学生・研究生によるブログ

学生・研究生による学びと発見のブログです。

行動

行動   とにかく相手に合わせながら動く。   ごちゃごちゃ考えず、いい意味で一心不乱に。   流れを止めない。   自分も相手も頭を使った時は空気が止まる。   先週見させて頂いた人の時、時間をかけすぎてしまっていた。   戻り、報告の際受けた時間をかけすぎというご指摘。   術後の反応を探るときはとにかく早く。   見れる見れないは関係なく行った。   何より驚いたのは患者さんの拍子抜けした空気。   「え?終わり?」   言葉にしなくても伝わった。   見れる見れないはこちらの都合。   患者さんには関係のない話。   患者さんのステージの上で見れる様になる。   相手には相手の都合がある。   常にそこを見ずに先はない気がしました。   都合を考えずに触ってしまって申し訳なくなる。   明日の寺子屋。   燃え盛る様なものをいらない。   ただ相手に任せる事を意識してみる。      

単純化など

単純化 ありがたい事に最近色々やることをやらせて頂いている。 すると色んな余計なものが入りにくくなってきた。 余裕が無くなるとミスを起こしてしまう傾向は相変わらずですが、そうならない様に自分をコントロールしていきたい。 やるべき事に向き合ってさっさとクリアしていく。 そのためにも自分の中で色々単純化させていく必要あり。 バイアスを取っ払う。 治療にも繋がる。   批判的思考 自分は裏が見えていない事が多々ある。 何か形を受け取ったものも、内包されるものが違っている事がある。 その違和感に気付けるか。 先に起こるものへヒントが隠されている事もある。 思い返せばでは遅い。 ある種の健全な疑う心も必要。 清濁全て飲み込める様に。 それを瞬間に判断できる様に色々経験を積む必要あり。   繕うな 良いものを作ろうとした時、そこへ自分がどの程度関わる事が良いか。 まだ配分が上手くいっていない。 目的の達成のためにどうすればいいか。 人を信じてお任せするところはする。 お任せして良いかわからないなら相談する。 そこを任せられないのもある種のエゴ。 自分の弱さ。   人と向き合う どんな忙しかろうが寺子屋の時にお身体を貸して頂いている患者さんにきちんとで向き合う。 向き合い方が全然足りない。 患者さんに限らず、大切にすべき人たち全員に言える話だと思う。 となって来ると相手への話。 本質的に大切なのは相手の事をどれだけ考えれるか。 良い面も悪い面も向き合う。 というか善悪なんてないから。 それがどの様な現れ方をするかというだけ。 わかっていたら躱せるものも増えてくる。

募原など

理由 最近、陽明と厥陰の古代の認識を調べていて面白い認識を見つけた。 部位で結びついている可能性、面白いです。   募原 起きた現象があったので、募原(膜原)について調べ中。 見ていくと温疫論(呉有性)の認識がとても勉強になる。 また、現代医学的に考えてもコロナと脂肪細胞の関連から説明できそう。 メトホルミンがコロナの後遺症予防に有効とされる理由もわかる。 募原の認識と一致するところも多い。

小児の舌診

地図舌について調べていると 地図舌は小児によくみられると記載されており(針灸舌診アトラス P46より) なぜ小児によくみられるのか疑問に感じたので考察します。 舌苔の剥落は陰虚、血虚、胃の気の衰を意味することから、 小児は陽の気が強いため熱により苔が剥げている。 また、臓腑がまだ発達しきれていないことから胃の気も不十分なため地図舌が多いのかなと思いました。 実際に小児の舌を診ることがなかなかないので、機会があればみてみようと思います。 参考資料 針灸舌診アトラス 緑書房

脾胃湿熱の「湿熱」について

東洋医学概論の教科書にあった脾胃湿熱でしたが、湿熱とは 食べ過ぎ・飲みすぎが原因で体内に入ったままになっている「水」が 熱の影響で湿気?のようになっているものなのか? ヒントを探して中医弁証学を読んでみましたが、今日はハテナが多いです。 湿は重濁性と粘滞性をもっていて、湿邪による病は長引きやすく、進行が緩慢 粘滞性があるために長引きやすいような感じがしますが、 病の進行が緩慢というのはいいことなんでしょうか? それともわかりにくい?ということなのでしょうか。。 気機を阻滞させやすく清陽(?)に影響しやすい。 湿気の多い環境や居住地の場合、湿邪は外から皮毛に入る。 また、脾胃虚弱や水分の取りすぎ、過食などは湿の内生をまねく。 湿の病は内外の湿が合わさって発生することが多い。 私自身が雨の多い土地で生まれましたが、どれくらいの期間その環境で過ごすか、というのも関係があるのでしょうか。 (それによって湿邪に対して耐性ができるみたいなことはあるのか?そもそも邪に対して耐性ってなんだろう…) (大阪は日本の中でも湿度が高い土地柄から、梅雨の時期になると湿邪による症状が起きやすい、と授業の時に聞いたことがあり、根拠を調べてみましたが思うような答えは出てきませんでした…)

シズル感

レストランのメニューなどで見かける美味しそうな写真、新鮮な肉や野菜の色をした写真を「シズル感」といいます。 以前の仕事では、「本物を観て美味しそうな色は記憶しておきなさい!」と教わり、何百枚もの写真を「シズル感」のある写真に仕上げてきました。 鍼灸学校に入ってしまってからそんなことすっかり忘れていました… 健全な舌は「淡紅色」という教科書的な表現も、共通言語的なものかもしれませんが、色名というのは国や人によって曖昧なものです。 以前、寺子屋メンバーで舌の色を話していた時に「好感度のある色」「好感度がない色」と表現していましたが、とても感覚的なものでした。 それって、「美味しそう」と「不味そう」に当てはまらないかなと思いました。 スーパーの生鮮コーナーでも「あ、これ買わんとこう…」って思う物って、青みがかっていたり、褪せていたり、黒ずんでいたり、くすんでいたり。 文字を追ってばかりだと忘れてしまいます。 澤田健先生も仰っておられました。 「書物は死物なり. 死物の古典を以て生ける人体を読むべし.」 日々の生活にヒントは沢山あるので、もう少しシンプルに、素直に物を捉えていかないとなぁ、といつも気付かされます。   引用 「鍼灸真髄」代田文誌 著
葉桜

体表観察で②

前回書いた、体表観察で局所的にみられた冷えについて追記。 (若干の左右差はあれど)両方の足部 外側にみられたこと。 前腕では、三焦経 外関 支溝あたり。 体幹では、腋窩から肩甲骨下部にかけて。 これらはいづれも左右両側でみられた。 そもそも、両側に左右対称に表れた理由は? (左右対称に走行する経絡と関連づけて考えても良い点に当たるのか?) 以前、自転車の転倒で左手を怪我して、左肩関節の外転制限があった時 その時には冷感は左腕でだけでみられた。 ふたつのケースの差異は起因・起源のためと、とらえやすい。 一方で、腹診で腹部を観察する時には、今のところ 左右対称に表れる状態は少ない様に感じているが、 特に今回、体幹部で冷感として観察され所と腹部との距離は近い。 これから経験を積む中でどのようにして 集積されていって 今後どのように考える様になるのか。(現段階の記録として)

親友と

友人に体を診せて貰った。 ベロ見せてといってベロは出せるけど 裏見せてと言って裏返せない。 こうできる?とやって見せて、 それでもできないみたい。 無意識にか指をベロの下に入れて裏を見せてくれようとしている。 モゾモゾと動くだけで、やはりできない。 人のそんな様子を目の当たりにした。 激しく上気していて、喋り始めるともうとまらない彼に 少しでも落ち着いてもらえるように鍼をさせてもらった。

舌を観察して

ある患者さんの舌を観察してー ピンク色に映った。 舌全体に、舌辺まで一面がピンク。 (発色が全く舌裏と異なる。) うえに乗る白苔が対比でより白く映る。 自分にとって初めて(当然、継続的に 見させてもらっているその患者さん においても)見る色味で印象に残った。 紅絳舌に分類した。

現代語訳 景岳全書

現代語訳 景岳全書 伝忠録 著:張景岳 訳:伴尚志 今の自分のレベルを考えたら、”原文からのディテールの正確さ”よりも 精度が落ちたとしても全体像の把握を優先したいと考え、 たにぐち書店さんの景岳全書を選択しました。拝読いたします。 いきなり、劉河間や朱丹溪をディスっているので、 何故そういう考えに至ったのか・・理由を知りたいと思います。 【参考文献】 『現代語訳 景岳全書 伝忠録』たにぐち書店