学生・研究生によるブログ

学生・研究生による学びと発見のブログです。

重心

=========================== 2021/09/23 『重心』 先日自分の立ち姿を写真に撮ってもらった際、その腰の入っていない具合が、重心が下りていない様が、露骨に写し出されていた。脈診のときに指導された内容にも通じる。生活態度から諸々見直す必要あり。 =========================== 2021/09/24 「鍼治療を受けて」 初めのて治療をうけた時は(数年前)は見つけた反応に名前をつけようとしていた。たらだの表面をぞわぞわ動くそれを衛気の動きなのかと考えたり… いまは、からだのうえに今回はどんなことが起きるのかを待っている間が貴重な時間で、予想とか期待とか、なくなってきた。 置鍼中のからだの動きは、何週か似た展開のこともあるが結局は、新しいものに切り替わる。 =========================== 2021/09/25 「先輩から」 具体的に書けませんが、忘備録として。 “それ”では単に経絡の操作になってしまうー ありがとうございました。自分のやっていることに対する客観的な視点が少し補なわれた気がします。 =========================== 2021/09/26 「七情」 学生の頃から、そして今も疑問に思っている。そんな極めて強い作用でなくたって常に影響を受けているだろうと考える。5種(7種)の分類を、それで取りこぼすもの置いても優先するのにどんな背景があるのか。そして何より、感情とセットになっている信念との話抜きにして語れないのではないかという点。 いまの疑問を疑問としてー
夜 小雨

衛気と発汗

専門学校で使った教科書では衛気に関する項で、その作用として「外邪の侵襲を防ぐ他、皮毛を潤沢に保ち、肌肉声 •皮毛 •臓腑などを温め、腠理の開闔(皮膚の収縮と弛緩)により発汗を調整し、体温を一定に保つ働きがある」と説明する。 (そもそも異なる分野の言葉を同じく取り扱うことが間違っているのかも知れないが)生理学の教科書では、発汗に関する基礎として発汗を温熱性発汗と精神性発汗とに大別している。教科書レベルの説明であったとしてもこの括り方に誤りはないはずですが、寝汗や自汗の説明に使えないと考えます。 同じく生理学の蒸発の項で体表面からの蒸発が不感蒸散と発汗によってなされることを教わります。一般的には、呼吸の際に呼気に含まれる水分、皮膚や気道の粘膜から蒸発する水分を合わせたものを指すようですが、衛気が主るところの水分の排出はどちらかというとこの不感蒸散の方を当てはめる方がしっくりくる気がします。はっきり「発汗」と書いている以上、それは学校で習った様に衛気と汗腺の働きを結ぶのが正解なのかも知れませんが、分からない、まま保留としたいと思います。 体表観察で拾う情報に湿り気や冷たさがあるが、それが体に備わる発汗の機構の顕れである場合ととそうでない他の理由による場合とを区別しておく必要がある、体表が冷たいことが体が冷えを表すわけではないことを再認識する機会になりました。 ______________________________________________________ 【参考文献】 新版 東洋医学概論/医道の日本社 生理学 第3版/医歯薬出版株式会社
木

内風

内風について

順気一日為四時篇 第四十四(01)

黄帝曰、願聞四時之気。 岐伯曰、春生、夏長、秋収、冬蔵、是気之常也、人亦応之。 以一日分四時。 朝則為春、日中為夏、日入為秋、夜半為冬。 朝則人気長、長則勝邪、故安。 夕則人気始衰、邪気始生、故加。 夜半人気入蔵、邪気独居干身、故甚也。 黄帝曰く、願わくば四時の気を聞かん。 岐伯曰く、春は生、夏は長、秋は収、冬は蔵、これは気の常なり、人もまたこれに応ず。 以て一日を四時に分つ。 朝は則ち春を為し、日中は夏を為し、日入は秋を為し、夜半は冬を為す。 朝は則ち人気が長じ、長則ち邪に勝り、故に安なり。 夕は即ち人気が衰え始め、邪気が生まれ始まる、故に加なり。 夜は人気が蔵に入り、邪気が独り身に居り、故に甚だしきなり。 【参考文献】 『黄帝内経 霊枢 下巻』東洋学術出版社

今日の一曲

Takaaki Itoh - Bloom After Broken Life  https://www.youtube.com/watch?v=8nnwbs_umFA 勉学や人生の諸問題で、煮詰まった時に、僕はたまにこれを聴き返す。 【破綻したあとに咲く、「何か。」】 こういう音楽を、勉強時のBGMに取り入れることがあります。 いったい、何回、聴いた(=破綻≒何か咲く)ことやら…… ※林先生より「Blogは自由に、なんでも書いていい。」と承ったので、今後はこういう記事も増やしていきます。 ※怒られたら止めます。

汗を絞りすぎない

肝陽上亢 肝陰虚のため陽気を抑えることができず、陽気が上昇し、主に上半身に動きがある熱性症状が出現した病態。陰虚の結果の陽気亢進であり、下部(肝)は陰証、上部は実証となる。めまい、耳鳴、頭痛、顔面紅潮、焦燥感、不眠、動悸、腰部下肢脱力感、紅色舌、弦細脈などを呈する。 実践漢薬学 三浦於菟 東洋学術出版社 p381 私的に肝陽上亢は前回の肝火上炎と混同しやすいです。 そうそう、肝陽上亢は肝陽上亢に似ているけれどもベースに陰虚あるのでした。 人間の身体はほとんどが水でできているとよく言われます。成人で体重の60%が水だとか。でも子供だと70%と多く、お年寄りだと50%に減ってしまうのだとか。 この身体の構成成分である水は、東洋医学でいう気血水の水であることは間違いないでしょう。水は陰陽に分けると、陰の性質のもの。それが加齢とともに減っていくということは、陰虚体質になっていくということ。 私はホットヨガに8年ぐらい通っていました。普段の生活ではほとんど汗をかくようなことはないので、デトックスにもなって身体にもいいと思っていました。そんなに頻繁に通った訳ではないですが、夏でも冬でも季節を問わず一年を通して汗をかき続けていました。 そうするうちに冷え性だった足が、冷えの感じがなくなってあったかく感じるようになっていいように感じられ、体質が変わったのだと喜んでいたのですが、どうやら良くない方向の陰虚体質になってたみたいです。その頃から寝汗をよくかくようになったり、生理が早まるようになっていました。(さすがに肝陽上亢の症状にまではなってませんが) なので気虚や血虚など虚証体質の人はホットヨガに気をつけてください。どんどん身体の潤いを失って陰虚体質になって老化が進んでしまうかも知れません。特に40歳以上の方は更年期が早まったり、更年期症状が悪化しやすくなるかもしれませんので注意をしたほうがいいと思います。

脈診で感じたこと

ある方の脈を診せてもらった。 浮 •中では抵抗がなく、触れている感覚に乏しい。 脈上においた指をぬるりとかわすように進む。 テンポは一定。脈幅の細さもあってか 陰の気配が強い印象。(分類は滑脈か?) 処置後には、雰囲気がまるで変わり、 脈幅は同じく細いが、なかに芯ができて 充実した印象の脈となる。 良い経過が見込める、そう予感させるものがあった。 経過を見守りたい。

舌を観察して

ある患者さんの舌を観察してー ピンク色に映った。 舌全体に、舌辺まで一面がピンク。 (発色が全く舌裏と異なる。) うえに乗る白苔が対比でより白く映る。 自分にとって初めて(当然、継続的に 見させてもらっているその患者さん においても)見る色味で印象に残った。 紅絳舌に分類した。

脈診(05)

『中医脉学と瀕湖脉学』 (引用:P11「第一部 現代中医脉論」の”脉診の方法 3.指の置き方”より) 『並べる指の間隔は患者の身長に対応して、 腕の長いものには少し広めに置き、 腕の短いものに対しては指を詰めて並べる。 指の位置が決まれば、三指で同時に診脉するのを総按といい、 また単按といって、一部の脈象を重点的に診るために、 中指と環指をもち挙げることによって寸脉を診たり、 示指と環指をもち挙げて関脉を診たり、 示指中指をもち挙げて尺脉を診たりすることも行われる。 示指ないし中指のみを用いて単按することもある。 実際の診脉においては総按も単按もあわせて駆使される。』 寸・関・尺 を総按にて診ようと固執していたように思います。 特に自身の手が大きいとこもあり、 もっと指の使い方に柔軟さが必要だったと思いました。 そういえば、院長に診て頂いた時が極めてフレキシブルだったと思い出しました。 【参考文献】 『中医脉学と瀕湖脉学』たにぐち書店

切経と艾

原穴診を学び始めました。 お腹や背中と違って凸凹だらけで場所も狭く、 上肢や身体の使い方ももっと工夫しなくちゃいけません。 ついつい手が硬くなります。 寺子屋先で練習しているときも、 指がピッタリはまった時は、 何と表現すれば良いのかわからないけど、 穴にも奥行きや方向のようなものがあり、 立体的に捉えることができました。 この景色が何を意味するのか? この方向に鍼をしたらどうなるんやろ? 疑問が生まれ、発見がある度に好奇心が湧きます。   先日、学校で失眠穴にお灸をしていた時に、 患者さんの踵に対面する状態で艾炷を据えると とてもやりにくいのです。 手の背屈位で可動域が狭く力が入ります。 どう頑張っても踵に艾炷を垂直に据えられません。 「場所変えて据えてみたらどうや」 と先生からアドバイスをいただき、 患者さんの左側に立って据えると良いとわかりました。 切経でも手や腕の可動域を考慮し、流れるように優雅に、疲れないやり方を見つけることも課題です。 どんな面に対しても艾炷を垂直に立てられるようになることは切経にも繋がりそうです。   さて、昨日は豊中院に行き、原穴診をさせていただきました。 太衝を触るとくすぐったいと患者さんが仰りました。 お腹はくすぐったいことがあっても、 足の甲は初めて聞きました。 「手が重たいのかもしれませんね」と新川先生。 姿勢や力加減、色々と課題を見つけることができました。 腹診、背候診、脈診、原穴診も別々のものとしてしか捉えることができませんが、 「積み重ねていくことで、別々だったものも一連の流れが診えてくるようになりますよ!」 と新川先生が仰りました。 今はあれもこれもと情報が錯綜し、 楽しいけれど時たま不安になります。 様々な先生の治療を見学させてもらい、 お話しを聞くことができる環境、 寺子屋で皆で学び共有できる環境は 本当に恵まれていると思います。 切経の勉強と共に、今までとは違った視点で艾を捻り艾炷を立てながら臨床に向けて積み重ねていこうと思います。