学生・研究生によるブログ

学生・研究生による学びと発見のブログです。

舌の考察 2023/11/22

最近は舌の考察を寺子屋生どうして写真をとってみたりして行なっています。 今までこんなにじっくり舌を観察する機会がなかったので、やはり勉強になるなと改めて思っています。 自習の方では難経鉄鑑の34難まで進みました。 以前読んだ時は33難が難しくて、一体何のことを言っているのかチンプンカンプンでしたが、今回改めて読み返してみると何となく全体像を理解できたような感じになり、繰り返し読み返す意味を再確認することができました。 舌質 胖大 やや淡白より。 厚みがあって、パンと張った気が充実している舌で、気滞があるのかなと思われる。 しかし舌尖の赤味が他の2人とは違ってみられない。 舌苔も薄く消化管も問題なさそうに見える。 舌の張り感がなく、だらんとした気が抜けた舌。 舌苔は粘稠で厚みがあり、低速モードで消化管の働きが追いついてない。中焦、下焦に停滞している。 備考:生理が終わって、口周りの吹き出物の活動が治ったように思う。 上の2人に比べると、舌の色が暗く、鮮やかさに欠ける印象をもつ。 舌の弾力性も以前の写真に比べると低下している雰囲気がして、気虚が増したように感じる。 舌裏も白抜け感があり、まだらで血の停滞が見られる。

おばあちゃん(95歳)と鍼

祖母(95歳)に鍼をしてあげて欲しいと、母から連絡がありました。 3年ぶりに施設に行ってきました。 傾眠状態が続き、食事、歩行は自力でできず、ADLは全介助。 両手を腕組みした状態で蹲ったような姿勢でした。 2ヶ月前から急に拘縮が悪化したようです。 担当の按摩師さんと電話で話したところ、 主動筋と拮抗筋を軽く摩った後、 声をかけながら他動介助運動すると伸ばせるそうです。 四肢共に正常関節可動域まで動かせると教えてもらいました。   体がいつも冷たいと職員さんや母からも聞いていましたが、 午前中に按摩師さんがマッサージをしてくれたのか 思っていたより顔色が良く四肢末端も温もりがありました。 ガチガチに固まった体。 人の手に触れらてもらえることは大切ですね。     今日の目的は祖母に鍼をすること。 傾眠しているので問診、舌診できず、 車椅子に乗った状態で、硬く組まれた腕が邪魔して脈診もかろうじてできる程度、腹診はできません。 四診総てが叶わない時もある。 「どんな体勢からでも診れること。」 「寝ることのできる状態でなくても、鍼を打てるように。」 事前に下野先生に相談し、アドバイスをいただいていたので少し落ち着いて取組めました。   下肢を切経しながら指を角度を変えながら当てて 反応があった所に鍼をしました。 寝て鍼をすることが当たり前だと思っていたので、車椅子に乗った人への施術は初めてでした。 背中は車椅子の背もたれに当たり、 鍼ができなかったので肩甲骨下角を軽擦してみると、 「ああ、気持ちいい」 と傾眠していたのに目を開いて大声を上げました。 祖母がどうなりたいのか、 問診ができず分かりませんでしたが、 ずっと顰めっ面をしていた、 これがサインだったと気づきました。 緊張が続いて不快だったんだなと。     脈が引き締まり、ほんの少し自発運動が起きました。 鼻水、涙が出て、手足はじんわり発汗していました。 偶然で起きたことにはならいように 反応のあった所と体の変化を結びつけ考察したいのですが中々難しい。   制約の中での施術は非常に勉強になりました。 ありがとう、おばあちゃん。 鍼をするため、定期的に祖母の元に通います。

実験、公孫など

珈琲 私はコーヒーが合いません。 香りや苦味が好きなんですが、身体に合わない。 自分の感覚として体感しているのは肝の暴走。 散々書籍にあることなので発見でも何でもないのですが、体感としても感じます。 じゃあ、それを思いっきり飲んだらどうなるか。 ボトルコーヒーを一本一気飲みしてみた。 自分の体の反応と術者としての感覚を飲む前、飲んだ後と比較してみました。   術者として 普段から鋭くない感覚が更に鈍くなる。 全く相手を感じる事ができない。 身体を触らせて頂く時に頭に言葉が多くなる。   体感として 自意識が強くなる。 ナポレオンはコーヒーを勇気の出る飲み物として愛用していたらしいのですが、鈍感になっただけじゃないのか。と思った。 また、時間差があるので直後には出ない。 ただ影響がマックスになった時、酒で酔った感覚になる。 調べるとコーヒー酔いというものもあるらしいです。 気逆を起こすと気が大きくなる? 脈の寸には影響があった気がします。 頭には色んな言葉が浮かぶ様に。 エゴが強くなった感覚? いつも以上に自分の世界だけで全てを完結させている気がしました。   家に帰って自分の肝経の経穴に鍼をしてある程度は和らぎましたが、躁鬱状態ってこんな感じなのかなと思いました。   手に受ける感覚 何か違和感を感じたとして、それぞれ種類が違ってくる。 細分化して言語化できればいいなと思いました。 体感として一つ重い感覚はあったので、まずはそれについて考えていく。     切経 術者と患者が合った時、そこに囚われ過ぎるのは良くないと思いました。 ベタベタ触ると段々反応も薄れ、よく分からなくなってくる。 即時即決、一回でどれだけ情報を頂けるか。 患者とどの様な意識で向き合うか、模索します。 深さも意識したい。     公孫 この穴の認識を深めたい。 奇経八脈考、症例から学ぶ中医婦人科などを中心に調べているのですが、まだイメージが掴めていません。 引き続き調べて行きます。   楽しむこと 表面的なものではなくて、この本質って何なんだろう。 考える事で遠のいていっているかもしれないけど、一旦はこの工程を踏みたいと思います。
六甲山

とある山中にて。

こんにちは、稲垣です。 修行の一環で、とある山中にて作業をさせて頂いております。 感じる事は多々あるのですが、この春に感じた事を記したいと思います。 今年の節分は例年よりも一日早い2月2日でした。 つまり立春は2月3日。 その翌日に山中に入りましたが、都市部の寒さとは違う空気を感じました。 気温は寒いのですが、間違いなく”春”。 ビルよりも、木に囲まれた方が、 季節を正確に教えて頂いているように感じます。 その春ですが、 藤沢周平の作品に出てきそうな 東北武士の気概のような力強さを感じました。 ”長い冬に積もった寒さを、苦難を跳ねのけて芽を出す力強さ”的な。 車のギアでいうと1速、2速とかそんなギア比でしょうか。 そんな空気を感じながら作業をしていると。 肝氣の力強さを思い、疏泄機能・条達機能とはこういう事なのかな?と感じたり。 弦脉とはこういう事なのかぁ?と感じたり。 色々な事の辻褄があう感覚を得る事が出来て楽しい時間を過ごせます。 極めて価値ある時間を頂いています。 一人で黙々と作業をする事が、 そんな楽しく思考出来るコツのように思いえますが、どうなのでしょう。 この場所だけに限らず、様々な山を楽しみたいと思います。

胃・小腸・大腸

  霊枢を読み進めていって勉強している事を書いていきます。   《現代語訳 黄帝内経霊枢 上巻》 P104 邪気蔵府病形篇「黄帝がいう。「私は五臓六腑の気が、みな井穴から出て、滎穴と輸穴を経て合穴に入ると聞いたことがある。 その気血はどの道を通って注ぎ、進入した後どの蔵府および経脈と連結しているのだろうか。その道理を聞きたいものだ。 岐伯が答える。「これは手足の陽経が別絡から内部に進入して、六府に連続しているのです。」 黄帝がいう。「滎穴・輸穴と合穴には、治療の上で一定の作用があるのか」。 岐伯が答える。「滎穴・合穴の脈気は深いところにあるので、内府の病気を治療できます」。 黄帝がいう。「人体内部の府の病は、どうやって治療するのか」。 岐伯がいう。「陽経の合穴を取ります」。」 黄帝がいう。「合穴には各おの名称があるのか」。 岐伯が答える。「足の陽明胃経の合穴は三里にあります。手の陽明大腸経の脈気は足の陽明胃経を循り巨虚上廉で合します。手の太陽小腸経の脈気は足の陽明胃経を循り巨虚下廉で合します。手の少陽三焦経は足の太陽膀胱経で合します。足の太陽膀胱経は委中で合し、足の少陽胆経は陽陵泉で合します」。」   →下合穴の説明が書かれていました。 腑病にはこれらを使いなさいと提示されています。 ここでは特に、足陽明胃経の上廉(上巨虚)・下廉(下巨虚)が大腸・小腸の合穴に設定されている点が気になりました。   《中医薬大学全国共通教材 腧穴学》 P 64 「中医理論によると大腸小腸は全て、広義の胃に属すので大腸小腸の下合穴は胃経上にあるのである。」 《中医薬大学全国共通教材 全訳中医基礎理論》 P130 「胃の通降作用とは、小腸が食物残渣を大腸に送ったり、大腸が糞便を排泄したりする機能も含んでいる。」   →答えなのでしょうが黄帝内経における根拠が書かれていません。 いや、普通に考えて胃から大腸まで繋がっているじゃないか!とよぎりますが、それは西洋医学の解剖学的所見なので東洋医学を考える上では参考にできません。 極力黄帝内経に理由を求めていきます。 胃〜大腸は、水穀の受納〜糟粕の排出までのラインのはずなので、まずは水穀が糟粕になるまでの流れを追っていきます。   <現代語訳 黄帝内経素問 上巻> P210 五臓別論篇「六腑には、常に水穀が充実しているものですが、反対に精気は充実していません。 この道理は、水穀が口から入ったあと、胃は実するが腸は空虚であり、食物が下へ送られる段階になると、腸は実するが胃は空虚になると理由にもとづいています。」   《現代語訳 黄帝内経霊枢 上巻》 P479 腸胃篇 「「黄帝が伯高に問う。「わたしは六腑の消化器官がどのようになっているか、腸胃の大小・長短、水穀を容れる容量の多少などを知りたいと思う」。 伯高言う。「すべてをお話しいたしましょう。 穀物が口から入って体外に出るまでの消化器官の深浅・遠近・長短の数値は次のとおりです。 唇から歯までは長さ九分、口の端から端までは幅二寸半。歯から会厭までは深さ三寸半、水穀五合を容れることができます。 舌は重さ十両、長さ七寸、幅二寸半。咽門は重さ十両、幅一寸半、咽門から胃までは長さ一尺六寸。 胃の形は曲がりくねっており、それを伸ばすと長さ二尺六寸、周囲一尺五寸、水穀三斗五升を容れることができます。 小腸は腹腔の中にあり、後は脊柱に付き、左から右へ向かって周り廻り、腹腔内で幾重にも折り重なって廻り、下口は廻腸に注ぎ、外側は臍の上に付き、廻り折れ曲がり、湾曲すること全部で十六回、周囲二寸半、直径八分と三分の一、長さ三丈二尺。 廻腸は臍の所に位置し、左に向かって廻り、下向きに重なって、折れ曲がり湾曲すること、同じく十六回、周囲四寸、直径一寸と三分の一、全長二丈一尺。 広腸は脊椎に付き、廻腸が送る糟粕を受け取り、左に向かって廻って脊椎の前に重なり、上から下へ行く程太くなり、最も太い所で周囲八寸、直径二寸と三分の二、長さ二尺八寸。 腸胃の水穀を運輸消化する過程は、口唇から肛門まで総長六丈四寸四分、全部で三十二回の湾曲があります」。」   《臓腑経絡学》 P 63 「大腸は、廻腸、広腸、直腸、肛門(魄門)から成る。」   《中医学ってなんだろう》 P 241 「「大腸の伝導」は、広い意味での「胃の降濁」の一部と言えるものです。 胃気が下降していることは、大腸の伝導の前提となります。」   →飲食物が胃に入って糟粕を排出するまでの過程が示されており、それは胃を起点に一連の流れで繋がっているので古人はこのラインを胃の代表する一つのグループとして考えた。 腸の伝導機能とは胃の降濁機能の一部とも言える。 関連が深いからこそ、わざわざ「腸胃篇」という一つの篇にまとめたのかもしれない。   ↓「胃の通降(降濁)機能」 ①胃◯→小腸→大腸 ②胃→小腸◯→大腸 ③胃→小腸→大腸◯ ④胃→小腸→大腸→◯(糟粕)   続いて「胃経上にある下合穴を刺し腑病を治す」とはどの様な事なのか考えてみたいと思います。   参考資料 <現代語訳 黄帝内経 霊枢 上巻> 東洋学術出版社 南京中医薬大学編著 <現代語訳 黄帝内経 素問 上巻> 東洋学術出版社 南京中医薬大学編著 <中医薬大学全国共通教材 腧穴学> たにぐち書店 主編 楊甲三 <中医薬大学全国共通教材 全訳中医基礎理論> たにぐち書店 主編 印会河 <中医学ってなんだろう> 東洋学術出版社 小金井信宏著

変えてみること

  ここ一週間、歩く際に使う筋肉、重心の乗せ方を変えてみています。   続けてみるとふくらはぎ、内転筋の筋肉のつき方が変わって面白いです。   日常的には以前仰って頂いた様に電車でのバランス感覚も違うなと感じました。   また、私の課題である手が重いという問題ですが、色々原因を考えてみると肘がうまく使えていないことも要因の一つにあるかもしれない思いました。   ひじが上手く使えていないとツッパリ棒を相手に押し付ける様な形になり、余分な力が加わって重さに繋がるのかもしれないと感じました。   ですので、そこを意識しつつ、相手の呼吸などに合わせて背候診を行なっていこうと思います。        

風邪の引き始め、切り替え

  風邪のひき始め 涼しくなってきました。 でも未だに人によっては暑いという人がいる。 クラスでも空調が未だに24くらいに設定しようとする人も。   当然寒いので風邪をひきかけた。 症状としてはまず悪寒・鼻水(量多め)・喉のイガイガ・脈緊。発熱がないからか、浮いてはいない。 典型的な小青龍湯証なのでお湯で服用て暖かい服を来た。   じんわり汗をかき、暑くなってくる。 薬によって反応する穴はどこだろうと探ってみる。 申脈がかなり熱を持ってきた。 理論的にも説明がつくし、勉強になる。 あくまで肺は邪気の付着部位だなぁ。   昔の人は「手首足首を冷やさないよう」と言っていたけど、そういう事かと納得。 首にネギも実は理論的な気がする。 今度同じ状況で反応があったら申脈試してみよう。   発汗が終えると喉の痛みと緊脈は消えたので、一旦は凌いだ。 でも、膀胱経にムチを打って働かせたという事は背景にある腎や他臓も弱める。 実際腹部にも出ている気がした。   他気になる変化として、ふと手のひらを見たら左手の労宮がゲッソリしてたのだけど、これは薬の反応なのか。 気になります。   切り替え 最近いい経験ができている。 この状況で頭を使うのは仕方ない。 それは使うべきところだと思う。 今の課題として、その状態から治療に移る時、一気に切り替える精度の高い方法を模索中。   自身の一つの状態確認法としては、周りの音がどう聞こえているか。 そこである程度確認できるので、いい状態に一瞬で持っていける様にしたい。  

周囲

気をどこに使うか。   それも一つの自分の課題な気がした。   受付の時も自分は必要以上に気を分散させてしまっている気がする。   そんな事に気を取られている場合ではない。   周りと自分の境界線を考え直さなきゃいけないと思った。   それが自分の心のありようも繋がってくると思う。   いかに無駄を省けるか。   でもそこに無駄を省くための作為が生じない様にしたい。   また精神状態の変化と手の感覚の変化を追っていても勉強になっている。   どんな時でも手を含め何かを感じる事は忘れない様にしたい。   その為にもっと心を柔らかい状態に保たなければなとも思う。

側頭部痛 2

(前回の続き) 側頭部痛(表面的な痛み) を引き起こしている機序が何かー その場では 結局見立ては固めることができず、 ただ、どうしても足部とくに三陰交付近に 深く引き込まれる感覚と 舌、顔の気色に熱の所見が認められる ことなどから、三陰交に取穴した。 処置後、 体がやや熱くなっているとのことだった。 停滞していたものが動いたひとつの徴としてよいのか。 下焦の瘀血が気滞を生じさせ疎通を阻んでいたのか。(それならば瘀血の素因を何とみるのか) 「温か」ではなく「熱い」というのはどうなのか。

積聚

ようやく酷暑の時期が過ぎ、少し秋の気配が感じられてやれやれです。今まで外気の暑さを避け、内にばかり閉じこもりがちだったので、これから少しずつ外への活動の機会を増やそうと思っているところです。 そんな中、新たな本を手に取りました。 読んでいて気になったところを抜粋して、自分の学びに繋げたいと思います。 以下 積聚治療 気を動かし冷えを取る 小林詔司 より 難経55難にいわく 病には積と聚とあるが、どのようにこれを区別したらよいか。 積は陰の気である。聚は陽の気である。 だから陰は沈んで伏し、陽は浮いて動く。 気の積むところを積と言い、気の聚まるところを聚という。 だから積は五臓の生じるところであり、聚は六腑の成るところである。 積は陰の気であるから、その始まりは場所がはっきりしていて、その痛み(病)はその場所にある。また上下、左右の境界も明確である。 聚は陽の気であるから、その始まりには場所がはっきりせず、上下の境もはっきりしない。痛みがあってもその場所が移動するから聚という。   以上をまとめると ①腹部の病を、積と聚の2種類に分けている。 ②積聚は、いずれも気である。 ③気に陰陽があり、積を陰の気、聚を陽の気とする。 ④そのため、積は固定的なもので判断しやすく、聚は移動性のもので判断しにくい。 この気の概念と陰陽観という2点を前提にすることで、腹部のあらゆる症状を網羅することになり、さらには肉体のあらゆる症状が腹部に投影されているとすることができる。つまり、腹部症状を積と聚という言葉で統一しているのである。 言葉の上では聚と積の2種類であるが、現象としては連続した気のあり方ということができる。 積聚治療との本当の特徴は、病症に具体的に現れた人体の現象そのものを気の集合体ととらえ、その視点で治療をしていくというその考え方にある。その前提として、気と陰陽の概念を、時間をかけてじっくり理解しなければならない。 積聚治療とは ◉すべての病症を気の概念で把握する ◉病とは気の偏りや滞りとみなし、その究極の原因を冷えとして把握する ◉治療とは人体の気を動かすことである まだ導入部分しか読んでませんが、この本は気の概念についての勉強になりそうです。