ぬたあん
試験期間なのでどうしても勉強しなければいけない。
全てではないけども、機械的に詰め込むものが多くつまらない。
詰め込む量が増えるとそれ以上は頭に入らなくなる。
そんな時は気持ちもいっぱいになっている。
だからちょっと休憩を挟む。
休憩中は両手にゴルフボールを二個ずつ持って内回し、外回しを行う。
肩で息をする様ないっぱいいっぱいの状況ではうまく回せない。
うまく回す為には
意識はどこに置くのか。
身体はどんな状態であるのか。
自由上肢の骨は本当に自由なのか。
うまく回せる様になると心が和らいでいる。
食事を摂る時にもその状態にする。
味を感じる。
感じる心は空っぽでなければいけないのだろうな。
老子にある知恵によって起こる煩わしさからの解放とはこれか。
バガボンドの宮本武蔵と吉岡伝七郎の対峙するシーンみたいだな。
変な無理はしない。
我が身が後回しになるからかえって先になる。
発見があったから嬉しい気持ちになった。
もっともっと広げていきたいけど、明後日から試験なので勉強しなければ…
一発胸を叩いとこう。
『舌鑑弁正 訳釈』より紅舌を学ぶ。
こんにちは稲垣です。
『舌鑑弁正 訳釈』の”紅舌総論”より学びます。
・・痩人多火、偏於実熱、医者拘於外貌、輒指為虛、
誤服温補、灼傷真陰、域誤服滋補
(名為滋陰降火、実則膩渋酸歛膠粘、実熱、引入陰分)、
漸耗真陰、亦成絳舌、而為陰虛難療矣
(其初必有黄苔、医者不知、久之内傷己甚、不能顕苔、而変絳色矣。
凡陰虛火旺之病、自生者極少、多由医家誤用補薬逼成也)。
不論病状如何、見絳舌則不吉。・・
(引用:『舌鑑弁正 訳釈』P221~222)
・・痩せた人は火が多く、実熱に偏る、医者は外見にとらわれ、痩せていれば虛とする、
誤って温補を服用し、心陰を焼き傷る、誤って慈補を服用
(滋陰降火という、実すれば則ち膩渋酸歛膠粘、実熱、陰分に引き入れる)
真陰が次第に消耗、また絳舌となる、陰虚が治り難くなる
(初めは必ず黄苔、医者は知らず、時と共に内傷が甚だしくなり、苔が目立たぬまま、絳色となる。
陰虚火旺の病、自らそうなるものは極めて少なし、多くは医家の補薬の誤用によるもの)。
病状がどうあれ、絳舌は則ち吉ならず。・・
実際の臨床に立たせて頂いて、感じることの一つに
下焦の邪が強い患者さんが少なからず居られ、
その下焦をいかにクリーニング出来るかが重要に思えるケース。
補瀉の取り扱いは極めて慎重であるべきだと思いました。
鍼灸学校においては腎に実証はないと教育されますが。。
経験を積み考察を深めたいと思います。
今回は黄苔の存否などは分かりやすいと思えました。
【参考文献】
『舌鑑弁正 訳釈』たにぐち書店
突発性難聴
突発性難聴の方に柴苓湯が使われていたので調べてみます。
柴苓湯 (中医臨床のための方剤学/東洋医学出版社 P.106より抜粋)
組成:小柴胡湯合五苓散
効能:和解半表半裏(通調少陽枢機)・利水
主治:半表半裏証あるいは少陽枢機不利で、浮腫、水様便などの水湿停滞が顕著なもの。
淡滲利水の五苓散を合方し、水湿の除去をつよめる。
少陽枢機不利とは何なのか?
枢機:肝心かなめの大切なところ。
枢⇒戸の開閉装置のくるる 機⇒石弓の引き金
扉の開閉がうまくいかず水が停滞している状態のことかな?と考えました。
ただ、2週間程度服用していたが症状改善には至っていない様子なので、
漢方変更するなら何になるのか、引き続き考えてみます。
参考文献
中医臨床のための方剤学/東洋医学出版社
舌の考察 2023/12/6
もう、気がついたら今年も残りわずかになってしまいました。また一年が過ぎようとしています。
この一年は毎日、やるべきことはやって、行くべきところに行き、家に帰ったら、家での作業をこなし、寝る。というルーティンを守って生活していた印象です。
もう少し余白の時間も作れればと思っていますが、来年の課題になるでしょうか。
点刺はありますが、前回ほどは舌先の密集度は低下した?かなと思います。でも舌辺に広がったようにも見えます。苔の色が黄色に傾いてきました。胃の停滞もありますが、下焦の停滞間の方が強く感じます。最近は便が硬い状態が続いています。
舌裏の怒張が濃くなっています。血の停滞が見られます。
院での治療直後です。
前回の舌の写真より舌全体に膨らみが増し、ふっくらした状態で、気血の巡りが良くなった様に感じます。色味も明るくなりました。舌の苔も程よくついています。通常のベースはこのような舌なのかなと思いました。
でもこの日に急な鼻水が湧き起こる現象が見られ、頻繁に鼻をかんでいたのが気にかかりました。本人曰く、風邪からでは無く、学校での実技でお灸を中脘に10壮をしたせいだと思うとのことでした。そのせいで気逆を起こし鼻水として上に溢れたようです。
そういうこともあるのですね。
五行大義(06)
天皇陛下は、5月に皇居内の生物学研究所脇の水田にて、田植えをされます。
皇后陛下は、5月に蚕に桑の葉を与える御給桑(ごきゅうそう)をされます。
五行大義の水の性のところ、
「天子は耕に親しみ・・、王后は蚕に親しみ・・」とある。
我が国の文化の一端を知ることができ、興味深く思います。
潤下
水曰潤下。潤下者、水流濕就汗下也。
北方至陰、宗廟祭祀之象。
冬陽之所始、陰之所終。終始者、綱紀時也。
死者魂氣上天爲神、魄氣下降爲鬼。
精氣散在於外而不反。故爲之宗廟、以収散也。
易曰、渙亨、王假有廟、此之謂也、夫聖人之德、又何以加於孝乎。
故天子親耕、以供粢盛、王后親蠶、以供祭服、敬之至也。
敬之至、則鬼神報之、以介福。此順水氣。
水氣順、則如其性。如其性、則源泉通流、以利民用。
若人君廢祭祀、漫鬼神、逆天時、則水失其性、水暴出、漂溢没溺、壊城邑、爲人之害。
故曰水不潤下也。
水に潤下という。潤下なるもの、水 湿に流れ、汗に就れ下るなり。
北方は陰に至り、宗廟・祭祀の象なり。
冬 陽の始まるところ、陰の終わるところ。終始なるも、綱紀の時なり。
死なるもの、魂氣 天に上がり神となし、魄氣 下降して鬼となす。
精氣 散りて外に在りてかえらず。故に此を宗廟となりて散ずるを収るなり。
易にいわく、渙は亨り、王は有廟にいたると、これこれというなり、それ聖人の徳、また何をもって孝と加えるか。
故に天子は耕に親しみ、もって粢盛を供し、王后は蚕に親しみ、もって祭服に供し、敬これに至るなり。
敬 これに至れば、すなわち鬼神はこれに報いて、介福をもってす。これ水氣の順なり。
水氣の順、則その性の如く。その性ごとくは、すなわち源泉・通流し、もって民用に利する。
若い人君は祭祀を廃し、鬼神をあなどり、天時をかえし、すなわち水のその性を失い、水にわかに出て、漂溢・没溺し、城邑を壊し、人の害をなす。
ゆえに水、潤下ならずという。
【参考文献】
『五行大義』明德出版社
『易経』徳間書店
『安岡正篤 易経講座』致知出版社
正邪の闘争
教科書などで病因論の基礎的な説明の中で
「外邪の侵襲を受けて正気が傷られる」
そんな表現を目にする。
そこに何か違和感を感じていた。
それは「闘争」に互い(敵と味方として)の境界が
はっきりとしたイメージを付加していたから
だと気づくことがあった。
代わりに、重なりあったそれらが
濃淡の違いで明滅するところをイメージする。
例え話
連続的で
現在進行形ということ、
ただ言葉だけ聞いて
表面的に理解していた。
処置前と後、
変化を追うことを
ずっと静止画でやっていた。
説いてもらった例え話で
何かがはまったらしく、ただ
それが何かはっきりしませんが
妙に嬉しく感じられます。
『舌鑑弁正 訳釈』より”紅にて震える舌”から学ぶ。
こんにちは稲垣です。
顫動する紅舌を『舌鑑弁正 訳釈』より学びます。
第一百十三、紅戦舌。
鸇掉不安、蠕蠕微動也。
深紅、赤紅而戦者、宜三黄石膏等湯。
紫紅、瘀紅而戦舌、宜三黄白虎大承気。
淡紅而戦者、宜十全大補湯。
鮮紅、灼紅而戦舌者、宜六味地黄湯、
此舌虚火、実火皆有之(均裏証、無表証)、誤治即壊。
旧説指為汗多亡陽或漏風所致、
且不詳弁而概用温補、謬也。
(引用:『舌鑑弁正 訳釈』P244~245)
第113 紅戦舌
舌の震えが止まらずクネクネする。
深紅・赤紅で震えるものは、三黄石膏湯がよい。
紫紅・瘀紅で震えるものは、三黄白虎大承気湯がよい。
淡紅で震えるものは、十全大補湯がよい。
鮮紅・灼紅震えるものは、六味地黄湯がよく、
この舌は虚火・実火ともにあり(ひとしく裏証で、表証はない)、誤治は壊証になる。
旧説は汗多くて亡陽であったり、漏風によるというが、
詳しく調べずに概して温補を用いるのは、間違っている。
※十全大補湯については《和剤局方》を出典とする
『中医臨床のための 方剤学』と『舌鑑弁正 訳釈』の生薬について
成分が一部異なっており、精査していきたいと思います。
梁玉瑜は旧説の主治の方として紅戦舌に対して温補剤を一概に用いる事に注意を促し、
戦舌でも、紅舌の様々について湯液を選定されています。
《戦舌》
深紅・赤紅 → 解表清裏剤 「三黄石膏湯」
紫紅・瘀紅 → 寒下剤 「三黄白虎大承気湯」
淡紅 → 氣血双補剤 「十全大補湯」
鮮紅・灼紅 → 補陰剤 「六味地黄湯」
舌体がふるえ動いたり、舌筋がぴくぴくと動き、自分では制御できないことである。
「顫動舌」「顫抖舌」「舌顫」「舌戦」などと呼ふ。
虚損あるいは動風によって生じ、筋脈が陽気の温養と陰液の濡潤をえられないために
安寧を欠いて顫動したり、肝風内動にともなって振戦が引き起こされる。
(引用:『中医臨床のための 舌診と脈診』P30)
内熱の強そうな患者さんの、手足に動きがあるのが気になっており、
戦舌の特徴を調べることにより、熱と体の動きとの共通点を見つける事ができたらと考えました。
現時点では明確な発見には至っておりませんが、今後につなげたいと思います。
【参考文献】
『舌鑑弁正 訳釈』たにぐち書店
『中医臨床のための 方剤学』医歯薬出版
『中医臨床のための 舌診と脈診』医歯薬出版
最近感じている事
主体性と他力
遠くを感じるためには真っ直ぐそこに向き合わないと到達できない。
また、真っ直ぐになれたとしてもどこまでいけるか?
最終的な主体は自分だけども、自分だけの力では限界がありそうな気がする。
人は個体としていきなり出来上がったわけではなく、天地の交流から生まれた。
生きている間も色んなものを頂いている。
足元が浮ついていれば交流も途絶える気がします。
足の裏の勇泉、掌の労宮。
何かあるのかと気になります。
木が育っていくためには根が必要なのと一緒なのかな。
それにしても桜が散った後の新緑は元気です。
勢いを感じます。
先読み
歩行者を見ていて、あの人今からあの方向に行くのかなとか観察して勉強。
遠めの人の方が分かりやすい現象も勉強になります。
縮こまる
知識に捉われると大きな動きが出来なくなる。
溶け込むことが大切だなと思います。
自分も大きな流れの中の一部といった認識でいることにしてみました。
入浴
最近風呂に入る時電気を消して入っています。
静かさが増すのでとても良い感じです。
周りのザワつきは単純に騒がしい事もあるけど、自分が騒がしい事もある。
春の空気
浮ついているというか、フワフワしてる気がします。
今年は花粉がスゴイらしいのですが、例年に比べてそういった部分はどうなんだろうと気になっています。
歩くテンポ
現代人は急ぎすぎている。
早歩きしている時とゆっくり歩く自分の差も勉強になってます。
ゆっくりするからノロマになる訳でもないと思います。
衝脈
少し前から奇経八脈について書籍にて学ぶようになりました。
先日、研究生同士でモデルになり治療する機会があったのですが、その時の主訴がL2当たりに腰痛があるというものでした。
舌診や腹診、脈診、切経などを一通り行なった結果、左の地機と太渓に鍼をおいたのですが、その際、被験者によると腹部深部の嫌な感覚と足のそれぞれの鍼のおいた穴が繋がった感覚ががあったようで、置鍼とともに段々和らいで行ったようです。
それと呼応したのか背中の痛みも薄まったと言われていました。
身体の深部という言葉に、奇経八脈の「衝脈」を思い浮かべました。
私なりに奇経を交えて考察したいと思います。
衝脈は五臓六腑十二経脈の海で、五臓六腑は皆、衝脈によって血を受けていると言います。
また天人地三才理論によれば、督脈は天脈、任脈は地脈、衝脈は人脈になります。つまり督脈と任脈を繋ぎ、陰陽のバランスをとっているとも言えます。
衝脈の流注自体は複雑でいろんな説がありますが、今回関係がありそうなところを抜粋すると、〜臨床に役立つ 奇経八脈の使い方〜 著:高野 耕造
・李時珍は、衝脈の腹部における走行について「素問」骨空論と「難経」の折衷案を採用した。つまり、足の少陰腎経と足の陽明胃経を走行するとしている。
・胸部の衝脈は、浅層を走行するルート(経穴があるルート)と深層を走行するルートの2本のモデルを設定する方がよい。
・衝脈の下肢の流注は、大腿部内側面を下降し、足の太陰脾経と足の少陰腎経の間を通過する。そして、膝窩の陰谷に到達している。
・衝脈の下腿部の流注は、陰谷から2脈に分かれる。一つは、陰谷から足の少陰腎経に沿い、内果の後方から足底部の湧泉に向かう。もう一つは、斜め前方の足の太陰脾経を下降し、三陰交と交わり、足の太陰脾経とともに内果をめぐり、公孫から隠白に向かう。
・衝脈の足の太陰脾経を通る分枝は、足背面に出て拇趾と示趾の間を下って太衝に至る。
・衝脈の流注は、背裏(脊椎の臓面)を上行し大杼まで達している。
・衝脈は足の太陽膀胱経の一行線の脊柱前面を上向し、督脈を背裏から支えている。
取穴したツボは下腿部の脾経と腎経でした。衝脈の流注とも関係しているかと思います。また反応があった腹部の位置ですが、正確には確認してなかったですが、左側の胃経と腎経の辺りだったかと思います。
ちょうどその裏面の左背部(三焦兪から腎兪辺り)に膨隆がみられました。施術後、膨隆は幾分柔らかくなり、平になろうとしているように思えました。
またこの著者は左右の腎から供給される精気は帯脈を通じて左右の衝脈に流れるとしてます。
おそらく日頃の疲れがベースにあるところ、前日の睡眠不足で更に腎気虚損となり、腰痛が強く現れたと思われます。
一般的に奇経は臓腑とは直接連携はせず、正経の気血の調整を果たしていると言われます。
しかし衝脈は十二経の海と言われているため、経絡の異常や五臓六腑の不調による影響が色濃く現れやすいはずです。
今回は衝脈(人)を充実させるためにも、先天の精(天)に関わる腎経と後天の精(地)に関わる脾経に施術している事になります。
恥ずかしいほどの浅学ですが、少しずつ学びを深められたらと思います。















