今日の一曲
Takaaki Itoh - Bloom After Broken Life
https://www.youtube.com/watch?v=8nnwbs_umFA
勉学や人生の諸問題で、煮詰まった時に、僕はたまにこれを聴き返す。
【破綻したあとに咲く、「何か。」】
こういう音楽を、勉強時のBGMに取り入れることがあります。
いったい、何回、聴いた(=破綻≒何か咲く)ことやら……
※林先生より「Blogは自由に、なんでも書いていい。」と承ったので、今後はこういう記事も増やしていきます。
※怒られたら止めます。
血の色は赤い
血液の赤色はどっからきているのか?
西洋学的に考えると赤血球に含まれるヘモグロビンの色だと学校で習いました。
ヘモグロビンは鉄(ヘム)とタンパク質(グロビン)が結びついたもので、この鉄が赤色素を持っているためです。
いっぽう、東洋医学的にはどうなのかというと話が複雑になります。
血は水穀の精微と腎精から化生される とあります。
二通りのパターンがあるようです。
パターン ①
飲食物が脾胃の運化を受けて水穀の精微に転化したのち、営気によって脈中に滲注し、肺に上輸されて清気と合するとともに心火(心陽)の温煦を受けて赤く変化し血となる。
つまり消化管で得られたエネルギーの素みたいなものを肺と心まで運び上げた後に、心のパワーで温められてようやく赤く変化するらしいのです。それまでは無色なのでしょうか?
パターン②
腎精化血であり、腎陽の温煦により腎精が血に転化して脈中に入る。
この書き方だと腎の温煦でも赤くさせるのかがハッキリしません。でもきっと心と同じように温煦パワーで赤い血になっているのでしょう。
そういえば西洋学的に腎臓から産生・放出されるエリスロポエチンというホルモンが、骨髄での赤血球を産生を日々促しつづけているので、ここでは怖いほどシンクロしていますね。
因みに、エビやタコは青色の血(銅の色)、植物は緑色の葉緑素(マグネシウムの色)だそうです。
(基礎中医学 神戸中医学研究会 p19参照)
鍼治療をうけて②
2021/04/07
週に1回の治療
すっかり不眠の症状が表に出て来なくなった。
今週は体調が良く、下半身が軽いと感じていた。
歩く体が軽い
すいすいと動く
軽いのに力が入る
そういえば...と思い出した。先週は腹の調子が悪かった
今回の治療中に、体調について聞かれて、
腹の調子が悪いと自分が訴えていたことを思い出した。
先週 水曜日あたりに普段の量より多く食べる機会があって、それからのことだった。
とにかくガスの量が著しくて、便の出方はでたらめ、排便の周期もばらばら。
食事は食べれるし、出せるけどずっと(下痢や便秘はなく)軟便気味。
脾胃の気に一定の損傷が起きていることは明らかと感じられた。
パンクしたタイヤを交換せずそのままに走っているから、
車内でガタガタと揺れがひどい、まるでそんな有り様だった。
それも今、整えられている
今回の治療中には、何度も深い呼吸が起こった。
からだが積極的に欠伸を、深呼吸をしにいっているみたいに起こった。
ただ普段でる欠伸に似ているけど違う。
勢いよく吸って吐いてとやっているけど、自分が意図的にやる時の深呼吸とも違う。
(この前記録に残した、なにか栓が外れて空気が抜ける様な、あのときのとも違う)
結局、治療を終えて体を起こして動き出すまでその深い呼吸が続いた
気の巡り方は、体表を動くというよりじんわりと中にという感覚
腹部には湧いてくる様な動き
(気が満ちるというのはこういうこを指すのか)
欠伸の時の様に涙が出た。じわりと出る、それが何度も続くので
流れ出たあとが温かく
お腹が温かく
手と足が充実している
体の各所に温もりがあって、一瞬
のぼせの症状が出る体調の時の五心煩熱が想起されたが
手と足と、胸 じゃなくて腹。
それから温かさの種類が違う、対極とさえ感じる
(こちらの状態を指す言葉はあるのだろうか?)
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これまで鍼を受けたことがないという人から
鍼はどんなだと興味を持って聞かれることがあり、
こうした感覚を載せて伝えられないものか考えた
自然治癒力という言葉で表すのでは全然足りない
からだそのものの力を持って癒える
体調が戻ったあとこそ自然を知る
紙飛行機がふわりと着地する光景が似合う
ツボ
今日は高山です。
自分は柔整と鍼灸どちらとも授業を受けていて、
絶賛期末テストテスト真っ只中です。
ストレス溜まってます。
特に苦手な教科が経穴学です。
何百個もあるツボをひたすら覚えるだけ。
これはほんとうに面白くなくつまらない。
どの場所にあるかを覚えて、
別名の墓穴やら兪穴やらを覚える。
これがどういったツボで、どういった効果があるのか、
どういった時に使うのかが肝だと思う。
そこはすっ飛ばし。
独学します。
観察の記録
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2021/10/02 『観察の記録』
ある方の体を診せてもらった、その際の記録として。
母趾の足背に向けたキツい反り方が、やや和らいで見えた。肝気の亢進は見られず比較的精神的に穏やかに映る。
神道 ーその上下はまったく沈黙している。その点だけにはっとするような顕著な反応。刺す様に入ってくる感覚に当てるべき表現が分からないので、受け取った感覚のまま記録する。
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2021/10/04 『エラー』
駅までの道。公園を自転車で通り抜ける途中、歩道のコーナーで思わずハンドルを切ってさけたのは芋虫がいたから。
自分より前を行く誰かが誤ってタイヤで轢いてしまったのだろう。地面につぶされた体の後方は動かない。代わりに動ける前方を動かしてもがいている姿が視界に飛び込んできた。
恐らく1秒に満たないわずかな時間。視野全体からするとほんの一片。エラーの情報は流れ込んでくるようになっているのかもしれない。
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2021/10/05 『朝と夜』
朝焼けの薄明かりは光量も質も変化する。夕焼けの変化はそこに引いていく性質を伴う?
意識の変わり目は、やはり、同時にからだの変わり目でもあるはず。同じ性質の中で続く様に見える真昼間と比べて、からだが、意識が、より大きく動いているようにと思う。
鍼治療を受ける時、独特の時間の感覚を伴う事がある。普段の、眠っているときとも、覚醒しているときも異なる。そんな所に一度入ったあと、戻る。これにおいては昼間でも夜間でも起こる。頭の処理より上位にある経験であるのは明らかだけど、いつも何かしら新しい。
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2021/10/06 『客観性』
ある日、継続的に診せてもらっている患者さんの体で、切経においてほとんど情報が拾えないことがあった。現場ではその理由は不明だった。
振り返ってみてー
脈状、舌、腹診いやそれより前に、患者を前にしてひと目で入ってきた情報、具体的には、目の周りの落ち込みや痩せ方など、急激な変化にうろたえたことに一因があるらしい。
合算するより前に、望診で得られた情報を真ん中に置き、その理由や原因を探して思考し、それに引っ張られていたからかも知れない。
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2021/10/08 『心と脳』
奇恒之腑に分類される脳。
五臓のひとつ心が神を蔵す、として意識や思考活動は心の統制のもとなされる。
小学校何年の頃か、多分そのくらいに教わってそのままとり入れた考え方ー脳がコントロールセンターという立場で聞く「心」についての教科書の解説は、教科書的な読み物として流し読むに留まり、学生時代には検討すること自体すすめられずにいた。今なら読み取れることが少しずつでも出てくるはず。検討を再開する。
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2021/10/9 『脈の変化』
診せてもらった患者の脈の変化について。
脈状は洪脈に分類できるものだと思う。やや浮位に偏る状態が処置後に、沈位まで行き渡る。(そうすると?)ピタリと一致してバラつき(と感じられていたもの)がなくなる。
一見、幅が広くなったようで、実際はまとまって雑さが消えて細くなった印象。
何度か経験して、この方において、調子が上向くときの徴の様に考えるようになった。
痰飲(1)
痰飲について、『中医病因病機学(主編:宋 鷺冰、翻訳: 柴崎 瑛子)』の第9章
「内生要因」より、古典からの引用部分を抜き出す。
「千金方衍義」
その根源が不足すれば、日がたつにつれ水の精華は混濁してゆき、ついには痰飲が出来る。
そして必ず先ず呼吸した大気が及ばないところに集まるので、腸から脇、そして四肢へと達し、
しだいに胸膈へと浸蝕していき、ますます乱れていく。
つまり痰飲の病で胃から始まらないものはない。
「儒問事親」
飲ができるためには原因が五つある。それは憤慨を抑えたことによるもの、疲労によるもの、
思慮が過ぎたためのもの、飲痛によるもの、そして発熱に冷えに損傷されたためのものである。
「医碥」
痰自体は自分の津液であり、・・その静粛機能を失って加熱すれば、
津液が火に煮詰められ、粘っこい濁物に変わる。
また温が失われて寒が過剰になれば、津液が寒のために停滞し、次第に凝結して痰ができる。
「三因方」
飲食過多で道楽にふけり、大声を張り上げてひどく疲れ、運動が適当でなければ、
津液が巡らず、集まって痰飲になる。これは不内外因に属する。
「直指方」
水と飲と起源が同じだが名前が異なる。
人は脾土が欠損しているだけで飲んだ水がいつまでも転化できなかったり心下に停滞したり、
脇間に集まったり、経絡に入ったり、膀胱に溢れたりし、そのために病気になることがよくある。
「本草綱目」
痰涎などは気に従って上下し、入り込めないところはない。
心に入れば竅を惑わせて癲癇・うわ言・幻視などをひき起こす。
【参考文献】
「やさしい中医学入門」東洋学術出版社
「中医病因病機学」東洋学術出版社
先々週の施術で
水分穴の少し右だったように思う。(今も反応あり)
刺入深度は1ミリか2ミリか。
置鍼開始して少しして、
息がうまく吸えていないことに気づく。
吐くことはできている。
入ってこない、がそのことに特に不安はない。
数分して抜鍼の後、それまでの状態をはずみに
誘いこまれるようにからだにもたらされた深い呼吸と何か。
横隔膜の動きが抑制されていたのか。
これも穴性のひとつにあたるのか。
他の方においても似た作用をもたらすのか。
できる事だらけ
体の使い方でずっと指導して頂いている事を強く意識する。
方向性。
土台を固めた上で預けて脈をみる。
鍼を行うときにもその感覚が活きる気がする。
押手などでしっかり固定化した上でどこに届けるのか。
人に練習させてもらって、この意識で置いたらいい感覚だった。
この先に微細な調整などもあるんだろうな。
指の使い方なんかも少し馴染んできて良い感じです。
生まれた感覚を大切に、ブラッシュアップしていきます。
寺子屋時に学びの姿勢に関して受けた言葉に対して思うところ。
結局のところ、それを生業とするプロとしての責任感を持った上で、楽しんで学びを進めれるかというところに帰ってくると思う。
伝えて頂いた学び方なら、何事にも答えや正解といった枠を作らないので限界がないし、やれる事は無限に広がっていく。
先に患者さんの治療があるならこれ以上の事はないよなと思う。
気鬱
こんにちは高山です。
気鬱について書こうと思います。
生き物は全身に気が流れていて、いろいろな活動に使われていますが、
この気がスムーズに流れなくなってしまう状態を気鬱といいます。
イメージ的には、ホースに水が流れていて、そのホースに何かが詰まって上手に水が流れない感じ。
そして、気鬱になると、気がいくべき場所に行かない状態になるのですから、あらゆる症状が出てくるのではないかと思います。
心に気が渡らなければ、精神に異常が出たり。
脾に気が渡らなければ、代謝異常を起こしたり。
頭に気が昇らないと、頭がボーっとしたり。
あらゆる器官が気をエネルギー元に活動を行なっているので、当然たくさんの病的症状が顕著になってくると考えます。
ではなぜ、気鬱になってしまうのでしょうか、これもたくさん理由があると思います。
一つ目が肝鬱気滞。
これはよく聞きます。
肝は気の流れのバランスを整える役割がありますが、この肝が虚してしまうと、この機能が失われます。
そうすると、気の流れに異常をきたし、よくあるのが、
胸脇部の痛み、太息、など
そこから、衝任脈へ波及し、月経痛が現れる。
二つ目が、感情による気鬱。
思い悩んだり、考えすぎたりしても気の流れが悪くなるようです。
自分はよく思い悩むことが多々あるのですが、
その時は、確かに頭がボーってしたり、体が普段よりだるくなります。
そして、三つ目が痰です。
痰というのは、どろどろねばねばした塊で、この痰が気の流れを滞らせるようです。
これだけでなく他にも気を滞らせる原因があると思います。
でも、一つ目、二つ目と三つ目の気鬱の形態の違いが見られます。
肝の疎泄と、感情の異常はホースと水で例えると、
ホースに流れている水の勢いが弱ってしまっているイメージが思い浮かびます。
痰の形成による気鬱は、ホースに石が詰まってしまって、水の出が悪くなっているイメージがあります。
この考え方であるならば治療のアプローチも変わってくる気がします。
そして、気鬱の病理の変移に気鬱が火に変わるとあるのですが、これもすごく興味深いなと思います。
これは五行的に考えて、肝が心になんらかの影響を与えて、火を生み出したのかなと考えました。
気鬱になった人が全員火に変化するという事もないと思いますので、それは体質からくるのものなのかなと思いました。
自分はよく、火が昇ったように上半身が熱くなるので、この体質に当てはまるのかなと思いました。
そう考えると自分はもしかしたら気鬱傾向が強いのかもしれません。
気鬱を、解消できる方法も考えていきたいと思います。
臓腑生理の学習
皆さまこんにちは、鍼灸学生のイワイです。
東洋医学概論の臓腑生理について復習している中で、分からなかった問題について調べてみました。
【問題】情報伝達に関与する働きを持つのは、どの臓腑によるものか?
これに関して、当初は心の働きだと思っていましたが、どうやら心ではなく、奇恒の腑の一つである「脈」の働きだったようです。
(寄り道しての復習です↓)
奇恒の腑とは?
水穀と直に接することない密閉した中腔器官であるとともに、精気を蔵するという機能も持っている。
胆、脳、脈、骨、髄、女子胞
話を戻しますと、脈は奇恒の腑の中でも心と関係があるというわれており、
脈は血脈、血府ともいわれ、生理物質が運行する通路であり、全身に分布し、臓腑と直接連絡しています。
脈の主な機能は、
①生理物質の運行 ②情報の伝達 です。
ここでは、上記の問に対して
②情報の伝達 について学んだことを記します。
【生理】脈は、臓腑の機能や病態を反映するため、気血などは生理物質を通じて、情報の伝達に関与している。
また、脈は経絡の概念に内包された組織、器官であり、経絡の機能である情報伝達に関与する。
奇恒の腑の働きについて触れることが少なかったので、この機会に学べて良かったです。
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【参考文献】
「新版 東洋医学概論」東洋療法学校協会 編















