学生・研究生によるブログ

学生・研究生による学びと発見のブログです。

中国の思想(02)

老子 八章 水にまなべ 上善若水。 水善利万物而不争、処衆人之所悪。 故幾於道。 居善地、心善渕、与善仁、言善信、正善治、事善能、動善時。 夫唯不争、故無尤。 上善は水のごとし。 水はよく万物を利して争わず、衆人は悪なる所におる。 故に道にちかし。 居は地に善し、心は渕に善し、与は仁に善し、言は信に善し、正は治に善し、事は能に善し、動は時に善し。 夫れただ争わず、故にとが無し。 上善は水のごとし 「水は方円の器に随う」といい、「行雲流水」という。 いずれも水の流動してやまぬところをひいてのたとえだが、 老子は水にダイナミックな「不争の徳」を象徴させた。流動するからこそ力をもつのである。 (引用:『中国の思想[Ⅳ]老子・列子』P42) 【参考文献】 『中国の思想[Ⅵ]老子・列子』徳間書店

ホップ

豊中に行って業務終わりくらいに先生が受付さんに話をしていた。 横で話を聞かせて頂く。 その話と単語から連想するイメージ。 トーン、雰囲気もあるのかな。 心が軽くなった。 その時の感情を食材で表現したくてスーパーへ行く。 今回はホップで試してみたけど、少し違うな… でも、ホップが含まれるものを採ると眠くなると言うのは収穫でした。 もちろんノンアルコールです。  

合谷の穴性「生血」を考える

合谷の穴性について調べてみます。 穴性学ハンドブックでは補で生血の効果があるとの事です。 しかし「補血」ではなく「生血」である事に違和感を覚えます。 血を生み出す効果がある様なので、中医鍼灸臨床経穴学を中心に調べていきます。   P 65 <効能> ③補法:補気固表・益気固脱・益気摂血・行血・生血 湯液における黄耆、人参、党参、白朮、炙甘草、百合、黄精などの効に類似   P 79 「合谷を補すと補気の作用があり、瀉すと行気散滞の作用がある。したがって、気虚のために統血が悪くなっておこる失血証、「有形の血は自ずとは生じず、無形の気により生じる」という道理によって起こる血虚証、気虚による血行障害の病証に対しては、本穴を補して補気をはかると、摂血、生血、行血の作用をもたらすことができる。」   →つまり 「気血両虚の状態で補血だけ行っても自身の血を作る力は回復しない。 合谷による補気を行う事で血を生じさせる力を付けましょう。」 これが合谷の生血なのだと思いました。 実際どの様な使われ方をしているか見てみます。   P 69 「膿は気血が変化して生じる。久瘡には、膿が外溢して気血両傷となるものが多い。または瘡が長期にわたって治癒せず食欲も低下し、さらに膿が外溢することにより気血大傷、正気虚衰となり久瘡がおこる場合もある。 1.瘡面の肉芽の生成が遅い場合 合谷、三陰交(補)…気血の補益」   P229 三陰交 「本穴には、統血、凉血、全身の血分の虚損を補益する、全身の血液の運行をよくするなどの作用がある。」   中医臨床のための方剤学 P260 当帰補血湯 「皮膚化膿証が潰破したのち瘡口が癒合しにくいのは、気血が不足して肌肉の産生が悪いためである。」   医学三蔵弁解 P133 「気血は互いに根ざしていますので、これを気虚とするときにはすなわち血虚しているものであり、血虚するときには気もまた虚しているものです。 治法には標本の区別があります。 気虚によって血虚となっているものは、気虚を本として血虚を標とします。 血虚によって気虚となっているものは、血虚を本として気虚を標とします。」   →生血で血を生むと言っても血虚していれば、三陰交の様な補血の効果を持つ経穴との配穴が必要なのだと分かりました。 他に合谷・血海(補)などの配穴も見られたので、状況に応じた「補血」の効果を持つ配穴を行う必要があるのだと思います。   今のところは 生血=気の血を作る力をつける事で血を補う 補血=血を直接的に増やす事で補う との認識になったのですが、間違っている可能性もあるので一穴一穴を確認しながら調べていきたいと思います。   参考資料 中医鍼灸臨床経穴学 東洋学術出版社 穴性学ハンドブック たにぐち書店 中医臨床のための方剤学 東洋学術出版社 医学三蔵弁解 たにぐち書店    
六甲山

中焦・脾胃の働き

中焦・脾胃の働きについて

脾の運化 ②

脾の生理作用、運化について あらためて。 運は運ぶ、化は変化させるの意味。 ここでは特に消化・吸収を指し、具体的には 飲食物を水穀の精微に変化させて吸収し(①) 心や肺に運ぶ作用(②)をいう。 ① 胃と小腸が関わる。 水穀の精微は、気や血となり脈中を流れて全身を巡る。 気や血に転化しない精微は五臓に配分され、その余剰分は腎に精として貯蔵される。 ② 脾の、上へと向かう気機がベースになる。 その特性から、生理物質を上昇させる昇清作用がはたらき、水穀の精微を心や肺に送る。 (そして、気・血・津液・精となり全身をめぐり、生命活動が維持される。) 運化の失調から、消化や吸収が阻害されて、食欲不振のほか 気や血、精の不足から、息切れや倦怠感、眩暈、不眠などの症状をもたらす。 また、運化は飲食物中の水液を津液として吸収する面を含むため、 その失調は水の停滞を生じさせ、痰湿の原因となる *脾が受け持つふたつの運化  運化水穀  運化水液(運化水湿)  …からだ中に巡る水液のつくり出すのに加えて、余った水液を肺や腎へ送る  (余分な水は、肺から皮膚をへて汗として、腎から膀胱をへて尿として排出)   ことをして、水の流れの調節を主る。 梅雨が明けて季節が変わり、からだの重たさから一部開放されて、 一新されるような感覚がうれしく、脾についてまとめておきたくなりました。 ____________________________________________ 【参考文献】 『新版 東洋医学概論』医道の日本社 『中医学ってなんだろう』東洋学術出版社

表陽の虚は胃腸の虚に係がる

傷寒論攷注 「案ずるに前條云う所の悪寒已めども、「発熱汗出」然れども猶戸隙の風、傍人起居衣袖の扇風を悪、其脈必ず浮緩、此の証元来表気疏泄有り、故に邪の発散は表実証于速い、然れども表陽の虚は胃腸の虚に係がる、故に表実の一汗にして解するに比べれば、則ち其癒は却って遅く…」   この文から色々発展して思考できそうです。 ここは中風について述べている文で、表陽の虚がなぜ胃腸の虚に繋がるのか。 ここの繋がりはなんなのか。 調べていきます。   傷寒論攷注 「案ずるに「中風」の一証、其人素衛気疏泄して堅からず、或いは労力奔走等の事有り、陽気を擾動かし、表をして開泄せしめて、其虚隙に乗じる也…」   これは霊枢の下の文に繋がると思います。   『現代語訳 黄帝内経霊枢』 営衛生会篇 P 340、341 「 「黄帝がいう。人が熱い飲食物を食べて、これが胃中で未だ精微物質に消化されていないのに、食べるとすぐに発汗する。汗は顔面から出ることもあり、背中から出ることもあり、半身だけ出ることもある。この様に衛気が通常の通路を通らないで、汗となって出るのは何故か。」 岐伯が答える。 「それは、外表に風邪の侵襲を受けて、腠理が開き、毛孔は緩んで、衛気が体表に向かって走り、正気の通路を通ることができないからです。 これは衛気の本性が慓悍ですばやく、どこかに弛緩して開いている部位があれば、そこから出ていこうとするためです。」 」   とりあえず汗に関しては風邪に襲われて腠理が開き、衛気がそこから出ていくから。   『現代語訳 黄帝内経素問』 五臓別論篇 P212 「 黄帝がいう。 「気口の脈を単独で診察するだけで、五臓の変化を知ることができるのはなぜであろうか。」 岐伯がいう。 胃は水穀の海であり、六腑の源泉となっています。 飲食物は口から胃に入り、全て胃に貯留し、脾による輸化の働きによって五臓の気を滋養しています。 気口もまた太陰経であり、さまざまな脈に朝見することを主ります。 こうしたわけで、五臓六腑の気と味は、いずれも胃に源をもって気口に反映するのです。」 」 」   肺経が脾胃の気を受けている事が分かります。 手太陰肺経の始まりである中府の名前も 「中焦の気が集まるところ」 である事から納得できます。   また、脈診で寸口を取るのは、八会穴の脈会である太淵あたりが良く反映されるからではないかと思いました。   最初の傷寒論攷注の文の 「表陽の虚は胃腸の虚に係がる」 とはこういう事なのかなと思いました。   『中医臨床のための方剤学』 P 29 桂枝湯「生姜・大棗の配合は、脾胃を昇発し営衛を補充し振奮させる。」 とあり、桂枝湯に脾胃の薬が配合されている意味にも繋がると思いました。   参考資料 『現代語訳 黄帝内経霊枢』 東洋学術出版社 南京中医薬大学編著 『現代語訳 黄帝内経素問』 東洋学術出版社 南京中医学院編 『中医臨床のための方剤学』 東洋学術出版社 神戸中医学研究会編著

怒るエネルギー

肝火上炎 肝気鬱結や他の熱(火)邪などにより、肝の火が燃え上がったもの。めまい、耳鳴り、頭痛、顔面紅潮、焦燥易怒感、動悸、不眠などの上部熱症状や口苦、季肋部、出血、過多月経、黄色小便などを呈する。虚実錯雑証の肝陽上亢とは異なり、実熱証であり腰部下肢脱力などの虚熱症状は呈さない。 実践漢薬学 三浦於菟 p379 日頃から好きでよく韓国ドラマを観るのですが、何せストーリーの展開が劇的で劇中に俳優さんが怒りに震えて眩暈を起こして倒れたり、急に心臓が苦しくなって病院に運ばれたりするシーンがよくあります。日本だとそこまで怒りに任せて爆発するようなことはしないのだと思いますが、お国柄もあるのでしょうが、反応がストレートでわかりやすい。なので第三者としてテレビの前で観ているいち視聴者としてはある種爽快なのでしょう。 怒りを爆発させるのにも相当なエネルギーが必要だと思います。私は元々がエネルギー不足なので怒るのが面倒くさいです。面倒くさくて怒りの沸点まで上昇させることができません。なので、ある意味怒りを爆発、発散できる人を羨ましく思います。いつか体質を改善してエネルギーが満たされた人間なったら爆発させてみたいです(笑) お国柄とありますが、日本は世界的にみても穏やかな民族であることは間違いないと思います。怒りの原動力はエネルギーだと思いますので、そのエネルギーは陰気ではなくて陽気になるでしょう。日本食は鮮度を生かして生の食材が多かったり、本来の食材の味を生かして薄味にしたりと、どちらかというと精進料理的な食事が多いと思います。陽気は少なそうです。 それに比べて中華や韓国料理は肉食も多く辛い香辛料もふんだんに使った料理が多く、みるからにエネルギーに満ちた食事に見えます。そういった食事を常にしているのもお国柄を作る要因の一つではないかと思います。 しかし現代はその和食文化も相当変わってきているので、このまま何十年何百年と進んでいくうちに、日本人の気質も変化していくのだと思います。  

休息日

脱コロナへ向けてのGW。 このGW明ければ、新型コロナの感染症法の位置付けも2類から5類へ移行されるとのこと。街の雰囲気も少しは気にしつつも、かなり開放的になってきているのは間違いない感じです。 正直、私もコロナ疲れ。 でもこのGW、どこに出かけても大抵は人混みは避けられないでしょう。訪日外国人も日増しに増えつつあるといいますし。 どこか開放的になれる場所はないかと探していたところ、やっぱり街ではなく、山でしょうということで、奈良の葛城山に行く運びになりました。→大正解 葛城山といえばツツジが有名なんですね。恥ずかしながらこの歳まで知らなかったです。 それにツツジと言っても街中でよく見かけるツツジとは見た目が違っていて、可愛らしく慎ましい小ぶりの花で、ヤマツツジと呼ばれているようです。 それから今は便利な世の中なんですね。葛城山のサイトをググれば、頂上に設置された定点カメラで今のツツジの咲き具合を10分更新で確認することができるんです。まぁなんて親切なんでしょう。 お陰で数日前まで五分咲きでしたが、当日は見ごろに変わったのを確認して、最高のコンディションでツツジを堪能することができました。 ツツジの燃えるような赤。 青い空と新緑を背景にとてもよく映えてました。 いっぱいいっぱいよい空気を吸って帰ります。 そして来週からまた日常に戻らなくては。  

臓腑について学ぶ(01)

肺 上焦にあり、静粛下降の役割を持つ 気や水液が下降し全身を巡る事によって五臓の気機は昇降のバランスを保つ。 《肺が粛降機能を失う阻害要因》 実の病理変化:外邪や瘀血痰湿などの病理産物により水道が塞がる→痰水壅肺 虚の病理変化:虛寒などにより津液を宣発散布することが出来なくなる→肺虚失制 【痰水壅肺】 息切れ・咳逆・喘息で横になれない。胸脇満痛。飲邪の氾濫による水腫。など 【肺虚失制】 遺尿・頻尿。など ーーー関連領域より病理を考えるーーー 鼻・涕:鼻閉、鼻汁。呼吸や嗅覚に影響あり。 皮・毛:易感冒。皮膚の乾燥。掻痒感。 魄  :感覚・運動・情志などの本能的な精神活動の失調。 憂・悲:憂う。悲しむ。 辛  :気の消耗や熱化。大腸の機能に影響あり。 【参考文献】 『中医病因病機学』東洋学術出版 『新版 東洋医学概論』医道の日本社

身を削る

3年生前期の最後は、様々な鍼灸法の実技がありました。 色んな先生が単発の実技授業をしてくださるので今日の先生はどんなふうに身体を診て施術するのかなぁと興味深々でした。 学校の実技で「圧痛を探しなさい」と 言われたか、言われなかったか…あまり記憶はないけど、切経で圧痛を探す先生が多いなぁという印象でした。 この間までは皆がそうしてるから、私も前に倣え状態でした。 患者役になってわかってくるのは、 少腹を押圧したら痛くてたまらんのに、 徒手検査みたいに、痛みを再現するのは なんだか気分が良くないものです。 お腹や背中を人に向けるということは、 自分の一番守らないといけない大事な所。 動物なら服従の姿勢です。 この経穴は○○に効く ○○穴はお灸すると良い 特定の症状=○○穴 と特効穴で配穴を教えてくれる先生もいらっしゃいました。 しかし、素体を無視して施術した結果、 しんどくなった人もちらほらいました。 私も逆上せた後、咽頭部が腫れて、 このまま放置したらヤバいな… というところまできました。   「こういう時こそ鍼で治すといいですよ!」 と下野先生に背中を押されて あれこれ調べて鍼で治療してみました。 身を削った結果、得るものも多く 良い経験になりました。 人の体をしっかり診ずして、根拠が明確ではなく方法論だけが一人歩きすると怖いなぁ…ということ。 鍼は良い風にも悪い風にも効くんだから、 素体を鑑みず、人の体を診る方法も知らず、 リスクを知らないまま施術することへの恐ろしさを感じます。   先日、下野先生に臨床論を勉強するにはどの本はどれがいいか聞いてみました。 この病気にはこの経穴といったふうに答えが載っている本と、載っていない本。 「経穴が載っていると考えが固定されてしまうから、経穴が無い方が自分で考えられますよ」 と下野先生。   型にはまることへの安心感。 型にはまることで見えなくなるもの。 今の私は、答えがない方が面白いと思いました。 遠回りなのかもしれないけれど、 創造力を掻き立てられます。 いずれまた型にはまることもあると思います。 それはそれで、また新たな気づきのきっかけになるのかな。