学生・研究生によるブログ

学生・研究生による学びと発見のブログです。

桜 雨のあと

症状の記録として③

鍼灸学校1年生のとき、強い不眠の症状に苦しんだ期間があった。 鍼灸治療を受けていく中で少しずつ調子を取り戻していくことができた。 ただ、覚えているのは過渡期に見られた症状で特に顕著だったものくらいで その時どのようにして回復していったのかは詳細が思い出せない。 今回、国試前に現れた不眠の症状は発症から4週間ほど続いたあと ゆるやかになり、今は緩解している。 期間だけ見ると前回と比べてもずっと短く、その間 自分の身の上に起こったことを観察してきたつもりでいた。 だが、どのようにしてここまで安定する様になったのか その機序は今の自分には分からないことだらけで、 せめて体調の変化として拾い上げたものを記録として残したい。 ・のぼせの症状 頻度が激減した、程度がかなり軽くなった ・大きく緊張に偏っていた精神状態が和らいでいる ・足部の冷えがマシになった ・肩こり(頸部まで)が日常生活の上で気にならない程度まで改善 ・夜に眠れている、休むべき時に休めている 数週間前と何が変わったのか。 いま対処しておくべきことが何なのか。 普段の意識の上で自分でこの体を動かしているつもりでいても、主は体であること。

2年生最後の日

2年生最後の実技は色んな情報を生理して計画を立てパートナーに自由に治療をする内容でした。 今まで、頭痛や膝関節痛など想定して先生の決めた配穴を治療する内容が実技のメインでしたが、いきなり自由となると、頭が真っ白になります。 今朝から筋トレによる筋肉痛と口苦があるという訴え。 紅舌 微黄、呼吸が浅い。右手の僅かな顫動、右足の貧乏ゆすり、外踝の乾燥、天枢の冷えと左少腹の拒按、目の充血。後頸がパンパン。 体からどのように情報を得て整理して選穴するか、焦りばかりが先立ってパニックになりました。 気持ちの迷いや自信のなさは治療に反映されるもので、あれこれ施術をしてみても特に結果も得られず、先生が刺した百会のみが効いたようで、「この一穴で良かった」というパートナーの言葉に面目なく、とても悔しい気持ちでいっぱいで授業の後、私も口が苦くなってきました。

今の状態

頭でっかちの石頭でありのままを受け入れることができない大馬鹿者。   そんな表現が今の自分に相応しい。   起きた現象に対して拾って集めた記憶にあるものを当てはめて喜んで…   そんな状態でそこに先入観無しで向き合えるのか。   そもそもそんな状態でありのまま受け取れているとでも思っているのか。   都合のいい部分だけ捉えて形を変えて頭に入れていないか。   こんな事をやっていたら全ての現象に申し訳ない気持ちになる。   人に対してもそう。   向き合うための準備が出来ていない。   もっと素直に、正直に生きたい。   こんなんじゃ薄っぺらい言葉しか吐けないし、行き着く先は量産型の人間。   変えないと話にならない。   今のところ対策として、朝起きた時に今起きている現象をそのまま受けとることを意識して(意識せず)、感じたことをノートに書き留めてみています。

積聚

ようやく酷暑の時期が過ぎ、少し秋の気配が感じられてやれやれです。今まで外気の暑さを避け、内にばかり閉じこもりがちだったので、これから少しずつ外への活動の機会を増やそうと思っているところです。 そんな中、新たな本を手に取りました。 読んでいて気になったところを抜粋して、自分の学びに繋げたいと思います。 以下 積聚治療 気を動かし冷えを取る 小林詔司 より 難経55難にいわく 病には積と聚とあるが、どのようにこれを区別したらよいか。 積は陰の気である。聚は陽の気である。 だから陰は沈んで伏し、陽は浮いて動く。 気の積むところを積と言い、気の聚まるところを聚という。 だから積は五臓の生じるところであり、聚は六腑の成るところである。 積は陰の気であるから、その始まりは場所がはっきりしていて、その痛み(病)はその場所にある。また上下、左右の境界も明確である。 聚は陽の気であるから、その始まりには場所がはっきりせず、上下の境もはっきりしない。痛みがあってもその場所が移動するから聚という。   以上をまとめると ①腹部の病を、積と聚の2種類に分けている。 ②積聚は、いずれも気である。 ③気に陰陽があり、積を陰の気、聚を陽の気とする。 ④そのため、積は固定的なもので判断しやすく、聚は移動性のもので判断しにくい。 この気の概念と陰陽観という2点を前提にすることで、腹部のあらゆる症状を網羅することになり、さらには肉体のあらゆる症状が腹部に投影されているとすることができる。つまり、腹部症状を積と聚という言葉で統一しているのである。 言葉の上では聚と積の2種類であるが、現象としては連続した気のあり方ということができる。 積聚治療との本当の特徴は、病症に具体的に現れた人体の現象そのものを気の集合体ととらえ、その視点で治療をしていくというその考え方にある。その前提として、気と陰陽の概念を、時間をかけてじっくり理解しなければならない。 積聚治療とは ◉すべての病症を気の概念で把握する ◉病とは気の偏りや滞りとみなし、その究極の原因を冷えとして把握する ◉治療とは人体の気を動かすことである まだ導入部分しか読んでませんが、この本は気の概念についての勉強になりそうです。

施術日記(05)

T.I 先生との治療練習5回目。 舌診での、軸を作りたいと考えて継続しております。 脉や腹診も含めて考察いたします。 舌診の鍛錬 【目的】 ① 同經への刺鍼であるが、経穴を変更してみる。 ② 舌の理解の為に、脉や腹診との共通項を考える。   問診にて「少々、お疲れ」との事。 この先生がダメージを体に受けている場合には、 舌の右への偏向がみられるようです。 ついでにいえば舌だけに限らず、 立ち居振る舞いにも、ある動きにも特徴が出てきます。 また、脈診においても右腕の脈に特徴を診ました。 舌尖の赤みはあるにせよ、舌辺の赤い斑点はかなり少なくなっています。 ただ、歯痕の凸凹が強く感じられました。 (左)地機:0番鍼にて置鍼(5分) 今回は(04)回までの経穴ではなく、別の経穴を試しました。 切経において、昔の教科書の取穴と現在の教科書の取穴の違いを 議論しながらの刺鍼となりました。 右脚と左脚の経穴を診た感じ、左の地機の方がウブな感じを受けたので、 刺鍼を試します。 舌の出し方が穏やかになり、正中線上に近くなりました。 歯痕も少なくなっております。 今回、特徴的だったのは写真では表現できていないかもしれませんが、 舌に溢れんばかりの潤いが出てきました。 おおよそ、水が引く事のイメージをもっていたので、少し驚いております。 腹診においては前回の治療(04)回と同じように 刺鍼後になってから、脾募へ特徴的な何かを感じました。 ミルフィーユのように階層があるようにも思え、 何かをどかしたら、何かが見えるようになった。のでしょうか。。 今後も経過を見てみたいと思います。

梅核気

肝気鬱結を勉強している際に気になる言葉が出てきたので調べてみました。 肝気鬱結の症状には、イライラする、憂鬱、有声のため息がよく出る、 胸腹部の脹痛、月経不順などがあるが、その中に「梅核気」というものがありました。 「梅核気」は現代病名だと神経性咽喉部狭窄症(ヒステリー球)というそうです。 のどに梅干しの種があるような違和感があり、飲み込もうとしても 吐き出そうとしてもなくならないが、飲食は普通にとれる。 気の滞りによって咽喉部に痰が生じていることによって異物感があるようです。 ストレスが原因の病は現代に多いような感じがしますが、金匱要略にも 「婦人、咽中に炙臠(あぶった肉の切り身)有るが如きは、半夏厚朴湯之を主る」 とあり、婦人・・・と書かれているが、男性にも起こる。 他の臓器の影響(脾胃が多い?)、過度の情志、情志の抑制などによって肝の 疏泄作用が失調することによって発生した気滞が肺に昇って起こる。 理気去痰解うつ作用のある半夏厚朴湯を用いて治療するとあるように、薬物による治療が行われることが多い。 梅の種は肉のかたまり、というより大きいしもっと固いように思いますが 実際に梅核気があるような方に尋ねると名前の由来となっている梅の種が つまっているような、ということはわからないけど息苦しい感じがあり、不快であるとのこと。 臨床医学総論でもヒステリー症を勉強した際に、ヒステリーはギリシャ語で「子宮」を 意味することから昔は子宮が原因で引き起こされる女性の病気とされていた、と習いました。 西洋でも東洋でも同じように病を分類していることもあるのかと思うと興味深く感じました。

楽しんでみる

最後の定期試験が終わりました。 寝不足と焦りと詰め込み作業で極限状態に追い込まれると友達同士で、目がヤバイな、顔がやつれたなぁ、痩せたなぁ、発狂しそうやなぁ、イライラが止まらんなぁ、下痢が止まらんなぁ… と話しながらお互い疲労困憊ムードに笑い合う。 お互い助け合い励ましながら、どうにか国試も頑張っていこうねと結束力も出てきたことが嬉しい。 客観的に見たら、クラスメイト全員がグロッキー状態でそれはもう尋常じゃない様子だったんだろうなと思う。(俯瞰して見てみたかったなぁ…) 私もテスト2週間前までは元気だったが、次第に心窩部が詰まり始め、背中の痛みから胃の不調が現れて、腹部の膨満感でワンサイズほどウエストが太くなったのではないかと思った直後に下痢をした。 困ったことに、こういう時と重なっていつも自宅の猫が調子も悪くなる。 私が変なモードに入って構ってもらえず影響するのか。 湿気を嫌う体質で季節的な原因もあるのか。 今まではストレスやな、嫌やな、とネガティブな考えしかなかったけれども、それはそれで体の反応というのは面白いなぁと思い、しんどいなりに一時的なものとして異常な状態を楽しんでみようと思った。 テスト明けに体調が悪くなるか心配ばかりしていたけれど、こんな風に考えられるようになったのも治療を重ねて元気になってきたからかもしれない。 やることがある、目標がある、規則正しくリズムがあるということは、心身にとって良いことだ。 体調を崩しすぎない程度に程々に。

私の相方は何なのか

陰陽とはどういったものなのだろうか? 陰は月、陽は太陽  陰は水、陽は火というイメージが 自分の中にある。 世の中の一切の物事には陰と陽で振り分けられていて、 お互いを助け合い、依存し、制約しあっていて、片方の 存在が消えれば、一方も存在しなくなるようだ。 では、もし私が陽であると仮定すると、相方の陰は 何になるのだろうか? 家族?友人?恋人?それとも人間とは全然関係のない ものなのだろうか。 僕が生まれてこなかったと仮定してみる。 僕がこの世に存在していなければ、私の妹達には兄がいなかった。家族や、友人、恋人の記憶にも存在しない。 小学生の時クラブチームで決勝ゴールをあげたあのゴールも存在しない。 友人と他愛もない話で笑い合った日常も存在しない。 今書いてる文書も存在しない。 未来に作り上げる物も子供も存在しない。 その先続く子孫もその歴史もない。 あげればキリがないほど消えていく。 私の相方は私の歩んできた道なのかもしれない。 私の全ての道とそれを作り上げてくれた一切の物事に感謝と敬意を表します。 PS.写真は私の地元の丹波篠山の朝日です。

二つの気海と運動連鎖

学校の解剖学だけでは限界を感じ、春休みを期に運動連鎖の講座を受講しました。 関節にも球、臼、滑車関節など様々な形があり、可動性と安定性を保つため役割が各々違います。 (学校で教わる知識はここまで) 環椎と軸椎は可動性、C3〜C7は固定性と頚椎にもそれぞれ役割があり、その下へ続く胸椎は可動性、腰椎は固定性… つまり、正しい運動連鎖とは、頸部から可動性→固定と隣合う関節は連動し、下肢まで続いていきます。 胸椎は可動性?そんなに動くの?と思いました。なぜなら、私の姿勢は、頸部が前傾し胸椎を凹ませ固定させていたからです。 本来可動性の役割を持つ関節が固定すると、隣合う固定性の関節が代償運動し、可動性の役割に転じ、さらに隣合う関節も役割が転じ…全身に影響を及ぼすと教わりました。 姿勢を良くするには「肩を寄せなさい」と言われましたが、本来可動性を持つ肩関節を固定すると呼吸が入りません。 関節の特性を踏まえ形態模写をすると納得ができました。 膻中穴あたりを軽く上方に上げると胸郭が開き鳩尾穴辺りの横隔膜が動き呼吸がしやすく、臍下丹田の力を入れなくても治まり、足の接地面が安定し、何より余計な緊張がなく楽な姿勢を保てます。ヨガの安楽座位に通じます。 そこで、膻中穴、気海穴、鳩尾穴に着目してみました。 “人身には気海が二つある。 いまひとつの気海は上気海といって膻中のことである。 上気海と気海は密接な関係があり、いずれも気病を治する大切な穴である。 膻中は上焦の中点であって、上焦の気の会する処である。而して上焦の気は宗気である” 「鍼灸治療基礎学」 代田文誌著 “膻中穴は上焦の気の病を治療することから「上気海」称されているのである。心包経の募穴である。 また任脈、足太陰、足少陰、手少陰の交会穴であり、気(宗気)の集まるところであるため気の会穴とされている。 “気海は諸気の海であり、元気を大いに補う効力と、下焦の気機を総合的に調節する効力を担っている。” 「臨床経穴学」 季世珍著 “気海は原気の海である。(中略) 原気の充実は一切の病の治を促進せしめ、原気の虚乏は全身に影響して諸病の治をおそからしめる。 古来心肺の病は膏肓の病といって、治しがたいものになっているが、肓の源は気海であり、膏の源は鳩尾である。 気海を整えれば従って鳩尾もととのい膏肓の病も治するわけである。 また、気海を一名下肓ともいう。上の膏肓に対する名である。気海は肓の源であるから、肓兪、肓門等に関する” 「鍼灸治療基礎学」 代田文誌著 東洋医学もしっかり繋がっていました! 「患者さんが院内に入った時から勝負です!」 以前、下野先生がお話しされていました。 摺り足や腰に負担が掛かる歩き方を真似してみたり、形態模写をしても他の部位にどう影響するか今ひとつ分からないままでした。 そこで解剖学の勉強をしに行ったのですが、東洋医学の知識を深めるきっかけとなり、望診や切診を勉強する上で役立つのではないかと感じました。   引用・参考文献 「鍼灸治療基礎学」代田文誌著 日本の医道社 「臨床経穴学」 珍世珍著 東洋学術出版

天秤

こんにちは高山です。 バランスが取れいてる状態が健康だと思います。 あらゆる病気はバランスが崩れて、引き起こされていると思います。 バランスが崩れない方法はあるのでしょうか? 食べすぎても、食べなさすぎてもよくない 過労や精神的苦痛は良くなくても、ぐーたらな生活も良くない。 汚すぎても、綺麗すぎてもいけない。 暑すぎても、寒すぎてもいけない。 全てがバランスよくある状態が健康の秘訣なのかもしれません。 でも全てバランス良くできる人間なんていないと思います。 だからこの世に本当にバランスが良く、完全なる健康体の人の方が少ない気がします。 鍼灸師はその崩れたバランスを均等に持っていく、仕事で、繊細な技術が必要になると最近感じました。 バランスの崩れを理解し、そしてバランスを取る技術を磨いていきます。