いつ食べるか学
時間栄養学という言葉を初めて知りました。
いつ食べるのかに着目した栄養学のようです。
いつ食べるかが健康に与える影響というのが、一般的に思われている以上にとても大きいことが最近わかってきているそうです。例えば肥満、糖尿病、心疾患、脳出血、老化、うつ、ガンなどにも影響することがわかってきたそうです。
体内時計は一つで全身を調整しているのではなく、全身くまなくあることがわかっています。(ここら辺は五臓六腑の五神の話や子午流注の時間の話を連想してしまいます)それは細胞ひとつ一つに存在する時計遺伝子の機能で、今わかっているだけでも、数十種類の時計遺伝子が確認されています。
たとえばそのうちのピリオドという時計遺伝子は物質の生成と分解を一定の周期で行っていることがわかっています。
この時計遺伝子のサイクルによって食欲や睡眠欲などの周期がつくられています。
しかしこの体内時計と異なる周期で生活すると体内時計自体がズレていってしまいます。このズレがストレスのもとになって身体の不調や病気もとになって現れてくるのです。
それでは、ズレてしまった体内時計をもとに戻すにはどうすればいいでしょうか?
この時間のズレを戻す方法の一つとして食事のタイミングが大事になってきます。
その食事のベストタイミングいつなのか。
先ず朝食は起床後すぐ、2時間以内がいいです。
朝食はズレた体内時計を合わせる役割があります。
起床時は体内時計がズレている状態なのです。実は体内時計のサイクルは24時間より長いため、毎日起床時にはズレています。従って一日の体内時計の開始を朝食で合わせる必要があるのです。
あともう一つ太陽の光を浴びることで体内時計を合わせるのも欠かせないポイントです。脳の中の視交叉上核(主時計)が光を浴びることで全身の体内時計のズレを合わせる働きがあります。しかし食事を取らないと体内時計がまたズレる原因になりかねません。
昼食は朝ご飯を食べてから5時間後ぐらいに日中を迎えるのがよいです。体内時計の観点から言うと、消化吸収系の臓器が一番活発になる時間は日中になります。
夕食のベストタイミングは朝食をとってから10〜12時間後ぐらいです。できれば20時までには終えておきたいです。
子供の頃は当たり前だったことでも、大人になると大人の事情でなかなか実行が難しいのが実情です。だから不健康な大人が増えてしまうのかもしれません。
肺の物語…
こんにちは、
クリステンです。
今日は雨で、学校のテストもあったので少し疲れています。
せっかく寺子屋なのでこの時間を充実にしたいのに、気づいたら文字を眺めているだけ頭に入ってこない。もったない。
でも、こういう日はありますよね。
“今日はがんばりすぎたらダメという合図のかな...”
先日の下野先生くださったアドバイス→
「臓腑経絡学」を4回にサラっと読んで、5回目に熟読すること。
ただ、文字を読んでいても、頭に入ってこない今日ですので、何か工夫が必要。
→家に帰った後は絵として描いてみよう。
(絵を描くのが私にとってはリラックス手段ですし、視点を変えると何かの気づきやヒントが出てくる時もあります)
① 肺蔵象と経絡:肺
私のイメージだけですが、
「肺」は上品で美しい気配りの良い母親のように見えます。
デリケートでありながらも、皆を養って守れる女性ならでの強みを持つ。
「華蓋」ともいう、もっとも高位に位置、八葉っぱを有する花のような形をし、
上焦・陽中の陰・牝の臓である。
脾胃から水穀精微と自然界からの清気を受け取って、
それらに生み出された宗気・衛営気と津液を皆にくまなく宣発し、潤う。
衛気を主り、衛の気が充実となれば、
腠理が正常に開閉でき、体表を温め養い、
皮毛を潤沢に保つ。
そうなると、皆を外邪から守られる。(体表を防衛)
鼻に開竅する。香りを知る
魄を蔵し、本能的で感覚に関係が深い。
濁を排出。水液代謝。
(母親って、普段はデリケートで柔らかい人でも、日々弁当を作って、掃除する。カゼなどを引いていても自分より子供達の養うことを先にする。子供が危険な状態になると、ものすごい力を発揮し、全力で守る。というイメージ)
「メモ」
・外邪や上逆の影響を受けやすい。
・「表証で軽いものであれば、裏証症状はほとんどみられないが、唯一咳がでることがある」(←臓腑経絡学。これについて意味をもっと詳しく調べていきます)。
《肺と肝》
なぜか、描いた絵には、肝が蓮の花になっていました。
本では、肺が「蓮のような」と書いてあるけれど、
あまり考えずにこうなりました。
肺は西を属し、牝の臓。肝は東に属し、牡の臓。
私の頭の中、肺はお嬢さんであれば、肝はその主人である。
(心は君主)
日本人とは違うかもしりませんが、私にとって蓮の花は美しくて、たくましいイメージしますので、どちらかというと男性らしい。
____
肺の役割や、肺ー肝、肺―腎・肝―心の関係について、たくさんの話はありますが、
今日の物語・絵はここまで。
また次回。
参考した本:
瘀血について
瘀血は病理産物であり、発病要因でもあり、疾病を引き起こす内部要因。
瘀血の症状は複雑多岐に渡るが、1番多いものが疼痛。
中医学では瘀血について統一された文献はないが
瘀血という病変には様々な名称があり、いずえの名称においても
病状の軽重、経過の新旧、性質などが表現されている。
(滞血、留血、閉血、蓄血、宿血、乾血、
老血、死血、敗血、悪血、賊血など)
滞血、留血、閉血:血液が蓄積して流れず、滞りふさがったもの
蓄血:一般に発病が急激で中・下焦の瘀血。全身性の瘀血を指す場合もある。
宿血、乾血、老血、死血:経過が長く、瘀積が古く短時間では散らせないもの
敗血:血が既に腐敗し正常な生理機能が失われた状態
悪血、賊血:瘀血が人体に及ぼす危害が凶悪で残忍であることの形容
たくさんの表現があるけど、どれも「瘀血」という1つの名称で
まとめられている。
参考文献
新版 東洋医学概論 / 医道の日本社
中医病因病機学 / 東洋学術出版社
文字・言語
文字、言語って何なのか。
調べた訳ではないが、集団で行動する為にイメージから共通の認識を言化・文字化したのではないのかな。
つまり「大体こういう意味ですよね」という共通認識を作ることでコミュニケーションを容易にさせているのだと想像。
では、共通言語や文字を持たない相手とは理解し合えないのか。
様子に出るのでそういう訳ではないと思う。
家の猫を見て、
「今かまってほしくないんだな」
「これからこっちくるぞ」
「喜んでるな」
「この空気が好きなんだろうな」
など伝わるものもある。
身体を触らせてもらった時で一番わかる時は包む様に触った時。
その時の自分は柔らかい状態にあると思う。
結局は猫ではなく、人間の治療をする訳だけれども、同じく言語に振り回されず、言葉は通じないものとしてやってみたい。
先日受付で話に出たケータイは怖いですよねと言った話、
「勝手に枠組みを作られて色眼鏡になり、相手を見れなくなる」
その認識とも繋がる気がする。
結局何か情報として伝えられた段階っていうのはわかった気にはなれるけど、わかってないんだと思う。
そこに自分の感覚が乗らないと本当に理解できない。
次の寺子屋は「人ではなく生命現象に触れる」
あれこれ書いたけど、そっちの方が自身をフラットに保てる気がするので、そんな感じでシンプルに切経してみよう。
脾の運化について
今回は、五臓の脾の働きのひとつ、運化について整理しました。
脾は中焦にあって
気や血を生み出す働きを担う。
脾は運化を主る、と表される。
どのようにして気血を生むのかーそれは毎日の食事を通して行われる
運化の意味はー運ぶこと、変化させること
脾の運化にはざっくりと次のふたつの側面から成る。
飲食物を消化・吸収して得られた水穀の気をからだ全体に運ぶ(運化水穀)
そして、飲食物の消化・吸収・運搬を通して、からだ全体の水の流れを調節する(運化水液)
脾が弱ると消化・吸収が正常に行えなくなる、気や血が足りなくなる。
そして、運化水液の働きが弱り、からだに停滞する。
食べることで体が作られ維持される、
それは生きる為の土台になる。
別の視点では、
エネルギーや栄養を運ぶ働きを担う脾胃が元気だからこそ、
そのほかの臓腑もしっかりと働ける。
そして、臓腑や器官に必要な水液が届けられる(排出が行われる)
ー「後天の本」「気血生化の源」
肺は呼吸を通して、気という、より軽いものを扱う。
脾は運化を通して、地の気や水液をからだ全体に送り巡らす。
階層は違えど必要不可欠なふたつが、上焦と中焦で働いている。
どのように関わり合いながら機能しているのか、
今後、深めていきたいと思います。
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【参考文献】
『中医学ってなんだろう』東洋学術出版社
「10/7(日) 学生向け勉強会」の感想
講師は、盧先生より学びました。
私は現在、鍼灸学校の2年生です。
日々、書物を目にしたり妄想を繰り返したりする日々を過ごしておりますが、
「自分なら、○○なのかな~」とシュミレーションをしたりもします。
それが1年生とは違うところと感じています。
書物などを読み進める上で再確認できたのが、”帰納”と”演繹”。
【帰納】
個々の事例の観察より、これを含む一般命題を確立する事。
一つの症例より他の患者の症例も、このケースであろうとする。
【演繹】
1つまたはそれ以上の命題より、論理法則に基づいて結論を導出する思考の手続。
学術論議を症例を元に構築していき、結論を推定する。
本日学んだ事の一つで重要な事だと感じています。
歴代医家たちのカルテの集積が、症例集であって絶対的な答えではないのだろうと思えます。
学術的に議論の構築を進めることも重要に思いますし、
現実の臨床を繰り返すことと、歴代医家たちのカルテの集積とを見比べることも
精度を高める為に必要な事なのかと思います。
今年のノーベル賞受賞者の本庶佑博士は、記者の質問に
「・・・教科書に書いてあること、文字になっていることを信じない、疑いを持つこと」
と答え、有名な論文雑誌も疑う対象の例外ではないと強調されています。
「自分の目で物を見る、そして納得する。そこまで諦めない」
とも答えらています。
考えていた事と学んだ事がリンクする機会が多かったように自分では思いました。
座学をし、二礼二拍手の効果を実感し、病床にて臨床実技をし、、、
時間のある限り、幅のある講義を試そうされていた様に思います。
お疲れ様でした。次回も楽しみにしています。
最後になりましたが、機会を頂いた院長にお礼申し上げます。
平成30年 秋
稲垣 英伸
夏越祓
毎年この時期になると、家のポストに上の写真にある封筒が入ります。
封筒の裏には
夏は暑気のため、ともすると心身ともに緩みが生じます。
その心の隙に乗じて、伝染病が流行ったり、心身衰惰の結果、職場で思わぬケガや災害等に襲われます。また、お子様の海水浴など、毎年水の犠牲も少なくありません。こういう事は全て一括して神道では穢(けがれ)の現れと申しております。
この穢を祓うために神に詣でて、ご守護を願うのが夏越の祓、または夏越の祭りといい、後に略して夏祭りと言うようになりました。
この袋の中に入れてある人形(ひとがた)は、私どもの身代わりとして、知らず知らずに犯した罪や穢を払い清々しい心身に清めてくれる「呪符」の役目を果たしてくれるものですありますから、来る7月9日、10日の輪くぐり夏越し祭りに、当日この人形に年齢、姓名を書いて、神社へご持参ください。
また、古来の慣例に依り社頭には芽の輪が作ってありますから、これをくぐってこの夏を無病息災に過ごしてください。
とあります。
面白い風習です。
この人形に自分の身体についた穢れをあちこちを撫でて移し、最後に息を吹きかけて、心の穢れと合わせて自分の身代わりになってもらう。
段々こういったことも、真剣に信じるようになってきました。
そして、こちらの神社にも「茅の輪」も設置してくれています。
これをくぐれば心身ともにキレイになると同時に、悪霊退散・疫病退散といった効果がある
とのことです。
「茅(ちがや)」はイネ科の植物で、葉先が尖っていて「茅」に似ているため、茅は悪霊を取り除くとされていたことが背景にあるそうです。
尖っているものとしては、鍼灸で使う鍼もまさしく尖っているものの何者でもありません。
今日はちょうど日曜日なので、参拝できそうです。
岐路
1日か2日でもどる。初診から数回、治療後の体の状態は3日は持たない。言葉を変えながら尋ねたが「元通り」だという。元の状態より悪化はしていないが、元通りだそう。問診の難しさはこの辺りにもあると感じる。治療直後は「全然違う、楽」だという。曲がっていて普段立たない腰が立ち、歩くのが楽だという。胃脘部の苦しさが無いという。この患者さんにとっての「違い」「変化」の尺度があり、それに照らして単純に有りか無しで答えられているだろうから、それを踏まえて受け取る必要がある。所見において変化が認められる部分はあるが、年齢的にこれまで積み上げてこられたものが大きく見られて、全体で見ると、変化の割合はとても小さなものに見える。治療方針はただ疏通することにおいていないつもりだが、結果、そのようになってしまっているのか。判定するためでも、不安ながら、来院ペースの変更を提案した。
現在は、週に1度〜2週に1度の来院ペース。一定期間、週2度で診せて欲しいと提案してみたところ、それで良くなるんだったらと受け入れてくれた。望まれる結果に繋げられるかどうか。これまでのペースのときとの所見の違いを追えるかどうか。
東洋医学探訪(01)
もう夏の終わりですが、私の日焼けは遊びではありません。
修行の結果です。
京都を散策してまいりました。
『延命院』とは『医療施設』
御由緒
(引用:武信稲荷神社の”案内”より)
平安時代初期、清和天皇貞観元年(859年)
西三条大臣といわれた 右大臣左近衛大将 藤原良相(よしすけ)公によって創祀。
平安時代の古図には三条から南の神社附近一帯は
「此の地、藤原氏延命院の地なり」と記されている。
延命院とは藤原右大臣によって建てられた医療施設であり、
当社は延命院と勧学院(学問所)の守護社として創祀された。
後世、藤原武信(たけのぶ)公がこの社を厚く信仰し、
御神威の発揚につとめたので、武神神社と称されるようになる。
その後延命院・勧学院は失われるが神社だけが残り、
創祀以来一千余年にわたり広く人々に信仰されて今日に及んでいる。
撮影をけっこうしましたが、蚊にはご注意ください。(経験談!)
陰から
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2021/11/03 『陰から』
陰から現れてまた陰に戻っていかれる。治療中に交わす言葉がすぐそこから出ているのに、まるでそこにはない感じ。置鍼の時間に入ると、処置によりたらだの上に立ち上がる動きが鮮明で、他のものが全部取っ払われてしまっているよう。場が変えられている。
自分が感じていることの一部を、今日ふいに、院長に尋ねる機会を得た。普段だったら聞いてみることもしないこと。最近仕事でも色々なことがあるなか、普段と違う精神状態にあったのか、あるいは治療を受けた後だったからか。自分の不躾な尋ね方にも関わらずいくつも返してもらえた。
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2021/11/04 『見直す機会』
同じ人の体でも短時間・短期間でここまで大きく振れるものなのか。
陰陽互根、陰陽転化、頭では理解しているつもりでも、患者さんのからだのうえの現象として捉えるときに、無意識に、ただ寒か熱かと対立して配置する概念として持ち込んでいることを自覚する。
















