正常に生きていくには、正常に食べ物を摂取していかなくてはならないと考えます。 そして、食べ物を化成しているのは主に脾の役割です。 なので、脾の失調は万病の始まりとも言えるのではないでしょうか? 少食になると、脾で食べ物を水穀の精に変えることが出来なくて、気血津液を化成することが出来なくなり 臓腑機能の失調や、気虚、血虚など、虚症が顕著になるのではないでしょうか。 たしかにお腹が減っている時は頭がボーってしたり、体に力が入らない時が多々あります。 しかし、少食は食べたいけど食べ物がないから食べない時と 食べ物を食べてないけど、お腹が減らないという2種類があると思います。 前者よりも後者が問題だと考えます。 食べてないのにお腹が減らないということは生理的な現象に反します。 これにはどのような原因があるのでしょうか? やはり、一つに脾の機能失調があるのではないでしょうか? 逆に過食になると、脾胃が食べ物を精に化成できる容量を超え、食べ物が脾胃に溜まってしまう。 そうすると脾胃を傷つけててしまったり、食滞、食積が溜まって、痰に変化して、あらゆる場所に病を起こしてしまう。 これも食べても食べてもお腹が減ってしまうのは生理的に異常があると考えます。 食べても運化されずそのまま流されてしまったり、 身体に気、血が十分に行き渡らずにずーっと運化してしまって食欲が抑えられないなど、多々原因はあると思います。 食べ過ぎて太っている方や、少食で痩せすぎな方も、 意志が弱くてそうなってしまっていると考える方が多くいますが、 東洋医学的に考えると根性論ではなく、病の一つとして考えることもできます。

飽和

久しぶりに友達が家に遊びに来ることになりました。 なのでその準備をしなくてはと、部屋を片付け始めたところ、とんでもなく散らかっていることに気つかされました。 知ってはいましたが、よくもまぁこの10年ほどでモノがこんなに増えたものだと、片付けながらつくづく思いました。 増えすぎた服、カバン 増えすぎた靴 増えすぎた食器、調理器具 定期購読しているまだ封を開けていない雑誌の山 買い込み過ぎたインスタント食品 そして書籍 以前から断捨離しなければと思い続けていましたが、いざモノを捨てようとしても、まだ使えるし、また使うことがあるかもしれないと思い、結局捨てずにそのままになっていました。 でもとうとう家の収納に限界が来てしまっていたようです。 こころの切り替えをしなくてはいけません。 「部屋はその人の心の状態を表している」 とも聞いたことがあるので、本当に耳が痛いです。  

色は気の外見

ただいま難経の解説書を読んでいます。印象に残ったところをまとめてみました。 『難経鉄鑑』第一三難 顔面は「五臓の精華の府」である。 五臓はそれぞれ五行の色を具えている。 その色の変化は全て顔色に現れる。 顔面は正陽の場所であり、人身の上部にある。諸気は陽に属して上達するため顔面に集まる。 人身の気が外に現れたものを色と言う。 「色は気の外見」 気は陽に属し、動き回って一定の状態を保つことがないので顔色は良く変化する。 血は陰に属し、一定の状態を守る。 顔面の色が次々に変化していくのとは異なり、脈の場合は一定の決まりを述べることができる。このことが(難経)で脈の一定の部位を設けている理由である。 しかし、気の中にも血があり、血の中にも気があるため、気は色を主って脈を兼ね、血は脈を主って気を兼ねると考えるのが妥当である。 『難経鉄鑑』第一三難 たにぐち書店より引用 ーーーーー・ーーーーー・ーーーーー・ーーーーー・ーーーーー・ーーーーー・ーーーーー・ 読み返してみると、なるほど、納得な情報がいっぱいです。もっと望診を磨かなければと思いました。色と脈は連動しているんですね。  

腎虛

最近、腎虛の意味を再考中。 どうやら途中からそれが指す意味が変わっていそうだ。 それを知れたので、時々ある方剤の違和感が取れた。 現代風な視点からでは見えないものが見えてくる。 では、昔の腎虛を現代の解釈に合わせるとどの様に表現するのか。 課題です。

自習

新しい本に入りました。 今はこの本です。 今まで読んだことがなかった斬新な切り口で面白いです。 特に冒頭に書かれている六部定位の脈診の考え方に感心しました。 右手 肺→リンパ系 脾→消化吸収 腎陽→カテコールアミン 左手 心→アドレナリン系 肝→自律神経系 腎陰→コルチゾール系 ーー漢方治療の診断と実践 漢方水嶋塾講義録 三和書籍 よりーー 西洋医学での現象とリンクさせた考えはとても興味深いです。まだ読んでいる途中ですが、どうやら経方医学の著者の江部洋一郎先生の考えがベースのようです。 また宿題が増えそうです。  
庭園

『舌鑑弁正 訳釈』より紅舌を学ぶ。

こんにちは稲垣です。 『舌鑑弁正 訳釈』の”紅舌総論”より学びます。 ・・痩人多火、偏於実熱、医者拘於外貌、輒指為虛、 誤服温補、灼傷真陰、域誤服滋補 (名為滋陰降火、実則膩渋酸歛膠粘、実熱、引入陰分)、 漸耗真陰、亦成絳舌、而為陰虛難療矣 (其初必有黄苔、医者不知、久之内傷己甚、不能顕苔、而変絳色矣。 凡陰虛火旺之病、自生者極少、多由医家誤用補薬逼成也)。 不論病状如何、見絳舌則不吉。・・ (引用:『舌鑑弁正 訳釈』P221~222) ・・痩せた人は火が多く、実熱に偏る、医者は外見にとらわれ、痩せていれば虛とする、 誤って温補を服用し、心陰を焼き傷る、誤って慈補を服用 (滋陰降火という、実すれば則ち膩渋酸歛膠粘、実熱、陰分に引き入れる) 真陰が次第に消耗、また絳舌となる、陰虚が治り難くなる (初めは必ず黄苔、医者は知らず、時と共に内傷が甚だしくなり、苔が目立たぬまま、絳色となる。 陰虚火旺の病、自らそうなるものは極めて少なし、多くは医家の補薬の誤用によるもの)。 病状がどうあれ、絳舌は則ち吉ならず。・・ 実際の臨床に立たせて頂いて、感じることの一つに 下焦の邪が強い患者さんが少なからず居られ、 その下焦をいかにクリーニング出来るかが重要に思えるケース。 補瀉の取り扱いは極めて慎重であるべきだと思いました。 鍼灸学校においては腎に実証はないと教育されますが。。 経験を積み考察を深めたいと思います。 今回は黄苔の存否などは分かりやすいと思えました。 【参考文献】 『舌鑑弁正 訳釈』たにぐち書店

脈診について

ある患者さんの脈を見せてもらった。 処置の前後で、自分には 脈の幅や硬さつまり形が(ほとんど)同じに思われた。 一方で 処置の後の脈には、 指腹を通りすぎた直後に伝わってくる 余波というか余力というか、 前に進む力の様なものが加わったと感じられた。 それが脈状の印象を確かに変える。 あるいは処置後であることを知る 自分の主観がそう感じさせるのか。 訓練を積んでいく中で、 今回の様なケースでも前後で形状の差異を 拾えるようになっていくのか。