順気一日為四時篇 第四十四(01)
黄帝曰、願聞四時之気。
岐伯曰、春生、夏長、秋収、冬蔵、是気之常也、人亦応之。
以一日分四時。
朝則為春、日中為夏、日入為秋、夜半為冬。
朝則人気長、長則勝邪、故安。
夕則人気始衰、邪気始生、故加。
夜半人気入蔵、邪気独居干身、故甚也。
黄帝曰く、願わくば四時の気を聞かん。
岐伯曰く、春は生、夏は長、秋は収、冬は蔵、これは気の常なり、人もまたこれに応ず。
以て一日を四時に分つ。
朝は則ち春を為し、日中は夏を為し、日入は秋を為し、夜半は冬を為す。
朝は則ち人気が長じ、長則ち邪に勝り、故に安なり。
夕は即ち人気が衰え始め、邪気が生まれ始まる、故に加なり。
夜は人気が蔵に入り、邪気が独り身に居り、故に甚だしきなり。
【参考文献】
『黄帝内経 霊枢 下巻』東洋学術出版社
分かりません禁止令
切診をさせていただく機会が増えました。
お腹の段差は何なのか。
右が辛いと主訴に対して左が硬い。
左足は凹んでいて痩せているのか。
右足は脹りがあり硬直している。
果たしてどちらが正常なのか。
どちらも正常ではない可能性もある。
下野先生に「何か感じましたか?」
と聞かれても、「分かりません」としか言えず、治療後の変化を診てから考えることにしました。
治療の後に切診してお腹や足の寒熱、凹凸、肌の色艶、左右差など変化を診ることで、初めて施術前に切診したお腹の段差と硬いものが邪だったことを知りました。
痩せていた左足は肌肉にふくよかさが出て左右差がなくなりました。
下野先生の問い掛けに「分かりません」と答えてしまったことに、寺子屋の帰り道ずっとモヤモヤする自分…
「分かりません」と答えてしまうと自身の思考を止めてしまい何も生み出せない。
次回から間違ってもいいから感じたことを先生に話していきます。
治療前と治療後の変化、手や指のセンサーを作りながら気付きと文献を照らし合わせながら積み重ねていこうと思います。
脉要精微論篇 第十七(01)
黄帝問曰、診法何如。
岐伯對曰、診法常以平旦。
陰氣未動、陽氣未散、飮食未進、
經脉未盛、絡脉調匀、氣血未亂。
故乃可診有過之脉
切脉動静、而視精明、察五色、
観五藏有餘不足、六府強弱、形之盛衰。
以比参伍、決死生之分。
患者さんが来院され、部屋に案内して暫く。
問診に入らせて頂き、四診を行うも
患者さんの全体象が掴めていないなぁ・・と反省の日々。
対峙した時の弱さをつくづく思う。
治療する側として、心持ちから何から必要なものが多々あり。
切脉一つするにせよ、無駄遣いを心掛けなくてならないと緊張感を持つ。
【参考文献】
「現代語訳 黄帝内経素問 上巻」東洋学術出版
易経 その2
つづき
この易経ですが、一般的には「当たるも八卦、当たらぬも八卦」の占いのイメージがつよいですが、本を読んでみてそれだけではないことがわかりました。
易経には大昔の人が、世の中の仕組みや人生においての法則があって、その法則には一定のルールがあり、それを64種類の物語にして教えてくれているらしいのです。
その法則を理解して身につければ、もはや占う必要性もなくなり世の中の森羅万象、物事の道理、そしてその先行きが見通せるようにもなるというのです。
そう聞くと更に興味が湧き、是非理解を深め、その智慧の恩恵に与りたいと思うのも必至です。
そんな易経ですが、いつの時代に出来上がった考え方なのかと調べてみると、今、日本で一般的に使われている「易」は「周易」と言って周王朝時代に確立したそうです。
その周王朝時代の日本は何時代か見ると、縄文時代でした。
恐るべし中国史です。
そんな昔から世の中の道理が解明されていたのにびっくりです。
東洋医学といい、易経といい太古の先人に感謝します。
腹をうかがうにあたって
腹診を学ぶにあたって理解があやふやな用語をまとめてみました。
心下痞(しんかひ)=心下痞満(しんかひまん)
心下とは胃脘部を指す。胃脘部に気機の阻滞によって痞えたような不快がある。患部に疼痛はなく押さえると軟らかい。
心下痞硬(しんかひこう)=心下痞鞭(しんかひこう)
硬と鞭は同意語。気機の阻滞により胃脘部に痞えたような不快感があり、患部を押さえると硬く抵抗感がある。また心下痞硬の一種として心下部が菱形状に抵抗が強い心下痞堅がある。
どうやら心下痞は自覚症状のみですが、痞硬の方は他覚的に抵抗があって場合によっては疼痛もある感じです。
心下支結(しんかしけつ)
胃脘部が詰まったような不快な煩悶感がある。
少腹急結(しょうふくきゅうけつ)
左の前上骨棘と臍を結んだちょうど真ん中あたりに索状物を触れ、押したり按じると響くように痛むもの。瘀血の症の一つ。
小腹腫痞(しょうふくしゅひ)
右の腰骨と臍を結んだ線の上から3分の1あたり、回腸部付近にしこりや圧痛があるもの。瘀血の症の一つ。
一語でわかる中医用語辞典(源草社)
はじめての漢方診療十五話(医学書院)
良かった感覚
面白い体験が出来た。
できる限り沈んだ感覚で相手を感じれた。
その時は問診で特に何も聞いてなかったのですが、患部側の反応が大きかったので感じる事が出来た。
一連の流れから明らかにおかしくなってる箇所があって、そこで自分の気が当たるとバチバチバチ!となる。
イメージ的には
ーーーーーーーーー物質ーーーーーーーーーーーーーー
この何かが流れを止めていて、その箇所に症状が出ていたイメージ。
良い状態で入れたので、自分と相手の境界線がなく、相手の事が自分の事の様に感じれた。
その時の自分の心の状態のイメージはどんよりした暗さではなく、澄んだ暗さのイメージだった。
どこかの鍼灸師さんの話で男性でも女性の生理痛がわかるって話を聞いた事があるけど、あの感覚なんだろうか。
こう言ったことをもっと探って理論化して治療に役立てていく様にしたい。
側頭部痛 2
(前回の続き)
側頭部痛(表面的な痛み)
を引き起こしている機序が何かー
その場では
結局見立ては固めることができず、
ただ、どうしても足部とくに三陰交付近に
深く引き込まれる感覚と
舌、顔の気色に熱の所見が認められる
ことなどから、三陰交に取穴した。
処置後、
体がやや熱くなっているとのことだった。
停滞していたものが動いたひとつの徴としてよいのか。
下焦の瘀血が気滞を生じさせ疎通を阻んでいたのか。(それならば瘀血の素因を何とみるのか)
「温か」ではなく「熱い」というのはどうなのか。
今日の一曲
Takaaki Itoh - Bloom After Broken Life
https://www.youtube.com/watch?v=8nnwbs_umFA
勉学や人生の諸問題で、煮詰まった時に、僕はたまにこれを聴き返す。
【破綻したあとに咲く、「何か。」】
こういう音楽を、勉強時のBGMに取り入れることがあります。
いったい、何回、聴いた(=破綻≒何か咲く)ことやら……
※林先生より「Blogは自由に、なんでも書いていい。」と承ったので、今後はこういう記事も増やしていきます。
※怒られたら止めます。
鍼治療をうけて②
2021/04/07
週に1回の治療
すっかり不眠の症状が表に出て来なくなった。
今週は体調が良く、下半身が軽いと感じていた。
歩く体が軽い
すいすいと動く
軽いのに力が入る
そういえば...と思い出した。先週は腹の調子が悪かった
今回の治療中に、体調について聞かれて、
腹の調子が悪いと自分が訴えていたことを思い出した。
先週 水曜日あたりに普段の量より多く食べる機会があって、それからのことだった。
とにかくガスの量が著しくて、便の出方はでたらめ、排便の周期もばらばら。
食事は食べれるし、出せるけどずっと(下痢や便秘はなく)軟便気味。
脾胃の気に一定の損傷が起きていることは明らかと感じられた。
パンクしたタイヤを交換せずそのままに走っているから、
車内でガタガタと揺れがひどい、まるでそんな有り様だった。
それも今、整えられている
今回の治療中には、何度も深い呼吸が起こった。
からだが積極的に欠伸を、深呼吸をしにいっているみたいに起こった。
ただ普段でる欠伸に似ているけど違う。
勢いよく吸って吐いてとやっているけど、自分が意図的にやる時の深呼吸とも違う。
(この前記録に残した、なにか栓が外れて空気が抜ける様な、あのときのとも違う)
結局、治療を終えて体を起こして動き出すまでその深い呼吸が続いた
気の巡り方は、体表を動くというよりじんわりと中にという感覚
腹部には湧いてくる様な動き
(気が満ちるというのはこういうこを指すのか)
欠伸の時の様に涙が出た。じわりと出る、それが何度も続くので
流れ出たあとが温かく
お腹が温かく
手と足が充実している
体の各所に温もりがあって、一瞬
のぼせの症状が出る体調の時の五心煩熱が想起されたが
手と足と、胸 じゃなくて腹。
それから温かさの種類が違う、対極とさえ感じる
(こちらの状態を指す言葉はあるのだろうか?)
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これまで鍼を受けたことがないという人から
鍼はどんなだと興味を持って聞かれることがあり、
こうした感覚を載せて伝えられないものか考えた
自然治癒力という言葉で表すのでは全然足りない
からだそのものの力を持って癒える
体調が戻ったあとこそ自然を知る
紙飛行機がふわりと着地する光景が似合う
切経と艾
原穴診を学び始めました。
お腹や背中と違って凸凹だらけで場所も狭く、
上肢や身体の使い方ももっと工夫しなくちゃいけません。
ついつい手が硬くなります。
寺子屋先で練習しているときも、
指がピッタリはまった時は、
何と表現すれば良いのかわからないけど、
穴にも奥行きや方向のようなものがあり、
立体的に捉えることができました。
この景色が何を意味するのか?
この方向に鍼をしたらどうなるんやろ?
疑問が生まれ、発見がある度に好奇心が湧きます。
先日、学校で失眠穴にお灸をしていた時に、
患者さんの踵に対面する状態で艾炷を据えると
とてもやりにくいのです。
手の背屈位で可動域が狭く力が入ります。
どう頑張っても踵に艾炷を垂直に据えられません。
「場所変えて据えてみたらどうや」
と先生からアドバイスをいただき、
患者さんの左側に立って据えると良いとわかりました。
切経でも手や腕の可動域を考慮し、流れるように優雅に、疲れないやり方を見つけることも課題です。
どんな面に対しても艾炷を垂直に立てられるようになることは切経にも繋がりそうです。
さて、昨日は豊中院に行き、原穴診をさせていただきました。
太衝を触るとくすぐったいと患者さんが仰りました。
お腹はくすぐったいことがあっても、
足の甲は初めて聞きました。
「手が重たいのかもしれませんね」と新川先生。
姿勢や力加減、色々と課題を見つけることができました。
腹診、背候診、脈診、原穴診も別々のものとしてしか捉えることができませんが、
「積み重ねていくことで、別々だったものも一連の流れが診えてくるようになりますよ!」
と新川先生が仰りました。
今はあれもこれもと情報が錯綜し、
楽しいけれど時たま不安になります。
様々な先生の治療を見学させてもらい、
お話しを聞くことができる環境、
寺子屋で皆で学び共有できる環境は
本当に恵まれていると思います。
切経の勉強と共に、今までとは違った視点で艾を捻り艾炷を立てながら臨床に向けて積み重ねていこうと思います。














