シズル感
レストランのメニューなどで見かける美味しそうな写真、新鮮な肉や野菜の色をした写真を「シズル感」といいます。
以前の仕事では、「本物を観て美味しそうな色は記憶しておきなさい!」と教わり、何百枚もの写真を「シズル感」のある写真に仕上げてきました。
鍼灸学校に入ってしまってからそんなことすっかり忘れていました…
健全な舌は「淡紅色」という教科書的な表現も、共通言語的なものかもしれませんが、色名というのは国や人によって曖昧なものです。
以前、寺子屋メンバーで舌の色を話していた時に「好感度のある色」「好感度がない色」と表現していましたが、とても感覚的なものでした。
それって、「美味しそう」と「不味そう」に当てはまらないかなと思いました。
スーパーの生鮮コーナーでも「あ、これ買わんとこう…」って思う物って、青みがかっていたり、褪せていたり、黒ずんでいたり、くすんでいたり。
文字を追ってばかりだと忘れてしまいます。
澤田健先生も仰っておられました。
「書物は死物なり. 死物の古典を以て生ける人体を読むべし.」
日々の生活にヒントは沢山あるので、もう少しシンプルに、素直に物を捉えていかないとなぁ、といつも気付かされます。
引用 「鍼灸真髄」代田文誌 著
『舌鑑弁正 訳釈』より紅舌を学ぶ。
こんにちは稲垣です。
『舌鑑弁正 訳釈』の”紅舌総論”より学びます。
・・痩人多火、偏於実熱、医者拘於外貌、輒指為虛、
誤服温補、灼傷真陰、域誤服滋補
(名為滋陰降火、実則膩渋酸歛膠粘、実熱、引入陰分)、
漸耗真陰、亦成絳舌、而為陰虛難療矣
(其初必有黄苔、医者不知、久之内傷己甚、不能顕苔、而変絳色矣。
凡陰虛火旺之病、自生者極少、多由医家誤用補薬逼成也)。
不論病状如何、見絳舌則不吉。・・
(引用:『舌鑑弁正 訳釈』P221~222)
・・痩せた人は火が多く、実熱に偏る、医者は外見にとらわれ、痩せていれば虛とする、
誤って温補を服用し、心陰を焼き傷る、誤って慈補を服用
(滋陰降火という、実すれば則ち膩渋酸歛膠粘、実熱、陰分に引き入れる)
真陰が次第に消耗、また絳舌となる、陰虚が治り難くなる
(初めは必ず黄苔、医者は知らず、時と共に内傷が甚だしくなり、苔が目立たぬまま、絳色となる。
陰虚火旺の病、自らそうなるものは極めて少なし、多くは医家の補薬の誤用によるもの)。
病状がどうあれ、絳舌は則ち吉ならず。・・
実際の臨床に立たせて頂いて、感じることの一つに
下焦の邪が強い患者さんが少なからず居られ、
その下焦をいかにクリーニング出来るかが重要に思えるケース。
補瀉の取り扱いは極めて慎重であるべきだと思いました。
鍼灸学校においては腎に実証はないと教育されますが。。
経験を積み考察を深めたいと思います。
今回は黄苔の存否などは分かりやすいと思えました。
【参考文献】
『舌鑑弁正 訳釈』たにぐち書店
六經病機(02)
太
(01)はなはだしい。
(02)とおる。
(03)おおきい。
(04)尊稱に用いる。→太后、太君など
(05)秦・大に通ず。
(06)夳に同じ。
(07)姓。
明
(01)あきらか。あかるい。
(02)あきらかにする。
(03)あきらかに。はっきりと。
(04)あける。夜がしらむ。
(05)よあけ。あけがた。
(06)あけて。つぎ。
(07)ひる。日中。
(08)あかるみ。
(09)おもて。そと。うわべ。
(10)ほがらか。
(11)おこる。ひらく。
(12)大きい。
(13)さかん。
(14)陽。陰の對。
(15)雄。雌の對。
(16)有形。
(17)この世。現世。
(18)かみ。神靈。
(19)日。月。星。
(20)天。
(21)賢人の述作をいう。
(22)よく治まる。ひらけた國。
(23)視力。
(24)たぐふ。
(25)水道。水の流れみち。
(26)ちかう。盟に通ず。
(27)萌に通ず。
(28)孟に通ず。
(29)猛に通ず。
(30)望に通ず。
(31)朝代の名。朱元璋が元を滅ぼし建てた國。
(32)諡。
(33)姓。
(34)眞言の異名。
少
(01)すくない。すこし。
(02)すこしく。わずか。やや。
(03)すくなしとする。不足に思う。
(04)そしる。かろんずる。
(05)しばらく。しばらくする。
(06)おとる。
(07)かすか。おとろえる。
(08)へる。
(09)かく。
厥
(01)石を発掘する。
(02)ほる。
(03)つくす。つきる。
(04)つく。突きたてる。
(05)病名。のぼせ。足が冷え、頭がのぼせる。
(06)その。それ。
(07)の。
(08)句調を調へる助辭。
(09)みじかい。又、尾の短い犬。
(10)石の名。
(11)ゆれ動くさま。
(12)蹶に通ず。
(13)橛に通ず。
(14)古は氒につくる。
(15)姓。
【参考文献】
『大漢和辭典』大修館書店
(太:第三巻763頁、明:第五巻763頁、少:第四巻89頁、厥:第二巻659頁)
『中医病因病機学』東洋学術出版社
中国の思想(02)
老子
八章 水にまなべ
上善若水。
水善利万物而不争、処衆人之所悪。
故幾於道。
居善地、心善渕、与善仁、言善信、正善治、事善能、動善時。
夫唯不争、故無尤。
上善は水のごとし。
水はよく万物を利して争わず、衆人は悪なる所におる。
故に道にちかし。
居は地に善し、心は渕に善し、与は仁に善し、言は信に善し、正は治に善し、事は能に善し、動は時に善し。
夫れただ争わず、故にとが無し。
上善は水のごとし
「水は方円の器に随う」といい、「行雲流水」という。
いずれも水の流動してやまぬところをひいてのたとえだが、
老子は水にダイナミックな「不争の徳」を象徴させた。流動するからこそ力をもつのである。
(引用:『中国の思想[Ⅳ]老子・列子』P42)
【参考文献】
『中国の思想[Ⅵ]老子・列子』徳間書店
脈診(04)
瀕湖脉学七言訣(二十、弱脉)
弱来無力按之柔、
柔細而沈不見浮。
陽陥入陰精血弱、
白頭猶可少年愁。
弱脉は力無く来て、按じても柔、
柔は沈にして細、浮では見られず。
陽は陥入し、陰精血は弱、
白頭(老人)は考えられるが、少年なら愁う。
脉が骨周辺まで沈む理由が何なのか..
自問自答してみる。
年老いて骨が弱くなり営気を必要としているから、
骨への栄養補給の為に沈下する?
いや、肌肉の中空を維持出来ない為に沈む?
衛気が衰えて、エマージェンシー発生の為に
脉が皮毛に栄養補給にやってくるのが浮脈?
現象に対しての理由は多々ありそう。
【参考文献】
『中医脉学と瀕湖脉学』(株)谷口書店
舌診で
以前から白膩苔は見られることはあった。
但し、いつもは舌体中央から舌根部にかけて
広くみられるもので、左右の偏りは目に付かなかった。
舌裏では時折、
静脈が左側のみ膨張して見られることはあった。
今回はその所見に重ねて、
舌体の左側を中心に薄い白膩苔が乗る。(右側には白苔)
右利きで、普段から左側に重心をおいた座り方を好む。
一過性のものであるなら、単に事象のひとつとして
捉えて問題はないのか。
他と絡めて捉えるために、どんな所見を拾うことが必要かー
尺膚診で混乱中
最近は黄帝内経をじっくり読もうと思って勉強中です。
霊枢から始めているのですが、邪気蔵府病形篇まで進めると一つの大きな難関が待ち構えていました。
尺膚診です。
まだ理解できていませんが現時点での解釈をアウトプットしていきます。
『現代語訳 黄帝内経霊枢 邪気蔵府病形篇』 P89
<そもそも病人の顔色と、脈のようす、尺膚のようすはみな疾病と一定の相応関係があり、あたかも太鼓とばちとが相応じるように、一致しないではいられないものなのです。>
→相関関係があるなら尺膚の様子から脈の予想を立てる事も可能なのではないでしょうか。
どの様な関わりがあるのかを見ていきます。
『現代語訳 黄帝内経霊枢 邪気蔵府病形篇』 P 92
<脈状が急であれば、尺部の皮膚もまた緊張しています。脈状が緩であれば、尺部も弛緩しています。脈状が小であれば、尺部もまた痩せ、脈状が大であれば、尺膚も大きく隆起しております。脈状が滑であれば、尺膚もまた潤滑、脈状が濇であれば、尺膚も枯れてまいります。>
『現代語訳 黄帝内経霊枢 邪気蔵府病形篇』 P 102
<「五臓が病変を表わす六種の脈状、鍼を刺す方法はどのようか。」
「およそ脈状が緊急であるようなら、多くは寒邪であり、脈状が緩であるようなら、多くは熱であり、脈状が大であるようなら、多く気が有余で血が不足です。脈状が小であるようなら、多く気血がどちらも不足です。脈状が滑であるなら、陽が盛んで、僅かに熱があります。脈状が濇であるようなら、瘀血であり気が虚であって、微かに寒があります。…」>
→文字が多いので簡単にすると
脈 尺膚 病変
急 緊張 寒邪
緩 弛緩 熱
小 痩せる 気血両虚
大 隆起 気が有余で血不足
滑 潤滑 陽盛、僅かに熱
濇 枯れる 瘀血・気虚・微かに寒
となります。
しかし実際尺膚診の運用を見てみると
『鍼灸治療 上下左右前後の法則』 P 63
<尺膚診の出典は、『霊枢』論疾診尺、『素問』脈要精微論などにあり、森立之の『素問攷注』中に、尺膚診の資料が掲載されています。『霊枢』論疾診尺の尺膚診に関わる部分をみていきましょう。>
とあり、邪気蔵府病形篇の内容はあまり反映されていない模様。
両篇を読んでもしっくりこない…
私の認識が不足している可能性も大いにあるので、一旦置いておいて先に読み進めていこうと思います。
参考資料
現代語訳 黄帝内経霊枢 上巻・下巻 東洋学術出版社 南京中医薬大学編著
鍼灸治療 上下左右前後の法則 メディカルユーコン 藤本蓮風著
硬さ 柔らかさ
診察で
各所の情報が、そもそも検討するのに足る量を拾うことができていない 尺度がない
その中で観察した情報をすぐに解釈しようとして、できない(できるはずがない)
切診において相手のからだのいづれか部位に接している時に
触れているその部分だけを見て
情報を取りにいく意識が自分の体も思考も硬くしていることに
先輩のされる様子を見て気付かされる
鍼治療を受ける中で気付かされた
自分が力んでいたことを本当に知るのは体の力が抜けたときだった
能動的に取り組むことと硬さはイコールでないのに
そうさせているものは何か
(覚え書きとして)
学校の実技の時間で
授業で、あるテーマのもと、足部、腰部、腹部のツボにお灸を据えることに。
足部で太渓、水泉、復溜との指示だったけど
若干変更してクラスメイトの足で冷えが気になるところにやってると
先生から、場所が違う、(実際にやっていたツボが)陽経だからお灸は駄目、
との指摘をいただく。
陽経だから、とだけの説明では言葉が足らない・・
消化するまでに少し時間がかかったけど、
指導の仕方にも色々あるのだなと考えることにしたら、
いま与えてもらっている環境について違う角度で見れることに気づく。
いよいよ週にひとコマだけになってしまった実技の時間を
次に活かせるように。
















