学生・研究生によるブログ

学生・研究生による学びと発見のブログです。

例え話

連続的で 現在進行形ということ、 ただ言葉だけ聞いて 表面的に理解していた。 処置前と後、 変化を追うことを ずっと静止画でやっていた。 説いてもらった例え話で 何かがはまったらしく、ただ それが何かはっきりしませんが 妙に嬉しく感じられます。

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素問 六微旨大論篇 第六十八 帝曰. 遲速往復.風所由生.而化而變.故因盛衰之變耳. 成敗倚伏.遊乎中.何也. 岐伯曰.成敗倚伏.生乎動.動而不已.則變作矣. 帝曰.有期乎. 岐伯曰.不生不化.靜之期也. 帝曰.不生化乎. 岐伯曰. 出入廢.則神機化滅.升降息.則氣立孤危.故非出入.則無以生長壯老已. 非升降.則無以生長化收藏. 是以升降出入.無器不有. 故器者生化之宇.器散則分之生化息矣. 故無不出入.無不升降.化有小大.期有近遠.四者之有.而貴常守.反常則災害至矣. 故曰.無形無患. 此之謂也. 帝曰善.有不生不化乎. 岐伯曰.悉乎哉問也.與道合同.惟眞人也. 帝曰善. 帝曰く、遅速と往復とは、風の生ずる故由にして、しかして化し、しかして変ずるは、故より盛衰に因るの変のみ。 成敗倚伏して中に遊ぶとは、何ぞや。 岐伯曰く、成敗は倚伏して、動より生じ、動きて已まざれば、すなわち変作こる。 帝曰く、生化せざるか。岐伯曰く、出入廃されれば、すなわち神機は化して滅し、升降息めば、すなわち気立は孤にして危うし。 ゆえに出入するにあらざれば、すなわちもって生・長・壮・老・已するなく、升降するにあらざれば、すなわちもって生・長・化・収・蔵するなし。 ここをもって升降・出入は、器としてあらざるなし。ゆえに器なる者は生化の宇にして器散ずればすなわちこれを分かち、生化息まん。 ゆえに出入せざるなく、升降せざるなし。 化に小大あり、期に近遠あり。四者これあれば、常の守らるるを貴び、常に反すれば、すなわち災害至る。ゆえに曰く、形なければ患いなし、と。 此れをこれ謂(『現代語訳 黄帝内経素問 下』P91より抜粋 訳:松村巧) 『生・長・壮・老・已』 『生・長・化・収・蔵』 韻を踏んだ二つの言葉。 この章においては『化する』という”ターニングポイント”としての動詞が重要に思います。 生長【陽】から収蔵(老已)【陰】への変換に着目してみた訳を考えてみました。 『生長・壮・老已』 『生長・化・収蔵』 『生長・壮・老已』 生長して→壮じて(大人になって)→老已(年老い亡くなる)する 『生長・化・収蔵』 生長して→化して(変化して)→収蔵する 【参考文献】 『黄帝内經』中医古籍出版社 『現代語訳 黄帝内経素問 下』東洋学術出版社

脾の運化について

今回は、五臓の脾の働きのひとつ、運化について整理しました。 脾は中焦にあって 気や血を生み出す働きを担う。 脾は運化を主る、と表される。 どのようにして気血を生むのかーそれは毎日の食事を通して行われる 運化の意味はー運ぶこと、変化させること 脾の運化にはざっくりと次のふたつの側面から成る。 飲食物を消化・吸収して得られた水穀の気をからだ全体に運ぶ(運化水穀) そして、飲食物の消化・吸収・運搬を通して、からだ全体の水の流れを調節する(運化水液) 脾が弱ると消化・吸収が正常に行えなくなる、気や血が足りなくなる。 そして、運化水液の働きが弱り、からだに停滞する。 食べることで体が作られ維持される、 それは生きる為の土台になる。 別の視点では、 エネルギーや栄養を運ぶ働きを担う脾胃が元気だからこそ、 そのほかの臓腑もしっかりと働ける。 そして、臓腑や器官に必要な水液が届けられる(排出が行われる) ー「後天の本」「気血生化の源」 肺は呼吸を通して、気という、より軽いものを扱う。 脾は運化を通して、地の気や水液をからだ全体に送り巡らす。 階層は違えど必要不可欠なふたつが、上焦と中焦で働いている。 どのように関わり合いながら機能しているのか、 今後、深めていきたいと思います。 ____________________________________________ 【参考文献】 『中医学ってなんだろう』東洋学術出版社

基礎理論〜気、血〜

藤原です。引き続きまとめです。よろしくお願い致します。(参考:「中医学入門」神戸中医学研究会編著) 〜基礎理論〜気、血〜 〜気〜 陽に属す。生理物質。 物質的な基礎のもとに発現する人体各種の生理機能に相当。 【気の生成】 陰陽(元気)の助けにより 「水穀の気(脾)」+「清気(肺)」=「後天の気」 →「宗気」(いったん胸中に集まり、全身各部の気の源になる気) → 「衛気」(脈外)  「営気」(脈中)  「臓腑の気」{肺、心、脾胃(中気)、肝、腎}  「経絡の気」 【気の運行】 「心の推動作用」と「肺の宣散•粛降作用」により全身に隅々まで散布し、 「肝の疏泄」により調節され、 「腎の蒸騰」により基本的な推動と調整をうける。 【気の機能】  推動、防御、固摂、気化(物質転化)の4作用。  「気機」:昇降出入の運動形式   〜血〜 陰に属す。 血液のもつ濡養作用とその物質的基礎。 「血液」「循環」の意味。 【血の生成】 「水穀の精微から得た津液(脾)」が 「営気」の作用により脈中に入るとともに 「清気(肺)」と結合し、 「心」の作用で、赤く変化し生じる。 【血の運行】 「肺の治節作用」、「心の推動」によりリズミカルに循環し、 「肝の疏泄」により流量調整され、 「脾の統摂」(気の固摂)により脈内に保持。 【血の機能】 「濡養作用」  •全身の組織と器官に栄養を与え滋潤  •気(営気)と陰陽を載せて全身に散布 【血の意味の違い】 「血」=濡養作用  血の機能面を「営気」、物質面は「営血」  血液をたんに「営」と呼ぶこともある。 ★特に学んだこと★ 脈内で血は営気と陰陽を載せている。 気と血は別々に存在するのではなく、一体になっている。 以上、ありがとうございました。

五行大義(3)

炎上 火曰炎上。炎上者南方揚光輝、在盛夏氣極上。 故曰炎上。王者向明而治。蓋取其象。 古者明王南面聽政、攬海内雄俊、積之於朝、以助明也。 退邪佞之人臣、投之於野以通壅塞。 任得其人則天下大治、垂拱無爲。 易以離爲火爲明。重離重明、則君臣倶明也。明則順火氣。 火氣順、則如其性。如其性則能成熟、順人士之用。 用之則起、捨之則止。 若人君不明、遠賢良進讒佞、棄法律疎骨肉、 殺忠諫赦罪人廢嫡立庶、以妾爲妻、則火失其性、不用則起、 隨風斜行、焚宗廟宮室燎于民居。 故曰火不炎上。 火は炎上という。炎上なるもの南方に光輝を揚げ、盛夏にあって氣が極まり上がる。 故に炎上という。王なるもの明りに向かって治る。およそ、その象をとる。 明王、南面し政を聴き、海内の雄俊をとり、朝廷に積み、もって明を助ける。 邪佞の人臣退き、これを野に投げ、もって壅塞を通ず。 得たその人に任せ、すなわち天下大きく治み、垂拱になすなし。 易は離をもって火となし、明となす。離を重んじ、明を重んじれば、則ち君臣ともに明らかなり。明、則ち火氣の順なり。 火氣の順、則ちその性のごとし。その性のごとくは則ち能く成熟し、人士の用に順ず。 これを用いて則ち起こり、之を捨てれば則ち止む。 もし人君、明からずして、賢良に遠く讒佞に進め、法律を棄て骨肉を疎み、 忠諫を殺し罪人を赦し、嫡を廢して庶をたて、妾をもって妻となせば、則ち火はその性を失い、用いざるに起こり、 風に随いて斜めに行き、宗廟・宮室を焚き、民居を燎く。 故に火に炎上せずという。 【参考文献】 『五行大義』明德出版社 『漢辞海』三省堂 『易経』徳間書店

舌診(03)

受付のKさんに舌の研究の為にご協力頂きました。 飲食物の影響による舌苔が染まる、 いわゆる”染苔”をさける為に、わざわざ調整していただきました。 表 裏 舌質 舌神:有神 舌色:淡白舌 舌形:嫰・胖大・歯痕・点刺 舌苔 苔色:白苔 苔質:全苔・薄苔

中国の思想(05)

老子 六十六章 統治者はへりくだらねばならぬ 江海所以能為百谷王者、以其善下之。 故能為百谷王。 是以欲上民、必以言下之、欲先民、必以身後之。 是以聖人、処上而民不重、処前而民不害。 是以天下楽推而不厭。 以其不争故、天下莫能与之争。 江海のよく百谷の王たるゆえんは、その善くこれに下るをもってなり。 故によく百谷の王たり。 ここをもって民に上たらんと欲すれば、必ず言をもってこれに下り、 民に先んぜんと欲すれば、必ず身をもってこれを後る。 ここをもって聖人は、上に処るも民は重しとせず、前に処るも民は害とせず。 ここをもって天下推すことを楽しみて厭わず。 その争わざるをもっての故に、天下よくこれと争うことなし。 (引用:『中国の思想[Ⅳ]老子・列子』P105~P107) 《私議》 以前、会社員をしていた時は『人・物・金』を管理するのが仕事でした。 その時の上司からよく言われたのが「頭を垂れる稲穂かな」。 経験豊富な年功を積まれた方々の立ち居振る舞いをみて、 内心『流石!』と思う事は本当によくありました。 今は臨床に立っておりますが、患者さんを目の前にして思う事もあり、 繊細さも難しさも感じます。 【参考文献】 『中国の思想[Ⅵ]老子・列子』徳間書店

こんにちは高山です。 頭痛や、食欲不振も、不眠も、疲れも、風邪も、 全てが五臓の弱りや、働き過ぎ、 そして、切診や望診、ツボの反応はその五臓の失調を表しているのだと感じます。 しかし、ツボに至っては特殊で、そこに針を刺すと その五臓の失調が改善されたり、体の熱を取り除けたり、 外邪を撃退することができるようです。 これに関しては、なかなかの不思議です。 お腹の中に全て収まっている五臓が、なぜ手や足、背中、 体中のある特定の部位で反応が出るのか。 五臓と経絡は繋がっているからというかのもありますが、 それだけでじゃないような気もします。 そして、一鍼堂の先生たちは、そこに小さい鍼で刺して 大きい五臓を動かす。小さい力で大きなものを動かす。 それだけツボには大きな力があると言うことでしょうか。 「ツボにはこんな効果があって、こういう症状の時に使うといいよ」って学校では単純に教えられていますが、 実際そういうものでもない感じがします。 そこが、西洋医学との大きな違いかもしれませんね。 いくらツボの部位を見たって自分には目では見えませし、よくわかりません。 わからないことがありすぎます。笑 でも今は、目でも見える、頭でも考えられる弁証ををしっかり学びます。

舌の観察 その1

家族の舌を観察しました。 舌を出してもらう時に歯で舌をはさんでしまって、奥までみえないので もっと口を開いてべーって出してみてと話しても、 やっぱりはさんでしまうので舌中までしか見えない。 舌を巻いて裏をみせる動作も苦手な様子。 舌の出し方もなにかヒントがあるのかな。 舌の色、質、形、出し方、、、。 観察することがたくさんあり、 そこからいろいろ考察するのがとても面白いです。

4月のこと。

4月から臨床現場で問診、切経をさせていただく ことになりました。 先生が「5分で帰って来てください」 と仰っても、 患者さんのペースに嵌ると易々とタイムオーバー。 寺子屋の日の問診は 初日は2人、翌週は4人、今週4人。 え?問診はひとりじゃないの? と内心焦りながらもやるしかない。 先生からの「愛ある鞭」です。   その後、証立てをするようにと ご指導いただいていますが、 興奮して全くまとまりません。 問診、切経「だけ」だと思っていましたが 体力の消耗がとてつもなく激しいのです。 恥ずかしながら、問診と問診の合間の 考察中、寝てしまいました。 【4月の反省と課題】 1週目: ただ症状を聞いてるだけ。 突っ込んで聞かないといけないこともある。 2週目: 自分を衛ること学ぶ。 切経の手の形の工夫を学ぶ。 3週目: 主訴に引っ張られ思い込んではならない。 本質が見えなくなる。 無心で5分短期決戦は集中できる。   色んな先生の言葉が寺子屋で飛び交います。 言葉で聞いていて分かった風になっていても、 自分で実際に体験しない事には分からんのだなぁと思うのです。 めちゃくちゃ緊張します。 緊張状態やと上手くいったためしがありません。 院長が「楽しんで」と仰っても 果たして、そんな日が来るのだろうか? 自問自答することもあります。 しかし、臨床を見学させていただくと 楽しくてたまらない。 そして、毎度毎度へこたれていても 身体がもちませんから、 学ぶ時、遊ぶ時、寝る時…と メリハリをつけて、 心身共に解放する時間を作っていきます。     最近、通勤電車で 「老中医の診察室」 著:柯雪帆 を読んでいます。 先生たちが症例検討したり、 治療過程やカルテが記載され、 非常に興味深くワクワクします。 一鍼堂の臨床見学でも芽生える気持ちと同じです。 私もこんな風に寺子屋の仲間と 症例検討できるようになりたいなぁと思います。 先ずはひとつひとつ、 与えて下さった機会を大切に。 失敗を恐れず現場を「楽しむ」気持ちを 数%ずつ増やしていけばいきたいです。