学生・研究生によるブログ

学生・研究生による学びと発見のブログです。

毎朝見る光景。自然と空の様子が目に映ります。

側・舌

側 豊中院で先生の身体をみさせて頂いた。 先日寺子屋でここを見といてくださいと言われた部分に反応があった。 中に差し込んでいる様な形。 背候診の時もついでに触って様子を伺う。 停滞している印象。 少陽枢機不利が原因かと思った。     舌 今日患者さんの問診、切経などさせて頂いた。 その患者さんを含めて思う事。 舌を見て、 「子供の様な舌だな。」 と思う方がちらほらいる。 このあたりは持って生まれたものではなく、臓腑の現れ方として共通するものがあると思う。 水の溢れ方も特徴的。

おばあちゃん(95歳)と鍼

祖母(95歳)に鍼をしてあげて欲しいと、母から連絡がありました。 3年ぶりに施設に行ってきました。 傾眠状態が続き、食事、歩行は自力でできず、ADLは全介助。 両手を腕組みした状態で蹲ったような姿勢でした。 2ヶ月前から急に拘縮が悪化したようです。 担当の按摩師さんと電話で話したところ、 主動筋と拮抗筋を軽く摩った後、 声をかけながら他動介助運動すると伸ばせるそうです。 四肢共に正常関節可動域まで動かせると教えてもらいました。   体がいつも冷たいと職員さんや母からも聞いていましたが、 午前中に按摩師さんがマッサージをしてくれたのか 思っていたより顔色が良く四肢末端も温もりがありました。 ガチガチに固まった体。 人の手に触れらてもらえることは大切ですね。     今日の目的は祖母に鍼をすること。 傾眠しているので問診、舌診できず、 車椅子に乗った状態で、硬く組まれた腕が邪魔して脈診もかろうじてできる程度、腹診はできません。 四診総てが叶わない時もある。 「どんな体勢からでも診れること。」 「寝ることのできる状態でなくても、鍼を打てるように。」 事前に下野先生に相談し、アドバイスをいただいていたので少し落ち着いて取組めました。   下肢を切経しながら指を角度を変えながら当てて 反応があった所に鍼をしました。 寝て鍼をすることが当たり前だと思っていたので、車椅子に乗った人への施術は初めてでした。 背中は車椅子の背もたれに当たり、 鍼ができなかったので肩甲骨下角を軽擦してみると、 「ああ、気持ちいい」 と傾眠していたのに目を開いて大声を上げました。 祖母がどうなりたいのか、 問診ができず分かりませんでしたが、 ずっと顰めっ面をしていた、 これがサインだったと気づきました。 緊張が続いて不快だったんだなと。     脈が引き締まり、ほんの少し自発運動が起きました。 鼻水、涙が出て、手足はじんわり発汗していました。 偶然で起きたことにはならいように 反応のあった所と体の変化を結びつけ考察したいのですが中々難しい。   制約の中での施術は非常に勉強になりました。 ありがとう、おばあちゃん。 鍼をするため、定期的に祖母の元に通います。

尺膚診で混乱中

最近は黄帝内経をじっくり読もうと思って勉強中です。 霊枢から始めているのですが、邪気蔵府病形篇まで進めると一つの大きな難関が待ち構えていました。 尺膚診です。 まだ理解できていませんが現時点での解釈をアウトプットしていきます。       『現代語訳 黄帝内経霊枢 邪気蔵府病形篇』 P89 <そもそも病人の顔色と、脈のようす、尺膚のようすはみな疾病と一定の相応関係があり、あたかも太鼓とばちとが相応じるように、一致しないではいられないものなのです。> →相関関係があるなら尺膚の様子から脈の予想を立てる事も可能なのではないでしょうか。 どの様な関わりがあるのかを見ていきます。     『現代語訳 黄帝内経霊枢 邪気蔵府病形篇』 P 92 <脈状が急であれば、尺部の皮膚もまた緊張しています。脈状が緩であれば、尺部も弛緩しています。脈状が小であれば、尺部もまた痩せ、脈状が大であれば、尺膚も大きく隆起しております。脈状が滑であれば、尺膚もまた潤滑、脈状が濇であれば、尺膚も枯れてまいります。>   『現代語訳 黄帝内経霊枢 邪気蔵府病形篇』 P 102 <「五臓が病変を表わす六種の脈状、鍼を刺す方法はどのようか。」 「およそ脈状が緊急であるようなら、多くは寒邪であり、脈状が緩であるようなら、多くは熱であり、脈状が大であるようなら、多く気が有余で血が不足です。脈状が小であるようなら、多く気血がどちらも不足です。脈状が滑であるなら、陽が盛んで、僅かに熱があります。脈状が濇であるようなら、瘀血であり気が虚であって、微かに寒があります。…」>   →文字が多いので簡単にすると   脈    尺膚    病変 急    緊張    寒邪 緩    弛緩    熱 小    痩せる   気血両虚 大    隆起    気が有余で血不足 滑    潤滑    陽盛、僅かに熱 濇    枯れる   瘀血・気虚・微かに寒   となります。 しかし実際尺膚診の運用を見てみると   『鍼灸治療 上下左右前後の法則』 P 63 <尺膚診の出典は、『霊枢』論疾診尺、『素問』脈要精微論などにあり、森立之の『素問攷注』中に、尺膚診の資料が掲載されています。『霊枢』論疾診尺の尺膚診に関わる部分をみていきましょう。> とあり、邪気蔵府病形篇の内容はあまり反映されていない模様。 両篇を読んでもしっくりこない… 私の認識が不足している可能性も大いにあるので、一旦置いておいて先に読み進めていこうと思います。   参考資料 現代語訳 黄帝内経霊枢 上巻・下巻 東洋学術出版社 南京中医薬大学編著 鍼灸治療 上下左右前後の法則 メディカルユーコン 藤本蓮風著    

親友と

友人に体を診せて貰った。 ベロ見せてといってベロは出せるけど 裏見せてと言って裏返せない。 こうできる?とやって見せて、 それでもできないみたい。 無意識にか指をベロの下に入れて裏を見せてくれようとしている。 モゾモゾと動くだけで、やはりできない。 人のそんな様子を目の当たりにした。 激しく上気していて、喋り始めるともうとまらない彼に 少しでも落ち着いてもらえるように鍼をさせてもらった。

投稿テスト

学生・研究生用の記事の公開テストを行いました。 自分自身の手で学びを得ましょう。  

五月山

久々に自然の中でリフレッシュしてきました。 ちょうどモミジも真っ赤になっていて、晴天とのコントラストが綺麗に映えてました。 それからコロナ禍が始まってから、ずっと会えてなかった友達と久々に会うことができました。 机に向かう時間をキャンセルして、たまにはスローライフもいいですね。

舌を考察②

前回の続きです。 寺子屋で患者様の舌を見せて頂きました。 受けた印象は白滑苔淡白胖大でした。 このケースでの白苔に関しては、以前書いた風寒邪の欬嗽から穴性を学ぶ②で院長からコメントで教えて頂いた様に重要視しない事にしました。 この時に舌色や舌を潤す津液をよく観察するべきとも教えて頂いたのでむしろこちらを見るべきなのでしょう。   《中医臨床のための舌診と脈診》 P40 滑苔 「滑苔は寒証・湿証を示す。 陽虛のために水湿の運化ができなくなり寒湿や痰飲が内生したり、寒邪により陽気が鬱阻されて水湿が停滞したり、湿邪が停聚して痰飲が発生するなどの機序で引き起こされる。 臨床的には、陽虛による痰飲水湿の内停がよくみられる。」   以上から、前回の記事と合わせて何らかの要因で陽虛になっているのでは?と思いました。   参考資料 中医臨床のための舌診と脈診 神戸中医学研究会編著 医歯薬出版株式会社  

勝負

「患者さんが鍼灸院に入った時からが勝負です!」と下野先生からの一言。 一挙手一投足、速度、歩き方、手つき、表情、声色、姿勢、皮膚の色、身なり、体型… 私は舌や脈に固執していた事に気付きました。 院内はもちろんのこと、街でも、学校でも。 意識して目を養うこと、記録すること、真似ること、毎日が勝負です。 心がけていきます!

山崎、太陰など

山崎 色々取っ払うために学生時代から何となく好きだった山崎駅にいきました。   特に何かがある訳ではないのですが、人通りもそんな多くなく、鳥や風の音が聞こえる中にある踏切の音もいい感じです。   何もない中、外の世界と向き合った時に以前教わった環境のお話が思い返された。   自分だけになってもいけませんが、自我の確立のさせ方も少し見えてきた気がします。   自分の課題と向き合う時、人と関わってどうこうするよりも先にそっちが必要ですね。     太陰など 太陰は太陰と呼ばれるだけあってやはり陰が一番深いところなんだと実感。   心の在り方にも影響するなと思います。   ベクトルが自分に向いて陰鬱な時、脾の弱りも考えられる。   思考がどう向かうかもわかりやすいです。   先週聞かせて頂いた話も水に関係していて、これから梅雨時に入ってどう臓腑が変化していくかみていくと勉強になりそうです。   また、ここで生まれた痰湿は氣滯と結びついて胆に波及する事もあると思う。   胆経に反応がある場合、痰湿を兼ねていることが多いと思います。    

背中と手

豊中院にて 患者さんから東洋研の記事を見ていますよと嬉しいお声がありました。 いつも見て頂いてありがとうございます。 最近書けてなかったので、また時間があるときは書いていこうと思います。   臨床にて 背中をみせて頂いて、情報を追っていくのですが、この間みせて頂いた方の脊中を見た時に、虚の反応が大きく、広がっていた印象が強かったです。 一連の流れでみないとわからず、手の当て方を変える事で以前よりわかりやすくなった景色でした。 また、変化を感じる前提条件としては、頭で考えるのではなく、患者さんに良くなっていただくために一心不乱になる必要があり、そこで初めて得られるものがあるというものを感じています。 手の当て方も事前にそうしようとしていたわけではなく、自然とそうなった印象です。 スポーツでも集中していたら無意識のアドリブで最適解?に近いものが出るので、同じ感覚だと思います。 この状況になると無我夢中なので、自分なんてものはないですね。 臨床から日々、大切な事を身をもって教わっています。 また、一つ発見したことにも深さはあり、その先があるはずなので、わかった気にならない事を肝に銘じて進めていく必要があるかと思います。 学びとして、枠を作った瞬間にその先の事は答えてくれない気がします。