脾と胃の病証
脾と胃は表裏関係にあり、経脈を通じて関連しているため生理的にも病理的にも相互に影響を及ぼす。
脾は臓(陰)に属し、陰が旺盛で喜燥悪湿
胃は腑(陽)に属し、陽が旺盛で喜湿悪燥
脾は胃が熱化しないように胃に陰液の一部を供給し、胃は脾が冷えないように脾に陽気の一部を供給していて、これらの協調関係が正常な脾胃の機能を発揮させている。
脾胃湿熱(内生した湿熱が脾胃に影響を及ぼす病証)
症状:上腹部の膨満感、食欲不振、嘔吐、口苦、口粘、尿黄、舌苔黄膩
本証は虚実挟雑(虚証と実証が同一時期に出現している証のこと)だが、主に湿熱(実証)の症状が顕著である場合が多い。
a.中焦の気機(気の働き)が滞る
湿熱が中焦の気機を滞らせると、上腹部の膨満感が起こり、熱により上逆すると嘔吐が起こる。
中焦の気が滞るため食欲不振が起こる。
b.湿熱が鬱滞する
痰湿が存在すると、口は粘り(口粘)、乾燥するが多く飲めない(口乾)という特徴がある。
実熱により津液を損傷すると、口苦や尿黄などが起こる。
c.運化が失調する
湿熱の影響で脾気虚になると、運化が失調するため食欲不振となり、水液を吸収できないと下痢になる。下痢は湿熱の影響を受けると粘稠になり、臭いも強くなる。
d.舌脈所見
痰湿により舌苔膩になり、脈滑となる。内熱により舌苔黄となり、脈は速く(脈数)なる。
a-dは特徴的な臨床所見?
上腹部(胃脘部)の膨満感や食欲不振は、湿邪が引き起こし、もともと津液が、水がいっぱいになっているもので胃熱との違いは、食欲不振があるかないか
粘→湿、乾・苦→熱。2つが引き起こす状態が1度に出る。
肺陰虚証を勉強していて思った事
授業で肺陰虚証について勉強したので、その時に思った事を書いていきます。
陰虚:乾燥/内熱
1.発熱→乾燥→陰虚
燥熱
2.五志の化火→乾燥→陰虚
体内で熱が生じ、次第に乾燥して、陰虚になっていく。日本では湿熱が多いですが、
砂漠のような地域には燥熱が多い。
五志の化生は、情緒、感情から生じる熱
というような話だったかと思います。
私は1は外因の影響で、熱証になり、2は内因の影響によるもので、
燥熱は気化熱みたいなものなのかと思い、燥熱の意味?を調べてみると
"燥邪を受けて津液が消耗しておこる病証。内熱と合わさることで更に消耗する"とありました。
気化熱は、感覚として身体についた水分がすぐに蒸発し、体感的には涼しくなる感覚でいましたが、
気化熱についても改めて言葉で見てみると
"1モルまたは1グラムの液体を、同温度の気体にするのに必要な熱量。液体が気体になる際に周囲から吸収する熱のこと。"とあり、
話の流れから受け取った雰囲気とは少し違いました。
情緒、感情から熱が生じることで乾燥し陰虚になるというのは、ぱっと思いついたのは、
怒りの感情が、肺や頭の方へ上昇していくイメージでした。
ただ五志には怒だけではなく喜笑、思、憂悲、恐驚があり、他のものが原因だとどうなのか、と考えました。
考え過ぎると気は滞り、それに伴って何かが熱に変わるのか。
驚いたときには心が消耗してバランスが崩れてどこかで熱が生まれるのか。
喜は…小さい子どもが遊びに行くのを楽しみにしていた日に熱を出すこと、は関係があるのか。その場合は何が熱化したといえるのか。
小さい子は脾が未熟であることから涎が出やすい、と習いましたが、大人と比べて
身体が未成熟なために五志の化生が起こりやすいことはあるのか。
火の神様
コロナ禍になった頃から、時間を見つけては山歩きに行くようになりました。
私にとって山を歩く事はいろいろ得るものがあります。自然の領域に入る事で何となく心が癒されたり、その時の季節を強く感じることができますし、家に帰ってきた時にクタクタになりながらもある種の達成感をを得ることもできます。
今回は日頃からの運動不足の解消と、下半身を鍛える事が目的の一つです。私が行く山道はそれなりに舗装はされていますが、足元がでこぼこしていて、当然坂道や下り坂だったり、いろんな形の道があるので、身体を上手く使わないと転んだり滑ったりもしないとも限りません。それも山を楽しむ醍醐味です。
疲れにくい歩き方というのが、身体のどこに重心を置くかという事にもつながっているように思います。だんだん山歩きに慣れてくることができたら、身体の使い方も上手くなるのではないかと思っています。
今日は嵐山の方にある愛宕山に行きました。山頂には愛宕神社があり、火伏せ、防火に霊験のある神社として知られています。
今回で3度目の参拝になりますが、なかなか登りがきつく、階段が多い参道なので、毎回登りが多い前半は来てしまった事に後悔します。やはり今回もそんな気分にさせられました。
そんな道ですが、小さなお子様を含む家族連れやご年配の方々なども登っています。
そういう光景を見ては励まされ、なんとか登りきりました。
そして神社に到着し、「火迺要慎(ひのようじん)」と書かれたお札を無事授かることができました。
また来年まで自宅の台所に新しいこのお札を貼っておきます。
素問 陰陽応象大論篇(第5)から その2
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こんにちは、大原です。
前回の続きで、「素問を読もう!勉強会」でも
少し触れた内容になります。
(前回の記事→素問 陰陽応象大論篇(第5)から)
前回は、素問 陰陽応象大論篇(第5)の中の
人体を構成するものの、
それぞれの相互転化についての記述について
考えていきました。
↓この一連の流れが重要であるという読み方をしてみました。
「味」→「形」⇄「気」→「精」⇄「化」
さて、素問の記述では、
最初の「味」は「陰」によって生じるとあります。
(「陰」→「味」)
もう一度原文を確認してみましょう。この2行目にあります。
【原文と読み下し】
・・・
水為陰、火為陽。(水は陰となし、火は陽となす。)
陽為氣、陰為味。(陽は気となし、陰は味となす。)
味帰形、形帰氣、氣帰精、精帰化。(味は形に帰し、形は気に帰し、気は精に帰し、精は化に帰す。)
精食氣、形食味、化生精、氣生形。(精は気に食(やしな)われ、形は味に食(やしな)われ、化は生を生じ、気は形を生ず。)
味傷形、氣傷精。(味は形を傷り、気は精を傷る。)
精化為氣、氣傷於味。(精は化して気となし、気は味に傷らる。)
・・・
2行目の「陽」や「陰」とは何を指すのかというと、
「陽」とは「天」のことで、
「陰」とは「地」のことであると、
この文章の前の部分の文脈から解釈できます。
すなわち「味」である飲食物とは、
「陰」すなわち大地のエネルギーによって
生じるということになります。
(「エネルギー」という言葉以外に良いキーワードが思い浮かびませんでした。
他に何か良い訳し方があるでしょうか、教えてください。)
形(肉体)や気、精は、正しい飲食によって得られると
前回の記事でまとめましたが、
さらに正しい飲食とは、
しっかりした大地のエネルギーから生じるということになります。
ちなみに、これらをまとめると
「陰」→「味」→「形」⇄「気」→「精」⇄「化」
となります。
現代の食生活における食材は、
大地のエネルギーをしっかり得たものかというと
そうとも言いきれないのでは?と感じてしまいます。
例えばインスタント食品や人工的に作られた調味料などは、
大地のエネルギーがほとんど無いのではないでしょうか。
また、旬のものでない野菜も
現代はビニールハウスなどによる栽培技術によって
手に入りやすくなっていますが、このような季節外れの野菜は
しっかりと栄養がとれるのでしょうか?
素問の内容から、そのような疑問をふと感じてしまいました。
(現代の農業の技術に関して私は全くの素人ですので、
このような疑問が間違ってましたら謝ります、すみません。)
参考までに、
「五味」の働きについての記述もこのあと出てきます。
辛散、酸収、甘緩、苦堅、鹹耎。
辛は散じ、酸は収め、甘は緩め、苦は堅くし、鹹は耎(やわ)らかにす。
(『素問 蔵気法時論篇』(第22))
さらに、
五味所入、
酸入肝、辛入肺、苦入心、鹹入腎、甘入脾、
是謂五入。
五味の入る所、酸は肝に入り、辛は肺に入り、苦は心に入り、鹹は腎に入り、甘は脾に入る、
是(こ)れを五入と謂(い)う。
(『素問 宣明五氣篇』(第23))
五味の働きについては
現代の薬膳関係の書籍に書かれていますので、
薬膳に興味がある方はご存知かも知れません。
ですが、例えば、
いくら酸味や甘味のある食材を用いて調理したとしても、
その食材にしっかりとした陰がなければ、
味覚としては酸味や甘味を感じたりしても、
実際には身体を養うような本来の食物としての作用が
発現されないのではないでしょうか。
五味は大地のエネルギーから生じるという
原則的な内容について書かれた書籍は
個人的にあまり目にしたことがありませんが、
重要なことのように思います。
参考文献
『黄帝内経 素問』 東洋学術出版社
重心
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2021/09/23 『重心』
先日自分の立ち姿を写真に撮ってもらった際、その腰の入っていない具合が、重心が下りていない様が、露骨に写し出されていた。脈診のときに指導された内容にも通じる。生活態度から諸々見直す必要あり。
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2021/09/24 「鍼治療を受けて」
初めのて治療をうけた時は(数年前)は見つけた反応に名前をつけようとしていた。たらだの表面をぞわぞわ動くそれを衛気の動きなのかと考えたり…
いまは、からだのうえに今回はどんなことが起きるのかを待っている間が貴重な時間で、予想とか期待とか、なくなってきた。
置鍼中のからだの動きは、何週か似た展開のこともあるが結局は、新しいものに切り替わる。
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2021/09/25 「先輩から」
具体的に書けませんが、忘備録として。
“それ”では単に経絡の操作になってしまうー
ありがとうございました。自分のやっていることに対する客観的な視点が少し補なわれた気がします。
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2021/09/26 「七情」
学生の頃から、そして今も疑問に思っている。そんな極めて強い作用でなくたって常に影響を受けているだろうと考える。5種(7種)の分類を、それで取りこぼすもの置いても優先するのにどんな背景があるのか。そして何より、感情とセットになっている信念との話抜きにして語れないのではないかという点。
いまの疑問を疑問としてー
ファッシア
引き続き「閃めく経絡」を読んでいます。
一番気になっていた経絡や経穴とは何かについてですが、
気が知性を持った代謝であるならば、鍼灸のツボは発生的な形成中心であり、経絡はこれらを接続するファッシア面ということになる。
ツボがファッシアに存在すると完全に確信している。
と筆者はこう記しています。
ファッシアって何でしょうか?
ファッシアとは「膜」のことであり、臓器、骨、筋肉、脂肪、靭帯、血管、神経などの組織を覆う膜の総称です。
そのファッシア面にツボがあり、そのファッシア面に沿って気の通り道となる経絡が走っているとの見解が書かれています。
そうなんですね。
まだ正直なところあまりピンとこないですが、そうなんでしょう。
膜にはいろいろな感覚受容器が備わってそうですが、実際、肩が凝っているところに鍼を刺してもらうと、鍼が筋膜を破る際にプツンという衝撃を感じる事があって筋肉が緩む経験を何度かしたことがあります。その時に「響き」「得気」と言われる感覚も起こりやすいです。電気が走るような感覚、それが冷たいとか熱いとか寒熱を感じる場合もあったり、ズーンとした心地良い圧迫感などなど、いろいろ起こると思います。
東洋医学の考え方に、一部は全体を表し、全体は一部を反映している。
その理論を応用して、頭皮鍼や耳鍼などで治療する方法もあります。
そうであれば肌も一番外側の膜に相当するファッシアと考えると、わざわざ(ツボがあるとされている内部の)危険の伴う関節部や筋肉の裏側、血管や神経の密集したところに刺さなくても同じような効果を引き出せるとしたら、
それを薄い皮膚表面で再現できるとすれば、
安全かつ確実に代用できるのかもとフト思いました。
新しい年
ようやくこの本が手に入りました。
このシリーズの傷寒論はもう読みました。
とても読みやすいです。でもどの本でもそうですが、一度読んだだけではあまり自分の知識に落とし込めません。何度も読み返すのが理想なんでしょうが、気になる他の本もたくさんあって辛いところです。
いつも朝の起床時に1時間ほど自習をしています。寺子屋でお世話になり始めてからの習慣になりました。自分なりに気に入っている習慣です。
これで更に帰宅後の夜にも自習の時間を作りたいのですが、身体の電池切れでなかなか習慣になりませんでした。
今年も新しい年が始まりました。また日々の生活を見直しつつ過ごして、新しい発見を楽しみたいと思います。
ぬたあん
試験期間なのでどうしても勉強しなければいけない。
全てではないけども、機械的に詰め込むものが多くつまらない。
詰め込む量が増えるとそれ以上は頭に入らなくなる。
そんな時は気持ちもいっぱいになっている。
だからちょっと休憩を挟む。
休憩中は両手にゴルフボールを二個ずつ持って内回し、外回しを行う。
肩で息をする様ないっぱいいっぱいの状況ではうまく回せない。
うまく回す為には
意識はどこに置くのか。
身体はどんな状態であるのか。
自由上肢の骨は本当に自由なのか。
うまく回せる様になると心が和らいでいる。
食事を摂る時にもその状態にする。
味を感じる。
感じる心は空っぽでなければいけないのだろうな。
老子にある知恵によって起こる煩わしさからの解放とはこれか。
バガボンドの宮本武蔵と吉岡伝七郎の対峙するシーンみたいだな。
変な無理はしない。
我が身が後回しになるからかえって先になる。
発見があったから嬉しい気持ちになった。
もっともっと広げていきたいけど、明後日から試験なので勉強しなければ…
一発胸を叩いとこう。
腹をうかがうにあたって
腹診を学ぶにあたって理解があやふやな用語をまとめてみました。
心下痞(しんかひ)=心下痞満(しんかひまん)
心下とは胃脘部を指す。胃脘部に気機の阻滞によって痞えたような不快がある。患部に疼痛はなく押さえると軟らかい。
心下痞硬(しんかひこう)=心下痞鞭(しんかひこう)
硬と鞭は同意語。気機の阻滞により胃脘部に痞えたような不快感があり、患部を押さえると硬く抵抗感がある。また心下痞硬の一種として心下部が菱形状に抵抗が強い心下痞堅がある。
どうやら心下痞は自覚症状のみですが、痞硬の方は他覚的に抵抗があって場合によっては疼痛もある感じです。
心下支結(しんかしけつ)
胃脘部が詰まったような不快な煩悶感がある。
少腹急結(しょうふくきゅうけつ)
左の前上骨棘と臍を結んだちょうど真ん中あたりに索状物を触れ、押したり按じると響くように痛むもの。瘀血の症の一つ。
小腹腫痞(しょうふくしゅひ)
右の腰骨と臍を結んだ線の上から3分の1あたり、回腸部付近にしこりや圧痛があるもの。瘀血の症の一つ。
一語でわかる中医用語辞典(源草社)
はじめての漢方診療十五話(医学書院)
穴性について思うこと
先日母が風邪をひき、熱は下がったが咳が治り切らずに寝れないとの事で治療した。
脈は寸部が圧迫されている印象。
腹診後、腹を出した状態で咳をする時の動き方をみる。
触った感覚と視覚的なもの、腹の動き方を確認する。
何となくここかな?と思う部分がある。
配穴では、最初手足で使う。
しばらく置いて、マシにはなるんだけどまだ残っている印象。
背中を出してもらう。
確認すると、膈兪の周辺が湿気を帯びて一部硬くなっている。
そこに鍼を置く。
しばらくすると溢れ出す鼻水。
咳も治ってきた。
後々、学術的にも考え直した。
膈兪は血会であり、本ではやはり血の鬱滞に特に多く使われている印象。
今回は、舌下の血色や舌下静脈・脈などからでも瘀血所見は見られたが、そこは痰湿が中心に絡んでいて起きたものだと感じた。
後々考えると、「血会」に縛られすぎて感覚を疑う怖さも感じた。
また、東洋医学に限らず、一面を見たものがそれが全てだと感じて範囲外の認識が見えなくなる現象は良くある。
全てにおいて太極的な視点は必要だと改めて感じた。
















