私と鍼灸
はじめまして 先月から学生として参加させていただくことになりました。
今後こちらのブログで何かしらの成長の記録が残せればいいなと思っています。
先ずは初めてなので簡単な自己紹介的な事を書きます。
鍼灸の資格を取得して8年になりますが、卒業後は鍼灸業界には就職せずに元々の職業だった薬剤師として今も薬局で働いています。
元々東洋医学への興味は漢方薬から入りました。漢方薬の勉強会でたまたま鍼灸のデモを拝見する機会があり、その鍼は身体に刺さないで行うものだったのですが、治療を進めるに従って身体の反応がみるみる変化していき、まるでその先生は魔法使いのようでした。
それを目の当たりにした私はかなりの衝撃でした。たった鍼一本でこんなにも早く、しかも刺さないで身体を良くすることができるなんて、しかも手技的には全く難しそうには見えなかったんです。
これなら私にも出来るのでは?と正直簡単に思ってしまったんです。
それが私の鍼灸との出会いで始まりでした。
つづく?
東洋医学の用語に関して
今月初旬より、寺子屋でお世話になっております。
初めて東洋医学の本を読ませて頂いておりますが、用語に関して、特有の世界観を感じました。
例えば、五臓におきまして、
西洋医学では具体的な臓器を意味しますが、東洋医学では機能を意味するということ。
(東洋医学において人体は神様であるため、解剖しないことが前提にあると教えて頂きました。)
五臓をはじめ、用語全般に広い意味合いを含んでいる印象を受けました。
つい、正確な意味を知りたくなりますが、
限定しすぎないからこそ他部位と関連性を持ち、全体を見る(森を見る)東洋医学の世界観に合うのかな、と感じました。
まだまだ、捉え方が曖昧ですが、浅くでも読み進めていこうと思います。
欲しかった本入手
以前から欲しかった意訳黄帝内経太素が安値で売られていたので手に入れる事ができました。
まだ読み始めたところですが自身が内経を読んで疑問に思っていたところがハッキリ書かれていたりして勉強になります。
今回は勉強用のブログとして、書籍から学んだ事を書いていこうと思います。
本一辺倒にならない様に、モードを切り替えながら生活していこうと思います。
まだパラパラ読み始めたところですが、気になった部分の一部を書いていきます。
意訳黄帝内経太素 P131 五臓命分
「志・意と者(は)精・神を御し魂・魄を収め、寒・温を適え喜・怒を和す所以者也。」
P132
「志・意が和す則(と)精・神は専直(すなお)となり魂・魄は散ぜ不、悔・怒も至ら不、五臓が邪気を受けることは不矣(ない)」
ここでは志・意が切り離されていない点も気になる。
現代語訳 黄帝内経霊枢 上巻P161 本神篇
「物を任うゆえんの者これを心と謂う。意の存する所これを意と謂う。意の存する所これを志と謂う。」
全訳 内経講義 P201
「李中梓の注「意がすでに決まり、堅固になったものが志である。」」
記憶などで例えられた場合、意は短期記憶力で志は長期的記憶力と説明されていました。
(意の在する所これを志と謂う。)
医学三蔵弁解 P151 帰脾湯
「人参は心気を補い、遠志は腎中の志気を補います。心腎の二気がよく交通すると、脾気がその昇降の間を保ち、三臓の気が自然と充実してきます。」
帰脾湯は心脾両虚の薬ですが、心神不交も兼ねる。
しかし帰脾湯の物忘れの特徴的な現れ方は「直前の記憶がない」という点。
さっきまで何をしていたのか分からなくなる。(意病)
でも、意志は切り離せるものではなく、実際に遠志という生薬で腎気(志気)を心に届ける過程で脾気(意)を巻き込んで治している。
この後のストーリーとして意志が安定して魂・魄なども安定、喜・怒も過剰なものが無くなればいいなと思いました。
参考書籍
意訳黄帝内経太素 第一巻 築地書店 小曽戸丈夫著
現代語訳 黄帝内経霊枢 東洋学術出版社 南京中医薬大学著
全訳 内経講義 たにぐち書店 田久和義隆訳
医学三蔵弁解 たにぐち書店 伴尚志 現代語訳
先日の症状より(続き)
前回(先日体調を崩したケース)の続き。
体に合わないものを食べたことがきっかけだったと考える。夜間、悪寒にはじまり悪心、煩躁、考えがまとまらなくなり、とても苦しく、手探りで押圧したのが合谷。気が降りていって上部にかかった力が解けて頭部にスペースができた。一度ここで助かったと思った、が実際は違った。下方に押し下げられたが依然そこでうねり向かう先が必要としていると感じた。外に出すべきーそして百会を用いた。体内を一気に突き上げる流れが生じ、嘔吐する。結果的には必要以上に気を漏らしたこの対処が体にもたらした負担によりこの後がしんどかった。
ツボの実相の一端を身をもって知れたことはとても良かった。
硬さ 柔らかさ
診察で
各所の情報が、そもそも検討するのに足る量を拾うことができていない 尺度がない
その中で観察した情報をすぐに解釈しようとして、できない(できるはずがない)
切診において相手のからだのいづれか部位に接している時に
触れているその部分だけを見て
情報を取りにいく意識が自分の体も思考も硬くしていることに
先輩のされる様子を見て気付かされる
鍼治療を受ける中で気付かされた
自分が力んでいたことを本当に知るのは体の力が抜けたときだった
能動的に取り組むことと硬さはイコールでないのに
そうさせているものは何か
(覚え書きとして)
できる事だらけ
体の使い方でずっと指導して頂いている事を強く意識する。
方向性。
土台を固めた上で預けて脈をみる。
鍼を行うときにもその感覚が活きる気がする。
押手などでしっかり固定化した上でどこに届けるのか。
人に練習させてもらって、この意識で置いたらいい感覚だった。
この先に微細な調整などもあるんだろうな。
指の使い方なんかも少し馴染んできて良い感じです。
生まれた感覚を大切に、ブラッシュアップしていきます。
寺子屋時に学びの姿勢に関して受けた言葉に対して思うところ。
結局のところ、それを生業とするプロとしての責任感を持った上で、楽しんで学びを進めれるかというところに帰ってくると思う。
伝えて頂いた学び方なら、何事にも答えや正解といった枠を作らないので限界がないし、やれる事は無限に広がっていく。
先に患者さんの治療があるならこれ以上の事はないよなと思う。
LED光と五行
この前観たテレビ番組で、LED光治療を美容治療に活用する最新医療を特集していました。
LEDとは発光ダイオード(光る半導体)のことで、青色発光ダイオードは日本人が発明したとしてノーベル賞にも輝き、当時話題にもなりました。
今ではLEDは一般の家庭用電球として普通に利用されています。
それが最近では美容皮膚科などで美肌効果などを期待して利用されているそうです。
波長が短いと紫色〜青色
波長が長いと橙色〜赤色
光の色によって期待できる効果が変わるとのことで、その色と陰陽五行との法則性はあるのか気になったのでちょっと調べてみました。
⚫︎青色
(期待できる効果)
皮脂の過剰な分泌を抑える
アクネ菌を殺菌して、ニキビをできにくくする。
(考察)青色は波長が短いので、表皮に主に影響すると考えると、難経の菽法診でいう皮毛の部分に当たります。ここには脈外を流れる衛気のエリアで、皮脂の分泌の調整、殺菌は衛気とリンクしてそうですが、そもそも3 菽の肺のエリアです。東洋理論から言えば、白色であって欲しかったです。
ちなみに最近知ったのですが、青色は東洋医学の五臓六腑では三焦の色を表すんだそうです。
⚫︎赤色
(期待できる効果)
真皮層にまで到達して、血行を促進し、新陳代謝をアップすることで美肌に導く。当然くすみやクマの改善のほか、ニキビやニキビ跡の炎症も抑えるといった表皮の再生も促す働きも期待できる。頭皮に照射すれば、薄毛にも期待できる。
(考察)赤色を照射することで、血脈の深さ(心)が活性化するのではないでしょうか。このエリアではリンクしているように思います。
⚫︎白色
(期待できる効果)
波長がさらに長く、真皮のさらに奥にまで到達するため、赤色LEDと同様の働きがあるほか、筋肉層までアプローチすることも可能。筋繊維にアプローチすることで、シワやたるみの改善に期待できる。
(考察)白色は筋肉層とあるので、菽法診でいう 12菽 筋の深さ(肝)に相当します。本来白色は肺の色なので、こちらはリンクしませんでした。
⚫︎黄色
(期待できる効果)
青色LEDと赤色LEDの中間の波長を持つ黄色LEDは細胞の修復機能をケアする効果があるとされているため、敏感肌のケア、ターンオーバの周期の改善に一定の効果を発揮する可能性がある。またリンパの流れの改善による、むくみ、たるみ、シワへの改善もしたいできる。
(考察)黄色は 9菽 肌肉の深さ(脾) です。運化の働きなどがある脾の働きにむくみ、たるみ、シワなどのキーワードがピッタリきます。
⚫︎緑色
(期待できる効果)
痛みを抑制し、神経系の炎症を減らす可能性がある。
シミ治療。
(考察)緑色は肝の色です。12菽 筋の深さ(肝)になります。
確か神経は肝の分類に入ってたように思うのですが、自律神経にも影響していますし。シミも肝斑と関係がありそうです。
⚫︎黒色
そもそも光に黒色などあるのだろうか・・・
ここは除外です。
まだまだLED光の医療活用は研究途上の部分が多いため、今後の新たな発見や利用応用による展開に期待したいところです。
感受性
人の感覚、感じ方、反応って個人差が大きいなと改めて感じています。
私はとても鈍感で、敏感な人の感覚に日々とても驚き、感心してしまいます。
学生の時に鍼を受けるのも、とても敏感な人がいて少しの刺激で悶絶するような激痛を受けるみたいで、辛そうにされていました。
そこまでの敏感さは要らないですが、もう少し繊細な感覚が知覚できるようになりたいです。
そう言えば以前、一ヶ月近く東南アジアを旅行した時は、私はお腹を壊したのは1回だけで、他の日本人旅行者はほぼずっと下痢が続いていると言っていたので、その時は私の鈍感力が功を奏したのでよかったですけど。
国試終わって、景岳全書。
標本論
『病気の本は一つであり、隠れて明らかにし難い。
病変は非常に多く、表面に現れているため明らかにし易い。
そのため最近の治療家には、本末を理解できないまま、ただ目前に現れている症状を根拠にして治療している者が、多いのである。』
『浅い部分を見て深い部分を洞察し、近くを見て遠くを察知する、
これを摽と本として語るなら納得できるが、市井に言われている摽と本はこの足元にも及ぶものではない。』
張景岳は周辺の医家の治療方針に警鐘をならしているようです。
本(病気の源)と摽(病変)を分割してとらえて、本から標に対しての繋がりに希薄な施術家への注意喚起を発しているように思います。
『標本が理解できないために、ただその肉体を見るばかりで、その七情を見ることができない。
緩急が理解できないために、急性の症状があっても、それが生命に関わっているものであるかどうかが理解できないのである。
このためにいつまでたっても標を見ながら本とし、緩を見ながら急として治療しているため完全に混乱し、摽・本・緩・急という四者の意義を全く失ってしまうのである。』
同じ過ちを犯さないためには、四診における正確な情報の取得から、標の奥にある本を逃さない様にすることの様に思います。
正確に本をターゲットと捉える事が出来るようになるのが、治療する上での核のような気がして、修行の重要な課題に思えます。
景岳全書を読んでいると張景岳の力強さを感じますが、万尚志先生の訳にも手助けされているのでしょうか。原文の探求の必要も感じました。
【参考文献】
『現代語訳 景岳全書 伝忠録』たにぐち書店
施術日記(04)
T.I 先生との治療練習4回目です。
同じ経脈上に刺鍼する事で、軸を作りたいと考えております。
舌診の鍛錬
【目的】
① 同經への刺鍼にて、短期的・中期的・長期的な観察。
② 四診も含め、複合で考察。
舌を出した瞬間に思ったのは『紅くなった?』
いつもより、白っぽさが減って
このシリーズが始まって以来、刺鍼前の舌の表情では目立った違い。
舌の出し方も、リラックスが感じられます。
舌尖・舌辺の感じは前回と同じ様子ではあるが、雰囲気が違う。
陰陵泉(右):0番鍼にて置鍼(5分)
全体的に水分量の調整は出来たと感じ、
所々に赤みが見て取れるも、
一皮剥けて、深層が顔を出しているようにも感じる。
舌の出し方も、締まりを感じる。
これは変な緊張が高まったというよりも、
適正な気力をもって来てるように思える。
舌の中央当たりも、渇きが出てきてる。
もしかしたら、苔を取るのはこの渇きを持たせる事で、
剥離させて行くのでは??と妄想する。
腹診も刺鍼前後に変化は感じられ、
中脘あたりの変化が興味深い。
















