天人合一(01)
先輩に許可を頂いた患者さんに、問診に入らせて頂いております。
望診・聞診・問診・切診。
四診合参し、取穴を想定する訓練を一つ一つ手ほどきを頂きます。
患者さんの発するインフォメーションについて
自分の頭の中でシャッターを切りますが、
課題としては、一部分に注視しすぎるところでしょうか。
要は、全体が診えていないなと。
広く全体の情報を、クールダウンして俯瞰しなくては。
と、いう事で自宅に眠っていたカメラを引っ張り出してみました。
情報をいかにキャッチできるのか。
些細な情報の一つ一つを、瞼に撮る訓練をしてみたいと思います。
【参考文献】
『新版 東洋医学概論』株式会社 医道の日本社
穴性について思うこと
先日母が風邪をひき、熱は下がったが咳が治り切らずに寝れないとの事で治療した。
脈は寸部が圧迫されている印象。
腹診後、腹を出した状態で咳をする時の動き方をみる。
触った感覚と視覚的なもの、腹の動き方を確認する。
何となくここかな?と思う部分がある。
配穴では、最初手足で使う。
しばらく置いて、マシにはなるんだけどまだ残っている印象。
背中を出してもらう。
確認すると、膈兪の周辺が湿気を帯びて一部硬くなっている。
そこに鍼を置く。
しばらくすると溢れ出す鼻水。
咳も治ってきた。
後々、学術的にも考え直した。
膈兪は血会であり、本ではやはり血の鬱滞に特に多く使われている印象。
今回は、舌下の血色や舌下静脈・脈などからでも瘀血所見は見られたが、そこは痰湿が中心に絡んでいて起きたものだと感じた。
後々考えると、「血会」に縛られすぎて感覚を疑う怖さも感じた。
また、東洋医学に限らず、一面を見たものがそれが全てだと感じて範囲外の認識が見えなくなる現象は良くある。
全てにおいて太極的な視点は必要だと改めて感じた。
学ぶ事
耳障りの良い言葉、その時自分に合うと思っているものが自分の為になる訳ではなく、辛い経験も絶対に必要。
どんな状況でもそこから学ばなければいけない。
自分の周りに現れた現象には全て意味があると思う。
鍼灸師として生きようと考えているのなら出される答えは普通のものとは違うと思う。
それを学べたのは誰のお陰か。
ちゃんと考えれば分かる。
この経験を無駄にしないことが唯一できる恩返しだと思う。
とても価値のある大きいものを与えて頂いた気がします。
勉強会など
先日勉強会で症例検討を行いました。
その際に気になった点を書いていきます。
舌
状態から考えて陰液の欠乏、熱、正気の弱りが考えられる。
脈
Oさんから教えていただいた感覚から
瘀血、虚熱、正気の弱りが伺えた。
切経も含めて、まずは脾と胃の関係を考え直したい。
また、症状からして脾気虚を原因とした脾陰虚の様なニュアンスも感じます。
これが原因で病理産物も生成されたのか。
現代語訳 黄帝内経素問上巻 太陰陽明論篇
「四肢は皆気を胃に稟くけども、経に至ることを得ず。必ず脾に因りて、乃ち稟くることを得るなり。
今 脾病みて胃の為に其の津液を行らすこと能わざれば、四肢水穀の気を稟くるを得ず。」
「黄帝がいう。「脾と胃とは、一つの膜を挟んで連ねているだけであるが、脾が胃に変わって津液を輸送するというのはどういう理由か。」
岐伯がいう。
「足の太陰脾経は、三陰と言いますが、その経脈は胃を貫いて脾に連属し、咽喉を絡っています。
このため太陰経の脈は胃の水穀の精気を手足の三つの陰経に送ることができるのです。
一方、足の陽明胃経は、足の太陰脾経の表にあたり、五臓六腑の栄養の供給源です。
このため太陰脾経が胃に変わって津液を送るといわれています。
五臓六腑はいずれも脾経を経て胃の水穀の気を受けています。
このため太陰脾経が胃に変わって津液を送ると言われています。」」
切経から陽明の熱の様な存在も気になったのですが、脾が立て直され陰液が生成される様になれば自然と落ち着くのか?
上の文、気になったので書き残します。
他に瘀血のできる位置もとても勉強になりました。
課題
相手を感じれた?時なんとなく相手の気持ちが移ってきて同じ様な状態になる事が少し増えたのですがこれはまた自分の課題とするところと違うのか。
良い事なのか悪い事なのかわかりませんし、一向に問題をクリアできていないのですが今までにはなかった感覚なので新鮮です。
仕事の帰りに少彦名神社
少彦名神社
【御鎮座】
道修町には、明暦四年(1658)頃から薬種商が集まっており、享保七年(1722)
124軒が幕府より道修町薬種中買仲間として公認された。
この仲間が生命に関する薬を神の御加護のもとに間違いなく取り扱えるよう、中国の薬祖神・神農氏と共に、
安永九年(1780)京都・五条天神から少彦名命をお招きして、仲間会所(現在地)におお祀りした。(引用:神社の案内より)
(´ー`)
仕事の帰りに足を延ばし、少彦名神社に参拝に行ってきました。
御鎮座より今年で240年という事で、お薬と大阪との長い付き合いを感じます。
学生時代より度々お参りに来ておりますが、卒業後では初めて来させて頂き、試験合格のお礼をさせて頂きました。
卒業し、鍼灸師となった立場で神様に手を合わすというのは違った思いがあります。
本日は梅雨時の隙間、暑さは止みませんが、良い風が吹いていたように思いました。
肺と皮毛の関係
前回につづいて呼吸に関してまとめてみます。
蔵象として、肺は皮毛との関係が深いとされます。
(皮毛とは体表部のことをいい、
皮膚、および皮膚に付着する豪毛/ほそい毛 などを指す)
『肺は皮毛を主る』
皮毛が潤沢であるかどうかは肺気の機能で決まります。
肺はその宣発の働きを通して、
体の表面に気や栄養を行き渡らすことをしています。
なので正常な状態では、皮膚のキメが細かくて色艶もよく
体には抵抗力があって簡単に風邪を引いたりしません。
そして『肺は体に在っては皮毛に合す』ともいわれます。
この文について “肺は皮毛とリンクしている“
参考にした書籍では、このようにあらわされていました。
とても分かりやすい表し方だと思いました。
リンクしているー つまり
皮膚もまた肺と共同で(衛気の働きの元で)呼吸ををしている、
ということ。
「呼吸は、宣発・粛降という気の流れを生み出しますが、
宣発という流れは、皮膚の呼吸がなければ完成しない」
考えてみると、とても当たり前のことにも思えるのですが、
そこから、皮膚(つまり体のいちばん外側)の状態という情報のもと、
肺気の働き方をみていく考え方が導かれることに改めて
面白さを感じました。
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【参考文献】
『図説東洋医学‹基礎編›』学研
『中医学ってなんだろう』東洋学術出版社
『中医基本用語辞典』東洋学術出版社
肺のイメージ
肺のイメージで言うと、他の臓器に比べて綺麗なイメージがあります。
肺には基本的に津液や気しか入らないですが、逆に脾は食べ物が関わるのでドロドロしたイメージがあります。
そして臓器の中で一番上にあって、そこから気をあらゆる
組織や臓器に気を送っているので
偉い感じの臓器なのかなと。
でも、意外と弱々しいく繊細というイメージがあります。風邪が入った時など、真っ先に弱って、咳や悪寒を起こします。
そう考えるとタバコは本当に身体に悪いなと思います。
天空の気の代わりにタバコの煙を吸って、それが肺で処理されて、まず肺が弱ります。その後、実証は持てませんが、
そのタバコの煙が肺の宣発作用で五臓六腑に行き渡れば
新たな害を及ぼしてしまうのではないかなと思います。
タバコが及ぼす病気に肺がんはもちろん、胃がん、心筋梗塞、膀胱癌、脳梗塞etc、、、怖い、
風邪と似てタバコは百病の長なのかもしれません。
肺を大事にしましょう
ps.写真は京都の清水寺に巡礼しました!
肺も清水でありたい!
初めまして。
大阪の鍼灸学生で稲垣といます。宜しくお願いします。
もうすぐ後期単位認定試験が始まります。
試験勉強をしていると、食事が少量になってきます。
お腹いっぱいになって眠くなってしまうのも困りますし、運動不足もあったり、体重を増やしたくないのもあり。。。
そんな生活の中、年をめされた方で食欲が旺盛な方を拝見する機会がありました。年齢を重ねると食は細くなっていくものだろうと思っていましたが。
『養生訓』には老人の食に関しての注意喚起を目にします。
例えば、
「第二章 飲食 (23 老人は食を少なめに)」
”胃腸虚弱の人、ことに老人は、飲食に傷められやすい。味わいのよい飲食物に向かうときは、我慢をすべきである。節度を越えてはならない。心弱くては欲には克てない。心強くして欲に克つべし。”
僕が目にしたその方を考えるに、単純に”食い意地が張ってる”と、判断するには寂しく感じます。
もしかしたら、水穀の精微を得んが為の必死な姿なのかもしれない。
悩み(主訴)を発する途中なのかもしれないのでは。
それを鍼灸にて治療を考えると腎を補する法なのか・・心の障害を瀉する法なのか・・
もしかしたら、主訴を解消しても、それが最終ではないように感じます。
出典
『口語 養生訓』貝原益軒(日本評論社)
最近試していること
最近試してる事①
目に頼らなかったらどうなるんだろうって事で色々試してみています。
目を瞑って10分程度過ごす。
その際ゆっくりでもいいから歩きながら、猫の位置を探ってみる。
分からなかったら目を開けて場所を確認。
当たったら触ってみる。
いつもと違う感覚で面白いです。
しかし物にぶつかるかもしれない恐怖で歩くのが中々怖いです。
視覚障害の方は点字ブロックに対して杖が当たった時の音と触覚で歩行を行っているそうなのですが、神経張ってないとできないなと思いました。
できれば目を開けながら研ぎ澄まそう。
使わない事はできると思う。
道の物為る、惟れ恍惟れ惚。惚たり恍たり、其の中に象有り。恍たり惚たり、其の中に物有り。
窈たり冥たり、其の中に精有り。其の精甚だ真なり、其の中に信有り。
老子21章とも繋がるのかな。
最近試してる事②
じゃあそれを目を開けながら近づけようとして、色々方法はあると思うのですが目を背けながら対象物に触るという事を行ってみています。
また違った印象を受けます。
最近試している事③
会話する時、伝えたい事が伝わった瞬間を探る。
トーン、テンポ、躱しかたなど。
また、伝わりにくい状態はどんな状態?
自分がその状態ならどうなる?
この前最悪な精神状態だった時の自分の感覚も参考になります。
妊婦
妊婦さんを見て、もし「治療してくれ」と言われたらどうするんだろうと思った。
1人ではなく、2人分の命を見なければいけないので状況が違う。
母体も分け与えている状態。
そもそもの目的が違うので、脈なども正常時とは違う。
臍も参考になりそう。
ここで胃気などにも踏み込むことになると思うが、今勉強している傷寒論とも関連させていきたい。
まだ多分何かあるんだろうなと言った段階です。
フロイト
最近ちら〜と見ていっているのですが、面白い考えの人だと思いますし、勉強になってます。
いつ食べるか学
時間栄養学という言葉を初めて知りました。
いつ食べるのかに着目した栄養学のようです。
いつ食べるかが健康に与える影響というのが、一般的に思われている以上にとても大きいことが最近わかってきているそうです。例えば肥満、糖尿病、心疾患、脳出血、老化、うつ、ガンなどにも影響することがわかってきたそうです。
体内時計は一つで全身を調整しているのではなく、全身くまなくあることがわかっています。(ここら辺は五臓六腑の五神の話や子午流注の時間の話を連想してしまいます)それは細胞ひとつ一つに存在する時計遺伝子の機能で、今わかっているだけでも、数十種類の時計遺伝子が確認されています。
たとえばそのうちのピリオドという時計遺伝子は物質の生成と分解を一定の周期で行っていることがわかっています。
この時計遺伝子のサイクルによって食欲や睡眠欲などの周期がつくられています。
しかしこの体内時計と異なる周期で生活すると体内時計自体がズレていってしまいます。このズレがストレスのもとになって身体の不調や病気もとになって現れてくるのです。
それでは、ズレてしまった体内時計をもとに戻すにはどうすればいいでしょうか?
この時間のズレを戻す方法の一つとして食事のタイミングが大事になってきます。
その食事のベストタイミングいつなのか。
先ず朝食は起床後すぐ、2時間以内がいいです。
朝食はズレた体内時計を合わせる役割があります。
起床時は体内時計がズレている状態なのです。実は体内時計のサイクルは24時間より長いため、毎日起床時にはズレています。従って一日の体内時計の開始を朝食で合わせる必要があるのです。
あともう一つ太陽の光を浴びることで体内時計を合わせるのも欠かせないポイントです。脳の中の視交叉上核(主時計)が光を浴びることで全身の体内時計のズレを合わせる働きがあります。しかし食事を取らないと体内時計がまたズレる原因になりかねません。
昼食は朝ご飯を食べてから5時間後ぐらいに日中を迎えるのがよいです。体内時計の観点から言うと、消化吸収系の臓器が一番活発になる時間は日中になります。
夕食のベストタイミングは朝食をとってから10〜12時間後ぐらいです。できれば20時までには終えておきたいです。
子供の頃は当たり前だったことでも、大人になると大人の事情でなかなか実行が難しいのが実情です。だから不健康な大人が増えてしまうのかもしれません。
















