朱丹溪の処方について。
反佐論
『たとえば近代の医家が宗とし法とするものに丹渓の書がある。その朱丹溪が呑酸を治療する際には炒黄連(さおうれん)を君とし呉茱萸(ごしゅゆ)を佐とする《左金丸》のが常である。また心腹が痛むものを治療する際には、山梔子(さんしし)を倍加して炒乾姜(さかんきょう)を佐とするとよいと言っている。このように寒薬を君とし熱薬を佐とするような処方の構成は、私には理解できない。もしその症状が熱によって出ているものなら冷やせばよいだろうが、どうしてさらに呉茱萸や生姜といった熱する薬を用いるだろうか。もしその症状が寒によって出ているものなら熱せばよいだろうが、どうしてさらに黄連や梔子といった冷やす薬を用いるのだろうか。・・・その疾病の原因を理解できないので、熱薬を用いたり寒薬を用いたりするのである。また、病状と方剤の寒熱が同じか違うかを判断できないので、その病気に対して真の見解を持つことができず、寒熱両方の見解を持ったまま治療していくことになるのである。これが医家における病の最たるものであり、自分自身を深く反省しよく戒めなければならないところである。』
黄連 :清熱燥湿、清熱瀉火、瀉火解毒
呉茱萸 :暖肝・散寒止痛、下気止嘔
山梔子 :清熱瀉火・除煩、清熱利湿、清熱涼血・止血、清熱解熱
炒乾姜 :温中散寒、回陽通脉、温肺化痰・化飲
左金丸(別名:回令丸、萸連丸):清肝瀉火、降逆止嘔
君薬 :主となる病態を治療するもので配合薬の中で最も重要なもの
臣薬 :君薬の作用を強めたり主証に付随する兼証を治療するもの
佐薬 :君薬・臣薬を補助するもの
使薬 :諸薬を調和したり服用しやすくするもの
張景岳は景岳全書の陰陽論の中で劉河間と朱丹溪を、陰陽に対しての治療方針について批判的でありましたが、反佐論の中でも丹渓の書を用いて説明がされています。
病因の把握、治療方針の見立てなど、歴代の医家達にも様々違いがあるように難しいところなのかと思います。
そして、そこが研究し続ける重要なテーマに思います。
【参考文献】
『現代語訳 景岳全書 伝忠録』たにぐち書店
『中薬学』東洋学術出版社
『方剤学』医歯薬出版株式会社
『新版 東洋医学概論』医道の日本社
痰飲(02)
脾虚湿盛
脾陽不足の為に運化機能が働くなった為に、水湿が停滞する病気変化。
食生活の不摂生や冷たいものばかりを飲む、寒湿を感受する、雨に濡れる、
湿潤な土地に長く住むなどすれば、寒湿の邪が表から理に入り込むので、脾陽不足となる。
【病理】
1、寒湿困脾
寒湿を外感したり、食生活の不摂生、生ものや冷たいものを好んで食べたりすれば脾陽を痛める。
運化機能が失調し寒湿の停滞により寒湿困脾という病理が起きる。
2、寒陰内停
寒湿の邪が脾を傷り、陽気を損傷するために湿が集まって陰となり中焦に停滞する。
3、湿聚生痰
湿が集まり痰になれば、様々な疾患を誘発する原因となる。
4、脾虚水泛
脾が虚して湿を制御することが出来ないという病理。
湿濁が中焦に塞がって痰飲となるが、悪化すれば蓄積した水湿が皮膚に溢れ浮腫となる。
漢方薬
【和解剤】
・当帰芍薬散(金匱要略)
効能:補血調肝、運脾除湿
主治:肝氣乗脾(肝血虚、脾虚湿滞)
【補益剤】
・参苓白朮散(和剤局方)
効能:益氣健脾、慈補脾陰、渗湿止瀉
主治:脾氣陰両虚、脾虚湿盛
瀕湖脉学四言訣
滑脉と渋脉の主病
滑脉主痰、或傷於食。
下為畜血、上為吐逆。
渋脉少血、或中寒湿。
反胃結腸、自汗厥逆。
滑脉は痰をつかさどり、あるいは食において破る。
下りて畜血をなし、上がりて吐逆をなす。
渋脉は少血なり、あるいは寒湿にあたる。
胃に反し便秘をなし、自汗し胸腹激痛に両足冷え苦しく食事もできない。
【参考文献】
『中医病因病機学』東洋学術出版社
『中医臨床のための 方剤学』医歯薬出版株式会社
『中医脉学と瀕湖脉学』たにぐち書店
痰
今日は痰について書いていこうと思います。
痰は津液が濃密になり、粘ることにより形成されるものだそうです。
ネバネバ、ドロドロしたイメージです。
津液はサラサラした水のイメージです。
ではなぜサラサラしたものがドロドロに変わってしまうのでしょうか?
津液というのは飲食物が水穀の精に変化してそれが津液に変わる
また、気が津液の元という考えもあります。
つまり、津液を作る過程でなんらかの異常があり、痰ができてしまうのでしょうか?
あるいは、津液がなにか不純物が混ざってドロドロになってしまうのか。
あるいは、熱で津液が焼かれてドロドロになってしまうのか。
何が原因で痰が形成されてしまうのかが疑問です。
津液を形成するのは基本的には脾の役割で、つまり脾の失調によって痰が形成されてしまう。
そして、痰は気に従ってあらゆるところへ留まるとあるので、痰による症状は様々です。
肺に行けば痰や咳嗽が出る
脾に行けば胸焼け
経絡上に留まればあらゆる部位の疼痛、など症状は多岐に渡ります。
そして、気の流れを止めれば、気鬱、気滞が起こり、万病の元です。
脂肪は痰という考えにも至るのでしょうか?
つまり、太り過ぎの方は脾の働きが悪く、
正常に運化が出来なくて、食べてもお腹が減り、
水穀が正常に気化されず痰になって、脂肪として体の周りに痰がついているという考えも一つあるかも知れません。
痰がどのようなことが原因で形成されてしまうことについてよく考えたいと思います。
噯と曖
読み物で、漢字の微妙な使い方の違いに時折立ち止まる事があります。
例えば、『井、滎、兪、經、合』の”滎”が”榮”となっていたり。
「ん?」となってしまう時です。
今回は”噯”と”曖”について
口へん、日へんの微妙な違いなのですが。
噯(あい)
1⃣いき。あたたかい氣。
2⃣おくび。
曖(あい)
1⃣かげる。かげって、ハッキリしない。
2⃣くらい。暗くて見えない。
↓
例:曖昧(あいまい)ハッキリしない。紛らわしい。
つまりゲップは
”噯氣(あいき)”であって”曖氣(あいき)”ではないのですが、この漢字の入れ替えが多いように思います。
因みに
”噫気(あいき)”もゲップ。
噫氣(あいき)
1⃣吐き出すいき。呼氣。
2⃣おくび。食べた過ぎた時など、胃にたまったガスの口腔外に出るもの。
噯氣(あいき)
1⃣おくび。吹呿。噫気。
噯の意味より、噫氣よりも噯氣の方が少し温度が高いゲップに感じるのは気のせいでしょうか。
【参考文献】
『大漢和辞典』(株)大修館書店
施術日記(03)
T.I 先生との治療練習3回目です。
週ごとに、同じ経脈上に刺鍼する事で変化をとります。
舌診の鍛錬
【目的】
① 一週間前と同穴にて、鍼の番号を変えて違いを診る。
② このシリーズは今回で3回目。
鍼の ”前後” という短期的にできる変化とは違う、中期的な変化を探す。
舌の中央の苔・裂紋には長い歴史を感じるので、
この変化を狙うのは、
長期的に考えなくてはならないのかもしれません。
舌尖と舌辺の赤みは、ぼんやりといつものようにある。
舌の出し方に、強張った感じはみられない。
陰陵泉(右):0番鍼にて置鍼(5分)
一段と力が抜けたように感じる。
刺鍼後には舌尖と舌辺の赤みは、淡く穏やかになるのはいつもの通り。
舌の水分量の違いが、事前事後で間違いなく変化する。
2週間前は・・
この2週間前に舌診した際、
舌の出し方が右へ傾いていたのが特徴的でした。
舌尖の尖がり具合や舌の周辺の赤みは現在もありますが、
現在は少しマイルドになっているように感じます。
ご自身で治療をされているのもあり、
このシリーズでの正確なエビデンスという訳ではありませんが、
変化は感じられます。
EBV
■EBウイルス(EBV:エプスタイン・バール・ウイルス)
国家試験は終わりましたが、確認の為に調べておりました。
今までは出題中の4択より1つを見つける知識に重点がありましたが、国試が終わって疾患を調べていると、欲しい情報が異なってきます。
例えば国家試験を見てみると~
(科目でいえば”衛生”や”病理”で出てきやすいのですが)
【過去問】
ウイルスが原因となる腫瘍はどれか?
1、甲状腺腫瘍
2、バーキットリンパ腫
3、ウィルムス腫瘍
4、グラビッツ腫瘍
《正解 2》
1、甲状腺腫瘍←ヨウ素不足、腺腫誘発物質の過剰摂取など
2、バーキットリンパ腫←EBウイルス
3、ウィルムス腫瘍(腎臓がん)←遺伝子異常など
4、グラビッツ腫瘍(腎細胞がん)←喫煙、高血圧、肥満、長期透析など
キーワードとして、EBウイルスに関しては
『伝染性単核球症(B細胞にEBウイルスが感染)、バーキットリンパ腫、上咽頭がん、キス病』
ぐらいの知識が把握できていれば、正とするのか、誤とするのかは対応できると思います。
しかし、実際に疾患をお持ちの患者さんが来られたら、
国試のテクニックではなく、悩みに寄り添える知識が必要になってくるな・・と、
因みにバーキットリンパ腫を発見したのはデニス・パーソンズ・バーキット。
イギリス軍の外科医として植民地のアフリカで従事する際に、ウガンダで子供のリンパ腫と出合い、発見することになります。
そこから地理学的相関関係を調査する為に1万5千キロに及ぶ調査を行い、地域分布を調べる事となります。
■戻気(れいき)
戻気は、癘気(れいき)・異気・疫気・疫毒・乖戻の気(かいれいのき)とも呼ばれる生物要因。
六淫以外の発病要因で、自然界あるいは生物体内に存在し、生命力と発病作用を備えおり伝染性と流行性をもつ。
『素問』 刺法論篇 「五疫の至るや、みな相染易し、大小を問うなく、病状相似たり」
『諸病源候論』疫癘病候篇 「病は長幼の別なく、ほとんどみな似ている」
『温疫論』 原病篇 「この気が来ると、老幼や強弱にかかわりなく、これに触ったものは発病する」
『温疫論』 原病篇 「都市に発生するものもあれば、村落に発病するものもあり、ほかに安全なところはない」
『温疫論』 原病篇 「邪は口鼻から入る」「呼吸する間に、外邪はこれに乗じる」
『諸病源候論』温病令人不相染易候篇「人が乖戻の気を感受して発病すると、病気は伝染し、ついに一門が滅亡し、外部にまで及ぶ」
【参考文献】
『中医病因病機学』東洋学術出版社
風邪の引き始め、切り替え
風邪のひき始め
涼しくなってきました。
でも未だに人によっては暑いという人がいる。
クラスでも空調が未だに24くらいに設定しようとする人も。
当然寒いので風邪をひきかけた。
症状としてはまず悪寒・鼻水(量多め)・喉のイガイガ・脈緊。発熱がないからか、浮いてはいない。
典型的な小青龍湯証なのでお湯で服用て暖かい服を来た。
じんわり汗をかき、暑くなってくる。
薬によって反応する穴はどこだろうと探ってみる。
申脈がかなり熱を持ってきた。
理論的にも説明がつくし、勉強になる。
あくまで肺は邪気の付着部位だなぁ。
昔の人は「手首足首を冷やさないよう」と言っていたけど、そういう事かと納得。
首にネギも実は理論的な気がする。
今度同じ状況で反応があったら申脈試してみよう。
発汗が終えると喉の痛みと緊脈は消えたので、一旦は凌いだ。
でも、膀胱経にムチを打って働かせたという事は背景にある腎や他臓も弱める。
実際腹部にも出ている気がした。
他気になる変化として、ふと手のひらを見たら左手の労宮がゲッソリしてたのだけど、これは薬の反応なのか。
気になります。
切り替え
最近いい経験ができている。
この状況で頭を使うのは仕方ない。
それは使うべきところだと思う。
今の課題として、その状態から治療に移る時、一気に切り替える精度の高い方法を模索中。
自身の一つの状態確認法としては、周りの音がどう聞こえているか。
そこである程度確認できるので、いい状態に一瞬で持っていける様にしたい。
切脈一葦 上巻3 (総論の最後まで)
こんにちは、大原です。
前回の続きです。
(前回:切脈一葦 上巻2)
今回も、原文に書かれている文意を汲み取りながら、
その読み方や
著者の言いたいことは何かを考えていきます。
今回は総論の最後までいきます。
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画像は京都大学デジタルアーカイブ『切脈一葦』より、
12ページ目の最後から引用。
(本ブログ記事で参照した箇所を掲載)
<読み>
たとえよくこの三部九候を、詳に診し得ると
いえども、脈色声形の四診を参考にするの時に臨みて、
何の益あらんや。
これ脈の一診をもって、
万病を診し分からんと欲する者のなすところにして紙上の空論なり。
→前回の記事でもありましたが
ここでもばっさりと「これは机上の空論であるぞ」
と言ってます。
「脈診だけで全部分かろうとしなくても良いではないか、
何かメリットがあるのか?」と。
晋の王叔和(おうしゅくか)、
『難経』に依(よ)りて、
左右を分かち臓腑を配して、もって脈学を唱う。
これをもって同調の人、称して脈学の大成となす。
しかれども脈は血気の流行にして、一条脈の道路のみ、
何ぞ三部各その脈状を異にするの理あらんや。
また、浮中沈は、病人の脈の浮中沈にして、
医の指を浮中沈するの義にあらず。
なんぞ医の指の浮沈をもって、五臓をうかがうの理あらんや。
たとえ明達の人といえども、
その実なくして、その理を究むる理あることなし。
これ王叔和以来、一人も脈学の極めを知る人なきゆえんなり。
後世の脈を学ぶ者、分配家のために、欺かれるを知らず。
徒に精神を費やして、
その道を明むることあたわずといえども、
なおいまだ空言にして、その実なきことを知らず。
ただ、己が見解の及ばざる所となす。
これをもって分配家の脈法を出づることあたわず。
→「いくら聡明で物事の道理によく通じている人でも
中身の無いことに対しては、
その理を追求することはできない。」
と書かれています。
説得力のある言い回しで、手厳しいですね。
ついに一寸九分の地をもって三部となし、
あるいは
掌後の高骨をもって関となし、
あるいは
臂の長短に従いて三部を定め、
あるいは
まず関を按じて、次に寸尺を按ずといい、
あるいは
浮かべて腑を診し、沈めて臓を診し、中をもって胃気を診すといい、
あるいは
浮かべて心肺を診し、沈めて肝腎を診し、中もって胃を診すといい、
あるいは
左を人迎となし、右を気口となし、
あるいは
左の寸関尺に心、小腸、肝、胆、腎、膀胱を配し、
右の寸関尺に、肺、大腸、脾、胃、命門、三焦を配して、
もって診脈の定法と為す。
これ皆三部各その候を異にするの理なきことを知らざるの誤りなり。
→「以上に述べた脈診の考え方は、
理が無いことを知らないためにできた、
誤った理論である。」
と書かれています。
読んでみると分かりますが、
この脈診の考え方は専門学校の授業などで習うものですね・・・。
もし三部各その候を異にすべきときは、反関の脈の如きは、
何の処をもって三部と為(な)さんや。
思わざるの甚だしきなり。
およそ医を業となる者は、皆脈を診するをもって、
先務としながら、もし
この決断することあたわざる脈法をもって、
闇然として、人の病を診して、疑いを隠して、その証を弁ぜんとす。
その危うきこと薄氷を踏むがごとし。
これ何の心なるや。
これを何と言わんや。恐るべし。
歎(たん)すべし。
医を学ぶ者、深く心を用うべし。
あるいは言う、
寸関尺を分かっては、分配家の説なりといえども、
寸部の脈進みて、魚際へ上がる者を、頭中の病とし、
関部の脈に力ある者を、腹中の病とし、
尺部の脈に滞りある者を、腰脚の病とし、
左右は左右を分けて、
心を用いるときは、病人に患る所を問わずといえども、
大概知れる者なり。
しかればすなわち、
寸関尺の部位全く無しと言えからざるなり。
謙(著者の名前)曰く、
これは人相家相等を占する者と、同断にして、
医門に不用のことなり。
いかんとなれば、頭中に病あり、
あるいは腹中に病あり、
あるいは腰脚に病ありて、医に治を求むる者なれば、
脈をもって頭中の病、腹中の病、腰脚の病を占するに及ばず。
病邪の辞にて、知れたることなり。
何ぞ脈をもって占することを竢(ま)たんや。
→ざっくりと
「寸部を頭中の病、
関部を腹中の病、
尺部を腰脚の病とするような脈診は、
これは占いと同じであり
医学には不用である。」
と書かれています。
脈診を「占い」と比喩してますが、これは
脈の寸関尺だけで
病の場所を特定してしまうことに対する
懸念を表したのだと思います。
それ脈の用は、
頭中の病、腹中の病、腰・脚の病ある人の脈を診して、
色声形の三診に合して、
その病の陰陽・表裏・寒熱・虚実を決断するの診法なり。
病毒頭中にあり、腹中にあり、腰・脚に在るの類は、
みな瀉形の与(あずか)る所にして、
切脈の与(あずか)る所にあらざるなり。
これ病証有りて、脈を診すると、
脈を診して、病証を占するとの辞なり。
また脈をもって病毒の所を占すると、
脈をもって病証の陰陽・表裏・寒熱・虚実を決断するの弁なり。
→「脈診の目的は、
患者さんの身体の色や声、形態と合わせて、
それらを総合して、
病の陰陽・表裏・寒熱・虚実を決めるものである。
病が頭にあるのか、腹中にあるのか、腰・脚にあるのかを
脈の寸関尺で分かるとうたっているが、
病がどこにあるのかは「瀉形」によって判断するものであり、
脈診で判断するものではない。
ある病があるからそれに合った脈が現れるのであって、
その脈だからそれに合った病が現れるということではない。
さらに言い換えると、
その脈だから、病の陰陽・表裏・寒熱・虚実が決まるということではない。」
と書かれています。
つまり、脈診だけで全部は分からないぞ!ということが
ずっと書かれていますね。
また、病がどこにあるのかは「瀉形」によって判断するもの
とありますが、
この「瀉形」とは、
切脈、望色、聴声、写形(望診)といった
四診合算のことをいうようです。
その中の脈診だけで病を判断してしまうのは
いかがなものか、
ということを一貫して言っているのだと思います。
引用:
京都大学デジタルアーカイブ『切脈一葦』より
六經病機(02)
太
(01)はなはだしい。
(02)とおる。
(03)おおきい。
(04)尊稱に用いる。→太后、太君など
(05)秦・大に通ず。
(06)夳に同じ。
(07)姓。
明
(01)あきらか。あかるい。
(02)あきらかにする。
(03)あきらかに。はっきりと。
(04)あける。夜がしらむ。
(05)よあけ。あけがた。
(06)あけて。つぎ。
(07)ひる。日中。
(08)あかるみ。
(09)おもて。そと。うわべ。
(10)ほがらか。
(11)おこる。ひらく。
(12)大きい。
(13)さかん。
(14)陽。陰の對。
(15)雄。雌の對。
(16)有形。
(17)この世。現世。
(18)かみ。神靈。
(19)日。月。星。
(20)天。
(21)賢人の述作をいう。
(22)よく治まる。ひらけた國。
(23)視力。
(24)たぐふ。
(25)水道。水の流れみち。
(26)ちかう。盟に通ず。
(27)萌に通ず。
(28)孟に通ず。
(29)猛に通ず。
(30)望に通ず。
(31)朝代の名。朱元璋が元を滅ぼし建てた國。
(32)諡。
(33)姓。
(34)眞言の異名。
少
(01)すくない。すこし。
(02)すこしく。わずか。やや。
(03)すくなしとする。不足に思う。
(04)そしる。かろんずる。
(05)しばらく。しばらくする。
(06)おとる。
(07)かすか。おとろえる。
(08)へる。
(09)かく。
厥
(01)石を発掘する。
(02)ほる。
(03)つくす。つきる。
(04)つく。突きたてる。
(05)病名。のぼせ。足が冷え、頭がのぼせる。
(06)その。それ。
(07)の。
(08)句調を調へる助辭。
(09)みじかい。又、尾の短い犬。
(10)石の名。
(11)ゆれ動くさま。
(12)蹶に通ず。
(13)橛に通ず。
(14)古は氒につくる。
(15)姓。
【参考文献】
『大漢和辭典』大修館書店
(太:第三巻763頁、明:第五巻763頁、少:第四巻89頁、厥:第二巻659頁)
『中医病因病機学』東洋学術出版社
足など
足
細かいことは書きませんが、これから足への理解を深めていきたいと思います。
自身の体の使い方と経穴の理解も深まる気がしています。
刺したとき
さっきの話とは別ですが、自分の足で実験で刺した時に何を感じるか。
もっと捉えれる様にしていきます。
先生
どの仕事でもそうですが、その中でも緊張が多い大変な仕事だと思う。
色んな事を考えなかればいけないし、責任が生じる。
同じ重圧を受けていても感じ方は人それぞれだと思いますが、この間みせて頂いた方にとっては負荷がかかるだろうなと感じました。
様々な不安も重なっているのかもしれない。
勢い
何かをする時、内容を伴わずに自分が作った勢いに乗ってどうにかしようとする。
今の自分にとっては特に気をつけなければいけない部分。









