柴胡桂枝湯
まずは方剤の勉強から
柴胡桂枝湯
組成は小柴胡湯+桂枝湯からなっています。
小柴胡湯
柴胡 黄芩 ーー清熱和解
人参 炙甘草 大棗 ーー益気調中
半夏 生姜ーー和胃降逆
柴胡が肝胆の疏泄機能を調節し、少陽経気の流れを通じさせ、黄芩と合わせることで少陽経の邪熱を清する。本証は邪気が体質の虚に乗じて少陽系に入り込んできた病証なので、益気薬を用いて邪気の伝変を防ぐ必要がある。本方は清熱薬と益気薬を配合した扶正去邪の方剤である。
桂枝湯
桂枝ーー解肌発汗 温経通陽
芍薬ーー和営斂陰
生姜ーー桂枝の解肌発汗を補佐
大棗ーー芍薬の和営養陰を補佐
炙甘草ーー諸薬の調和
桂枝と芍薬は一散一収して衛気と営陰を調和する扶正去邪の方剤である。芍薬の収斂作用は、桂枝の辛散による正気の損傷を抑え、桂枝の辛散は芍薬の酸収による邪気の閉じ込めを防ぐ働きがある。
漢方方剤ハンドブック 東洋学術出版社
特に起床時と就寝前くらいによくゾクゾクした寒気を感じていたので、中医学的に考えると、衛気の運行が脈中と脈外の間で入れ替わるような不安定な時期に寒気を特に感じていたのかもしれません。
柴胡桂枝湯を飲み始めてからの変化ですが、確かに寒気はなくなったように思います。著しい寒波がなくなったということもあるかもしれませんけど...
あと膈内のひきつり感もほぼほぼよくなったのではないかと思います。あと一年ぐらい前から急に視力が落ちた感じがしていて気になっていたんですが、それも回復しているようにも思います。特に夜に自転車に乗るような時はかなり見づらくなっていたのが、あれ?目がよくなってる?と思えるくらい、ライトで光るお店の看板や信号がクリアに見えるようになっています。肝は目に開竅するというので疏肝作用の改善の恩恵でしょうか。
でもまだ改善できていないところもあるので、ここに理気薬を加えてみたいです。
脈診(06)
引用:『中医診断学ノート』P30 ” 3、正常な脈象 ”
平脈
正常な脈象のことをいう。
脈位は浅くも深くもなく、
脈拍は速くも遅くもなく(一呼吸4〜5ーーー60〜90分)、
ゆったりとおだやかで、しかも力強い。
さらに、脈拍の律動が規則正しい。
有胃・有神・有根
正常な脈象(平脈)の特徴は
有胃・有神・有根の三つに表現される。
有胃
脈位は浅くも深くもなく、
脈拍は速くも遅くもなく、規律が正しい。
有神
ゆったりとしていて、しかも力強い。
有根
尺脈を沈取したとき十分に力強い。
そもそも平脈を臨床上で知り得るのはいつなのか?
主訴をもって来られた初診時ではないので、いつ?
”尺脈の沈取で力強い”とするのが、有根とあるが
邪によって強くなることもあるのでは?
人の個性や今まで歩んできた歴史によっても異なり、
”正常な脈象”の把握って実は難しいように思う。
【参考文献】
『中医診断学ノート』東洋学術出版社
おばあちゃん(95歳)と鍼
祖母(95歳)に鍼をしてあげて欲しいと、母から連絡がありました。
3年ぶりに施設に行ってきました。
傾眠状態が続き、食事、歩行は自力でできず、ADLは全介助。
両手を腕組みした状態で蹲ったような姿勢でした。
2ヶ月前から急に拘縮が悪化したようです。
担当の按摩師さんと電話で話したところ、
主動筋と拮抗筋を軽く摩った後、
声をかけながら他動介助運動すると伸ばせるそうです。
四肢共に正常関節可動域まで動かせると教えてもらいました。
体がいつも冷たいと職員さんや母からも聞いていましたが、
午前中に按摩師さんがマッサージをしてくれたのか
思っていたより顔色が良く四肢末端も温もりがありました。
ガチガチに固まった体。
人の手に触れらてもらえることは大切ですね。
今日の目的は祖母に鍼をすること。
傾眠しているので問診、舌診できず、
車椅子に乗った状態で、硬く組まれた腕が邪魔して脈診もかろうじてできる程度、腹診はできません。
四診総てが叶わない時もある。
「どんな体勢からでも診れること。」
「寝ることのできる状態でなくても、鍼を打てるように。」
事前に下野先生に相談し、アドバイスをいただいていたので少し落ち着いて取組めました。
下肢を切経しながら指を角度を変えながら当てて
反応があった所に鍼をしました。
寝て鍼をすることが当たり前だと思っていたので、車椅子に乗った人への施術は初めてでした。
背中は車椅子の背もたれに当たり、
鍼ができなかったので肩甲骨下角を軽擦してみると、
「ああ、気持ちいい」
と傾眠していたのに目を開いて大声を上げました。
祖母がどうなりたいのか、
問診ができず分かりませんでしたが、
ずっと顰めっ面をしていた、
これがサインだったと気づきました。
緊張が続いて不快だったんだなと。
脈が引き締まり、ほんの少し自発運動が起きました。
鼻水、涙が出て、手足はじんわり発汗していました。
偶然で起きたことにはならいように
反応のあった所と体の変化を結びつけ考察したいのですが中々難しい。
制約の中での施術は非常に勉強になりました。
ありがとう、おばあちゃん。
鍼をするため、定期的に祖母の元に通います。
観察の記録
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2021/10/02 『観察の記録』
ある方の体を診せてもらった、その際の記録として。
母趾の足背に向けたキツい反り方が、やや和らいで見えた。肝気の亢進は見られず比較的精神的に穏やかに映る。
神道 ーその上下はまったく沈黙している。その点だけにはっとするような顕著な反応。刺す様に入ってくる感覚に当てるべき表現が分からないので、受け取った感覚のまま記録する。
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2021/10/04 『エラー』
駅までの道。公園を自転車で通り抜ける途中、歩道のコーナーで思わずハンドルを切ってさけたのは芋虫がいたから。
自分より前を行く誰かが誤ってタイヤで轢いてしまったのだろう。地面につぶされた体の後方は動かない。代わりに動ける前方を動かしてもがいている姿が視界に飛び込んできた。
恐らく1秒に満たないわずかな時間。視野全体からするとほんの一片。エラーの情報は流れ込んでくるようになっているのかもしれない。
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2021/10/05 『朝と夜』
朝焼けの薄明かりは光量も質も変化する。夕焼けの変化はそこに引いていく性質を伴う?
意識の変わり目は、やはり、同時にからだの変わり目でもあるはず。同じ性質の中で続く様に見える真昼間と比べて、からだが、意識が、より大きく動いているようにと思う。
鍼治療を受ける時、独特の時間の感覚を伴う事がある。普段の、眠っているときとも、覚醒しているときも異なる。そんな所に一度入ったあと、戻る。これにおいては昼間でも夜間でも起こる。頭の処理より上位にある経験であるのは明らかだけど、いつも何かしら新しい。
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2021/10/06 『客観性』
ある日、継続的に診せてもらっている患者さんの体で、切経においてほとんど情報が拾えないことがあった。現場ではその理由は不明だった。
振り返ってみてー
脈状、舌、腹診いやそれより前に、患者を前にしてひと目で入ってきた情報、具体的には、目の周りの落ち込みや痩せ方など、急激な変化にうろたえたことに一因があるらしい。
合算するより前に、望診で得られた情報を真ん中に置き、その理由や原因を探して思考し、それに引っ張られていたからかも知れない。
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2021/10/08 『心と脳』
奇恒之腑に分類される脳。
五臓のひとつ心が神を蔵す、として意識や思考活動は心の統制のもとなされる。
小学校何年の頃か、多分そのくらいに教わってそのままとり入れた考え方ー脳がコントロールセンターという立場で聞く「心」についての教科書の解説は、教科書的な読み物として流し読むに留まり、学生時代には検討すること自体すすめられずにいた。今なら読み取れることが少しずつでも出てくるはず。検討を再開する。
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2021/10/9 『脈の変化』
診せてもらった患者の脈の変化について。
脈状は洪脈に分類できるものだと思う。やや浮位に偏る状態が処置後に、沈位まで行き渡る。(そうすると?)ピタリと一致してバラつき(と感じられていたもの)がなくなる。
一見、幅が広くなったようで、実際はまとまって雑さが消えて細くなった印象。
何度か経験して、この方において、調子が上向くときの徴の様に考えるようになった。
湧く泉
最近、母親に鍼をしています。
体表観察の練習に観させてもらってるうちに、ちょっと打っておこうかなと選んだツボが湧泉でした。足裏にあるので普通は他人に打つのには躊躇しがちなツボかと思いますが、そこは家族なので変な遠慮もありませんでした。本人も痛くないとも言っているので、実家に寄った時にはお決まりのように打っています。
何年も前から、母親から足の異常は聞いていて、足の裏から指先にかけて痺れた感じがあり、本人にとってかなり気持ちが悪く気になっているみたいでした。病院で診てもらったことがありましたが、特に異常はないと言われて治療はされなかったようです。ひどい時には指先が赤く腫れた感じになったり見た目の変化も現れるとも言っていました。
私としては、老化が原因で足の屈筋支帯のような神経の通るトンネルがダメになって神経を圧迫して痺れてるのかな?と漠然と想像していました。だからもう治らないのでは?と。
そしたら一回打ったあと、また打って欲しいとお願いしてきました。
本人曰く、鍼を一回打った翌日に何だか足の裏の感覚がいつもと違ったようで、歩いていても足裏の感覚が良くなってる感じがしたそうです。それは回を重ねるごとに改善していると今は喜んでいます。足の甲の氷を載せたような冷えも取れたとも言っています。
湧泉
本穴は足心に位置する腎経の井穴であり、脈気が湧き出す処であるため、湧泉と命名された。
~鍼灸学 東洋学術出版社~
湧泉にそんな力があるんでしょうか。
何気ないひと言
先日、久しぶりに寺子屋の実技練習に参加しました。
先生が何気なく仰った一言や、行動に、
ぼんやりと、悶々としていた事、
見落としていた!と気づいた事。
ちょっと視野が拡った感じで
ワクワクします。
1年前、数ヶ月前、数日前なら
先生の言葉がよく分からなかったかもしれません。
日々臨床に出て、疑問に思ったことがなければ、
今日得た気付きはなかったかもしれません。
些細なことでも
次から現場で活かそう!
勉強会や実技練習に参加すると、
モチベーションに繋がります。
分からない事、できない事を嘆くより、
それも楽しんでいけるくらい
肩の力を抜いていて歩んで行こうと思います。
五行大義(2)
曲直
洪範傳曰、木曰曲直者東方。
易云、地上之木爲觀。
言春時出地之木、無不曲直、花葉可觀。
如人威儀容貌也。
許愼云、地上之可觀者、莫過於木。
故相字目傍木也。
古之王者、登稿輿有鸞和之節、降車有佩玉之度、
田狩有三驅之制、飲餞有獻酢之禮。
無事不巡幸、無奪民時、以春農之始也。
無貧欲姦謀所以順木氣。
木氣順、則如其性、茂盛敷實、以爲民用。
直者中繩、曲者中鉤。
若人君失威儀、酖酒淫縦、重徭厚税、
田獵無度、則木失其性、春不滋長、不爲民用、橋梁不従其繩墨。
故曰木不曲直也。
洪範伝に曰く、木に曲直というは東方。
易にいう、地上の木を観となす。
言うこころは、春時、地に出づるの木は、曲直ならざるなし、花葉観るべし。
人の威儀容貌のごときなり。
許慎いう、地上の観るべき者は、気に過ぐるはなし。
故に相の字は、目、木の傍らにするなりと。
古の王者は、輿に登るに鸞和の節あり、車を降りるに佩玉の度あり、
田狩に三駆の制あり、飲餞に獻酢の礼あり。
事なきときは巡幸せず、民の時を奪ふなし。
春は農の始めなるを以てなり。
貪欲姦謀なきは、木気に順う所以なり。
木気順なれば、則ちその性のごとく、茂盛敷実し、以て民の用をなす。
直なる者は縄に中り、曲なる者は鉤に中る。
若し人君、威儀を失い、酒に酖りて淫縦し、徭を重くし税を厚くし、
田獵度なければ、則ち木は、その性を失い、春滋長せず、民の用をなさず。
橋梁は、その縄墨に従わず。
故に木に曲直せずというなり。
【引用文献】
『五行大義』著者:中村璋八、発行:明德出版社
火の神様
コロナ禍になった頃から、時間を見つけては山歩きに行くようになりました。
私にとって山を歩く事はいろいろ得るものがあります。自然の領域に入る事で何となく心が癒されたり、その時の季節を強く感じることができますし、家に帰ってきた時にクタクタになりながらもある種の達成感をを得ることもできます。
今回は日頃からの運動不足の解消と、下半身を鍛える事が目的の一つです。私が行く山道はそれなりに舗装はされていますが、足元がでこぼこしていて、当然坂道や下り坂だったり、いろんな形の道があるので、身体を上手く使わないと転んだり滑ったりもしないとも限りません。それも山を楽しむ醍醐味です。
疲れにくい歩き方というのが、身体のどこに重心を置くかという事にもつながっているように思います。だんだん山歩きに慣れてくることができたら、身体の使い方も上手くなるのではないかと思っています。
今日は嵐山の方にある愛宕山に行きました。山頂には愛宕神社があり、火伏せ、防火に霊験のある神社として知られています。
今回で3度目の参拝になりますが、なかなか登りがきつく、階段が多い参道なので、毎回登りが多い前半は来てしまった事に後悔します。やはり今回もそんな気分にさせられました。
そんな道ですが、小さなお子様を含む家族連れやご年配の方々なども登っています。
そういう光景を見ては励まされ、なんとか登りきりました。
そして神社に到着し、「火迺要慎(ひのようじん)」と書かれたお札を無事授かることができました。
また来年まで自宅の台所に新しいこのお札を貼っておきます。
噯と曖
読み物で、漢字の微妙な使い方の違いに時折立ち止まる事があります。
例えば、『井、滎、兪、經、合』の”滎”が”榮”となっていたり。
「ん?」となってしまう時です。
今回は”噯”と”曖”について
口へん、日へんの微妙な違いなのですが。
噯(あい)
1⃣いき。あたたかい氣。
2⃣おくび。
曖(あい)
1⃣かげる。かげって、ハッキリしない。
2⃣くらい。暗くて見えない。
↓
例:曖昧(あいまい)ハッキリしない。紛らわしい。
つまりゲップは
”噯氣(あいき)”であって”曖氣(あいき)”ではないのですが、この漢字の入れ替えが多いように思います。
因みに
”噫気(あいき)”もゲップ。
噫氣(あいき)
1⃣吐き出すいき。呼氣。
2⃣おくび。食べた過ぎた時など、胃にたまったガスの口腔外に出るもの。
噯氣(あいき)
1⃣おくび。吹呿。噫気。
噯の意味より、噫氣よりも噯氣の方が少し温度が高いゲップに感じるのは気のせいでしょうか。
【参考文献】
『大漢和辞典』(株)大修館書店
フットサル・イチロー・歩き方
フットサル
週末あたりに時間を見てフットサルをする事が多いです。
その時に勉強になる事が体の確認と駆け引き。
知らず知らず走るフォームが崩れていると非常に疲れやすくなる。
どういった動き方がいいのか確認出来ます。
疲れにくい時の走り方の感覚としては、物凄い重いものを力を使わずに持っている感覚です。
そういった時は地面と一体感がある。
これを普段の歩き方にも反映させよう。
不動明王みたいなドッシリさが欲しいところです。
もう一点、駆け引きの部分。
初心者が相手DFの時は全く通じないのですが、ある程度の経験者が相手になると出方を伺う読み合いになってくる。
読み合っている中、相手に一番通じるフェイントが空気感を出すこと。
行くぞ!といった空気感を出すフェイントと動作だけのフェイントは引っ掛かり方が全く違う。
鍼を打つとき、これがいい感覚なのかむしろ邪魔になるものなのか。
試してみない事には分かりませんが、こういった事を鍼にも落とし込んでみたいと思います。
イチロー262のメッセージを読んで
とても勉強になる本でした。
イチローさんの遊び心も見えて楽しかったです。
考え方だけでなく体の使い方でも参考になる部分は多く
P207
「腕の振りは、前後だよ。
体が伝わる、体の中で振る。
中心線の中で力が伝わるよう、
そこから、外れてはならない。」
といった内容も勉強になりました。
包む感覚
人の体を触らせていただくときに大切になる感覚じゃないのかと感じています。
こう触った方が相手が答えてくれている気がします。
仙骨
ナンバ歩きとモデルのウォーキングの映像を見ました。
どちらにも共通する事は腰の落とし方と上半身の連動。
ただ感覚として掴めないのでお尻歩きで訓練中してみます。
ベッドに座る姿勢に繋げる、体幹の強化、上半身と下半身の動きの連動、体の左右のズレの矯正が狙いです。
新鮮な感覚
起きたてに自分に鍼を刺してみた。
いつもと違った感覚で新鮮で、手が運ばれた気がする。
参考書籍
自己を変革するイチロー262のメッセージ
「自己を変革するイチロー262のメッセージ」編集委員会 ぴあ株式会社
















