六字訣
面白い動画を見つけました。
中国式気功の一つのようで六字訣(ろくじけつ)といいます。
この功法は六字を唱えながら呼吸することで内臓を強化できるみたいです。
六字(呵呼呬吹嘘嘻)はそれぞれの内臓と対応関係にあります。
訣の意味は調べると、「おくのて」「おくぎ」とありました。
呵(ホー)→心・小腸
呼(フー)→脾・胃
呬(スー)→肺・大腸
吹(ツゥェイ)→腎・膀胱
嘘(シュー)→肝・胆
嘻(シー)→三焦
それぞれ対応する内臓の邪気を排出することを意識して行うようです。
※詳しいやり方を知りたい方は動画をご参照ください。
回数は、健康な人が毎日行う場合は、それぞれ2回で充分で、どこか特定の内臓が弱っている人が治療目的で行う場合は回数を増やせばいいようです。
割と簡単にできそうなので、昼休みにでも取り入れてみようと思います。
老子の第一章から想像
先日老子を読み終えました。
速読を意識したので二周目はじっくり読んでいきたいと思います。
第一章
道可道、非常道。名可名、非常名。
無名、天地之始。有名、萬物之母。
故常無欲以觀其妙、常有欲以觀其徼。
此兩者同出而異名。同謂之玄。玄之又玄、衆妙之門。
訓読文
道の道とす可きは、常の道に非ず。名の名とす可きは、常の名に非ず。
名無きは天地の始め、名有るは万物の母。
故に、常に欲無くして以て其の妙を観、常に欲有りて以て其の徼を観る。
此の両者は同じきより出でて而も名を異にす。
同じきを之を玄と謂う。玄の又た玄、衆妙の門。
・この文章から今の時点で感じている事
これが道だというものは常の道ではない。
道は万物の根元ではあるが、それを言葉で説明することは出来ないし、ましてや名付けることなど出来ない。
全ての事象は道から為るが、道を観ようとすれば無欲でなければいけない。
無欲のため観えるものは妙であり、奥深い。
有欲であれば徼しか観ることが出来ない。
妙とは「あまりにも奥深くて見ようとしても見えないこと」で、
徼とは「帰結や端」という意味とされます。
妙も徼も同じ玄から生まれるものではあるけれども観ているものが違う。
王弼は
「両者は始と母である。同出とは同じく玄から出ること。異名とは名付けられる場面が同じでないこと。首(はじめ)に在れば始といい、終にあれば母という」と注釈されています。
図解雑学 老子では
「「名有る」状態が「万物の母」だというのは、万物は名が与えられてはじめて万物と認識されるからで有る」
としました。
第四十二章では
「三生万物」という言葉がありますが、これは「天地間の陰陽の気が混ざり合って万物を生むということ」とされます。
つまり欲がある立場に立てば
徼という「天地間の陰陽の気が混ざり合って生まれた万物に名前がつけられた状態」しか観えないのではないでしょうか。
確かにそれは玄から生まれたものの一つではあるけども、端であって全てではないのかなと思います。
何事も無欲の立場で妙を観なければいけないのではないかと思いました。
道は奥深くて決してこれ!と捉えられる存在ではけれども、老子の様に無欲の立場に立てば感じることが出来るものなのではないのでしょうか。
道理という言葉は広辞苑では「物事のそうあるべきすじみち」とされますが、
道の理はどこまでも奥深いので、妙であり「玄の又た玄、衆妙の門」とされたのではないのかと思います。
臨床現場にまだ立っていませんが、きっとそういったことも必要なのではないか。と感じています。
参考資料
老子 岩波文庫 蜂屋邦夫著
図解雑学 老子 ナツメ社 蜂屋邦夫著
広辞苑 第七版 岩波書店
柴胡桂枝湯
まずは方剤の勉強から
柴胡桂枝湯
組成は小柴胡湯+桂枝湯からなっています。
小柴胡湯
柴胡 黄芩 ーー清熱和解
人参 炙甘草 大棗 ーー益気調中
半夏 生姜ーー和胃降逆
柴胡が肝胆の疏泄機能を調節し、少陽経気の流れを通じさせ、黄芩と合わせることで少陽経の邪熱を清する。本証は邪気が体質の虚に乗じて少陽系に入り込んできた病証なので、益気薬を用いて邪気の伝変を防ぐ必要がある。本方は清熱薬と益気薬を配合した扶正去邪の方剤である。
桂枝湯
桂枝ーー解肌発汗 温経通陽
芍薬ーー和営斂陰
生姜ーー桂枝の解肌発汗を補佐
大棗ーー芍薬の和営養陰を補佐
炙甘草ーー諸薬の調和
桂枝と芍薬は一散一収して衛気と営陰を調和する扶正去邪の方剤である。芍薬の収斂作用は、桂枝の辛散による正気の損傷を抑え、桂枝の辛散は芍薬の酸収による邪気の閉じ込めを防ぐ働きがある。
漢方方剤ハンドブック 東洋学術出版社
特に起床時と就寝前くらいによくゾクゾクした寒気を感じていたので、中医学的に考えると、衛気の運行が脈中と脈外の間で入れ替わるような不安定な時期に寒気を特に感じていたのかもしれません。
柴胡桂枝湯を飲み始めてからの変化ですが、確かに寒気はなくなったように思います。著しい寒波がなくなったということもあるかもしれませんけど...
あと膈内のひきつり感もほぼほぼよくなったのではないかと思います。あと一年ぐらい前から急に視力が落ちた感じがしていて気になっていたんですが、それも回復しているようにも思います。特に夜に自転車に乗るような時はかなり見づらくなっていたのが、あれ?目がよくなってる?と思えるくらい、ライトで光るお店の看板や信号がクリアに見えるようになっています。肝は目に開竅するというので疏肝作用の改善の恩恵でしょうか。
でもまだ改善できていないところもあるので、ここに理気薬を加えてみたいです。
こんにちは高山です。
頭痛や、食欲不振も、不眠も、疲れも、風邪も、
全てが五臓の弱りや、働き過ぎ、
そして、切診や望診、ツボの反応はその五臓の失調を表しているのだと感じます。
しかし、ツボに至っては特殊で、そこに針を刺すと
その五臓の失調が改善されたり、体の熱を取り除けたり、
外邪を撃退することができるようです。
これに関しては、なかなかの不思議です。
お腹の中に全て収まっている五臓が、なぜ手や足、背中、
体中のある特定の部位で反応が出るのか。
五臓と経絡は繋がっているからというかのもありますが、
それだけでじゃないような気もします。
そして、一鍼堂の先生たちは、そこに小さい鍼で刺して
大きい五臓を動かす。小さい力で大きなものを動かす。
それだけツボには大きな力があると言うことでしょうか。
「ツボにはこんな効果があって、こういう症状の時に使うといいよ」って学校では単純に教えられていますが、
実際そういうものでもない感じがします。
そこが、西洋医学との大きな違いかもしれませんね。
いくらツボの部位を見たって自分には目では見えませし、よくわかりません。
わからないことがありすぎます。笑
でも今は、目でも見える、頭でも考えられる弁証ををしっかり学びます。
行動
行動
とにかく相手に合わせながら動く。
ごちゃごちゃ考えず、いい意味で一心不乱に。
流れを止めない。
自分も相手も頭を使った時は空気が止まる。
先週見させて頂いた人の時、時間をかけすぎてしまっていた。
戻り、報告の際受けた時間をかけすぎというご指摘。
術後の反応を探るときはとにかく早く。
見れる見れないは関係なく行った。
何より驚いたのは患者さんの拍子抜けした空気。
「え?終わり?」
言葉にしなくても伝わった。
見れる見れないはこちらの都合。
患者さんには関係のない話。
患者さんのステージの上で見れる様になる。
相手には相手の都合がある。
常にそこを見ずに先はない気がしました。
都合を考えずに触ってしまって申し訳なくなる。
明日の寺子屋。
燃え盛る様なものをいらない。
ただ相手に任せる事を意識してみる。
色は気の外見
ただいま難経の解説書を読んでいます。印象に残ったところをまとめてみました。
『難経鉄鑑』第一三難
顔面は「五臓の精華の府」である。
五臓はそれぞれ五行の色を具えている。
その色の変化は全て顔色に現れる。
顔面は正陽の場所であり、人身の上部にある。諸気は陽に属して上達するため顔面に集まる。
人身の気が外に現れたものを色と言う。
「色は気の外見」
気は陽に属し、動き回って一定の状態を保つことがないので顔色は良く変化する。
血は陰に属し、一定の状態を守る。
顔面の色が次々に変化していくのとは異なり、脈の場合は一定の決まりを述べることができる。このことが(難経)で脈の一定の部位を設けている理由である。
しかし、気の中にも血があり、血の中にも気があるため、気は色を主って脈を兼ね、血は脈を主って気を兼ねると考えるのが妥当である。
『難経鉄鑑』第一三難 たにぐち書店より引用
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読み返してみると、なるほど、納得な情報がいっぱいです。もっと望診を磨かなければと思いました。色と脈は連動しているんですね。
不問診断学
「不問診断学でいきましょうかー」
突然の下野先生のひと言に???
望聞問切の「問」を省くということだそうです。
思い返すと…
短時間で何人もの患者さんを診ておられる下野先生は、必要なことを聞いて日頃から不問診断に近いことをされているのかなと思います。
私がやってることは、望聞問切の「問」だけです。
問診の場に色々と引き出そうと、長くなってしまいます。
それは、やはり私の中で切経と病因病機が紐付けされていないから、問診に頼りたくなるのだろうなと思います。
でも、問診しても取捨選択できないし、
果たしてそこまで必要なんか?
「頭痛」といわれて、
頭痛の病因を見てもあまりにもいっぱいで、
え?肝火かな?脾虚かな?
とかあれこれ考えるから混乱。
「難聴」「目が痛い」「鼻水」…
聞けば聴くほどいっぱい症状が出てきて、
全部調べたところで、パズルのピースみたいにピタッとはまるまで何時間もかけて、結局辻褄が合わず答えも出ず…あ、こりゃ私の身がもたへん。
何週間か前に下野先生が仰っていた
「近所だし」という言葉が今となってジワジワ来ます。
それなら、もっと大きく捉えて、清竅に行き渡らない生理学を調べた方がシンプルではないのかな?
患者さんには申し訳ないけれど、
「あ、はい、頭痛ですか」
と、サラッと通り過ぎて行った方が良いのかもしれません。
まだ1回だけですが、不問診断学、やってみると面白いですね。
今の私は聞いてもわかんないんだし、
聞いたとて結局自己満足なのかもしれません。
○ 写真のこと
ヒレンジャク
GW、実家でBBQをしていたら聞き慣れない鳥の声。
日本にいるのは冬で個体数は少なく、とても珍しい鳥だそうです。
舌の考察 2023/11/22
最近は舌の考察を寺子屋生どうして写真をとってみたりして行なっています。
今までこんなにじっくり舌を観察する機会がなかったので、やはり勉強になるなと改めて思っています。
自習の方では難経鉄鑑の34難まで進みました。
以前読んだ時は33難が難しくて、一体何のことを言っているのかチンプンカンプンでしたが、今回改めて読み返してみると何となく全体像を理解できたような感じになり、繰り返し読み返す意味を再確認することができました。
舌質 胖大 やや淡白より。
厚みがあって、パンと張った気が充実している舌で、気滞があるのかなと思われる。
しかし舌尖の赤味が他の2人とは違ってみられない。
舌苔も薄く消化管も問題なさそうに見える。
舌の張り感がなく、だらんとした気が抜けた舌。
舌苔は粘稠で厚みがあり、低速モードで消化管の働きが追いついてない。中焦、下焦に停滞している。
備考:生理が終わって、口周りの吹き出物の活動が治ったように思う。
上の2人に比べると、舌の色が暗く、鮮やかさに欠ける印象をもつ。
舌の弾力性も以前の写真に比べると低下している雰囲気がして、気虚が増したように感じる。
舌裏も白抜け感があり、まだらで血の停滞が見られる。
臓腑生理の学習
皆さまこんにちは、鍼灸学生のイワイです。
東洋医学概論の臓腑生理について復習している中で、分からなかった問題について調べてみました。
【問題】情報伝達に関与する働きを持つのは、どの臓腑によるものか?
これに関して、当初は心の働きだと思っていましたが、どうやら心ではなく、奇恒の腑の一つである「脈」の働きだったようです。
(寄り道しての復習です↓)
奇恒の腑とは?
水穀と直に接することない密閉した中腔器官であるとともに、精気を蔵するという機能も持っている。
胆、脳、脈、骨、髄、女子胞
話を戻しますと、脈は奇恒の腑の中でも心と関係があるというわれており、
脈は血脈、血府ともいわれ、生理物質が運行する通路であり、全身に分布し、臓腑と直接連絡しています。
脈の主な機能は、
①生理物質の運行 ②情報の伝達 です。
ここでは、上記の問に対して
②情報の伝達 について学んだことを記します。
【生理】脈は、臓腑の機能や病態を反映するため、気血などは生理物質を通じて、情報の伝達に関与している。
また、脈は経絡の概念に内包された組織、器官であり、経絡の機能である情報伝達に関与する。
奇恒の腑の働きについて触れることが少なかったので、この機会に学べて良かったです。
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【参考文献】
「新版 東洋医学概論」東洋療法学校協会 編
















