シズル感
レストランのメニューなどで見かける美味しそうな写真、新鮮な肉や野菜の色をした写真を「シズル感」といいます。
以前の仕事では、「本物を観て美味しそうな色は記憶しておきなさい!」と教わり、何百枚もの写真を「シズル感」のある写真に仕上げてきました。
鍼灸学校に入ってしまってからそんなことすっかり忘れていました…
健全な舌は「淡紅色」という教科書的な表現も、共通言語的なものかもしれませんが、色名というのは国や人によって曖昧なものです。
以前、寺子屋メンバーで舌の色を話していた時に「好感度のある色」「好感度がない色」と表現していましたが、とても感覚的なものでした。
それって、「美味しそう」と「不味そう」に当てはまらないかなと思いました。
スーパーの生鮮コーナーでも「あ、これ買わんとこう…」って思う物って、青みがかっていたり、褪せていたり、黒ずんでいたり、くすんでいたり。
文字を追ってばかりだと忘れてしまいます。
澤田健先生も仰っておられました。
「書物は死物なり. 死物の古典を以て生ける人体を読むべし.」
日々の生活にヒントは沢山あるので、もう少しシンプルに、素直に物を捉えていかないとなぁ、といつも気付かされます。
引用 「鍼灸真髄」代田文誌 著
変えてみること
ここ一週間、歩く際に使う筋肉、重心の乗せ方を変えてみています。
続けてみるとふくらはぎ、内転筋の筋肉のつき方が変わって面白いです。
日常的には以前仰って頂いた様に電車でのバランス感覚も違うなと感じました。
また、私の課題である手が重いという問題ですが、色々原因を考えてみると肘がうまく使えていないことも要因の一つにあるかもしれない思いました。
ひじが上手く使えていないとツッパリ棒を相手に押し付ける様な形になり、余分な力が加わって重さに繋がるのかもしれないと感じました。
ですので、そこを意識しつつ、相手の呼吸などに合わせて背候診を行なっていこうと思います。
ただいま、寺子屋
国試と卒業式を終え
半年ぶりに寺子屋に帰って来ました。
そして本日国試の合格発表があり無事合格しました。
今日は国試でお休みしていた間のことを
書こうと思います。
寺子屋はお休みしましたが、
体調管理のため一鍼堂に通っていました。
秋の卒業試験前は胸痛、息切れ、動悸。
締め付ける服や下着が着れなくなりました。
コロナに罹患して以来、
のぼせと耳鳴りがひどく、
疲れるとすぐ喉が痛くなり
ここで放置してしまうと
発熱して咳が止まらなくなります。
卒試直前は
「間食を避けるように」
と院長が仰っていました。
脾の負担を減らし、脳に気血が行くようにということかな?
お世話になっていた漢方の先生が以前
「甘いもん食べたらアホになるし心が病む」
と言っていました。
しかし、この頃学校では脳に栄養が行くと
ブドウ糖ラムネが大流行。
とにかく何事もほどほどにですね。
卒試が終わり、油断してファーストフードを食べた後、
コロナは陰性でしたが38度の熱が出て咳が止まらなくなりました。
下野先生が以前話していたことを思い出しました。
「クリスマス、正月明けは温病チックな人が多い」
去年高熱を出した時に、内科の先生が
「熱が出るのは胃腸を大切にせえへんからや」と
脂質カットメニュー表をくれました。
肝鬱で脾がコテンパに弱っているし
脂っこい食事、夜中のおやつ、
クリームと名のつくもの(アイス、ケーキ、チョコ)を避け
徹底的に和食生活することにしました。
冬になり、学校の暖房が暑くて逆上せが酷くなり
眠ることができなくなりました。
冬場寒冷となるべき時に反って温暖であったり、
厚着し過ぎたりしても精気を外洩れせしめ「陰虚」の体質を作ってしまう。
同気相求むですね。
香辛料を控えるように、
カイロ、ストーブ、入浴
直接熱に当たる事を避け
重ね着して暖をとる。
毎晩22時には寝る!
院長から生活指導もしていただきました。
「精を蔵さずして発生する所の温病」
精を蔵さず陰虚となり「陰虚伏熱」
国試が近づくにつれ
精神的に追い詰められ疲れがピークの中、
今年は立春と卒試が重なりました。
立春になると毎年決まって発熱する私は、
インフルもコロナの大流行もあり
異常に気が立っていて
この頃から右の太白と公孫の間が痙攣し始めました。
脾が悲鳴を挙げてるのかなぁ・・・
国試が終わるとピタッと止みました。
冬から春にかけての季節の変わり目
「木の芽時」に国試や入試がある日本は酷…
治療を通して面白いなぁ〜と思ったのが、
体の変化と治療後のリズムがわかってきたことでした。
そして鍼だけで乗り切れるか、
鍼の効果を妨げないように
秋頃からサプリも漢方もやめました。
治療の翌日は、力が抜けて木偶の棒になります。
「頑張れない日」ができました。
初めは勉強できへんやんか…と
嘆いたてましたが、
ちゃんと植物が育つように大地を整えて
上にばかり行こうとせんと
大地にも根を張れるように
敢えてそうしてくれてはるんやと思うようになりました。
翌々日からちゃんとヤル気スイッチが入りました。
コロナと切っては切れない3年間、
学校でマスクを外したのは卒業式が初めてでした。
コロナ世代やと悲観したこともありましたが、
後遺症に鍼が効くことも学べました。
師との出会い
鍼師を生業としたいと夢を抱く同志
応援してくれた家族や友人
満足いく学生生活が送れました。
これからやりたかった勉強をして
早く臨床に立てるようになります。
参考文献:「温病の研究」 楊 日超著
歯痛
学校の東洋医学の授業で歯痛(歯に関係のない歯周辺の痛み)についてを習う。
私も歯痛になったことがある。痛みの性質としては、
痛みの場所は上の時もあれば下の時もある動く→気滞?
キリで突かれるような刺痛→瘀血?
灼熱感を伴う痛み→熱証
下顎から歯根にかけて走る痛み→?
触ると鈍痛、歯肉腫脹
いろんな痛みが混在していたので、教科書の病症のように1種類の痛みでは例えられないし、病因も単純そうではない。教科書や病症分類は極端な例しか載っていないのではないか。
教科書では病症の一例として、肝火上炎で歯痛が起こると書かれている。
現在もストレスを感じた時は当時の1/10ぐらいの痛みが稀に再現される。
当時の歯痛は随伴症状と照らし合わせると、肝鬱気滞もしくは、肝火上炎への移行期だったのではないかと考察する。
今なら脈や舌も見て他の視点からも考察できるのに…と思うが、やっぱり歯痛は嫌だ。
權・衡・規・矩
陰陽應象大論篇第五
善診者、察色按脉、先別陰陽、 審清濁、而知部分。
視喘息、聽音聽聲、而知所苦。
觀權衡規矩、而知病所主。
按尺寸、觀浮沈滑濇、而知病所生。
以治無過、以診則不失矣。
善く診る者は、色を察し脉を按じて、先ず陰陽を別ち、清濁を審らかにして、部分を知る。
喘息を視、音声を聴きて苦しむ所を知る。
權・衡・規・矩を観て、病の主たる所を知る。
尺寸を按じ、浮・沈・滑・濇を観て、病の生ずる所を知る。
以て治すれば過ちなく、以て診すれば則ち失せざらん。
※權衡規矩
→馬蒔の説「春は規に応じるとは、陽気の柔軟なのが、丸い規のようであることをいう。
夏は矩に応じるとは、陽気の強く盛んなのが、方形の矩のようであることをいう。
秋は衡に対応するとは、陰が昇り陽が降り、高下が必ず平となることをいう。
冬は權に応じるとは、陽気が下にあるのが、重い權のようであることをいう。』
權(ケン、ゴン)
(01) 木の名
(02) おもり。ふんどう。
(03) はかり。てんびん。
(04) はかりにかけて重量を知る。
(05) たいらにする。ならす。
(06) たいら。
(07) いきおい。
(08) はたらき。能力。
衡(コウ)
(01) よこ。よこたわる。
(02) 牛のつのぎ。牛の両角に横に結んで人に抵触するのを防ぐ木。
(03) くびき。轅の端に設けて牛馬の頸につける木。
(04) こうがい。
(05) よこぎ。はり・けた。
(06) てすり。
(07) はかり。はかりざお。
(08) はかる。
(09) たいら。ひとしい。
(10) ただしい。
(11) ひしゃくの柄のかしら。
☆權衡(ケンコウ)
(01) はかりの重りと竿。転じて、物事の釣り合いをいう。
(02) 事物を品評する標準。比較。
(03) 二星の名。軒轅と太微。
規(キ)
(01) ぶんまわし。円を畫く道具。
(02) まる。円形。
(03) まるい。まどか。
(04) そら。あめ。
(05) まるをかく。えがく。
(06) うつす。模写する。
(07) のっとる。
(08) かぎる。くぎる。
(09) たもつ。領有する。
(10) はかる。
(11) ただす。
(12) いさめる。
(13) のり。おきて。さだめ。
(14) ようす。風釆。儀容。
(15) てほん。儀範。
矩(ク)
(01) さしがね。四角形を正しく畫くのに用いるもの。
(02) 四角形。
(03) かど。
(04) のり。きまり。おきて。
(05) 地。(天圓地方の説:天は円くて、地は方形)
(06) さし。長さをはかる器。
(07) きざむ。しるしをする。
(08) 秋。
(09) 幅と長さ。たてよこ。
(10) 萬に通ず。
☆規矩(きく)
(01) ぶんまわしとさしがね。転じて、規則。てほん。常道。
(02) 戎(遊牧民族)の名。
(03) 高さが略々一様で綠色の毛氈を敷いたように生える草。
★
馬蒔のいわゆる”四季に応じる”とする説(規→春、矩→夏、衡→秋、權→冬)。
理解になじめず、一言ずつ調べてみました。
この”權衡規矩”ですが、馬蒔は四季との対応させる事を表現に用いておりますが、
計量や法則の意味と捉えられる単語を、四季に相応させる不思議を感じます。
四つの単語の權・衡・規・矩ですが、
実は權衡・規矩のような二字熟語の組み合わせで表現してみては、、
との仮説を考えてみます。
陰・陽も”陰陽”、清・濁も”清濁”で通りますので、
浮・沈・滑・濇も”浮沈”と”滑濇”にて。
『陰陽を別ち、清濁を審らかにして、喘息を視、音声を聴き、
權衡や規矩、浮沈や滑濇を観て、病の生ずる所を知る。』
より探求が進んで、洗練された答えにたどり着く事を夢見て、
内經を読みといていきたいと思います。
【参考文献】
『現代語訳 黄帝内経素問 上巻』東洋学術出版社
『黄帝内經』中医戸籍出版社
『大漢和辞典』大修館書店
(權:六巻605頁、衡:十巻165頁、規:十巻322頁、矩:八巻288頁)
『新版 東洋医学概論』医道の日本社
私の相方は何なのか
陰陽とはどういったものなのだろうか?
陰は月、陽は太陽 陰は水、陽は火というイメージが
自分の中にある。
世の中の一切の物事には陰と陽で振り分けられていて、
お互いを助け合い、依存し、制約しあっていて、片方の
存在が消えれば、一方も存在しなくなるようだ。
では、もし私が陽であると仮定すると、相方の陰は
何になるのだろうか?
家族?友人?恋人?それとも人間とは全然関係のない
ものなのだろうか。
僕が生まれてこなかったと仮定してみる。
僕がこの世に存在していなければ、私の妹達には兄がいなかった。家族や、友人、恋人の記憶にも存在しない。
小学生の時クラブチームで決勝ゴールをあげたあのゴールも存在しない。
友人と他愛もない話で笑い合った日常も存在しない。
今書いてる文書も存在しない。
未来に作り上げる物も子供も存在しない。
その先続く子孫もその歴史もない。
あげればキリがないほど消えていく。
私の相方は私の歩んできた道なのかもしれない。
私の全ての道とそれを作り上げてくれた一切の物事に感謝と敬意を表します。
PS.写真は私の地元の丹波篠山の朝日です。
食について
過食や、少食は万病の元だと考えます。
生き物は気、血、津液から構成されています。
この気、血、津液は食べ物から構成されています。
だから、食べ物は生き物が正常に生きていくには、正常に食べ物を摂取していかなくてはならないと考えます。
そして、食べ物を化成しているのは主に脾の役割です。
なので、脾の失調は万病の始まりとも言えるのではないでしょうか?
少食になると、脾で食べ物を水穀の精に変えることが出来なくて、気血津液を化成することが出来なくなり
臓腑機能の失調や、気虚、血虚など、虚症が顕著になるのではないでしょうか。
たしかにお腹が減っている時は頭がボーってしたり、体に力が入らない時が多々あります。
しかし、少食は食べたいけど食べ物がないから食べない時と
食べ物を食べてないけど、お腹が減らないという2種類があると思います。
前者よりも後者が問題だと考えます。
食べてないのにお腹が減らないということは生理的な現象に反します。
これにはどのような原因があるのでしょうか?
やはり、一つに脾の機能失調があるのではないでしょうか?
逆に過食になると、脾胃が食べ物を精に化成できる容量を超え、食べ物が脾胃に溜まってしまう。
そうすると脾胃を傷つけててしまったり、食滞、食積が溜まって、痰に変化して、あらゆる場所に病を起こしてしまう。
これも食べても食べてもお腹が減ってしまうのは生理的に異常があると考えます。
食べても運化されずそのまま流されてしまったり、
身体に気、血が十分に行き渡らずにずーっと運化してしまって食欲が抑えられないなど、多々原因はあると思います。
食べ過ぎて太っている方や、少食で痩せすぎな方も、
意志が弱くてそうなってしまっていると考える方が多くいますが、
東洋医学的に考えると根性論ではなく、病の一つとして考えることもできます。
穴の名前、実技での体験など
テスト前で暗記の時期に入りました。
経穴丸暗記は面白くないので、少しですが付随する情報を書いて認識を深めたいと思います。
腎経
①湧泉 (井木穴、子穴だが腎なので瀉法厳禁)、回陽九鍼穴 足背、足屈曲時、足底の最陥凹部
まんが経穴入門P184 由来「足の少陰腎経の木穴に属し、腎経の脈気が湧き出る」
五兪穴では(井・滎・輸・経・穴)があり、陽経には原が加わる。
霊枢:九鍼十二原では気血の巡りを自然界の水の流れで例えた。
井穴は水源。
②然谷 (滎火穴) 足内側、舟状骨粗面の下方、赤白肉際
まんが経穴入門P184 由来「別名、※龍淵 火が深いところで燃え盛り、水の相剋を受け付けない」
※考察 龍の火のイメージが符合しているのか。
③太谿(原穴、兪土穴) 足関節後内側、内果尖とアキレス腱の間の陥凹部
まんが経穴入門P185 由来「内踝の真後ろの深い陥凹部にあるため、湧泉から出て然谷を通った腎水の流れがここで一つにまとまる」
診断でも使える穴な事がよく分かります。
気になること
最近絡穴が気になっています。
豊隆の調べ物をしている時になぜ豊隆は化痰作用があるのか。
それは絡穴で脾と連絡しているからだという内容に触れたので、穴性を学ぶ時もこういう事も意識していきたいと思います。
実技で
実技の授業である穴に置鍼5分くらいされた。
その時恐らく肝がやられて季肋部あたりが痛み始めた。
この時に何で左何だろうと不思議になった。
理論的には
中薬の配合 P 78
「左右者、陰陽之道路也」とあるように、肝気は左から上昇することで、木気は行き渡り(条達)、肺気が右から下降することで、金気は正常に運行(粛降)します。
とありました。
五行でも左に属するのでその辺もあるのでしょうか。
逆に肝気虚と呼ばれる状態にこの治療をしたらどうなるのか。
気になりました。
本では存在している肝気虚も、実際は肝は剛臓なので中々ないとは思いますが…
プライベート
先週から1ヶ月間だけ兵庫県に住むことになりました。
引っ越し中々大変でしたがやっと落ち着いてきました。
テストが終わったら武庫川にでもゆっくり散歩に行こうと思います。
気持ちの面
後期試験が終われば2回生になります。
色々自分に対して思うことがありますが、極力無心でやれることを黙々とやりたいと思います。
参考資料
まんが経穴入門 周春才編著 土屋憲明訳 医道の日本社
中薬の配合 丁光迪編著 小金井信宏訳 東洋学術出版社
初めまして。
大阪の鍼灸学生で稲垣といます。宜しくお願いします。
もうすぐ後期単位認定試験が始まります。
試験勉強をしていると、食事が少量になってきます。
お腹いっぱいになって眠くなってしまうのも困りますし、運動不足もあったり、体重を増やしたくないのもあり。。。
そんな生活の中、年をめされた方で食欲が旺盛な方を拝見する機会がありました。年齢を重ねると食は細くなっていくものだろうと思っていましたが。
『養生訓』には老人の食に関しての注意喚起を目にします。
例えば、
「第二章 飲食 (23 老人は食を少なめに)」
”胃腸虚弱の人、ことに老人は、飲食に傷められやすい。味わいのよい飲食物に向かうときは、我慢をすべきである。節度を越えてはならない。心弱くては欲には克てない。心強くして欲に克つべし。”
僕が目にしたその方を考えるに、単純に”食い意地が張ってる”と、判断するには寂しく感じます。
もしかしたら、水穀の精微を得んが為の必死な姿なのかもしれない。
悩み(主訴)を発する途中なのかもしれないのでは。
それを鍼灸にて治療を考えると腎を補する法なのか・・心の障害を瀉する法なのか・・
もしかしたら、主訴を解消しても、それが最終ではないように感じます。
出典
『口語 養生訓』貝原益軒(日本評論社)
情報
2022/03/27
長く診させてもらっている、ある患者さんを通して
治療中の調子の移り変わりについて、いまどんな感じか?
当初は、直接尋ねたその返答を元にして凡そ判断しようとしていたことを自覚する。
非言語的な情報を受けて何か感じたあと、
確認のため尋ねることが増えてきたことがこのきっかけにあり
それはその患者さんと重ねた時間の中、通じる様になった為のものだとも考えたが
時間はあまり関係なさそうだと知る。
言葉でない分曖昧であるし、
こちらの期待や思い込みが含まれることはいつも留意しておく必要があるけれど、
不確定な性質の情報をなるだけそのままに受け取ることの重要度は高いと感じる。
それが適うくらい静かな所を自分の内に置いておけたらいいのにと思う。
そのために何ができるか。















