舌の観察 その1
家族の舌を観察しました。
舌を出してもらう時に歯で舌をはさんでしまって、奥までみえないので
もっと口を開いてべーって出してみてと話しても、
やっぱりはさんでしまうので舌中までしか見えない。
舌を巻いて裏をみせる動作も苦手な様子。
舌の出し方もなにかヒントがあるのかな。
舌の色、質、形、出し方、、、。
観察することがたくさんあり、
そこからいろいろ考察するのがとても面白いです。
易経 その2
つづき
この易経ですが、一般的には「当たるも八卦、当たらぬも八卦」の占いのイメージがつよいですが、本を読んでみてそれだけではないことがわかりました。
易経には大昔の人が、世の中の仕組みや人生においての法則があって、その法則には一定のルールがあり、それを64種類の物語にして教えてくれているらしいのです。
その法則を理解して身につければ、もはや占う必要性もなくなり世の中の森羅万象、物事の道理、そしてその先行きが見通せるようにもなるというのです。
そう聞くと更に興味が湧き、是非理解を深め、その智慧の恩恵に与りたいと思うのも必至です。
そんな易経ですが、いつの時代に出来上がった考え方なのかと調べてみると、今、日本で一般的に使われている「易」は「周易」と言って周王朝時代に確立したそうです。
その周王朝時代の日本は何時代か見ると、縄文時代でした。
恐るべし中国史です。
そんな昔から世の中の道理が解明されていたのにびっくりです。
東洋医学といい、易経といい太古の先人に感謝します。
変えてみること
ここ一週間、歩く際に使う筋肉、重心の乗せ方を変えてみています。
続けてみるとふくらはぎ、内転筋の筋肉のつき方が変わって面白いです。
日常的には以前仰って頂いた様に電車でのバランス感覚も違うなと感じました。
また、私の課題である手が重いという問題ですが、色々原因を考えてみると肘がうまく使えていないことも要因の一つにあるかもしれない思いました。
ひじが上手く使えていないとツッパリ棒を相手に押し付ける様な形になり、余分な力が加わって重さに繋がるのかもしれないと感じました。
ですので、そこを意識しつつ、相手の呼吸などに合わせて背候診を行なっていこうと思います。
易経 その1
東洋医学を学んでいると、易経の八卦の話が出てくることが、度々あります。それは東洋医学の陰陽五行の考え方が易経の陰陽の考え方をベースに発展してきた理論があるからです。
八卦にはそれぞれ象徴となるマークがあり、
「卦名」と「正象」
☰乾(けん)=天(てん)→金
☱兌(だ)=沢(たく)→金
☲離(り)=火(か)→火
☳震(しん)=雷(らい)→木
☴巽(そん)=風(ふう)→木
☵坎(かん)=水(すい)→水
☶艮(ごん)=山(さん)→土
☶坤(こん)=地(ち)→土
以上の関係性で結ばれています。
ずいぶん以前に初心者のための易経の入門書を勧められて購入したことがあり、それはある勉強会でそれを題材に講義をうけるためでした。その時パラパラと主要なところを開いて線を引いただけで、全体を読むこともなく、それ以降ずっと私の本棚に眠っていました。
今回こちらで学習をする自由な時間をいただいたこともあり、何年かぶりに本を開いて初めから最後まで一読したところ、少し興味を持つことができました。
つづく
はじめました
初めて投稿します。北山です。よろしくお願いいたします。お正月、実家でひたすら食べ物が出現する状況でしたので、飲食について調べてみました。
飲食物の摂取については、適量を維持することが最も重要であり、食べ過ぎたり(過飽)、食べる量が十分でない状態(過飢)はどちらも脾胃の機能を損傷させる、とありました。
バランス良く食べる事は大切ですし、食べ過ぎてしまうことが身体に良くないことはなんとなく体感としてわかるように思います。しかし身体は食物を摂取することで気血を生成するため、当然適切な量を食べないと気血は衰弱、減少する。気血が減少すれば正気が不足し、外邪の侵入を防げなくなってしまう。考えたら当たり前なのかもしれませんが、食べないことによるダメージは実感としてわかりにくいため(個人差?病のような状態になるまで時間がかかるから?でしょうか?)、食べ過ぎることと、食べなさ過ぎることが同じくらい脾胃にダメージを与えてしまうとは思っていなかったので驚きました。もう少し調べてみたいと思います。
【memo】
脾胃:
飲食物の栄養を運搬吸収する主要な器官
五味:
酸苦辛甘咸、食物成分、飲食物の総称
「五味口に入りて、もって五気を養う」(素問 六節臓象論篇)
鍼治療を受けて③
この1〜2週間、鍼治療で置鍼中に覚えるからだの感覚と似たものが、
通勤の車内や食後に体を休めているとき、朝方 起き抜けの時間帯に、度々現れる。
これもまた変わっていき、鈍化するかもしれないし、もっと別なものに変わるかもしれない。
感受性が高まる背後にあるものは一体何か。
ひとまずいま感じていることを記録したい。
からだの調子は良い、かといってからだに不調がなくなったわけではなく、
不調の波がくれば強い首コリや腰の弱さなどがしんどくて違和感を覚える。
それでも感じ方の種類が違うというか、
痛みや違和感に対して以前の様に嫌わなくなったというか、
身体のうえに生じる感覚を受け取るのに抵抗、邪魔していたものがひとつ落ちたのか、
その分 中が静かになったように感じる。言葉で捕まえるのが難しい
舌の考察 2023/11/8
胖嫩舌 舌体が浮腫んでいて力がない感じで、弱々しい雰囲気。
前回よりも舌が膨れて、全体的に苔に覆われ湿潤してテカリも見られる。津液の巡りが悪く停滞している。
この時期は、サンドイッチや揚げものが多く野菜不足で、食生活が偏っていたせいかもしれません。口の周りにも吹き出物が出て肌荒れが目立っています。顔の皮脂も多めです。
舌質は胖大、あせた紅。
舌辺に歯痕がみられる。どちらかと言うと胖嫩気味。
舌中は無苔でやや乾燥気味に見える。舌尖は赤く無苔です。
舌根は膩で、舌辺はうっすらではあるが黄苔が見られる。
風邪の後の空咳がしばらく続いていたのが、反映されているのかもしれません。
ちなみに脈は 中位で細微弦 沈位で滑 でした。
LED光と五行
この前観たテレビ番組で、LED光治療を美容治療に活用する最新医療を特集していました。
LEDとは発光ダイオード(光る半導体)のことで、青色発光ダイオードは日本人が発明したとしてノーベル賞にも輝き、当時話題にもなりました。
今ではLEDは一般の家庭用電球として普通に利用されています。
それが最近では美容皮膚科などで美肌効果などを期待して利用されているそうです。
波長が短いと紫色〜青色
波長が長いと橙色〜赤色
光の色によって期待できる効果が変わるとのことで、その色と陰陽五行との法則性はあるのか気になったのでちょっと調べてみました。
⚫︎青色
(期待できる効果)
皮脂の過剰な分泌を抑える
アクネ菌を殺菌して、ニキビをできにくくする。
(考察)青色は波長が短いので、表皮に主に影響すると考えると、難経の菽法診でいう皮毛の部分に当たります。ここには脈外を流れる衛気のエリアで、皮脂の分泌の調整、殺菌は衛気とリンクしてそうですが、そもそも3 菽の肺のエリアです。東洋理論から言えば、白色であって欲しかったです。
ちなみに最近知ったのですが、青色は東洋医学の五臓六腑では三焦の色を表すんだそうです。
⚫︎赤色
(期待できる効果)
真皮層にまで到達して、血行を促進し、新陳代謝をアップすることで美肌に導く。当然くすみやクマの改善のほか、ニキビやニキビ跡の炎症も抑えるといった表皮の再生も促す働きも期待できる。頭皮に照射すれば、薄毛にも期待できる。
(考察)赤色を照射することで、血脈の深さ(心)が活性化するのではないでしょうか。このエリアではリンクしているように思います。
⚫︎白色
(期待できる効果)
波長がさらに長く、真皮のさらに奥にまで到達するため、赤色LEDと同様の働きがあるほか、筋肉層までアプローチすることも可能。筋繊維にアプローチすることで、シワやたるみの改善に期待できる。
(考察)白色は筋肉層とあるので、菽法診でいう 12菽 筋の深さ(肝)に相当します。本来白色は肺の色なので、こちらはリンクしませんでした。
⚫︎黄色
(期待できる効果)
青色LEDと赤色LEDの中間の波長を持つ黄色LEDは細胞の修復機能をケアする効果があるとされているため、敏感肌のケア、ターンオーバの周期の改善に一定の効果を発揮する可能性がある。またリンパの流れの改善による、むくみ、たるみ、シワへの改善もしたいできる。
(考察)黄色は 9菽 肌肉の深さ(脾) です。運化の働きなどがある脾の働きにむくみ、たるみ、シワなどのキーワードがピッタリきます。
⚫︎緑色
(期待できる効果)
痛みを抑制し、神経系の炎症を減らす可能性がある。
シミ治療。
(考察)緑色は肝の色です。12菽 筋の深さ(肝)になります。
確か神経は肝の分類に入ってたように思うのですが、自律神経にも影響していますし。シミも肝斑と関係がありそうです。
⚫︎黒色
そもそも光に黒色などあるのだろうか・・・
ここは除外です。
まだまだLED光の医療活用は研究途上の部分が多いため、今後の新たな発見や利用応用による展開に期待したいところです。
東洋医学探訪(01)
もう夏の終わりですが、私の日焼けは遊びではありません。
修行の結果です。
京都を散策してまいりました。
『延命院』とは『医療施設』
御由緒
(引用:武信稲荷神社の”案内”より)
平安時代初期、清和天皇貞観元年(859年)
西三条大臣といわれた 右大臣左近衛大将 藤原良相(よしすけ)公によって創祀。
平安時代の古図には三条から南の神社附近一帯は
「此の地、藤原氏延命院の地なり」と記されている。
延命院とは藤原右大臣によって建てられた医療施設であり、
当社は延命院と勧学院(学問所)の守護社として創祀された。
後世、藤原武信(たけのぶ)公がこの社を厚く信仰し、
御神威の発揚につとめたので、武神神社と称されるようになる。
その後延命院・勧学院は失われるが神社だけが残り、
創祀以来一千余年にわたり広く人々に信仰されて今日に及んでいる。
撮影をけっこうしましたが、蚊にはご注意ください。(経験談!)
















