学生・研究生によるブログ

学生・研究生による学びと発見のブログです。

腎虛

最近、腎虛の意味を再考中。 どうやら途中からそれが指す意味が変わっていそうだ。 それを知れたので、時々ある方剤の違和感が取れた。 現代風な視点からでは見えないものが見えてくる。 では、昔の腎虛を現代の解釈に合わせるとどの様に表現するのか。 課題です。
淀屋橋

鍼治療をうけて②

2021/04/07 週に1回の治療 すっかり不眠の症状が表に出て来なくなった。 今週は体調が良く、下半身が軽いと感じていた。 歩く体が軽い すいすいと動く 軽いのに力が入る そういえば...と思い出した。先週は腹の調子が悪かった 今回の治療中に、体調について聞かれて、 腹の調子が悪いと自分が訴えていたことを思い出した。 先週 水曜日あたりに普段の量より多く食べる機会があって、それからのことだった。 とにかくガスの量が著しくて、便の出方はでたらめ、排便の周期もばらばら。 食事は食べれるし、出せるけどずっと(下痢や便秘はなく)軟便気味。 脾胃の気に一定の損傷が起きていることは明らかと感じられた。 パンクしたタイヤを交換せずそのままに走っているから、 車内でガタガタと揺れがひどい、まるでそんな有り様だった。 それも今、整えられている 今回の治療中には、何度も深い呼吸が起こった。 からだが積極的に欠伸を、深呼吸をしにいっているみたいに起こった。 ただ普段でる欠伸に似ているけど違う。 勢いよく吸って吐いてとやっているけど、自分が意図的にやる時の深呼吸とも違う。 (この前記録に残した、なにか栓が外れて空気が抜ける様な、あのときのとも違う) 結局、治療を終えて体を起こして動き出すまでその深い呼吸が続いた 気の巡り方は、体表を動くというよりじんわりと中にという感覚 腹部には湧いてくる様な動き (気が満ちるというのはこういうこを指すのか) 欠伸の時の様に涙が出た。じわりと出る、それが何度も続くので 流れ出たあとが温かく お腹が温かく 手と足が充実している 体の各所に温もりがあって、一瞬 のぼせの症状が出る体調の時の五心煩熱が想起されたが 手と足と、胸 じゃなくて腹。 それから温かさの種類が違う、対極とさえ感じる (こちらの状態を指す言葉はあるのだろうか?) ________________________ これまで鍼を受けたことがないという人から 鍼はどんなだと興味を持って聞かれることがあり、 こうした感覚を載せて伝えられないものか考えた 自然治癒力という言葉で表すのでは全然足りない からだそのものの力を持って癒える 体調が戻ったあとこそ自然を知る 紙飛行機がふわりと着地する光景が似合う

ホップ

豊中に行って業務終わりくらいに先生が受付さんに話をしていた。 横で話を聞かせて頂く。 その話と単語から連想するイメージ。 トーン、雰囲気もあるのかな。 心が軽くなった。 その時の感情を食材で表現したくてスーパーへ行く。 今回はホップで試してみたけど、少し違うな… でも、ホップが含まれるものを採ると眠くなると言うのは収穫でした。 もちろんノンアルコールです。  

気になった事を色々と

  《標本》 色んなパターンを思考してみる。   例えば、方剤では「芍薬甘草湯が腓返りに効く」とされる。   以前勤めていたところは整形外科の処方箋がバンバン来るので反応聞いてみると確かに症状は緩和されている。   しかし、効かない人やいつまでも服用する人も発生する。   全く効かない一つのパターンとして存在したものが「脾胃が弱って痩せ細っている人」   《現代語訳 黄帝内経素問 P375》 「食物が胃に入って消化されると、一部分の精微な気は肝臓に送られ、そこで浸みこみ溢れた精気は筋に滋養を与えます。」   ここから脾胃の弱りから肝が関わる腓返りが発生すると想像すると、じゃあ※太衝を使って肝血を増やしたとする。   でも発生した肝血虚が副次的なもの何だったら繰り返し起こる事になる。   方剤でも抑肝散の構成をみると 〈柴胡・甘草・川芎・当帰・白朮・茯苓・釣藤鈎〉   説明では、 《中医臨床のための方剤学 P428》 「健脾薬の配合は、脾の健運を通じて肝の陰血を補充し、柔肝する目的である。」   元々脾胃が未成熟である乳幼児の処方であった事を考えると、本は脾胃であると考えられる。   ※まだ刺して治した経験がないので、穴性学の知識で仮定しています。     《自身の治療変化》   ここ最近の治療で体がまた変わってきた事を感じる。   自身がほんのり感じていた右の違和感に変化あり。   治療後の自分のお腹を触る。   右の邪が溜まっている部分が熱くなっている。   きっとしっかり治っていってるんだなと嬉しくなる。   そういえば、臍の形も変わったな。   変化を感じた箇所   太白周辺が赤みを帯びている   何か走ったなと思う箇所の付近にある経穴 腎経…兪府 胆経…京門、風市、帯脈、環跳、頭臨泣 脾経…血海、三陰交、商丘、大包、四白 肝経…曲泉   色々あるが使われた手数はとても少ない。   《電車の中で》 電車に乗っていると こちらが逃げたくなる様なかなりの圧を感じる人がいる。   おそらく警戒心の様なものなのかな。   自身が投影されている部分もあるのかも…   患者さんの体を触るときも気をつけたい。   《臍》 神厥で起こる様な変化は果たして神厥に限った話なのかな。   他の経穴にも起こるのかもしれない。   そうなってくるときっと本に乗っていない様な色んな見方ができる様になるかもしれない。   それが合っているかどうかはまずはきちんと診れる様になった先にある話だけれど。   参考資料 「中医臨床のための方剤学」    東洋学術出版社 神戸中医学研究会著 「現代語訳 黄帝内経素問 上巻」 東洋学術出版社 南京中医学院編  

手で感じたこと

手の感覚について。 人によってそれを捉えた時の表現方法が違うと言ったお話は聞いていた。 自身で湿邪を感じた時の感覚は「ゾワっとして気持ち悪い」だった。 他のその感覚の時、別の人が言っていた感覚も何となく分かる気がした。 でも同じ湿邪でも部位によって感じる感覚が違うと思うところも正直ある。 色々疑って検証していきたい。

瘀血について

瘀血は病理産物であり、発病要因でもあり、疾病を引き起こす内部要因。 瘀血の症状は複雑多岐に渡るが、1番多いものが疼痛。 中医学では瘀血について統一された文献はないが 瘀血という病変には様々な名称があり、いずえの名称においても 病状の軽重、経過の新旧、性質などが表現されている。 (滞血、留血、閉血、蓄血、宿血、乾血、 老血、死血、敗血、悪血、賊血など) 滞血、留血、閉血:血液が蓄積して流れず、滞りふさがったもの 蓄血:一般に発病が急激で中・下焦の瘀血。全身性の瘀血を指す場合もある。 宿血、乾血、老血、死血:経過が長く、瘀積が古く短時間では散らせないもの 敗血:血が既に腐敗し正常な生理機能が失われた状態 悪血、賊血:瘀血が人体に及ぼす危害が凶悪で残忍であることの形容 たくさんの表現があるけど、どれも「瘀血」という1つの名称で まとめられている。 参考文献 新版 東洋医学概論 / 医道の日本社 中医病因病機学 / 東洋学術出版社

私と鍼灸 その2

・・・つづき 鍼もやってみたいとう思いが芽生えてから、私が通っていた漢方薬の勉強会では雑談などの合間に鍼の話がどんどん増えていき、とても楽しそうに聞こえ、それと同時に私の興味もどんどん膨らんでいきました。 鍼灸専用の勉強会も新たに立ちあがり盛り上がりをみせ始めました。周りの先生方は医師も多かったので、そのまま参加できましたが、私が参加するとなると、やはり鍼灸師の免許がなくては今後活かせないので、とうとう決心して鍼灸学校に通うこと決めました。 そして3年間通い続け無事卒業したものの、最初の勢いはどこ行く風で、いろんな勉強会に行ってはみるものの、今ひとつそのエッセンスがつかめずじまいで、最終的には全くの迷子になってしまいました。その原因は自分の触覚の鈍さなのかと思っています。漢方薬の場合はある程度、知識があれば治法を決めれ、あとは薬を飲めばそれぞれの生薬が勝手に身体の中で働いてくれますが、鍼灸の場合は脈やお腹の反応をその都度判断して処方を組み立てていかなくてはならないので、その反応をキチンと追えてないと治療ができません。 今の私にとって鍼灸としての世界は余りにも広大で漠然としいて、明確なものがないように思えどうしたらいいかわからないというのが正直なところです。治療法もたくさんあります。 そんな中、一鍼堂に出会いました。せっかく取った資格も無駄にしたくはないです。もう一度、ここで鍼灸の世界と向き合い直したいと思います。

楽しい!

寺子屋メンバーで勉強会をしながら、 それぞれの経験を集めて あーでもない、こーでもないと話し合い 感じた事を共有する濃密な時間。 とても幸せな時間だと思う。 ひとつ得たヒントから自分の迷いが払拭された時、 急に世界が広がることがって 楽しい!と思えることが更なる原動力になる。   自分になかった身体の使い方、 今日得たものを何万回も繰返し、 身体を作っていくこと。 そして楽しい!と思えることが増えるように どんどん深みにハマっていけばいい。

水気凌心

水気凌心とは、水湿が氾濫して心臓に影響し、そのために心機能が減退して起こる。 (中医弁証学 /東洋医学術出版社 p234 より引用) 水気とは、体内に発生した異常な水液のこと。(「新装版」中医学入門/神戸中医学研究会 p13 より引用) 凌は押し伏せる。下に抑えるようにする。おおいかぶさるという意味。 今日教えていただいた言葉。忘れないように覚え書きです。
松の新芽

教科書の読み方を考える

傷寒の邪が人に中る場合、一般に浅い部分から徐々に深い部分に入っていくとされる。 あくまで基本の型として教科書的な説明として受けとめ理解したら良いとは分かりつつも、引っかかる。 鍼灸学校1年の冬、日暮れ時に学校を出たところで激しい悪寒戦慄に見舞われたことがあったが、 からだは反射的に手腕に力を込めて項に緊張状態を作り出そうとしているようで、 ガタガタと震える体は自分の意思で全く抑えが効かず、 やばい、やばい と声も漏らしながら多分まっすぐ歩くこともできていなかったはずで、 その時のことを思い返すと、自分の経験と「徐々に入ってくる」と表される様相は印象がかけ離れている。 太陽病の説明として、正気と邪気が体表において抗争する病証とのまとめは綺麗すぎてよく分からなくなる。 今後、この点についてどのような見方をもつようになるのか。 現状として記録 ______________________________________________________ 【参考文献】 新版 東洋医学概論/医道の日本社