舌診(08)
治療家のT先生に舌の研究の為にご協力頂きました。
舌を撮影させて頂く時は、
念のために表だけで2枚、裏だけで2枚撮影します。
色調の違いを考えて今回はこの画像を選択しました。
表
裏
舌質
淡白舌
嫰・点刺・歯痕
舌苔
白苔
全体・薄苔
仕事終わりに撮影をさせて頂こうかと思っておりましたが、
時間がありましたので、業務の前に撮らせて頂きました。
舌尖の紅が痛々しいですが、”朝” というのも要因の一つかと思います。
裂紋が出来てからかなりの時間が経過しているのかと思います。
T先生の舌は昨年より診させていただいておりますが、
瘀斑の境目が緩やかに感じます。
状況により変化があるのでしょうが、
安定している好転反応を感じます。
国試終わって、景岳全書。
標本論
『病気の本は一つであり、隠れて明らかにし難い。
病変は非常に多く、表面に現れているため明らかにし易い。
そのため最近の治療家には、本末を理解できないまま、ただ目前に現れている症状を根拠にして治療している者が、多いのである。』
『浅い部分を見て深い部分を洞察し、近くを見て遠くを察知する、
これを摽と本として語るなら納得できるが、市井に言われている摽と本はこの足元にも及ぶものではない。』
張景岳は周辺の医家の治療方針に警鐘をならしているようです。
本(病気の源)と摽(病変)を分割してとらえて、本から標に対しての繋がりに希薄な施術家への注意喚起を発しているように思います。
『標本が理解できないために、ただその肉体を見るばかりで、その七情を見ることができない。
緩急が理解できないために、急性の症状があっても、それが生命に関わっているものであるかどうかが理解できないのである。
このためにいつまでたっても標を見ながら本とし、緩を見ながら急として治療しているため完全に混乱し、摽・本・緩・急という四者の意義を全く失ってしまうのである。』
同じ過ちを犯さないためには、四診における正確な情報の取得から、標の奥にある本を逃さない様にすることの様に思います。
正確に本をターゲットと捉える事が出来るようになるのが、治療する上での核のような気がして、修行の重要な課題に思えます。
景岳全書を読んでいると張景岳の力強さを感じますが、万尚志先生の訳にも手助けされているのでしょうか。原文の探求の必要も感じました。
【参考文献】
『現代語訳 景岳全書 伝忠録』たにぐち書店
そうだ、古典を読もう
そろそろ、古典を読んでみないといけないかな。という思いに至ったので、
とりあえず、ずいぶん昔に購入していた「難経鉄鑑」を引っ張り出してみました。
かなり分厚くて重い本です。
口語で訳されて、更に詳しい解説もついているので自習できそうですが、1日一難やっても81日かかります。
数年前に一度サラッと読んではいる筈なのですが、ほとんど記憶の彼方です。
今回はじっくりと読んでみようかと思います。
難経八難を読んでみたところ
腎間の動気について書かれています。
①生気の原
②五臓六腑の本
③十二経脈の根
④呼吸の門
⑤三焦の原
⑥守邪の神
かっこいい言葉が満載です。
気鬱
こんにちは高山です。
気鬱について書こうと思います。
生き物は全身に気が流れていて、いろいろな活動に使われていますが、
この気がスムーズに流れなくなってしまう状態を気鬱といいます。
イメージ的には、ホースに水が流れていて、そのホースに何かが詰まって上手に水が流れない感じ。
そして、気鬱になると、気がいくべき場所に行かない状態になるのですから、あらゆる症状が出てくるのではないかと思います。
心に気が渡らなければ、精神に異常が出たり。
脾に気が渡らなければ、代謝異常を起こしたり。
頭に気が昇らないと、頭がボーっとしたり。
あらゆる器官が気をエネルギー元に活動を行なっているので、当然たくさんの病的症状が顕著になってくると考えます。
ではなぜ、気鬱になってしまうのでしょうか、これもたくさん理由があると思います。
一つ目が肝鬱気滞。
これはよく聞きます。
肝は気の流れのバランスを整える役割がありますが、この肝が虚してしまうと、この機能が失われます。
そうすると、気の流れに異常をきたし、よくあるのが、
胸脇部の痛み、太息、など
そこから、衝任脈へ波及し、月経痛が現れる。
二つ目が、感情による気鬱。
思い悩んだり、考えすぎたりしても気の流れが悪くなるようです。
自分はよく思い悩むことが多々あるのですが、
その時は、確かに頭がボーってしたり、体が普段よりだるくなります。
そして、三つ目が痰です。
痰というのは、どろどろねばねばした塊で、この痰が気の流れを滞らせるようです。
これだけでなく他にも気を滞らせる原因があると思います。
でも、一つ目、二つ目と三つ目の気鬱の形態の違いが見られます。
肝の疎泄と、感情の異常はホースと水で例えると、
ホースに流れている水の勢いが弱ってしまっているイメージが思い浮かびます。
痰の形成による気鬱は、ホースに石が詰まってしまって、水の出が悪くなっているイメージがあります。
この考え方であるならば治療のアプローチも変わってくる気がします。
そして、気鬱の病理の変移に気鬱が火に変わるとあるのですが、これもすごく興味深いなと思います。
これは五行的に考えて、肝が心になんらかの影響を与えて、火を生み出したのかなと考えました。
気鬱になった人が全員火に変化するという事もないと思いますので、それは体質からくるのものなのかなと思いました。
自分はよく、火が昇ったように上半身が熱くなるので、この体質に当てはまるのかなと思いました。
そう考えると自分はもしかしたら気鬱傾向が強いのかもしれません。
気鬱を、解消できる方法も考えていきたいと思います。
痰飲(1)
痰飲について、『中医病因病機学(主編:宋 鷺冰、翻訳: 柴崎 瑛子)』の第9章
「内生要因」より、古典からの引用部分を抜き出す。
「千金方衍義」
その根源が不足すれば、日がたつにつれ水の精華は混濁してゆき、ついには痰飲が出来る。
そして必ず先ず呼吸した大気が及ばないところに集まるので、腸から脇、そして四肢へと達し、
しだいに胸膈へと浸蝕していき、ますます乱れていく。
つまり痰飲の病で胃から始まらないものはない。
「儒問事親」
飲ができるためには原因が五つある。それは憤慨を抑えたことによるもの、疲労によるもの、
思慮が過ぎたためのもの、飲痛によるもの、そして発熱に冷えに損傷されたためのものである。
「医碥」
痰自体は自分の津液であり、・・その静粛機能を失って加熱すれば、
津液が火に煮詰められ、粘っこい濁物に変わる。
また温が失われて寒が過剰になれば、津液が寒のために停滞し、次第に凝結して痰ができる。
「三因方」
飲食過多で道楽にふけり、大声を張り上げてひどく疲れ、運動が適当でなければ、
津液が巡らず、集まって痰飲になる。これは不内外因に属する。
「直指方」
水と飲と起源が同じだが名前が異なる。
人は脾土が欠損しているだけで飲んだ水がいつまでも転化できなかったり心下に停滞したり、
脇間に集まったり、経絡に入ったり、膀胱に溢れたりし、そのために病気になることがよくある。
「本草綱目」
痰涎などは気に従って上下し、入り込めないところはない。
心に入れば竅を惑わせて癲癇・うわ言・幻視などをひき起こす。
【参考文献】
「やさしい中医学入門」東洋学術出版社
「中医病因病機学」東洋学術出版社
水からのメッセージ
水の本を読みました。
水とはいったい何なんでしょうか。水は生命力だと言うことです。…人間は水によって栄養素を体内に取り込み、それらは血液によって体中に運ばれ、循環します。…水とはエネルギーの運び屋といえるのです。水は情報を転写し記憶することができるのです。……水は地球を循環し、私たちの体の中を経て、さらに世界へと広がっていきます。…水を知ることは宇宙と大自然、生命全てを知ることなのです。
水は答えを知っている その結晶にこめられたメッセージ 江本勝
著者は長年にわたって水の研究をされていて、特殊な機械を使って情報を転写した水を与えることで健康を回復させると言う独自の療法もおこなっていたようです。
そんな中で「雪の結晶は、二つとして同じものはない」という言葉にヒントを得て、水を凍らせて水の結晶写真を撮りはじめたところ、いろいろな発見があったそうです。
まずは世界各地の自然水を調べてみる
次に水に音楽を聴かせてみる
それから水に言葉を見せてみる
驚いたことに全てにおいて色々な表情の水の結晶が写真に現れています。本の中にそれぞれの写真が紹介されています。一見の価値ありです。
そんな中でも美しい結晶として「愛・感謝」が最強のようです。 強いて言えば「感謝」が一番ともありました。
日常の食事をいただく時にも「いただきます。」、感謝を持っていただくことによって、その食べ物も良いエネルギー体に変化するということです。
全てにおいてよく「感謝」が大事とききますが、そういうことに通ずるのですね。
すべては人間の意識がつくっている。イメージが世界を作っている。
とも書いてありました。
複雑
五臓の生理に陰陽、虚実がからんでくるといつも頭の中がこんがらがってしまいます。
脾気虚 心血虚 肝火上炎 肝陽上亢・・・
脾気虚や腎気虚はあるのに、なぜ肝気虚はないのか?などなど。
複雑だと感じるのは五臓や陰陽の生理作用を私がよく理解していないということなので、
教科書や本で文字を追ってみるもなかなかイメージしにくいです(-ω-)もどかしい。。
図をかいてみるなどして関係性を整理しイメージできるように勉強することにします。
私と鍼灸
はじめまして 先月から学生として参加させていただくことになりました。
今後こちらのブログで何かしらの成長の記録が残せればいいなと思っています。
先ずは初めてなので簡単な自己紹介的な事を書きます。
鍼灸の資格を取得して8年になりますが、卒業後は鍼灸業界には就職せずに元々の職業だった薬剤師として今も薬局で働いています。
元々東洋医学への興味は漢方薬から入りました。漢方薬の勉強会でたまたま鍼灸のデモを拝見する機会があり、その鍼は身体に刺さないで行うものだったのですが、治療を進めるに従って身体の反応がみるみる変化していき、まるでその先生は魔法使いのようでした。
それを目の当たりにした私はかなりの衝撃でした。たった鍼一本でこんなにも早く、しかも刺さないで身体を良くすることができるなんて、しかも手技的には全く難しそうには見えなかったんです。
これなら私にも出来るのでは?と正直簡単に思ってしまったんです。
それが私の鍼灸との出会いで始まりでした。
つづく?
朗読、会話
朗読
最近人に合わせるって難しいなと痛感しています。
合わせにいったらより合わなくなる感じがします。
正直どうしようかと悩み中なのですが、何かしらやっていかないと変わらないので色々試していっています。
最近試し始めた事が人の朗読しているところの真似です。
心から入れれば一番いいのでしょうけど、できていないのでまずは形から入ろうと思ってYouTubeなどで人が行なっている朗読を真似してみています。
人との会話中に全く同じ事をしていたら違和感が生まれそうですが、相手と同じ事をする必要があるので少しは相手の理解に繋がる気がします。
また、長い文章になると腹から声が出ていないと読みきる事ができないので伝わりやすい声を出さなければいけなかったり、瞬発的に言葉を出す訓練にもなります。
会話
ストレスなく一緒に過ごせる人は波長が合って自然に過ごせる。
家族でも体調不良を起こすと様子が違ってくるので違和感から色々察知しやすいと言った話をよく聞く。
違和感を察知できるのは、同じ空気感をもった人の違和感だと思う。
鍼灸院には若者からお年寄りまで幅広い年齢の方が来るし、色んな個性を持っている。
そういった相手を理解しようと思えば尊重しなければ話は始まらない。
綺麗なものばかりに囲まれているとそう言った人にしか対応できなくなるし、逆もそうなる。
本当に会話上手な人は違和感を感じない。
きっと一致してるんだと思う。
ネガティブなもの
会話の中でネガティブなものが出てくるとそれに同意してはいけない。
もっていかれる。
ただ真っ向から否定するとそれもまた問題なので違和感を感じさせずにかわす必要がある。
症状の記録として②
2021/03/18
前回記した不眠の症状について、この数日で動きが見え始めたので経過を記録
・夜間覚醒時に自汗、煩悶などを伴う激しい熱感あり(発症当初はこの連続だった)
・依然として目覚めてしまうが状況に変わりはないが、暴れるような熱感はなく
落ち着いている(しばらくすればまた眠れる)
・落ち着いている、が再度入眠できない。仕方なく起きて活動を開始する(昼間眠たくなる)
・朝方に目覚めて、そういえば夜間1度か2度起きたなと思い出す
(夜間に「また起きてしまった」と考えは抱かず精神的な負荷が少ない)
・それまで長く眠れても3時間くらいだったのが、5時間半くらい眠れる
何より起床時の安心感というか体の充実感が違う
日ごとに見ると、一進一退で改善に向かっているのか分からず
精神的にもしんどく感じる期間がありながら、
大きなスパンで経過を振り返って見ると、点が線に繋がり緩やかなカーブで
調子を取り戻していることが分かる
刻々と変わる
移り変わる
同じでない
急性の症状だけでない、
こうした緩やかな症状においても
細かく見れば変化の仕方はダイナミックであることを体験的に認識
教科書的には陰虚の時には舌苔が少なくなって現れるとある
自分の体を通してみた時、
紫舌にびっしりとついた膩苔に黄苔が載ることが多い普段の状態が
朝まで問題なく眠れた朝には、膩苔はなく程よく潤った舌体には歯痕も少なかった
















