西葫芦(ズッキーニ)
数か月前から外食が多くなったせいか、身体の不調が5月から改善しないので、薬膳を取り入れて少しでも食生活を改善してみようと思いました。
ズッキーニとウインナーのカレーマヨ炒め 【料理家ぐっち夫婦のRECIPE BOOK】参照
材料 2人分
ズッキーニ 1本
ウインナー 5本
オリーブオイル 小さじ2
【A】
マヨネーズ 大さじ1
カレー粉 小さじ1/2
にんにく(すりおろし) 少々
①ズッキーニはヘタを落とし、縦半分に切り、1cm幅の半月切りにする。ソーセージは斜め半分に切る。パセリは細かく刻む。Aはあらかじめ混ぜておく。
②フライパンにオリーブオイルを中火で熱し、ズッキーニを両面焼く。ズッキーニに焼き色がついたら、ソーセージを加えて炒める。
③【A】を入れて炒め合わせる。
④全体に味がなじんだら皿に盛り、完成。
水の巡りを担う「脾と腎」に働くズッキーニ
性味:甘/寒
帰経:脾腎
効能:清熱、生津、通淋 現代の食卓に生かす「食物性味表」参照
転職してから仕事で夜遅くになることか増えて、外食で済ましてしまうことが多くなりました。そうなると油物に偏りがちだったり、コッテリ系の味になりがちで、普段の食事量より必然的にご飯の量が多くなり、かと言って残すのももったいないので、無理に食べすぎて自分の容量をオーバーしてしまう。駄目なスパイラルにハマっています。
初めは強い胃もたれの症状だったのが、鍼治療のおかげもあって最近は胃もたれは強くないのですが、下焦にきたのか尿の出が悪くなったなと思っていたら、股関節や膝関節が痛くなって治らないです。今では陽明と少陽ラインが、更に厥陰、太陰の内側も痛いんじゃなかろうかという状態です。
きっと季節的にも湿邪が絡んでるに違いないと、ズッキーニを食べてみました。
カレー粉も入れて鬱金の効果もプラスして気血の流れも良くなりますように。
経穴(01)
【地機】
学生時代に使用した経穴の教科書を新・旧で比較してみる。
旧教科書の”地機”は”陰陵泉”より5寸下、
新教科書は”地機”は”陰陵泉”より3寸下、とされている。
考えらる可能性は「2つとも違う」「片方が正解」「2つとも正解」。
重要なのは点でなく、線をとらえる事にあるのかな?と思う。
今後の切経の参考にして行きたいと思います。
旧
『経絡経穴概論』(株)医道の日本社
初版:1992年3月20日
●地機(郄穴)
取穴部位:内果の上8寸、脛骨内側縁の骨際に取る。
(注)脛骨内側顆の下際から下5寸に当たる。
筋肉:ヒラメ筋
運動神経:脛骨神経
知覚神経:伏在神経
血管:後脛骨動脈
新
『新版 経絡経穴概論』(株)医道の日本社
初版:2009年3月30日
●地機 SP8(脾經の郄穴)
部位:下腿内側(脛側)、脛骨内縁の後際、陰陵泉の下方3寸
取り方:脛骨内縁の後際、内果尖と膝蓋骨尖とを結ぶ線を3等分し、
膝蓋骨尖から3分の1の高さに取る。
解剖:ヒラメ筋・長母指屈筋〈筋枝〉脛骨神経,
《皮枝》伏在神経,後脛骨動脈
【参考文献】
『経絡経穴概論』(株)医道の日本社
『新版 経絡経穴概論』(株)医道の日本社
鍼治療を受けて
先日鍼治療を受けて感じたこと
鍼を置かれた後、
即座に足底の方に向けて動き出す
勢いがあってまるで足から抜けていくような動き
同時に大きな呼気が生じる、
呼吸が何度か続けて起こる。
ふと治療に入る前に心に抱えていた、感情的なこだわり
(直近で起こった事について「解せない」と思う、苛立ち、怒りに似た感情)
が手放せて軽くなったことに気づく
(これは気滞に当てはまるのか?)
この直後に体の別の部位、
肩の力みについて意識が入り、肩の緊張が緩む。
この肩の力みは腰の弱さ(慢性腰痛あり)と関連していると自覚する
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ある部分の滞りが他の部位にも波及していくように
ほどける時にも推進力のようなものが働くのだろうか
普段はおとなしい腰痛が悪化する時には、
体が疲労倦怠の状態にあることが多い。
腰に違和感を感じ始めた後に続くのが、
上半身と下半身の疎通不良、からだ全体の動きの硬さや気鬱の症状
(気虚が先で、気滞が後か?)
記事を書きながら、考えていたが
「どちらが」という検討に意味がないと思えてきた
ただ、はっきりとしたこと
これまでは気病が4種に分類されていること、
この4つをこれまで概念的にしか見てこなかった。
表れる症状を単語と結んで並べていただけだった。
フットサル・イチロー・歩き方
フットサル
週末あたりに時間を見てフットサルをする事が多いです。
その時に勉強になる事が体の確認と駆け引き。
知らず知らず走るフォームが崩れていると非常に疲れやすくなる。
どういった動き方がいいのか確認出来ます。
疲れにくい時の走り方の感覚としては、物凄い重いものを力を使わずに持っている感覚です。
そういった時は地面と一体感がある。
これを普段の歩き方にも反映させよう。
不動明王みたいなドッシリさが欲しいところです。
もう一点、駆け引きの部分。
初心者が相手DFの時は全く通じないのですが、ある程度の経験者が相手になると出方を伺う読み合いになってくる。
読み合っている中、相手に一番通じるフェイントが空気感を出すこと。
行くぞ!といった空気感を出すフェイントと動作だけのフェイントは引っ掛かり方が全く違う。
鍼を打つとき、これがいい感覚なのかむしろ邪魔になるものなのか。
試してみない事には分かりませんが、こういった事を鍼にも落とし込んでみたいと思います。
イチロー262のメッセージを読んで
とても勉強になる本でした。
イチローさんの遊び心も見えて楽しかったです。
考え方だけでなく体の使い方でも参考になる部分は多く
P207
「腕の振りは、前後だよ。
体が伝わる、体の中で振る。
中心線の中で力が伝わるよう、
そこから、外れてはならない。」
といった内容も勉強になりました。
包む感覚
人の体を触らせていただくときに大切になる感覚じゃないのかと感じています。
こう触った方が相手が答えてくれている気がします。
仙骨
ナンバ歩きとモデルのウォーキングの映像を見ました。
どちらにも共通する事は腰の落とし方と上半身の連動。
ただ感覚として掴めないのでお尻歩きで訓練中してみます。
ベッドに座る姿勢に繋げる、体幹の強化、上半身と下半身の動きの連動、体の左右のズレの矯正が狙いです。
新鮮な感覚
起きたてに自分に鍼を刺してみた。
いつもと違った感覚で新鮮で、手が運ばれた気がする。
参考書籍
自己を変革するイチロー262のメッセージ
「自己を変革するイチロー262のメッセージ」編集委員会 ぴあ株式会社
教科書の読み方を考える
傷寒の邪が人に中る場合、一般に浅い部分から徐々に深い部分に入っていくとされる。
あくまで基本の型として教科書的な説明として受けとめ理解したら良いとは分かりつつも、引っかかる。
鍼灸学校1年の冬、日暮れ時に学校を出たところで激しい悪寒戦慄に見舞われたことがあったが、
からだは反射的に手腕に力を込めて項に緊張状態を作り出そうとしているようで、
ガタガタと震える体は自分の意思で全く抑えが効かず、
やばい、やばい と声も漏らしながら多分まっすぐ歩くこともできていなかったはずで、
その時のことを思い返すと、自分の経験と「徐々に入ってくる」と表される様相は印象がかけ離れている。
太陽病の説明として、正気と邪気が体表において抗争する病証とのまとめは綺麗すぎてよく分からなくなる。
今後、この点についてどのような見方をもつようになるのか。
現状として記録
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【参考文献】
新版 東洋医学概論/医道の日本社
病因について(1)
人が病を持つに至る過程について考えたいと思います。
健康な状態からどの様に悪化していき病に至るのか?
いわゆる病因について・・
---病因の分類---
〇三因方(三因極一病源論粋)
・外因 六淫、疫癘
・内因 七情
・不内外因 飲食不節、労逸、房事過多、外傷
〇現在
・外感病因 六淫、疫癘
・内傷病因 七情、飲食不節、労逸、房事過多
・病理産物その他の病因 淡湿、瘀血、内生五邪、外傷
現実の病因については複合的に絡みあい、時間軸も重ねれば、
外因、内因など複数の要因が影響し合っているように思います。
病証から考えれば、キッチリと分ける事は出来無いのかもしれません。
人は思っているより強く、我慢や対処を常にされているのだと思います。
そして、悩みを持つに至るのかと・・
そこで、気になったのですが親からの影響は無いのか?
『素問 奇病論篇第四十七』
帝曰.人生而有病巓疾者.病名曰何.安所得之.
岐伯曰.
病名爲胎病.
此得之在母腹中時.其毋有所大驚.氣上而不下.精氣并居.故令子發爲巓疾也.
人、生まれながらにして巓疾(てんかん)を病む者あり、病名を何と言うか?
いずこの所に之を得たるか?
病名は胎病となす。
此れ之を母の腹中に在りし時に得たるなり。
その母大いに驚く所ありて、気上がって下がらず、精気屏居(集中)す。
故に子をして発して巓疾とならしむ。
病因についての理解を時間軸で考えた場合に、今までより以上に長軸で考える必要がありそうです。
参考文献
『素問』明・顧従徳本
『図説 東洋医学〈基礎編〉』学習研究社
『新版 東洋医学概論』医道の日本社
稲垣英伸
背中と手
豊中院にて
患者さんから東洋研の記事を見ていますよと嬉しいお声がありました。
いつも見て頂いてありがとうございます。
最近書けてなかったので、また時間があるときは書いていこうと思います。
臨床にて
背中をみせて頂いて、情報を追っていくのですが、この間みせて頂いた方の脊中を見た時に、虚の反応が大きく、広がっていた印象が強かったです。
一連の流れでみないとわからず、手の当て方を変える事で以前よりわかりやすくなった景色でした。
また、変化を感じる前提条件としては、頭で考えるのではなく、患者さんに良くなっていただくために一心不乱になる必要があり、そこで初めて得られるものがあるというものを感じています。
手の当て方も事前にそうしようとしていたわけではなく、自然とそうなった印象です。
スポーツでも集中していたら無意識のアドリブで最適解?に近いものが出るので、同じ感覚だと思います。
この状況になると無我夢中なので、自分なんてものはないですね。
臨床から日々、大切な事を身をもって教わっています。
また、一つ発見したことにも深さはあり、その先があるはずなので、わかった気にならない事を肝に銘じて進めていく必要があるかと思います。
学びとして、枠を作った瞬間にその先の事は答えてくれない気がします。
鍼とからだ
2021/11/10
深部、からだの奥で結ばれていた熱。
それが体の表層にはっきりと立ち上がるのを
目の当たりにして、
患者は横になって静かなのに
静けさのなか躍動する。
ただその現象に立会い驚いた。
奥に押し留めていたのは何の作用を受けてか。
潜在するもの表に現すきっかけをもたらす鍼。
言葉に置き換えるのがとても難しい。
脈診について
ある患者さんの脈を見せてもらった。
処置の前後で、自分には
脈の幅や硬さつまり形が(ほとんど)同じに思われた。
一方で
処置の後の脈には、
指腹を通りすぎた直後に伝わってくる
余波というか余力というか、
前に進む力の様なものが加わったと感じられた。
それが脈状の印象を確かに変える。
あるいは処置後であることを知る
自分の主観がそう感じさせるのか。
訓練を積んでいく中で、
今回の様なケースでも前後で形状の差異を
拾えるようになっていくのか。
腹など
腹
中脘くらいを押すと痛む。
これを実という人もいるが、虚という人もいる。
喜按などは絶対的な法則ではないと思う。
そもそも虚実が混じれば判断できなさそう。
脾胃
考え事は脾胃を痛める。
でもその意は神がコントロール。
痛む背景には心が関わる。
心血が消耗。
この段階での舌を習った。
背景にあるものが環境だったり何らかの原因で思考が忙しくなった場合、それが取れなければ回復も遅れる。
そう考えると環境もしくは環境に対する捉え方の変化が脾胃を回復させる事もあると思いました。
忙しすぎて寝れなくても脾胃が痛む。
また、虚里は胃の大絡。
だから脈が弱くなる。
相手に対して
自身の課題をクリアする為にも自分自身の課題をとりあえず一旦横に置く。
相手を見て自身の課題を知る。
その前提で考える。
物事を考える時、自身を投影させて相手を考えると、結局思考の癖が自身と重なるところ以外見えない。
むしろ歪めてしまう事もある。
何かを解決したい時、相手が何を求めているか。
相手にどんな示し方をすればいいか。
様子を見ると相手は頭が働くからとても心配性。
色んな可能性を考えて答えがわからない。
頑張りすぎて出来るのにエンストを起こして出来なくなってる。
そんな時どんなトーンで、どんな言葉で接したらいいんだろう。
言い方キツくなかったかな。
まずは相手の話を聞いて、安心してもらえる様にしないと。
歩調を同じく合わせて一緒に作れる人がやりやすいかな。
相手の世界から見た景色はどうなっているんだろう。
相手から見た景色を見る必要がある。
その為にも主役を置き換える。
また、そこには患者さんと先生方といった主役も入ってくるのでそこも考えないと。
大変だ。
舌の考察①
舌根部に膩苔、真ん中に裂紋。
歯痕、いつもに比べ厚さも色も薄い舌になっている。
何らかの原因で気血が消耗され、脾胃が弱って必要なものが作られずゴミが溜まってしまう状態。
裏の色も薄い。
風邪をひかれたとの事なのでそれが原因として大きいか。
辺縁も邪在少陽と見るべきか。
腹、背中などが気になる。
舌の考察②
舌の色がいつもに比べ暗紅色かつ白さが目立つ。
裏も赤みが少ない。
舌先のみ変色。
心熱により陰分が焼かれて褪せているのか。
















