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東洋医学・鍼灸医学の研究用ブログです。

仕事の帰りに少彦名神社

少彦名神社 【御鎮座】 道修町には、明暦四年(1658)頃から薬種商が集まっており、享保七年(1722) 124軒が幕府より道修町薬種中買仲間として公認された。 この仲間が生命に関する薬を神の御加護のもとに間違いなく取り扱えるよう、中国の薬祖神・神農氏と共に、 安永九年(1780)京都・五条天神から少彦名命をお招きして、仲間会所(現在地)におお祀りした。(引用:神社の案内より) (´ー`) 仕事の帰りに足を延ばし、少彦名神社に参拝に行ってきました。 御鎮座より今年で240年という事で、お薬と大阪との長い付き合いを感じます。 学生時代より度々お参りに来ておりますが、卒業後では初めて来させて頂き、試験合格のお礼をさせて頂きました。 卒業し、鍼灸師となった立場で神様に手を合わすというのは違った思いがあります。 本日は梅雨時の隙間、暑さは止みませんが、良い風が吹いていたように思いました。

「10/7(日) 学生向け勉強会」の感想

講師は、盧先生より学びました。 私は現在、鍼灸学校の2年生です。 日々、書物を目にしたり妄想を繰り返したりする日々を過ごしておりますが、 「自分なら、○○なのかな~」とシュミレーションをしたりもします。 それが1年生とは違うところと感じています。 書物などを読み進める上で再確認できたのが、”帰納”と”演繹”。 【帰納】 個々の事例の観察より、これを含む一般命題を確立する事。 一つの症例より他の患者の症例も、このケースであろうとする。 【演繹】 1つまたはそれ以上の命題より、論理法則に基づいて結論を導出する思考の手続。 学術論議を症例を元に構築していき、結論を推定する。 本日学んだ事の一つで重要な事だと感じています。 歴代医家たちのカルテの集積が、症例集であって絶対的な答えではないのだろうと思えます。 学術的に議論の構築を進めることも重要に思いますし、 現実の臨床を繰り返すことと、歴代医家たちのカルテの集積とを見比べることも 精度を高める為に必要な事なのかと思います。 今年のノーベル賞受賞者の本庶佑博士は、記者の質問に 「・・・教科書に書いてあること、文字になっていることを信じない、疑いを持つこと」 と答え、有名な論文雑誌も疑う対象の例外ではないと強調されています。 「自分の目で物を見る、そして納得する。そこまで諦めない」 とも答えらています。 考えていた事と学んだ事がリンクする機会が多かったように自分では思いました。 座学をし、二礼二拍手の効果を実感し、病床にて臨床実技をし、、、 時間のある限り、幅のある講義を試そうされていた様に思います。 お疲れ様でした。次回も楽しみにしています。 最後になりましたが、機会を頂いた院長にお礼申し上げます。 平成30年 秋 稲垣 英伸

老子の第一章から想像

先日老子を読み終えました。 速読を意識したので二周目はじっくり読んでいきたいと思います。   第一章 道可道、非常道。名可名、非常名。 無名、天地之始。有名、萬物之母。 故常無欲以觀其妙、常有欲以觀其徼。 此兩者同出而異名。同謂之玄。玄之又玄、衆妙之門。   訓読文 道の道とす可きは、常の道に非ず。名の名とす可きは、常の名に非ず。 名無きは天地の始め、名有るは万物の母。 故に、常に欲無くして以て其の妙を観、常に欲有りて以て其の徼を観る。 此の両者は同じきより出でて而も名を異にす。 同じきを之を玄と謂う。玄の又た玄、衆妙の門。   ・この文章から今の時点で感じている事 これが道だというものは常の道ではない。 道は万物の根元ではあるが、それを言葉で説明することは出来ないし、ましてや名付けることなど出来ない。 全ての事象は道から為るが、道を観ようとすれば無欲でなければいけない。 無欲のため観えるものは妙であり、奥深い。 有欲であれば徼しか観ることが出来ない。 妙とは「あまりにも奥深くて見ようとしても見えないこと」で、 徼とは「帰結や端」という意味とされます。 妙も徼も同じ玄から生まれるものではあるけれども観ているものが違う。 王弼は 「両者は始と母である。同出とは同じく玄から出ること。異名とは名付けられる場面が同じでないこと。首(はじめ)に在れば始といい、終にあれば母という」と注釈されています。 図解雑学 老子では 「「名有る」状態が「万物の母」だというのは、万物は名が与えられてはじめて万物と認識されるからで有る」 としました。 第四十二章では 「三生万物」という言葉がありますが、これは「天地間の陰陽の気が混ざり合って万物を生むということ」とされます。 つまり欲がある立場に立てば 徼という「天地間の陰陽の気が混ざり合って生まれた万物に名前がつけられた状態」しか観えないのではないでしょうか。 確かにそれは玄から生まれたものの一つではあるけども、端であって全てではないのかなと思います。 何事も無欲の立場で妙を観なければいけないのではないかと思いました。 道は奥深くて決してこれ!と捉えられる存在ではけれども、老子の様に無欲の立場に立てば感じることが出来るものなのではないのでしょうか。 道理という言葉は広辞苑では「物事のそうあるべきすじみち」とされますが、 道の理はどこまでも奥深いので、妙であり「玄の又た玄、衆妙の門」とされたのではないのかと思います。 臨床現場にまだ立っていませんが、きっとそういったことも必要なのではないか。と感じています。   参考資料 老子 岩波文庫 蜂屋邦夫著 図解雑学 老子 ナツメ社 蜂屋邦夫著 広辞苑 第七版 岩波書店

腹など

腹 中脘くらいを押すと痛む。 これを実という人もいるが、虚という人もいる。 喜按などは絶対的な法則ではないと思う。 そもそも虚実が混じれば判断できなさそう。   脾胃 考え事は脾胃を痛める。 でもその意は神がコントロール。 痛む背景には心が関わる。 心血が消耗。 この段階での舌を習った。 背景にあるものが環境だったり何らかの原因で思考が忙しくなった場合、それが取れなければ回復も遅れる。   そう考えると環境もしくは環境に対する捉え方の変化が脾胃を回復させる事もあると思いました。 忙しすぎて寝れなくても脾胃が痛む。 また、虚里は胃の大絡。 だから脈が弱くなる。   相手に対して 自身の課題をクリアする為にも自分自身の課題をとりあえず一旦横に置く。 相手を見て自身の課題を知る。 その前提で考える。 物事を考える時、自身を投影させて相手を考えると、結局思考の癖が自身と重なるところ以外見えない。 むしろ歪めてしまう事もある。 何かを解決したい時、相手が何を求めているか。 相手にどんな示し方をすればいいか。 様子を見ると相手は頭が働くからとても心配性。 色んな可能性を考えて答えがわからない。 頑張りすぎて出来るのにエンストを起こして出来なくなってる。 そんな時どんなトーンで、どんな言葉で接したらいいんだろう。 言い方キツくなかったかな。 まずは相手の話を聞いて、安心してもらえる様にしないと。 歩調を同じく合わせて一緒に作れる人がやりやすいかな。 相手の世界から見た景色はどうなっているんだろう。 相手から見た景色を見る必要がある。 その為にも主役を置き換える。 また、そこには患者さんと先生方といった主役も入ってくるのでそこも考えないと。 大変だ。   舌の考察① 舌根部に膩苔、真ん中に裂紋。 歯痕、いつもに比べ厚さも色も薄い舌になっている。 何らかの原因で気血が消耗され、脾胃が弱って必要なものが作られずゴミが溜まってしまう状態。 裏の色も薄い。 風邪をひかれたとの事なのでそれが原因として大きいか。 辺縁も邪在少陽と見るべきか。 腹、背中などが気になる。     舌の考察② 舌の色がいつもに比べ暗紅色かつ白さが目立つ。 裏も赤みが少ない。 舌先のみ変色。 心熱により陰分が焼かれて褪せているのか。

異名同穴④

腧穴(しゅけつ)とは、いわゆる「つぼ」と呼ばれるものの総称である。 腧穴には、十四経脉上(正経十二經脉・督脈・任脈)にある「經穴(正穴)」、経脉に所属せず治療効果から発生し名称と部位が定まっている「奇穴」、奇穴の中でも1901年以降になってから定められた「新穴」、押すと心地がよかったり、圧痛を感じたりするが、名称も部位も定まっていない「阿是穴(天応穴、圧痛点)」などが含まれる。 經穴(正穴)      : 十四經脉上にあり名称、部位が定まっている。 奇穴          : 十四經脉上になく名称、部位、主治症が定まっている。 (新穴         : 1901年以降に定められた奇穴) 阿是穴(天応穴、圧痛点): 名称や部位は定められていないが、病態と深く関わって出現したり、治療点となる部位がある。   ④4つの異名のあるもの 穴名         異名 陰交穴    :   少関穴、横戸穴、丹田穴、小関穴 陰都穴    :   食呂穴、食宮穴、石宮穴、通関穴 横骨穴    :   下極穴、屈骨穴、曲骨穴、下横穴 客主人穴   :   上関穴、客主人穴、客王穴、太陽穴 曲地穴    :   鬼臣穴、陽沢穴、鬼臣穴、鬼腿穴 頬車穴    :   機関穴、鬼牀穴、曲牙穴、鬼林穴 曲骨穴    :   尿胞穴、屈骨穴、曲骨端穴、回骨穴 三陰交穴   :   承命穴、太陰穴、下三里穴、女三里穴 心兪穴    :   背竅穴、俉焦の間穴、心の兪穴、背兪穴 上脘穴    :   上管穴、上紀穴、胃脘穴、胃管穴 衝陽穴    :   会原穴、趺陽穴、会湧穴、会骨穴 神門穴    :   兌衝穴、中郄穴、鋭中穴、兌骨穴 身柱穴    :   知利気穴、散気穴、塵気穴、知利毛穴 臑会穴    :   顴髎穴、臑交穴、臑輸穴、臑兪穴 太谿穴    :   昌細穴、照海穴、陰蹻穴、大系穴 中府穴    :   膺中兪穴、肺募穴、府中兪穴、膺兪穴 中極穴    :   気原穴、玉泉穴、膀胱募穴、気魚穴 瞳子髎穴   :   太陽穴、前関穴、後曲穴、童子髎穴 命門穴    :   属累穴、竹杖穴、石門穴、精宮穴 腹結結    :   腹屈穴、腸結穴、腸屈穴、陽屈穴 陽関穴    :   関陽穴、寒府穴、陽陵穴、関陵穴 湧泉穴    :   地衢穴、地衝穴、蹶心蹶、涌泉穴 労宮穴    :   五里穴、鬼路穴、掌中穴、鬼窟穴 【参考文献】 『新版 経絡経穴概論』医道の日本社 『鍼灸医学事典』医道の日本社

脈診(04)

瀕湖脉学七言訣(二十、弱脉) 弱来無力按之柔、 柔細而沈不見浮。 陽陥入陰精血弱、 白頭猶可少年愁。 弱脉は力無く来て、按じても柔、 柔は沈にして細、浮では見られず。 陽は陥入し、陰精血は弱、 白頭(老人)は考えられるが、少年なら愁う。 脉が骨周辺まで沈む理由が何なのか.. 自問自答してみる。 年老いて骨が弱くなり営気を必要としているから、 骨への栄養補給の為に沈下する? いや、肌肉の中空を維持出来ない為に沈む? 衛気が衰えて、エマージェンシー発生の為に 脉が皮毛に栄養補給にやってくるのが浮脈? 現象に対しての理由は多々ありそう。 【参考文献】 『中医脉学と瀕湖脉学』(株)谷口書店

東洋医学探訪(01)

もう夏の終わりですが、私の日焼けは遊びではありません。 修行の結果です。 京都を散策してまいりました。 『延命院』とは『医療施設』 御由緒 (引用:武信稲荷神社の”案内”より) 平安時代初期、清和天皇貞観元年(859年) 西三条大臣といわれた 右大臣左近衛大将 藤原良相(よしすけ)公によって創祀。 平安時代の古図には三条から南の神社附近一帯は 「此の地、藤原氏延命院の地なり」と記されている。 延命院とは藤原右大臣によって建てられた医療施設であり、 当社は延命院と勧学院(学問所)の守護社として創祀された。 後世、藤原武信(たけのぶ)公がこの社を厚く信仰し、 御神威の発揚につとめたので、武神神社と称されるようになる。 その後延命院・勧学院は失われるが神社だけが残り、 創祀以来一千余年にわたり広く人々に信仰されて今日に及んでいる。 撮影をけっこうしましたが、蚊にはご注意ください。(経験談!)

胃・小腸・大腸

  霊枢を読み進めていって勉強している事を書いていきます。   《現代語訳 黄帝内経霊枢 上巻》 P104 邪気蔵府病形篇「黄帝がいう。「私は五臓六腑の気が、みな井穴から出て、滎穴と輸穴を経て合穴に入ると聞いたことがある。 その気血はどの道を通って注ぎ、進入した後どの蔵府および経脈と連結しているのだろうか。その道理を聞きたいものだ。 岐伯が答える。「これは手足の陽経が別絡から内部に進入して、六府に連続しているのです。」 黄帝がいう。「滎穴・輸穴と合穴には、治療の上で一定の作用があるのか」。 岐伯が答える。「滎穴・合穴の脈気は深いところにあるので、内府の病気を治療できます」。 黄帝がいう。「人体内部の府の病は、どうやって治療するのか」。 岐伯がいう。「陽経の合穴を取ります」。」 黄帝がいう。「合穴には各おの名称があるのか」。 岐伯が答える。「足の陽明胃経の合穴は三里にあります。手の陽明大腸経の脈気は足の陽明胃経を循り巨虚上廉で合します。手の太陽小腸経の脈気は足の陽明胃経を循り巨虚下廉で合します。手の少陽三焦経は足の太陽膀胱経で合します。足の太陽膀胱経は委中で合し、足の少陽胆経は陽陵泉で合します」。」   →下合穴の説明が書かれていました。 腑病にはこれらを使いなさいと提示されています。 ここでは特に、足陽明胃経の上廉(上巨虚)・下廉(下巨虚)が大腸・小腸の合穴に設定されている点が気になりました。   《中医薬大学全国共通教材 腧穴学》 P 64 「中医理論によると大腸小腸は全て、広義の胃に属すので大腸小腸の下合穴は胃経上にあるのである。」 《中医薬大学全国共通教材 全訳中医基礎理論》 P130 「胃の通降作用とは、小腸が食物残渣を大腸に送ったり、大腸が糞便を排泄したりする機能も含んでいる。」   →答えなのでしょうが黄帝内経における根拠が書かれていません。 いや、普通に考えて胃から大腸まで繋がっているじゃないか!とよぎりますが、それは西洋医学の解剖学的所見なので東洋医学を考える上では参考にできません。 極力黄帝内経に理由を求めていきます。 胃〜大腸は、水穀の受納〜糟粕の排出までのラインのはずなので、まずは水穀が糟粕になるまでの流れを追っていきます。   <現代語訳 黄帝内経素問 上巻> P210 五臓別論篇「六腑には、常に水穀が充実しているものですが、反対に精気は充実していません。 この道理は、水穀が口から入ったあと、胃は実するが腸は空虚であり、食物が下へ送られる段階になると、腸は実するが胃は空虚になると理由にもとづいています。」   《現代語訳 黄帝内経霊枢 上巻》 P479 腸胃篇 「「黄帝が伯高に問う。「わたしは六腑の消化器官がどのようになっているか、腸胃の大小・長短、水穀を容れる容量の多少などを知りたいと思う」。 伯高言う。「すべてをお話しいたしましょう。 穀物が口から入って体外に出るまでの消化器官の深浅・遠近・長短の数値は次のとおりです。 唇から歯までは長さ九分、口の端から端までは幅二寸半。歯から会厭までは深さ三寸半、水穀五合を容れることができます。 舌は重さ十両、長さ七寸、幅二寸半。咽門は重さ十両、幅一寸半、咽門から胃までは長さ一尺六寸。 胃の形は曲がりくねっており、それを伸ばすと長さ二尺六寸、周囲一尺五寸、水穀三斗五升を容れることができます。 小腸は腹腔の中にあり、後は脊柱に付き、左から右へ向かって周り廻り、腹腔内で幾重にも折り重なって廻り、下口は廻腸に注ぎ、外側は臍の上に付き、廻り折れ曲がり、湾曲すること全部で十六回、周囲二寸半、直径八分と三分の一、長さ三丈二尺。 廻腸は臍の所に位置し、左に向かって廻り、下向きに重なって、折れ曲がり湾曲すること、同じく十六回、周囲四寸、直径一寸と三分の一、全長二丈一尺。 広腸は脊椎に付き、廻腸が送る糟粕を受け取り、左に向かって廻って脊椎の前に重なり、上から下へ行く程太くなり、最も太い所で周囲八寸、直径二寸と三分の二、長さ二尺八寸。 腸胃の水穀を運輸消化する過程は、口唇から肛門まで総長六丈四寸四分、全部で三十二回の湾曲があります」。」   《臓腑経絡学》 P 63 「大腸は、廻腸、広腸、直腸、肛門(魄門)から成る。」   《中医学ってなんだろう》 P 241 「「大腸の伝導」は、広い意味での「胃の降濁」の一部と言えるものです。 胃気が下降していることは、大腸の伝導の前提となります。」   →飲食物が胃に入って糟粕を排出するまでの過程が示されており、それは胃を起点に一連の流れで繋がっているので古人はこのラインを胃の代表する一つのグループとして考えた。 腸の伝導機能とは胃の降濁機能の一部とも言える。 関連が深いからこそ、わざわざ「腸胃篇」という一つの篇にまとめたのかもしれない。   ↓「胃の通降(降濁)機能」 ①胃◯→小腸→大腸 ②胃→小腸◯→大腸 ③胃→小腸→大腸◯ ④胃→小腸→大腸→◯(糟粕)   続いて「胃経上にある下合穴を刺し腑病を治す」とはどの様な事なのか考えてみたいと思います。   参考資料 <現代語訳 黄帝内経 霊枢 上巻> 東洋学術出版社 南京中医薬大学編著 <現代語訳 黄帝内経 素問 上巻> 東洋学術出版社 南京中医薬大学編著 <中医薬大学全国共通教材 腧穴学> たにぐち書店 主編 楊甲三 <中医薬大学全国共通教材 全訳中医基礎理論> たにぐち書店 主編 印会河 <中医学ってなんだろう> 東洋学術出版社 小金井信宏著

舌診(02)

舌象について整理する 【舌神】 有神 生き生きとして生気があり、運動性も十分なもの。 疾病に罹患しても有神であればよい兆候。 無神 乾枯して硬く光沢もなく、生気がなく、運動性も悪い。 危急の可能性。 【舌色】 淡白舌 陽虚の為に営血不足により舌体を充養できず淡い色調となる。 紅舌 舌体の脈絡が充盈している。 絳舌 紅絳舌 営血が熱の煎熬を受け、濃縮されている為に絳舌となる。 紫舌 熱盛傷津や陰虚で気血の壅滞、陰寒での凝滞により紫色となる。 青舌 陰寒の邪により陽気凝滞し血行の瘀滞による。 【参考文献】 『中医臨床のための 舌診と脈診』医歯薬出版社 『新版 東洋医学概論』医道の日本社

相反①

先日診せていただいた患者様の状態がとても勉強になったと同時に少し嫌な気持ちにもなった。   対症療法ばかり行って正気を虚損させて戦う元気もなくなり症状が治ったと豪語する。   自身の体験も含め好きではない治療法です。   さらにそこに作用の反する薬を飲んでカバーしてもプラスマイナスゼロにしているだけで何もなっていない。   やっている事はトリカブト保険金殺人事件と同じだと思う。   この事件、大体の内容としては 「トリカブト(附子)の毒が入ったカプセルを飲ませパートナーに保険金をかけ手に掛ける。」 といったもの。 しかし附子を服用すると普通5分そこら早い時間で亡くなる。   現場には死亡推定時刻の1時間前くらいに前まで一緒にいた加害者が急用でいなかったのでアリバイがある。   しかし怪しい。 するととある魚関係の業者から連絡があり、 「草河豚を大量に買った人がいた。」 との事。   そこで容疑者の自宅を捜索すると大量の草河豚が見つかった。 何故草河豚を使ったのか。   後から調べると実は 附子毒(アコニチン)と河豚毒(テトロドトキシン)はどちらも神経毒だが全く逆の働きをする。   具体的にはアコニチンはナトリウムチャネル活性化、テトロドトキシンは不活性化。   これを一つにまとめたカプセルを飲むとどうなるか。   アコニチンとテトロドトキシンが拮抗している内は毒と毒が相殺され生きています。 しかし代謝時間の差でテトロドトキシンの効果が無くなるとアコニチンが効いて結局死に至ります。   加害者はアリバイ時間を作る為にその二つが入ったカプセルを飲ませたのでした。   恐らくこの仕組みを昔の中国人は経験から理解していたのか 国訳本草綱目 10巻 P603 「荊芥、菊花、桔梗、甘草、附子、烏頭と相反し…」 相反とは作用が逆で拮抗することなので、打ち消し合う関係。 実際、 同書籍 P603 「物類相感志には「凡そ河豚を煮るには、荊芥と共に煮て五七沸して水を換える。かくすれば毒が無くなる。」とある。これは二説しているように見えるが、実は河豚の毒は荊芥に入るから毒がなくなるのではないか。」 荊芥で無毒化していましたが、これを附子で行っただけの様に思えます。   私はこの内容、臨床にとても関係すると思っています。   このテトロドトキシンがナトリウムチャネルを不活性化する働き、心療内科やてんかんなどの薬で同じ働きをするものが多いからです。   薬剤師で漢方メーカー東洋薬行の社長である惠木弘先生は 著書「体がよろこぶ!「効く」漢方の正体」P 57、58で 「向精神薬というのはすべて体を冷やす作用があり、その結果、腎のエネルギーが一気に失われて落ち込んだ気分がますます落ち込むことになるのです。気分が躁状態なら向精神薬で一定の効果は期待できますが、うつの場合は逆効果。「死にたい」という気持ちを強くしかねません。これは東洋医学の「心肝気虚」という状態で、悲観傾向をますます助長してしまうのです。」   と書かれています。 私もてんかんと診断されてテグレトール(カルバマゼピン)を10年ほど飲んでいた時は最悪な気分でした。   その様な時は四逆湯など逆の作用をする薬を飲むと低体温と共に気持ちも上がり、いろいろ楽になりました。   こういった薬はミトコンドリア機能も低下させるので染色体異常による不妊症、成長期おいては身長が伸び辛くなる、アトピー性皮膚炎を招くなど症状をとる為にさまざまな事を知らず知らず犠牲にしがちだと思っています。   そんなこんなでどんな薬を飲んでいるか、この前診せて頂いた患者様からとても大切なことだと思いました。   他の先生方も学んだ事を生かして治療しているので人の治療批判は良くないと思うのですが、元患者側からすると複雑な気持ちです。   参考資料 「国訳本草綱目 第十冊」 春陽堂 「体がよろこぶ!「効く」漢方の正体」 草降社 惠木弘著